過去の雑感シリーズ

1998年

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雑感
関東学院大学 
本間英夫
 
 先日、斉藤先生と久しぶりにお会いした際に、生前から中村先生に、たまには技術以外のタテ書きの文を書くように、何時も言われていたことを思い起し、駄文を投稿させていただくことにした。海外視察報告やセレンディピィティーに関して書いて以来、久しぶりのタテ書きである。そこで、これから毎号とは行かないまでも、なるべく長続きするためにと先ず、表面技術協会の1月号に依頼を受けて書いた巻頭言に手を入れてみた。従って学術誌に掲載したものを大幅に手直しをした形になってしまったので、文が支離滅裂になってしまった。読み難いでしょうが辛抱願います。

 バブル経済の終息を意図した経済政策はことごとく、後手後手で後遺症が癒えるどころか、この数ヶ月はまさに世紀末的様相を呈している。ただし、この文を書いているときと、皆様のお手元に届く迄には、一ヶ月程度のタイムラグがあるので、株価は大きく反転しているかも知れない。金融市場には若干の明るさが見えてきたとも言われている。これを書くためにワープロをにらんでいる一月下旬、日経平均が一万七千円を回復した。為替相場も百二十五円台に急騰している。これは後手にまわったかも知れないが追加経済政策、銀行の貸し渋りの緩和期待等により、外国の機関投資家の日本株買い戻しによるところが大きいと言われている。しかし、あくまでも株価というのは先行指標であり、必ずしも実体経済を反映しているものではないので金融安定化策、景気対策が浸透し、方向感が見えてくるまでは、一進一退になるのか、またはこのまま下値を切り上げて行くのか、または下値を模索する展開になるのかわからない。経済の予測はごく短期には微分量でプロット出来るが、中期的にはなかなか難しい。最近ではファジー理論を取り入れて、予測の精度を上げる研究もなされているようであるが、玄人にも予測できないことが素人にわかるはずがない。長期的展望にたって自己の信ずるものにかけるしかない。中村先生は何時も経済の予測を書いておられたが、ひょっとして原稿の締切間際に、修正を加えられたことが度々あったのではないかと思われる。あまり気にすると前に進まないので、考えのおもむくままに先に展開してみたい。明治開国以来、欧米諸国の技術キャッチアップ、模倣、改良、生産性向上に腐心してきた結果、創造性を発揮する環境の整備が大幅に遅れている。さらにはバブル経済下で、真の技術を磨くことなく、大量消費型の生産の効率追求に重点が置かれ、真の技術の蓄積がなされてきていなかったと思われる(技術のトップから中堅の方、経営者はよくこの事を吟味してみるべきである)。バブルにより技術は荒れたと表現する人がいる。私も同感で、これから、いかに技術ポテンシャルを上げるかが急務である。資源に乏しい我が国は、科学技術で立国していかねばならないことは自明である。しかしながら、日本の技術力に比較して、最近米国の技術力の強さが再認識されてきている。確かに、基礎研究分野では、日本の技術力は劣っている分野が多いと思われる。基礎研究は大学や公的研究機関が得意とする領域のはずであるが、日本の大学のポテンシャルは一部の大学を除いて、余り高いとはいえない。研究を行うには潤沢な研究費は必要であろうが、むしろ研究スタッフの飽くなき情熱に依るところが大きい。又研究成果が、当事者の業績や研究費に反映されるようにならないと、活性化されないであろう。平成八年の七月に、科学技術基本法が閣議決定され、その後、国公立大学と企業の共同研究の障害となっていた規制の緩和、研究公務員の事業規制緩和が計られてきた。しかし、この規制緩和にも関わらず、実行されていないようである。日本の社会においては、ソフトである頭脳を評価する風土が無いため、我々のような大学で研究をやっているものにとっては、この種の国の機関の規制緩和は大歓迎で、早く浸透させてもらいたいものである。実は私学にはこの様な規制は以前から無かったのであるが、国の機関が動き、一般に浸透しない限りは、広く認識されない。また、日本における企業の研究開発は、長期低迷から、高付加価値製品や、ニーズに直結した製品開発に注力せざるを得ないことも、産学官の交流の促進の障害となっているのであろう。更に、日本の科学技術の一つの特徴として、実用的研究偏重、特許取得重視が上げられる。ちなみに、科学技術論文の発表件数と特許の出願件数を各国で比較してみると、日本だけが、ずば抜けて特許件数が多いのに驚くと共に、逆に科学技術論文数は少ない。玉石混淆ならまだしも、石ころだらけではいけないと、最近企業では特許の出願に対して量より質に移行していることは喜ばしい。小生の今までの数少ない経験の中で、論文を書くことによって特許とは異なり、綿密な実験計画、結果の解析、論理的考察、メカニズムの究明などを通して、科学的思考が更に醸成されるとともにアイデアが湯水のごとくどんどん出るようになると確信している。しかも、国際共生、社会性、公正さの視点からも、論文発表の重要性を認識すべきである。日本は、その意味において幾つかの分野を除いて、全般的には科学技術に関しては、まだまだ底が浅いと言わざるを得ない。創造性の豊かな技術者が出やすい、環境作りをすることが急務である。それには、現在の知識偏重型の教育から、知恵を出せるような教育に転換すべきである。又,技術者である前に,人間として高い倫理観を持った人材を輩出するように努めて行かねばならない。米国、西欧では、大学、公的研究機関、民間企業の間で科学技術に関するコンソシアムがいくつも編成され既に活動が始まっている。昨年の春の学会で米国のコンソシアムが円滑に運営されるまでの、苦労話をお聞きする機会があったが、まず、お互いの駆け引き、疑いから始まり、その後、論議が沸騰し、標準化、それから協調へと進んだとのことであった。日本でも,半導体の実装に関するコンソシアムが最近実現したが,この様な動きが活発化することを願っている
 

研究室に入るにあたって
関東学院大学
本間 英夫 
 
 四月は新入社員がそれぞれの企業に入社します。私の研究室でも最後の一年間を研究室で学ぶ、新しい12名の学生が入ってきます。研究室に入るにあたっての心構、注意事項、研究の進め方について、学生に理解を求めています。新入社員教育にも通ずることがあると思いますので御一読願います。

 昨年は諸君の先輩たちの努力によって研究発表、研究論文、国際会議での発表等あわせて30報以上の成果を上げることが出来ました。また、回路実装学会の技術賞、表面技術協会から研究奨励賞を受賞いたしました。日頃の努力がこのように学会から評価されたことは非常に喜ばしいことです。また研究室から初めて博士が誕生いたしました。

さて、諸君はこの4月から本間研究室の一員になるわけですが、30年にわたって培ってきた研究室のルール、カラーについて、以下に述べます。

 生活のリズムが大切です。諸君は大学の三年間、このリズムが大幅に狂っています。早く、研究室のリズムに合わせるようにすること。朝は9時半から1時間程度、英語の輪講会を行います。国際化の中で、益々英語は国際語として重要になってきました。英語の能力を向上させるには、毎日の訓練が大切ですから、挫折せずに最後までやり通すよう。実際の指導は、院生があたります。私が指導しますと、院生の力がつきませんので、数年前からこの方式を採用しています。従って、実験は10時半から開始することになりますので、輪講会の前に実験の段取りをしておくように。いかに効率よく、無駄を省いて、研究に着手するか、要領よくプラニングをすることが大切です。実験の終了は、その実験の進捗状況によりますが、5時または6時頃に終了するように。マスター及びドクターの学生は、時には10時過ぎまで研究室にいます。彼らは既に目的意識がしっかりしていますし、研究を義務感からでなく、楽しく充実感をもって行動しているからです。又彼らは、研究の成果をいち早くまとめ学会で発表したり、学会誌に投稿しますので、その為に遅くまで残っていることが多いわけです。
 6~7年前に薬品による事故が起きています。高濃度の水酸化ナトリウムが、本人のケアレスミスから、目に入れてしまいました。当日は、私はアドバイザーキャンプで新入生と共に一泊で出かけており、ミーティングをしているときに、大学から電話があり、救急車で病院に運ばれたとの第一報が入りました。そのときは、瞬間的に本人は失明間違いなしで、私自身の責任、進退、保証について覚悟を決めました。勿論、学生全てが、強制保険に加入してはいますが、それだけですむものではありません。本人に全面的なミスがあったとしても、当然、私の管理不行き届きは免れません。数十分後に第2報が入り、大事には至らず、本人は研究室に戻ったとのことでした。本人は、幸運にもコンタクトレンズをしていたからでした。私は、毎年新しい卒研生を迎えたときの第一声は、実験を行うときは保護眼鏡を付けるようにと、言ってきました。実験を行うにあたっては、薬品の性質、反応性を理解し、慎重に扱うよう。諸君も徐々に実験になれてくると、そこに事故につながる落とし穴があります。あくまでも慎重に、しかし大胆に実験を進めるようにして下さい。薬品を怖がって扱っていると、危険度が上がってしまいます。実験中の事故に関しては、この他に、硫酸や硝酸による火傷、エーテルなど揮発性の高い有機物質の爆発やそれによる火傷、その他本学または他大学で発生した例が幾つかありますので、いずれこれらの例については話します。
 卒研生、大学院生とも、極力徹夜をすることは禁じています。徹夜で実験すると、研究が進んだと錯覚しますが、翌日に疲労が蓄積し、結果的には効果は上がりませんし、危険度も増大します。研究は、マラソンレースと同じで、焦っては良い結果をもたらしません。
実験には失敗はありません。そこにはその条件での結果が得られているのですから。失敗と思った結果から、思いもかけない新しい発見につながることが度々あります(セレンディピィティ)。諸君は、はじめから、自分の考えに基づいて、研究の方針を立てることは出来ません。アイデアも知識がなければ出るものではありません。はじめは、先輩のまとめた卒業研究や修士論文、博士論文、既に本研究室で外部に公表した論文、または、国内外の論文を参考にして、大学院生の指示に従って、研究を進めることになります。理解が進むにつれて、自分のアイデアをどんどん入れて研究を進めて下さい。それには常に目的意識を高くして、自分の行った実験について、同僚をはじめ先輩と討論したり、論文をよく読む習慣をつける必要があります。昨年までは、報告会を年4回程度のペースで行ってきましたが、本年からは週間報告、月間報告、春夏秋冬の報告をすることにしたいと思っています。
 「下手な考え休みににたり」といいますが、実験の計画を綿密に練ることに時間を割いてばかりいて、いざ実験となると、その計画に振り回され、臨機応変な判断が出来なくなる人がいます。時には愚鈍にさえ思えます。私の信条は、アイデアが出たり、とっさにひらめいたら、先ず実験をやってみる。その時の現象をじっくり観察する。考えてばかりいても前には進みません。
  DO and see ,don't think too much! 
 私を含め大学院の学生や諸君と論議していて、アイデアが浮かんだ時や外部からの依頼で、緊急にやらねばならないことがしばしばあります。極力、率先して手伝うようにして下さい。何にでも興味を持つことによって、知識が増え、発想も豊かになってきます。
 週間及び月間報告を行いますが、私は最近多忙で、毎回これらの報告会に、参加できないことがあると思います。しかし、大学院の学生が音頭をとって、必ず、このペースを守るようにして下さい。はじめは若干、きついかも知れませんが、これは研究を進める上で良い習慣ですので、途中で挫折すること無しに、このペースを守りましょう。又、同僚及び先輩とのディスカッションは、研究室のポテンシアルアップにつながります。そのときは、上下関係を意識しないで、皆平等にフランクに意見を交わすように。
 直接諸君に実験の進捗状況を聞くことがありますが、数分で簡単に答えれるように、これも訓練です。自分のやっていることを、簡潔に要領よく答える訓練になります。ディスカッションを行えるようになるには、先ず知識を深め広げる必要があります。今まで多用してきた学生用語に決別し、テクニカルタームを、文献から、専門書からマスターし、どんどん会話のなかで使っていくように。諸君のこれから行う研究は、これまでの実験と全く異なり、研究室で行われてきた多くの実績成果の上に成り立っています。人によっては、これからの一年の研究で、その成果が学会に発表され、又論文にする場合もあります。しかし、これは既に諸君の先輩達が、基礎を築いてきたから出来るので、一般に、数年から5年くらいの長い期間、地道に実験を積み上げてきたからこそ、そこまで完成できたのです。一年で簡単に成果が出るものではありません。
 常に研究に対する心構えが出来ていますと、私がこれまで講義でよく言ってきた、偶然にあっと思うことに遭遇するチャンスが増えるでしょう。それは当人は自覚していなくても、私や先輩達が実験のなかから見いだしてくれることが多いでしょう。勿論、諸君自らそのようなセンスが出ることを期待しています。
 正直言って、一年間では、研究の成果をまとめるのは至難の技でしょう。この一年間は研究の心を知ることだと、気楽な気持ちで着手しましょう。殆どの諸君は、将来研究職というよりも、もう少し広くとらえて、技術職に就くことになると思います。一年間の研究生活を通じて、工学的なものの考え方を知ることになります。営業職についてもこの考え方が必要です。
 実験ノートは必ずとるように!!! まとめは可能な限り一週間に一度はパソコンで整理しておくこと。これからは、毎月中間報告会を行います。又、他大学との研究交流会や、企業の技術者に集まってもらって、報告会もします。毎回まとめておくと、最後の卒論の作製が容易になります。
 研究室に、多くの企業の方々が見学にこられます。明るく挨拶をするように。他の研究室の先生方に対しても挨拶を忘れないように。
 企業及び公的研究機関との共同研究や委託研究を、幾つか行っており、そのテーマを諸君が担当します。なるべく均等にやってもらうように、配慮していますが、内容が基本的なものなら、応用的なものまであります。若干、人によっては負荷が異なると思います。いずれにしても、打ち合わせのときに、私の部屋にきて説明をしてもらいます。これは諸君にとっては、極めて良い訓練になります。できる限り実験の内容を理解し、簡潔に説明できるようにして下さい。はじめは緊張しますが、一年間、経験を積むことによって見違えるように表現力が豊かになります。とにかく、卒研を通じて、何でも興味を持つように。私や先輩たちが忙しく、諸君にいろいろ手伝いをしてもらうことがありますが、手伝うことによって、いろんなことが解り、一年間で大変な量の知識が蓄積されることになります。
 パソコンは一人に一台、使用できるようにしています。なるべく速く慣れるように。タッチキーを覚えると、後々スピードが速くなります。一週間程度訓練するとキーボードを見なくても打てるようになります。自己流はやめた方がいいと思います。
 研究室内での喫煙は、禁止にしています。既にアメリカでは、たばこ産業界が、たばこの発ガン性を認め、売上利益の20%をガンの治療費に充てることを了承しています。喫煙している人は、なるべくこの悪い習慣をやめるように努力して下さい。体には何も良いことがありません。唯一アルツハイマーに効果があるそうです。アメリカでは、喫煙者は自己をコントロールできない人であると評価が低くなるようになっています。
 また、食事の後の糖分の多い飲み物は摂らない方が良いと思います。酸性体質になり、全く良いことはありません。食事は栄養価に留意し、規則正しいリズムのある研究生活を送って下さい。遊ぶときは大いに遊んで下さい。明日の活力が出るような遊びをやって下さい。遊びは再生産です(recreation)。ただし、娯楽産業に遊ばれないように。ほとんどの人は遊ばれています。ずるずる怠惰な日々を送らないように、充実した毎日を送るよう。
 私はかなりきつく、生活面や道徳面について注意をしますが、社会に出たら、あまり同僚や上司から、仕事以外では注意をしてもらえません。はじめは諸君の気分を害することになると思いますが、教員と学生、いや本学の先輩と後輩の関係だから、きついことも本音で、ずばずば言えるのです。素直に受け取って下さい。私は、愛情と情熱を持って、諸君の指導にあたるつもりです。あまりにも単刀直入に諸君に言いますので、誤解されやすいのですが、そんな時、不満がある時、思い切って私に直接話して下さい。
 就職活動は、自分で積極的に動いてもいいですが、今までの経験から、あまり成果が出ないと思います。自信のある人は、自分でどんどん挑戦することも大切です。私がしばらくして諸君の希望を聞きます。就職協定が廃止されたことは、諸君にとっても、企業にとっても、我々にとっても、良い策ではなかったのではないだろうかと思います。なぜならば、諸君の適正、能力、分野など、判断できるのは10月くらいでしょう。現実はかなり早い時期に決めねばならないので、諸君の希望を4月から5月にかけて聞きます。また、大学院でさらに、もう少し自分のスキルを磨きたいと思っている人は、先輩の意見も参考にして、5月中に、ある程度決めるようにして下さい。
 

大学の研究環境
関東学院大学
本間 英夫
 
 最近、学会等で技術関連の方々と話す機会が多いのですが、日本の科学技術は荒れてきたと危惧する人が増えてきたように感じます。又、きたる二十一世紀に向かって、日本の開発能力の低下に危機感を持っている人も多くいます。何故だろうと、少し解析してみることにしました。それは元来殆どの技術は、西欧諸国から導入されたもの、借り物の技術であり、生産性の効率追求にばかり目を向けた結果といえるでしょう。確かに、日本は西欧の科学技術をキャッチアップし、物づくりでは世界のトップに躍り出てきました。しかし、基礎的な技術の積み上げは、西欧諸国に比してお粗末である事は、アメリカやヨーロッパに出かけ、教授や技術関連の方々と討論したり、研究所を訪問したときに、ひしひしと感じます。日本においては、研究投資はどちらかというと応用研究、実用に近い研究に注力されてきました。分野によっては最早、西欧諸国に見習う、模倣する、二番手としてリスクを回避しながら効率よく物づくりをする環境ではありません。自ら先頭を切って行かねばならなくなってきました。これからは思い切った研究投資が必要であるとして、国も科学技術の振興策の一環で科学技術基本法案の成立、実行に移すための具体的な提案がなされてきています。昨年大学の研究機関等に対する助成策として、数値は忘れましたが数百億円の予算を計上し、私の知り合いにも、その助成にあずかった教授がいます。ところが、実績を上げている大学は一部に限られていること、又、使途が限定されており、高価な道具は購入できても、維持費、運転資金は自前で調達しなければならず、結局は有効に使われないことが多いようです。私も一昨年から少額ですが助成金の申請が通り、ある研究をやってきました。しかし、申請書作製、中間報告、会計報告、最終報告書作成など極めて煩雑で、助手や技術員のいない我々のような弱小大学では、全て自分と学生で処理しなければならず、かなり大変でした。昨夜遅く(三月二十日)九十八年度の予算が衆議院で可決されました。教育関連として学術研究に一兆円振り向けるとの事です。これは、将来の経済発展への先行投資と位置づけ、国立大学の設備などに重点配分するとのことです。日本の大学の研究設備は、先進諸国と比べると極めて劣悪です。まずは、入れ物からと言うことでしょうか。

 人材育成
 企業においては勿論、我々大学においても研究には多額の資金が必要ですが、お金だけで開発がすすむわけがありません。先ず、人の養成が大切です。大手の大学とは比べることは出来ませんが、私の研究室にも大、中、小企業の技術者が、かなり頻繁においでになります。多くの方々は、わくわくしていない、考えようとはしていない、研究意欲がない、頭だけで考えて実行していない、発想が豊かでない等、この人はきれると感心する人は少ないように感じます。それは、既に大学や大学院において、研究の面白味を味わっていない、研究が教授や指導者の指示に従ってノルマ的に実験をこなしているだけ、この傾向は、企業に入ってから益々増幅されているように思えます。これは、大学で研究者、技術者を育てている我々を始め、企業の技術関連トップ、中堅管理職の人々は猛省すべきであると思います。根底には、業績や実績中心主義があり、特に大学においては、研究と教育との板挟みになっている人が多いのです。研究手法を教えることの前に高い倫理観を持った、これからの日本を担う若者を育てる意識をもって処して行かねばなりません。

 理工離れ
 若者の理工離れの現象はかなり深刻な状態にあると言われてきました。親の過保護の下で、何でも手に入る環境の中で、目の前の多くの物が科学技術の進歩の結果であるなど、全く自覚していない子供が多いようです。ある小学生の親がデパートでカブトムシを購入し子供に与えたそうです。数日後、カブトムシが動かなくなったので親に「コンビニへ行って電池を買ってくるからお金をちょうだい」と、笑い話ではありません、実話です。これは極端な例でしょうが、都会の小学生は野原での動植物、昆虫などとの、ふれあいの経験がないのでしょう。最近の小中学生のナイフによる殺傷事件などは、「生」に対する実体験の欠如の何者でもありません。冒頭に書いた、技術が荒れているどころか、子供自身の無垢な心が、教育の欠陥によって荒れてくるのではないか心配です。最近やっと偏差値教育の是正が叫ばれ、大学では多様な入試方法を採用するようになってきました。理工離れが叫ばれて久しいのですが、受験体制、偏差値教育からくる初等教育からの実験、実習科目の軽視が理工離れ傾向に、拍車をかけてきたのではないでしょうか。しかし、本年の受験動向を見ると、若干この傾向に変化の兆候が認められます。本年は、どこの私学でも文系の志願者は大幅に低下しました。この原因としては、昨年夏頃から始まった地方銀行の破綻に始まりました。その後、一連の銀行破綻、中堅ゼネコン、準大手の証券会社の会社更生法適用等から、日本の景気の先行きに暗雲が立ち上り、そしてあの十一月末の土曜日、まさかと驚かされた四大証券の一角が、多額の負債を抱え、自主廃業に追い込まれました。この間、経済の先行指標であるダウ平均株価は、一万五千円を割り込み、外国の投資家から完全に見放されたような格好になってきました。我々のような素人にも、連日、不良債権処理、公的資金導入、貸し渋り、優先株、劣後債、破綻処理などわかったようなわからないような用語に曝され、また、リストラ、年功序列型の賃金体系から能力給へ、金融業界の賃金カット等々、当然受験生自身や親も、何か大学時代にスキルを持たねばならなくなったと、直感的に文系からのシフトが起こったのでしょう。私は、教員になった当初から、学生には実力をつけること、何か売り込める物を持つこと、これだけは誰にも負けないぞと自信を付けることを言い続けてきました。特に、弱小私学出身者は、私のひがみもありますが、偏差値に毒された日本の社会では、力がなければ受け入れてもらえません。殆どの学生は、卒業研究を通じて力を付けて、産業界に出ていってくれたと思っております。

 金融ビッグバンに向けて
 三月二十日の朝刊、スポーツ紙に至るまでヤクルト本社が資金の運用に失敗し、一〇〇〇億円にも上る負債を出したとの報道が一面を飾りました。せっかく本業で蓄積してきた利益も、何年間かの資金運用の失敗、しかも大蔵官僚の天下りの人が運用していたと知って、開いた口がふさがりません。多くの製造業の経営者はやっと本業に専念しなければならないと感じてきているようです。私は決して余剰資金の運用が悪いとは思いません。資本主義経済においては巧みにクレバーに資金を有効に運用すべきであると思います。しかしながら、余りにも賭のようになってはリスクが大きく、しかも、ある一人の独断によって、抜き差しならぬ所まで追い込まれていくのはどうかと思いますし、その意味でもリスク管理を、きっちり行える体質に変えて行かねばならないでしょう。それにしても、日本人の特性としての、横並び意識、同質的パターンは、これはどうしようもない特性であり、今後グローバル化、金融ビッグバンの中で、どの様に展開していくのでしょうか?日本では、一般投資家は全く育っていないと思います。又育てようとはしていないと思います。一任勘定、借名口座、利益補填など、誰が折角蓄積した財産を、信用できない証券会社に預けることが出来るでしょうか。だけどよくよく考えてみますと、日本では、貯蓄は美徳なりと現在、個人金融資産一二〇〇兆もあるとのことです。これらの資金は、極めて安い利息に個人が甘んじ、運用を銀行や各種機関投資家にまわされて運用されているわけです。年間一パーセントにも満たない利息に甘んじさせられている状態は、もう長く続かないでしょう。我々も、少し利口にならねばならないと思います。一般の人には、株式投資はギャンブルで近づくものではない、せいぜい投資信託、何とかファンドで運用していることが多いと思います。これは、運用をファンドマネージャに任せて運用してもらっているわけで、リスクは少ないが結局は運用のための資金や手数料などがさっ引かれると、そんなにメリットのあるものとはいえません。エネルギーの変換効率と同じで、なるべく色々人の手を介さないで、直接取引をしたほうがよいはずです。その意味では、株式投資に個人が、もっと参加すべきであると思います。島国でしかも農耕民族である我々は、どうしても同一の行動をとっていれば安心で、思い切ったことはしないのが、特長なのかも知れません。この様な体質の下で、果たして来るべく二十一世紀の金融ビッグバンを、どの様に乗り切っていくのでしょうか。おそらく、この四月から、徐々に外資系の金融機関が個人の資金の運用もターゲットにして、色々な商品を紹介することになるのではと思います。余り踊らされないで、これからは利口に運用することをお勧めいたします。

 トレンディーな話
 サッカーくじ法案が論議されて、衆議院を通過したとのことですが、果たして日本になじむのか、純粋にスポーツを愛している我々にとっては、どうかと思います。フランスでのワールドカップサッカー参加を機に、青少年のサッカー熱が更に上がり、ひ弱になったと言われる青少年の心と体を作るにはボール一つあれば多くの子供が楽しめるスポーツが汚れるような気がしてしょうがありません。観客は純粋に観戦するのでは無く、ギャンブルの対象としてゲームを見ている風景を想像すると、背筋が寒くなります。豊かな国には、どうもそぐわないのではないでしょうか。どうせやるのなら、もう少し知的なところで勝負してもらいたいと思います。と言ったところで、ひんしゅくを買う話になることをあえて、中年以降の我々にとって、タブーとされてきた話題を提供します。もし、この様なことを書くことが許されないのであれば、どうかコメントを頂きたくお願いいたします。株式投資の話に関連しますが、オリンピックが終わってしばらくしてから、学生と雑談をしていた時に、ある学生が「先生、選手村で今度新しく発売されたコンドームを選手に配ったところ、非常にそれが評判が良かったとのことでした。」 「今までのものより薄く、ポリウレタンから製造されているので、ゴムの臭いがないし、熱伝導が良好で、暖かさが直に相手に伝わる、等の特徴を保持しており、直ぐに品切れになったとのことでしたよ」と。そういえば休日にデパートに出かけた時、そのような宣伝がどこかに出ていたような気がしていた。若者の間で人気が出て、今品薄状態で購入できないのだという。学生には、その会社の株は絶対に上がるぞ。君たちがもし、既に働いていて少し貯金があれば、この様なときが絶好のチャンスなのだよと、言って別れた。その日、自宅に帰って、新聞でそのメーカーの株価を見たところ、確か七一〇円くらいであった。前日の新聞を見ると、七四〇円くらい、これは大分既に動きが出てきているのかな、二部の銘柄としては少し出来高も多いし、二〇〇〇株くらい買っておこうと思っていた。買いを入れるときは、電話回線を用いる、いわゆるホームトレード。翌朝、学生の学会の練習を見てやらねばならなかったので、すっかり忘れてしまっていました。動きはそんなに激しくなかったので、次週に買いを入れようとそのつもりでいました。ところが、その次の週始め、確か三月の十七日の朝刊に、一面全部を使ったいわゆる全面広告がなんと日本経済新聞に出ました。曰く「政治、経済、コンドーム。。。。日本は今我慢の時代だ!」 「おかげさまで、全国的に売り切れ続出のため皆様には大変ご迷惑をおかけしています。。。。」 しかも、その広告面の左側の紙面はその銘柄の載っている株式欄。日経新聞は経営にタッチしていたり、ビジネスマン以外、特に若者は殆ど購読していないので、製品を買ってもらう為の広告ではない!かなり戦略的な広告であると思えました。もう、時既に遅し!その日は、朝から値動きが急峻で、九〇〇円近くまで急騰し、その翌日は、確か九〇〇円台の買い気配で終わっていました。この動きは決して個人投資家が動いたのではなく、機関投資家や証券会社が、その広告を契機に買いを入れていることはめいめいです。先回り買いの絶好のチャンスを逃したと、これこそ、初めての短期的予測の的中でした。本日、三月二十一日の新聞によると、年初来高値が一〇九〇円であるので、ひょっとしてすでに、この株は一度動きがあって、七〇〇円くらいに下がった後の動きまで気づかなかったのかも知れませんが、いずれにしてもこんな事でも株価は動くものなんです。
 

就職戦線
関東学院大学
本間 英夫
 
  五、六年位前でしたか就職戦線異状ありと、その年の求人動向について、本誌に書きましたが、内容の一部を思い起こしてみました。確かその時までは、バブル経済の終焉を、迎えようとしていたときでしたが、未だ、売り手市場であったと思います。当時の学生の中には、企業訪問と称して地方を回り、友達の家に宿泊して旅費と宿泊費だけはちゃかり頂き、月に数十万円を稼いだ?のもいました。大学には毎日、企業の人事や先輩の方々が訪れ、学生の売れ行きはよく、余り先生方がケアーしなくても、学生自身で就職を決めている研究室が多かったようにも記憶しています。就職情報誌は、新四年生の自宅や下宿に、段ボール箱いっぱいに送られてきたものです。又、その就職情報誌に、企業が求人広告を一ページ掲載すると一〇〇万円以上要求し、しかも、アルバイトを雇い、電話でアクセスをさせ、応募をしたように見せかけ、さも広告が有効だったかの印象を持たせる詐欺まがいの行為もあったようです。又、大学の就職部には黙っていても、求人倍率は一〇倍以上で、十分に学生が企業を選ぶことが出来ました。その翌年から、事情は一変しました。バブルの後遺症がボディーブローのように、じわじわと効いてきました。求人数はその後、年々減少し大学に訪れる人も減り始めました。それまでは、毎日のように就職担当の先生は、訪問され企業の方との対応に追われていましたが、私が科長になった三年前は訪れる人もめっきり減り、求人倍率も急激に低下しました。八〇人の学生に対して、一時は一五〇〇社以上からの求人がありましたが、昨年は三〇〇社くらいに激減していました。これには、求人のやり方の多様化もありますので、一概に五分の一に減ったとは決めつけられませんが、それにしても大幅に低下したことは事実です。多様化の中で特筆すべき手法として、先ず、インターネット上のホームページで応募するようになってきたことがあげられます。特に、エレクトロニクス関連業界では力を入れたようです。また、バブル絶頂期の時から比較しますと、冊数は減ったようですが、依然として新四年生の自宅に就職情報誌が送られてきているようです。求人数の減少に伴って、売り手市場から買い手市場に変わり、確か三年位前に、小生の部屋の学生が自分で東証一部の会社に応募した時は、未だ就職協定が生きていましたが(解禁十月)、四月から面接が始まり、なんと役員面接に漕ぎ着けるまでに、合計八回もその会社に足を運んだようでした。買い手市場になったからと言って、学生を長期にわたり拘束するのも考え物です。五月の終わりに内定の通知をもらう頃、本人は、この様な試験制度に疑問を持つと共に、東京六大学の学生と互してやっていけるだけの能力が俺にもあるんだと、自信をつけたようでした。本人は、これだけの競争に打ち勝てるのであれば、さらに大学院に進学して、技術的な力をつけたいと、小生の所に進言してきました。先方の企業には、失礼にならないように、本人の気持ちの変化を説明すると共に、この様な試験制度を見直されるのも大切ではないかと、コメント致しました。昨年から就職協定が廃止になりました。それにともない、いわゆる青田買いが更に加速する事になってしまいました。本年についてみますと、三月の終わりの時点で、私どもの科に既に、二〇〇社近く応募があります。これは、企業にとっても、学生にとっても、教員にとっても、全く良いことではありません。三年生の後半から四年生になった直後の学生に、どの様な能力があるのか、企業側はどの様に判断するのでしょうか。面接と筆記試験だけに頼ることになります。面接では、いわゆる、マニュアル回答を見抜く事は人事担当の方々にとっては、簡単かも知れません。かといって、華麗によどみなく質問に答える学生が良いとか、はつらつしている学生が良いとか、はたしてそうでしょうか? 学生の多くは三年生の時までは、同級生と学生特有の言語で会話をしています。また、卒業研究に入っていませんので、学生の技術に対する能力やセンスは未だ磨かれていません。したがって、面接で明るくて積極的、一般常識と簡単な語学力と算数の力を持っている学生が面接官には良い印象を待たれることになります。殆どの大学では、三年生までは、教員と直接にふれ合うことはありません。四年生になって初めて、卒業研究を通じて一年間、殆ど毎日のように教員、大学院の先輩とふれあうことになります。そして、その一年間で見違えるように人間的にも、技術的なスキルの面においても、大きく成長します。この辺りの評価を入れて採用をするようになれば、企業側も人材確保でのリスクを回避できることになります。企業側の競争原理から招いた青田買いをやめ、十月以降に各社が採用をするようになれば、学生は半年以上研究に専念し、自分のスキルがどこにあるか、どの様な職種が適しているか、自分で、ある程度判断できるようになります。その頃になると、教員側も学生の適材適所を判断できるようになります。現状では、七月くらいまでは学生が企業訪問や就職試験で、卒業研究に手がつかず、従って全く能力は向上しません。結局、就職が決まった後の数ヶ月で、あまり価値のない論文を作製して、能力のないまま産業界に出ていくことになります。この様に見てみますと、現状の採用時期及び採用方法を採っている以上は、お互いにいや日本の産業界にとって大きな損失になっているだけです。小生の研究室での学生の成長ぶりを示す例を、幾つか上げてみます。先ず学生が四月に研究室に配属されてきたときは、茶髪、まともな挨拶が出来ない、電話応対が出来ない、文章が書けない、人前で話せない、英語能力に至っては大学入学時からみると大幅低下、等々。それが一年後には殆どの学生が自信を持って卒業していきます。大学の最後の一年間は、マンツーマンで教育研究に入っていますので、若い彼らはスポンジのごとく、いろいろの事柄を急速に吸収し、能力は見違えるようにアップしてきます。例年、三月の卒業ぎりぎりまで私の部屋の学生は、自主的に研究室に来ています。もし、皆様の会社で是非私の所の学生を採用いただけるのであれば、希望は早めに、実際に決めるのは十月以降と言うのではいかがでしょうか。ある大手企業役員の採用に関するコメントを紹介します。「学生の採用に関しては、企業側にもかなり責任はあると思います。特に、文化系の場合は、その人が学校で何を勉強してきたかは全くと言って良いほど関係なく、企業側も度々、そこの大学に入学出来た頭があれば、それで十分で、後は会社に入ってから使い方を考えます。結局、大学のブランド名のみにこだわり、それぞれの学生の能力を評価することなく、採用しているのが現状です。場合によると、理工系でも同じような傾向が見られます。学生側もそう言う事には大変敏感で、有名大学さえ出ていれば、何とかなるという甘い考えで、最低の努力で、いかに楽をして卒業するかばかり考えるようになっているのではないでしょうか。更に、一部学生の間では、就職先にこれ又ブランド名を望むと言う、何ともお寒い現状があるようです。そんなブランド思考の中でも、別格の東京大学出身者が、これ又、ブランド志向の頂点とも言われる大蔵省へ入って、いったい何が出来るのでしょうか。日本の景気が浮上しない理由の一端も、案外この様なところにあるのかもしれません。」

  バブルは土地だった。
 一九九〇年の日本の総資産は三五〇〇兆円であったのが、一九九七年度末で、なんと二五〇〇兆円に減少したとのことです。泡と消えた一〇〇〇兆円の中身は、株が三〇〇兆円、土地が七〇〇兆円と試算されています。バブルの中身は、この様に土地であったことが明らかです。多くの企業が不動産投資、土地の買いあさりによって一挙に土地の価値が急騰しました。私も、今から十数年前に、田舎(地方都市)の土地を売りましたが、その時は未だそれほど値動きはありませんでした。しかし、その数年後から値段がどんどん上がり、自分のせっかちさに、ちょっと反省させられたものでした。その時は、不動産屋が仲介するのではなく、なんと銀行が仲介に入ってきました。おそらく銀行が実績を上げるために、個人の不動産に対してまで入り込んだ、バブルの始まりであったと思います。売買代金はしばらくの間、その銀行に預けて欲しいとのことでしたので、別に緊急に用立てするようなこともなかったので、その要請に従いました。確か半年してから、こちらの銀行に移そうと連絡したところ、ああでもない、こうでもないと、なかなか解約してくれません。彼らは支店間毎に預金額の競争があるのでしょう。そのときから、銀行は今までは、一円もミスがあってもいけないとか、きちっと厳格に処理をするところであると信用しておりましたが、それ以来信用出来なくなりました。そんなに多額な金額ではありませんでしたが、大口の顧客に対しては、以外にいい加減な事を実際はやっているのかなとも思えました。その頃から最近明るみになった証券会社のとばし、借名口座、利益の付け替え等が行われていたのかと疑いたくなります。その後のバブル経済と共に公正さ、倫理観がどんどん失われ、ついには金融業界をはじめとして多くの企業が不動産の投機に走り、担保価値の低い不動産の値段がどんどん指数関数的に上昇し、日本の景気の停滞にともなって、いったいどれ位なのか予測もできない未曾有の不良債権と化したわけです。話は少し土地問題からはずれますが、あの山一証券が三月に全店閉鎖廃業になりましたが、破綻した十一月のその翌週から、一般の投資家に対する証券の返却が始まりました。一ヶ月の間は各支店とも多くの一般投資家、特に中高年の方々が詰めかけている風景が目に付きました。一月の後半には、そろそろ落ち着いたような雰囲気で、取引をしていない方にとっては、一般の投資家に対しての返却がほぼ終了したのかなと思われていたと思います。実は二、三年前から実施された委託保証制度(実質株主)の証券は、名義が本人になっていませんから、片っ端からその証券を取ってくれば良いので、返却はスムーズに進みましたが、本人名義になっているものはそうはいきません。本人名義の件数が一二〇万件以上あり、本人のものを探すのには、大変な時間を費やすことになります。実際本人に返却されたのは、三月に入ってからでした。このことは、余りニュースとしては流されなかったことと思います。金融破綻と共に株価が大幅に下落する中で、独歩高を演じていた国際優良株、特にエレクトロニクス関連の株を持っていた投資家は、実際には売りのタイミングを逸したことになります。前月の会報にも書きましたが、資本主義経済下において、真の投資環境、投資家を育てるようにしてもらいたいものです。何も悪いことをしているわけではありません。銀行だけが低い金利で借り受け、有効に投資しているのは異常です。逆に言うとこの低金利政策を続けざるを得ないほど日本の経済は深刻な状況にあることは殆どの方が認識しているのにもかかわらず、政府は依然として抜本的な対策をとってきませんでした。経済界ではこれをNATOと揶揄した人もいます。(Not action talk only)後手後手で折角経済政策を打ち出しても失望感や折り込み済みとの解釈で短期的には反応しても、市場には反映されませんでした。さて話は本題から大きくずれてしまいましたが、この様に一度高騰した土地の価格が高騰前に戻ってしまいました。殆ど価値のない土地を高額に評価し、それを担保として巨額の資金が動いたわけです。そしてバブルが消えると共に、不良債権化していったのです。最近では潤沢な資金を持った外資系の証券会社が、安く土地や不動産を買いあさっているとのことです。バブルの時に外国の不動産を買いあさった日本の企業が、しっぺ返しにあっているような感じがします。日本の個人金融資産は一二〇〇兆円であると試算されています。今回の色々な問題で、数百兆円にも上る資産価値がバブルと共についえた事になっていますが、当然個人資産は目減りしているわけです。これを直接的にわからないように、繕っているのが、公的資金の投入です。すなわち税金ですから、結局は国民の負担が増加していることになります。金融機関が大きな負債を抱えるに至っているのに個人金融資産が目減りしないわけがありません。結局は預金者である一般の国民は、余り意識は無いと言うよりも、一人一人ではどうすることもできない問題であり、低金利に甘んじ、金融機関は企業に対する貸し渋りを強化せざるを得ず、景気はますます停滞する状況に陥っているわけです。この記事が出る頃には景気の反転を願っていますが、果たしてどうなっているでしょうか。

  トレンディーな話
  四月九日の朝刊に「相模ゴム全品回収」「新型コンドーム回収」「半分の薄さ、強度三倍に穴」等と、全ての新聞の三面記事に出ました。四月号で紹介した株のストップ高が、今度はストップ安です。しかも私の予測ですが、景気停滞の厳しさが増している中では、数日は売り気配で値がつくのはおそらく、次の週の火曜日か水曜日になるでしょう。最近の状況では、プラスの情報にはさほど反応せず、又、反応しても、しばらくして、行って来いの状況です。一方、悪材料には、過敏に反応しています。今回の報道で実際に使用している人たちは不安を感じたと思いますが、大した問題ではないようにも思えますが、すなわちこの種の品質チェックについて、今回の事件ではじめて知ったのですが、三一五個中ピンホールが三個以上あると不合格となるそうです。逆に言えば、三個あっても良いことになります。それが今回は六個あったからと言うことで回収騒ぎになったわけです。一般紙には、この事実を書いているだけでしたが、皮肉なことに、スポーツ紙に、かなり詳しく、避妊及びエイズ予防には問題がないことを衛生研究所のコメントとして、書かれていました。実際的には、粘度や拡散、泳動速度から、医学的にも工学的にも危険性は無いと見て良いと思われます。しかしながら、品質管理やPL法から見て、この会社は、かなりの信用失墜は免れないでしょう。実は、ウレタンの薄膜に関しては、この種の用途以外にも、ピンホールがゼロに出来ず、問題になっていたとのことです。それをピンホールフリーに製造可能であり、しかも、前号で書いたような宣伝文句で若者から中年まで、飛びついたのです。同業他社の最大手メーカーは、ピンホールの問題を解決できず、遅れをとっていたようです。しかし、ここで形勢が逆転する可能性があります。相手の信用が回復するまでは、かなりの時間を要すると思われますし、この機会に相手企業が品質の完全なものを出せば、これまで品薄状態になっていたことからしても、新規需要開拓や、宣伝費も余りかけないでも、(問題を起こした会社では既に五億円の宣伝費をかけていたとのことです。)皆飛びつくのではないでしょうか。 と言うことで中年以降の関心の薄れてしまった方々には、同業他社の株の先回り買いをお勧めいたします。「人の裏道花の山」

  新聞に発表された次の日、その会社からリクルート用の情報がインターネットに出されたので転記します。 最近の当社関連報道で驚いた人も多いと思います。内容を要約しますと"当社が発表したポリウレタン製コンドームの、未出荷分の一部を神奈川県が検査したところ、不適合品が数本発見されました。これを受けてこの商品の将来性を重視した結果、自主判断によりポリウレタン製のコンドームの全量を市場より回収して、発生原因を徹底的に究明すべく、記者会見及び新聞による消費者告知を行った"という内容です。この商品は、当社が世界に先駆けて三四年間に渡って研究開発を進め、本年二月に日本で初めて発売開始した次世代コンドームで、以来爆発的に売れた期待の新商品でした。商品に同封された消費者アンケートでも、圧倒的に好意的な感想が消費者から寄せられるほどで、売り切れ状態にありました。当社は、六四年前に日本のラテックスコンドームのパイオニアとして生まれ、以来世界八〇カ国に一五〇億個以上販売され、その品質管理では、ぬきんでて高い評価を得ており、世界一を自負しておりましたので今回の件については、当惑していますし、大変残念に思っています。このたび回収した商品は速やかに検査をし、又生産管理体制も検証することで、できるだけ早い機会に原因究明をし、万全の体制を構築して再出発したいと社員全員考えています。当社は六四年間、一度も欠損を出したことの無い優良会社で、このプロジェクトについても借入金なしで設備を整えました。従って、貴兄が依然当社に興味を持っているなら自分なりに当社を研究し、当社に将来を託す価値があると判断したら是非当社を受験してみて下さい。時代はこれからますます厳しくなると予測されます、この時代に生き残るには、他社にない何かを持った企業のみです。当社は自分で考え自分で行動する若い社員を待望しています。貴兄が行動的で柔軟な思想を持っているタイプなら当社はまさにぴったりの会社です。メールで再びエントリーして下さい。
 

インターンシップについて
関東学院大学
本間英夫

 
 就職協定が廃止になり、大学生のインターンシップがにわかに注目されてきたと、昨年暮れ各紙が報道している。この制度に関しては、ご存じない方もおられると思うので、少し解説してから、小生の考えを述べることにしたい。
昨年の九月に、文部省、通産省、労働省がこの制度を推進するにあたって、基本的な考えをまとめている。それによると、「学生が自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」と位置づけている。この制度の導入によって、教育の改善充実、学生の学習意欲の喚起、職業選択や将来設計、企業現場での実習を通じて自主性や独創性を育てる事が出来るとの意義を指摘している。企業側も社会への適応能力に優れた人材が育成できる、大学の教育研究に企業のニーズを反映できる、大学との接点が増加することによって企業を理解するチャンスが増えるなどの意義があるとしている。しかながら、インターンシップ制度は、実際のところ新聞各紙が報道しているように実行に移されているのであろうか。この制度が出てきた背景には、大学のカリキュラムの大綱化が大きな駆動力になっている。カリキュラムの大綱化とは、簡単に言えば金融界でのビッグバンと同じで、教育界の規制緩和と考えて頂ければよいと思う。大学の卒業単位は、今までは最低必要単位の他に、各領域毎に必要単位が決められていた。それが大幅に緩和された訳である。従って大学毎に、いや各学部学科毎に、新しい考えに則った科目を設定しても良いことになった。これが契機となって、各大学でインターンシップを採用しようと言う動きであったわけである。我々の学科でも、工場実習を新しい科目として設定した。各大学でのこの種の科目の位置づけは、まだまちまちのようである。ある大手の私学では、積極的にこの制度を推進しようとしているが、文化系ではこの制度は殆ど有効性を発揮できないと思う。流通、金融、商社などでの実習ということになるのだろうか。工科系ではやり方によっては、実効のある科目になると思う。ドイツでは、卒業研究を企業で行ってる学生がいるし、教授も企業の方に出向している。国から教授に対して補助金がでているとも聞く。我々が過去に何度かドイツの会社を訪ねたが、必ず工科系大学の教授がいた。もちろん学生もあるテーマを持って研究をしていた。この様なやり方が日本でも定着すれば、実効のあるものになるであろう。しかしながら、現在のところこの可能性は少ないと思う。二五年以上前の学園紛争の後遺症がやっと解消された現状では、もう少し時間がかかる。産学協同路線粉砕!と(純粋であったのであろうが)学生に迎合する先生が多かった。小生などは、助手の陰険な策動に抗議する!と書き立てられていた。当時は、中村先生と小生だけが教員の中で、大学の事業部(現関東化成)に関係していた。教員の中でも、冷ややかに見ている人もいた。だから逆に私は、誰よりもフェアーに、特に金銭に関わることは殊更きれいにしてきた。本誌をお読みになっている方の中で、私の常識を疑うような行動にちょっと潔癖すぎるのではと思われた人もおられるでしょう。上記以外にも心情として、信念としてそのようにしてきた。いずれにしても、産学の交流を歓迎しない雰囲気がつい最近まであった。いや今も若干はある。ひょっとしたら日本は、産学官の協力関係を密にしないと先進諸国から取り残されてしまう、とする意見が新聞などに取りざたされるようになったので、なりを潜めているのかもしれない。特に本学は、その傾向が強かった。それは、大学内に事業部を持っていてメッキ工場が運営されていたこと、もう一つ木工工場もあった。木工工場があったことを、ご存じの方は余りおられないと思う。三〇年くらい前までは学院の机や椅子などの用具はもちろん、横浜や横須賀の大手のデパートの家具売場の製品も、本学で製造されていた。事業部の従業員の数十パーセントは昼間働き、夜本学で勉学に励んでいた。現在、通産省、文部省、労働省をはじめとして各大学で実行に移すべく論議していインターンシップ制度を、はるかに越えた理想的な人材育成が、事業部という形で既に本学にあったのである。その立て役者が中村先生であり斉藤先生である。私は教員間からの云われ無き冷笑、中傷に甘んじてきた。なるべく学生とは積極的に触れ合うようにしてきた。なにを云われようが自己の信念に沿って教育と研究に邁進してきたつもりである。ひょとして自分の家庭は犠牲にしてきたかもしれません。いずれにしても私は、微力ながらインターンシップが本学で、実効あるものになるよう努力していかねばならないと思っている。ただし、この種の論議は教員間ではまとまらないものである。皆一匹狼、一国一城の主であるとの考えが強く、結局は強力にリーダーシップをとる人がいないとまとまらない。今回は、工学部全体の問題として他大学の動きをにらんで、本学でもこの種の科目を導入しなければならないとの、トップダウン、いわば、強制されて科目を設定したというのが実状である。流れに沿って形だけでもやらねばならないと思っている教員が多い中で、少なくとも表面処理を専攻しようとしている学生にとっては、実りのある科目にしたいと思っておりますので、皆様の協力をお願いいたします。

 トレンディな話

 ワープロなどを使用して、データーをとったり記録をしたり文章を書いている人、注意しましょう。自動的にバックアップする機能にしておくとか、常にバックアップをしていないと、突然コンピュータがフリーズすることがあります。又、何かの事故でフロッピーを無くしたりしないよう、十分気を付けて下さい。この文を書いているときに、フリーズしてしまい再起動で全てのデータが消えてしまいました。現在、夜中の二時で、気を取り直して書いていますが、はじめに書いたものとストーリーが全く違ったものになってしまいました。手書きであれば、こんなことにはならなかったのに、最近は下書きをせずに、初めからパソコン入力していますので、フリーズすると何も残りません。最悪です。がっかり、がっくりしていますので、文章もそのあたりを反映しているのではないかと思い、今日はこれでコンピュータから離れることにして、明日新たな気持ちで、再び駄文を書くことにしました。皆様も注意して下さい。
 ここからが、次の朝。パソコンを使用されている方々は、私が昨夜経験したことなど日常茶飯事で、過去に苦い経験をされた方が多いのではないかと思います。私は、学生がデーターが飛んだとか、フロッピーを無くしたとか、研究室の中でそのようなことが起こると、いつもきつく気を付けるように云ってきました。学生の場合は、数ヶ月かけて記録したものや、研究論文の下書きが無くなってしまうのですから、それと比較すると昨夜のことなど、大したダメージではないと言い聞かせながら・・・本論に入りたいと思います。 四、五月号に肩の凝らない話題提供と云うことで、日経その他の一般紙にも載ったこともあり、あえてタブーとされてきたような話題について、コメントも交えて書いてみたのです。もうこの種の話題は、やめようと思っていましたが、四月の上旬の朝六時からの日経ニュースで、今度はアメリカからの話題でした。なぜマスコミがこんな話題を、立て続けに出すのかとの思いがありますが、どうもアメリカでも日本でも一部には株価のつり上げの情報操作のような気がします。今度の話題は、更にエスカレートして男性の機能回復薬でした。目覚めが悪くまどろんだ状態でニュースを聞いていましたので、メーカーの名前はファイザーという有名な会社ですから、記憶できましたが薬の名前は初めて聞きますので「なんとかグラ、」でよく分かりません。話題提供には、はっきりとした名前があった方がよいので、早速その日の朝、アメリカに工場がある吉野さんにメールで問い合わせてもらうことにしました。次の朝もう返事が入っていました。eーメールはこの様に、便利で現在では用件は電話よりもメールで済ませるようにしています。従いまして、電話の本数も最近では減る傾向にあり、学生とディスカッションする時間が増えましたし、そのほか時間を有効に使うことが出来るようになりました。電話ですと用件のみでは、相手にも失礼なのでどうしても長く話しがちです。そういえば中村先生がお元気な頃は、良くこんなことがありました。電話してくれとの連絡は一日のうち何回となくあり、電話しても多忙な先生でしたので、ほんの十秒か二十秒で自分の用件を言ったら、こちらが何かを云う余裕を与えずに切られてしまうことがしばしばありました。今、先生がお元気であれば、このeーメールが有効に使われていたでしょう。
 さて本論に戻りますが、吉野さんが気を利かせて、そのままアメリカからきた文を転送してくれたのです。しかし、どう見ても吉野さん宛のビジネス上の内容だけで、小生の知りたい情報は入っていません。一番最後に、添付資料がありました。これだなと、その資料を解凍してみました。なんとそこには、薬を服用しなくても即効性の高い写真が現れました。私はすぐに吉野さんに、意図しているのは、本誌に投稿するため、名前だけ知ればよいのでと、再度問い合わせるようお願いしました。次の日、新しいメールが転送されてきました。今度は、文章の初めに????のマークが四,五行書かれていまして、その後の文は、やはりビジネスに関わることだけでした。前回同様、一番下に添付資料がついていましたので、今度こそ私の知りたい情報が入っているだろうと、開けてみました。今度は更に即効性の高い写真でした。吉野さんにはノーモアサンクスと、小生の真意を書いてメールを送りました。吉野さんと、このやりとりをしている直後に、又メールが送られてきました。今度は私の知りたかった情報が書かれていました。と云うことは調査している間のアメリカ人一流のジョークであったわけです。その内容を以下に原文で示します。学生に読ませてみましたが、 prier,suppose to be ,hottest などの単語が分からないようで、完全に理解できたのは、研究室の数名でした。(なお次回あたりに、世はまさに国際化してきておりますので、英語力について調査した結果の記事を書きます)

If you are taking about Viagra manufactured by Pfizer. It's the hottest drug on the market. If you take 1 hour prior to sex your suppose to be hard as a rock. Check out www.pfizer.com for more info or I'll down load it if you can't find it.

 それから一週間後くらいから、各紙の夕刊に前記事項に関連する記事が出ていたことは皆様もごらん頂いていると思います。前回のコンドームの時と同様、各紙によって見出しがまちまちです。性的不全治療薬、爆発的売れ行き、米、悩む男性の多さ示す。(日経)
「飲む男性機能回服薬」大ヒットの兆し、処方箋一週間で三六〇〇〇枚突破、米国 便乗のニセ商法横行騒ぎも(読売)等々・・・  日経だけは、やはり株価のことを書いていました。ファイザーの株価は三月下旬一〇〇ドル前後だったのが、一二〇ドル以上に急騰したとのことでした。それから又、二週間位後に今度は、ガンの治療薬臨床実験で効果を確認との情報が流れ、この場合は、成人の三大疾病克服と云うことで、又生命に関わることですので、このニュースの後の株価の高騰ぶりは既に皆様のご承知の通りです。今までの二つの話題とは、格が違います。今度は株価が4倍にも急騰したのです。少しまじめにこのニュースについてお知らせします。この治療薬を研究したのはフォークマン博士でボストン小児病院の先生です。ガンを兵糧責めにして死滅させてしまうという考えです。小さくて休眠状態にある腫瘍は、新しい血管がその周りに引きつけられると徐々に危険度が増していきます。初めは腫瘍細胞は再生と死滅がバランスしており、あたかも化学平衡状態のようなもので、血液の供給がない限りは、エンドウ豆くらいの大きさ以上にはならないそうです。そのエンドウ豆大の腫瘍の周りにインデューサー(誘因蛋白質)が生ずると新しい血管の成長が刺激され、栄養物と酸素が供給されることになります。腫瘍が成長するにつれて細胞がバラバラになり、新しい血管を通って腫瘍の核が散らばることになります(転移)。そこで、新しい血管が成長している間に腫瘍からインヒビター(抑制剤)を放出して、新しい小さな腫瘍をコントロールする。それと同時に血管の成長や毛細血管を萎縮させる薬剤が働き、ガン化しようとしていた細胞が元の冬眠状態の腫瘍に戻るというメカニズムです。フォークマン博士はこのアイデアを思いついたのは、一九六〇年、二七歳の時だったそうです。その年、徴兵でマリーランドの海軍医学研究所に配属になったそうです。そこで代用血液にについての研究に従事したのです。ある日、彼は代用血液を使用して生かせているウサギの甲状腺にガン細胞を注射してみました。小さな腫瘍が生じましたが、それはペン先より大きくはなりませんでした。これが、血管が無ければ腫瘍は成長しないと確信した始まりでした。その数年後、今度はウサギの眼の中に腫瘍を植え付けてみましたが、角膜から血管が腫瘍に到達するまでは、全く成長しないことを見いだしました。これはあたかも新都市計画で鉄道網や道路網が整備されないうちは、都市が発展しないのと同じです。ひとたび血管が腫瘍に到達すると、十日間くらいで初めの大きさの百倍にもなります。そこでフォークマンは腫瘍から毛細血管を誘起する物質が分泌されているのではないかと考えました。一七七〇年に、彼は医学雑誌にこの考えに基づいて論文を投稿しましたが、いずれの学会誌も彼の考えがあまりにも突飛であり、受け入れられませんでした。一九七四年は彼にとって最悪の年で共同研究者たちが彼の元を去っていきました。遺伝子や蛋白の研究においては五年間で成果が出ないと研究チームが解散になるそうです。そろそろ研究費が底をつく頃にモンサント社から多額の助成金が出ることになりました。彼は一九八一年、当時外科部長の職にありましたが、その職を離れフルタイムの研究者になり自分の信念を貫きました。彼の給料は三分の一になったそうです。変人扱され、親戚の叔母からは、三五才にもなって動物ばかりいじってないで、早く本当の医者になりなさいと云われていたそうです。また彼と共同で研究していた人にも自殺行為だから、彼との研究をやめた方がいいとも云われていたそうです。その共同研究者のイングバーは一九八三年に偶然にインヒビター(抑制剤)を発見しています。血管細胞の培養菌に誤ってイースト菌が入ったのです。ペニシリンの発見と同じで、ガン細胞の抑制剤がこの様にして発見されたのです。いわゆる小生がよく言うところのセレンディピィティでした。今まで長い間医学界から評価されていなかった彼らは、信念に基づいて成功にこぎ着けているのです。従ってテレビを初めとするマスメディアのインタビューには殆ど答えていません。メディアは本人の写真を入手出来ないので、三年くらい前の研究室で考えに耽っている写真を掲載しています。共同で研究をしていたエントレメッド社とロックビル社の株価は、一二ドルから数日で八五ドルになったのは日本の各紙でも伝えています。この研究については、この様にかなり前から研究がされていたにもかかわらず、急に報道されるのはどうも市場全体を意識した株価対策の様な気がします。タイミングがあまりにも良すぎるので、うがった見方をしたくなるのは小生だけでしょうか?アーそれとどうでもいい話ですが、フランスでのワールドカップのために、既に十トンのコンドームがニースに送られているとのことです。(タイムのペリスコープ欄から)

 

サッカー部の部長経験三年目
関東学院大学
本間英夫
 
大学からサッカー部の部長をやるようにいわれてから早三年目に入りました。はじめに当時の学生部部長から是非お願いしますと言われたときは、なぜ私のような素人がやらねばならないのか疑問に思いました。
研究室には一六、七名の学生を抱えて研究教育がおろそかになってはいけないとの思いがありましたが、サッカーは準強化チームでこれからブームになるので大学としても強化していきたいのだと、又熱い奴はいないかと探した結果選んだのだと言われ、その気になってしまいました。
当時の私の部屋の大学院生はこれには反対で、「先生、研究がおろそかになってしまいますよ」と、心配していました。
前部長と話してみると、一週間に一、二回または忙しければ行かなくても良いんだと、又、単に学生と大学とのつなぎ役だからそんなに負担にはなりませんよ、とのことで気楽に承諾することにしました。ただ、私はちゃらんぽらんのところもありますが一度引き受けたからには徹底的にやってみようとの考えもありました。
さて、辞令が下りてから部室にいって見ましたが、なんと我々が三〇年前にクラブ活動で使っていた部室が現在でも使われており、したがってこの三〇年の間で補修工事はあったにしても、たこ部屋のようなものでした。一六畳くらいの部屋の中にはサッカーシューズがあちこちに、泥がべっとり付いたまま散乱しています。又靴の底に泥を付けたままで部室に出入りしているため、床のコンクリートの上が何ミリ、いや何センチもの泥の層で覆われていました。その部室に選手、最上級生が七、八人着替えをしているところでした。私の顔を見ても、挨拶するわけでもなく、どこの親父が来たというような顔と態度をしている。殆どの学生が長髪で、しかも茶髪、耳にはリングが、首にはネックレスが、指にもリングを付けている。キャプテンを探し、今度部長になったからよろしくと、その日はそれでひとまず実験室に戻りました。
これは大変なことになったぞ!先ず彼らの心をつかまねばならない。
私は大学生の時は文化部の観光事業研究部に所属していました。当時、私はこれからのビジネスの一つの柱は観光事業だと思っていたからです。でも、体連系のセンスも大いに持っていたと思います。
当時は応援団の団長以下かなりの団員がキャンパスで見かけると「おーす」と皆、私に向かって声をかけ一礼してくれたものです。
なぜかというと、もう時効ですからちょっとだけ説明しますが、何時も定期試験になると私が教室に入る前に私の席が決まっており、回りは応援団の連中が陣取っていました。私は何時も2B位の濃いめの鉛筆で答案を書いたものです。もう、これ以上、言わなくても、お判りのことと思います。
と言うわけでキャンパス内は肩で風を切って大きな顔で幅を利かせていたものです。センスとしてはあの今では余り見られなくなったバンカラな雰囲気は私にとってぴったりなのです。ところが部室に行ってみると前述のような調子なので、体連も変わったものだとビックリしました。
よーし、先ず、四年生と話し合い、どんなチームを作りたいのか、現在までの戦績はどうなのか、その他、何度か食事をしながら私との信頼関係を作るように努力しました。
練習は毎日殆ど欠かさず、用事がない限り見にゆくようにしました。部員全部で四〇人近くいましたが、なるべく全員の名前を覚える努力をしました。また、年間を通じて幾つかの大会があります。それらの試合は殆ど毎週日曜日たまには土曜日のこともありますが、部長になってからは、土、日無しで、彼らとつきあうことにしました。
学生との間に徐々に信頼関係が芽生え、私の言うことを皆が聞くようになってきました。その頃になってから私は、もう少し部室を綺麗にするよう、泥を全てかき出しシューズを整頓するようマネジャーに促しました。
それまでは練習が終わるとタバコを吸う学生が多かったのですが、心肺機能が低下するからと禁煙にしました。また部室の中の用品があまりないので掃除道具を始め、連絡用の白板やその他を自腹を切って負担することにしました。
強化クラブではないので大学の体育連合会から出る金は僅かで、なんと年間二〇万円だけです。後は全て部員からの部費で運営しているのです。従って、細かい用品は購入できなかったようです。
又、大学の方針とかで、クラブの本拠地を私どもがいる六浦から小田原キャンパスに三から四年計画で移転するとのこと。そうなると小田原にも部員をおかなければならなくなり、それらの選手が本校に練習に来るときは交通費がかなり負担となります。これも私が昨年までは一部を私費でまかなってやることにしました。本年は小田原の部員が増え全て交通費を援助するとなると、それだけでも大変な金額になってしまいます。それに小生が部長を引き受けている間はいいですが、他の方に変わったときにこれは余り良い慣習ではないと判断しました。
いったん部長を引き受けたからには無責任に放り投げることもできないし、引き受けた以上は何かだまされたような気持ちもありましたが、これも結果を出さないと大学からの補助は出ないとのことなので、私の出来る限りのことを徹底してやろうと心に決めたわけです。
信頼関係が出て来るにつれて、私はサッカーのことはわかりませんが、選手は皆かなりのスキルを持っていますので、後は精神的な求心力を付けてやればかなりのところまで持っていけるのではないかと思いました。監督はいたにはいたのですが、アトランタオリンピックの女子チームのコーチに専念されていたので、殆ど指導はしてもらっていませんでした。
それでも神奈川県の一部リーグの中でいつもかなりの成績を上げることが出来ました。しかし、決勝戦ではいつも東海大学と戦いましたが、後半戦で体力を消耗し惜しいところまで行くのですが、敗退していました。
私が部長になって二年目、監督にも少し時間的な余裕が出てきて指導の頻度は上がりましたが、大学からの補助が何もないので監督は自分の将来に対して非常に不安を持っていました。私も何度となく大学に掛け合いましたが余りよい返事はもらえませんでした。そうこうしている内に、監督に外部から声がかかり、残念でしたが監督の給料まで私が払うことが出来ず、この二月で退かれることになりました。
現在は監督不在のまま、選手主導でチーム作りをやり始めました。三月のはじめ頃から、総理大臣杯の県予選が始まり、私が名前だけの監督になって試合の前後に激励したりコメントをしているだけですが、順当に勝ち進み、部長になってから一度も勝てなかった東海大学に、決勝戦で初めて二対〇で勝利を収めることが出来ました。
また六月の初めから神奈川県大会(知事杯)が始まりました。一応、順当とはいえないまでも決勝戦まで勝ち進みました。ディフェンスの主力が怪我で三回戦からでられなかったことも敗因でしたが残念ながら二対一で負けてしまいました。これからは、更に上位のチームと戦い、充実したクラブ生活を送れるよう少しでも彼らのために努力していきたいと思っています。
また、大学院生が心配していた本業の研究が阻害されることはなく、逆にマネージメントは研究もクラブ活動も共通点がたくさんあることが解り逆に自信が出てきました。ちなみに研究のことに関しては三月号に紹介した通りです。
 

参院選での自民党の大敗
関東学院大学
本間 英夫
 
参院選での自民党の大敗、さらには次期総裁を巡って為替相場が荒っぽい展開になりました。市場では小渕さんなら円売り・株売り、梶山さんは円買い・株買い、小泉さんはドラスチックで乱高下のイメージがあるようでした。               
当初は小渕さん有利で展開していたようですが今後の自民党の体質改善に対する真剣な論議により従来の派閥抗争がそのまま反映されるのか感心が高まっていたようでした。いずれにしても程度の差はありますが、だれが総裁に選ばれようと今までの様なリップサービスでは市場が許さないことは、すでに学習されており、誰に決まっても以前より景気や不良債権問題を真剣にとらえると市場は醒めてみていました。
結果は小渕さんに決まりました。マスコミは小渕さんの不人気を煽っていましたが、不良債権処理を始めとして、ドラスティックな改革よりパニック状態になる危険性を避けた今回の選択の方が実際には良かったのかもしれません。
今後本気で問題解決に向かって民間からもブレーンを導入して組閣されるようです。しかし政治の世界は先の予測が全く困難であり、経済情勢にも大きな影響を及ぼします。一方、我々の携わっている技術の世界では、かなり長期にわたって予測可能です。特に、エレクトロニクス領域では来る二一世紀に向かってロードマップの作成が盛んになってきました。そこで今月号と来月号ではめっき技術の将来を展望する一助として、皆様に、ここまでめっきが新しい領域に入り込んでいることを理解していただけるように技術を展望してみました。 

 技術というのは実際にはこんなふうにいっているんだよ、というようなことも含めてお話をしたいと思います。日本は、エレクトロニクスの領域ではリーダーシップをとっていくような立場になったのに、このままでは、並みの国に戻ってしまうという危惧があって、国を挙げて産学官が連携していかねばならない時代になりました。物づくりにおいて、今までは効率優先でゆとりがない感じで来たわけですが、「これじゃ、もう駄目だよ」というふうになってきています。もう少し創造性を持って、物づくりの中でも自分たちが率先してベースをしっかりやっていかねばなりません。オリジナリティーを持って人のやってないこと、しかも非常に奥の深い、技術的にも力のある形でやっていかねばならない思います。本業に集中することが必要で、その中で差別化していくと言うか、力のある所が生き残っていくという体制にしていく必要があります。
 教育というのは企業においても大学においても同じだと思います。1番ベースにあるのは信頼と愛情です。今は失敗したら減点主義というのが多いですが、その人の着眼点がどこにあるかということを見てやって、それを伸ばしていくようにしていかなければならないでしょう。
 それから、その人が本当にとことんまでやっているかどうかを見ないといけない。とことんまでやらせて、キラッと光っているかどうか。目標に向かって、前向きにチャレンジしているかどうかということが大事です。皆さんの会社の中でそういう人材がいますか。いない場合にはいるように仕向けていくのです。若い時に、成功体験を持たせてやるということが大事です。成功したものを上の人があたかも自分がやったかのごとく取っていってしまう。それはいけない。
 めっき技術というのは回路の実装においてはキーテクノロジーです。ビルドアップ工法はめっきがないとできません。この夏からIBMが新しい半導体を出します。それは、今までアルミで回路形成していたのを銅配線に変えたものですが、それを全部、めっきでやっているとのことです。今まで半導体はドライプロセスでやってたので、めっきを知ってる研究者が殆どいません、これからめっきというのは重要になります。

〈めっきについて〉

 めっきというのはどのへんぐらいまでマイクロにできるのか。それから、実際に回路実装のところの話をさせていただきます。
 サブミクロンからミクロンオーダーでめっきが可能かどうか。
電気めっきでもサブミクロンまでできます。皆さんご存じのコンパクト・ディスク、CDは全部めっきでつくっています。情報がイチ・ゼロの信号としてピットで入っているわけで、その情報はだいたいサブミクロンからミクロンのオーダーで入っています。
 それから、コンピュータの中のハードディスクにはヘッドがあって、そこから信号を読み取ります。その信号を読み取る時のヘッドがスパイラルのコイルになっています。今はフラットなフィルムになっていて、このフィルムの所をコイルにするのは、プリント基板の原理を使って、ペタッと張り付けているような形で、ミクロンのオーダーで回路を形成しています。
 それから、フォーカスコイル。皆さんご承知のように、ビデオの自動焦点などは全部フォーカスコイルが用いられています。このフォーカスを調整するためのコイルは、スパイラルになっていて、だいたい五〇ミクロン。既に十年ぐらい前からそういうのをつくるような状況にあったわけです。その当時のプリント基板は、一五〇ミクロンとか二〇〇ミクロンぐらいでしたから、めっき技術は、既にほかの所でもっとファインなことをやっていたことになります。半導体は今、まさに微細なことをやっています。ダマシン法といわれていまして、今一番ファインなものは、〇・一八ミクロンの回路をめっきで作製しょうというものです。
 しかし、光を使って回路を作っている以上、光の波長の問題でそれ以下はちょっといかないだろうと言えます。今、電子線、X線等を使って、量子ドットとか分子レベルでやろうというのはありますが、それは次世代のことで、まだまだ先の話です。
 それに対して、プリント基板メーカーが実際におやりになっているところの基板の一番ファインなものを六〇ミクロンとしても、その一〇〇分の一のオーダーが〇・六ミクロンです。半導体が〇・一八ミクロンまでいっている訳ですから、半導体とそれを担うところのプリント基板のギャップが一〇〇倍以上あるわけです。
ファインになっているものを実装させるためのプリント基板を、どういうふうにファイン化していくのか。今のMCM、マルチ・チップ・モジュール。その中でも、今ビルドアップというのが出てきたのはこのような背景があったからです。
 しかし、ここで話題にしているのはファインなところは、すでに三十何年ぐらい前から研究が進んでいたのです。
二十数年前に「フィリップスという会社でプリント基板をつくる時に光を使ってやってるらしいぞ。一〇〇ミクロン以上をやってたんだけど、なかなかうまくいかないから実際の製造ラインには使うのをやめたらしい。」と驚いた人がいますが、それはすでに文献に出ていましたし、実は当時、私の研究室でそれを遊びでやっていました。その時、「一〇〇ミクロンではなくて、一ミクロンぐらいのパターンつくってやろうか」と考えました。
 その時、大手のメーカに、それができる露光装置を造ってもらいました。今の業界で使っているのは二五三七とか、三八四九オングストロームぐらいの波長のものですが、一八四九オングストロームの波長の光を出す超低圧水銀灯を使いました。その時に使うパターンの大きさがだいたい五センチ角の合成石英で、そのうえに最小線幅が一ミクロンのパターンを作製してもらいました。ただ、光が干渉して、回路が揺らいでいましたが、確かに一ミクロン迄解像しているパターンを作ってもらいました。
 当時、プラスチックスの上のメタライディング、つまりプラスチックの上にめっきすることは、中村先生が世界に先駆けてやりました。(三十二~三十三年前)
 その技術をベースにして、ABSの樹脂の上にパターンを形成しました。このようにかなり前から、我々の研究室でも現在のファイン化につながる技術をやっていたわけです。
 それから、なんと 〇・一ミクロンぐらいの穴の中に金属を無電解めっきで入れるという研究をやっている人が都立大学にいました。それは、アルマイトを使っていました。アルミニウムの陽極酸化膜というのは、ハニカム構造、蜂の巣みたいな形になっていて、陽極酸化は時間を長くすれば、酸化膜がどんどん厚くなっていきます。穴の径が〇・一ミクロンですから、どんどん酸化してやると、何十ミクロンもできるわけです。それで、一番下から、その穴の中に無電解ニッケルめっきを析出させたわけです。幸いなことにはアルミニウムというのは両性金属ですから、アルミはアルカリに、つまり苛性ソーダに溶けます。ところが、ニッケルはアルカリに溶けませんから、成膜されたかどうかを見るために、それをアルカリの中に入れてアルミを溶かしたわけです。
 つまり、無電解でやったら 〇・一ミクロンのものをいくらでも作ることができるということです。ただ、これをやるのに一カ月かけて、ゆっくりゆけらしいです。それは実用化とかの考えではなく、学問的な興味性からこういうことを追求しているからですが、そういう研究も必要なんです。
 だいたい一ミクロンぐらいのドットにめっきをする時に、ある穴の中だけにパラジウムの触媒をつけて、無電解めっきをするときの、めっきをつける前とつけたあとの違い。こういう研究をいろいろなところと情報交換をしながらやってます。
 そうしているうちに、シリコンのウエハーに、コンマ数ミクロンの溝を切って無電解めっきで回路形成をしようということになりました。無電解銅めっきの溶液の中にウエハーをスタックしておいて、下から液を吹き上げるような形でオーバーフローするときに、フィルターを使います。
 これははどういうことかと言いますと、ものすごく微細なところにめっきするわけで、通常のめっき液では、粒子がウワーッと飛び回っていて、ものすごく汚れています。ウエハーにコンマ何ミクロンの回路形成をしますから、フィルターやセンサーを使って溶液濃度のバランスをとって、新しい液をフィードしていくという方法をとります。
光通信用や近接場光学用のファイバーのめっきもやっています(図一)。光が出てくるファイバーの径が二ミクロンぐらいですが、そこを一〇ナノメーターから二〇ナノメーターぐらいにして、そこだけ開口させあとは全部めっきで覆ってしまう。このようなことは、めっきでしかできません。
前述しましたように、半導体産業がずっと伸びてきました。ところが、〇・一八ミクロンに達し、それ以上行くためには、なんらかの技術革新、ブレイク・スルーが必要になってきました。高速回路では今まで通りのアルミ配線ではもう無理だとなって、銅でやろうということになったわけです。銅配線をやることによって、より小さく、より高速に、より安価にということです(図二)。今、盛んに研究されているのが、〇・五ミクロンから、〇・二ミクロンぐらいの所で、そういうところまでいっています。めっきというのは、ドット状のバンプみたいなものも非常に安価にできるわけで、これからもますます重要性が増します。
 

電子回路へのめっきの応用技術
関東学院大学
本間 英夫
 
〈電子回路の要素技術〉
 ビルドアップ工法についての要素技術の話を次にさせていただきます。
皆さんご承知のように、これからはどんどんファイン化して、五〇ミクロンを切るところまでいきます。いわゆるマルチ・チップ・モジュールからチップ・サイズ・パッケージのところまでいくといわれてます。
 これも全部めっきの技術が絡んできますから、めっきもそこまでいく。それは何も怖いことではなく、先報にも述べたように〇・一ミクロンぐらいはめっきでやれます。
 マイクロ接続、異方性導電微粒子、バイアホール、これらをキーワードにして、私の所でいろいろな研究をやっています。今は半導体を実装する時のマイクロバンプ(図1)はだいたい五〇ミクロンぐらいを使っているようですが、私の所は三年前に、もう二〇ミクロンぐらいで、非常にストレートなものをつくっています。

図1.マイクロバンプ

 それから、異方性導電微粒子は、企業でもいろいろやっています。LCD(リキッド・クリスタル・ディスプレー)いわゆるフラットパネル・ディスプレーは、ガラス、ITO膜でできています。そのITO膜の上にはんだのかわりに、異方性導電微粒子としてプラスチックの微粒子にめっきが施されています(図2)。
図2.異方性導電微粒子


次に層間接続に関してですが、今は回路も穴径もファインになっていますから、それを埋めたほうがいいわけです。なんでかというと、必ず、レイアー・バイ・レイアー構造にしていくわけですから、一つのレイアーを形成したら穴を開けて、めっきを壁面に付けて、パターンを付けて、またその上にレイアーを形成して、また穴を開けてということで、層を重ねていくと表面の凹凸が多くなります。その場合、半導体の場合もそうですが、平坦化技術とかプレナリー技術ということで、平坦にするために研磨しなければなりません。この時、PR電解法(周期反転法)をやれば埋まるということがわかりました(図3)。しかし、これはめっきのことがわかってないとできませんから、そこにもまたビジネスチャンスがあります。「導体膜形成のポイント」として、まず、絶縁樹脂の問題があります。絶縁樹脂はエポキシのコアの上に回路形成したあとに絶縁層を付けます。絶縁層というのは光で感光するフォトビア用のレジンをコーティングするというのがだいたい主流でした。しかし、絶縁層を付けると、導体層を付けるときに絶縁層との密着性が問題になります。そこでキーになってくるのがめっきの技術です。
図3.ビアフィリング


 フォトビア用のレジンを使うとき、通常、エッチングするのに過マンガン酸のデスミア液を使う。今までのようにビア径が一〇〇ミクロンとか五〇ミクロンだったら何てことないかもわからないけど、これから二〇ミクロンとか一〇ミクロンの穴になると、そこで回路が出来るかどうかという問題になっていくでしょう。
 その絶縁層の中にいろんなフィラーとかいろんな粒子をブレンドして入れて密着性を上げていますが、この粒子を入れることに関しても、いろいろ問題があります。密着を上げるために一〇ミクロン位の穴を形成させてそこに回路形成したって、密着性だって、絶縁性だって良くないでしょう。樹脂のマトリックス自体を選択的にエッチングして、より小さなエッチングホールを形成するようにして、非常にうまくできるようになってきています。このように、いろいろ材料側のほうからもいろんな研究が今進んでます。
導体層の上に絶縁層を付ける時の密着をどうするか。黒化処理です。ところが、黒化処理膜というのは、酸化第一銅とか酸化第二銅からできているので、すぐに酸で侵されて溶解します。それで、ビアフィリングの手法でやるといろいろ問題があるということで、それを還元する。一回、酸化第一銅とか酸化第二銅でデンドリックにしておいて、その形状を残しながらそれを還元して銅のマトリックスだけ残して、デンドライドの状態を形成するのが今の主流です。我々は、エッチングや無電解めっきでギザギザになっている表面をめっきでつくってやろうしたんです。この場合はマトリックが強固ですから、ものすごく密着いいものになりました(図4)。
それに対して、そういうことをいろいろ条件変えてめっきを開発した時に、フラットで穴の開いているめっきも二年ぐらい前に出来たんです(図5)。これはいろいろ使い方ありますよ。これは、ものすごく密着がいいんですよ。

図4.針状析出
  
図5.ポーラス構造


 また、無電解めっきをやるには、高速浴でも一時間に二ミクロンから三ミクロンぐらいといわれていますから、三〇ミクロンとか四〇ミクロンの絶縁層の厚みにするには、一〇時間以上めっきしなければなりません。学生に実験させたら、三時間か四時間やったら飽きて、私には内緒で「ええい、もう面倒くさい。ちょっとpHを上げてやれ。ちょっと温度の上限変えてやれ、ちょっと濃度を上げてやれ」とやったんです。そしたら、びっくりしたことに、物性に優れた銅で完全に埋まるということがわかったわけです。
 高速めっき浴を二、三ミクロンに抑えなきゃいけないと言われていたのは、あくまでも制御が難しいからであって、制御さえできれば、時間当たり七~八ミクロンの析出が可能であることを実証したわけです。
 物性の問題、制御の問題からセミアディティブとかアディティブという方式が下火になったことがありますけど、ビルドアップができると、そういう手法がまた復活するようになるかもわかりません。その時に、ただ、物を買ってやるだけじゃなくて、自分の所にそういうものをやれるような力を持ってなきゃいけないということですね。
 

研究内容
関東学院大学
本間英夫
 
 八月号から研究の一端を紹介してきましたが、トピックスや小生の日頃考えている縦書きに戻って欲しいとの要望もありますので、本号で研究の紹介を一応終わりにします。従いまして本号は研究内容の残りの部分を紹介するとともに、後半は本来の縦書きの雑文を紹介します。

 無電解でやっているものは、電気めっきのフィリングでできる。それが前述ののPR電解法です。さらに、波形制御でやるということもできます。
 無電解で埋める場合はホールの底部だけを触媒化しておけばどんどん穴の中に埋まっていきます。ところが、初めから底部だけではなく側面も表面も導体膜がついていますと、全部活性化されていますから絶対埋まりません。たとえ無電解でやったとしても埋まりにくくシームが出来たりすると思います。
これを電気めっきでやってどういうふうに埋めるかということが今、最大のテーマです。パルスではうまくいかない、PRでやると、うまく埋まっていくと。 その他に、底部が二〇ミクロン上部四〇ミクロン高さ七五ミクロンのテーパー状のバンプを下から電気めっきで積み上げたのですが、レジストの残膜があって、ど んなふうになったかというと、給電部が五ミクロンの径しか開いていなかったのです。しかし、電気めっきで深さ六〇ミクロン近くのところで五ミクロンの穴からめっきがスーとついていくのです。
 実際には(給電)する高さがなんと八〇ミクロンなんですよ。

図1.テーパー状のバンプ

 そして、皆さんがボンディング法で困っておられるということですが、一番重要なのは、結晶性によってものすごくワイヤーボンディング性が変わってきます。結晶性のXRDを使って分析してみるとわかります。
 あと、金めっきでは、今までシアン金がいろいろ使われていましたけど、シアン金から亜硫酸金というのが最近検討されています。なんでそんなのが検討されているかというと、シアンというのは非常にレジストをアタックしてしまうので、それを避けるために、導電性の良い金でバンプをつくらなくてはいけない。今まではだいたい金というのは、金めっきイコール、シアン金だったわけですね。
 ところが、シアン金を使うとレジストがすぐアタックされます。そのアタックのされ方というのはどんなふうになるかと言いますと、膜減りを起こしたり、クラックが生じたり、液が中に浸透したりするんです。
 ところが、亜硫酸金を使うときれいな、その開口部の所だけにめっきできるようになります。さらに無電解ニッケルめっきでアルミの上にダイレクトにバンプを形成する技術も検討しました。また、今まで回路の上に銅の回路があって、銅の回路上にニッケルめっき、ついで金めっきをするとします。ところが、銅の上で無電解のニッケルはつきません。電気めっきは付きますけれども。
 今、独立回路のものとかファインなものになっているわけですから、これはもう電気めっきでは不可能です。どうしても無電解でやらなければいけない。銅の上に無電解ニッケルめっきをやる時、どうしているかというと、必ずと言っていいぐらい、非常に希薄なパラジウムの溶液を使って表面を活性化しています。
図2.希薄パラジウム触媒化

 ところが、それを活性化している時にレジンの上は穴がいっぱいありますから、そこにパラジウムが吸着してしまいます。すると、極端な場合は、全部にめっきが付いてしまいます。本当は回路の所だけ付けなければならないのに、レジン側の所にもついてしまうということがおこるので、それを避けるためにパラジウムで処理しないで強い還元雰囲気状態にして選択的にパターンをつけることが出来ました。
 さらに次に全く違う手法を紹介します。
導電性の微粒子をつくる時、普通の樹脂めっきの原理を使って、バンプとバンプ、あるいは接続点のコンタクトするエリアに圧力をかけてやりますと、そこに乗っている所だけが接触して、接触しない所は導電性があるということで異方性導電微粒子というふうに言っています。
これは機械的に接合することになり、従ってはんだ(鉛)を使わないので今年に入ってからすごくこの技術が用いられてるようになりました。そういうようなものも全部、めっきを使う技術です。これをやる時には、無電解めっきをやる時に、皆さんがやっているようなバッチタイプのものではできません。ものすごい表面積が大きいですから、すぐめっき液の組成が、変わってしまいます。

図3.還元剤による活性化
図4.微粒子のめっき装置図

 
 実際に、フィーダーポンプの容量の大きいものを使って、ニッケル、錯化剤、還元剤とかを大きな容器の中に入れてコントロールしながらやっているわけです。
 あとは、液晶ディスプレイに関連するめっきについて紹介いたします。ITOというのは実は透明導電膜で、スズとインジウムの酸化物ですから、非常に抵抗が高くて、大画面化ができません。大画面化するためにはどうしたらいいか。電子が流れやすいようにするにはどうしたらいいかということになってきますと、結局、開口率を八〇%ぐらいにしておいて、壁面の所だけめっきしてやればいい。そうすると、透過性を損なうことなく電気が流れます。
このように私の研究室では色々な研究が進んでいます。皆さんの会社の中で「これがなきゃできない」、「あれがないからできない」という不平不満を言っている技術の人がいたら、それは大きな間違いです。なくてもやれます。そのために公的な機関があったり大学があったりするのですから。



海外に頻繁に出かけるビジネスマン注意しましょう!

私自身海外に出かけるときにこの様なことを考えたことは一度もありませんでした。又、この種の情報もあまり大きく報道されていないようです。ちなみにこれから紹介する内容を、先日電気化学の国際会議が開かれた際、アメリカ、イスラエル、ドイツ、ロシアなどの研究者に見せましたが、誰も知りませんでした。又、頻繁に海外に出かけられている幾人かの知人にも話しましたが、この情報をお持ちでなかったので、ここに紹介いたします。(この文を書いた後で学生に読ませましたところ、数年前にテレビの報道番組で取り上げられた事があったそうです。)
私が八月にアメリカに学会で出かけていたときのことですが、確かファイナンシャルタイムだったと記憶していますが、週末に旅行を計画している人に対しての呼びかけ、注意、警鐘のようなタイトル付きで次のような記事でした。ここに無造作に切り取ったスクラップがありますので、その記事を抜粋して紹介します。

血栓症についての記事です。血栓症の患者の五〇%は、症状が現れる前に四時間以上の空の旅をしているそうです。飛行機に乗って四日以内に一般的に徴候が現れます。又、三五%の患者に関しては、それまでに全くその病気にかかる素質を持っていなかったとのこと。以前から血栓症になる原因の一つに、長時間たとえば列車内で動かないでじーっとしていると、かかりやすいといわれていました。長時間座っていると、足の下部に小さな血栓の塊ができるそうです。特に飛行機で長旅をしますと、席も通路も狭いので体を自由に動かすことができません。それと決定的な要因は、乾燥している空気です。地上では相対湿度が六〇%位ですが、機内は約二%でこれが血液の粘度を上げてしまいます。当然、小さな血栓の塊が生じやすい環境であることは間違いありません。
今まで静脈血栓症はエコノミークラス症候群とも云われてきましたが、ファーストクラスでもビジネスクラスでも、足下にあるレッグレストを使わないでそれが太股の所を圧迫しているような状況になりますと、エコノミークラスと発症率は同じになるそうです。
さらに、機内の席は窮屈ですので睡眠薬を服用しますと、圧迫されたままの姿勢で長時間眠ってしまいますので、発症率がグーンと上昇してしまいます。座ったままでいますと、血液の循環が五〇%低下し、又、体の動きが拘束されていますので、足下に血液が停滞し足首が膨れ上がってしまいます。血液の循環が損なわれることだけでは血液の凝固にはつながるわけではなく、これに脱水症状、喫煙、肥満、脂っこい食物、窮屈な姿勢で座っている、最近外科手術をした、静脈溜がある、静脈血栓症の家族歴がある等の因子が加わります。凝固した血液が移動して肺や脳、心臓に到達すると、閉塞が起こり致命的になるとのことです。
五〇代以上になりますと性別に関係なく、誰にでも上記の条件がそろえば、起きやすくなるそうです。しかし二〇代の女性にも起こったそうで、飛行中に睡眠薬を服用してその結果、数日後に脹ら脛に血栓が生じたとのことです。六年後、同じ人が十三時間のフライトの後にまた別の箇所に血栓を起こしたとのことです。症状の始まりは痛み、膨れ、時には熱もでるそうです。
今までの研究の結果、血栓はフライトの四日後に起きるのが一番の多いのですが、フライト中に起きる場合もありますし、一ヶ月後に起こる場合もあるそうです。今までの中で最も痛ましいのは、五六歳のビジネスマンがフライト中に睡眠薬を服用し肺に数カ所、血栓による梗塞を起こして機内でなくなりました。ヨーロッパのある団体が、年間九万件、飛行によって血栓が起こると調査結果を発表しています。又、別の米国の医者は、飛行が原因で血栓が起こるのは、年間百万件近くになるだろうと云っています。なぜならば、飛行中や着陸して直後には発症の確率がきわめて少なく、後から発症するので、今まではフライトとの関係は考えられていなかったのだと云っています。

空の長旅をする場合は、次の事項に注意を払ってください。
l 睡眠薬を摂取したら、窮屈な格好で眠りにつかないようにする。
l 通路で運動したり座席で足を動かす。
l 血液を希薄にする作用を持つアスピリンを一錠服用する。
l 脚部に静脈瘤がある人、又静脈血栓症の家族歴のある人は伸縮自在の柔らかいストッキングをつける。
l 手荷物やレッグレストが脹ら脛を圧迫しないような位置にしておく。
l フライト後、脹ら脛に痛みや腫れの症状がでた場合は対処する。
l フライト中は脱水にならないように十分に水分をとる。
以上のことに注意をして楽しい旅を!

 

技術者を育てましょう
関東学院大学  
本間 英夫

 
 八月号から三回に分けて小生の研究室で行っている実験のいくつかを紹介してまいりました。お読みいただいた方の中には、めっきがこれほどまでに、最近のハイテク技術に深く関わっていたのかと、感心されている人もいたようです。日頃経営にタッチされている方々にとって、技術は技術屋に任せればよいと云っておれない状況が、目の前に迫ってきたのでしょうか。会員企業の一部経営サイドに近い方々から、いくつか問い合わせがありました。中には、今すぐに必要なので教えてくれと、学生自身がとまどってしまったようです。本誌で少し紹介をさせていただいただけなのに、これほどまでに反響があったのには驚いております。
 逆に、質問をされた方々に対しては、少々失礼な言い方かもしれませんが、ちょっと聞けば技術は簡単に入手できると、思われているような節があります。そんなに簡単に技術が自分たちのものになりません。長期にわたる地道な積み重ね、経験、鋭い洞察力なくしては、新しい技術は確立できないと思います。過去にも幾度となく、お教えした経験があります。我々がお教えすることが、教えてもらうのが当然なんだと考えられているのではないかと、疑いたくなることもあります。
 一つの技術が立ち上がるまでは、少なくとも三年から五年はかかります。その間の費用は誰が負担するのでしょうか。大学からの研究費は微々たるものです。当然自分で稼ぎ出した資金をはじめとして、委託研究、共同研究、サポートしていただいている企業があるわけです。ただし、その企業の方々には、今までずーとお願いしてきたことがあります。それは拘束されないで自由に研究をさせていただくこと。大学の中立機関として学会には発表させてもらうこと。自ずから各企業からの負担額は極力少なくお願いしています。こんなことが過去にありました。「二千万円で委託をお願いしたい。」「百万円で結構です。」相手の企業はびっくりしたようです。小生の考えを述べて、その企業には納得していただきました。
 経営にタッチされている方々に、この様なことを云うのは若干の抵抗がありますが、敢えてここに小生の技術に対する捉え方の一部を述べてみたいと思います。

 技術者を育てましょう
 皆様の会社で何人の技術者がいますか。その人は真の技術者ですか。毎日トラブルシューティングに追われていませんか。開発能力はありますか。無駄な会議ばかりやっていませんか。関連学会誌を購読していますか。学会の講演大会やセミナーに積極的に参加していますか。私の知る限りでは、会員企業でもほんの一部しか技術者が育っていないと思います。
 これからは、従来型の下請け的装置産業ではやっていけなくなるでしょう。淘汰が始まっています。こんなにも淘汰が進んでいるとは知りませんでした。十月の二八日から三〇日まで、韓国で日韓表面技術の講演大会が開催されました。その際、吉野電化の吉野社長が招待講演をしました。超多忙にも拘わらず、各種のデーターを集め、淘汰のことを始めとして、表面処理業界の現状と将来について講演をしました。日本の表面処理業に対する洞察力は、世界をいつも股に掛けて活躍しているだけあって、グローバルな視点で捉えられておりました。
 これからは従来型の体力勝負?の様な仕事だけではたちゆかなくなるでしょう。果たして皆様の会社に真の技術者がいるでしょうか。数の問題ではなくこれからの技術をキャッチアップできる人を養成しなければなりません。最近、御社ではこんな内容のことはできないか、こんな技術はないかと今までとは異なり、かなり高度の技術が要求されるようになってきているはずです。当然の成り行きです。成熟した労働集約型の仕事はすぐに他の国に移ってしまいます。日本に残された路は決して広くはないでしょう。従来の先進諸国の物まね、改良型から日本発の技術を作り上げていかなければならなくなってきています。今まではいつも欧米諸国の開発商品の改良でした。これからも改良型の技術は生き残るでしょう。日本の得意とする領域であり、又、改良こそがその技術を生かす上において、最も大切なことです。西欧の技術者はオリジナリティを大切にするあまり、改良には興味を示さないのか、国際分業の中で日本の得手とする領域として、今後とも改良研究は是非必要な領域です。しかし、それのみに堕してはいけないのではないでしょうか。特にエレクトロニクス関連の最近のめざましい開発商品の紹介にみられるように、日本発の技術が最近いくつかでてきています。
 当然、前述のように皆様の会社にも高度な技術の要求が来るようになるわけです。折角そのような要求が来ているにもかかわらず、真の技術者が育っていないので仕事を逃してしまっている会社が多いのではないでしょうか。是非皆様の会社で真の技術者を意識して育てるように努められますように。

 技術者の育て方
 こんな話があります。東大の物性研についての次のような記事を小生の知り合いの先生から送られてきました。
「物を創る、ということは物性研のように知能指数の高い集団では困難であって、内部に鈍才ながらひたむきな根気のある技術集団を持たないと出来ない。そしてそれを指導するヒラメキのあるボスが要る。物性研は近年、とくに高温超伝導発見後の新物質開発構想が今日までの所うまくいっていないのは、担当者が悪いのではなく場が悪いのである。物性研がそれをよく心得ておられるのは新物質科学研究センター構想に見られる。ここでは物を創るよりも評価に欠点がある。だれかが物を作るとしてともかく評価を最高にしよう、というのだから物性研の体質に適合しており、賛成である。」
 全くこの通りだと同感です。要はその技術をきちっと評価できる人が上にいるかで勝負は決まります。、地道に、こつこつ、しつこくやるのが部下にいなければなりません。その中で技術を通して、技術のおもしろさを発見しどんどん乗ってくる若い技術者がでてくるでしょう。しめたものです。徐々に開発力が上がってくるでしょう。
 今から二〇年くらい前までの関東化成がそうでした。皆生き生きしていました。当時いろいろ、新しい技術を開発したものです。最近やっと又、その気運が盛り上がってきました。要は皆やる気にならなければだめです。船頭多くして船山に登らず。この数ヶ月の様子を見ていますと、わくわくするような、よい兆しが一部の企業の中に湧いてきたような感じがします。
 経営者自らが意識改革をされ、技術中心の企業を再構築されないといけない状況が、まさに今着実に進行しているように感じます。

 打ち合わせ(会議)をするなら効率よく
 会社に電話をすると、いつも会議中ですとの返事が返って来る会社がいくつかあります。(外部の人に対しては会議中の方が聞こえがよいのか、打ち合わせ中ですとはあまり云わない)一週間のうちに何度打ち合わせをやっているのか、もう少し効率的に打ち合わせができないものかと思います。何時間も非効率的で部下も嫌気がさしてくるのではないでしょうか。研究の進捗や戦略会議なら大いにやるべきでしょう。日々の打ち合わせならほんの短時間で終わらせ、技術の進捗チェックは週一回、中間報告は月一回位にするのはどうでしょうか。単なる報告会ではなく大いに論議をすべきです。
 どうも私が知る限りでは、お互いに報告をルーティン業務のようにやっているだけで、そこからは何にも生まれてきていない様に感じます。そんな打ち合わせなら、とっとと切り上げましょう。朝の早い段階で効率よく打ち合わせを済ませましょう。ある程度人数を抱えている会社では、技術者集団で自発的に定期的な輪講会をやったほうがよいでしょう。自分の技術の位置づけが分かるし、又これだけグローバル化しているのに英語が道具として使えないようであれば、技術者失格です。技術に関する英語はなにも難しくはありません。ましてや自分の専門領域なんだから初めは抵抗があると思いますが、すいすいできるようになります。又できるようになると人に与えられるのではなく、自らいろいろ知識を広めたくなるものです。又自分の技術開発力、発想力、展開力などに弾みがついてきます。いい意味での競争心が高まります。英語くらい読み書きができ相手とも意見が交換できるようにならねば、真の技術者とはいえないでしょう。これからは特にそうです。意外と英語だけは苦手という人が多いですが、それを克服しないとだめです。皆様の企業の現状はどうか、冷静に考えてみてください。

 トラブルシューティング
 工程におけるトラブル不良の対策は技術者にとっては大切な業務です。しかしながら毎日がその連続であるとすれば問題です。技術者イコールトラブルシューターと化している会社が案外多いものです。又、技術者自身それが技術だと錯覚している場合も多いのも事実です。トラブルをシューティングすること自体は、技術開発能力向上に役立ちますが、それ一辺倒になってしまうと大きな問題です。
 これから益々、開発力が個々の企業で要求されるようになってきていますので、技術開発力を増強しなければなりません。なにを行うにも必ず、すんなりとうまくいくものではあり籐ません。むしろすんなりとうまくいってしまうと、後から問題が生じた場合大変です。観察力や洞察力は日頃訓練すれば高まってきます。それには、技術者がわくわくと仕事ができる環境を構築しなければなりません。トラブルの解決で終わりでなく、そこには新しい技術を構築する種が隠されている場合が多くあります。私自身、実験の内容を聞きトラブルの内容を聞いているときに、新しい発想がわいてきて、それが思いがけなく大きな技術に成長する場合が多々ありました。

 研究投資をやっていますか
 冒頭に、我々の研究に対する質問に対して、敢えてきついことを申し上げました。今までのような大量生産、大量消費、右肩上がりの成長の時代はこれでもよかったのでしょう。しかし、これからは様子が一変するでしょう。従来は装置と薬品を購入して他社と同じようにやっていれば、何とか利益がでていました。トラブルがあってもメーカーや誰かに聞けば解決する、あまり技術に力を入れなくても、何とかやってこれたのです。しかし、この種の仕事は、他社との技術格差がありませんので、同様の仕事が他社でもやられたり、または日本から海外にシフトしていきます。私の知ってる典型的な例は、プラめっきです。初めは量の拡大とともに、参入企業も多くなりました。需給バランスで徐々に価格は低下し、技術の成熟とともに生産拠点がほとんど海外にシフトしました。現在プラめっきの延長線上にあるのが電磁波シールドです。立体成型基板(三次元回路)もありますが、もし今後この技術が注目されたとしても、今までのような経営体質では、この技術を取り込むことは困難でしょう。
 十数年前にプラめっきの応用展開として、これからは電磁波シールドだ、立体成型基板もあるぞと、方向を変えたのは、私の知っている若い経営者数人でした。彼らは、当時はまだ経営のトップではありませんでしたが、思い切って方向を転換しました。企業規模がそれほど大きくなかったことと、彼らは決定権を持っていたからでしょう。ちなみに、お膝元の関東化成にも当時、これからはこの技術に注力されてはと進言したものですが、受け入れられませんでした。企業の規模が大きくなると保守的になり新しい技術の導入が遅れがちです。
 そのころから、彼らは研究に投資をするようになりました。初めは、私の研究室にある機器を買い揃えました。技術者も積極的に養成するようになりました。今ではいずれの会社も私の所とは比べものにならないほど充実した機器を揃え、又技術者も育っています。これからは、技術格差が益々拡大し淘汰が進んでいくように思えます。技術に注力されるとともに、効率のよい研究投資が必要になるでしょう。  
 次号でも少し技術者の養成について私見を述べることにいたします。

 

未だ先見えず
関東学院大学
本間 英夫
 
先月号で企業淘汰が進んでいること、これから生き残るには技術が重要であり、技術者の育成について若干意見を述べました。
 バブル経済の後遺症がこんなに長引き、不適切な政府の舵取り、従来型の日本の対応では世界のマーケットから不信感を増幅するだけです。
 景気刺激策として、かなりのお金を政府が投入したにもかかわらず、景気が回復するどころか、手を打つ度に益々景気が停滞するばかりでした。この間の政治家の責任はきわめて重く、一連の金融法案対応の遅延、その間の日本売りの急激な進行、株価の下落、それに伴う長銀に代表されるような金融不安が蔓延しています。
 長銀は、対処が早ければ債務超過にはなっていなかったのに、対応の遅れから含み益がすべて吹っ飛び、自主再建の路が絶たれました。一時、国有銀行とした後は、どこかの銀行に整理後買い取らせるというシナリオを誰が想定できたでしょうか。
 全く政治家の無策ぶり、党利党略、政争の具にされた感がします。エゴが全面に出て醜く、皆が政治不信に陥り、特に、若者の多くは政治に全く無関心です。政治や経済のことなどほとんど考えていません。徹底的に修羅場をみるような状況にならねば考えないのか。あまりにも泰平的で、よく中村先生が云われていたように、行き着くところまでいかないと打つ手がないと言ったところでしょうか。この金融不安、不良債権問題を解決しない限りは、これからも日本の経済が、いや日本発の恐慌が世界全体に広まるとまで云われています。
 金融のグローバルスタンダードと言ってもよい、いわゆるBIS規制をクリヤーするために銀行の貸し渋りは、多くの企業を倒産に追いやっています。中には黒字倒産もあります。十一月の終わり頃にやっと金融システムの安定化に向けて、公的資金の注入の申請が本格化しました。
規模は一行を除く大手銀行がすべて五千億位を申請するとのことで、合計で六兆円を超えるようです。金融が安定化し、さらに実効性、緊急性、確実性を世界に向けてアピールしないと、世界のマーケットは評価しないでしょう。景気の回復の対策として、消費税の一時凍結が大きく取り上げられています。しかし税の本質を見失い、納税意識が間違った方向に誘導される結果になるのではないでしょうか。戻し税の方法として採用される商品券構想等は誰も良策だとは思っていないでしょうし、効果もほとんどないと云われているのに実行に移さねばならないのは、ある党のごね押しのようで納得がいきません。税金のとりやすい所から、しかも納税感がないまま天引きされているようでは関心が薄くなってしまいます。米国並に全員申告制にするとか、直間比率を見直し、間接税をもっと増やすべきです。自ら進んで税金を払っている実感が出るようになれば、個々人の意識が少しは変わってくるのではないでしょうか。
消費税を福祉目的税にする動きがありますが賛成です。さらに特別措置として、住宅着工にあたっては取得税やその他関連の税を凍結し、百五十平方メートルから二百平方メートルの土地付きで五千万から六千万円くらいで購入できれば、皆飛びつくと思います。現在、新築着工数は全国で百二十万棟と言われていますが、倍以上にはなるのではないでしょうか。これにより住宅関連の産業が活気だってくることは間違いありません。
 国の為政者は原稿無しで、またはプロンプターを設置してアドリブで国民に向かって、世界に向かって自信を持って演説をしないと、アピールになりません。
 我々が、学会で原稿をみながら講演をしていては誰が注目してくれるでしょうか。アドリブが半分以上です。その方が訴える力、説得力が大きいのです。
 マスコミが失言をすぐに報道するので、慎重にならざるを得ないのでしょうが、マスコミも報道姿勢、特に民放のテレビに問題があります。バラエティー番組や娯楽番組とは質的に違うのですから、もう少し批判ばかりではなく提案も含めコメンテーターも、重みのある知識人を入れるべきです。キャスターやアナウンサーは自分が、世の中を動かしているがごとく、しかも無責任な発言が多いような感があります。しかも皆同じ番組を見て、批判精神無しに、その人の意見を受け容れてしまう傾向があり、きわめて危険です。
 現在のようなデフレスパイラルの入り口にあると云われている状況下では、すべての経済活動、産業活動が停滞し、我々の身に降りかかってくるのです。
 実体から遊離したマネーゲームに踊らされ、行き着いた先が、金融破綻、上場企業の軒並み(約八割)減収減益、赤字転落企業続出(約二割)、ボーナスカット、賃金引き下げ、失業率の増加、新規雇用の低下、消費活動の冷え込み、追い打ちをかけるように少子化、高齢化、将来に対する不安等がキーワードになり、毎日のように報道機関は先行きの暗いニュースを流しています。したがって、心理状況としてはどうしても将来に対する不安から蓄えをと、貯蓄に走ります。これでは全くお金が循環せず景気は停滞したままです。ノンバンク系の金融業が増収増益だそうで、何とも皮肉な現在の世相を反映しています。資本主義の下ではすべてカネ、カネで世の中が動いているので、真の豊かさを皆が忘れ去ってしまったようにも感じます。モラルハザードは今に始まったのではないのですが、こんなにも政官財界にはびこっているのも、お金中心の世の中のせいでしょう。モラルの問題は、学校および家庭教育の見直しが必要です。すでに原稿は出来ているので、最近の学校教育の現状についていずれタイミングをみて紹介したいと思っています。

 皆様の会社において、従来の規格大量生産型、下請け装置産業的なやり方ではじわじわと、あるいはこれからは加速的に淘汰が進んでいくのではないかと心配になります。まさに、変革期においてはすべて従来型で、しかも保守的経営では通用しなくなってきています。
 時代の流れは、お役所日の丸、よらば大樹の陰、官や大企業主導がもはや通用しない、新しい経済システムに移行するのでしょうか。企業の体質改善や、新しい技術をベースにした積極経営が望まれています。


成功する企業

 二ヶ月ほど前、日経産業新聞にめっき技術で活躍している企業として、イビデンと新光電気が紹介されました。シリーズもので紙面の四分の一位を割いて、かなり詳しく紹介されていたと思います。中身はほとんど忘れてしまいましたが、電子材料の生産にあたってめっきの重要性を認識し成功したことが書かれていました。
 今まさにめっき技術は、重要な要素技術になってきています。その技術を推進した人物はいずれも私の知り合いでした。技術力で燦々と輝く会社になったと紹介していました。いずれの方とも学会で知り合いました。ただ単に名刺を交換するような表面的なつきあいではなく、学会の中で分科会活動や各種の委員会を通じていろいろ論議をするとともに、会議終了後はアフターファイブよろしく金額のはらない居酒屋に繰り出し懇親を深めました。
 この両者に代表されるように、学会での活動に協力し、奉仕の精神で参画している方々は技術をきっちりと把握し、今後の技術展開に積極的に取り組んでいます。
 もう一つの例としては、5,6年前に学会の分科会活動として、若手の経営者を中心とした懇話会を結成しようと云うことになり、海老名君や吉野君らが中心になり全国から会員を選びました。この会に関しては当初、長続きせず、せいぜい2年くらいでつぶれるだろうと、冷ややかな目で見ている人もいました。私は彼らと結成に携わっていましたので、会が消滅しないよう魅力ある会にするよう、努力してきたつもりです。定期的に経営について語り合い、技術動向にも熱心に耳を傾け会は益々発展しております。今後とも表面処理業界の担い手になっていくことは確実です。

技術者育成に対する上司の役割

 技術者集団における上長として、単に年功序列でその職に就いた場合は最悪です。技術に対するセンス、包容力、的確な判断、これからは特に発想の豊かな、示唆力にとみ正しい方向に誘導できる力量を持った人が上に立たねばならないでしょう。
 以下によい上司十ヶ条としてまとめてみました。

・ 目標、目的をしっかり明示する。
・ 自ら進んで技術開発に取り組むようやる気を刺激する。
・ 経験を豊富に持たせる。
・ 失敗を恐れない勇気を持たせる。
・ 行き詰まり、当初の計画から大幅に遅れた時の的確な判断
・ ともに悩みともに解決に向けてアイデアを出しあう。
・ 定期的に真剣な論議
・ 本人に任せ、自信を持たせる
・ ねばり強く忍耐強く
・ 若い技術者に早く成功体験を持たせる

 これらのことを実行できる人は、過去に技術に対する豊富な成功と失敗の経験を持ち、指導力に長けた人でなければなりません。部下の成果を自分のものにしてしまう人は、信頼を徐々に失うことになります。部下のやる気が急に低下するでしょう。

適材適所

過去三十年以上にわたって卒業研究、大学院の研究指導にあたってきました。たかだか一年(卒研)から三年(大学院)の指導ですが、その間に、この学生は将来技術職または技術をベースにした営業職に就けば、成果を上げるとにらんだ学生はほとんど企業で活躍しています。 
又、そのような能力をすべての学生に付けるよう努力をしております。私の研究室から、すでに三百名以上巣立っていきましたが、技術者として全くセンスがない学生はほんの数えるくらいで、ほとんどの学生はある程度自信をつけて社会に出ていきました。彼らの多くは技術関連で活躍しています。企業に入ると三ヶ月は試用期間と云うことになっており、関連の職場を回るようですが、その間その人の適正を判断するのであれば、大いに意味があります。しかし、どうもプログラムがルーチン化されており、やらされている方も、やらせている方もただ消化しているだけで、あまり意味がないように思います。もっとやる気を出せるような、研修法に切り替えるべきでしょう。極端の言い方をすれば、大学時代で十分訓練されてきているのに、画一的なプログラムが組まれており意気込みがそがれてしまっています。研究室を選んで採用すればかなりの確率でそんなことをしなくても、満足のいく結果が出るでしょう。しかしながら、一般には会社に入ってからうまく活用されず、又本人もセンスがないと思い込み、折角の能力が埋もれてしまっている場合が多いのではないでしょうか。私自身も決して、初めから能力が発揮できたわけではなく、又、私以上に能力のある同僚が何人もいたと思います。私は他の同僚よりも鈍重でねばり強く、事にあたっただけです。
 以下に紹介することは、昨年の春からの出来事です。
私の大学では勤労学生のための夜間部があります。表面処理の会社に勤めながら勉学にいそしんでいる学生が、4年生になり私の部屋に卒研生として希望して入ってきました。昼間働いてから研究をするわけですから時間の制約があります。しかし、本人はやる気十分で、土曜日会社の休みを利用して、朝から昼間の学生と一緒に研究をやるようになりました。と言っても一週間に一度ですので、昼間の学生の手伝いのようなことになってしまいます。本人は若干不満があったのでしょう。
 夏期休暇中はお盆の一週間以外は、毎日朝から研究室で実験をするようになりました。私は直接には本人に指導せず、すべて昼間の学生と大学院の学生に任せていました。十二月中旬頃でしたか、本人が相談したいことがあると部屋に訪ねてきました。 
 本人曰く、「先生私の卒業研究の単位に不可をつけてください。」「会社を休職して、もう一年間卒業研究をやりたくなりました。」本人の意図をじっくり聞きましたが、本人のやる気、真剣さがひしひしと伝わってきました。大学を卒業するとその上に専攻科と大学院がありますので、専攻科に入学することを勧めました。入学後すでに八ヶ月が過ぎましたが、会社では現場の一作業者として採用されていたのですが、目的意識が高いので熱心に研究し、かなりレベルの高い、しかも研究室では本年から始めた新しいテーマに取り組みました。
 まだ論文を書いたことがないので荒削りですが、その領域の技術者はすぐにでも飛びつきたくなるような成果を上げています。先日、企業の技術者向けに卒業研究の中間報告会をやりましたが、その会社の技術者がびっくりしていました。あいつがこんな研究をやりこなしたのかと、信じられないと絶賛していました。ただし、まだテーマを自分で見つけることは出来ません。もしそこからスタートさせると、おそらく惨憺たる結果になるでしょう。テーマは私がほとんど考えます。テーマの設定にあたっては、もしこれがうまくいけばおそらくこの様になるだろう。この様な応用があるだろうと予測はつけています。しかし、それをうまくやりこなすかどうかは、その当人の能力とセンスが大いに関係してきます。センスのない学生は、一生懸命実験をしているのですが成果が出ません。そのときは実験の進捗状況実験の進め方を詳しく本人から聞きセンスを磨くよう、実験を進める上でのこつを教えます。果たしてこの様なきめの細かい指導は、企業でもやっているのか少し疑問に思います。いわゆるOJTが技術者を養成する上で効果を発揮するでしょう。それにもまして上司のセンス、経験がものを云うのではないでしょうか。
 この話はこれくらいにしておきますが要は、能力が隠されているのです。各企業にそれなりの人材がいるのです。上司がそれを見抜いていないのです。もう少しわくわく人間が本来持っている創造性豊かな仕事に就かせるよう努力をする必要があります。
 私は企業を訪問する度に、大学は素人の集団であり、私だけが少しだけ中身が分かっている半玄人なのですよと。なぜ一年にかなりの新しい技術を公に紹介できるのか。みなさんの会社はプロ集団のはずではないですか。これまでの効率追求型、総花型から早く脱却し、創造性の高い、選択または集中型にギアを切り替える必要があるのではないでしょうか。それには今までとは意識の異なる技術集団を作る必要があり、いずれ号を改めて考えを述べさせていただきます。