関東学院大学材料・表面工学研究所
田代雄彦
本間英夫
  今年で私が日本に来てから、ちょうど二十年目を迎えた。一寸の光陰のような二十年という年月を振り返ってみると、長いようで短い時間であったが、私の人生において、もっとも大事なことをもたらしてくれたと思う。
最新の樹脂めっき技術 「環境に優しい表面改質法」
はじめに
今日の樹脂めっきの発展は、1962年に米国でABS樹脂が工業化されたことに端を発する。 ABS樹脂とは、三つの原料であるアクリロニトリル(Acrylonitrile)、ブタジエン(Butadiene)、スチレン(Styrene)を主成分とし、ASマトリックス中にBが分散した海島構造の三元ポリマーで、その名称は、原料の頭文字に由来する。
代表的な汎用性プラスチックのABS樹脂は、寸法安定性などに優れているが、耐候性が悪いことから、外装品には塗装やめっきが施されるのが一般的である。
特に、めっきの容易な樹脂として知られる様になった背景は、中村先生がこの樹脂に注目され世界に先駆けて工業化に成功したことに端を発する。
現在プラスチックめっきされている樹脂材料の約9割以上は、この樹脂が使用されている。樹脂へのめっきは、機械的性質、耐候性、耐熱性の向上や吸湿性の低下等の機能性改善が大きな目的であるが、めっきによる高級感や重量感の感応性付与、更には、軽量化による金属材料の代替に伴う電磁波シールドの効果も併せ持つ。このめっきを施す工程中で、最も重要な処理がエッチング(表面の粗化)であり、そのエッチング液には現在も、有害物質の6価クロムを含んだ高濃度液が広く使用されている。
しかしながら、近年,「グリーンテクノロジー」、「eco」、「環境に優しい」といったフレーズが、新聞や雑誌などに見受けられるようになり、WEEE指令、RoHS指令、欧州ELV指令や京都議定書などに代表される様に、環境問題に対する取り組みは世界的に重要なテーマとなっており、この「クロム酸・硫酸エッチング法」に替り、6価クロムなどの有害物質を使用しない環境に優しい表面改質法に変更する必要性に迫られるであろう。
これまでクロム酸を用いるエッチング処理から、代替法として「過マンガン酸処理法」や「高濃度オゾン水処理法」が検討されてきたが、さらには我々は有害な6価クロムを使用しない画期的な「光触媒およびUV処理法」、「大気UV処理法」、「ラジカル水処理法」および「マイクロ・ナノバブルオゾン水処理法」について検討をしている。ABS樹脂に現行法の「クロム酸・硫酸エッチング法」と「光触媒およびUV処理法」で改質処理を比較してみると「クロム酸・硫酸エッチング法」ではABS樹脂表面のB成分が溶出し、数ミクロンの凹部が観察されるが、「光触媒およびUV処理法」では、全く凹部が形成されておらず、極めて平滑な表面上にめっきが析出しており、密着強度も同等以上の特性を示す。
これまでクロム酸に代わる方法として、キーになるTiO2光触媒の適用を10年くらい前から検討してきたが、その際に光化学の法則、UVランプの種類と特徴などと樹脂と金属の密着性について検討を進めてきたがその過程で、さらにはラジカル水やマイクロ・ナノバブルオゾン水の適用にたどり着いた。
TiO2光触媒の特徴
1972年に本田・藤嶋効果の水を分解する反応が見出されて以来、酸化チタン(以下,TiO2)光触媒に関する研究は飛躍的に増加した。そのTiO2は,化学的に安定で無害な物質で,化粧品や白色塗料などに広く使用されている。
さらにUVの作用により有機物の分解や濡れ性が向上するなどの特性を持ち、抗菌、殺菌、セルフクリーニング(防汚)、防曇、空気浄化などの様々な性能を発揮するので、医療用材料や器具、環境浄化材料として注目されている。例えば、数十年前、自動車の白色ボディは、経年で黒っぽく変色したが、現在の自動車はTiO2含有白色塗料を使用しているため、セルフクリーニング効果でほとんど変色しない。また、浴室の鏡などへの防曇効果もTiO2の働きによるものが見受けられる。
TiO2の結晶種にはブルッカイト型、ルチル型およびアナターゼ型の3種類が知られており、前二者のバンドギャップエネルギーが3.0 eVであるのに対し、最も光触媒能が高いとされるアナターゼ型のそれは3.2 eVである。そのため,波長380nm以下のUVを照射すると光電効果により,電子正孔対が生成する。それらはTiO2の粒子表面に拡散し,電子は吸着酸素に,正孔は吸着水に移行し,活性酸素のスーパーオキシドアニオン(・O2-)およびヒドロキシルラジカル(・OH)を生成する。さらに,前者は水の存在下ではプロトン(H+)と結合し,ヒドロペルオキシルラジカル(HO2・)を生成する。これらのラジカルは,塩素や過酸化水素にも勝る著しく強い酸化力を示し、有機物を最終的に水と二酸化炭素にまで分解する。最近の研究では、波長380 nm以下のUVだけでなく、400~600 nmの可視光で作用する光触媒が開発されており、今後の応用範囲の拡大が期待される。
光化学の法則
光化学は,反応が起るためには被対象物に光が吸収され,しかも,反応の起こり易さは光の波長で異なる。さらに,反応速度は吸収した光の強度により変化し(光化学第一法則),また,励起される分子数は,吸収される光量子数に等しい(光化学第二法則)とする法則に支配されている。すなわち,溶媒にTiO2を懸濁させた溶液中のTiO2微粒子に光が(1分子あたり光量子1個)吸収され,励起状態の反応で前述のヒドロペルオキシルラジカルやヒドロキシルラジカルが生成する。しかしながら,この反応は気相中とは異なり,解離の効率が低く,光反応の効率を表す量子収率は液相中では低くなる。さらに,生成したラジカルはそれらを取り囲む溶媒分子の籠効果(ケージ効果)により,速やかに再結合し,著しく解離の効率は低下すると考えられる。したがって,樹脂成型品の表面直上および極近傍に存在するTiO2微粒子のみが,光触媒反応に関与すると考えられる。
UVランプの種類と特徴
「光触媒およびUV処理法」および「大気UV処理法」で使用するUVランプは、184.9および253.7 nmの波長が主成分で透過率の安定した合成石英ランプを使用する。
各波長の特徴として、184.9 nmの波長のUV光は,酸素に吸収され易いため,大気下では約50 mm以上,水中では約10 mm以上光源から離れると,著しく減衰し、樹脂表面にはUV光がほとんど到達しない。一方,253.7 nmの波長のUV光は,オゾンに吸収され易い特性を示す。密着性にはオゾンの濃度が大きく関与することが分かりこれがライジカル水やオゾンのナノバブルの発想に繋がっている。
ラジカル水の特徴
「光触媒およびUV処理法」や「大気UV処理法」はUVランプを使用することを特徴とした新たなエッチング処理技術であるが、より複雑な形状を有する材料へのUV光の適用は陰影を生じ、樹脂表面の改質状態を不安定にする可能性がある。そこで、環境対応型で且つ強力な酸化力を持つヒドロキシルラジカル(・OH)を含む水(以下,ラジカル水)に着目した。
ラジカル水は経時的に安全な水に戻り、液体の特性を活かし、複雑な形状や微細孔内も安定な改質が可能となる。このラジカル水製造装置(倉敷紡績製,AQUA Station SA-100)は、水中に溶存し難いオゾンを数10µmの超微細気泡(マイクロバブル)にすることで、高効率に溶解させている。更に、独自の紫外線反応塔を組み合わせ、溶存オゾンの全量を最適量の紫外線エネルギーと反応させ、酸化力の強いヒドロキシラジカルへ効率よく変化させる。この・OH自体の寿命は一般的にμ秒と大変短いが、本製品では数分オーダーで連鎖反応を持続する。したがって、化学薬品を使用せず、排水の水質レベルは一般的な水洗工程と同等の低環境負荷技術である。,br>現状の使用例としては、染色廃液の脱色やダイオキシン類など難分解性有機物の酸化分解などに工業化されている。また、ラジカル水は経時的に安全な水に戻るため、スーパーやコンビニで販売されているカット野菜などの洗浄工程にも応用されている。
マイクロ・ナノバブルオゾン水の特徴
「高濃度オゾン水処理法」による改質処理は、三次元立体形状品に適用可能であり、ABS樹脂、AS樹脂、ポリイミド樹脂等に対して比較的短時間で密着強度の高い皮膜を得られるが、オゾン濃度が40から100PPMと高いため、作業環境面から低濃度での適用が望まれていた。 そこで、マイクロからナノサイズの1PPM程度の低濃度のオゾンガスを水中に停留させる手法に着目した。バブルをマイクロからナノサイズにすると、水中での停滞時間が長く安定して存在する。そのため、オゾンガスの微細バブルを水中で使用すると安定的なオゾン供給源となる。このことから、低濃度のオゾンをマイクロからナノバブル化することにより、効果的に改質されると考え、マイクロ・ナノバブルオゾン水処理の検討を行った。 また、マイクロからナノサイズのオゾンバブルは、微細クラックの入ったフィルムに加圧したオゾンを通すことにより生成した。この手法により3次元の立体成型物にも簡単に適用でき現在実用化一歩手前に来ている。
おわりに
各種の樹脂のエッチング処理に有害物質のクロム酸や過マンガン酸を使用しない「光触媒およびUV処理法」、「大気UV処理法」、「ラジカル水処理法」および「マイクロ・ナノバブルオゾン水処理法」を適用することにより,有害物質フリーで、平滑面に対し良好な密着性を示す表面処理が可能となる。
また,本手法は環境調和型のメタライジング技術であり、従来法の数ミクロンオーダーのアンカー効果による良好な密着性と大きく異なり,触媒浸透層を起点とする物理的なnmオーダーのアンカー効果により,良好な密着性を示すと考えられる。
本稿で述べたように、樹脂めっきを初めとして、これから高周波帯域の回路形成など、これまでのミクロンオーダーのエッチング法では対応できなかった領域に、これらの表面修飾法を用いることにより、今後益々必要不可欠な技術としていろんな分野で幅広く用いられるだろう。  また、今後のめっき技術の更なる発展のためには、これらの新規の表面改質法を積極的に利用した、環境に優しい技術の開発と実用化が期待される。