雑感シリーズ (11月号)



関東学院大学材料・表面工学研究センター  

本 間 英 夫

研究員 田代 雄彦



今月号では、今年の一月から研究センターの研究員として正式にスタッフとなった、田代君の自己紹介とはじめて横浜市と共催で行った「最新めっき技術講習会」について紹介する。以下は彼の書いた文章に少しだけ手を入れた。



私は静岡県東部の沼津市で生まれ育ちました。私の通った小学校と中学校は、道路一つ隔て隣接した学校で、周りは全て田んぼという立地でした。そんな自然のある中、子供の頃は学校の宿題はそっちのけで、川に海に山に遊びまわっており、廊下に立たされたり、正座させられたりと、今でいう問題児だった気がします。現在と違い当時は、鉄拳制裁は当たり前で、先生に物差しでビンタをされた友達も居ましたが、校内暴力は一切なく、伸び伸びと育ったと思います。



 そんな私が一大決心をした出来事がありました。それは中学入学直後の実力テストでした。一学年三クラスと少ない生徒数でしたが、その順位は下から十番くらいの三桁だったと記憶しています。「このままでは駄目だ!」と思った私は、宿題の時間を除いて、毎日五時間勉強することに決めました。しかし、勉強自体ほとんどしたことが無かったので、何をどうしていいのか分からない。取り敢えず、教科書を読むことにしたのですが、知らないことだらけで、当時流行の蛍光マーカーでチェックすると、文章全てに多彩な色が付く有り様でした。

 そんな当時の座右の銘は、「ローマは一日にしてならず」、「努力に勝る天才なし」という言葉でした。自分は馬鹿だから努力するしかない、そう自分に言い聞かせて日々勉強を続けました。その甲斐あってか、一学期末の成績は学年の上位三十名に手が届くところまでになりました。また、勉強を習慣付けることで、自然に集中力が養われ、授業を良く聞く様にもなりました。この毎日五時間勉強を一年続けたのですが、二学年になると授業中にある程度理解でき、集中力も増した分、勉強時間は二時間程度に減り、成績も一桁と二桁程度に安定しました。元読売巨人軍の王貞治氏の言葉に「努力が報われないことなどあるのだろうか。報われない努力があるとすれば、それはまだ努力と呼べない」と世界の本塁打王が語った様に、やはり努力は必ず報われるのです。



本間先生は私のことを健康オタクと言います。私の朝は、四時過ぎに起き、直ぐ水を一〜二杯飲みます。胃に水が入って大腸を刺激し、この刺激が腸を動かすので、副交感神経を活性化し、自律神経のバランスが良くなり、一日を快適に過ごせるそうで、毎日実践しています。基本的に水分は一日に四リッター程度飲みます。財宝温泉水を三、お茶を一の割合です。お茶は月替りで、肝臓に良いとか、目に良いと妻が持たせてくれ、とても感謝しています。次にノニジュースを少量飲み、ヤクルトかヨーグルトを飲みます。一昔前の日本の食卓には、味噌汁や納豆や漬物など、醗酵食品を食事の中に普通に取り入れていたと思いますが、生活習慣や食事の多様化により日本人に必要なものが摂取出来ていない気がします。朝食は具が梅干しの玄米おにぎり二個、バナナ一本と無糖のコーヒー一杯です。玄米は一日に必要なミネラルが摂取でき、コーヒーのカフェインはアルツハイマー予防に効果的です。そして、週末は半日ファスティングを専用のファスティングジュースを使用して行います。近年、長寿に体内のミトコンドリアの量が関係していることが解明され、この量を増やすのにもファスティングは有効です。この様な生活を習慣化した結果、若い頃は重度の便秘症で、冬は膝から下の感覚が無くなる程の冷え症だったのですが、現在それらの症状は全くありません。



当時の私の家庭は裕福とは言えず、姉が私立高校に入学したこともあり、私立高校進学は絶対駄目だと両親に言われていました。そこで、国立高専と公立高校を受験したのですが、国立高専は見事不合格、公立高校に通うことになりました。高校受験での挫折、努力が未だ足りなったのです。次の挫折は大学受験、国立大学をまたも不合格、浪人することになりました。翌年、希望の大学を受験も失敗、滑り止めで受けた関東学院大学の特待生試験の一般で引っ掛りました。私立は金銭面で苦しかった筈ですが、それでも両親と姉のお蔭で、大学を無事に四年で卒業することが出来ました。今でもとても感謝しています。今考えると、これらの挫折が無ければ、私は本間先生と出会っていなかったのですから、人生は「七転び八起き」、不思議な縁を感じます。その後、本間先生の紹介でメルテックスという表面処理薬品メーカーに入社し、研究部に配属され、私の表面工学との結び付きが始まりました。

 

入社当時の直属の上司は、与えられた仕事の他、アンダーザテーブルでの研究を承認して頂けたので、無電解ニッケルめっきの基礎研究を始めました。数年後、技術顧問として福田豊氏が研究部に配属され、氏の紹介で金材研の分析装置を使用できる機会に恵まれました。また、都立大学の渡辺徹先生(現芝浦工大)をご紹介頂き、その研究室に一年間研究生として通えたのも貴重な体験でした。メルテックス在籍時に研究論文をファーストで二報、北海道大学の安住和久先生の研究論文三報の連名に入れて頂けたお蔭で、関東学院大学大学院工学研究科博士後期課程工業化学専攻に社会人として飛び級で入学出来ました。人間とは「人」の「間」と書きますが、私は様々な方々と出会い、良い人間関係に恵まれたと思います。

入学後二年間は、社会人と二足の草鞋を履いていましたが、諸事情により十三年勤めた会社を辞め、会社から授業料を七割負担して頂いていたので、大学も辞めるつもりでした。しかし、当時の下郡社長は「そのまま続けて学位をとりなさい」と仰って下さいました。私はそのお言葉に感激したことを今でも覚えています。そして、本間先生や当時の学生達に多大なご迷惑をお掛けしながら、無事三年で学位を取得出来ました。これも本間先生はじめ当時の学生達、社長や上司、同僚のご理解とご指導の賜物と感謝しています。



 産学協同で新しい研究所を設立するとの事から、関東化成工業に入社し、関東学院大学表面工学研究所に出向することになりました。ここでは、前職と異なり、常に学生達と一緒に研究をしなければなりません。学生の生活面や研究の指導など不慣れなことばかりで大変でした。中には素直でない学生もおり、人間関係の難しさを痛感したものでした。ちょうどこの時期に家を購入、結婚し、妻と犬との共同生活が始まり、私の生活環境は大きく変わりました。

周りを変えることが出来なくても、自分は変わることが出来る。そんな出来事が一昨年ありました。それは母親の死です。そして、その直後の父親の癌発症です。(手術は無事成功し、現在は元気です)それまで親はいつまでも居ると勝手に妄想していたのですが、現実を突き付けられました。私も親も年をとるのです。その時、「命」とは何だろうか?と真剣に考えました。私の結論は、「命とはエネルギーの盛衰」ではないかと考えました。赤ちゃんは何もしゃべらなくても、周りの人に幸福感を与える正のエネルギーを持っています。それが次第に、少年、青年、壮年という様にエネルギーの色が赤色、青色、灰色と変わっていきます。

人の感情を表す「喜怒哀楽」という言葉がありますが、この中で一番エネルギーを使うのが「怒」です。一生涯のエネルギー量が決まっているのであれば、「怒ること」は命を縮めることに繋がるのです。そこで、私はなるべく怒らない様に、汚い言葉も使わないように気を付けています。また、「忙しい」とは「心」を「亡くす」と書きます。ですから、極力この言葉も使わない様に気を付けています。言葉には力があります。昔から「言霊」と言われている所以です。



当研究センターの協力企業に「学びに引退なし」というスローガンを掲げている会社があります。この言葉を目にした時、私は衝撃を受けました。戦前、戦後を通して日本の教育界の最大の人物と云われた森信三氏の「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず一瞬遅すぎない時に。」という言葉を思い出しました。人間だけでなく言葉も同じではないかと思います。ちょうど個人的に色々と悩んでいた時に、この言葉に出逢ったので、精神的に救われた思いでした。人は生涯学び続けるべきで、時々休んでも、前に進むべきであると気付いたのです。そこで、昨年末に約九年勤めた関東化成工業を辞め、本間先生のご指導を仰ぐことを決心しました。当初は自己都合で退職届を提出したのですが、福原会長、田中社長のお計らいにより、会社都合で退職出来ることになりました。私はつくづく周りの人達に恵まれていると感じました。



 今年の八月上旬、横浜市の工業技術支援センターと共催で行った「最新めっき技術講習会」では、座学と実技の二日間コースを企画しました。実技は実際のめっき液の建浴から数種類のめっき材料を選択し、めっき体験出来るコースとしました。募集人員二十名のところ、数日で定員オーバーする盛況ぶりで、要望が多かったため、九月に再募集するほどでした。実技の経験者が私一人でしたので、学生時代に経験している中丸君と和久田君を招集し(本間先生の下で学位取得)、本間先生、スタッフの梅田さん、学生達と協力して無事に実技を修了することが出来ました。また、裏方として頑張って頂いたスタッフの山田さん、クリスさんや支援センターの方々にも、この場をお借りしてお礼を述べたいと思います。「ありがとうございました!そして、ご苦労様でした!」

 講習会の最終日にアンケートをとったところ、「社会人大学または大学院があったら」の問いに、内容にもよるが通いたいと回答した方々が三五%もおりました。少子高齢化で大学の経営が危ぶまれていますが、社会人も対象にした新しい大学の姿を想像できます。



 表面工学とは、非常に広範な分野であり、私もまだまだ分からないことばかりですが、本間先生はじめ、スタッフの方々や学生達のご指導を仰ぎながら、日々成長して行けたらと思います。最後に私の敬愛する福沢諭吉翁の「心訓」という言葉を紹介したいと思います。当たり前の事ですが、人間として常に意識し、忘れてはならない大事なことだと思います。そして、この七つの心訓には順番がありません。この全てを優先させることが重要と考えています。

一、世の中で一番楽しく立派な事は

一生涯を貫く仕事を持つという事です。

一、世の中で一番みじめな事は

人間としての教養のない事です。

一、世の中で一番さびしい事は

する仕事のない事です。

一、世の中で一番みにくい事は

他人の生活をうらやむ事です。

一、世の中で一番尊い事は

人の為に奉仕し決して恩にきせない事です。

一、世の中で一番美しい事は

すべての者に愛情を持つという事です。

一、世の中で一番悲しい事はうそをつく事です。