雑感シリーズ(6月号)

関東学院大学  本間 英夫

4月中旬表面技術関連の経営者懇話会で、わくわくするような講演を聞いたので、その内容を要約し皆様の参考に供したい。すでに読者の中でテレビや新聞なので知っておられるかもしれないが、小生も久しぶりにすっきりして元気を取り戻しました。

以下はJASDAC上場のエーワン精密取締役相談役、梅原勝彦氏の講演を小生なりにアレンジしました。



他社との差別化は短納期

エーワン精密は小型自動旋盤の工具メーカーとして、特別な技術もない、特許もない、大手の傘下にも入らずに、この38年間、対売上経常利益率、平均40%超を続けている。何で、そんなことができるのだろうか。

一言でいえば、今やるべきことを実直にやり続けただけで、よい品物を安く、早く、お客に提供してきたと語る。社員には、創業時から「サービス業という意識を持つ」、「当社はメーカーでありながら、サービス業である」と、徹底して言い続けてきたとのこと。

その業界で高いシェアを持っているとはいえ、競争の激しい業界なのかでの差別化は、よい品物を安く、早くこの3つをきちっとやってきたことによる。「よい品物」は、もう当たり前、「安く」も常識的な価格であれば当たり前で、他社との差別化は図れない。

他社との差別化は「早く」の短納期にこだわっている。人の配置、設備、工場のレイアウトなど、他社がまねできないというところまでの域に達して「困ったらエーワンに」というような、腕のよい外科医みたいなものだと説く。

短納期というと、他社が30分でやるところを、当社は1時間かけ、お客さんが納得する製品をいち早く供給する。時間をかけているのに短納期、しかも高収益を生み出すというのは矛盾するのでは。

この会社では、注文残がほとんどないから、今日来た注文は今日済ませる。ただ、それだけのことだという。それを可能にするには、設備と人はいつも多少過剰にしておくという。これは、無駄とは違い、ゆとりである。お客さんの無理な注文が突発で入った時に、設備も人もゆとりがなければ、応えられない。

仕事は、ミクロン台の精度が要求されるために、工作機械がなじむまでには、1時間、2時間はかかってしまう。精度の高い、急ぎの仕事が入った時に、取り掛かっている仕事を外して、その新しい仕事をやろうとすると、時間的もロスであり精度が出にくくなってしまう。

ところが、設備を余分に持っていれば、対応できる。1人が数台のマシンを扱っているのを、あと1台はみられる。反対に社員に余裕がなく、仕事を押し付けていると、短納期に対応できない。

大部分の社員は「自分たちの会社である」と、「会社が好きだ」と誇りを持っている。組織もないし、会議もない、話は立ち話で済ませるという。それでいながら、社内は事務員が2人しかいないがうまく機能している。

少なくとも2割くらいは無理がきくような体制になっている。短納期に対応するために、いい在庫は持つが悪い在庫は持たない。

いい製品を作るにはやはり、いい工具を必要なだけ使う。これは一見無駄のようだが、無駄ではない。他社は、不景気になると、ますます、ゆとりをなくしているが、不景気で数字を上げようとしても、たかがしれている。

それならば、これからの生産性を上げる方に資金を使うべきである。創業以来、平均40%の利益で一度も赤字を出したことがない。そういう意味での資金的なゆとりと、精神的なゆとりがある。



利益の再投資と人の育て方

これまで一貫して利益を再投資してきた。人の待遇も投資の1つだから、経営者が必要以上に、儲けを取らない。これはほかの会社では真似ができていない。利益が出ると、みんな、真っ先に税金を嫌がる。ところが、税金を嫌がっている経営者は、100年経ってもいい会社を作れない。税金を払っているということは、利益が出ているということ。

一般には税金を払うよりもと、どうでもいいようなところにお金を使ったり、必要以上に同族がお金を持っていってしまう。しかしながら、経営者がやっていることは、社員は全部見ている。

ものづくりで陥りやすい失敗は、「必要な設備」と「欲しい設備」の区別。技術系の仕事をやっていると、毎年、いい機械を欲しがるが、欲しい設備と必要な設備は違う。

例えば、ユーザーが5ミクロンの精度でいいというのに、1ミクロンの精度が出る設備を入れる必要はない。

社員は立場の上の人の後ろ姿を見て育つ。だから、自分が真っ先に社員のお手本になるような、誰から見られても恥ずかしくないような行いを常にやっている。それを見て社員が育つ。それで育った社員が、さらにその先輩の後ろ姿を、後から入ってきた者が見るということで、この会社はもう40年近い歴史がある。2年や3年で、たまたま数字が出てベンチャーなんて騒いでいる会社と違う。

社員づくりは、最初に誤ってしまうと、もう修正がきかない。だから、1日1日が真剣勝負だという。それから、既に他社で出来上がった社員は採用してこなかった。全部、手づくり。技術系の企業で中途採用をやっていないのは珍しい。一般の企業では経験者を採りたがるが、採用の対象にならないという。

素人を教育する。外から採用したのは、世代交代を意識して自分が相談役に退く時の、社長一人だけだという。社長という肩書きをのせておいてから、社長を育てている。

そういう意味では、松下幸之助や本田宗一郎は人を育てた。あの人たちは、自動車を作ったり、家電を作ったりしたけれども、実際には人づくりをちゃんとしてきた。

スタートはやはり、2人、3人育て、さらに後継者が育っているということ。本田技研だって、創業者の本田宗一郎の遺伝子がずっと続いている。

いい人材を育てるための時間と費用、いい設備と、これらはすべて利益を生むための投資である。

価格設定も100円の価値の物はお客さんに100円でちゃんと買ってもらい、安易に値引きに応じない。

不況というのは好況の次に必ず来るのだから、好況の時にきちんと会社に内部留保金を蓄えておけば、この不況で何も騒ぐ必要がないはずだという。



不況の時こそ積極的な投資

不況の時こそ、他社との差をつけるチャンスであるから、不況の時こそ、工場の新設とか、レイアウトの変更、オーバーホール、リニューアルを行う。不況時だからこそ費用が安くあがる。また、いい人材を採用できる。

そして、他社が「どうやって無駄を省こうか、どうやって人を減らそうか」といっている時に、こちらは次の準備をする。

会社経営というのは、2年、3年のスパンで考えたら駄目。やはり、少なくとも、10年くらいのスパンで考えないと駄目だ。好況の次は不況、不況の次は好況、これは絶対に繰り返してきているわけである。

「製品の価格の中には、不況の時のしのぎ代も入れておく」というのが持論。

ライバル企業と同じ価格で受けても、他社より高い利潤を確保しておいて、そして、その一部を不況のために使う。

それには常に、工場では、去年100円でできたら、今年は95円で作ろうというような努力を、ずっとやってきている。工作機械メーカーがいい機械を開発して、これまで1時間100個しかできなかったが、120個できる設備が出た時は、躊躇なくその設備に切り替える。

また、作業改善をやりながら、常に社内コストは下げてきた。結局は、気が付いてみたら、大手のライバル企業はこれではかなわないと一目置かれる会社になってしまった。

当社は価格破壊者であるが、価格を破壊しながら、利潤はちゃんと確保している。最近の他社では「安く、安く」と利益を度外視しているが、それは間違い。

特に製造業は、そういう落とし穴に陥り、あれだけの為替差益で高い利益を上げたトヨタでも急に、契約社員や、正規の雇用にも手を付けなければいけないとか、不況に入って半年も経たないはずなのに、なぜ、ここでそんなに慌てないといけないのか。

それはやはり、利益を出す仕組みが、おかしいのではないか。

あと、利益を出すことも大事だけれども、出た利益をどのように使うのかということを考えることも経営者にとってはすごく大事な仕事だという。

人件費に関しては、好不況に関係なく毎月、出さねばならないが、同業他社と比べて1.5倍の年収を出せているのは利益が高いからである。

会社は、よほどのことがない限り終身雇用を守っている。

そういう考えで経営をしているのが社員の心に伝わる。新入社員に対し先輩たちは、ほとんど会社の悪口を言わない。また、会社に対して批判的な取引先がない。



ライバルは作っていいが敵を作るな

会社は当然、ライバルは作っていい。ライバルは作らないと駄目。

例えば、トヨタに日産があり、キャノンにリコーがあるから切磋琢磨する。ライバルは作ってもいいけれども、敵は作ってはいけない。

これはどういうことかというと、100円でやっている仕事を80円で受ける。それ自身は、決して悪いことではないが、80円で持ってきておいて利益も出せないで、仕事を放り投げてしまうと、その80円の価格はもう100円に戻れない。80円で持って来てちゃんと利益を出していれば、それは相手の努力が足りないからだ。

もう1つは、下請けでは毎年、2%、3%のコストダウンを要求されて、そのための努力をして、それを達成しても、つまり、合理化した努力の結晶が親会社に取られてしまう。

当社は小さなメーカーであるが、当社自身のブランドで注文、販売網を持っているということが、他社では考えられない利益を出すことができる。

集金をせずに振り込んでもらうということを、もう三十何年前からやり続けている。

そろそろ次の世代へバトンタッチの時期と考えたのは正しい。ただ、5年や6年の年齢差では意味がないから、思い切って、創業の時に手塩にかけ、非常に厳しく育てた役員3人にあえて、先に退いてもらった。

そして、最後にけじめとして、私が退いた。代表取締役会長にもならずに、退いたという私のこれからの生き様を見ると、納得できるのではないかなという。

社長は孤独でこれまでいろいろ苦労が絶えなかった。そのような時は、本に出てくる登場人物から学ぶことが多かったという。若いときは、松下さんや本田さんの本を参考にした。今でもそうだけれども、読む本というのはどちらかというと、心に響く、宗教的な物も多いという。

とにかくプラス思考で「幸せを売る素晴らしい人」のわくわくする講演だった。