雑感シリーズ

「三方よし」の経営とエンジニアの教育

2020.2.1更新
関東学院大学 材料・表面工学研究所
講師 梅田泰

まえがき
私の父は半導体の部材メーカーの経営を行っていた為、小さいころから将来のためにと思っていたかどうか分からないが、製品作りに必要だと言って、食卓の上に載っている品物の表面積を計算させ、その品物に3ミクロン金めっきをつけるとどれくらいの金が付着するかという計算を食事の前によくやらされた。
「こんなの学校でやらない」と言うと、大人になったときに金の付着量を間違えて見積りすると取り返しがつかないので今の内から練習しなければいけないと言われ、その回答が出るまでご飯を食べさせてくれなかった。
また、家族は父と母、姉と私の4人家族で大福が1個しかないときに、誰か一人が食べてしまうのではなくて、4人均等に分けなければいけないと、糸を使ってきれいに4等分して食べたことがあった。これは弱いものでも、均等に分けてもらわなければいけないのだと言われた。その際に言われる言葉は「物言わぬものをないがしろにしてはいけない」。声を上げられない人へも配慮しろと言うこと、また、次によく言われたのが自分だけが良いということだけではだめで、関わっている人すべてが良くなることでなければだめであり、それが近江商人の「三方よし」の考え方で、それを実行すると会社が大きくなると言い、近江兄弟社のメンタームを例に挙げて説明をしていた。
小さい頃はこんなこと言われても何の役に立つのかと思っていたが、自分が社会で働きだすと、理不尽な経験をするたびにこの言葉を思い出したものだ。
今ではこの言葉を噛み締めるような歳になり、当時教育されたことに感謝している。
ところで日本では財界から給与体系において能力給の要望が出てきているが、日本ではその方法が定着してこなかった。学校では人と戦いを挑むことが良いことであるような教育は受けていない。今回の雑感で「三方よし」についての簡単な説明と材料・表面工学研究所が皆さんをサポートできる点について紹介したい。

三方よしとは
今、「三方よし」の経営を見直そうという考え方が多く聞かれる。
「三方良し」の理念は鎌倉時代から江戸時代に活躍した滋賀県の近江出身の商人から生まれた理念で、一介の商人から一代で巨万の富を築き、且つ人格者生んだと言われている。
渋沢栄一が一万円札の肖像になるが、日本の主要企業の礎を築いたと言われ、その経営の手法の中に近江商人の「三方よし」の理念があるとも言われている。
また、経営の神様と言われるドラッカーにおいても、近江商人とは言っていないが、渋沢栄一の客の満足を優先する理念を参考にしていると言われている。
「三方よし」とは商売で売り手良し、買い手良し、世間良し、商品を売った人も、買った人も良く、また、その商品を売ったことで他人に迷惑が掛からない、全てに良い商売をしようという考え方である。
日本には創業から百年以上続く企業が26,000社以上あり、ドイツの数千社をはるかに超えていると言われている。現在は欧米系の経営スタイルが主流なので、企業は企業後一年で60%が潰れ、10年後にはわずか6%の企業しか残れないと言われている。
今は我慢すべき時であるとか、この商品は必ず売れるので、どんなことをしても食いつないで成功させようという経営スタイルにならないために、このように状況になってしまうようである。
「三方よし」の経営理念で操業している企業の中には従業員を大切にすることで伸びた企業があると言われている。
現在の伊藤忠商事が江戸時代の創業時には、従業員は一汁一菜の食事を朝と晩だけ食べる生活であったようで、力を出せるような食事でなかったため、従業員に魚などの栄養のあるものを与え、さらに仕事が出来る人間には分け前を与えることでさらに一生懸命働く意欲を与えることで商売が栄えたと言われている。

商売の目的は何か
商売の目的はなんであるかと聞かれると多くは利益を出すこと、と一番に言う人が多いのではないだろうか。
「三方よし」の商売ではお客様の満足が目的であったと言われる。
ドラッカーの考え方も、まずは企業の最大の目的は顧客の創造であると言っている。まさしく、お客様が満足しなければ全てが始まらないということである。お客様が満足してくれなければ永続的に購入してくれることはあり得ない。
では、利益はいつ出てくるのかというと、利益を出すことは元々当たり前のことで、マイナスが続く商売など資金が途絶えてしまうためありえないと言っている。利益を出すためには血のにじむような努力が必要となるであろう。
欧米系の経営では、今この商品を売れば儲かるから何とかして売り切ろうという商売であり、先ず初めに先様の満足を考えるということが無いために、永続的な商売になっていないことが多いようだ。

三方よしの主人公はだれか
近江商人の商売はご当地で安い価格で仕入れられる良い品物へ付加価値をつけて販売し、売った先で安く仕入れられる価値あるものを、他の地に付加価値をつけて販売することで日本全国に販売網を設け、そのノウハウを蓄積していったという。
全国に散らばった商売を一人の商人で賄うことが出来ないため、当然それら仕事を任せられる手代の人間が正直な商売を続けることでさらに商売が大きくなっていったと言われる。
手代さんたちがいなければ商売を大きくすることは出来なかったわけであり、本来主役だったわけである。手代さんたちはなぜ一生懸命働いたのだろうか。
奉公のころから大事にされ、先輩たちから良い教育を受けることで生涯を捧げてここで働けるという安心感から、自分の持てる才能を発揮したからであると言われ、その人間が一生懸命働くといった良い関係があったと言われる。
現代の主従関係はどうなってきただろうか。正社員はあまりとらずに生産要員は受注に合わせて調整するために契約社員、あるいは派遣社員にしておこうという流れがいまだに止まっていないように感じる。他社が新しいことを始めると、遅れをとると右へ習えと真似をする。
しかし、本来からすると事業の方向性は現場で生産をする人間が製品に最も近い存在であり、生産品の状況を把握できるエンジニア達も加えて考えるべきなのに、エンジニアを自動機の一部として使ってしまうことで、本来であれば見逃していけない変化を見過ごし、歩留まり低下を引き起こしてはいないだろうか。「三方よし」の話からから急に現場の作業者の話に置き換わってしまったが、まさしくこれらが「三方よし」の商売が出来なくなる根源を作っているような気がしてならない。
管理者は出来上がった商品の歩留まりを見て、この頃品質が悪いと訴え、現場は納入された素材が不安定であると、先送りの言い訳をぐるぐる回している企業が多くなっているような気がする。目先の利益を追求するあまりに10年、20年先を見通せるような従業員の教育が出来なくなっている。新製品において開発から製品の品質が安定するために最低5年は掛かる。そんなに掛かっていてはだめだと思うかもしれないが意外と掛かるものである。
素材がらみ、工程管理の方法、不具合発生の兆候を事前に発見し、不良とならないための技術の確立など、現場のエンジニアが主役となるべきことが多いのだ。
しかし、契約社員や派遣社員では現場の細かい不具合を調整するための能力は備わっていない。5年先の歩留まり改善なども全く想像すらできない。

主人公たちへの教育が「三方よし」の経営の根源となる
「三方よし」の経営には永続的な商売をするために客先との信頼関係が重要である。
製品の出来栄えが把握できない作業者が作った製品を買った人はその商品を信用することができるのだろうか。また、正社員でない従業員は真剣にその商品をよくするための研究や品質向上のために休みの日でも勉強し、改善をしようとすることが出来るのか。
どう考えても出来ないと思うのが普通であろう。
人を雇うということは大変コストが掛かることで出来れば安く雇いたいという気持ちは
分かるが、そのようなことで顧客が満足する製品を作ることが出来るのだろうか。製品を熟知したエンジニアが作る製品と、仕事をこなすだけの作業者が製造した商品には大きな違いが長年の中で出てくるはずである。
これらは段々に忍び寄る違いなので、気が付いた時に手が付けられない状態にならないよう注意しなければならない。
客先との信頼関係を築くために重要なエンジニアたちは、今どのような教育あるいは自己研鑽を積んでいるのだろうか。技能試験を受けさせて合格したら一人前のレッテルを張っているだけなどと言う企業が多いのではないだろうか。
我々の業界は表面処理であるから、今使用している素材の性状はどんなものであるのか、どのように製造され、どのようなメカニズムで密着力が出るのか、耐食性はどのようすれば得られるか、また、それらを管理するための方法はどのようなものがあるかなど、現場のエンジニアが熟知していなければならない。
開発部があるから現場はそこまで理解していなくても良い、ということをいう方がいるかもしれないが、現場と整合の無い技術ほど恐ろしいものはない。最終的には開発技術だけでなく、企業は量産をしなければいけないから製造内で起きる日々の問題解決が非常に重要である。
現場のエンジニアが開発部署の誤った点があれば指摘できるぐらいでなければ、良い製品は出ないと言って過言ではない。これらがつながることで客先は安心して製品を依頼できるのだ。これが顧客の満足となる。

今こそ現場エンジニアを教育しよう
企業に入って生産要員になってしまうとその日の生産に追われて勉強の機会を与えられることは難しい。しかし、時代は常に未来に向けて新しい技術の導入が求められている。
それについていくことが出来なければ遅れをとることになる。
特に表面処理は下流の仕事であり、客先から言われたままの仕様をこなすことが多いのかもしれないが、得意先に先んじて提案できるようにしたいものである。
将来、車載部品なども電動化に向けて大きく変動していく。
軽量化や事故による被害を減らすための安全性がさらに求められることで、素材なども変化してくる。そんな時に素材の性状やそれらに合わせた表面処理の方法を検討できるエンジニアを育てておく必要がある。
素材は素材メーカーが用意し、前処理、めっき薬品は薬品メーカーが用意するから全体の技術がまとまった時点で始めようと考えている企業があるかもしれないが、新しい技術とはそんなに安易にできるものではないだろう。
今こそ、低環境負荷、IIoT、新素材への対応を考えられるように現場エンジニアの再教育が重要であると思う。
大手企業では能力級の検討が始まり、経団連からもそのような要望が出始めている。それらに対応するためにも今迄のエンジニアにさらなる貢献をさせられるようにしなければいけない。

まとめ
「三方よし」の経営から最後は作業者の教育ということで締めくくったが、客先に技術を提案できることが客先の満足につながり、今迄の様に図面と仕様が降りてくるのを待っているだけでは理想的な経営にならないのではないだろうか。
海外へ進出している企業では、エンジニアが博士号を持っていないと信用が足りないということで、三年に一人ずつ継続的に博士課程に派遣している企業があるが、そのような企業は右肩上がりの成長をしているとともに、従業員が生き生きしている。
顧客満足が第一であるとすれば、企業と社員との信頼関係も同等の重要性がある。
その信頼関係がさらに顧客との深い信頼関係に発展し、日本独自の「三方よし」の経営が永続的になることを望みたい。
材料・表面工学研究所では博士前期、後期課程だけでなく、文部科学省から認定された高度職業人教育プログラムで社会人を対象とした一年間でめっき技術の基礎を学べる教育プログラムを用意している。プログラム終了後、実績があれば飛び級で博士課程に入ることも可能なので活用頂きたい。