1999年9月


雑感
               関東学院大学  本間 英夫

技術のマッチング

 これからの製造業は効率追求から、創造追求型の時代に入りつつあります。これまで日本が積み上げてきた技術はもちろんのこと、資源のない日本はもっと創造的(クリエイティブ)にならなければいけません。テレビ番組や新聞、雑誌を通してエコノミストの話は経済問題を知る上においては勉強になりますが、本誌の読者は、むしろ直接製造業にタッチされている方が多いので、虚学ではなく実学を通して培われている工学家の話も多いに聞いたり、読んだりすべきではないでしょうか?
 事実に即した現実的なアプローチはワクワクします。ただし、この種の話を聞く機会が少ないのが現状です。また、エコノミストによる、話題性のある書物は氾濫していますが、現役の工学専門家は、表現が豊かでなく、直接的で稚拙なためか、あまり登場してきません。
 さて、本題に入りますが、高度化した製造業において技術、道具、人材等すべての要素のマッチングがとれなくなってきているように感じます。
 一例を挙げれば、パソコンなどのCPUは高速になってきましたが、その速度に対して、周辺のデバイスのマッチングがとれなくなってきています。皆様の会社でもマッチングがとれていない技術や、業務が意外と多いのではないでしょうか。アイデアから新技術の創生にいたるまでは、数多くの要素技術を、いかにマッチングさせていくかが重要です。
 先日、ある大手の半導体関連企業の社長と話す機会がありました。最近、日本に残っている技術は難しいものばかりで、限界にきている。従来のような積極的な設備投資は出来なくなってきた。設備資金の回収が終わっていないのに、次の技術に着手しなければならない。リスクが大きすぎる等々です。
 バブルの後遺症である不良債権処理を初めとした、金融機関や企業の大幅なリストラが進められておりますが、本格的な景気回復には新規の設備投資が必要です。しかし、資金の投入と回収のマッチングが取りにくくなってきており、経営者は思いきった投資意欲が出てこないのです。
 また、ある大手メーカーの技術者が曰く、潤沢な研究開発費を使えたのは過去の話。基礎研究の出来る環境はどんどん制限され、垂直立ち上げを余儀なくされてきていると。これは、金融破綻の後遺症によるもので、経営者と技術者の間のミスマッチに他なりません。汎用技術は、猛スピードで海外にシフトしています。しかも最近では、かなり高度な技術もシフトしだしました。
 世界技術年鑑によると、日本の科学技術力はアメリカについで2位、非常に高い技術力を持っていると云われています。確かに、世界一の技術力を誇示できる領域がありますが、至る所でミスマッチが生ずるようになれば、ずるずる引きずり落とされるでしょう。
 政府は、昨年あたりから新産業の創生、技術力の更なる高度化を期待して、大型プロジェクトに対して産業界、大学に多額の助成金を供給するようになりました。それがキチンと機能し、成果を収めることが出来ることを期待します。
 前報でも若干皮肉めいたことを書きましたが、環境だけを整備しても、そのプロジェクトを推進する方々の情熱的、献身的な努力が無ければ、事はうまく運びません。ここに実は人のミスマッチ、人材不足が内包しています。


学生の教育を

 私には、とても億単位のプロジェクトを組む力量はありませんので、弱者のひがみになるかも知れませんが、少ない資金の中でキラリと輝くものを探したり、道具がないからこそ、ない知恵を絞って、あっと驚くような新しい発見につながる研究をしなければならないと、日夜努力しています。
 高級な道具がないからこそ、知恵が出てきます。学生にはあれがないから出来ない、これを買ってくれと云う前に、自分で道具を工夫するように指導しています。しかし、最近の学生は、生まれてこの方、全く苦労を経験していないので、自分で考える癖が備わっていません。三年間遊びほうけてきた学生たちを、一年間で鍛え直すのは、かなりのロードですが、皆、素直によくついてきます。卒業する間際には、かなり自信を持って紹介できる人材になっていると思います。これこそミスマッチはないと確信します。
 現在は大学卒が五五万人。博士前期課程(修士課程)修了者五万人、博士後期課程(博士課程)修了者一万人。このように学部を卒業した学士は大衆化し、技術者としての採用が修士修了者にシフトしているのが現状です。大学の先生方が、大学が大衆化したからと学部の学生に対して、技術や研究の訓練を怠る傾向は、ミスマッチを更に増大することになります。厳に慎まねばなりません。

日本の技術力

技術年鑑によりますと、日本は技術力が二位である事は前述しました。日本とアメリカを比較しますと、エレクトロニクス、材料プロセスなどではあまり差はありません。どちらかといえば、日本は資源がないので、資源、エネルギーの効率追求に関して、かなりの力を持っています。
 都市産業、土木系、公共事業などの土木産業に対して日本の力は高く、これら機械の輸出が伸びています。また、交通では新幹線の技術力は抜群のようです。これに対して、弱い所は情報関係とか生命化学です。もっとも、バイオ関係では日本酒醸造の力があるので、この点で日本は伸びていくでしょう。しかし、投資効率や雇用人数などを考えますと、今後はエレクトロニクスや福祉関連が重要になってきます。
 ここで少し、エレクトロニクス関連の技術にふれてみたいと思います。
 半導体産製造ラインを一つ作るのに、一千億円以上かかるとのこと。クリーンルームは付帯設備を入れますと、上下階全部で三フロア分必要となります。また、物作りをするための、いろいろ設備を導入しなければなりません。この二年くらいの間、連日のように半導体の銅配線にめっきが使用されると話題になっています。
 本誌にも何度か紹介されているダマシンプロセスがその代表格です。全ての製造プロセスは装置産業であり、莫大な先行投資にもかかわらず、出来上がったチップの価格はどんどん下がります。最初は二万円のチップが二年位で200円程度になってしまいます。結局、設備投資の回収が出来ません。したがって、垂直立ち上げが余儀なくされるのも理解できますが、これでは技術者も、たまったものではありません。
 各社ともこの領域は最高級の機密事項になっており、同じ問題を同時期に抱え、同じように、対策に苦しんでいるのが現状のようです。共同作業、協調は出来ないものでしょうか。そのためのコンソシアム作りが叫ばれていますが、日本で機能するにはもう少し時間がかかるのでしょう。
 読者の中には半導体の外装めっき、リードフレーム、プリント基板のめっきに関係のある方が多いと思いますが、これらの領域は変革期にあります。半導体の高速化、ファイン化に伴い、周辺の技術も難しくなってきました。新しいファインになった部品のめっき加工では、歩留まりが上がらず苦労の連続ではないでしょうか。
 最新鋭の装置を導入して、それに見合った薬品を買ってきて生産をやる時代から、もう一工夫しなければならなくなってきました。それが本来の技術の重要性です。今まで皆様の工場で技術をどれくらい重要視されていたのでしょうか。技術者の養成に力を入れてこられたのでしょうか。きちっと核になる技術を判断できる、また、その技術を更に発展させることの出来る人の養成が、これからは益々大切になってきます。
 すでに、企業間の格差が少しづつ現れてきています。これからは更に顕著に現れてくると思われます。
 いずれにしてもこの種の最先端の技術に、めっきが採用されてくることは、その業務に携わる皆様にとっても、今後事業を更に発展される上において心強いと思います。
 これだけ難しい技術が増えてきますと、専門にこれらの技術を請け負う技術集団組織を大学の中に構築しようかとの考えが浮かんできます。十八歳人口の低下、もう数年すると事実上の無競争で誰でも大学に入れるようになります。そうなると魅力のない大学は淘汰されることになります。まず、授業料収入だけでは運営できなくなってきますので、研究費の増額、教員の補強、後進の育成などとても期待できません。真剣にこれからの大学運営を考えねばならないでしょう。
 半分冗談で、半分はその気になればですが、最近私の研究室を出た後輩連中が集まると、研究開発集団を作ってビジネスをやりましょうよ、と話題になります。めっき関連の薬品から装置、新技術開発、すべて請け負う集団は卒業生を集めれば本当に出来てしまいます。学園紛争前まで、本学で行われてきた事業部、新しい考えの下での事業部、あるいは研究所作りは、おおいに可能性大であると確信します。

困難を伴うがチャレンジを

 技術者は、これからはどんどんファインな技術に挑まねばならないのですが、難しいから止める、できないから止めることが多いようです。そこに大きなビジネスチャンスがあってもです。常にチャレンジしていく気持ちでいなければいけません。またチャレンジしていく気持ちになるように、経営者は思い切って勇断し、リスク覚悟で行動するように、技術者を鼓舞していくべきでしょう。
 最近の若い技術者はやる気がないと云われています。何故かと言えば、やらされているからであり、自分からワクワクしてやっていないからです。それともう一つ、評価の欠陥ではないかと思われます。「どうせやっても」評価されない、と考えているのではないでしょうか。
 何度も繰り返しますが、学会にフリーに参加できるようにするとか、出来れば自分の研究した内容を発表するとか、核になる技術は特許取るとか、報奨金をもっと上げる等々を行うべきです。
 最近、年棒制の導入をすでに実施している企業が多くなってきていますが、米国の制度をそのまま導入するのではなく、日本のこれまでの風土や、伝統国民性に適合したやり方を、模索して行かねばならないでしょう。
 組織を運営していくには、みんなの総合力が必要です。バランス良く、皆がある程度認め、協調していける制度の構築が是非必要です。
 一つの技術がヒットすれば、それで従業員全体が潤います。技術というのはワクワクして行う所に大きな発見や発明があります。時間を忘れてやれる環境を作って欲しいものです。現実にはそのような環境を企業の中では作れないのかも知れません。大学などの研究機関が一番適しているのかも知れません。大学では時間や期間やテーマに制約がありませんので(資金には制約がありますが)試行錯誤していくなかで、キラリと光るものを見つけだす事が度々あります。昨年は四、五テーマで、今、正に必要とされている新しいプロセスや、めっき液組成の開発が出来ました。すでに、この技術が実際に使われだしています。若い技術者が成功体験を持てば、これからはヒットがどんどんでてきて、日本を発信地として世界に広がることを期待しています。
 私どもの研究していることは、ほんの小さな領域ですが、最近では米国、イギリスを初めとしてスタディミッションや技術のトップが研究室に来るようになりました。これはおそらく、論文のいくつかを外国の論文誌に投稿しているからでしょう。

若者の意識を変えよう

 若者のモラル低下は、早稲田大学の吉村先生の仙台での件でも明らかです。しかし、そのだらしがない若者を皆様が採用し、育てなければいけないのです。誰がだらしなくしたかと言えば、我々、教育者であります。それから、年代的に言えば五十代前後の団塊世代の親たちです。
 最近の学生は授業を聞かない。テストを行っても、白紙で出す。昔は白紙で出す者はいませんでした。皆努力しました。成績が悪いので下駄を履かせようと出席状況を見ますとこれまた出席は0。これでは成績のつけようがありません。世の中、何かが狂ってきているようです。せっかく日本の技術力は高いと云われているのに、これでは先が不安です。
 頭でっかちになった、頭脳明晰な人の集団だけでは、もの作りは決して出来ません。いろいろなタイプの人材が必要なのです。愚鈍かも知れませんが、着実に物事をこなしていく人がいなければ、技術というものはうまくいきません。その上にキチッと指導ができる、閃きのある人がいなければいけません。
 最近、製造現場に技術が伝承されていないので、不良が多発していると聞いています。これは、技術者と特に若い現場作業者のレベルが、あまりに違うようになってきたからです。効率追求に走り、どんどん人減らしを行った結果、不良が多発し、利益がでない体質になってしまいました。私は企業訪問したときにまず、トイレを見ます。トイレの汚い企業は技術が立ち後れています。アメリカの表面処理の企業を見学した人は、あの汚さを見て分かると思いますが、日本の企業の中でも生産だけを重視した、トイレの汚れた会社は将来がないでしょう。技術をしっかり伝承できる体質に変えられるよう要望します。ポイントになる所はキチッと押さえなければなりません。
 今の若者、特に偏差値の高い大学の生徒は、何でも理論から入り、行動しません。理論から出た結果を元にして、開発された技術は一〇〇あるうち、一つ、二つしかありません。残りの九八位は模倣と偶然からです。学生には「まず、行動しなさい。そして、次に起こる事象を注意深く観察しなさい。」とよく言っています。現場でも、研究でも同じ事がいえます。
 大学や大学院の指導方法にもよりますが、大抵の教授は現在、実績主義に走っています。論文による自己評価や、自己点検などの研究実績中心です。学生をコマ使いにして、本当に愛情のある指導をしているのでしょうか?指導者がしっかりしないから、頭でっかちで人間的に歪な人達が育つのではないかと思われます。若者の意識を変える前に、我々の意識を変えねばなりません。