1999年1月


雑感
          関東学院大学 本間英夫

どうなる日本経済

 本誌の原稿を書いて、それが皆様の手元に届くまでには約一ヶ月以上のタイムラグがあります。せっかちな性格上いつも原稿締切の三週間くらい前に書き終えていますので、内容が陳腐化してしまいます。極力そのような内容をさけるようにしたいのですが、目まぐるしく、スパイラルのようにどんどん深みにはまりこんでゆく経済状勢についてのコメントを、避けるわけにはいきません。
 今回は年末で忙しく、このシリーズを書き出したのは十二月二十三日です。先月(十一月の上旬)十二月号を書き終えて、その後に日本国土開発の自己破産、日債銀の一時国有化のニュースが流れました。
 日本経済の先行きに対する不安なニュースばかり出てきます。年末になって、どちらを向いても真っ暗だと言われていた日本経済に、かすかな明るさを示す材料が見えてきたとのコメントが出だしました。一時の泥沼の中にどんどん落ち込んでいく様な、恐怖感に満ちた市場の動きは解消されたと言っているものの、依然として信用収縮、雇用調整に代表される構造的なデフレ圧力が強く、景気の底打ち感はまだのようです。
 二十四日の朝、年に数回担当していますハイテクノ上級講座に出かけました。この日は、冬空の快晴、しかも強い風、この様な日は富士山が電車から見えるのです。いつも横浜駅に着くちょっと前のところのガスタンク付近で窓越しに眺めることにしています。
 積雪量や背景の雲の様子、太陽光線の傾斜角などによって決して同じ姿を表さない、いつも新鮮で自然の雄大さを凝視しているとしばし心が和んできます。今まで気づかなかったのですが平和島に着く手前、かなりの時間、富士山が見えることを発見しました。
 電車でハイテクノに行くときは、いつも平和島か大森からタクシーに乗ります。運転手さんが、こんな日はどこどこの橋の付近や何々通りで富士山が見えるんですよと、上機嫌の様子でした。話好きそうな運転手さんでしたので、最近景気はどうですかとたずねました。例年ですと年の瀬は稼ぎ時で忙しいのですが、十二月で忙しいと実感したのは三日間だけ。勿論チェッカーや三社のクーポン券で乗る人は滅多にいなくなったそうです。
 そういえば、京浜島までの道路は全く混雑していませんでしたし、倉庫群も活気がありませんでした。講義を終えてから東京に用事がありましたので、又タクシーを呼んでもらって大森まで乗りましたが、京浜島から流通センター付近に至るすべての道路は、やはり今ひとつ活気がなく、経済情勢がこんな所からも判断できるような感じでした。
 それから東京(新橋)で用事を済ませたのが夜の八時頃でした。私の知る限りではこの時間帯、しかも年の瀬の新橋駅付近の繁華街といったら飲み屋、小料理屋の前には人があふれ、またちょっとエッチな店の前では呼び込みで威勢が良かったものです。しかし窓越しに見える店の中はどこも空席が目立ち、店によっては全くお客のいないところもありました。かろうじて安い飲み屋だけは立錐の余地もないほど込み合っている様子でした。
 新橋の近くで勤めている知り合い曰く、大繁盛していたバブルの頃と比較すると、稼働率は半分位、いや、もっと落ち込んでいると云っていました。帰りの電車もいつもと様子が違い、静かでがらんとした雰囲気で活気が感じられませんでした。東京に出かけても、必ず学校に帰るようにしていますので、あまり遅くまで都心部にいませんから一回限りの現象で判断してはいけないと思いますが、それにしても景気の停滞に伴う現象であることは間違いないようです。

効果的な対策は
 政府はこの間に未曾有の公的資金をつぎ込みました。従来型の掘っては埋める道路工事が、自宅から大学のほんの七~八キロの道のりで四個所も始まりました。相変わらず効率の悪い工事風景が毎日のように目に留まります。この種の公共工事は、景気の刺激効果が低いと云われています。
 どうせやるなら、波及効果の大きい事業にシフトしていかねばならないでしょう。素人ですから、なにが効果が大きいのかは分かりませんが、例えば次世代を見据えた豊かさと、ゆとりが実感できるような住宅関連事業、インフラ、特にファイバー通信網やインテリジェントな道路整備、景観と効率アップにつながる電柱の埋設等、専門家は新しい発想で将来に不安がないような社会形成を説得力を持ってやっていかねばならないでしょう。
 この種の話は、我々の生活に直接関係がないので無関心になりがちです。
 翻って表面処理業界はどうなのでしょうか。家電製品、乗用車、住宅関連、すべての産業に関連していますので総じて生産量の大幅低下、値下げ圧力、資金繰りに苦労され、給料カット、更には雇用調整を余儀なくされている企業も多いと聞いています。即効性のある住宅建設に関わる規制緩和、住宅取得減税、土地価格低下に伴う住宅建設費用の思い切った削減等により持ち家の促進、買い換え需要の促進を促してはどうでしょうか。
 家の新築、改築によって、風が吹けば桶屋が儲かる式にすべての産業への波及効果は絶大でしょう。

実現の可能性は?
 最近消費税の還元セールや、さらに上乗せして、七パーセントや十パーセント値下げセールを実施する事によって一部のスーパーの売り上げが激増したとのことです。
 少しでも安いところにと、人が集中しただけで全体としては購買意欲が喚起されたのではなく、経済効果は薄いのではないかと思われます。
 企業のリストラに伴って、本年はさらに雇用低下、所得の削減が起こり、雇用者の所得は四兆円減少すると云われています。最近住宅取得に関してここ二年間で住宅を取得する人に対して、住宅金融公庫の金利減免臨時措置がとられ、持ち家の建設が若干増加してきたそうです。政府が住宅取得に対するこの種の臨時措置から恒久的な措置に切り替えると共に、民間の住宅産業が知恵を出して安く、しかも質を落とさない住宅を供給する体制を構築すれば、持ち家、買い換え、立て替え需要が出てくるはずです。
 ちなみに私の住まいの近くでも、ある家が立て替えると、ばたばたと何軒も立て替えるようになりました。又、壁の塗り替えにしても何軒もやっています。主婦は概して見栄っ張りですから、あそこの家がやったから内もやってよと、一家の主は渋々と提案を受け入れるのではないでしょうか。私の家の周りは昭和四十年代の、そろそろ建て替え時期にきた家がたくさんあります。全国的に見て立て替え需要は莫大な件数だと思います。
 本年度から所得税の最高税率が五十パーセントになり(と云っても、私のような安月給取りには関係がない話ですが)米国並に近づいたとのことです。間接税を上げて、サラリーマンの税の天引きから申告制にかえ、しかも経費を大幅に認めるようにすれば、お金がどんどん循環するようになるはずです。
 ちょっと話は横道にそれますが、米国は申告制ですから税金の申告書を書くソフトがじゃんじゃん売れるそうです。当然パソコンも一家に一台どころではないでしょう。
 土地や住宅関連の税制改革や、安価に供給できる体制が整えば、もっと住み良い住宅の建設に多くの人たちが動くでしょう。私も、もしリフォームが経費として認めてくれるのであれば、すぐにでも壁の塗り替えや屋上への階段の取り替えなどをやります。毎週のようにセールスマンが自宅に来てお宅もどうですかと、しつこいくらいです。リフォームのチラシも多くなってきています。
 消費が冷え込んでいる背景には、購入したい物はほとんど揃って、もう買う物がないとも云われています。しかし、新しい革袋には新しいお酒をの喩えのごとく、最新鋭の家庭電化製品(大画面薄型テレビ、BS、CS受像アンテナ整備、超大型冷蔵庫、最新鋭の炊飯器、高性能エアコン、床暖房、高級音響機器、)、システムキッチン、家具類、パソコン、機能的な浴室、安全性、燃費性、快適性などの実感できる乗用車、ガーデニング、その他多くの物を購入したくなるのではないでしょうか。
 極端な言い方をすれば携帯電話やPHSをほとんど無料で提供し使用量で稼ぐ式の、思い切った手法や対策によって活路が見いだせるのではないでしょうか。

技術者に夢を
 年末の野球選手の契約更改、一人の選手に何億円も払うのを見たり聞いたりするにつけ、選手の頂点に立つものと底辺では、同年齢で百倍も差が出る、こんな事でよいのでしょうか。プロの世界だからと資本の論理の中に何かもっと大切なものを取り残してきているように感じてしまいます。一人くらい契約金の一部を選手全員の待遇改善に使ってくれと云う選手が出てこないものか。ある球団などは一人の大幅増額で、他の選手の更改が難航しています。
 この種の契約更改の駆け引きを見るにつけ、純粋にプロ野球を観戦するのも嫌気がさしてきます。巨人軍が勝てないのはこんな所にも原因があるのではないでしょうか。プロ野球は、高校や大学の野球と異なり選手の情熱はあまり伝わってきません。
 サッカーのJリーグは企業業績の悪化から、手を引くところ、出資金大幅ダウン、フリューゲルスにいたってはマリノスへの合併などで大変深刻な状況に追い込まれいます。そのフリューゲルスが合併が決まってから、昨年暮れの二十八日現在で八連勝、元旦の決勝戦に進出しました。サッカーは精神的な要素が大きく勝敗に影響しますが、チーム一丸となるとこんなにも強くなるものかと、感心すると共にサッカー会全体の窮状を見るにつけ、今まで以上に応援したくなります。
 青少年のサッカー人口は野球人口を遙かに上回っているそうです。サッカーに限りませんが、青少年の健全な育成の上から、夢がぶちこわされるような事のない様な商業主義一辺倒の運営を再考しなければならないでしょう。市民主体のチーム作りが出来ればよいと思います。
 ビジネスの世界でも最近、年俸制度を導入する企業が増えてきました。野球選手の契約更改のようには、どろどろしていないでしょうが自己評価、自己査定、上司の評価査定により自分の給料が決まる、あるいは決めねばならない状況は、我々には何かそぐわない違和感の大きい手法のような気がします。
 米国のような人種の坩堝で、しかも自己を主張しなければ取り残されてしまう世界ではこの方法も良いのでしょうが、横並びの日本社会ではうまくいくのか疑問です。むしろ、評価や査定は難しいと思いますが、技術者に対しての報奨制度を、もう少し充実されては如何でしょうか。
 資源のない日本において最大の資源は、頭脳でありその頭脳を駆使した技術です。従来の生産性の向上を意図した実験計画法や生産方式の追求は、今後もおろそかに出来ませんし更に改善していく必要がありますが、キラッと輝く新しい発明や発見、その延長線上でのビジネスの展開に対しては当事者の査定、評価を最大限にすべきです。
 現在は報奨金の上限も微々たるもののようです。思い切って一年の給料分くらいは出すくらいであれば、やる気が出るでしょう。ただし金の亡者になってはいけません。又、そのような邪心を持っている人は技術者にはなりきれないでしょう。野球の選手の契約更改を見ているとカッカするのは私だけではないと思います。