雑感シリーズ

関東学院大学  本間 英夫





表面工学研究所発足



3年前に北欧の大学を視察したが、特にヘルシンキ工科大学の研究所を見学し、活動状況を聞いて、これは本学でも研究所を作らねばと思い立った。

研究所の設立構想を、OB会で卒業生諸君に語ったのは、それから更に半年が経過していた。

すでに、日本の産業の国際競争力が大きく落ち込み、政府は科学技術の進展に予算を重点配分するようになってきていた。

 国の借金がどんどん増大する中で、国立大学の独立法人化、すなわち民営化が打ち出され2004年に実施される。

 また、国・公・私立を問わず多くの大学では、これからの少子化に伴い生き残りをかけた大学経営の見直し、魅力作りが進められてきている。たとえば、学科の名称変更、新学部新学科設立、さらには、国の施策に呼応したハイテクセンター設立【国と大学が半分ずつ負担、現在すでに90以上(124研究室)の大学で実施されている】等。

 我々の大学でも短大を廃止し、人間環境学部が本年4月に立ち上がった。加えて、新学科としては、法学部に新しく法政学科が増設された。工学部でも学科構成の見直し、新学科の設立が3年位前から検討が進められている。

我々の所属する工業化学科は、「煙もくもく」との印象があり、6、7年前にカリキュラムを変更し、応用化学科と名称変更の申請に向けて活動していた。

 しかしながら、当時はまだ文部省の許認可権限が強く、申請前のお伺いの段階で断念せざるを得なかった。

 最近は、大綱化に伴い、あと2年で届け出制に移行する。

各大学で自由にやって下さい。あとは市場原理で淘汰される大学も出てきますよということである。

 このような背景の中で、これからの大学の将来を考え、OBの多くが表面工学関連領域で活躍しているので、研究所を是非立ち上げねばと、具体的に動き出して1年くらいになる。それ以前は、外堀を埋めるべく雑感シリーズで構想を述べたり、大学内の要人に構想を話したり、またOBの大先輩をはじめ、産業界の経営者にも話してきていた。

 先ず設立にあたって、大学内に研究所を作れるか?これは、個人の力では到底無理と判断。大学に対しても、OBに対しても、産業界の方々に対しても、最も説得力があり、最も成功を収める可能性が高いのはなんであろうか?

 産学協同のルーツは本学にある。したがって、大学の事業部から株式会社に独立した関東化成(大学の持ち株会社)の敷地内に先ず分室を作ること、これが研究所設立の近道であると、私も関東化成の役員も意見が一致した。

 関東化成が本学の事業部から独立して30年が経過した3年前、30周年記念式典で当時の社長が参加者に対する挨拶で、本学との産学協同の推進を宣言された。それから大学のトップと、具体案の話しが始まった。この種の計画はフットワークがよくないと、ずるずる具体化が遅れてしまう。

 今回は意外に時間がかかったが、オーナー企業のトップが即断即決できるのとは違い、承認されるまでの手続きが煩雑で、期間がかかるのは致し方ないであろう。とにかく設立にゴーのサインが出た。おそらくこの雑感が掲載される頃には研究活動がスタートしていると確信している。



小さく生んで大きく育てる



 少子化に伴い、数年先には幾つかの大学では応募者が定員を割り、最悪の場合は経営が成り立たなくなり、廃校に追いやられると予測されている。

 すでに、18歳人口はピーク時の210万人から60万人減り、さらに数年で30万人減少する。したがって、現在のように各大学でほぼ同じ教育がなされているようであれば、当然偏差値の低い大学は消えていく運命にある。我々の大学も、うかうかしていられない。本雑感シリーズで幾度となく教員一個人として何がやれるかの考えを述べてきた。

 大学では、経営トップと時の教育責任者およびそのブレーンが、真剣に迅速にアクションを取らねば改革は進まない。

 大学によって改革スピードに大きな差が出てきている。トップダウンの大学や経営者のメンバーに産業界の大物を招聘している大学は、極めて早く改革が行われている。

 特にトップ30に残れる可能性のある大学では、思い切った改革が進行している。トップ30の大学には研究費が重点配分されるので死活問題である。領域が幾つか決められており大学全体の評価ではないので、一つの科でも充実した教育研究をやっていればその領域でトップ30に入れる。

 我々の大学では望むべくも無くスタートラインで断念である。したがって、これから先、研究費が学生の授業料や、国の助成金で賄えないようになるのは明らかである。ますます工学部の研究のポテンシャルが停滞してしまう。

 今、盛んにCOE(center of excellence)と言う用語が使われているが、これは各大学でそれぞれの特徴を持ったセンターの設立を意味している。大学全体としては領域が小さいかもしれないが、表面工学に関する研究と教育は本学の特徴であり、国内外でも評価されていると確信している。

 現在、この領域の研究を主に行っている本学科の教員は、私を含めて3人になった。研究所設立にあたってはリスクを回避したいとの声も大きく、研究所は有限会社とし、300平方メートルの分室から始めることになった。本学のCOEとなるように小さく生んで大きく育てる気概を持って、特徴のある魅力的な研究所に育てていきたい。



本年度の研究室の陣容



 今までの研究室を、父兄や企業の経営者が見学したら、特に蒸し暑い梅雨時から夏場にかけては、よくもこんな環境で研究をしていると驚くであろう。

企業の研究者や外国からの研究者も度々訪れるが、必ず実験室を拝見したいと言う。私がお付き合いしているどの大学よりも、研究環境が劣っているし、外国では整備された研究所をすでに数十箇所視察してきているので、あらかじめ弁解しながら見学してもらう。実験室を見た後の研究者のコメントは、一様に「我々の大学時代もこうでした。」と。

 教員の間では、他の先生方の実験室には滅多に入らないものだが、先日、他学科の先生二人に廊下でばったり会い、実験室を見たいと言う。どんなところで研究をやっているのか興味があったのであろう。

 ところが実験室に入る早々、予想に反し狭隘で劣悪な状態にびっくりしたらしく、こんなところでよく実績が出るものだと驚いていた。寂しくなるが環境じゃないですよ、やる気ですよと虚勢を張る。

 70平方メートルの狭隘な実験室に冷房も無く、冬場は補助暖房だけで、そこに毎年約20人の学生が詰め込まれているのである。それでも学生諸君はそれほど不平を言わなかった。

 他大学と比較すると、確かに現在のところ研究環境は大きく劣っている。大学全体として建物の改築や冷暖房の整備は進行しているが、実験室は一番後回しになっている。講義用の建物は立て替えられキャンパスは立派になった。しかし、工学部の建物は老朽化しているが、建て替え計画は積極的には進んでいないようである。

 日本の強みであった製造業、特に新卒者の多くを吸収してきたエレクトロニクス関連業種の停滞で、電気電子の学生をはじめ、材料がらみでの化学の学生、機械システムがらみでの機械科の学生の受け入れも大きくて低下してきている。

 また、産業構造が大きく変化し、公共事業が大幅に削減され、土木や建築の卒業生の就職先は大きく制限を受けることになる。

工学部全体の学生の受け入れは、今後どうなるのか。少なくともバブル絶頂期のような卒業さえすれば、「どんな学生でも。」との超売り手市場は、もう絶対に戻ってこない。

しかも企業の受け入れは、大卒から大学院修了者にシフトしている。したがって、我々工学部に所属する教員は、一人一人の学生の力をつけるように今まで以上に努力しなければならない。

 今年の陣容は、博士後期課程三年3名、ニ年1名、博士前期課程ニ年3名、一年5名、学部卒研生11名、合計24名である。

上記のように、いよいよ待ちに待った研究所が6月から立ち上がった。スタッフルーム、ミーティングルーム、クリーンルーム、一般実験室、機器分析室を完備しているし、廃液を全て原点回収する必要も無く、研究の環境は、今までと比較すると大きく整備された。スタッフ、学生ともどもこれまで以上にアクティブな研究活動と実績を上げていかねばならない。