関東学院大学材料・表面工学研究所

本間英夫

「感動」が創造の原点

 自分の脳を活性化させ創造を生むには、「感動する」ということが大切である。三浦雄一郎さんが80歳になってエベレストの登頂に成功されたのも達成感と感動する強い意気込みを持ち続けられたからだ。
三浦さんの脳の状態をMRIで調べた結果、普通は歳とともに脳は縮小していくのに殆ど縮小しておらず60歳程度の脳だったとのこと。一時は糖尿病から高血圧を併発し心臓の機能が低下し山登りは断念しなければならない状態であった。ところが強い精神力で健康管理、筋力アップでそれを克服され登頂に成功されている。常に生き生きとし、強い精神力、目的意識、達成感を持って積極的にチャレンジされたからである。
私自身はそのような体力もないが、表面処理関連の研究分野での実績を振り返ってみると、学生とともに、幸いにも多くの成功体験に遭遇してきている。生きている限りこれからも、その体験を若者のような感覚で次世代の担い手とともに、新規技術の構築に貢献していきたい。 
これまで40年以上に渡る研究生活を通して、いくつかの発想、セレンディピティーから大発明とは言わないがパイオニア的に多くの新規技術を開発してきた。幾つかの例をこれまでも雑感リシーズで紹介してきたし、直近では先月号で紹介している。いつも言っているがセレンディイテーを伴い多くの成功体験はあくなき努力と、感動する情熱を持ち、常に観察眼とイメージを豊かにして学生と実験経過を見ながらディスカッションし、彼らに刺激を与え、また与えられる結果である。このことが彼らにも自分自身にも能力が引き出されてきたのであろう。私自身は何事にも感動するほうで、Do and See do not think too muchと言い続けてきたが新しい発想の原点は、常に化学現象を良く観察し、その中から思いもかけないような現象に遭遇したり、想像を豊かにしたり、また、それを見逃さず常にイメージすることが大切であった。ところが、現在の教育ではこのセンスは培われない。教育者を初め父母、学生自身までが偏差値に毒され、大学でいい成績を上げて出世コースに乗らねばと競争心と対抗心にあくせくしているような精神状態からは新しい発想は生まれてこない。
我々の周りでの新規のアイデアについてはこれからも紹介していくが十一月の下旬、下記のような記事が紹介された。その記事の内容をそのままここに掲載するが、それはクリス君がJR東海で研究していた技術がもとになっている。彼が2年前に研究所に来てから、学生と共に研究を続け、本人自身まさかというような大きな進展が、学生によってなされてきている。企業では、研究期間やそれぞれの技術者の役割が決められており、研究に対してもゆとりが無く、近視眼的なアプローチになってきており大学のような自由な環境が与えられていないので新しい発見には繋がりにくい。

透過率と導電性両立透明電極材料を開発

[横浜]関東学院大学の本間英夫名誉教授らは、高い透過率と導電性を両立させた新たな透明電極材料を開発した。無電解のメッキ技術を活用し、銅パターンの幅を0.4マイクロメートル(マイクロは100万分の1)に微細化することに成功。透過率90%、抵抗値0.5オームを達成した。透明電極は主にタッチパネルに使用される。高感度で高精細な大型スクリーンの製品化につながる。樹脂などの絶縁材料や複雑形状の部品に金属を施せる無電解のメッキ技術を応用した。メッキを成長させることでパターンを形成(配線)する。低抵抗性能に優れる銅パターンを微細配線するため、透過率と導電性能が高い。タッチパネルに一般的に使用されているインジウム・スズ酸化物(ITO)電極に比べて抵抗値は200分の1となる。また、希少金属(レアメタル)のインジウムが不要。既存の設備でパターニングできることから、真空装置を用いるITOのスパッタリング加工よりも製造コストを抑えられる。ITO電極は抵抗値が高いため、大画面のディスプレーには適していないとされている。
一方、銀ペーストを使った電極は抵抗を下げられるものの微細化が難しいため、透過率で課題があった。現在、複数の民間企業とコンソーシアムを結成し、タッチパネルや有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)、半導体をプリント基板に接続するための「ガラスインターポーザー」などへの応用を検討中。ディスプレー用のタッチパネルは大画面化、屋内外での高精細画像の再現性の向上など求められている。この記事が日刊工業の一面に紹介されたが、早速、日本の関連企業大手7社、韓国の大手二社、中国の企業一社から問い合わせが殺到した。この技術は、まだまだ開発初期でこれから実用化にあたっては死の谷を越えねばならないが、これまでの表面処理関係の実用化実験で、多くの成功を収めてきているので広い範囲に応用できるので領域によっては実用化にこぎつけるであろう。研究を進めるにあたり、感動やあくなき情熱が大切と、これまで自分の言葉で語ってきたが皆さんはむしろ有名人の言葉に納得するので今回はその一例を紹介する。
脳学者の茂木一郎が、ある雑誌で述べていたがそれを引用すると、一つはライアル・ワトソンという動物行動学者の感動のストーリーである。世界各地へ出かけていって、その自然や文化を見て、美しい文章を表現できるようになった人である。それは、ライアル・ワトソソがまだ若かった頃に、インドネシアのある島に行って、夜、ボートで海に漕ぎ出した。すると、海の底のほうから、小さな明かりが上がってきて、気づいたら、そのボートが光で取り囲まれていた。ホタルイカが発光しながら、集まってきたのである。ボートが揺らぐと、ホタルイカたちの光も揺らぎ、ボートの端をたたくと、その光も同期した。 その感動的な体験が、ワトソンの人生を決定づけたのである。私自身は、富山県出身で滑川あたりの海岸ではシーズンになると同じ経験をする。ワトソンはそのとき、ホタルイカは非常に精巧な眼球を持っていて、この眼球は、中枢神経系では処理しきれないくらいの情報を扱っている。なぜ、イカはこんな精巧な眼球を持っているのか。ワトソンはそこで、イカは自分のためではなく、何かもっと大きなもののために世界を見ているのに違いない、という直観を得る。その体験が、自然科学の『水の惑星』や『風の博物誌』など、一連の仕事につながっていく。ワトソンが「あれはイカだ」とか「生物発光現象で光っている」という風に片付けてしまう人だったら、感動的なメッセージは得られないだろう。こういうものを見たときに、感動し何を感じるかで、その人の人生は決まってくるのではないだろうか。もう一例、茂木さんは例を挙げているが、生命を人工的につくろうという「人工生命」という分野がある。そのパイオニアになった、クリストファー・ラングトンという人の話。
ラングトンがある夜、一人研究室で仕事をしていたら、フッと後ろに誰かがいる気配がして、「何だろう」と思って振り返る。しかし、そこにあったのは、コンピュータのスクリーンに、白と黒がシミュレーション・パターンで点滅するライフゲームだった。普通の人だったら、「なんだ、ライフゲームか……」と思うだけである。しかしラングトンは、「このライフゲームは、確かに生きている!」という、強い直観を得てそれが、人工生命という研究分野を立ち上げる決定的なきっかけとなったという。
脳の中には、ドーパミン、グルタミン酸、ギャバ、ベータエンドルフン、セロトニンなど百種類以上の神経伝達物質がある。これらの神経伝達物質がわれわれの脳の中で、一千億の神経細胞の間を、走り回っているような状態なのだという。その神経伝達物質は、脳が自分で分泌する化学物質であり、外から入ってくるものではない。したがって、どういう化学物質が、どういうタイミングで分泌されるかは、体験している現象に対して、われわれがどれくらい脳を共鳴させているかによって、変わってくるという。感動して、心の底で、何かが動く、そういうときに冷めた反応をする人は発想しないし、何事にも積極的ではない。茂木さんはいろいろな人を観察してきているが、冷めた人は、自分の中に何か弱いものがあるか、あるいは、何か自分を守ろうとしている人が多いという。
強い人ほど表面は柔らかく、揺れ動くことができる。そして、そういう人のほうが新しい発想をし、素晴らしい発見や発明につながってくるのであろうと述べている。
なぜなら、それだけ、自分を変えるきっかけがあるからである。芯が弱い人は、表面を取り繕い、それを守ろうとしてしまう。せっかく変わることができるチャンスがあるのに、それを逃してしまう。実にもったいないことだ。
変わるためにどうしても必要なことは、自分の心を開くこと、そしてなるべく恐れず、その状況の中に飛び込むことであると結んでいる。
この内容は(PHP文庫『脳が変わる生き方』に述べられていたものを少しだけ自分流に書き換え紹介した)