雑感シリーズ(8月号)

関東学院大学  本間 英夫



ジーキル・ハイド現象

7月号のマリーアントワネットの解決策に続いて増子先生は文学見立てとしてジーキル・ハイド現象を紹介されている。その小説の骨子を紹介すると次のようである。

ジーキル博士とは、フィクションの世界の人物で、19世紀後半に莫大な資産の相続人としてロンドンに生まれ、才能あふれる勤勉な紳士であるが、博士の精神の裏側には熾烈な享楽性を持った人物として描かれている。すなわち、昼間のジーキル博士は尊敬される高名な医者として振舞い、夜は自分の身分と地位を隠して別人格になることを願う。

そこで、ジーキル博士は、科学者としての立場を利用して、特殊な薬品を調合することに成功する。夜になるとジーキル博士は自宅の実験室でその薬品を調合する。フラスコの中で調合薬品は泡立ち、煙を上げ、沸騰する。その間の化学反応で2段階、色が変化し沸騰が止んだとき、これを飲み干す。すると今までより若く、愉快で、精神的な開放感を味わうのだが、醜いハイド氏に変身してしまうのである。

しかし、最初の実験以来、新たに薬品を購入していなかったので、薬品が欠乏しはじめる。そこで新しい薬品を購入し調合するが、最初の色の変化は生じるが、第二の色の変化が起こらず、それを飲んでも効力が現れないのである。なぜなのか、ジーキル博士は最初に購入した塩が不純物を含有し、その何物とも知れぬ不純物が薬液に効力を与えたのであると云うことを知る。 そこで、博士は最初の実験で使った塩と同じロットの塩を求めて、ロンドン中をくまなく探すが徒労におわる。薬品が無ければ彼はハイド氏からジーキル博士に戻ることはできなくなる。ジーキル博士でいられる最後の時間を使って、遺書を書き自殺する。 この「何物とも知れぬ不純物の効果」を増子先生はジーキル・ハイド現象と見立てられたわけである。

先生はこのフレーズを作って20年ぐらい、折に触れて使われたが、あまり認知されなかったといわれている。この言葉が有名にならなかったのは、材料科学の分野においては、あまりにもこの種の現象が多く、従って別の言い方をすれば「科学は技術の召使としては有用であるが、主人にはなれない。」ということの実例を与えてくれていると仰っている。

私はこれまで何度もこの種の現象に遭遇してきていたので、先生の科学は召使たれとするお考えがあること知り、なにか自分達がやってきたことに自信がわいてきた。

これまでは一般には、科学は技術より一段上と評価されている。しかし、私はいつも科学技術の新展開の多くは、偶然を中心としたセレンディピティーがベースになっていることを強調してきた。一般には科学者はどちらかというと高邁な理論をベースにしたのだと、それを隠そうとする。私はいつも理論からよりも、むしろ実験を通して注意深く観察していると、面白い偶然に遭遇するし新しい発想も出てくると常々思っている。従って、先生の講演を拝聴して自信と誇りが沸いてきた。

実際これまでの40年間近くの実験を通してたくさんのジーキル・ハイド現象に遭遇している。おそらく同じような現象に遭遇した技術関係の人は多いと思う。表面処理に関するジーキル・ハイド現象は、技術の伝承に大いに役立つと思うので、一度この種の講演会を企画したい。



無電解銅めっきの研究でのジーキル・ハイド現象

この40年間、無電解めっき、中でも銅めっきに関する研究が中心であった。私が同志社の大学院を中退して、本学の専攻科に入り直そうとしていた頃、現ハイテクノの社長である斉藤先生は、社会人マスターとして、横浜国大の電気化学教室で無電解めっきをテーマに研究されていた。

中村先生は「本間君、君は斉藤君の手伝いをしなさい。」と、斉藤先生とどれくらい当時打合せをしたかはあまり記憶にない。なにしろ当時の斉藤先生の評判は「怖い・切れ者・ニヒルで無口である」との周りからの情報に左右され、おそらく緊張してほんの少ししか話さなかったのであろう。斉藤先生にとっては論文をそろそろ纏め上げる時期で、当時事業部で使われていた錯化剤であるロッシェル塩と銅とはどれくらいの比率で錯体を形成しているか、また錯体の安定度定数も調べてほしいというものであった。

当時の研究というのは、おそらく我々くらいの年齢の人たちはみんな経験があると思うが、テーマだけを出され、後はすべて自分がやらねばならなかった。手法に関しては全くサジェッションがなく、自分なりに論文を調べねばならない。

錯体の配位数と安定性を求めるには、分光光度計を用いるモル比法と連続変化法という方法であった。何も教えられていなくても、幸いなことに前年度の卒業研究のテーマがシアン処理における金属イオンの妨害作用で、当時大学には何も機器が無かったので大学よりも工業試験所で研究が出来るぞと7,8名の学生と志願して出かけた。

他の学生は、一年間試験所に定着して研究をやることになったが、私の場合は測定機器が壊れてしまい、2,3ヶ月後に環境関連の会社に行くように指示された。そこで連日、朝から晩までシアンの分析をやったものだ。 その際に分光光度計の操作法をマスターできたこと、又シアンの重金属の妨害作用というのは、結局は金属とシアンとの間の錯体形成に関することであったので、斉藤先生から与えられたテーマにはそれほど抵抗感は無かった。

ただし、銅とロッシェル塩の間のコンプレックスの吸収スペクトルを測定するのは、かなり時間がかかり忍耐のいる実験であった。

今では1分以内で可視、紫外領域の全スペクトルを測定できるが、当時はマニュアルでひとつの吸収曲線を作成するには2時間以上かかったものである。従ってジーキル・ハイド現象のように錯体の安定性の低いものの場合は時間と共に錯体状態が時時刻刻と変化していくので測定をやるたびに値が一定せず、データの再現性は乏しくなってくる。従って、完全に安定になった錯体に関してのデータを取ることになる。それゆえ安定度定数も完全に安定化した状態でしか測定できないことになるので、実際は計測して得られた安定度定数の信頼性が乏しいと、斉藤先生は判断され論文には銅とロッセル塩の錯体の配位数だけを示すことになった。

この手伝いの実験のあと、無電解銅の安定性に関しての研究が本格的に始まったわけだが、丁度その頃、不幸なことに学園紛争が日に日に激しさを増してきていた。毎日夜遅くまで又は徹夜の会議、ロックアウトで授業ボイコット、ついには学生が16号線を封鎖、日本で唯一産学協同という理想的な形で大学内に工場を持ち、大きく大学に貢献していたのに、学生の突きつけたテーマは産学協同路線粉砕、従って本学が一番のターゲットになり、ついには大学から事業部を分離し中村先生は大学を去ることになる。

「無電解めっきはビーカーと洗面器とバーナーと温度計があれば研究が出来るから。」と、この実験を続けることになった。斉藤先生の研究の手伝いをした40年以上前の無電解銅めっきは安定性に乏しく、すぐに分解したものだ。自分でこの安定性の低い無電解銅を如何に安定化するかに焦点を当てて、研究を先ず始めた。

当時は未だ世界的にもこのテーマの研究発表はほとんど無く、唯一、中村先生がアメリカにABSにめっきしたサンプルをお持ちになり、そのときに知り合いになられたハラルドナーカス氏の論文、その後にサベスター博士の論文だけであった。サベスター博士の論文には、空気が無電解銅めっきの安定性を大きく向上させることと、その理屈が出ていたと思う。なぜ空気で無電解銅の安定性が高まるのか、それは銅が放電する過程において第一銅が遊離する。第一銅は不安定で溶液の中で第二銅と金属銅になる、いわゆる不均化反応が起こり、溶液中で微細な銅の金属が生ずることになりこれが分解の主因である。

従って第一銅と選択的に錯体を形成する錯形成剤を探せばいいことになる。薬品の便覧から第一銅と錯体を形成する試薬を探しそれをことごとく評価した。それらの試薬の中で結論的にはジピリジルが安定性に大きく効いているとがわかり学会で発表した。

もう時効だから経緯を詳細に述べてもいいのだが、ある薬品メーカーの社長が講演が終わると即座に、私のところにおいでになって「あのような直接的な発表は困ります。」ピンと来た、その薬品メーカーはジピリジルを使っているのか、こちらは自分達が安定性を高めるのにいろんな添加剤を調べ、行き着いたのがその試薬であったわけでメーカーがその試薬を使っていると知らなかったのである。

未だ研究を始めたばかりであったので、自信はそれほどあったわけではなかったのだが、当時はそのことが契機となり、自分達でもメーカーと同じくらいのことが出来るぞとの自信をつけた。しかしながら、メーカーと同じことをやっていては、そのメーカーや他のメーカーに対しても、せっかくノウハウを蓄積して商品にされているのに、その領域を侵すことになりかねないと反省もした。

従って、その後の研究ではメーカーと同じことをやることは控えるようにしてきたつもりである。それ以来、研究のスタンスとしては未だ検討されていないチャレンジングなことに対して少しでも産業界に貢献できるよう将来技術のポテンシャルのアップや活性化を念頭において研究をすることにしている。

ジーキル・ハイド現象についてだが、実はこの40年間無電解銅めっきの添加剤としては一貫してベースに使っている添加剤はジピリジルであるが、これが薬品のメーカーによって、更にはロットによって安定剤としての効果が異なってくる。これまで、すなわちアンチパテント時代はほとんど何も隠さずに、いろんなレシピを紹介してきたが、我々の論文を見て同じように建浴したが、まったくうまくいかないではないかとのクレームをいただいたことが何度かあった。結論から言うと薬品の純度や合成プロセスの違いが大きく性能に効いてくる。



EU化学物質新規制「リーチ」

電気・電子製品を対象に鉛など6物質の使用を原則的に禁じたEU規制(RoHs指令)はよく知られているがREACHはご存知だろうか。正式名称は「化学物質の登録、評価、認可に関する規制」。EU域内では年間1トン以上製造・輸入する化学物質に関して欧州化学物質庁に登録と安全性評価が義務付けられるものである。有害性の高い物質の使用に当っては認可が必要になる。未登録の化学物質が製品に含まれていた場合は使用禁止や出庫停止などの処分を受ける可能性がある。

このREACHに神経質になるのはノウハウの流失にある。特にめっきの前処理やめっき液に使われている化学物質の名称や配合量は企業秘密である。生産技術にノウハウがあったとしても組成がわかってしまえば、その道のプロは簡単に模倣が可能になる。世界規模で広がる化学物質の規制強化、生き残りをかけて、これからケミカルサプライヤーの試練のときである。