雑感シリーズ(9月号)

関東学院大学  山下 嗣人



高エネルギー密度電池の開発と表面技術

電池は化学反応によって遊離されたエネルギーを直接電気エネルギーに変換するので、その効率は高く(燃料電池は83%)、クリーンなエネルギー源として期待されている。なかでもリチウムイオン電池は軽量で高いエネルギー密度を有していることから、携帯電話や自動車、電車などに利用されている。リチウムイオン電池を搭載したハイブリットタイプの列車が2007年7月に世界で初めて、長野県のJR小海線で実用化された。時速30kmまでは電池を作動させ、その後ディーゼルエンジンを併用し、ブレーキエネルギーを充電する仕組みで、燃料消費の低減化を図っている。二酸化炭素をはじめ、有害な窒素酸化物や粒子状物質の排出を約60%抑えた環境に優しい画期的なシステムを導入した列車として注目されている。

2008年7月には三菱自動車がリチウムイオン電池を搭載した電気自動車を発売した。その販売計画は2011年に1500台、また、日産自動車は2012年に30万台の量産体制を敷くと発表しており、環境対応車に追い風が吹いている。神奈川県は2014年までに、バスなどの大型車両3000台にリチウムイオン電池を導入する予定としているが、それには「短時間で充電できること」、「長距離を走れること」が必須課題で、貯蔵できる電気容量の90%を5~10分で急速充電できることも求められている。また、瞬発力を高めるために正極材料の改善も必要とされる。

電池の開発は、電池・電気メーカーと利用する自動車メーカーとが共同で行っているが、表面技術者が専門とする分野が多い。リチウムイオン電池の正極基板にはアルミニウム箔が用いられ、活物質であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)粉末が塗布されている。端子にもアルミニウムが使用されている。負極は銅箔基板上に炭素材料が塗布され、端子にはニッケルが使用されている。基板と活物質との密着強度が特に重要である。密着性の向上や表面を多孔質・微粒子などに制御した新負極活物質を開発することは、我々の得意とする分野であり、急速充電、高信頼性が要求される電池開発への参入が大いに期待できる。

酸素-水素燃料電池の利用も期待されている。1969年7月、人類が初めて月面へ着陸したアポロ11号に搭載されて注目された電池である。負極活物質の水素1モルと正極活物質の酸素1/2モルから1モルの水が生成する反応を利用したもので、家庭用や自動車、電車へ応用されている。酸素還元反応を進めるには白金触媒が必要であるが、乗用車1台に50~70万円の白金が使用されるため、コスト高となっている。白金代替触媒の開発や触媒の固定化技術にも改善すべき問題が残されている。

酸素還元反応は、気相の酸素、液相の水素イオン、固相の白金触媒の三相界面で起こるので、触媒をこの部分にのみ選択的に付与する技術を完成させ、安価な触媒が開発できれば、一般市民にも広く普及するであろう。ダイハツ工業は脱水素燃料電池として、燃料に水和ヒドラジン、触媒には安価なコバルトやニッケルを用いた電池を試作している。

文科省は地球温暖化対策を強化するには、既存技術での目標達成は困難と分析し、①色素増感型太陽電池の発電効率を50%以上高める、②現存電池の7倍の容量をもつ高性能蓄電池の開発、③超電導物質の開発、④超耐熱合金材料の開発、などを盛り込んだ「低炭素社会づくり研究開発戦略」を本年8月に発表している。2020年頃までに実用化し、2030年頃の普及を目指して、2009度の概算要求に反映させる方針という。温暖化防止対策として期待される高性能・高容量電池の開発には表面技術が重要な役割を担っている。表面工学研究所や筆者の研究室でも実施しているが、この市場への表面技術者の積極的なアプローチが望まれる。


バイオ燃料の功罪

日本の平均気温は2005年までの100年間に1.06℃上昇した。二酸化炭素の排出量がこのまま増え続けると、2100年頃の平均気温は2~3℃上昇すると予測されている。すでに、熱中症が急増しているという。植物の開花は早まり(桜は4.2日/50年)、紅葉は遅れている(カエデは15.6日/50年)。暖かい土地に棲んでいた虫たちは北へ移動し、ナガサキアゲハは2000年には関東や北陸南部でも見られるようになった。本州のお米は高温障害のため、「コシヒカリ」や「あきたこまち」のブランド品が売れ残り、稲作に適した気候に変化した北海道産米の人気が上昇している。日本周辺の海水温度は100年間で0.7~1.6℃上昇し、冷水を好む魚の漁獲量が減少し、暖水を好むそれは増加している。西日本の高級魚サワラの水揚げが東北の海で急増しているという。

二酸化炭素の排出を抑える工夫や吸収効率が樹木の15倍大きな藻類を育て、燃料に変換するシステムの開発や海の植物プランクトンを増やすために鉄粉を散布しての光合成が活用されている。また、触媒を使用した二酸化炭素の化学的還元やカソード電極材料の選択性を利用して、電気化学的にアルコールなどに迅速還元して、燃料として再使用することも提案されている。

最近、ガソリンに代わる自動車用燃料として、植物からつくる環境に優しい「バイオエタノール」の普及が注目されている。バイオエタノールはサトウキビやトウモロコシなどの二酸化炭素吸収能力の高い原料から、糖分を抽出し、発酵・蒸留・脱水して取り出し、これをガソリンに混ぜて使用する(現状は3%)。燃焼時に排出する二酸化炭素は、もともと大気中にあったものを植物が吸収したものとみなし、大気中の二酸化炭素の総量は増えないことになる。

2010年度からの全国販売を目指して、2008年4月27日、首都圏50ヶ所でエタノールを3%混合した「バイオガソリン」の試験販売が始まった。エタノールがエンジン部品を腐食させ、ゴムを溶かす性質をもっているため、濃度は3%に制限されている。アルコール濃度は将来的には高められるので、今後は材料・材質の変更または高耐食性の表面処理が不可欠となる。JALは大型機B747を使用して、4基のエンジンのうち1基にバイオ燃料20%混ぜての試験飛行を二年前に実施している。

一方、バイオエタノールの生産急増が食品の価格を高騰させる問題を引き起こしている。食糧や飼料向けのトウモロコシやサトウキビが燃料製造に転換されたことで、穀物、牛肉やビールの値上げが、また、大豆畑やオレンジ畑が減少して、食用油・マヨネーズやオレンジジュースの値上がりを招いている。そこで、複雑な製造工程でコスト高とはなるが、食糧生産と競合しないバイオエタノール増産を目指して、農林水産省は稲わらを原料に、環境省は草や廃材を使用した実証試験にそれぞれ着手している。他にも、糖分搾りかす、藻や毒性の実、雑草、放置竹林、ススキなどからの製造も試みられている。また、減反調整にあえいできた農村を活性化する狙いから、「水田を油田に変えよう」という構想も動き出している。

食品廃棄物、家畜の糞尿、建築廃材などのバイオマスを下水処理場に集め、下水汚泥とともに発酵させる。メタンを含むバイオガスを発生させて、発電に利用し、余熱を暖房に使う方法も検討されている。


高速道路休日割引の是非

高速道路料金の「休日1000円」が2009年の春休みに導入され、観光客増を狙った景気対策として話題を呼んだ。経済危機から脱出するためには、大動脈である高速道路の活用効果が高いとして導入されたが、5月の連休をみる限り、高速道路を利用しての観光地が賑わった一方で、大都市近郊の観光地(伊豆・箱根、草津・山梨など)は素通りされてしまったという不満を耳にする。また、鉄道(7%減)・長距離バス・フェリー利用客が大幅に減少し、廃業に追い込まれたフェリー会社があるなど、受益の不公正さや高速道路利用者増と渋滞による二酸化炭素排出量の増加という弊害も指摘されている。

高速道路とその周辺道路の交通量が20%増えたことによる二酸化炭素排出量は66万tアップとも試算され、温暖化対策とは逆行している。高速道路の休日割引制度は、一人当たりの二酸化炭素排出量が車の1/9である列車や1/3のバスなど、公共交通機関への転換を奨励する環境省の思惑とは矛盾している。国土交通省は、これらの問題点を総括しないままに、お盆休みの平日にも実施し(8月6~16日間の一日平均交通量は昨年の14%増、渋滞は60%増と報告されている)、さらには暮れと正月休みへの適用も検討しているが、納得できるデータを示して、慎重に対応してほしいものである。

日本の高速道路が世界一高いという不満は以前からあったが「受益者負担の原則」の考え方を国民が受け入れていたのである。JRの特急券も同様で、目的地に早く行く人が高い料金を支払って利用しているのであり、受益者負担は当然との意見が多い。値下げによる不足金は、高速道路を使用しない人も含めた国民全員が負担する税金を充てるもので、公平とは言い難く、国民全体の経済が向上するのか疑問視される。

世界が低炭素化社会へ踏み出そうとしているなか、産業や社会の構造を大きく変えるための施策として、政府は地球温暖化対策で焦点になっている温室効果ガス削減を2020年までに、05年比で15%減(90年の京都議定書比8%減)との中期目標を発表している。環境相は2050年までに80%減を可能にする私案を公表している。それによると、原発の発電量を1.4倍、太陽光発電容量を120倍、電気自動車を100%化(公共交通機関利用率50%)することで実現可能であるとしている。しかし、投資や開発コストの多くを企業に負担させるのではと、産業界は警戒しているようである。

二酸化炭素排出防止対策(家庭からの排出量が特に急増している)、二酸化炭素吸収源の拡大、自然エネギーの利用、地産地消、便利さを少し我慢しての身近な省エネなど、産業界、国、地方自冶体および個人が協力して、積極的に行動することが望まれる。すでに、脱「車依存」を図る地方都市が増えている。

2008年の国内二酸化炭素濃度は約388ppmであり、1.5~2.0ppm/年の割合で増加している。これに伴う温度上昇は、特に大都市ほど顕著で、2005年までの100年間に、東京:3.0℃、名古屋:2.7℃、京都・福岡:2.6℃上昇し、中小都市の平均:1.1℃より高いことから、ヒートアイランド現象の影響が大きいといわれ、この対策として、①緑を増やす、②風を通す、③廃熱を減らす、ことなど挙げられている。東京都では、地域の再開発に建物配置や街路樹を工夫した「風の道」を取り入れている。

人類が安心して生活できる環境づくりを目指して、国の高い視点からの適切な施策を期待したい。



今月号は久しぶりに山下先生に雑感シリーズを執筆していただきました。御承知の方も多いと存じますが先生は本年表面技術協会の最高の賞である協会賞を受賞されました。また現在は協会の関東支部長として、また神奈川表面技術研究会の会長として活躍されております。

技術やその他の事柄に関して、小生とは異なった視点からお話をいただけますので、今後さらに本雑感シリーズの執筆をお願いし、皆様のお役に立てるようにしていきたいと思っております。(本間)