雑感シリーズ (4月号)

関東学院大学  山下 嗣人



危険物事故と要因

化学系の学校、研究所ならびに事業所では、引火性、爆発性、自然発火性、毒性などを有する物質が使用されています。これらは「危険物」として、その安全を確保すること、危険物災害から公共の安全を守るため、消防法により取り扱いや貯蔵法などが厳しく規制されています。危険物施設の総数は2007年3月末で50万6千を数えていますが、年間1.5%程度減少し続けています。一方、事故の発生件数は増加傾向を示し、2006年度のそれは過去最高の739件に達しました。事故の発生確率は上昇して、0.15%となっています。神奈川県のそれは0.33%で、全国平均の2倍を記録しています。1000施設に対して、1~3件の事故が発生しますと、人的被害が記録されやすい特徴があります。その理由としては、引火爆発や発火により被害が一瞬に拡大する危険性と、消火が困難なことによります。酸化剤と還元剤による混合混触発火の場合、消火方法が異なるので、消火は極めて困難となります。

事故の発生原因をみますと、物的要因(施設・設備・装置の欠陥など)が約30%で、70%は人的要因によるものです。人的要因、すなわち人災は、天災とは異なり発生の原因が人間側にあるので、無くすことができる災害・事故です。そのため、人災を皆無にするための努力が必要となります。人的要因としては、危険物に対する知識不足、取り扱い上の欠陥、ヒューマンエラー、安全軽視、安全管理体制の不備、管理不十分および監視不十分などが挙げられます。人災は、技術(物質の危険性の把握、操作性の向上、誤認防止、配管の色分け、バルブ位置の設定など)・管理(点検と保全、サビ・ゴミ混入による異常反応、無事故の継続、チームワークなど)・教育(安全思想の体得、法令の遵守、責任感の高揚、安全第一の標語など)の三対策の欠陥によって発生しています。

人間の特性から生じるヒューマンエラーは、装置やシステムのデザインと、人間の認識・思考・行動の仕方が一致しない場合に起こりやすいのです。人間は、錯覚、聞き違い、見間違い、勘違い、行動の中断、考えごと、などしますが、デザインと密接に関係しています。人間は素晴らしい五感(視・聴・嗅・味・触覚)をもっていますが、体調不良であれば誤作動して事故を誘発することになります。それらを正常に作動させるためには常に規則正しい生活をすることが大切です。これにより、心身ともに健康で、注意深く行動できるのです。これが安全確保の基本になることを知っておきましょう。



一社にトラブルが多発する理由

2005年~2006年の間、JALで非常脱出装置を作動させない状態・働かない状態での飛行、逆噴射装置が作動しない状態・働かない状態での着陸、管制官の離陸許可なしに滑走開始、滑走路に誤進入、飛行計画未確認で離陸など、同様のトラブルが何回も発生しました。そこで、空の安全を確保するために、国土交通省がトラブル防止策再提出指示という異例の措置をしました。それにもかかわらず、本年2月、着陸機が滑走路にいるのに管制官の許可なしに滑走を開始する異常事態が発生しましたが、緊急停止して難を逃れることができました(ヒヤリハット)。管制官の指示をパイロットが聞き違えたことが原因でした。過去の教訓として導入された、復唱して確認しあう「確認会話」が守られていなかったのです。

トラブルが一社に集中する事実に対して、外国の心理学者は「組織における安全文化の違い」であると分析して、①報告する文化:誤りや失策が正確に報告される。②正義の文化:公正な規則が守られる。③柔軟な文化:予想外の事態に臨機に対応できる。④学習する文化:自他の失敗から学ぶ、の4点を挙げています。

ミスが正確に報告されない限り、正確な対策はできず、同じトラブルが何回も繰り返されることになります。当事者が責められるだけでは真の原因は究明されず、適切な対策を講じることもできません。真の出来事が正確に報告されるような信頼関係を構築することが何よりも大切で、組織の管理体制を根本的に見直しすべきです。

最近、規則・基準が守られず、規範意識の低下が著しくなっています。雑居ビルの35%、商業施設の90%、福祉施設の50%に相当する施設で、消防法違反が横行しています。その他、危機管理、虚偽報告、建築基準、低設置電線、給食費・保育費・医療費未払い、食品・耐火材・古紙配合率の偽装など、数えきれません。社会人として必要な規則・規範を身につけさせようと、安倍前総理が意欲的に提案された「教育再生会議」は未だ実を結んでいません。小学校入学以前の家庭における道徳教育が最も重要であり、学校、地域社会と連携を保ちながら、礼儀、ルールを守る、人を敬う心、自然に親しむ、善悪の判断、コミュニケーションなど、人として、また社会人として最低限の基本を教えるべきです。ゆとり教育、受験体制重視の弊害が、「読解力・考える力・応用力」の低下を招くことにもなり、国際的な学習到達度順位を落としています。

予想外の事態に臨機に対応するためには、イベント・ツリー解析が導入されています。機器や設備に異常または故障といった初期事象が発生した場合に、これが異常事態に発展していく過程をツリー状に作図し、各段階における拡大防止対策が成功するか否かを確率的に評価する帰納的解析法です。これにより、内在する危険性が把握できること、また、異常事態に速やかに対応できるので、被害の拡大を最小限に抑える効果があります。

失敗の要因を精査・分析・解析して最適な対策を講じ、成功に導く努力が必要です。



規範意識の低下、食品偽装の連鎖

2007年の世相を漢字一文字で表すと「偽」でありました。不二家の消費期限切れ原材料の使用と細菌検出に始まり、牛ミンチ、白い恋人の賞味期限改ざん、赤福の消費期限切れ再利用と製造日表示、比内地鶏・名古屋コーチンの産地、船場吉兆の産地・消費期限など、食品の安全に関する偽装が、内部告発によって次々と明らかにされ、信用を失墜しました。「同族経営、会社ぐるみを隠す、ブランドのおごり」、という共通点が見られました。経営トップには先見の明は勿論のこと、「分別能力」が必須です。事象を正しく分析・解析し、適切に判断する能力が問われます。記者会見のやり取りを見る限り、資質不足は明らかであり、後継者としての教育・訓練がなされておりません。もう一つ大切なことは、隠さず、正直に認めて謝罪し、速やかに対応を図り信頼回復に努めるべきです。意見を封じる階級制を改善するとともに、責任者の意識改革が急務です。



危険性の把握

危険性を把握するには、施設における法的規制を熟知し、潜在する危険性を適正に評価することが大切です。そのためには、過去の事故例やヒヤリハット事例を把握分析し、どのようなときに事故が発生しているのか理解しておくことが重要です。事故は類似施設で何回も記録されているからです。また、取り扱う危険物特性の把握やETA(Event Tree Analysis), FTA(Fault Tree Analysis)法により、危険性を理論的に評価して対策を講じることも必要です。

災害を調べると、障害を伴わない類似した災害が多数発見されます。同一人間に類似した災害が330回発生したと仮定した場合、300回は障害を伴わず、29回は軽い障害、1回は重い障害を伴います。この三つが、1対29対300の割合で発生することをつきとめたのは、安全技師のハインリッヒ氏で、これが「ハインリッヒの法則」です。この法則は、障害を伴う災害に対して、数多くの未然に防がれた災害(ヒヤリハット)があることを示しています。無傷であったことは偶然の結果であり、運が良かっただけなのです。災害要因が存在する限り災害の可能性はあります。不幸にして、いくつかの要因が重なる(複合要因)と、重大事故となります。貴重なヒヤリハットを体験した人は、どんな些細なことであっても、感度が高いうちに詳細なヒヤリメモ(いつ・どこで・何をどのようにしたき・何がどうして・どんなことがあった・それはどうして・どうすればよいか)を作成し、関係職場へ周知させて、その後の職場の安全衛生確保に活かすのです。すなわち、災害の芽を事前に摘むことが何よりも大切です。

ヒヤリハットは、医療機関で多いことが報告されています。2004年10月~2005年10月の一年間に、249病院から報告されたヒヤリは18万3千件に上りました(重大事故は610件発生したことになります)。看護師の77%、配属年数1年未満の25%が経験しています。全国には17万5千の医療施設ありますが、同じ比率で発生したと仮定すると、ヒヤリ数は1億2850万件に達し、信じ難い数字になります。鉄道や工事現場で見られる「指差し確認」が、「いつまでも記憶に残っている、思い出す手がかりになる」ことが医学的に証明され、数年前から医療現場で導入されるようになりましたが、生命を預かる医療現場での対策が極めて遅れていることを示しています。



危険な物質と危険な反応

人間が危険な行動をするのは、危険性についての知識がないからです。たとえば、危険な物質として、自然発火性、酸化性、爆発性、禁水性、過酸化物を作りやすい物質などを挙げることができます。危険な反応例としては、酸化、ハロゲン化、水素化、ニトロ化、エステル化、スルホン化、アミノ化、重合、縮合などの発熱反応や混合混触反応が該当します。分解反応は吸熱ですが、高温・高圧で行われるので同様に危険な反応となります。化学反応速度は、温度が10℃上昇すると、2~4倍速くなります。10℃で2倍速くなる系の温度が100℃上昇すると、1024倍の速さになります。液体は、高温下で気体に変化して体積が増大します。ボイルの法則、シャルルの法則から理解できるように、高圧となって爆発が起こることになります。危険性は、化学構造、反応熱の計算など、化学の基礎知識を応用することにより予測することができます。



安全第一の標語

「安全第一」の標語は工場や工事現場で見ることができます。1900年代の初め、アメリカUSスチール社の社長であったゲーリー氏の提案によるものです。当時の労働者は劣悪な環境下で危険な業務に従事し、多くの労働災害が記録されていました。熱心なキリスト教徒であった同氏は心を痛めて、当時の「生産第一、品質第二、安全第三」という経営方針を抜本的に改革し、「安全第一、品質第二、生産第三」としたのです。これにより、労災事故は激減し、品質と生産は向上したのです。これが、安全第一の標語の意味するところです。

目標の第一に「稼ぐ」を掲げ重大な事故を起こした例として、2005年4月25日、死者107名、負傷者555名を記録したJR西日本宝塚線の脱線衝突事故が挙げられます。スピードアップ・コストカットの方針、懲罰的な日勤教育研修、危機管理意識が希薄など、経営、管理および教育の問題点が指摘されました。

安全は一朝一夕にできるものではありません。安全第一の標語を理解し、安全を守ることが大切です。それには、生命を尊重すること、危険性に関する知識をもつこと、実行することが重要です。

今月の雑感シリーズは山下先生に危機管理をベースに書いていただきました。きわめてタイムリーで経営者、技術者には是非お読みいただきたい内容ですのでご回覧ください。 本間