雑感シリーズ

関東学院大学  本間 英夫

環境にやさしい前処理の確立

近年、「環境調和」や「環境に優しい」といったフレーズが、新聞・雑誌などに頻繁に見受けられるようになった。これらは、環境問題に対する取り組みが、WEEE/RoHS指令に代表される様に、欧州(EU)を中心として世界規模で認識が高まってきた証である。

特に、自動車産業における防錆表面処理技術の直面する課題に、欧州ELV指令の環境負荷物質の削減が挙げられる。これにより、 EU域内に市場投入される車・部品などは、原則的に有害物質の六価クロムが使用禁止となる。

我が国でも、PRTR法、家電リサイクル法や自動車リサイクル法などに代表されるような厳しい環境規制が施された。したがって、将来的には前処理工程からも六価クロムなどの有害物質を使用しない環境調和型のメタライジング技術に変更する必要性に迫られている。

これまでABS樹脂を中心としたプラめっきおよびビルドアップ樹脂材料の前処理としてクロム酸や過マンガン酸のような強力な酸化剤が用いられてきた。我々は水だけで密着を得る方法を検討してきたが、研究を始めた頃は水だけを用いてそんなこと出来るはずがないとみんな関心を示さなかった。

我々が意図したのは酸化チタンの光触媒効果を用いれば、水から酸素ラジカルや水酸基ラジカルが生成し樹脂表面を修飾する事によって極めて平滑な樹脂表面に良好な密着性を持った金属の成膜が可能であると確信していたからである。



二酸化チタン 光触媒の特徴

1972年に本多・藤嶋効果の水を分解する反応が見出されて以来、二酸化チタン(以下、酸化チタン)光触媒に関する研究は飛躍的に増加した。その酸化チタンは、化学的に安定で無害な物質であり、化粧品や白色塗料などに広く使用されている。さらに、紫外線(以下、UV)の作用により有機物分解や親水性表面を発現するなどの特性を示す。それにより抗菌、防汚(セルフクリーニング)、防曇、空気浄化など、様々な性能を発揮することから、環境浄化材料として近年注目を集めている。 

もともと、酸化チタンを利用した表面処理技術へ適応できないかと考え始めたのは、藤嶋先生から十数年前に「めっきには錯化剤が使われているが光触媒で分解できるだろうから検討してみないか」と電話を頂いたのが研究の始まりである。

酸化チタンの結晶種にはブルッカイト型、ルチル型およびアナターゼ型の3種類が知られており、前二者のバンドギャップエネルギーが3.0eVであるのに対し、最も光触媒能が高いとされるアナターゼ型のそれは3.2eVである。そのため、波長380nm以下のUVを照射すると光電効果により、電子正孔対が生成する。

それらは酸化チタンの粒子表面に拡散し、電子は吸着酸素に、正孔は吸着水に移行し、活性酸素であるスーパーオキシドアニオン(・O2-)およびヒドロキシルラジカル(・OH)を生成する。さらに、前者は水の存在下ではプロトン(H+)と結合し、ヒドロペルオキシルラジカル(HO2・)を生成する。これらのラジカルは、塩素や過酸化水素にも勝る著しく強い酸化力を有し、有機物を最終的に水と二酸化炭素にまで分解すると言われている。



ABS樹脂へのエッチング代替処理の適用

ABS樹脂は最も身近なプラスチックであり、PCや携帯電話の筐体、自動車のグリルやエンブレムなど広範に使用されている。このABS樹脂にめっきを施す場合には、強酸性で有害な六価クロムを含有するエッチング液を使用している。しかも、本エッチング液を用いた前処理技術は半世紀に渡り継続使用され、しかも代替法に関しても全て酸化剤を使用するものであった。

3年位前から本格的に実験を始めたが、単に水に酸化チタンを懸濁させ上部よりUVを照射する簡便な処理法である。 

まず、酸化チタン濃度をと変化(0~1.0g/dm3)させて密着性を調べたが、酸化チタン濃度がたったの0.01g/dm3の極めて希薄な溶液で効果を発揮し、UV照射時間20分で最大1.2kgf/cm程度の密着強度が得られた。単に水に酸化チタンを懸濁させた溶液で処理をしただけで、クロム酸エッチングを施したものと同程度の密着を得る方法としては画期的な方法である。

その時の基板表面のスペクトルを赤外線吸収スペクトル(FT-IR)のATR法により測定した結果、ヒドロキシル基に基づくピークおよび1700cm-1付近のCOOH基やCHO基に基づくカルボニル基のピークが出現した。このように、改質処理を行うことにより、基板表面に官能基が導入されることがわかった。

改質処理後の基板の電顕像(FE-SEM)を観察してみると、クロム酸での処理では、サブミクロンから数ミクロンの複雑なエッチング痕が、表面だけではなく、深さ方向にも明瞭に観察されたのに対して、本法では、著しく平滑な表面であった。

そこで、改質処理後に触媒付与した基板の断面(TEM)を観察してみると、30~40nmの改質層が出現し、 その層中をエネルギー分散形X線分析(EDX)した結果、PdおよびSnが検出された。したがって、本手法によりABS樹脂の最表面に30~40nmの改質層が形成され、そこに触媒が浸透、吸着し、引き続きNiP微粒子が析出しさらに連続膜となって、ナノレベルのアンカー効果により、良好な密着強度が得られたと考えられる。

ビルドアップ樹脂材料へのエッチング代替処理の適用

現在一般に使用されているビルドアップ用絶縁樹脂を塗布した基板を使用し、この基板を改質処理後、慣用の前処理を施し、無電解銅めっきにて約0.5μmの導電膜を析出させた後、120℃にて1時間の熱処理を行った。引き続き、電気銅めっき浴にて約20μm厚付けし、120℃にて1時間の熱処理後に密着強度を測定した。

その結果、ビルドアップ樹脂材料でも、約1kgf/cm程度の良好な密着強度が得られた。

そこで、基板と銅皮膜間の密着性に関する因子を考察するため、表面形態を電子顕微鏡(SEM)により観察した。ABSと同様、改質処理を施した基板表面には、外観上の変化はほとんど認められず、未処理基板と変わらない平滑な表面を維持していた。

さらに、基板表面が平滑にも関わらず約1kgf/cmの密着強度が得られたので、その密着機構を解明するために、無電解銅めっきまで行った改質処理基板の断面をTEMにより観察したが、ABSの場合と同様、基板最表面に30~40nm程度の改質層が観察された。

さらに、改質処理における樹脂表面の化学状態変化をFT-IRにより測定した結果、1700cm-1および3000cm-1付近にカルボニル基およびヒドロキシル基に起因する吸収ピークを確認した。

したがって、ABS樹脂と同様に、改質処理により基板表面状態が化学的に変化し、改質層内に触媒および金属イオンが入り込み易くなり、樹脂と金属間のナノレベルのアンカー効果により、良好な密着性が得られたと考えられる。



本手法を適用したセミアディティブ法による微細配線形成

従来法および本手法を用い、各々無電解銅めっきを成膜した基板にセミアディティブ法により微細配線形成を行った。従来法により成膜した基板では、ABS樹脂と同様に数マイクロメートルの複雑なエッチング痕が存在し、反射電子像で観察した結果、ラインのエッジ部に銅残渣が確認された。一方、本改質処理により成膜した基板の樹脂表面は、前述の銅残渣も無く、ライン間のスペース部分は極めて平滑であった。

このように、基板表面にはクロム酸でエッチングしたときに見られるマイクロメートルオーダーのエッチング痕が存在しないため、本手法を用いることにより、高精度のファインパターン形成や高周波領域における信号遅延の防止が達成されると考えられる。したがって、本手法は、有害物質を使用しない環境調和型のエッチング代替技術であり、次世代の微細配線形成(L/S=10μm以下)のにも適応可能であると考えられる。現在は装置を大型化してプラめっきに関しては立体形状の様々な部品への本格的な応用、および回路用の基板に関しては電気特性の試験に入っている。また、近年その利用範囲が急速に広がっているフレキシブル材料であるポリイミドフィルムや、液晶ポリマーについても1kgf/cmを超えるような密着強度の結果も得られており、今後の展開に期待の持てる結果となっている。

冒頭にも取り上げたが、近年、環境問題に対する取り組みへの認識が広がっており、自動車、電化製品、食品業界等々…様々な分野において環境に対する影響、保護に対する問題が大きく叫ばれるようになってきている。しかし、我々の表面処理技術という分野ほど、昔から環境問題と真っ向から向かい合い、バランスを取りながら技術を進歩させてきた分野はないと自負している。当研究室も中村先生の時代から、常に環境を意識して研究を進めてきた。そして、これからも先達が行ってきたように、常に環境と向き合いながら、インパクトのある研究を行っていく。