雑感シリーズ (3月号)

関東学院大学  本間 英夫



クロム酸を用いないABS上の新めっき技術

本年度、課程博士3名、論文博士1名が我々の研究室から誕生した。1月中旬にその公開説明会が開催され、産業界から100名以上の参加者があった。これらの博士論文の中から、プラめっきの新規処理プロセスを紹介する。

ABS樹脂はアクリロニトリル-スチレン共重合体(以下、AS樹脂)とブタジエンゴム(以下、Bゴム)から成る三元系ポリマーである。この樹脂を製造する際は、予めBゴムにAS樹脂をグラフト重合させ、AS樹脂とBゴムの相溶性を向上させている。グラフト率や各モノマーの構成比、Bゴムの粒径・形態・分子量などを選択することができるため、用途に応じた特性が得られることが特徴である。

ABS樹脂にめっきを施す際には、樹脂とめっき皮膜との密着力を得るためにエッチングを行う。この工程では、クロム酸および硫酸混酸溶液を用いる手法があるが、これは半世紀前に本学が世界に先駆けて確立し、現在も世界中で使用されている手法である。このエッチングメカニズムの解明のため、本学大学院一期生として日夜実験に没頭していた。当時の事は40年以上経過した今でもリアルに思い起こせる。

近年、世界規模で有害物質の人体への影響や環境破壊が問題となり、法整備が進んでいる。その中で、欧州ELV(End of Life Vehicle)指令においては、規制物質の一つとして六価クロムが挙げられ、EU域内において六価クロメート処理された部品を使用した製品の販売が禁止された。現在のところ工程内で使用されている六価クロムについての規制は無いが、今後工程内からも六価クロムを排除する動きが高まることが予想される。

そこで我々は、六価クロムに替わる処理として、藤嶋らにより報告された光触媒技術の利用を検討してきた。今から15年くらい前に、藤嶋先生から、めっき液中に含まれる多量の錯化剤の処理に光触媒が使えるか検討してみないかとの話があり、研究の大きなきっかけとなった。すなわち、酸化チタン(以下、TiO2)に紫外線(UV)が照射されると、最終的にスーパーオキシドアニオン(・O2-)およびヒドロキシルラジカル(・OH)を生成する。さらに・O2-は水の存在下でプロトンと反応し、ヒドロペルオキシルラジカル(HO2・)を生成する。これらのラジカル種は、クロム酸などに匹敵する強い酸化力を有している。この酸化力を利用して検討を行った結果、UVおよびTiO2をエッチング代替処理に適用することで、ピール強度で約1.0kN/mの良好な密着強度を得ることに成功した。

本改質処理では、改質処理時間が約20分の時点で最大値を示す。密着強度増加の要因を各種のUVランプを用いて検討し、改質処理メカニズムの解明を行った。これらの一連の研究結果は、一昨年学会誌に投稿し、その論文が評価され、2月の下旬に論文賞を授賞した。



光触媒を用いた微細回路形成

ABSへの新規前処理プロセスを、プリント基板の前処理に応用する試みも行ってきた。

一般的にプリント配線板は、エポキシ樹脂にフィラーを分散させたものが用いられている。銅配線との密着性を得るための手法として、過マンガン酸溶液を用いた手法が用いられており、基板表面にサブミクロンから数ミクロンオーダーの複雑な凹凸を形成することで、アンカー効果による強い密着力を実現している。しかし、近年の配線微細化の動きに伴い、これまでの手法では、大きな粗面によるファインパターン形成への阻害と、高周波領域における表皮効果による伝送遅延といった問題がおきてきた。これらの問題の解決には、粗化を極力避け、可能であれば完全平坦面に回路形成する必要がある。しかし、平坦面上で十分な密着力を得るのは非常に困難である。

そこで、ABSとほぼ同じ手法でエポキシ樹脂表面を改質することにより、きわめて平滑な表面を維持しながら、密着性の高い微細回路の形成を検討した。その結果、最大1.17kN/mの優れた密着強度を得ることに成功した。

改質処理後の樹脂表面および密着性試験後の樹脂面と銅剥離面の表面形態を観察したところ、過マンガン酸を用いたプロセスではアンカー効果が得られるエッチング痕が形成されているのに対し、表面改質プロセスでは、樹脂表面には外観上の変化は認められず、未処理基板と変わらない平滑な表面を維持していた。

また、紫外線照射のみでは、濡れ性は発現するものの、IRスペクトルからは大きな変化が認められなかった。一方、TiO2を添加した分散液で処理を施すと、波長1700cm-1付近にカルボニル(C=O)基に起因するピークが確認された。

さらに、XPSによる表面分析の結果、樹脂表面に処理前後でCOO基によるピークの減少と、C-O基およびC=O基によるピークの増加および出現が確認された。これは、COO基がTiO2の光触媒反応によって分解され、C=O基およびC-O基が表面に形成したと考えられる。

上述のように、改質処理を施した場合は表面形態に大きな変化が認められないにもかかわらず良好な密着性が得られた。そこで、本処理を用いた場合の密着向上のメカニズムを検討するために、改質処理の後アクセレレーティングまで行った試料の断面を観察した。その結果、本改質処理では、樹脂の最表層部分に30~50nm程度の改質処理層が形成されていることを確認した。さらに、アクセレレーティングまで施した後の改質層内部に数nmから10nm程度の微粒子状凝集体が観察された。これらは改質層内部に浸透し、還元されたSnおよびPdが主要成分である。また、無電解銅めっき後の試料断面をTEMおよびEDXにより分析したところ、銅が改質層中に入り込んでいる状態が確認できた。

以上の結果から、TiO2とUV照射による密着性向上のメカニズムは次のように考えられる。すなわち、TiO2とUV照射による光触媒効果によって生成された活性種により基板最表層部分の樹脂間の結合が切れ、これにより改質層の形成と親水性の発現がおこる。ついで、慣用の前処理により、その改質層内部へSnとPdから構成されているコロイドイオンが浸透し、浸透したPdイオンは還元処理により改質層内で数nm程度の微粒子状態に還元され、これらのPd金属が反応サイトとなって無電解銅めっき反応が進行する。従来の過マンガン酸処理では、数mm程度の凹凸が形成され、析出銅皮膜と樹脂基板との間のマクロなアンカー効果によって密着が得られているのに対して、本手法では平滑な樹脂表面を維持したままナノレベルの微視的なアンカー効果によって、従来法と同程度の密着性が得られたと考えられる。



微細パターン(L/S=10mm/10mm)の回路形成

本改質処理、および過マンガン酸法を用いた樹脂基板に対して、セミアディティブ法により、L/S=10mm/10mmの回路形成を行った。過マンガン酸によるエッチングでも回路形成は可能であったが、樹脂基板表面には数mm程度の凹凸が形成されており、リードの直進性が劣る様子が観察された。一方、本改質処理を用いると樹脂平滑面上に回路が形成できるので、さらなる微細配線の形成が可能である。

21世紀は環境への配慮が技術選定の重要な要素になる。環境負荷の大きな材料や薬品を使用しないことはもちろん、エネルギー消費量も小さくして環境に優しい技術が望まれる。

めっき法は今後ますます必要不可欠な技術として最先端の分野で幅広く用いられるであろう。また、今後のめっき技術のさらなる発展のためには、環境にやさしい技術の開発と実用化が期待される。我々は光触媒の効果について当初3年くらい注力してきたが、最近では大気下でのUV処理のみで光触媒と同じ効果が期待できるようになり、さらなる研究を進めている。