雑感シリーズ

関東学院大学  本間 英夫



深刻な工学離れ

日本の科学技術を支える大学工学部の志願者がこの10年で半減し、下げ止まらない。大げさな言い方かもしれないが多くの大学の工学部は存亡の危機的な状況に立たされている。延いては日本の産業界に決定的なダメージを与えることになる。

1995年57万4000人であった工学部志願者が、2005年では33万2000人に減少、ところが、医・歯・薬学部の志願者は同23万9000人から28万5000人に、看護・医療・保健学部では理学療法士をはじめとして資格取得が出来るので、5万人から11万人に増加している。
 工学部がこのように不人気なのは、資格取得に直接結び付かず就職には不利、みっちり座学や実験をやらねばならないので文科系と比較しロードが多く割に合わない、生涯賃金が文科系、特に銀行や証券業と比較してかなり低いなどが理由に挙げられる。したがって、工学が好きで将来その分野で活躍しようと考える高校生以外、安定志向の強い生徒や父兄は敬遠するようだ。

各大学ではその対応策として「時代の変化への対応と受験生にアピールできる学部に」と名称変更や再編に取り組んでいる。しかしながら、名称を変えてイメージ戦略で臨んでも長続きはしないだろう。

最近の学科名称は何をする学科なのか見えてこない。もう4年前になるが、本学でも名称変更をと教授会で論議を重ねた。工業化学科を物質生命科学科へ名称変更するとの提案に最後まで反対したのは私で、せめて化学だけは学科名称の中に残すように訴えたが、結局は多勢に無勢押し切られてしまった。



その対策

しかしながらこれだけ工学離れの傾向が強くなってきているので、最近では工学部全体をアピールする手段として工学に興味をもつ高校生を対象に、実験を通してその重要性を理解してもらう活動が各大学で展開されるようになってきている。

すでに10年位前から化学領域では学会が音頭をとり各大学で「夢化学」と称して夏休みなどに実験講座を開催している。この種の地道な活動がボディーブローのように後々ジワーッと効いてくるだろう。

更には高等学校へ出張講座と称して我々が工学の面白さを生徒に知らせる方法もそれぞれの大学で実施されている。私は「笑うセールスマンとしてどこにでも行きますよ。」と言っているのだが遠慮があるのか形式的にこの種の講座が立ち上がったと高校に案内しているだけのようだ。これでは何のインパクトも無い。

要は社会に出る前段階として、「工学」の目的が「もの」を作るための科学と技術を研究することであり、その重要性と必要性を高校生や高校までの教員に理解してもらう積極的な手段を構築せねばならない。

「工学」は最も基本的な自然科学と直結しており、新しい知見を取り込むことによって「もの」作りの範囲が拡大していることの認識、更には「工学」はダイナミックで、魅力の溢れていることを広くアピールせねばならない。

学科名称を現代の若者にアピールできるようにと横文字を並べたり、または我々でさえよく理解できないような学科編成をしても1,2年は付和雷同的ムードで受験生が増えるだろうが、いずれ化けの皮がはがれる。

本来の工学部での学びの楽しさ、将来エンジニアとして活躍するという夢と希望と確実に将来が保証されないと、このままではジリ貧だ。科学技術を背負うのは工学系であることの認識を高等学校の進路指導の先生、更には小中学校時代から工学の重要性と楽しさを教える先生にも理解してもらわねばならない。しかしながら、前にも記したことがあるが教育プロパーの先生方のほとんどは、文科系の出身者で占められており「工学離れ」はこのままではまだまだ続くことになる。

世界史の履修漏れに端を発してこれまでの受験偏重型の教育を見直す機運が出てきているので、この機会にぜひとも技術立国日本の再生のために本質的な論議をしてもらいたい。特に企業で活躍されたエンジニアを中心に民間人の中から教育に情熱を持つ人の採用枠を増やすよう、早い段階でアクションをとってもらいたい。

深刻な現象だが、工学系の学部や大学院終了時に、メーカーへ就職せず、銀行や証券会社などへ就職する事例は10数年前のバブル時に見られた現象であったが、最近また同じ現象が見られるという。さらには、本年は景気が回復したとして大手企業の採用枠をこれまでの倍近くに増やした企業が多い。したがって、昨年まで積極的に採用をしていた中小企業では本年の志願者が激減で人材を確保できないという。

したがって、これらの企業が人材不足となれば、技術力の低下を招き、結局は日本全体の工業界の競争力、開発力に致命的な影響を及ぼすことになる。工学離れが上記のように深刻さを増してきているので、今後は技術者不足につながり負のスパイラルに落ち込んでいくことになる。



教育改革

そういえば先日政府の教育に関する広報によれば戦国時代にヨーロッパから来日した宣教師ザビエルは、日本人を「私が遭遇した国民のなかで一番傑出しており、生活ぶりには節度がある。」などと高く評していたそうである。このように、世界の人々から、日本人は勤勉で規律正しく、他人に迷惑をかけるような恥ずかしいことはしない、困った人がいればみんなで助けていくという「恥」と「共生」の文化などの伝統的規範を大切にしてきた国民である。
 戦後、大きく復興しその原動力になっていた世代がどんどんリタイアする状況の中で、技術がうまく伝承されてきていない現状を見ると、若い技術者の教育の重要性をひしひしと感じる。経営者はそのあたりには敏感で、昨年からハイテクノで開催されている上級講座には受講者が殺到している。
 文部大臣が教育改革に関して下記のように述べている。主要部分を抜粋させていただいた。    

「拝金主義の蔓延、仕事があるのに働こうとしない(働けない)若者の出現、家庭で子どもをしつけ、先祖が守ってきた社会規範を教え込みながら地域社会で温かく子どもをくるむという雰囲気も、核家族化と共働きという自然な変化のなかで、やむをえずなくなっている現実等々。  

教育は、効率や利益だけでは評価できない価値にかかわるものです。私は、戦後教育のよかった点は引き続き尊重しつつ、教育の中で日本がかつて大切にしてきた伝統的社会規範の価値をもう一度見直すことが大切だと考えています。  

それが、よき日本人を育て、自己抑制できる品格ある日本、すなわち、総理の言う「美しい国、日本」づくりにつながるものと考えています。

国と地方合わせて教育について約20兆円以上の血税をいただいています。教育は成果が出るのに時間がかかりますが、日本の将来のために、今こそ手を打たなければなりません。」

我々の世代の多くは、ほぼ同じ考えを持っていると思われるが、いかがであろうか。