雑感シリーズ

関東学院大学  本間 英夫



厳しさ続く日本経済

 

日本経済は、一年にわたる在庫調整や米国の景気回復基調から、輸出や生産の一部に下げ止まりの兆しが見えてきたと言う。

民間企業は時価会計の導入を初めとして、グローバリズムや市場主義の名のもとに、必死に努力してきている。しかしながら、その間、一貫して株式市場は大きく売りたたかれてきた。

 政府は色々な株価対策を打ってきたが、功を奏さず、自由経済には禁じ手である空売り規制で、9000円台の平均株価が一気に大きく反転し、一週間で2000円くらい水準訂正した形だ。しかも、この上昇の仕掛け人は、外国人の買であるといわれている。なんとも皮肉な現象である。この状況を見て、政府が危機は去ったとコメントした瞬間に、今度は政府の無策に対して、警告を発するかのように株価が下がった。今は、日本の実態経済に明るさが見えてこないので、政府からのシグナルに株価は敏感に反応している。

 日本は景気循環で過去20年の間に、4回の在庫調整を経験している。これまでの経験則によると、在庫調整後に生産活動は上方に転じてきた。しかしながら、今回は、生産は下げ止まったが、増加に転じる兆候が見えてきていないと言う。

 公共投資の削減、建築需要の落ち込みで素材産業は悲惨な状態だ。付加価値の高いエレクトロニクスを初めとして一部の分野だけ生産が上向いてきている。アジアのなかで日本以外はプラス成長であり、中国を初めとして、アジア向けの精密部品はかなりの比率で日本が生産している。

 先日、久しぶりに我々が開発したあるラインを見学したが、精密部品向けの表面処理の生産は落ち込んでいないようであった。しかしながら、量産品は人件費の格安なアジアに生産拠点をシフトせざるを得ないので、ますます日本での設備投資や生産が、縮小から廃止の傾向にある。したがって内需回復は望めない状態にある。

 3月下旬に、製造業の危機的な状態に関する対談番組があった(残念ながらその番組を見なかったが)。「このままの状態が続けば、日本の物作りに従事する技術者はどうなるのでしょうか?」との、司会役の質問に、経済担当大臣が「5年もすれば人口が減るから大丈夫。」と、コメントしていたと言う。経済学者は、実際の製造業や物作りを知らないので、ずいぶん勝手なことを言っているものだと、とんでもない方向に舵取りされているようで不安である・・。

 日本の強みである物作りをきちんと理解した人が、政府内にアドバイザーとしていないのか?製造業を中心とした開発や生産技術に携わっている技術者の飽くなき情熱が、戦後の工業化社会を目指し安かろう悪かろうから、新製品開発、生産性、品質の向上など世界一にまでのし上げてきたのではないのか。

 現在、グローバリゼーションの名のもとに進められてきているリストラが、学会活動で知り合った多くの技術者にも降りかかっている。当人達は、現実に直面するまで、『まさか自分が!』との気持ちであった。リストラにあった後、自分の能力を発揮できる次の職場が見つからない・・。数年前までは、中小企業がこれらの技術者を大歓迎で受け入れてきたが、今はその余裕がなくなって来ている。この現実を見て、長いスパンで捉えたとき、果たして本当にこれでいいのか疑問だ。40代後半からの技術に対して、スキルの高い人たちを十把一絡げでは、ただの、体のいい首切りだ。企業を存続させるため、断腸の思いでの対策であることは一面理解できるが、それにしても、折角育ててきた人材の能力を無視して、きらねばならないのはいかにも無策である。

 早期退職を一定の割増金付きで募集すると、予測以上に応募者が殺到すると言う。企業によっては、この際思い切って銀行からお金を借りて応募者全員を早期退職させている。これらの人たちの多くは現在、就職口が無くストレスの多い毎日を送っている。

 大手企業で取引先を大幅に減らし、系列会社の色合いも薄くし、工場閉鎖、工場集約、海外移転、減俸、タイムシェアリングと、今は誰もがリストラを致し方ないと認めているようだが、これで経済の回復が期待できるのか?結局は、技術、信頼、やる気、モラル、地域社会との共生など、失われるものが余りにも多いのではないかと危惧する。


国語と算数の学力、12年前より大幅低下



 東京大学大学院教育学研究科の学校臨床総合教育研究センターは先月、小中学生の学力が著しく低下していると発表した。4月からの土曜日完全休日に伴い、教科内容を大幅に削減した学習指導要領が実施され、学力低下が心配されている。

 ある新聞の記事によると、公立小中学校(小学校16校、中学校11校)を対象に、89年のときと同じ問題を出して比較したとのこと。小学生の算数で、計52問のうち1問を除いたすべて正答率が悪くなり、89年の平均正答率が80・6%であったのに対し、昨年は69・1%と、11・5ポイントも落ち込んだ。次いで小学生の国語で7・3ポイント、中学生の数学は5・1ポイント、中学生の国語で4・1ポイントの低下であった。『先生方が、しっかりと指導しなくなったのではないか?』と、調査した教授がコメントしている。

またこの調査で、塾に通っていない子供と、通っている子供でも比較しているが、小学生の国語で、塾に通っていない子供の正答率は69・6%だが、通っている子供は75・9%と6・3ポイントの開きとなっている。学校だけに頼っていると、学力が維持できないことが伺われると、その教授は指摘していたが、なんとも嘆かわしい。教育ママは、この記事を見て塾通いの必要性を再認識するのか?

 しかし、従来の学力の基準や評価法は、21世紀型になっているのであろうか。2月号にも触れたが、小中学校で劣等生を自認する私は、世間が騒ぐほど落胆はしていない。これからは記憶型から創造型へ移行すべきである。今までは、記憶力に優れた若者の評価が高かった。

 しかし、私の知る限りこれらの連中が、その後、社会に出て大活躍しているのは少ない。工学だけに限ってみると、同僚の中で創造や着想に長けて、技術の開発や改良に抜きん出ている人は余りいない。むしろ、若い時に優等生といわれた連中よりも、その次に位置して、適当に自由に行動してきた連中のほうが、その後、大きく活躍していると思う。但し、基礎力だけはみっちり若い時に付けておかねばならない。

またいつも言っているように、実学的な英語力を小学校から習得させるべきではなかろうか。アジアで一番英語力がないとの汚名を拭い去るには、これから教育に反映したとしても、10年はかかるであろうが、どんどん英語圏から先生を迎えるよう、早くアクションを取ってもらいたいものだ。

 さらには、IT化に伴い小学生の頃からインターネットを介して検索能力を培うようにし、しかも入試もコンピューター持参で、今まで記憶に時間を費やしたやり方から、発想性を問うような問題も入れるようにする。英語に関しても、パズルを解くようなはめ込み問題は廃止し、実学的な問題を多く組み入れるようにする。

 我が大学の工学部では教養の先生方が、実学指向の一環として、英語の非常勤の先生を全て外国人にしたようだ。これからの大学教育は、画一的な教育から、本学ならではのキラッとした魅力ある教育をアピールしていかねばならない。『あの大学に入ったら将来はこうなるぞ!』との夢を持てる教育を打ち出せるように一人一人が努力して行かねばならない。