1999年6月


雑感
            関東学院大学  本間英夫

急増する犯罪

 最近、毎日のように凶悪な事件が報道されています。景気と犯罪の相関性は極めて高く、このまま雇用が停滞、あるいは更に減少する事により、米国並になることが危惧されます。世界一安全な国に陰りがさしてきました。九五年から九八年まで、犯罪は増加傾向にあり、特に青少年の犯罪が毎年約一〇パーセント増加しています。本年は景気の停滞に伴う新規雇用の絞り込み、完全失業率の大幅アップにより、更に犯罪が増加することは確実です。
 身の回りで犯罪に関わるような事件には、滅多に遭遇するものではありませんが、この数ヶ月でいくつかの事件が起こりました。5月の初め緊急の回覧板が回ってきました。自宅は静かな住宅街ですが、その近くで白昼に引ったくりがあったとのこと。過去にこの種の緊急回覧板など、回ってきたことはありません。また、両隣の家に空き巣が入り、現金その他を取られたとのこと。私の家が狙われないのは、あまりにも簡素で収穫が少ない思われたのか、玄関が側面の奥まったところにあり入りにくいからなのか、被害には遭っていません。
 また、研究室の学生が実験に没頭し、深夜の十一時過ぎ徒歩で帰宅の際、大学周辺のコンビニエンスストアーから少し離れた所で、前後から挟み撃ちにあって恐喝されそうになりました。こんな事件に学校の近くで遭うなどは初めてです。おそらく、私の予測では、本人は深く物事を考えるタイプなので、頭を少し前傾させ、とぼとぼ歩いて、決して頑強そうには見えなかったのでしょう。本人にもすきがあったわけです。後日何人かの学生とその話題になり、あのあたりは若者がたむろしており、気をつけなければならないとのこと。逆にその学生が皆から避難される始末でした。 
 更には、これこそ話題にしたくないのですが、最近大学のキャンパス内で、置き引き事件が起きています。学生の中にそんなことをするのはいないと信じたいのですが、他大学の先生に聞いてみたところ、同じ様なことが起こるようになったとのことでした。これこそ誠に残念なことです。
 幸いなこと?にサッカーの部室では、未だに一件もこの種の事件は起きていません。練習には四〇人くらい集まり、部室には私物が散乱しています。練習中、部室の鍵は開けっ放しで、格好の場を提供している?様なものです。あまりにも雑然としているからか、または見つかったら後が大変だと、敬遠するのでしょうか。いや、だいたいこの種の犯罪は部外者によるものではなく、内部の事情に詳しいものの犯行です。したがって、ある研究室で起こった置き引きも、ひょっとしてその研究室の中、または近くの誰かの仕業なのかも知れません。
 以前、小生の研究室でかなり高価なものがなくなりました。当時、中村先生にその件について話したところ、即座に内部のものである公算が高いので、あまり事を荒立てるな、と忠告されたものでした。小生はあまり内部の人間を疑いたくないのですが、色々訳ありのこともあるようです。そのようなことがあった後も、講義や実験室に出かける際いちいち部屋の鍵をかけることはしません。この件に関しては、ある先生からすきを与えているようなものと非難されたことがありますが、研究室の中にはそんなに現金はおいてないし学生を信じています。もしなくなれば何か事情があってのことと、事を荒立てないようにこれからもするつもりです。
 いずれにしても、モラルや価値観を醸成する場としての教育の欠落、その日暮らしの若者の増加、高等学校を卒業しても進学も就職もしない層が、九二年の四・七パーセントから九八年には七・九パーセントに達したとのことです。都心部ではこの傾向が更に強く、高卒無業者は二〇パーセントを超えていると云われています。日本の競争至上主義の歪みが、犯罪増加の大きな要因になっているのです。若者だけでなく中高年者による窃盗犯罪が多発しています。皆様の中にも、最近被害に遭った方が何人もおられるのではないでしょうか。

指導的立場の倫理観を問う
 
 最も嫌悪されるべきである高級官僚の収賄、民間企業の贈収賄、計画的な借金の踏み倒し、特に最近実施された無担保資金援助の踏み倒し、公的資金援助の流用などが、あまりにも多いのに驚いてしまいます。この種の犯罪は罪の意識がほとんど希薄で、中には開き直っている紳士の仮面をかぶった輩が多いのには、あきれかえってしまいます。社会的に地位の高い人が、なぜこんなに多くの犯罪をほとんど無自覚的に行われているのでしょうか。
 引ったくりや置き引き等の窃盗犯と比較して?社会的な断固たる制裁をしなければならないのに、日本の社会ではほとんど制裁が無く、地下に潜ってしまっています。マスコミは収賄事件やセックススキャンダルに対してモラルハザードとわざわざ英語を使い(斯く云う私もついつい使ってしまいますが)、英語で表現すると何かあまり悪いことではないような錯覚に陥ります。マスコミの頭のいい連中が、もっと的確な日本語を使って欲しいものです。
 精神文化より物質文化を求めてきた資本主義社会において、世界全体がお金に基づく危機的な倫理観、道徳観の堕落につながりました。特に日本では社会全体が堕落し、信頼収縮の状態に陥っています。 
 我々の大学は、キリスト教主義に基づいています。人間は本来罪人であると、だから自己を戒めなさいと説いています。現在日本の社会においては道徳教育がほとんどなされていません。あまりこの点を強調して清く正しく生きていこう、また、人と人との関わりはこうあるべきだと説いても、学生によっては白けた顔をしてしまいます。したがって、この種の会話は研究室の中だけにしています。研究室の中では研究に関する論議よりもこちらの論議の方が最近では多くなってきました。 
 また、私は卒業生が結婚する際に、よく貧しくとも心豊かにと言ってきました。しかし、生活も豊かになり、その言葉が通用しなくなり、最近では心豊かに生きましょうと、枕のフレーズを省略して祝辞にかえていました。しかし、今、正にその言葉が生きてきます。物質中心から精神的な充実感をもてる社会に、変えていかなければならないでしょう。

道徳教育の実践を

 昨年暮れ、日本経済新聞に興味ある解説が載っていました。いずれ参考にしようと、その切り抜きが私の鞄の中にずーっと入ったままでした。この文を書いているときにそれを思い出しました。その概要をここに少し示します。 
 それは、東洋大学教授の中里教授らによる「思いやり意識」に関する、一〇年がかりでまとめられた国際比較調査のものです。その調査によると、日本の若者の他人に対する思いやり意識は、調査対象とした米国、中国、韓国、ポーランドなど七カ国中、最低水準だったとそうです。調査は、各国合わせて6千人余りの中高生を対象に 一、目の前で人が倒れたときに助けるか。二、乗り物で席を老人に譲るか。三、困っている人に食べ物を分けるか。四、寄付やボランティア活動をするか等の、社会援助に対する意識を調べたものです。日本の若者は総合得点で七カ国中最低。売春や薬物使用等の非行への許容度も高く、他人の事に対して我関せずなのです。日本の若者のモラル喪失は、バブル経済とその崩壊に伴う、日本の社会空間の変質と深く関わっている事を浮き彫りにしていると考察しています。
 読者の多くは、韓国へ出張や観光で出かけられて気づかれたと思いますが、地下鉄で老人が乗ってくると即座に若者は席を譲ります。日本では席を譲るどころか、車内で大きな声をはりあげて会話をしているか、または携帯電話に夢中になっている始末です。公共の場で何をすべきか、ルールは何か全く分かっていません。だからといって、今の若者を責めるのはあまりにも短絡的です。社会が、家庭が、学校教育がそのような若者を作り上げてきたわけですから、多いに反省し、道徳教育に力を入れるべきです。
 この点では、東京都の知事になった石原さんが、盛んに道徳教育の必要性を訴えていましたが、早期に実施してもらいたいものです。文部省も動くでしょう。波及効果は絶大でしょう。日教組が、いつも過去の歴史的背景から、被害妄想的に軍国主義につながるとして、諸手をあげて賛成していないようですが、そのような中途半端な教育こそが、現在のモラル低下の原因になっているのではないでしょうか。
 個人の競争原理が優先するような社会を作り上げてきた体制から、社会との共生、公共精神を醸成する努力が、今後、更に続けられねばならないでしょう。 

株価が示す今後の景気動向

 五月上旬にやっと平均株価が終値で一万七千円を回復しました。と言っても、バブル絶頂期の未だ半値です。一〇年以上にわたる株価の低迷は、一般の投資家の失望感から、徐々に市場から遠のいていったように思われます。確か過去一〇年ほど前まで、一般投資家は全体の二〇パーセントを超えていたと思いますが、現在はどうなのでしょうか。圧倒的に、国内および海外の機関投資家により売買されているようです。
 一般の投資家の市場参入を容易にするために、昨年の一二月頃から、銀行でも投資信託の委託業務が始まりましたが、あまり効果がないようです。銀行によって、投信販売に対する取り組み姿勢に差があります。預金と異なり投信は元本保証でなく、価格変動も大きいので商品の紹介には、どうも慎重になってしまうようです。銀行はノウハウを持ちませんし、委託業務ですから力も入りません。冷やかしのために、いくつか窓口で聞いてみましたが、あれでは誰も魅力を感じないでしょう。とどのつまり、潤沢な資金とノウハウを持った外国投資顧問会社や、証券会社に座を譲った格好です。実際、今年三月現在で、金融機関の窓口で販売された投信は、全体のおよそ一・四%にすぎず、証券会社には全くおよびません。
 また、一般投資家を育てようと、証券業界で単位株数を下げて購入しやすくする措置も取られていますが、所詮そんなことをしても、あまり意味がないように思えます。金利がこんなにも低下しているにも関わらず、経営者以外の一般の人々は銀行に預けるしか方法がないと保守的になっています。では一体、銀行や生命保険会社に預けた金はどこに行くのでしょうか。これらのお金は、ほとんどが機関投資家による資金として市場に回っています。
 思い起こして下さい。バブルの寵児と揶揄されたか忘れましたが、リクルート事件に端を発して、一時は三万四千~五千円していた平均株価が(私の記憶では当時五〇〇円以下の銘柄はなかった)、ずるずる落ち始めました。バブル崩壊後、少しバブったほうが株価も上がり、景気のためにはよいのではないかと、一部の経営者が思っていました。しかし、市場はそんなに甘いものではありませんでした。その後バブルの後遺症ともいえる拡大路線のツケ(土地や不動産の買いあさり、大幅な設備投資など)、それに伴う金融破綻で株価が売りたたかれ、含み資産の低下、更には大量の不良債権化により、全く株価はここ十年間、ほとんど反転しませんでした。やっと、この危機的状況の中で日本そのものが破綻する直前になって、政府がいろいろな対策を講じました。
 市場にはこれ以上悪くはならないだろうと、外国からの年金を中心とした機関投資家の買いが入り、現在のように若干株価が上向きだしました。ひょっとして、もうこのような絶好の買い場は無いかも知れません。未だ投資の経験のない人も、以前に失敗した人も、思いきって投資してみませんか。戦後五〇年以上続いてきた恒常的な右上がり成長は期待できないとしても、銘柄を厳選すればその企業、またはその産業の進展とともに、株価は上昇するでしょう。この十月から株式委託手数料が完全自由化され、証券会社によっては大幅に手数料を下げる計画がすでに公表されています。中堅の松井証券が、おそらく最大の手数料引き下げを断行すると云われており、最大の値引率が74%になるそうです。この会社は支店や営業マンを持たないで、すべてインターネットや電話による通信取引に特化しているそうです。顧客の口座数は三万件ですが、これからはインターネット取引が増加し、値下げをしても利益が出ると踏んでいます。米国のデルコンピューターと提携し、投資家向けにパソコン販売も手がけています。
 米国ではすでに個人投資家がパソコンでインターネットを介して売買している比率が、二〇%を越えているとのことです。日本でも各証券会社が、ホームトレードと称してパソコン取引のキャンペーンを展開してきましたが、現在のところあまり普及していません。投資家の層で、パソコンを駆使できる人がまだ少ないからでしょう。私の経験では、証券会社によってはパソコンを利用しない電話回線のホームトレードですら、いつも受け付け番号が一番で、全く利用されていない会社もあるのです。最大手でも、バブル絶頂期は受付番号が数百番であることが多かったのが、最近までは数十番です。日本では、まだまだ個人投資家の中で十分に利用できる人は少ないのでしょう。しかしながら、松井証券のように完全に特化してしまえば、十分にビジネスとしてやっていけるのでしょう。そういえば、松井証券は日経などの広告欄に、盛んに宣伝していたと思います。インターネットですから登録も簡単に出来ますし、全国どこからでもアクセスできますので、今後は株価情報、財務情報等の投資情報もインターネット経由で提供するとのことで、大きく躍進するのかも知れません。
 我々は、資本主義の社会に生きています。投資はギヤンブルではありません。この十年間でおそれをなした方が多いのかも知れませんが、その間でも成長企業はありました。本誌は表面処理に携わる方々の月刊誌ですから、果たしてこの種の話題を提供することは慎まねばならないのかも知れませんが如何でしょうか。
 
 ちょっと紙面に余裕がありますので、三菱総研相談役の牧野昇さんの投資に対する記事が、日経のコラムに出ていましたので引用いたします。 
「確かに、投資のための勉強は大切です。でも、投資行為で最終的にものを云うのは、その人が持ち合わせた「勘」だと考えます。これは先天的のものですが、磨くことで培われます。四〇代のサラリーマンの人に云いたいのは「勘」を鍛えるために、敢えて無駄遣いをしなさいと言うことです。趣味でも読書でもいい。酒場で飲むことでもいいんです。常に遊び心を忘れずにいることが、意外と投資に役立ちます。私も七十歳を過ぎました。半年ほど前、はじめて投資をしましたが、その後株式相場が上昇基調となり、利益があがっています。相場が上昇し、多くの人の買いが入るようになってからでは、成功の可能性は大きくありません。景気低迷のなか、いつが買い時かを判断するのは最も難しいのですが、私にとってその判断を下す最大の根拠は、普段の生活で培った「勘」なのです。」 
 最近、東大や東工大でも、米国のスタンフォードやその他で研究された、高度な数学を駆使する金融工学の講座が開講されたとのことです。牧野さんの云っている「勘」が勝るか、数学が勝るか。株は「勘」、デリバティブのような複雑な金融商品は、金融工学が勝るのでしょう。