雑感シリーズ

関東学院大学 小岩一郎 本間英夫

日独技術移転フォーラム

本年の2月頃だったか、財団の神奈川科学技術アカデミー(KAST)の産学連携事業担当者から、物づくり分野における産学公連繋に関するシンポジュムを行いたいので是非、講演をお願いしたいと要請があった。

ドイツのザールブルケン大学の教授で、新材料研究所の所長であるSchmidt先生が基調講演を行い、KASTの理事長である光触媒では世界的な権威の藤嶋先生と、小生が産学連携に関して講演をするという計画であった。

技術講演は要請があればお引き受けしているが(但しセミナー業者の講演は受けないことにしている)、内容が産学連携であること、また講師のお二人は世界的な権威、恐れ多くて躊躇した。しかしながら、要請をいただいた時には、あらかじめすでにかなり計画が綿密に練られていたようで、引き受けざるを得ないように仕組まれていた。

しかも、開催場所は我々の大学が一昨年、設立した横浜の中心地、関内のメディアセンターで5月19日にやりたいという。大学に趣旨を説明し、快く場所を借りることが出来た。それからはKASTが中心になって、パンフレットを作成し聴講者を募った。

正直、何人の参加があるか不安であったが、なんと150名以上の聴講希望があり、申し込み期間中に打ち切ったとのことであった。したがって、大講義室だけでは収容できず、もう一つの講義室も使用して、その部屋はテレビ画面で聴講することになった。

ドイツの新材料研究所の講演は、これからの中小企業の研究開発に対して、公的機関や大学の研究所との連携が極めて大切であると説いているので、以下講演の内容をベースにコメントを入れながら紹介する。

なお、新任の小岩先生は先々月の本シリーズにてプロフィールを紹介したように、半導体の企業で研究開発とその事業化を手がけてきた人なので、講演内容を迅速にまとめるセンスは抜群であり、今回はその力を存分に発揮していただいた。



新材料研究所の研究開発

ドイツのザールランド州にある新材料研究所(INM)は、およそ200名の従業員を擁する研究開発センターであり、ナノ粒子の化学合成と加工技術および産業への応用開発に重点をおいています。

INMの研究者は、画期的な商品を世に送り出すことをいつも夢見ていると言われていました。

しかし、ナイロンの発明がDuPont社を10倍にしたような、画期的な新商品が実用化される確立はきわめて低いものです。したがって一般的には、画期的な商品どころか、研究開発が商品化に結びつかない場合の方が多く、実用化に結びつく方が稀であります。

すなわち、野球で言えば、ホームランが打てないどころか、シングルヒットを打つことも難しい状況になってきています。

研究開発と生産の間には、「死の谷」があるとよく言われていますが、この「死の谷」を、効率よく超えることが、現在の最も大きな課題です。

Schmidt教授は、「世の中で使われなければ、何の意味も無い」、と強調しておられました。企業にしても、研究者個人にしても、開発した物が世の中で実際に使用されなければ幸せになる人は、いないことになります。

以上は、皆さんが、分かりきったことであるとで、この目標に意義をとなえる人はいません。では、どうすれば、良いのでしょうか。

全員が、目標は分かっているのに、その目標に到達する手段が分からないで苦しんでいるのが現代です。Schmidt教授は、15年前、現在のようなモデルを提唱されたときには、「砂漠の伝道師」、であったとおっしゃいました。でも、今は、羨望の的です。Schmidt教授の先見性が実証されています。

今回の講演では、Schmidt教授は、その根幹になる思想を、御教授くださいました。以下に、私(小岩)が、理解できた部分について書かせていただきます。

教授が現在、活躍なさっているのはドイツのザールランド州で、第二次世界大戦の後は、しばらくフランス領であったという、めぐまれない環境であったばかりでなく、産業的にも鉄鋼関係の産業が多く、今後のことを考えると新しい産業、新しい雇用の創出を行う必要がありました。

そのような状況下で、Schmidt教授に声がかかりました。しかし、当初、Schmidt教授も、この大きな課題に対して、実現困難と考え、一旦お断りなさったそうです。

種々の経緯の後、Schmidt教授が実際に何を軸としたでしょうか?新しい雇用を生み出すためには、新しい産業が必要です。こんな、難しく、大きな問題を、どのように解決なさったのでしょうか?

Schmidt教授のお答えは、実に、オーソドックスです。奇をてらうことなどありません。

前提は、新しい雇用の創出です。ドイツでは新規に創出される雇用の75%が中小企業によるものなので、中小企業を多く企業化することが必要になります。しかし、中小企業は独自で新しい産業を起こすような研究開発を行うことはできません。さらに、新しい可能性を示しただけでは、死の谷を超えることもできません。

教授は、おっしゃいました。

「知識を開発するだけでは無く、あたらしいテクノロジープロバイダーとならなくてはならない」



「INM研究所が技術を開発し、関連企業とあわせて、全てを企業に提供する。従って、企業から見れば、相手は1つで、全てが手に入ることになる。」



「種々の企業のニーズに合わせるために種々のインターフェースを用意している。」



従って、INMと組むだけで、「死の谷」を容易に超えられます。このモデルであれば、だれでもINMと組みたくなります。

最初、1500万ユーロ(20億円)の公的資金でスタートしましたが、今は公的な資金はゼロで、全て民間からの収入で運営しているそうです。

目的として、新しい雇用を創出することで、その創出するのは中小企業であり、その中小企業は新技術を開発することが困難であるという現状を、INMが技術開発から生産の途中までプロモートすることにより解決しています。

それでは、INMが何故、ナノ材料に注目したのでしょうか?教授はおっしゃいました

「ドイツでは大企業は社内では材料開発を行なっていない。」



「材料は、多岐の分野で使用されるためにマーケットが広いので、開発のリスクが低い。」



「ウエットプロセスを採用することで、大規模な設備投資の必要がなく、中小企業に展開することが可能である。」



以上の観点から、科学技術を利用してナノ粒子を使用した表面加工技術を武器としてウエット技術に展開しています。バリューチェーンを考えると、材料だけでは付加価値は小さく、部品やシステムに展開する必要があり、そのためには、学際的なプロジェクトが必要です。そのプロジェクトをリーダーが引っぱることが必要になってきます。種々のニーズに合うように、組織はプロジェクト毎に組まれ、柔軟な組織構造になっています。

さらに、INMでは、特許の監視や教育事業も行っております。また、ライセンスを積極的に取得して、そのライセンス収入の30%は技術者に還元してインセンティブとしています。

現在、INMの周りには新しい企業ができて、新しい産業が起こり、新しい雇用が生み出されています。その勢いは増すばかりです。

明確な目標を立て、それを達成するための、しっかりとしたビジョンを持ち、それに基づいた体制をつくり、さらに、常に努力を続けて改善していかなければなりません。

以上、書いてきたことを確認しますと、全て、頭では分かっている明白なことです。しかし、明白なことを、確実に実現するのは大変なことです。思うだけなら誰でもできます。しかし、実際に実現できた人はほとんどいません。

表面工学研究所も、INMのように発展していくには、当たり前のことを当たり前に、しっかりと実現することが必要であることを痛感しました。痛感するだけでは駄目で、実行します。



新技術創製モデル

以上、小岩先生に当日のSchmidt教授の講演内容に感想を加えながら述べて頂いた。講演会当日配布された要旨の引用の許可を許可いただいているのでさらに新材料開発とその実用化のプロセスをさらに少し述べてみる。

新材料が市場に投入されるためには、いくつかの課題を乗り越えなければならない。

 一般に、材料メーカーが材料を製造販売し、ユーザーは彼らから材料を買って製品を作る。先ず、新材料のマーケット投入を考えてみると、材料の初期のマーケットというものは一般にきわめて小さい。材料メーカーはその材料が十分な市場規模が見込まれないかぎり材料開発は行なわない。したがって、使用量の少ない表面処理材料はほとんど市場に出るチャンスがない。その結果、個々の製品や表面処理開発に提供されるオーダーメイドの材料の供給はかなり不足するか、ユーザー企業が全く利用できない。

 このような環境の下で市場へのアプローチを実現するために、INMでは、新しいタイプの公共セクターと民間の連携モデルと、材料科学技術と生産技術を融合させるための柔軟性に富んだ戦略基盤を確立してきているわけである。連携モデルが機能するためには、公共セクターは材料に関する「知」を開発するだけでなく、それを製品に適用していくための適切な下流の技術を必要に応じて開発しなければならない。このプロセスをINMでは「垂直的学際性(Vertical Interdisciplinary)」と呼んでいる。すなわち「科学から工学へ」というアプローチである。これは材料の基礎研究に始まり、加工技術そして最終的には製造技術の開発によって完結する。これを達成するために、INMは適切な人材と設備を配置し、これらのインフラを効果的に使うための十分なマネージメント体制を整備している。

 INMの「垂直的学際研究開発」は、化学、物理、材料化学、材料加工技術、化学工学、機械工学、高分子プログラミング、セラミックス及び表面技術に関する設計・製造技術によって構成されている。「知」の生産には、常時20~30人が配置された博士課程の学生たちがあたり、工業化技術については大企業の参画を得るとともにドイツ連邦の資金が補完的に導入されその結果うまれたノウハウが、中小中堅企業(SME)やスタートアップ企業の製品開発プロジェクトに活用される。

INMの技術に基づき、12のスタートアップ企業が設立され、3つの大手企業がINMに基づく新企業を設立している(地域への効果)。一連の製品生産が(およそ40から50)が、ドイツ及びヨーロッパの企業によって行なわれた(ドイツ、ヨーロッパへの効果)。また、海外への多くの企業がINMの研究計画により事業を進める予定であり、例えば日本でも立ち上げが進んでいる。Schmidt教授は触媒化学が専門で1990年までフラウンホーファーの所長を勤められており、その後INMを立ち上げるにあたり、上述のように新素材としてナノ粒子に注目し開発研究が始まった。講演の次の日に研究所に来ていただいて我々の研究所の考え方を説明しまたこれからの産学連携に関してもお話をさせていただいたが初対面にもかかわらずお互い妙に意見が一致した。これからはお互いの領域を生かし共同研究をやろうということにまで話が進展した。