雑感シリーズ(2010年6月号)
     
関東学院大学 本間英夫

化学科創立50周年
 本学に工業化学科が設立されて本年で丁度50年になり、5月末に記念式典が開催される事が2月頃に決まっていたため、式典が終了してから研究室のOB会もやればいいと、3月の終わり頃から研究室のOBに連絡する事にした。
 今回は主目的が記念式典であり、参加会費は記念誌の発行代も含まれているため、当然嵩む事になる。そこで、研究室のOB会費は3000円として、不足分は自分で負担する事にした。
 これまでは、OB会を開催する際に、各年代のOBの幹事役や学生に手伝ってもらって、手紙や往復はがきなどで連絡して来たが、今回は殆ど一人でメールアドレスの分かった研究室のOBに連絡した。メールでの連絡は便利だし、費用も掛からない。
 しかしながら、今まで中村・本間研究室を巣立っていったOBは350名以上になるが、年代が上になるにつれて、メールアドレスを所有していない比率が高まる。また、記念式典に関しては、同窓会から正式にはがきで連絡がなされているし、2年後の完全リタイヤの時に最終講義をやる事になるので、今回はメールだけで連絡をしてみた。
 その結果、130名程度が集まる事になった。OB会では、初めから懇親会を始めるよりも、この50年間の歴史を皆に語るのがいいだろうと考え、30分くらい時間を作った。
 
わが表面工学研究室のルーツ
 工業化学科設立にあたって、分析化学実験と表面処理の授業を担当される事になった中村実先生は、昭和31年に機械科の講師として赴任されていた。大学では既に、収益事業の一環として、事業部を立ち上げ、めっき工場が稼働し、特にトヨタ自動車のバンパーのめっきが行われており、出来上がった製品の品質は、産業界から高い評価を受けていた。
 それは当時、経験と勘の技能に頼っていた作業から、中村先生が大学に赴任される以前から、横浜市職員として技術的な指導をされていた。また、最新の技術を導入すると共に、綿密に分析管理を行う事により、良品率を飛躍的に増加させたからである。従って、当時から分析管理や評価のための実験室が整備されており、工業化学科の設立時には、中村先生が分析実験を担当する事につながっている。
 それから3、4年後、世界に先駆けてプラスチック上のめっきの工業化が成され、益々分析や解析の必要性が高まり、赤外分光、ガスクロ、紫外可視分光光度計が揃えられていった。昭和39年に、私は二期生として卒研に配属される事になったが、当時はプラめっきがスタートしたばかりでトラブルが続き、配属された卒研生の内3名は大学で研究をし、多くは杉田の工業試験所で研究を行う事になった。
 工業試験所からは、今井雄一先生と田中克己先生に非常勤講師として来て頂いていた。また、分析化学の講義は、防衛大学の笠木先生が担当され、内容はかなり高度であった。私自身は工業試験所で卒研を行った後、大学に戻り専攻科、大学院へと進んだ。その間、中村先生は多忙を極め、ほとんど卒研生と私の間で研究が進められた。
 さらに、私が助手に任命されたその年から、学園紛争が徐々に激化し、学生は産学協同路線反対と、キャンパスをロックアウトし、16号線にバリケードを張るに至った。殆どの先生は、毅然とした態度が取れず、紛争は過激さを増し、学生との話し合いでは、解決の糸口は全く見いだせなかった。中村先生は、勇断を持って機動隊導入を教授会でアピールされ、紛争は解決した。
 しかし、残念ながら、それを契機に昭和45年位だったと思うが、先生は大学を去る事になる。それは、中村先生が47歳の時であり、私はまだ助手で、28歳の頃であった。その後、中村先生は大学院の教授としての籍を残され、先生の指導の下、研究室を運営する事になる。
 また、神奈川県の工業試験所への卒研生の派遣は、その後も10年程続いた。私はまだ教員として駆け出しであったが、毎年10名程度の学生と分析研究室のメンバーとして研究に勤しんだ。
 その後カリキュラムの見直しがなされ、教員の数も増え、それぞれ先生個人の名前の研究室に分かれていき、分析研究室から表面処理を中心とした本間研究室へと変わっていった。

本間研究室から表面工学研究室へ
 分析研究室の流れの項目の中でも触れた様に、我々の研究室は中村先生の後を受け継ぎ、産学協同を実践してきたユニークな研究室である。
 我々の大学では、今から50年以上前から大学の中で、木工とめっきの2つの事業を行っていた。その事業部で働く若者の多くは、昼間キャンパス内の工場で働き、夜は本学の高等学校または大学で勉学に勤しんでいた。
 木工工場の製品は、学院の机、椅子などは勿論、家具類は横浜の高島屋の注文を受けていた。めっき工場は、特にバンパーを始めとした車載用のめっき加工が行われていた。
 中村先生の、回顧録や「為せば成る」の本中でお書きになっているが、本学のめっき工場が技術的な難問にぶつかった際、当時、横浜の指導所に居られた先生を大学事業部の技術担当者が訪ね、幾度となくアドバイスを頂いたとの事である。
 それがきっかけとなり、先生が本学の機械科の助教授及び事業部の部長として奉職されたのが、昭和31年の事である。それから、事業部の技術力は急速に向上し、数年後には、学会から技術賞を授与され、学院の創始者である坂田祐先生が代表して受賞されている。
 さらに数年後には、プラスチックス上のめっきを世界に先駆けて工業化された事は、あまりにも有名である。また、現ハイテクノの社長である斎藤先生(2005年位まで非常勤講師、表面処理担当)は、その技術の鍵になっている無電解銅めっきを電気化学的に明らかにされ、混成電位論を提唱された。
 この理論は、日本では殆ど評価されなかったが、アメリカの学会で評価され、一躍有名になった。このような理由で、斎藤先生からは、「たまには英語で論文を書くように」とのアドバイスを受けていた。
 従って、研究室を受け継いだ後は、卒研生と共に英語の輪講会を欠かさず行っており、「継続は力なり」で誇りとしている事の一つである。実際、国際的に活躍している卒業生も多い。
 研究室では、すでに40年前から、産学協同に重きを置いた研究が進められており、しかも、世界に先駆けて工業化に成功したプラめっきの研究成果は、すべて公表し特許は取らなかった。
 なぜ特許を取らなかったかは、大学の校訓「人になれ奉仕せよ」を実践したもので、中村先生の回顧録に詳しく書かれている。私は米国の学会で、これまで何度か招待講演を受けてきたが、その度に下手な英語で本学の産学協同の歴史を必ず枕に話してきた。その際、「あなたの大学はスタンフォードのミニチュア版だね」と言われたものである。
 工業化学科設立以来、10数年間は5号館1階の実験室で、学生実験と卒研が一緒に行なわれてきた。その後、新しく実験棟が建てられた事によって、各教員がほぼ同一面積の実験室を持つ様になった。
 さらにその後、工学本館が建てられ、教員の研究室も出来た。このように研究、教育環境が整備され、研究室にも活気が出てきた。また、昭和40年代前半から、水に関する環境化学的研究が10数年以上行われた。この間、日本の水処理の権威であられた、今井雄一先生が化学科設立当初から非常勤講師として、また、先生が勤務されていた、神奈川工業試験所で、多くの我々研究室の卒研生がお世話になった。
 しかしながら、杉田にあった研究所が、海老名への移転に伴い、工業試験所との関係は一時的に希薄になった。
 その後、エレクトロニクスを中心とした先端技術と、表面処理の関連が極めて深くなり、エンジニアリングプラスチックのメタライジング、電磁波シールド用メタライジング、湿式法による磁気膜形成、ガラス、セラミックスのメタライジング、プリント回路形成技術、エレクトロニクス実装技術などの、基礎から応用にいたる研究に注力するようになった。
 この様に、研究室のテーマが多岐にわたるようになり、他大学、工業試験所等との共同研究、関連学協会及び業界との積極的な接触が行われる様になってきた。
 その後、今から8年前になるが、大学と関東化成との間で表面工学研究所を設立し、現在はスタッフ5名と学生15名位がアクティブに研究に勤しんでいる。また、今から5年前に文科省にハイテクリサーチプロジェクトを申請し、採択され、10人の化学関連及び電気関連の先生方が参画し大きな成果を上げてきた。
 以上、研究室の歴史的背景をかいつまんで述べたが、これまでに350名以上の学生が研究室を巣立っていった。大学院のマスターコースの修了者も50人を超え、さらにはドクターコースの設立に伴い、コースドクター17名、論文博士3名輩出している。それを基盤にして、現在の研究室と表面工学研究所がある。これは何にも勝る無形の財産であり、さらに研究室と研究所の継続が大学の発展にもつながると確信している。まさにこの原稿をまとめている時に、エレクトロニクス実装学会から学会賞受賞の連絡が入った。OB諸君の地道な研究成果が評価されたもので、小生が代表して受賞するので学会から送られてきた推薦文を下記に示す。

高密度実装用先端的微細めっき技術の研究開発への貢献
 本間教授は、プラスチックめっきの工業化の草分けであり、さらに、ガラス上の金属薄膜形成、平滑基板への密着に優れた薄膜形成及び微細配線加工、各種セラミックス材料のメタライジング、各種微粒子へのメタライジング、電鋳技術のMEMSへの応用とめっき技術分野全般の研究開発などの多くの功績があり、この分野については、世界的にも第1人者であります。
 なかでも、プリント配線板のマイクロビアへの銅めっきフィリング技術開発に取り組み、工業化出来るまで技術確立して多大なる貢献をされております。この高密度実装用微細めっき技術の研究開発については、技術開発の創生期から取り組まれ、それを工業化出来るまで確実な技術に仕上げた事は、今日の多ピン化・狭ピッチ化が進む半導体のパッケージサブストレートへの実装を容易にし、BGA・CSPやSIP・POP等の普及加速の原動力となっております。
 また、これら先進パッケージを実装するマザーボードでも当該技術は広く応用されており、電子機器の小型化に大きく寄与する技術として世界的にも高く評価されております。
 また、本間教授は、当学会の過去に配線板製造技術員会の委員長やビルドアップ配線板研究会の主査など多くの技術委員会の指導的立場で技術調査活動を推進いただいた功績あります。さらに、2000~2001年に当学会の常任理事も務められ、当学会の発展にもご尽力いただいております。
 さらに、大学での研究および教育に従事する一方で、自ら開発しためっき技術を基にベンチャー企業である表面工学研究所を設立し、技術普及にも取り組まれ、日本の産業界育成にも大きな貢献をされております。
 このように、実装分野における優れた技術開発に貢献された本間教授に学会賞を授与する事を推薦致します。