1998年6月


雑感
           関東学院大学   本間英夫


 インターンシップについて

 就職協定が廃止になり、大学生のインターンシップがにわかに注目されてきたと、昨年暮れ各紙が報道している。この制度に関しては、ご存じない方もおられると思うので、少し解説してから、小生の考えを述べることにしたい。
昨年の九月に、文部省、通産省、労働省がこの制度を推進するにあたって、基本的な考えをまとめている。それによると、「学生が自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」と位置づけている。この制度の導入によって、教育の改善充実、学生の学習意欲の喚起、職業選択や将来設計、企業現場での実習を通じて自主性や独創性を育てる事が出来るとの意義を指摘している。企業側も社会への適応能力に優れた人材が育成できる、大学の教育研究に企業のニーズを反映できる、大学との接点が増加することによって企業を理解するチャンスが増えるなどの意義があるとしている。しかながら、インターンシップ制度は、実際のところ新聞各紙が報道しているように実行に移されているのであろうか。この制度が出てきた背景には、大学のカリキュラムの大綱化が大きな駆動力になっている。カリキュラムの大綱化とは、簡単に言えば金融界でのビッグバンと同じで、教育界の規制緩和と考えて頂ければよいと思う。大学の卒業単位は、今までは最低必要単位の他に、各領域毎に必要単位が決められていた。それが大幅に緩和された訳である。従って大学毎に、いや各学部学科毎に、新しい考えに則った科目を設定しても良いことになった。これが契機となって、各大学でインターンシップを採用しようと言う動きであったわけである。我々の学科でも、工場実習を新しい科目として設定した。各大学でのこの種の科目の位置づけは、まだまちまちのようである。ある大手の私学では、積極的にこの制度を推進しようとしているが、文化系ではこの制度は殆ど有効性を発揮できないと思う。流通、金融、商社などでの実習ということになるのだろうか。工科系ではやり方によっては、実効のある科目になると思う。ドイツでは、卒業研究を企業で行ってる学生がいるし、教授も企業の方に出向している。国から教授に対して補助金がでているとも聞く。我々が過去に何度かドイツの会社を訪ねたが、必ず工科系大学の教授がいた。もちろん学生もあるテーマを持って研究をしていた。この様なやり方が日本でも定着すれば、実効のあるものになるであろう。しかしながら、現在のところこの可能性は少ないと思う。二五年以上前の学園紛争の後遺症がやっと解消された現状では、もう少し時間がかかる。産学協同路線粉砕!と(純粋であったのであろうが)学生に迎合する先生が多かった。小生などは、助手の陰険な策動に抗議する!と書き立てられていた。当時は、中村先生と小生だけが教員の中で、大学の事業部(現関東化成)に関係していた。教員の中でも、冷ややかに見ている人もいた。だから逆に私は、誰よりもフェアーに、特に金銭に関わることは殊更きれいにしてきた。本誌をお読みになっている方の中で、私の常識を疑うような行動にちょっと潔癖すぎるのではと思われた人もおられるでしょう。上記以外にも心情として、信念としてそのようにしてきた。いずれにしても、産学の交流を歓迎しない雰囲気がつい最近まであった。いや今も若干はある。ひょっとしたら日本は、産学官の協力関係を密にしないと先進諸国から取り残されてしまう、とする意見が新聞などに取りざたされるようになったので、なりを潜めているのかもしれない。特に本学は、その傾向が強かった。それは、大学内に事業部を持っていてメッキ工場が運営されていたこと、もう一つ木工工場もあった。木工工場があったことを、ご存じの方は余りおられないと思う。三〇年くらい前までは学院の机や椅子などの用具はもちろん、横浜や横須賀の大手のデパートの家具売場の製品も、本学で製造されていた。事業部の従業員の数十パーセントは昼間働き、夜本学で勉学に励んでいた。現在、通産省、文部省、労働省をはじめとして各大学で実行に移すべく論議していインターンシップ制度を、はるかに越えた理想的な人材育成が、事業部という形で既に本学にあったのである。その立て役者が中村先生であり斉藤先生である。私は教員間からの云われ無き冷笑、中傷に甘んじてきた。なるべく学生とは積極的に触れ合うようにしてきた。なにを云われようが自己の信念に沿って教育と研究に邁進してきたつもりである。ひょとして自分の家庭は犠牲にしてきたかもしれません。いずれにしても私は、微力ながらインターンシップが本学で、実効あるものになるよう努力していかねばならないと思っている。ただし、この種の論議は教員間ではまとまらないものである。皆一匹狼、一国一城の主であるとの考えが強く、結局は強力にリーダーシップをとる人がいないとまとまらない。今回は、工学部全体の問題として他大学の動きをにらんで、本学でもこの種の科目を導入しなければならないとの、トップダウン、いわば、強制されて科目を設定したというのが実状である。流れに沿って形だけでもやらねばならないと思っている教員が多い中で、少なくとも表面処理を専攻しようとしている学生にとっては、実りのある科目にしたいと思っておりますので、皆様の協力をお願いいたします。

 トレンディな話

 ワープロなどを使用して、データーをとったり記録をしたり文章を書いている人、注意しましょう。自動的にバックアップする機能にしておくとか、常にバックアップをしていないと、突然コンピュータがフリーズすることがあります。又、何かの事故でフロッピーを無くしたりしないよう、十分気を付けて下さい。この文を書いているときに、フリーズしてしまい再起動で全てのデータが消えてしまいました。現在、夜中の二時で、気を取り直して書いていますが、はじめに書いたものとストーリーが全く違ったものになってしまいました。手書きであれば、こんなことにはならなかったのに、最近は下書きをせずに、初めからパソコン入力していますので、フリーズすると何も残りません。最悪です。がっかり、がっくりしていますので、文章もそのあたりを反映しているのではないかと思い、今日はこれでコンピュータから離れることにして、明日新たな気持ちで、再び駄文を書くことにしました。皆様も注意して下さい。
 ここからが、次の朝。パソコンを使用されている方々は、私が昨夜経験したことなど日常茶飯事で、過去に苦い経験をされた方が多いのではないかと思います。私は、学生がデーターが飛んだとか、フロッピーを無くしたとか、研究室の中でそのようなことが起こると、いつもきつく気を付けるように云ってきました。学生の場合は、数ヶ月かけて記録したものや、研究論文の下書きが無くなってしまうのですから、それと比較すると昨夜のことなど、大したダメージではないと言い聞かせながら・・・本論に入りたいと思います。 四、五月号に肩の凝らない話題提供と云うことで、日経その他の一般紙にも載ったこともあり、あえてタブーとされてきたような話題について、コメントも交えて書いてみたのです。もうこの種の話題は、やめようと思っていましたが、四月の上旬の朝六時からの日経ニュースで、今度はアメリカからの話題でした。なぜマスコミがこんな話題を、立て続けに出すのかとの思いがありますが、どうもアメリカでも日本でも一部には株価のつり上げの情報操作のような気がします。今度の話題は、更にエスカレートして男性の機能回復薬でした。目覚めが悪くまどろんだ状態でニュースを聞いていましたので、メーカーの名前はファイザーという有名な会社ですから、記憶できましたが薬の名前は初めて聞きますので「なんとかグラ、」でよく分かりません。話題提供には、はっきりとした名前があった方がよいので、早速その日の朝、アメリカに工場がある吉野さんにメールで問い合わせてもらうことにしました。次の朝もう返事が入っていました。eーメールはこの様に、便利で現在では用件は電話よりもメールで済ませるようにしています。従いまして、電話の本数も最近では減る傾向にあり、学生とディスカッションする時間が増えましたし、そのほか時間を有効に使うことが出来るようになりました。電話ですと用件のみでは、相手にも失礼なのでどうしても長く話しがちです。そういえば中村先生がお元気な頃は、良くこんなことがありました。電話してくれとの連絡は一日のうち何回となくあり、電話しても多忙な先生でしたので、ほんの十秒か二十秒で自分の用件を言ったら、こちらが何かを云う余裕を与えずに切られてしまうことがしばしばありました。今、先生がお元気であれば、このeーメールが有効に使われていたでしょう。
 さて本論に戻りますが、吉野さんが気を利かせて、そのままアメリカからきた文を転送してくれたのです。しかし、どう見ても吉野さん宛のビジネス上の内容だけで、小生の知りたい情報は入っていません。一番最後に、添付資料がありました。これだなと、その資料を解凍してみました。なんとそこには、薬を服用しなくても即効性の高い写真が現れました。私はすぐに吉野さんに、意図しているのは、本誌に投稿するため、名前だけ知ればよいのでと、再度問い合わせるようお願いしました。次の日、新しいメールが転送されてきました。今度は、文章の初めに????のマークが四,五行書かれていまして、その後の文は、やはりビジネスに関わることだけでした。前回同様、一番下に添付資料がついていましたので、今度こそ私の知りたい情報が入っているだろうと、開けてみました。今度は更に即効性の高い写真でした。吉野さんにはノーモアサンクスと、小生の真意を書いてメールを送りました。吉野さんと、このやりとりをしている直後に、又メールが送られてきました。今度は私の知りたかった情報が書かれていました。と云うことは調査している間のアメリカ人一流のジョークであったわけです。その内容を以下に原文で示します。学生に読ませてみましたが、 prier,suppose to be ,hottest などの単語が分からないようで、完全に理解できたのは、研究室の数名でした。(なお次回あたりに、世はまさに国際化してきておりますので、英語力について調査した結果の記事を書きます)

If you are taking about Viagra manufactured by Pfizer. It's the hottest drug on the market. If you take 1 hour prior to sex your suppose to be hard as a rock. Check out www.pfizer.com for more info or I'll down load it if you can't find it.

 それから一週間後くらいから、各紙の夕刊に前記事項に関連する記事が出ていたことは皆様もごらん頂いていると思います。前回のコンドームの時と同様、各紙によって見出しがまちまちです。性的不全治療薬、爆発的売れ行き、米、悩む男性の多さ示す。(日経)
「飲む男性機能回服薬」大ヒットの兆し、処方箋一週間で三六〇〇〇枚突破、米国 便乗のニセ商法横行騒ぎも(読売)等々・・・  日経だけは、やはり株価のことを書いていました。ファイザーの株価は三月下旬一〇〇ドル前後だったのが、一二〇ドル以上に急騰したとのことでした。それから又、二週間位後に今度は、ガンの治療薬臨床実験で効果を確認との情報が流れ、この場合は、成人の三大疾病克服と云うことで、又生命に関わることですので、このニュースの後の株価の高騰ぶりは既に皆様のご承知の通りです。今までの二つの話題とは、格が違います。今度は株価が4倍にも急騰したのです。少しまじめにこのニュースについてお知らせします。この治療薬を研究したのはフォークマン博士でボストン小児病院の先生です。ガンを兵糧責めにして死滅させてしまうという考えです。小さくて休眠状態にある腫瘍は、新しい血管がその周りに引きつけられると徐々に危険度が増していきます。初めは腫瘍細胞は再生と死滅がバランスしており、あたかも化学平衡状態のようなもので、血液の供給がない限りは、エンドウ豆くらいの大きさ以上にはならないそうです。そのエンドウ豆大の腫瘍の周りにインデューサー(誘因蛋白質)が生ずると新しい血管の成長が刺激され、栄養物と酸素が供給されることになります。腫瘍が成長するにつれて細胞がバラバラになり、新しい血管を通って腫瘍の核が散らばることになります(転移)。そこで、新しい血管が成長している間に腫瘍からインヒビター(抑制剤)を放出して、新しい小さな腫瘍をコントロールする。それと同時に血管の成長や毛細血管を萎縮させる薬剤が働き、ガン化しようとしていた細胞が元の冬眠状態の腫瘍に戻るというメカニズムです。フォークマン博士はこのアイデアを思いついたのは、一九六〇年、二七歳の時だったそうです。その年、徴兵でマリーランドの海軍医学研究所に配属になったそうです。そこで代用血液にについての研究に従事したのです。ある日、彼は代用血液を使用して生かせているウサギの甲状腺にガン細胞を注射してみました。小さな腫瘍が生じましたが、それはペン先より大きくはなりませんでした。これが、血管が無ければ腫瘍は成長しないと確信した始まりでした。その数年後、今度はウサギの眼の中に腫瘍を植え付けてみましたが、角膜から血管が腫瘍に到達するまでは、全く成長しないことを見いだしました。これはあたかも新都市計画で鉄道網や道路網が整備されないうちは、都市が発展しないのと同じです。ひとたび血管が腫瘍に到達すると、十日間くらいで初めの大きさの百倍にもなります。そこでフォークマンは腫瘍から毛細血管を誘起する物質が分泌されているのではないかと考えました。一七七〇年に、彼は医学雑誌にこの考えに基づいて論文を投稿しましたが、いずれの学会誌も彼の考えがあまりにも突飛であり、受け入れられませんでした。一九七四年は彼にとって最悪の年で共同研究者たちが彼の元を去っていきました。遺伝子や蛋白の研究においては五年間で成果が出ないと研究チームが解散になるそうです。そろそろ研究費が底をつく頃にモンサント社から多額の助成金が出ることになりました。彼は一九八一年、当時外科部長の職にありましたが、その職を離れフルタイムの研究者になり自分の信念を貫きました。彼の給料は三分の一になったそうです。変人扱され、親戚の叔母からは、三五才にもなって動物ばかりいじってないで、早く本当の医者になりなさいと云われていたそうです。また彼と共同で研究していた人にも自殺行為だから、彼との研究をやめた方がいいとも云われていたそうです。その共同研究者のイングバーは一九八三年に偶然にインヒビター(抑制剤)を発見しています。血管細胞の培養菌に誤ってイースト菌が入ったのです。ペニシリンの発見と同じで、ガン細胞の抑制剤がこの様にして発見されたのです。いわゆる小生がよく言うところのセレンディピィティでした。今まで長い間医学界から評価されていなかった彼らは、信念に基づいて成功にこぎ着けているのです。従ってテレビを初めとするマスメディアのインタビューには殆ど答えていません。メディアは本人の写真を入手出来ないので、三年くらい前の研究室で考えに耽っている写真を掲載しています。共同で研究をしていたエントレメッド社とロックビル社の株価は、一二ドルから数日で八五ドルになったのは日本の各紙でも伝えています。この研究については、この様にかなり前から研究がされていたにもかかわらず、急に報道されるのはどうも市場全体を意識した株価対策の様な気がします。タイミングがあまりにも良すぎるので、うがった見方をしたくなるのは小生だけでしょうか?アーそれとどうでもいい話ですが、フランスでのワールドカップのために、既に十トンのコンドームがニースに送られているとのことです。(タイムのペリスコープ欄から)