雑感シリーズ

理科の授業はどのようにすればいいのか

2019.05.10更新
関東学院大学 教授
材料・表面工学研究所 副所長

こうざい ひろあき
香西   博明

 高校理科を考えるにあたって見過ごしてならないのは、高校生の7割程度が文系志望であるという事実である。話を高分子に限れば、文系の高校生は高校では高分子を学ばない。そうすると、小学校で環境学習(総合学習)のときに、プラスチックのことを調べて、「高分子は大きな分子」という高分子の本質を理解せずに、高分子とは燃やすとダイオキシンの出るものということだけを覚えた子供は、そのまま成人してしまうことになる。高分子科学の成果がこれだけ人々の幸せに役立っている世の中で、高分子を環境の敵と考える人たちを増やさないための工夫がいる。小学校の先生の8割近くは文系である。ところが、小学生の抱く疑問や興味の対象は自然科学に関するものが多い。これでは折角の子供の好奇心を萎ませてしまいかねない。教育大学における小学校教員の養成の仕方を根本的に考え直す必要があろう。それは小学生時代の自然現象への強い好奇心を、自然以外も対象にして、いつまでももち続けられる土台をつくって欲しいと思うからである。
学校では事象や物についての知識を教えるだけでなく、それが出現するまでのプロセスと社会とのかかわりを子供によく学ばせることが大切である。先人の生活の工夫をその過程を想像しつつ学ぶことは、単なる知識とその応用力の学習のみならず、物事の根本を考える力を身につけることになる。また、プロセスを学ぶことは、それによって物をつくった人への感謝の気持ちと「もったいない」の心の養成にも役立つだろう。「有難う」の心なしには教育は成り立たないのではないだろうか。理科教育の大切なことは、知識とその応用の仕方を詰め込むことではなく、物事の根本を考える想像力を養わせ、それを創造力につないでいくことである。

1、高等学校の化学教育(高分子教育)の現状を眺めてみよう
 昨今の高分子材料研究の発展は目覚ましく、その成果はわれわれの日常生活の衣食住や医療の現場などで幅広く利用されている。しかし、高分子材料研究の先端的分野に高校生の興味、関心が十分にひきつけられているとは必ずしも言いがたい。学習指導要領における高分子の扱いは、教科書・化学基礎では、序章化学と人間生活の①人間生活の中の化学の項目内に、教科書・化学においては第5章高分子化合物の第1節合成高分子化合物、第2節天然高分子化合物、第3節高分子化合物と人間生活に大別されている((株)第一学習社より)。高分子化合物は、日常生活の中で、とくに物質として意識されることなしに、便利なモノとして利用され、廃棄されてきた。石油埋蔵量の限界が指摘され、省資源や資源リサイクルが話題となっている。材料として人類が手にしたから日の浅い高分子についての知識が市民に行き渡っていないのは、歴史が新しいだけではなく、高分子化合物の成り立つについて高校までの学校教育の中で取り上げるには、内容が難解過ぎるためである。しかし、高分子といえども、その結合の種類は普通に低分子と同じであることを、構成単位を単離して確認する生徒実験で理解させることができることだろう。構成単位が何千何万も連なると、まったく新しい性質を示すようになることを学習させることにより、リサイクルの中でも原料に分解して再利用するケミカルリサイクルが、従来の製品リサイクルとは違った高品質の高分子を再生できるリサイクルであることを容易に納得させることができる。ところが、生徒の受験が不利にならぬよう、生徒実験(実験項目数5以上)を展開することができるどころか、授業時数不足で困っているのが現状である。

2、現場での授業に期待すること

 今や生活のあらゆる分野に材料として利用されるようになった高分子である。合成高分子の歴史は、自然を調べてまねるところから始まった。絹の成分フィブロインの構造をまねて、カロザースが1935年に、アジピン酸とヘキサメチレンジアミンからナイロン6,6の合成に成功したこと。同じカローザスが天然の生ゴムの構造をまねて1931年に合成ゴムのクロロプレンをつくったことなど、分子構造に着目しながら歴史的な発明を紹介し、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸ジクロリドからナイロン6,6をつくる生徒実験を行うべきである。高分子の研究によって新しい素材が生まれ、科学の進歩を生み出している。身のまわりにあふれる高分子がまさに生活を変えている。次世代を担う高校生に、高分子をはじめとするさまざまな物質をミクロな分子の視点でとらえてマクロな物質の性質と結びつけて欲しいと願っている。先端的な分野に高校生の興味、関心をひきつけて欲しい。生徒に、現在の、多くの高分子の機能の応用例を、実物を用いて具体的に示す機会があれば、その便利な機能を化学的に探求しようとする姿勢や、その機能を理解するための化学的概念等を学びたいという欲求への契機となることだろう。実際に生活に役立つ高分子の機能を目の当たりにすることは興味深い。自然そのものを探求する能力や態度を得てしてより具体的なものから啓発されやすいともいえる。
近年の「グリーンケミストリー」といった言葉に代表されるように、環境問題への意識が高まるなか、高校教科書や図説資料などにおいても、「生分解性プラスチック」が単元として取り上げられてきている。授業を進めていく中で生徒は、「生分解性プラスチックとはどういった物質なのか」「最近よく耳にするが通常のプラスチックとは何が異なるのか」などと非常に大きな興味・関心を示している。そこで、新素材を通して化学に対する動機づけを行い、環境問題への意識向上を図ることも大切であり、代表的な生分解性プラスチックであるポリ乳酸の教材化について研究を行うことも必要ではないか。今後も、生徒が興味・関心をもつような新素材を取り入れた実験の教材化について研究を重ねながら、さまざまな進路希望をもった生徒にも対応できる取り組みを目指して努力してほしい。また、生徒・児童の化学教育への援助を我々が所属する大学、もちろん企業、各種学会と連携しながら行えれば効果的であると考えている。
理科教育の重視が、科学の知識と探究の方法を学ぶことに加え、すべての生徒を対象として科学的素養を培うものとなることを望みたい。