雑感シリーズ

関東学院大学  本間 英夫



内定辞退は当たり前

4月号の雑感でも触れたが、2007年4月に入社する新入社員の採用状況を振り返ると、「超売り手市場」であった。2、3年前までは採用が「超買い手市場」であったのが昨年あたりからバブル絶頂期に見られた「超売り手市場」にガラッと変わったのである。

学生は複数の企業から内定をとり、内定辞退が当たり前となり、多くの企業、特に中小企業では採用計画に支障をきたした。大学の教員が卒業研究やゼミを通して指導や助言をしていれば、こんな事にはならないはずだ。就職に関して就職課と学生に任せっきりになっているからである。 

「指導教授がもう少し学生の将来を考えてガイドする必要がある」と6月号の雑感シリーズを書いている最中にインターネット上に、大手企業の約3割が今年4月に入社した新入社員の初任給を引き上げたとの調査結果が出た。
 その記事によると、「超売り手市場」とも言われる新卒採用の活発化を背景に、若手社員の待遇改善が進んでいる。初任給を引き上げた企業は29.5%で、前年より9.3ポイント上昇。初任給を据え置く企業は2002年度以降、4年連続で9割を超えていたが景気の回復と共に今後ますます初任給が引き上げられると。

本年度はかなりの数の大企業で、新入社員の採用人数を3割くらい増やすとすでに報道され、さらには初任給の引き上げと相俟って、リクルート活動も例年より更に早くなっている。

バブルがはじけてから十数年、多くの企業では大幅に人員を抑制し、派遣社員やパートの比率を上げ経費を削減してきた。また従業員は実績中心の能力主義で短期間での成果を求められてきた。従ってこの間、生産性の向上ばかりに注力し技術開発力は低下した。
 このような時代背景の下に、新入社員に大きな期待が向けられているのであるが、これまでの訓練方法をそのまま適用しようとしても、なかなか通用しないようだ。

集団研修の担当者は会社が厳しいときに入社してきた人たちであり、自分の学んできたやり方を現在のひ弱な新入社員にそのまま適用しようとしても通用しない。

年齢が数年しか離れていないのに価値観が乖離し、違和感から新入社員の退職が続出するという事態に陥っている。

多くの学生は、最終学年をリクルート活動に奔走し一番能力をつけねばならない時機を逸している。この事態は、青田買いに走る企業に大きな責任がある。

しかも、トータルの待遇面から、ほとんどの学生も指導教授も大企業を選ぶ傾向に変化が見られない。

技術立国としての日本全体の産業構造から、特に中小企業では学生を受け入れるための待遇面をはじめとして魅力ある体制作りが必要である。

また、我々学生を育てる側も、良い学生を育てるとの気概を持ち、研究重視から教育と研究のバランスを持つような評価軸に切り替えねばならないだろう。

学生に自信と能力を

卒業までに学生の能力をつけて社会に送り出すのが、我々教員の責務である。大学にとっては教育と研究は最大の使命であるが、教師としての評価は、相変わらず研究重視に偏っている。

社会に通用する能力と自信を持たせるように学生を育てることは、教育者の使命であるが、大学ではほとんど評価されない。我々の研究室では、卒研や修士の研究指導を通して、専門知識を植えつけることは勿論、挨拶や礼儀作法、更には倫理観や道徳観などを高めるような指導をしている。

これからは大学名の看板ではなく、真に学生を育てている実績のある研究室から採用する企業が増えることを期待している。そうすれば当然、青田買いもなくなってくるだろうし、学生の意欲も向上し大学、企業、延いては産業界全体のレベルアップに繋がっていると確信している。



准教授と助教

この3月末まで大学院の工学研究科委員長の職にあったが、確か一月下旬だったか中央教育審議会から「我が国の高等教育の将来像」と題する答申が出された。2004年の国立大学の法人化に端を発し、競争的資金配分、専門職大学院をはじめとする大学院教育の充実その他、大学には改革の波が押し寄せている。

法人化後も国立大学の運営費用の多くは国費から支出されている。しかし独立法人化と共に運営費用が年1%の削減がなされ、これが5年続けば総額で規模の小さな大学が20校分なくなる勘定になる。従って、東京では都立大学をはじめ4つの大学を束ねて「首都大学東京」という、今までになかった全く新しい形の大学になっているし、地方の大学も合併が進んでいる。

いまや同じ世代の半数以上が大学に進学し、2007年問題といわれた大学全入時代、学力低下など特に技術立国としての要である教育の改革が急務であり、この答申にはこれらの背景と高等教育の将来像に関して示されていた。

大学の改革は関係者以外にはなじみが無いが、大学の教員の呼び方がこの4月から変わったことだけは紹介しておきたい。 

これまではほとんどの大学で教員組織として教授、助教授、講師、助手から構成されていた。これが教育研究を主たる職務とする職としては、教授は変わらないが、これまでの助教授の呼称が「准教授」となった。

また新しい職としてこれまでの助手に代えて「助教」を設けて3種類とするとともに、助手は、「教育、研究の補助を主たる職務とする職とする」と定められ、この4月から教授、准教授、(講師)、助教、助手と職務としての呼称が変更になった。
 これはアメリカの教員組織であるProfessor、Associate Professor、Assistant Professor、Teaching Assistant(Research Assistant)の訳として教授、准教授、助教、助手としたのであろう。助教授に代えて「准教授」と呼ぶようになったが、これはAssociate Professorの日本語訳であるが、自分自身、今から30年以上前に助教授になった際、表は日本語、裏は英語の名刺を作るにあたりAssociate なのかAssistantなのか迷ったものである。
 なお「講師」については「教授、助教授に準ずる職務」を遂行すると規程になっており本学ではそのまま残すことにしたようだ。

また、これまで研究中心の助手と実験を手伝う助手との2種類があったがいわゆる研究助手は助教という職務名になり実験の補助業務の人はこれまでどおり助手に位置づけられた。

元々これまでの職務名は、明治時代に作られたものである。40年前の学園紛争以前は教授だけから構成された正教授会が人事権をはじめとして教育研究に絶対的な権限を持っていた。従って助教授以下は教授の下で仕事をしていたが、現在では、助教授も、独自に研究をしたり論文を書いたりしており、いわゆる講座制は薄れてきている。

しかしながら、多くの大学ではまだ徒弟制度的な色合いが強いとして今回の高等教育の将来像の答申が出されたわけで、教員の職務上の呼称も国際的に通用するように変えられたのである。