材料表面工学研究所 顧問
佐藤祐一
先月の雑感シリーズで「踏まれて伸びる麦」と題して小保方さんを称賛する文章を書かせていただいた。ところが、ご存知のようにネイチャー誌の論文に多くの疑義があり、まだ決着がついていないものの(3月17日現在),小保方さんの所属先の理化学研究所では論文の撤回を検討しているという。
その疑義の内容は新聞等に詳しく報道されているので、ここでは繰り返さないが、非常に残念である。不正すなわち、データの捏造だけはなかったと信じたい。そもそも今回の騒ぎの発端は、彼女の博士論文作製過程にあったと考えざるを得ない。新聞報道によれば、108頁ある博士論文のうち、約20頁分はNIH(米国立保健研究所)が幹細胞の基礎知識を一般向けにネット上に掲載している文章と酷似しているという。
また、論文の3章には引用箇所の印がないのに38件分の著者名、題名、雑誌名、ページが列挙されており、かつ、それは10年に台湾の病院の研究者らが医学誌で発表した論文の文献リスト53件のうち、38件とほぼ一致したという。コピー・アンド・ペーストの可能性がある。学位論文審査員が数名いるはずであるが、彼らはこの学位論文を読んでいなかったのだろうか。
もし、読んでいれば,専門家なら20頁分の文章の内容はどこかで読んだ内容によく似ていると気づくはずであるし、引用箇所が示されていないのにリストアップされている文献の方は、読めばすぐ気付くはずである。超一流企業が重大な欠陥のある製品を出荷したことに相当しよう。彼女は学部時代の卒論、修士時代の修士論文作製時、あるいは研究過程でどんな指導を受けてきたのであろうか。
一連の報道から類推すると、彼女にはコピー・アンド・ペーストが悪であるという意識が希薄であるように思われる。残るところは、データの捏造があったか否か、なかったとしても第三者によるSTAP細胞の再現がどうしても必要である。このような実験は非常に高度の技術を要するようで、どこで読んだか忘れたが、iPS細胞でも成功率は20%位という。彼女だけが実現可能な神のような手を持っているのだろうか。
話は変わるが私のお世話になった神奈川大学では、毎年、全国科学・理科論文大賞コンクールを行っている。私は昨年から最終審査を務める6人の審査員の一人になった。第12回を迎えた今年度は全国から約60編の論文が集まり、さる3月16日その表彰式があった。席上審査員の講評が行われるのが常であるが、数人の審査員から論文の書き方等について細かい注意があった。
高校生もさることながら、同席されている指導教員にぜひ指導してほしい内容であった。たとえば、論文内容にかかわり、その研究の開始時点までにどこまで事実が判明していたか、それらの引用文献の明記、実験手法その他での引用があればその明記も無論であることなど強調された。私は昨年、初めて委員として審査委員会に臨んだとき、論文の二重投稿は認めるべきではないと強く主張した。大いにもめたが、結局、投稿票に直近の別の機関への投稿と入賞歴の有無等を記入してもらい、入賞歴があれば審査時に審査員が考慮するという無難なところに落ち着いた。入賞論文と審査員の講評などは日刊工業新聞社から「未来の科学者との対話」と題して5月末刊行される。
なお、先月号の内容と関連し、私のブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/ysatou_kanagawa)
2月分にまだこんな大騒ぎなる前に「追試験の重要性」と題する文章を載せた。ご参照いただければ幸いである。
以上、佐藤先生には本号で述べられたように、センセーションを巻き起こしたSTAP細胞の研究には、いろいろ疑義が噴出してきている。バイオ関係の研究は国家的プロジェクトの下、先進諸国では熾烈な競争が続いている。今回の事件は、功を急ぐあまりデータのねつ造、コピーアンドペースト、博士論文の審査におけるチェックの杜撰さ、共同研究者の無責任さなど複合的なもので、研究者のモラルの欠落にまで発展し残念である。
このような事件が起きたとしても、今後バイオをはじめとした次世代の成長産業として、医療機器分野に注力していかねばならない。世界的にみると、人口の増加や高齢化、新興国の経済発展に伴い、市場規模は4000億ドルを超えてきており、さらに今後は医療施設整備、機器の高度化などにより、大きな市場になる。表面処理のわれわれの領域がこれらの機器への要素技術として重要になってきている。
昨年の雑感シリーズで少し紹介させていただいたようにカリフォルニア州立大学アーバイン校と3年前から共同研究を行ってきており成果が出つつある。
すでに、日本では、国際競争力の高い領域としては医用内視鏡の多くは国産品であるが、人口心臓弁や心臓ペースメーカーなどは、ほとんどが輸入品に頼っており、人工関節、人工骨についても輸入品がほとんどのようであり、市場規模の大きい治療系医療機器も輸入比率が高い。
このように医療機器は輸入が多く、さらに円安と相まって大きな貿易赤字となっており、国際競争力は低い。
米国の競争力
世界の医療機器メーカーの売上高ランキング上位の中で、日本企業はテルモ、オリンパスメディカルシステムズ、東芝メディカルシステムズなどで、3社を合計しても世界市場のシェアは数パーセントであるという。米国企業は、首位のジョンソン・エンド・ジョンソンをはじめとして合計の売上高は世界市場規模の5割を超えている。このように米国企業は、医療機器分野では競争力が高い。また、米国の医療機器企業の特徴として、ベンチャー企業など従業員数9人以下の企業が過半数を占めており、特許保有件数も従業員数50人未満の企業が保有する割合が4分の1を超えている。一方、日本では、ベンチャー企業が育ちにくく、従業員数10人以下のベンチャーは10%未満である。米国ではベンチャー企業が開発の拠点としての役割を担っており競争力を支えている。日本でもベンチャーが育つ環境を整備していかねばならない。