関東学院大学材料・表面工学研究所

本間英夫

 

雑感シリーズに関してもそろそろ自分からスタッフや高井先生、山下先生に頻繁に執筆していただき、より魅力のある内容にしたいと思っている。そこで、スタッフや高井先生、山下先生に原稿を書いていただいている間に、最終講義を終えて一週間くらいの間にメールで寄せられた後輩からの感想文を紹介したい。研究室を巣立っていった後輩がどのように大学時代や大学院時代を送りその後表面処理関連の企業で活躍しているか、また小生が学生とどのようにかかわってきたか、その生活の一端を知っていただきたくここに紹介することにした。

K君のコメント

最終講義は盛況に、先生らしく、楽しい時間を共有できたこと、感謝しております。思えば、先生との出会いは三十四年前、十八歳のときにさかのぼります。

さて、卒研の選択というとき、先輩から、"本間研に行っておけば就職は心配ない"と言われ、親のコネもなく、就活も面倒だった私は、迷わず先生の研究室を希望し、なぜか無事に決まりました。先生の研究室は当時から人気があり、親しい友人の何名かは、(不本意ながら)他の研究室に配属されました。

半分くらいは、当時の無電解銅のめっき液の開発と自動制御がテーマーでした。当時は産学協同で大学から発展した関東化成に何度か出かけたものです。その意味では私にとっては、関東化成は"母なる会社"と思っています。さて、就職の話のとき、"君はどんな会社が希望か?と聞かれたので、"先生、僕はアメリカに行きたいんですが・・・"と言ったところ、"いい会社がある"ということで当時アメリカに進出した会社を紹介していただき、五月には仮面接を経て、内定をいただいておりまた。就職も決まったので、のんびりしていたところ、アメリカの景気が思わしくなってきて、その矛先が日本たたきに向かってしまいました。

テレビでは、東芝のトランジスタラジオをハンマでたたいている映像が写されていたのを記憶しています。そんな中、ちょうど学園祭のときだったと思いますが、先生に呼ばれアメリカには行けそうもないかも・・・ということで、就職先を変更してはどうかと言われましたので、「鶏口となるも牛後となるなかれ」と思い、A社を紹介していただきました。

先生が、当時その企業の役員に電話して、"来年一人行かせるからな!"ということで、2,3分でほどで就職が決まりました。先生からは、私のキャラは信用なかったようで"あまり早く辞めてくれるなよ!俺の立場もあるからな!"と言われたのを記憶しております・・・・長くなってしまいましたが、三十年間が走馬灯のように駆け巡った1日でした。長い間お疲れ様でした。でも終わったわけではないので、これからもいつものペースで皆を引っ張っていってください。ありがとうございました。

A君のコメント

先ほど、先生の書かれた本を読み終わりました。 学生の時やOB会、雑感シリーズ等、以前から読み聞きしている内容が多いのではありますが、読み終わって改めて先生の偉大さを感じました。

先生に出会えてこの業界に入らせてもらい、本当に感謝しております。今自分を振り返りますと、アルバイト三昧の大学3年間の後、当時卒業するのもギリギリの単位数であったのですが大学に入って初めて真面目に卒業研究に打ち込み、ろくな就職活動もせずに先生の勧めとTさんの誘いで1998年に設備会社に入社、その会社の薬品部門で働いている中で数多くの経験をさせて頂き、Tさん退職後、その会社の中で使い走りの薬品部署で仕事をする限界を感じている時に、当時誘われたO社に家族を引き連れて引っ越して入社し、はや8年が経ちました。

今では子供も小学生になり、仕事ではそれなりの現場経験等を積んで営業職ですが、ある程度会社に貢献できているのかなと自己満足できるようになってきました。

御存じのように益々日本の産業は厳しくなっています。何とか日本の産業の為に微力ながら力になれるように極力国内にしがみついていたいと思っております。

先ほど本を読み終わりまして、これからも関東学院大卒の名に恥じないように今まで以上に頑張っていかねばならないと心新たに思いました。

先ほど読み終わった今回出版された本を自己負担でもう数冊購入し、担当である若い客先に配って勧めてみようと考えております

S君のコメント

素晴らしい、ラスト講義ありがとうございました。先生の熱意は、素晴らしく27年前に受けた授業を今も思いだされます。先生の本も読ませて頂きました。とても、良い本です。

先生は、お忘れでしょうが、いくつものエピソードを思い出します。

(1)金おろして来い

ある日、先生は、私にお金が必要だから、横浜銀行に行って200万円おろしてこいと申し付けられました。私は、他人に簡単にお願いする事に驚きましたが、その後の会話で、なおびっくりしました。

暗証番号を教えてくださいとの私の問いに、カードに書いてあるとの返答です。

確かに、大きく黒いマジックで書いてありました。

残額を見てまた、たいそう驚いて、今思えば、少しくらい多く下ろしても判らなかったですね。失敗しました。

今もマジックで書かれているのでしょうか心配です?

(2)車買った

先生の運転免許をとった時は、私が先生に運転の仕方を指導しました。初めての車を、何も判らない、詳しくない学生と車を買いに行った時の話です。以下問答です。

何を買われたのですか?
→トヨタだよ。
トヨタの何ですか?
→わからん、トヨタの白だよ。
排気量は何ccですか?
→わからん、トヨタのフォードア、オートマチックだよ。
あーコロナの2000ccですね。
数ヶ月後に、ぶつけた車の修理に行った際、トヨタでカローラを衝動買いして、学生たちに値切らないで買った事を責められた先生は、→内需拡大に貢献しているから良いんだ!と言われたのが印象的でした。

(3)タバコ吸いは馬鹿だ

私の結婚式のスピーチで、→タバコ吸いは、地球環境汚染している馬鹿者達だ!!と言われて、当時は、70%位の喫煙率の出席者から、苦笑いは忘れられません。

先生は、正しかったですね。今の時代では常識です。まだありますよ。先生伝説は!

(4)ロイヤリティー

ある企業からは入ったロイヤリティーを、全部大学に寄付した事。奥様に言ったら、外壁の修繕に一部遣いたいと言ったら、先生が、バカヤロー大学があるから得たものだ。大学に返すのが道理だ。奥様が、大変失礼しました。おっしゃるとおりです。間違ってましたと言ったことは、美談です。また、その事で、大学にはロイヤリティーの一部しか寄付していないのではと疑われ全部寄付した事がわかり、驚かされたと聞いてます。

実際に、先生の引越しを手伝った時に、荷物、財産が無い(少ない?)のに驚かされました。先生の財産は、生徒と業界ですね。

(5)

入社当時、先生によく、大学に呼ばれました。今でこそ、私の事を上長は覚えていてくれますが、当時社長は、私のことをよく知りません。先生は、よく私を大学に呼ばれる時に、弊社に電話して、S君を電話に繋いでくれ。(注釈 1000人程度の企業です)

そして、大学に来させてくれ。私が、簡単に大学へは、いけませんと言ったら、直接、うちの社長に電話された事には、驚きました。

後で、君がS君かと社長に言われてびっくりしました。

このほかにもOBから多くのエピソードが送られてきている。冒頭に記したようにスタッフや高井先生、山下先生に原稿を書いていただいている間もう一度くらいその内容を紹介することで、オープンマインドで愛をベースに研究と教育の環境を整えれば学生は大きく育っていくのだとご理解いただきたい。