過去の雑感シリーズ

2002年

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景気の底入れは
関東学院大学 
本間 英夫
 
 99年くらいまで国内で生産していたエレクトロニクス関連部品や製品はどんどん海外、特に中国にシフトし国内の生産量は半分以下になってしまっている。一方、半導体産業が最悪期を脱したとのニュースで株価だけが踊っている。昨年12月、雅子さんご懐妊、景気浮揚策とばかりにデパートでは色々策を練ったが、その数日後に今度は青木建設の破綻と冷水を浴びせたような感じ。ゼネコンで不良債権を抱えている企業群の株は軒並み一夜にして半値。

 国会議員が4月から歳費をカットするという。新聞には民間企業のボーナス支給カット、年俸5%から10%カット、失業率の大幅アップ、相変わらずの中央線をはじめとするダイヤの乱れ(理由はここで触れるまでも無い)、アフガン戦争が終結に向かったと思ったら今度はイスラエルとパレスチナの争い。昨年のクリスマス商戦も消費が冷え込み前年比ダウンとか。

 最近、研究室を訪れる人たちも皆一様に明るさが無い。目先の実用化に向けた研究やトラブルシューティングをやっているのはまだいい方で、中には全く技術的なことが出来ないとか、早期退職制度に応募するか迷っているとか、減俸になったとか、暗い話題ばかりだ。

また、エレクトロニクス関連の技術者で構成している研究会の幹事役をやっているので、会議や研究会にはできる限り出席するようにしているが、いずれの企業も軒並み生産が大幅にダウン。日本が得意としてきた製造業は大きな岐路に立っているという。果たしてそうなのか。



なぜノウハウがリークするのか



 日本発のエレクトロニクス先端技術のノウハウが、日本の技術者を通じて海外に流出していると、昨年雑感シリーズにも一部書いた。やっと政府や企業がその対策に乗り出した。ハイテク製品はちょっとしたノウハウで、歩留まりが極端に変わる。卑近な例で恐縮だが今から十数年前、小生がまだ40代の前半であったが、大手メーカーの当時としてはハイテク製品。その製品の歩留まりが50%以下で、何とかして歩留まりを上げたい。藁をも掴む思いで小生に工程を見てくれという。

 当時としては、まだクリーンルームが半導体以外では使用されていなかった頃の話だ。

時の担当常務を初めとして、技術部の長から担当者に至るまで、切々と青二才の小生に説明をしてくれた。それからクリーンルームに担当者と小生だけが入り、工程を一応見た後、皆さんの前でおそらくこうすればよくなると思いますよと話した。それを実行に移すと、一挙に歩留まりが90%以上に上がった。

 また、これもある大手メーカーで製品が作業開始から数時間全く良品が出ないという。昼頃からやっと上手く製品が上がりだすという。一応工程を見せていただいて、おそらくこうすれば上手くいくと指摘した。

この場合も小生の助言を実行することによって、初めから良品が生産できるようになった。

 この種のトラブルシューティングのような話は、枚挙に遑が無い。ちょっとしたアドバイスで絶大な効果を上げたとしても、そのアドバイスに対しては、それがあたかも当たり前のことで余り感謝もされない。それによって研究費が増えたことも無いし、報奨金を研究室に頂いたことも無い。

 おそらく、企業内の技術屋に対しても全く処遇は同じで、技術者が対処するのが当たり前と経営者は考えているので、当の技術者は真剣にはやらなくなってしまう。

 NHKのプロジェクトXという番組で、技術者の飽くなき情熱が新しい製品開発に繋がったと紹介されているが、彼らは技術屋としてどのように評価されてきたのか。新しい製品開発をすること、その過程は難関が多いが、それをクリアーし成功に結びついた喜びは当事者でないと味わえない。企業内では、ほんの僅かな報奨金を頂くくらいであったのであろう。

成熟であろうがハイテク技術であろうが、今まで上手くいかなかったことをクリアーしたとしたら、その企業にとっては大きな利益とノウハウの蓄積になる。

 80年代半ばから90年代にかけて日本の半導体メーカーの技術者が週末を利用して海外の企業に技術指導(出稼ぎ)に出ていたという。

 各企業の保持しているノウハウが、講演や指導料の名目でほとんどフリーにリークされていたのである。





技術者を厚遇すべき



 ノウハウのリークは、日本の技術者が優遇されていない証である。しかも最近では液晶関連事業を初め、多くのハイテク領域が同じように海外に出ている。したがって、防止策として社員のパスポートを会社が管理したり、提示を求めるところも出てきているという。さらには昨年からの大型のリストラ策で、40代から50代の働き盛りの技術屋が個々人の能力に関係なく、ばっさりと切られている。

 個人としてはまだ十分に能力が発揮できるし、今までの経験を生かして、これからという時なのに生活もあるし、たまったものではない。この経済情勢を恨むとともに、企業に対しての忠誠心も残らない。

したがって、自分達がかかわってきた機密事項が忠誠心無しに、今後さらに漏洩していくのであろう。

 企業も技術者をリストラしたら、重要な機密事項が漏洩することは判らないのか。事務方は法整備をすれば、何とかなると思っているらしく、経済産業省が昨年10月に産業競争力と知的財産権を考える研究会を発足、国内法整備、不正競争防止法の改正、企業機密の漏洩にも刑事罰を導入する方向とのことである。

 この種の法整備だけが先走って、技術者がどんどん締め付けられているような感じがする。むしろ技術者としてのモラルの確立、技術者を優遇する仕掛けを構築することが大切なのである。

 もっと技術の重要性を認識し、新しい開発や、ノウハウを提案し確立した個人や、グループには手厚く思い切って高給を出す。特許やノウハウに関しては、その実績とインパクトに応じて、今までのような小額の奨励金ではなく、それ相応の報奨金を出す制度を確立する。その上で機密漏洩があった場合は厳罰をくわえるようにしないと、今のままでは日本のハイテク企業は無防備の状態である。

 米国企業はその点、契約の社会として必要以上にガードが固い。80年代コンピューターと半導体で、日本からの猛追を受けたアメリカは、多額の特許料と技術契約料を日本から徴収し、その間に事業構造の転換を図ってきている。

 これに対して日本は、生産現場のノウハウに強みを発揮して、大きくハイテク生産国として認知されてきたが、上述のようにノウハウが無防備で海外の追い上げにあっている。ソフト技術利益率30%、ハード技術利益率10%と言われる中で、これから日本は脱工業化社会に向けてソフト重視にシフトしていけるのか、ハード(製造業)中心でいくのか。日本はアメリカの景気に大きく依存してきた。これからも依存度は高いだろう。

 ソフトが無ければただの箱といわれるが、逆にハードが無ければただの紙、日本の強みは基本的には中小企業の底力、創造性豊かな国民性だ。これからは知的財産に対する、きちっとした評価システムを確立しなければならない。
 

デフレスパイラルからの脱出
関東学院大学 
本間英夫
 
 デフレが10年ほど前から始まりデフレスパイラルに入っている。株価は4分の1、不動産は商業地で20分の1、住宅地で3分の1に下落した。10数年ズーッと下落の一途である。  

したがって、政府がいくら資本を注入しても、不良債権が減少する訳が無い。つぎ込んでもつぎ込んでも、まるでブラックホールのように飲み込んでしまう。不良債権の償却を行おうとしても、このデフレ下では、また新たな不良債権が発生し、雪だるま式に増大している。デフレから抜け出すには、インフレ経済に持って行かざるを得ないといわれるようになってきた。負債総額も660兆になる。解決策として、今まさに停滞、滞留している貯蓄1300兆を、如何に市場経済にまわすかとの声が日増しに大きくなってきている。この眠ったままのお金が市場にでてくる環境、それには、資産インフレを構築することなのか。

地価の下落に歯止めをかけ、上がらないと、不動産の狼狽売りも減らない。不動産の価値が急激に下がったから、不良債権が増大したのだから、反対に上がれば不良債権は減少する。

アメリカのカリフォルニア州とほぼ同じ面積に、アメリカの人口の半分が密集しているのが日本だ。そのため、基本的には、日本人の土地に対しての執着心は、おそらく先進諸国でナンバーワンであろう。従って、ここまで土地が値下がりしてしまえば、企業の不良債権は増大し、個人は消費に対して保守的にならざるを得ない。この4月からのペイオフを控え、1月中旬の時点で、定期預金が16%減少し、とりあえず普通預金にシフトさせている。又、郵便貯金が大幅に増加していると、新聞やニュースが報道している。

 これから3月の終わりまでに、本格的にお金持ちは口座をあちこちに作ることになる。銀行の護送船団方式に別れを告げるのはいいが、体力の弱っている都市銀行や有力地方銀行が、もし、取りつけ騒ぎで破綻するようなことにでもなれば、日本はたちまち大パニック、経済回復は、大幅に遅れることになるだろう。

現在の疲弊した経済状況から、小泉人気も若干、低下傾向にあるという。一月末の更迭劇をはじめとして、マスコミがこの種の話題を、どんどんオンエアーし、新聞に書き立てると人気が急激に下がりかねない。(*この原稿を執筆後、実際下がってしまいましたが)

 先進諸国の首相は、テレビやラジオ演説で国民に訴える。小泉首相は、今までの日本流を打ち破っているのであれば、痛みだけを訴えるのではなく、ライブを観る余裕があれば、大いに国民に向かって構造改革の具体策や、将来の展望を判りやすい言葉で訴えてもらいたいものだ。

量産型から開発型へ


今まで日本は、高品質の製品を大量に、かつ低コストに作り輸出で稼いできた。国際競争力を示す指標として、スイスのビジネススクールIMD(経営開発国際研究所)が、毎年発表している世界競争力ランクがある。

それによると、12、3年前は日本の国際競争力がナンバーワンであったが、その後どんどん低下し、昨年26位に転落した。今や、中国が、もの作りのナンバーワンに踊り出てきた。中国を中心とする東アジアの製造業が急成長し、日本の量産型の製造業拠点は、海外に持っていかざるを得ない。

アメリカの輸入に占めるシェアをみても、電子レンジなどの電熱機器、VTRさらには、オーディオ製品は、日本を大幅に引き離す勢いだ。しかも、安かろう・悪かろうの時代には終わりを告げ、高品質で安価に作るようになってきている。総合家電メーカーである「ハイアール」は、白物の製造から始まり、最近では60品目の家電製品を取り扱い、6000億円を稼ぎ出す。三洋電機と提携し、日本への逆輸入も行うとのこと。高品位の部品は日本から持っていくことになるが、これらの部品がコピーされるのではとの危惧があるが、中国もWTOに加盟したので、その心配も徐々に解消されるであろう。

日本がどんどん品質の高いものを作るようになった時、米国は、もの作り(ハード)は日本やアジアに、ソフトとハイテクは国内との戦略を取ってきた。日本も量産型の産業形態から開発型にシフトを迫られている。その為にも、経営者も技術者も知的財産権を守る仕掛けを早く構築し、ほとんどフリーで海外にノウハウが流失するのを防がねばならない。日本では、とかく知的ノウハウに代表されるソフトに関しては評価されずにきた。青色レーザーでのロイヤリティーに関しての提訴は代表的な例である。ノウハウが判ってしまうと、今まで問題を抱えていたプロセスが一挙に解決する。特に、歩留まりの向上などは、まるで手品の種明かしと同じで、いとも簡単に解決してしまう。

ところがその提案に関しては、技術者や、特に我々のような外部のものが提案しても、全くといって見返りはない。その提案ができるまでは、過去にたくさんの経験や失敗、発想の豊かさから来るのであるが・・。


時代を担う若者の創造性

 先日、世界の少年の学力調査結果が報告されていた。日本の少年の創造性に関する成績は、世界の中でトップグループ。しかしながら、読解力、表現力は先進諸国の中では下位であるとの結果が出た。

 問題の一部が新聞に紹介されていたが、その中で創造性に関する問いとして、5つくらいのサーキットパターンが描かれており、車が走るとスピードはどのように変化するだろうかという類の設問であった。これだと極端な言い方をすれば、全く勉強をしていなくても、創造力があれば解ける問題である。

 各国における教育レベルや、教育のテンポにも関係してこない出題者の創造性の豊かさを実感させた。その解答で日本はトップレベルだという。知能指数を調べる問題と似ている。

もう50年も前になるが、子供の頃、この種の試験をやらされた記憶がある。当時は全く勉強をしなかったので、学校の成績はいいはずがない。だけど、この種の試験では、いい点数を取るので先生は変な子だと思ったらしい。又、算数に関しては、公式が無い鶴亀算や幾何のような問題を得意としていた。

 小生の出身地は、熱心な教育県であるといわれているが、親は当時「勉強しろ!」とは言わなかった。授業の時に先生の話をよく聞いていれば判るからと、家に帰ってから勉強した記憶はない。

いつも夜は、7時頃まで遊んでいたように記憶している。だから、宿題はやったことが無かった。いつも、宿題拒否組みの常習犯で、クラスに必ず数人はいた。先生はあきらめていたようだ。国語は、漢字は読めるが書けない。

 なぜ、自分の話を持ち出したか。自己反省からである。いまだに表現力が豊かでない。子供の頃から、きちっと積み上げて能力をつけておかねばならないと、痛感している。読解力が無いと、折角の能力が大きく低下する。

特に、国際化している社会の中で、英語は必須言語であり、やはり文法をきちとやっておかないと、表現力が稚拙になる。文法なんか特別習わなくても、その国の人たちは母国語をしゃべっているではないかと、虚勢を張り感覚的にしか捉えてこなかった。だから、英語で論文を書く際に、スムーズに文章の表現は出来ないし、高度な会話もできない。いつも度胸だけでブロークン。遅すぎた!もう60だ!

 自分の経験から、次代を担う若者に基礎をきちっと積み上げておくことが、極めて大切であると授業の際に、又、研究室でも何度も学生に言い聞かせてきている。

 しかし、実際自ら英語の必要性に迫られないと、真剣には能力を向上させようとする姿勢が見られない。現在、助走段階だが自覚を促すために、研究室での、大学院の輪講会を全て英語にすることにした。本格的にはこの4月から実施する。学生の中には、うんざりするものも出てくるだろうが続けるつもりである。

 ところで、今の日本の若者は、一部の受験勉強組みを除いて、あまり勉強をしていないようだ。受験勉強組みも、自覚して勉強しているのではなく、勉強していい成績を取り、いい高等学校に入り、いい大学に入り、それで自分の将来が保証されているのだと、親から、先生から暗示を掛けられてきた。

 しかし、この不景気で見られるように、必ずしも従来のエリートコースが、安全パイではなくなった。

 企業は、即戦力の人材採用にシフトしている。十数年前までは、超売り手市場であったが、今や、3年間の企業内教育の余裕もない。戦後一貫してとられてきた教育方法に、今、軌道修正がかけられている。有識者を中心に、教育方法の改善に関する答申のもとに、ゆとり教育を標榜し、土曜日完全休講、創造性の醸成、豊かな人間性を強調している。

 ゆとりに関しては、各科目の時間数が削減され、たとえば、算数に関して言えば、円周率は3に丸めて教えてもいいと・・。確かに、3に丸めてもいいが、その背景を教えないといけない。まず、円周率の意味を教え、実は無限の数値で割り切れないのだけれど、円の面積を算出す際の係数なのだよ。だから、大雑把に掴む場合は、3に丸めて計算してもいいのだよと、教えるのならばいいが、今の教育は、受験を意識している。

したがって、物事の本質を教えるゆとりを与えようと、有識者が提案しても、実際、現場ではこのように生徒には暗記しなさいとだけで、終わってしまう恐れがある。ゆとりを、どのように捉えるか、物事の本質を理解させるように、教育者は腐心すべきである。

 テレビの何かの宣伝で、何人かの子供が出てきて「なぜ、勉強しなければならないのですか?」「将来ナンの役に立つのですか?」と、純粋に子供が、自分の将来に関して、疑問を投げかけているものがある。テレビで、この種の問いかけを子供にさせているということは、子供からのこれらの素朴な疑問に、的確な解答がなされていないから、新鮮味があり宣伝に使われるのであろう。

 ゆとりの時間を何に向かわせるか?先ず、家庭内での情操教育、学校での道徳教育が問われているのではないだろうか。親子の対話が全く無かった小生もいまや60になって、親子の対話の大切さを自覚している。
 

産学協同のルーツ
関東学院大学
本間 英夫 
 
産学協同の推進が強く叫ばれているが、本学が日本の産学協同のルーツであることを知っている人は少なくなった。詳細は、関東学院大学工学部50年史、関東化成工業30年史や中村先生が執筆された回顧録に譲るとして、若干振り返ってみることにする。  

昭和21年、関東学院大学の前身である工業専門学校に、学生の技術習得と、学生に働き場所を与えることを目的として、実習工場がスタートした。昭和23年には、工場内に関東学院技術試験所が併設され、昭和26年に私立学校法の改正にともない、教育事業のほかに学校経営を支える収益事業ができるようになり、独立採算性の事業部が立ち上がった。

昭和28年には通産省からの助成金の交付を受け、関東自動車、トヨタ自動車向けのめっき加工の生産に入った。その後は、トヨタ自動車工業と技術交流が開始され、大学発の研究開発として多大の評価を受けるようになった。

次いで、昭和35年に工業化学科が設立され、中村実先生を初めとして技術スタッフの総力で、昭和37年に世界に先駆けて、プラスチックス上のめっき技術に成功し、表面処理業界にとっては一大革命をもたらした。現ハイテクノ社長の斉藤先生は、当時の事業部に籍をおき、横浜国立大学の大学院でプラめっきのキーテクノロジーである無電解銅めっきの基礎研究に着手された。今、盛んとなってきている社会人国内留学の走りだ。

そのときに提唱された『混成電位論』は、まさに無電解めっきの析出を理論的に明快に解析したもので、この研究成果に対して、当時関連学会から理論の提唱に関する論文に対して論文賞を、またプラめっきの確立にたいして技術賞が受賞され、関東学院大学の名前は表面処理分野では大きな評価を上げるようになった。しかも、国内はもとより、アメリカでも大きな反響があり、マスコミで大きく報道された。

当時は日本発の技術はほとんど無く、ヨーロッパやアメリカからの模倣が多かったのであるが、これら表面処理に関する一連の研究は、関東学院大学発の独創性の高い輝かしい実績である。

残念ながら、一連の研究論文は日本語でかかれていたために、世界的に評価されるまでに数年の期間を要した。

したがって、私が中村先生を受け継いで研究を遂行していく中で、論文の幾つかは英語で書くように心がけてきた。又、国際会議にも積極的に参加するようにしてきた。それが評価されて最近、内外の関連学会の賞を幾つか受賞している。特に海外の賞は日本人がまだ2、3人しか受賞していない賞で、これらは研究室を巣立っていった卒業生に代わって私が代表して頂いたものであり、みんなで喜びを分かち合うようにしている。

中村先生から研究室を引継ぎ30年になるが、コースドクター4名、論文博士1名、博士前期課程および卒研生あわせて、研究室を巣立っていった学生は300名以上になる。

これらのほとんどの学生は、表面工学の領域の産業界で活躍している。

このように、学院の事業部とともに研究を続けてきたが、つい最近まではいずれの大学においても、企業との協同研究に関しては評価されてこなかった。

我が大学の事業部は昭和42、3年から学園紛争が激しさを増し、産学協同路線反対との声が学生のみならず、若手の教員の中からも上がり、昭和45年に事業部を廃止し、大学が筆頭株主とする株式会社にせざるを得なかったのである。

現在は、各大学発のベンチャー企業の立ち上げが頻繁に報道されているが、すでに我々の大学では事業部から始まり、株式会社を持つ大学として社会に貢献していることを、強調すべきである。この1年間、雑感シリーズで大学と産業界の連繋について問いかけてきたが、我々の大学がこれまでの歴史、伝統と校訓をベースにし授業料にほとんど依存してきた研究と教育の仕掛けを変えていかねばならない。

アメリカやヨーロッパでは大学は、施設を提供するが、研究費は自分で稼がねばならないのが常識である。

アメリカに本拠地を持つ学会のリサーチボードメンバーになっているので、助成金の審査員もやっているが、アメリカやヨーロッパの大学の研究者は、こぞって研究助成に応募してくる。

日本においても、最近では国立大学の独立法人化、TLO、大学発ベンチャー企業、産学協同と頻繁に報道されるようになり、これからは自ら研究費を稼がねばならなくなってきた。

大学全てにおいて、国や財団の助成金を初めとして、民間からの委託や共同研究費を集める努力をせざるを得なくなってきている。本学においては、工学関連の研究組織として工学総合研究所と設備工学研究所があるが、これらをベースとして、更に活発な研究活動ができる体制作りが望まれている。

これからの研究は、大学の研究成果の権利を守り、再投資のための原資を稼がねばならない。他大学と同じ事を、しかも後追いでやっていてもジリ貧になるだけだ。

産学協同のルーツが、本学である自覚と自信を持って、産業界との連繋を更に緊密にする仕掛けを作り、学生の教育研究に生かしていかねばならない。


コーヒーを飲んで昼寝を


2月下旬、文部科学省の「快適な睡眠の確保に関する総合研究班」は、午後の作業能率を向上させる『正しい昼寝の方法』をまとめた。それは、昼寝をする前にコーヒーを飲み、目覚めたら外光を浴びようと言うもの。

人間は、夜間に十分睡眠をとっていたとしても、午後2時ごろになると眠くなるらしい。

このように日中の眠気は、作業能率の低下だけでなく交通事故を起こす原因にもなり、手軽な眠気防止策が求められていたと言う。

30分以上睡眠をとってしまうと目覚めが悪く、体がだるくなってしまう。したがって、15~20分の昼寝が疲れを取り目覚めがいいとされている。研究の成果発表によると、目覚めに良いとされる行為を幾つか試し、その効果について脳波を測定して、眠気の〈残り具合〉が調べられた。

その結果、最も目覚めが良かったのは、コーヒーを飲んでから昼寝をし、目覚めたら明るい照明を浴びるのが最高の効果を示したとのこと。コーヒーを飲んでからの昼寝ではカフェインのせいで睡眠(仮眠)が取れないのではと思われるが、カフェインが脳に届くのに30分程度かかるので、20分~25分程度の昼寝では、カフェインの睡眠に対する影響はなく、しかも起きてしばらくするとカフェインの効果が現れ、仕事の効率がアップするらしい。とはいっても私は、夜中の1時過ぎに床につく。4時か5時に一度起き、6時過ぎまで新聞を読む。もう一度7時過ぎまで1時間くらい睡眠をとる。目覚めは極めていつも良好。次いで又、直ぐに新聞を読みながらテレビを聞いて?朝食を摂る。このような不規則な生活を送っている私や、夜中の3時過ぎまでコンピューターに首っ丈になっている、いわゆる『お宅族』にはこの研究は意味をなさない。しかも、色々研究することはいいが、この種の研究を文科省が行っているとは!人間をブロイラー化しているようで余りすっきりしない。


3月末、何も起きなければ・・


 この原稿を書いている2月25日、株価は一万とび3百円台、構造改革推進派は、公的資金の再注入も考慮しながら銀行の不良債券を一気に処理することによって、資金の流れを円滑化すれば景気は回復するとしている。

一方、デフレ警戒派は、バブル期の不良債券はすでに処理されており、現在の不良債権はデフレの結果である。デフレ下では企業収益は低下の一途をたどり、公的資金を注入してもデフレが止まらない限り、不良債権は増えつづけ、したがって思い切ったデフレ対策が必要であるとしている。

デフレスパイラルから抜け出すにはインフレ目標、円安誘導、消費を刺激する思い切った減税をと提唱している。どちらが正しいのかこの3月号が出る頃には思い切ったデフレ対策と金融システム強化策が打ち出され、危機が乗り越えられる状態になっていることを祈っている。
 

厳しさ続く日本経済
関東学院大学
本間 英夫
 
日本経済は、一年にわたる在庫調整や米国の景気回復基調から、輸出や生産の一部に下げ止まりの兆しが見えてきたと言う。

民間企業は時価会計の導入を初めとして、グローバリズムや市場主義の名のもとに、必死に努力してきている。しかしながら、その間、一貫して株式市場は大きく売りたたかれてきた。

 政府は色々な株価対策を打ってきたが、功を奏さず、自由経済には禁じ手である空売り規制で、9000円台の平均株価が一気に大きく反転し、一週間で2000円くらい水準訂正した形だ。しかも、この上昇の仕掛け人は、外国人の買であるといわれている。なんとも皮肉な現象である。この状況を見て、政府が危機は去ったとコメントした瞬間に、今度は政府の無策に対して、警告を発するかのように株価が下がった。今は、日本の実態経済に明るさが見えてこないので、政府からのシグナルに株価は敏感に反応している。

 日本は景気循環で過去20年の間に、4回の在庫調整を経験している。これまでの経験則によると、在庫調整後に生産活動は上方に転じてきた。しかしながら、今回は、生産は下げ止まったが、増加に転じる兆候が見えてきていないと言う。

 公共投資の削減、建築需要の落ち込みで素材産業は悲惨な状態だ。付加価値の高いエレクトロニクスを初めとして一部の分野だけ生産が上向いてきている。アジアのなかで日本以外はプラス成長であり、中国を初めとして、アジア向けの精密部品はかなりの比率で日本が生産している。

 先日、久しぶりに我々が開発したあるラインを見学したが、精密部品向けの表面処理の生産は落ち込んでいないようであった。しかしながら、量産品は人件費の格安なアジアに生産拠点をシフトせざるを得ないので、ますます日本での設備投資や生産が、縮小から廃止の傾向にある。したがって内需回復は望めない状態にある。

 3月下旬に、製造業の危機的な状態に関する対談番組があった(残念ながらその番組を見なかったが)。「このままの状態が続けば、日本の物作りに従事する技術者はどうなるのでしょうか?」との、司会役の質問に、経済担当大臣が「5年もすれば人口が減るから大丈夫。」と、コメントしていたと言う。経済学者は、実際の製造業や物作りを知らないので、ずいぶん勝手なことを言っているものだと、とんでもない方向に舵取りされているようで不安である・・。

 日本の強みである物作りをきちんと理解した人が、政府内にアドバイザーとしていないのか?製造業を中心とした開発や生産技術に携わっている技術者の飽くなき情熱が、戦後の工業化社会を目指し安かろう悪かろうから、新製品開発、生産性、品質の向上など世界一にまでのし上げてきたのではないのか。

 現在、グローバリゼーションの名のもとに進められてきているリストラが、学会活動で知り合った多くの技術者にも降りかかっている。当人達は、現実に直面するまで、『まさか自分が!』との気持ちであった。リストラにあった後、自分の能力を発揮できる次の職場が見つからない・・。数年前までは、中小企業がこれらの技術者を大歓迎で受け入れてきたが、今はその余裕がなくなって来ている。この現実を見て、長いスパンで捉えたとき、果たして本当にこれでいいのか疑問だ。40代後半からの技術に対して、スキルの高い人たちを十把一絡げでは、ただの、体のいい首切りだ。企業を存続させるため、断腸の思いでの対策であることは一面理解できるが、それにしても、折角育ててきた人材の能力を無視して、きらねばならないのはいかにも無策である。

 早期退職を一定の割増金付きで募集すると、予測以上に応募者が殺到すると言う。企業によっては、この際思い切って銀行からお金を借りて応募者全員を早期退職させている。これらの人たちの多くは現在、就職口が無くストレスの多い毎日を送っている。

 大手企業で取引先を大幅に減らし、系列会社の色合いも薄くし、工場閉鎖、工場集約、海外移転、減俸、タイムシェアリングと、今は誰もがリストラを致し方ないと認めているようだが、これで経済の回復が期待できるのか?結局は、技術、信頼、やる気、モラル、地域社会との共生など、失われるものが余りにも多いのではないかと危惧する。


国語と算数の学力、12年前より大幅低下



 東京大学大学院教育学研究科の学校臨床総合教育研究センターは先月、小中学生の学力が著しく低下していると発表した。4月からの土曜日完全休日に伴い、教科内容を大幅に削減した学習指導要領が実施され、学力低下が心配されている。

 ある新聞の記事によると、公立小中学校(小学校16校、中学校11校)を対象に、89年のときと同じ問題を出して比較したとのこと。小学生の算数で、計52問のうち1問を除いたすべて正答率が悪くなり、89年の平均正答率が80・6%であったのに対し、昨年は69・1%と、11・5ポイントも落ち込んだ。次いで小学生の国語で7・3ポイント、中学生の数学は5・1ポイント、中学生の国語で4・1ポイントの低下であった。『先生方が、しっかりと指導しなくなったのではないか?』と、調査した教授がコメントしている。

またこの調査で、塾に通っていない子供と、通っている子供でも比較しているが、小学生の国語で、塾に通っていない子供の正答率は69・6%だが、通っている子供は75・9%と6・3ポイントの開きとなっている。学校だけに頼っていると、学力が維持できないことが伺われると、その教授は指摘していたが、なんとも嘆かわしい。教育ママは、この記事を見て塾通いの必要性を再認識するのか?

 しかし、従来の学力の基準や評価法は、21世紀型になっているのであろうか。2月号にも触れたが、小中学校で劣等生を自認する私は、世間が騒ぐほど落胆はしていない。これからは記憶型から創造型へ移行すべきである。今までは、記憶力に優れた若者の評価が高かった。

 しかし、私の知る限りこれらの連中が、その後、社会に出て大活躍しているのは少ない。工学だけに限ってみると、同僚の中で創造や着想に長けて、技術の開発や改良に抜きん出ている人は余りいない。むしろ、若い時に優等生といわれた連中よりも、その次に位置して、適当に自由に行動してきた連中のほうが、その後、大きく活躍していると思う。但し、基礎力だけはみっちり若い時に付けておかねばならない。

またいつも言っているように、実学的な英語力を小学校から習得させるべきではなかろうか。アジアで一番英語力がないとの汚名を拭い去るには、これから教育に反映したとしても、10年はかかるであろうが、どんどん英語圏から先生を迎えるよう、早くアクションを取ってもらいたいものだ。

 さらには、IT化に伴い小学生の頃からインターネットを介して検索能力を培うようにし、しかも入試もコンピューター持参で、今まで記憶に時間を費やしたやり方から、発想性を問うような問題も入れるようにする。英語に関しても、パズルを解くようなはめ込み問題は廃止し、実学的な問題を多く組み入れるようにする。

 我が大学の工学部では教養の先生方が、実学指向の一環として、英語の非常勤の先生を全て外国人にしたようだ。これからの大学教育は、画一的な教育から、本学ならではのキラッとした魅力ある教育をアピールしていかねばならない。『あの大学に入ったら将来はこうなるぞ!』との夢を持てる教育を打ち出せるように一人一人が努力して行かねばならない。
 

不正、疑惑のオンパレード??
関東学院大学
本間 英夫
 
 
機密費流用、高級官僚汚職、秘書名義貸し疑惑など、お金にまつわる不正が最近、一気に暴露されてきている。

 機密費流用では、かなりの数の、与野党議員の名前が挙がり、背広の仕立券だとか、車を贈られたとか唖然としてしまう。清らかな心をもっていれば、これらの不正に自ら手を染めることはないのに・・。おそらく初めは、ほんの挨拶代わりの行為から、徐々に不正に対する感覚が鈍感になり、増幅していったのであろう。議員の中には毅然とした人はいないのか!

 いわゆる大物政治家とは、政治に莫大なお金がかかると、税金の還流の仕掛けを作り、派閥の長となって、集金マシンの仕掛けを構築してきている。政治献金の名のもとに、特に公共事業がらみの献金は、とどのつまりが狡猾な税金の還流方法でしかない。その他の企業献金も、結局は利益誘導のためであると断言できる。そうでなければあとは谷町。

 
政治家に頼らねばならぬ理由はどこにあるのか


 公共事業は、確かに政治家の力が大きく及んでいた領域だ。これからは、今までの経験を生かして、公正に企業が競争できるように変えられていくであろう。

 政界のプリンスと言われていた加藤紘一氏の、政治資金の私的流用疑惑で議員辞職。外務省に関する鈴木VS田中問題。これらの疑惑や問題に端を発して政界がいい方向に大きく変わるであろうか?

 外務省の鈴木降ろしに至っては、機密解除と押印し機密文書を世の中に出すこと自体が、外務省のキャリアも、ノンキャリアも何をしているのだと言うことになる。

 機密は機密だ。外部に漏らす機密文書、これでは全く官僚に責任を持たせられない。機密解除をするのは歴史として後世に残すために、何十年後に解除すると言うのならわかるが、あまりにもずさんで、こんな馬鹿げた茶番をやっているから、日本国家自体が信用されなくなってくる。

 あの威勢のよかった大阪弁で、まくし立てていた辻元議員。いずれのテレビ局のコメンテーターも、同情のコメントはしていたが不正は不正と手厳しい。小悪は厳しく断罪され、巨悪にはなかなか司直の手が入らない。私的に流用していたのなら犯罪で問題は大きいが、国から出ているお金をブレーンや、手足になってくれる秘書に分けていたと言うのだから、手続きをちゃんとやっておけば何ら問題は無かったのに。

年上の議員に対する発言、首相に対する発言、国会答弁を聞いていると、人を敬う気持ちが無くあまり好きになれない議員ではあったが、あの威勢のよさから辞職する前に、議員の不正に関してもう少し切り込んでおれば、政治浄化が加速的に進んだかもしれないと悔やまれる。

 殊に、秘書疑惑に関しては、多くの議員が不正を起こすと、まことしやかに報道されてきている。今の政治システムでは、政治家一人では何も出来ないと言う。公認の秘書3人、その他、何人もの秘書を雇わねばならないと言う。大物政治家は何十人もの秘書を雇っている。中には奥さんを秘書にしているかなりの大物議員もいる。平然と、「地元でのあいさつ回りがあるので。」だと・・。それが秘書のやることなのか。

 辻元元議員のように弱小野党議員には、党からも資金がほとんど回ってこなかっただろうし、公的に支給される秘書の給料をシェアーし、一生懸命やっていたのに。

 参考人での質疑を聞いていると、議員時代の歯切れのよさは全く失せてしまっていた。本当は言いたいことが山ほどあったのだろうが、自分だけの問題ではなく、ひょっとしたら解党的なところまで行きかねないので、ここはジーッと忍の一字だったのか。


真の構造改革


 この際、思い切って議員の数を減らし、あのスピーカーでがなりたてる候補者の連呼、辻説法もいいが、これだけメディアが発達している中で、今までのやり方は思い切って止めにして、インターネットや新聞、ラジオ、テレビでの政策方針を述べるにとどめるのがいいのではないか。

 また、これらに関しては、資金力にものを言わせるのではなく、全て税金でまかなうようにする。親分、子分、派閥は全て解消。料亭会談などプライベートなら別にいいのだが、テレビであんなシーンを映さないで欲しいものだ。

 日本の今までの政治における慣行は、この際、全て止める。それには、同じ器では上手くいかないだろう。思い切って、一気にどろどろしているものを全て吐き出し、現在の閉塞した状態から脱却するために解党、再編成をしない限り上手くことが運ばないように思う。

 この十数年じわりじわりと国の力が弱体化し、国が6百兆以上の借金を抱えて破産状態になっているのに、危機感が国民には伝わってこない。このじわりじわりと体力が低下しているのを直すのは一番大変だ。自覚が無いだけに瀕死の重症のようなものだ。国民からの9割近い支持を得ていた時も、改革は緒についたばかりで大きく前進しなかった。前進できなかったのかもしれない。抵抗勢力、守旧派からの圧力で・・。

したがって、居丈高に構造改革と叫んでみたものの、器が変わっていないために、改革は一向に進まなかったのだろう。痛みが伴うと、民間だけは不良債権の処理、持ち合い解消、思い切ったリストラ、それに伴う失業率の大幅アップ。その間、政府が実行すると約束していた改革は、一向に進んでいないように見える。

しかも、現体制での改革の困難さは、今回の郵政事業の民営化法案ではっきりした。民間参入を促す法案が、現首相の構造改革の最大目標であったのに、規制が多すぎて民間から参入はないという。これでは改革を期待していた国民も落胆・・。

 小泉人気も、これでは再上昇は期待できない。折角、国民の人気をバックに思い切ったことが出来そうな気がしたが、やはり器が同じでは摩擦が大きくて、思ったようには改革が進まないのであろう。また、官僚主導の行政を変えないと、上手くいかないだろう。

 フットワークのいい民間企業は、この間に思い切った改革をすすめてきている。進めざるを得ない。つぶれてしまうのだから・・。したがって、駄目な企業が集まって、肥大化しているにっちもさっちも行かない企業は、いずれ衰退の運命をたどることになる。でも、日産のゴーン社長のように外国の人の手を借りて、情に絆されないで強引にリストラをやれば別だが。このまま、ダッチロールよろしく国の衰退を放置するのか。

都知事の動きが最近取り沙汰されている。田中真紀子は、あの疑惑で後退してしまった。したがって、カリスマ性のある政治家は、都知事以外もう他にはいない。

さて、どうなる?どうする日本!


道徳教育の大切さ


なぜこんなに不正が起こるのか?人口の8割以上が戦後派となった現在、戦後教育を振り返ってみると、偏差値教育、受験のための勉強、さらに情操教育はなおざりにされてきたのではないだろうか。

道徳教育や情操教育の重要性を、声を大にして訴えると、この戦後50年以上は軍国主義につながると、それを避けるような風潮があった。確かに、方向を間違うと大変なことになるであろう。

 しかし、教育方針が有識者を交えて大所高所から決定するのであるから、おかしな指導書は出てこないはずである。また、一部には試験的に採用されているとも聞くが、先生にだけ教育を任せるのではなく、教育実習生の若者からシニアまで、色々な立場の人に来てもらって授業をしてもらったり、自分史を語ってもらったり、課外授業をもっと取り入れるようにする。そうすれば、自然に情操や道徳意識が高まるであろう。心が豊かになれば不正は起きないだろうし、自ら善悪の判断はできるようになるはずである。

 我々の社会が、こんなにも不正だらけで混乱している状態から、正しい方向に変化を起こすのは、取り締まりや法的強化ではない。純真な心を持つ子供の頃から、豊かな心で人生を送るように、何十年もかけて教育することが大切なのではないだろうか。


高速道路の老朽化


 四月下旬、都内の高速道路の、かなりの数の鉄柱にクラックが入っていると報道された。

昭和39年の東京オリンピックを目標に、高速道路網の建設が始まったので、古いものでは、すでに40年経過していることになる。当時と車の台数を比較すると10倍以上になっているだろう。したがって、車が通るたびに振動を伴う負荷が鉄柱にかかり、金属疲労および、以前にこの雑感シリーズで紹介したフレッティングコロージョンが起こるであろう。

一年程前のトンネル内でのコンクリート崩落事故もあったが、高度成長期に敷設された鉄道網、道路網は今まさに、老朽化が指数関数的に増加してくる。公共事業の予算が削減され新しい鉄道網や道路網の建設は凍結になっている個所が多いが、これらの老朽化に伴う補修が、もしなおざりになると大惨事になりかねない。

今回の鉄柱のクラック状態がテレビの画面に大きく映し出されていたが、状態は初期段階を過ぎ、かなり危険な状態にあることが素人目でもわかる。これからは、この種の危険性が指数関数的に上昇し、安全管理および対策だけでも莫大な費用がかかるであろう。国道や県道が年度末になると、あちこちで未だ充分に使用に耐えるのに、掘り起こし、舗装し直しが見られるが、むしろ安全管理のための補修に力点をおいてもらいたいものである。
 

表面工学研究所発足
関東学院大学
本間英夫

 
3年前に北欧の大学を視察したが、特にヘルシンキ工科大学の研究所を見学し、活動状況を聞いて、これは本学でも研究所を作らねばと思い立った。

研究所の設立構想を、OB会で卒業生諸君に語ったのは、それから更に半年が経過していた。

すでに、日本の産業の国際競争力が大きく落ち込み、政府は科学技術の進展に予算を重点配分するようになってきていた。

 国の借金がどんどん増大する中で、国立大学の独立法人化、すなわち民営化が打ち出され2004年に実施される。

 また、国・公・私立を問わず多くの大学では、これからの少子化に伴い生き残りをかけた大学経営の見直し、魅力作りが進められてきている。たとえば、学科の名称変更、新学部新学科設立、さらには、国の施策に呼応したハイテクセンター設立【国と大学が半分ずつ負担、現在すでに90以上(124研究室)の大学で実施されている】等。

 我々の大学でも短大を廃止し、人間環境学部が本年4月に立ち上がった。加えて、新学科としては、法学部に新しく法政学科が増設された。工学部でも学科構成の見直し、新学科の設立が3年位前から検討が進められている。

我々の所属する工業化学科は、「煙もくもく」との印象があり、6、7年前にカリキュラムを変更し、応用化学科と名称変更の申請に向けて活動していた。

 しかしながら、当時はまだ文部省の許認可権限が強く、申請前のお伺いの段階で断念せざるを得なかった。

 最近は、大綱化に伴い、あと2年で届け出制に移行する。

各大学で自由にやって下さい。あとは市場原理で淘汰される大学も出てきますよということである。

 このような背景の中で、これからの大学の将来を考え、OBの多くが表面工学関連領域で活躍しているので、研究所を是非立ち上げねばと、具体的に動き出して1年くらいになる。それ以前は、外堀を埋めるべく雑感シリーズで構想を述べたり、大学内の要人に構想を話したり、またOBの大先輩をはじめ、産業界の経営者にも話してきていた。

 先ず設立にあたって、大学内に研究所を作れるか?これは、個人の力では到底無理と判断。大学に対しても、OBに対しても、産業界の方々に対しても、最も説得力があり、最も成功を収める可能性が高いのはなんであろうか?

 産学協同のルーツは本学にある。したがって、大学の事業部から株式会社に独立した関東化成(大学の持ち株会社)の敷地内に先ず分室を作ること、これが研究所設立の近道であると、私も関東化成の役員も意見が一致した。

 関東化成が本学の事業部から独立して30年が経過した3年前、30周年記念式典で当時の社長が参加者に対する挨拶で、本学との産学協同の推進を宣言された。それから大学のトップと、具体案の話しが始まった。この種の計画はフットワークがよくないと、ずるずる具体化が遅れてしまう。

 今回は意外に時間がかかったが、オーナー企業のトップが即断即決できるのとは違い、承認されるまでの手続きが煩雑で、期間がかかるのは致し方ないであろう。とにかく設立にゴーのサインが出た。おそらくこの雑感が掲載される頃には研究活動がスタートしていると確信している。


小さく生んで大きく育てる


 少子化に伴い、数年先には幾つかの大学では応募者が定員を割り、最悪の場合は経営が成り立たなくなり、廃校に追いやられると予測されている。

 すでに、18歳人口はピーク時の210万人から60万人減り、さらに数年で30万人減少する。したがって、現在のように各大学でほぼ同じ教育がなされているようであれば、当然偏差値の低い大学は消えていく運命にある。我々の大学も、うかうかしていられない。本雑感シリーズで幾度となく教員一個人として何がやれるかの考えを述べてきた。

 大学では、経営トップと時の教育責任者およびそのブレーンが、真剣に迅速にアクションを取らねば改革は進まない。

 大学によって改革スピードに大きな差が出てきている。トップダウンの大学や経営者のメンバーに産業界の大物を招聘している大学は、極めて早く改革が行われている。

 特にトップ30に残れる可能性のある大学では、思い切った改革が進行している。トップ30の大学には研究費が重点配分されるので死活問題である。領域が幾つか決められており大学全体の評価ではないので、一つの科でも充実した教育研究をやっていればその領域でトップ30に入れる。

 我々の大学では望むべくも無くスタートラインで断念である。したがって、これから先、研究費が学生の授業料や、国の助成金で賄えないようになるのは明らかである。ますます工学部の研究のポテンシャルが停滞してしまう。

 今、盛んにCOE(center of excellence)と言う用語が使われているが、これは各大学でそれぞれの特徴を持ったセンターの設立を意味している。大学全体としては領域が小さいかもしれないが、表面工学に関する研究と教育は本学の特徴であり、国内外でも評価されていると確信している。

 現在、この領域の研究を主に行っている本学科の教員は、私を含めて3人になった。研究所設立にあたってはリスクを回避したいとの声も大きく、研究所は有限会社とし、300平方メートルの分室から始めることになった。本学のCOEとなるように小さく生んで大きく育てる気概を持って、特徴のある魅力的な研究所に育てていきたい。


本年度の研究室の陣容


 今までの研究室を、父兄や企業の経営者が見学したら、特に蒸し暑い梅雨時から夏場にかけては、よくもこんな環境で研究をしていると驚くであろう。

企業の研究者や外国からの研究者も度々訪れるが、必ず実験室を拝見したいと言う。私がお付き合いしているどの大学よりも、研究環境が劣っているし、外国では整備された研究所をすでに数十箇所視察してきているので、あらかじめ弁解しながら見学してもらう。実験室を見た後の研究者のコメントは、一様に「我々の大学時代もこうでした。」と。

 教員の間では、他の先生方の実験室には滅多に入らないものだが、先日、他学科の先生二人に廊下でばったり会い、実験室を見たいと言う。どんなところで研究をやっているのか興味があったのであろう。

 ところが実験室に入る早々、予想に反し狭隘で劣悪な状態にびっくりしたらしく、こんなところでよく実績が出るものだと驚いていた。寂しくなるが環境じゃないですよ、やる気ですよと虚勢を張る。

 70平方メートルの狭隘な実験室に冷房も無く、冬場は補助暖房だけで、そこに毎年約20人の学生が詰め込まれているのである。それでも学生諸君はそれほど不平を言わなかった。

 他大学と比較すると、確かに現在のところ研究環境は大きく劣っている。大学全体として建物の改築や冷暖房の整備は進行しているが、実験室は一番後回しになっている。講義用の建物は立て替えられキャンパスは立派になった。しかし、工学部の建物は老朽化しているが、建て替え計画は積極的には進んでいないようである。

 日本の強みであった製造業、特に新卒者の多くを吸収してきたエレクトロニクス関連業種の停滞で、電気電子の学生をはじめ、材料がらみでの化学の学生、機械システムがらみでの機械科の学生の受け入れも大きくて低下してきている。

 また、産業構造が大きく変化し、公共事業が大幅に削減され、土木や建築の卒業生の就職先は大きく制限を受けることになる。

工学部全体の学生の受け入れは、今後どうなるのか。少なくともバブル絶頂期のような卒業さえすれば、「どんな学生でも。」との超売り手市場は、もう絶対に戻ってこない。

しかも企業の受け入れは、大卒から大学院修了者にシフトしている。したがって、我々工学部に所属する教員は、一人一人の学生の力をつけるように今まで以上に努力しなければならない。

 今年の陣容は、博士後期課程三年3名、ニ年1名、博士前期課程ニ年3名、一年5名、学部卒研生11名、合計24名である。

上記のように、いよいよ待ちに待った研究所が6月から立ち上がった。スタッフルーム、ミーティングルーム、クリーンルーム、一般実験室、機器分析室を完備しているし、廃液を全て原点回収する必要も無く、研究の環境は、今までと比較すると大きく整備された。スタッフ、学生ともどもこれまで以上にアクティブな研究活動と実績を上げていかねばならない。
 

熱狂的なワールドサッカーを終えて
関東学院大学
本間英夫
 
日本戦、研究室はがらんどう。日本戦、委員会も気がそぞろ。日本戦、家内までもが手を休め。一月にわたる世紀の祭典ワールドサッカーも幕を閉じ、生活のリズムを元に戻すのにはすこし時間がかかった。

 サッカーの試合で折角チャンスであったのに、ミスから相手にボールを取られたときなどコーチは「切り替えて!」という。その切り替えに今回は時間がかかったのである。全くサッカーのルールも醍醐味も知らなかった小生が、6年位前から本学のサッカー部部長として5年間、今年からは顧問として部の面倒を見てきている。

 したがって、今回のワールドサッカーは楽しみであった。夜8時頃からのほとんどの試合はテレビで観戦。さすがに昼間の試合は授業や委員会その他の雑務があるので、日本戦以外は夜のダイジェストで見ることにした。

 さて、日本が決勝リーグに進出すると予測していた人はどれくらいいたのだろうか?

おそらくサッカーを知っている人の多くは、世界強豪チームとの差から厳しい予測をしていた。個人のスキルとチームの組織力、フィジカルとメンタルな面での総合力からみて、世界との差を感じていたはずである。今回はホームでの戦い、また熱狂的な声援の中で持てる力を発揮できたのであろう。

 素人なりにじっくり一人でテレビを観戦することが多かったが、外国選手は身体能力では高さ、重量感、瞬発力、俊敏さ、持続力があり、組織力更には個人のスキルは抜群である。彼らがワールドサッカーに向けてきっちり調整して最高のコンデションでこられると、日本はまだまだの感がある。4年後のドイツでの大会に向けてJリーグをベースにどんどん力をつけて行くことを期待したい。


経済効果は


 それにしても、日本各地の拠点で応援に駆けつけたあの若者のエネルギー、あれだけの若者がどこから集まってきたのかと思うくらい、国立競技場やその他の場所に集合し応援していた。

 学会の委員会に出かけた折、たまたま試合が終わって少し時間がたっていたのであろう、JR山手線にはかなりの若者が、顔にペインティングし青色のユニホーム、ほとんど全く同じいでたち、ほとんど何も持っていない。

 職業柄、即座に経済的な波及効果はどれくらいあったのかと考えてしまう。また外国からの応援に駆けつる団体をあてこんで、ホテルも万全の体制で臨んだようだが、それも不調に終わっているらしい。大会中、新幹線に乗る機会があり、多くの外国からの応援に駆けつけた人たちを目にした。

 新幹線は会期中乗り放題で、均一料金だったようだ。サッカーの観戦だから当たり前のことだが、みんな身軽な服装だ。開催地区の商店やタクシー会社やホテルは、今がチャンスと大分皮算用していたようだが、これも当てが外れたようだ。

 そもそも、サッカーはボール一つで楽しめる庶民のスポーツとして発展してきているので、初めから経済効果をあてこむのではなく、純粋にスポーツの祭典として、世界の民が理解し合えるようになることが大切なのであり、経済波及効果などと邪心を持ってはいけないのだろう。


アメリカの株価5年前に逆戻り


 ITバブル、あの9月11日の忌まわしいテロ事件後につけた株価を下回り、7月3日なんとニューヨークの平均株価は9000ドルを切り5年前に逆戻り。

 日本の株価も10年以上前のバブル絶頂期と比較すると、現在の平均株価は3分の1以下である。今回、アメリカの株価下落の直接要因は、エンロンの不正会計処理にはじまり、今回はワールドコムという情報通信の会社の不正が発覚し、これからも同じようなことが他の企業でも芋ずる式に露呈されてくるのではないかと不安からである。

 日本の株価はアメリカとの連動性が高く、今回は世界市場でも同時株安が進行している。日本では金融機関の不良債権処理が、世界標準としてのBIS規制のもとに、2年位前から進められているが、デフレスパイラルの中では、処理しても処理してもどんどん不良資産が増えつづけている。持合の株も不良化しているとの事で、その額なんと30兆?これがこの1年くらいの間に市場で売られると言う。したがって、このような状態では来春からのペイオフは延期しようとの意見も自民党から出ているとのこと。

 我々素人にはわからないが、経済が右肩上がり成長時には今までとってきた先送り戦略は効をそうした。しかしながら、この10年間、この策は全て裏目に出ているのか税金をつぎ込んでもつぎ込んでも、どうにもならない状況である。あたかも乾いた砂に水を注ぐかのように。アクションが遅いと効果は大きく減殺されてしまう。

 グローバルスタンダードの名のもとに、全てが大きく変革し日本はどのようにこれから対応していくか正念場に来ている。

 エントロピーは常に増大するのであるから、加速的に秩序は低下し混乱度は増大する。ドラッガーが最近著したネクストソサエティー、そこには刺激的な内容が書かれている。歴史が見たことの無い未来が始まる、ビジネスの常識が根底からくつがえると。


本年の就職状況


 企業はこの10年以上に及ぶ血の出るような努力を重ねてきている中で、リストラの名のもとに余剰人員をカットし新規採用も大幅に縮小してきている。

 雇用は社会の安定の根幹をなすものであるが、失業率も5%を超え学生の就職に大きな影響が出てきている。10年位前までは大学さえ出ていれば、どんな学生でも受け入れるとの時代とは隔世の感がある。

 大手企業の多くは、これまではあまり株主を意識しない経営であったが、これもグローバルスタンダードの名のもとに、最近は大きな変化が見られる。そのあおりで、本年の大企業の採用計画はかなり遅くなっているようである。

 学生及び教える我々のサイドからすると、なるべく早く就職を決めて、卒業研究に集中するのがベストである。ところが本年は大変である。企業は人員の削減、即戦力要員の効率的確保、当然新卒にしわ寄せがきてしまう。

 しかも、本年の場合はこのような状況で、インターネットによるエントリーが一般化しており、学生はどんどん自宅からアクセスしているようだ。

 しかしながら、募集人員が少なく、苦戦を強いられているようである。5月連休明けに、ある中小企業の社長から電話を頂き「先生、募集をかけたら45名くらい応募があったのだけど、大学院の学生が半分以上いますよ、それも有名大学ばかりですよ、先生のところの学生さんどうされますか?」

 これは大変なことになったなと、いつもは6月の終わりくらいから、ぼちぼち動けばいいかなと思っていたが少し早めねばと。

 5月の中旬から6月上旬にかけて知り合いの企業、昨年から予約の入っていた企業に電話をして、今年は6月の中旬までに全員の就職を決めることが出来た。全員決まった後も、大手や中小の幾つかの企業から連絡があり、今年の採用計画がやっと決まったので学生を紹介してくれという。

 今日は7月3日であるが、昨日までそのような会社が10社以上あった。うれしい悲鳴である。きちっと実情を話し、来春はよろしくと、お伝えしておいた。

 採用の仕方も、最近は大学の名前よりも研究室を選んでくれているようであり、即戦力の人材を確保する傾向が強くなってきた。

 先月号に書いた表面工学研究所が少し遅れているが、やっと実験台、実験器具、備品がそろった。本格的に学生ともども、フレッシュな感覚で、産業界において十分通用する能力を持てるよう、表面工学の幅広いテーマーと先駆的なテーマーにも取り組む。

 研究所の実質的な研究開始が少し遅れた理由は、現在の社会情勢を反映しているが、設備投資が大きく減退しており、注文しても在庫の無いものが多く、それが律速となってしまった。
 
 

半導体産業の行方
関東学院大学
本間 英夫
 
 ムアーの法則にしたがって半導体は着実に微細化し、開発品ではすでに0.1ミクロンにまで到達している。

 微細加工をするための加工ツールや評価機器は、数億円から数十億円、しかも減価償却前にどんどん更新せねばならない。果たして、それで利益が上がるのであろうか。

その矢先のITバブル。シリコンバレーでは、IBMを筆頭に大企業は大規模な縮小、撤退、多くのベンチャー企業の撤退が相次ぎ、一時の活況とは程遠い状況であると言う。一端このような状況になってしまうと、元の状態に復帰するには莫大なエネルギーが必要となる。

 一方、国内に目を転ずると、半導体関連の設備メーカーは、設備投資の冷え込みで、仕事ががた落ち。装置メーカーや薬品メーカーは、国内需要の冷え込みから海外展開を余儀なくされている。露光装置は数十億すると言う。撤退したほうがいいのではとの判断もあるようだ。

 微細化に伴い材料の使用量はどんどん減る一方に対して、加工や評価ツールは高騰の一途である。それでも台湾は、世界の半導体工場を標榜し、どんどん経営者が投資している。台湾や韓国では、半導体を初めとしてハイテク技術に優遇税制措置がとられている。日本はそのような優遇税制措置がないので、このままではどんどん弱体化するであろう。技術の変化のテンポが速い領域だから、投資と回収のいたちごっこである。


エレクトロニクス売れ筋商品は


パソコンの需要は一巡し、しかも1998、99年製のパソコンの性能及び耐久年数も向上しているし、しかも景気の低迷で買い替え需要は冷え込んでいる。

 すでに、本年のクリスマス需要はあまり期待出来ないとも言われている。一縷の望みは携帯電話か。携帯電話の性能は大きくアップし、最近では写メールとかで、カメラ付きの画面の大きいものが唯一売れ筋らしい。それから短い映画もダウンロードして見られるようになっているとの事。

 さらには、時計サイズにまで小型化する計画(当初の構想で時計サイズは打ち出されていたが)と言う。携帯も行きつくところまで行くと、もうそれ以上の伸びは期待できない。人口構成から判断しても、ある程度お金に余裕があり、いろいろのブームと共に歩んできた我々の第一次ベビーブーマーは、すでに50代の後半であり、余り性能がアップしても使用するのはほんの二つから三つの機能だけ。

 ちなみに、どちらかと言うと何でも新しいものに飛びつきすぐに購入する小生ですら、初期の真っ黒で、でっかいPHSを音声がクリアーだからとの理由で購入。その後、性能が上がり機能が色々付加されだしたが、通信用には携帯よりも高速であるとの理由から、又PHSを購入、さらにはそのバージョンが少し上がったとの理由から買い換えている。

 と言うことはこの10年位の間で、3台買い換えたことになる。今の若者は買い替えの頻度ははるかに高いだろうが、我々の年配では、携帯の使い方はほとんど連絡用のみで、いろいろ機能が付加されてもそれに追いついていけないし、これだけの機能で十分であると思っている人が圧倒的に多い。したがって、後のターゲットは若者。

 最近、授業中におしゃべりする学生はいなくなった。真剣に講義を聞いているのかと先生方も満足しているようだが、実は彼らは授業中にメールを送受信したり、インターネットから情報を取ったりで、もう携帯が生活の一部と言うより主要部分を占めるようになってきている。

 テレビ文化で一億総ーー(あれこれ変換できない、ということは差別用語で使用できないのかな。)といわれていた時代よりも、いつも使われる側に立っている21世紀を担っていく若者の能力は、低下の一途をたどるのかなと心配である。

 初等中等教育で総合学習科目が新設され、義務教育10年間で700時間学習するとのこと。従来の評価法では育たなかった、豊かな感性を持った若者を育てることが、この学習の目的であると文科省は実行に踏み切った。しかし一方では、基礎力が低下するのではとの危惧もでている。さらには大学に入っても将来に夢が無く、刹那的な遊びに耽溺しているようでは先が思いやられる。とにかくこの10年くらいの間で、日本が世界の中で、アジアの中でどのようなポジションに位置することになるのか結論は出ているだろう。


内需拡大が景気回復の決め手


 売れ筋エレクトロニクス製品の話が、変な話題に飛んでいってしまったが、戦後一家に一台と、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫、その他の家電製品は、それぞれ時期を同じくして立ち上がった。したがって、需要予測はそれほど外れなかっただろう。しかし、現在は物が豊富で、十分今の状態で暮らしていけるし、よく言われているように老後の不安から、買い替え需要は一向に盛り上がらない。また、生活を更に豊かにしてくれるだろう新規エレクトロニクス製品がいろいろ出てきているが、これも盛り上がりに欠ける。前にも書いたことがあるが個人消費が景気の決め手になる。

 今までは金利が高く、時間がお金を増やしてくれた。ところが、これだけ金利が低下すると、リスクをとらないとリターンが無いといわれだした。しかし、経験の無い人は、今まで通り金利のつかない郵貯や銀行に預けるしかない。したがって、貯まりに貯まった1400兆余の個人財産を、如何にして市場に出すかの仕掛けを、今、真剣に考えねばならない時期に来ている。

 思い切った生前贈与(完全無税化)、寄付金に対する優遇措置(大学に寄付した場合にでも国税はその分、税が控除されるが、地方税は赤十字への寄付以外は税金が取られる。このことを知らなくて、大きな持ち出しになった経験がある)、税の直関比率の見直し、土地税制の見直し、為政者は色々知恵を出しているようだ。平均的に見ると日本では、せっせとお金を溜め込むことだけにあくせくして、面白くない人生を送っているように見える。現在は貯蓄の多くを老後の不安の解消にまわさざるを得ない状況にある。これでは一体、人生はなんだったのか。このような灰色の状態から、豊かで充実感のある生活を送るのに振り向けたくなるような仕掛け、たとえば個人がセカンドハウスを手ごろな価格で持てるようになれば(実は今ピークの時から比較すると3分の1から5分の1になっている所が多い)これだけでも経済効果は大きい。また、生前贈与税を思い切って撤廃すれば青年層に至るまで土地付き住宅やマンションを購入する意欲が高まる。受託産業は勿論のこと、自家用車、家電製品、家具、経済に対する波及効果は絶大である。


景気が回復気味


 6月末の経済指標によると、景気は底をうち回復軌道にあるという。しかしながら、6月の株主総会で行われた3月の決算報告では、大企業の一部では好決算を出したようだが、その発表を揶揄して、雇用無き景気回復、中小無き景気回復、地方無き景気回復といわれている。リストラ効果、海外移転、減量経営で利益を出している大企業が多い。したがって、これからが大変だ。

 今まで地方に回っていた生産の拠点が、中国を中心とした海外に展開している。したがって、日本の雇用はどんどん低下し、全体としてはだんだん弱体化している。政府は技術立国としての立て直し策として、税のかなりの部分をハイテクの助成、たとえば民間の高度先端技術への助成、トップ30と大学への重点配分などにつぎ込むと言う。それも大切なことだが、もっと先端技術をやっている企業向けに優遇税制措置を講じて活性化していかねばならない。


雇用無き回復


 企業の減量経営、業績低迷からの脱却と思い切った雇用の削減が、多くの企業、特に製造業で行われてきた。したがって、失業率は大幅にアップしている。

 これまでの20世紀型のいわゆる工業化社会においては、企業間の競争を背景に大規模な生産設備の積極的投資、多くの労働力確保により、どの企業も大きく成長してきた。今や、日本の生産能力は過剰になり、人口もこれからは高齢化少子化でピークアウトし、シェアーを外国に求めてきた手法もアジア諸国の追い上げで、もはやこれも通用しない。

 これまでの成長軌道は過去の軌道であり、これからはポスト工業化社会では、生産規模は縮小、人員削減は避けて通れず、単純な生産労働や事務はどんどん効率化され、従ってこれらの領域では、終身雇用の受け入れ人数は大きく低下する。すでにアウトソーシングやパートタイマーの活用が常識になってきている。
 

オンリージャパンへの武装
関東学院大学
本間 英夫
 
 言い尽くされた感があるが、戦後50年余り西欧から導入された技術を上手く改良し、産業競争力も一時(1993年)は世界のトップに踊り出た。しかし、いわゆる負の10数年の間に生産拠点のグローバル化、アジア諸国、特に中国の台頭により、日本の産業競争力は一挙に30位以下に転落してしまった。高コスト構造を是正するために、中高年層の大量のリストラ、新規雇用の縮小、最近では賃下げ、ついには人勧も戦後初のベースダウン。

 これまでの日本は、アジア諸国の先頭に立ち発展してきた。しかしながら、これからは西欧諸国の技術の物まねは通用しない。企業経営者が度々オンリーワンを目指すというが、大企業で潤沢な開発資金と知恵の出る技術者が何人もいるのならば、それも納得できる。しかし、表面処理産業では一社で開発投資を行い、オンリーワンを狙うとの考えは通用しないであろう。むしろ、大学や公的機関とコラボレートして、積極的に日本発の技術をどんどん作り上げていかねばならない。オンリージャパンの技術の気概を持って。

 おりしもこの原稿を書いている時に、日経に大企業への開発投資に関してのアンケート調査結果が載っていた。それによると、企業の65%が開発投資額を増やし国際競争力を高めると言う。また外国の大学への委託研究を削減し、国内の大学との連携を強化するという。

 外国の大学や公的研究機関を視察してみて、日本の企業がこれらの機関に委託研究や大型の寄付をしている実情を知り、なぜもっと日本の大学と連携しないのかと疑問に思っていた。日本の多くの大学では、30年位前の学園紛争の経験から産学協同や産学連携に対してかなり拒否反応が強かった。多くの先生方は、産業界との共同研究に対しては冷ややかな見方をしていたのである。

 それがこの数年の間で状況がかなり変わってきた。政府は技術立国としての日本の再生をかけて、研究や教育に対する予算配分を大幅に変えてきている。民間企業も積極的に開発費の一部を大学に寄付したり、委託してもらいたいものである。


これからの教育


これまでの改良型、模倣型をベースにした日本では、均質で暗記型の教育でよかった。しかしながら、これからは高度の知識を獲得し、知恵の出せる技術者を多く輩出されねばならない。ゆとり教育がそれを狙って考えられたのであろうが、既に構築されているシステムを変革するには、多大の努力とエネルギーが要求されるであろう。また、創造性を豊かにしようと、本年度から導入された総合教育が定着するには、かなりの時間とノウハウの蓄積が必要であろう。

 21世紀は創造性のある天才育成型に切り替える必要ありと唱える人が、かなり多くなってきているようだ。しかし、これまでの教員としての経験から、創造性の豊かな人、記憶力が抜群にいい人、着実に与えられたテーマーをこなしていく人、調査能力に強い人、工学的センスのある人、無い人、人それぞれである。

 氏か育ちかとの論議があるが、最近読んだ「時間、愛、記憶の遺伝子を求めて」サブタイトル生物学者シーモア・ベンザーの軌跡(早川書房)著者、ジョナサンワイナー 訳者、垂水雄二によると、残念ながら氏だという結論である。

 遺伝子に、既にそれぞれの能力が組み込まれているようである。それぞれの能力が備わっていても、知識が無ければその能力が発揮できないのであり、したがって、基礎教育の段階からそれぞれのセンスが、大いに育成できるようにするのがいいのではないか。

英語教育も、実学的な会話を重視した形に変わるよう文科省が提言している。そのために先生の再教育が必要である。

たとえば、英語の先生はTOEICの点数で、720点以上獲得しなければならないとしている。しかし、現役の英語の教員で、その点数を取れる人はかなり制限されてしまう。それだけの能力を持った先生が全国で教えるようになるには、少なくとも10年はかかるのではないだろうか。

戦前戦後を通じて、これまでの英語教育は実学的な点からみるとあまり改善されていない。日常の会話をこなせる人は、おそらく全人口の1%もいないと思う。かなり英語力のある人でも会話となると全く駄目と言う人が多い。単一民族で外国との交流が少なかったので致し方ない面もあるが、それにしてもお粗末である。

今までも、このシリーズで言い続けているが、英語の入試問題を思い切って各大学で口語に重点をおけば、これからの18歳以下の英語力は大幅にアップするだろう。いずれにしても、現役の先生自身にその能力が無いのだから、時間はかかるであろう。

 大学の教育も然り。4年間の教育課程において基礎、教養、専門と縦割り、横割り、色々なカリキュラムが検討されているが、多くの教科は単位を取得するためだけの科目になってしまっている。

 学生も積極的に興味を持って、授業に参加していないのが現状である。試験のやり方も、ただの暗記型から調査型、創造型に切り替える必要がある。学生自らが色々な手段で調査、創造し、その結果をレポート形式で提出する方式がこれからはもっと導入されねばならない。


理科離れの学生の能力アップを


 大学が大衆化し、18歳人口の約半分が大学に進学するようになってからは、自ら意識を高くして将来を見据え、チャレンジしようとの意欲を持った学生は極めて少なくなった。また、我々教える側の能力や使命感が、低下してきているのも事実である。

 我々の大学でも、工学部の受け入れ学生数は、この20年以上大きな変化は無いが、理科系の科目の取得単位数の少ない高校生を受け入れなければならないところまで来ている。高等学校までの受験対策型勉強の欠陥か、理科離れが実際に修復できないところまできてしまっているのである。高等学校に入ると、理科をほとんど専攻しない生徒が8割くらいいると言う。したがって、理科の基礎内容を理解していない学生を対象にして、教育にあたらねばならないので必要以上の労力を強いられる。また、今の多くの学生は文章表現能力にも欠けている。

4年生(卒研生)は卒業研究論文の作成が必須であり、中には学会での口頭発表のための概要を書かねばならない。また、博士前期課程の学生には必ず論文を書くように指導してきたが、最近は全くその能力が低下している。英語での論文など全く期待できない。

 テレビ文化、漫画文化で長文の小説は読んでいないし、学術論文に至っては自ら読むと言う習慣は全く無い。かなり時間に余裕を持たせて概要や論文を書いてみるようにしても、下地が出来ていないのだから無理なのである。その彼らに自信を持たせて、産業界に送り出せるように指導しなければならないのだから、大変な労力がかかる。

したがって、大学に入ったら即座に意識変革をさせ、これから何をなすべきなのか、自覚させるような仕掛けを早く構築しなければならない。最近の学生は出来が悪いと、嘆いてばかりいても何にもならないのである。

 今までの日本の教育システムの欠陥が現れてきている現状を認識し、これからは創造型人材の育成(それだけが教育の目的ではないが)に力点を置かねばならないとの理解のもとに、教員一人一人が努力しなければならない。


知恵の出せる技術者の養成を


 高度な知識や技術に裏打ちされた知識労働者、知恵の出せる技術者の価値が大きく高まってくる。

 今までは終身雇用で、個人は生活の安定を保証され、会社に対する帰属意識は高かった。しかしながら、これからは就社ではなく就職、アメリカのようにジョブホッパーが徐々に増加するのか。アメリカでは、知的労働者は組織への帰属意識が低く、自らの能力を最大限に発揮し評価される。もし評価が高ければ見返りも大きいが、評価が下がれば減俸、あるいは自ら去らねばならない厳しさがある。流動性は高い。

 今まで小生が知り合ってきたアメリカの技術者も、一つの企業への定着率は低い。日本でもポスト工業化社会と称して、さらにはグローバリズムの名のもとに、このような形態になるのか。

 小さな日本では、この形態は馴染まないのではなかろうか。したがって、知識労働者を惹きつけるために、給料に代表される処遇だけでなく、知的好奇心をどんどん満足させるような魅力的な仕掛け作りに経営者は考えを馳せねばならない。

 中小の経営者の中には、すでによきパートナーとして高度な知識とスキルを持ち、知恵の出せる技術者が育っている。大学との共同研究を初めとして技術者の研究室への派遣も積極的に行ってきている。

 小生の研究室にもこの10年間くらいの間で、企業から派遣された研究生や大学院生は、すでに20人以上になる。研究所設立を契機に、更に大学院生や研究生の受け入れ体制が整ってきた。産学協同、産学連携の追い風の中で、これまで培ってきた研究開発を中心とした人の育て方のノウハウを、きっちり次の世代に伝えていきたい。
 

教員評価
関東学院大学
本間英夫
 
 教員の評価にあたっては、従来、学術誌に掲載された論文をもとに業績を評価してきている。先に政府は日本の産業競争力強化策として、国立大学や公的研究機関の研究者評価に、特許取得実績を研究論文並みに重視することを打ち出した。研究者評価に特許を考慮する方針を知的財産戦略会議において、知的財産戦略大綱に盛り込んだ。

 実際、我々私学の教員に対しても文科省からの研究実績調査の項目の中に、本年度から特許の取得数を記入する欄が設けられた。

 教授、助教授への昇格、新規教員の採用時に特許申請件数や取得件数を評価基準に加えるというものだ。文科省では、既に科研費の一部では特許を審査に取り入れている。来年度からは経済産業省、厚生労働省などの公募型研究助成に、全て特許が審査対象になる。日本の国立大学からの特許出願は、2000年度で約560件であり、アメリカの出願件数の1割にしか相当しないという。研究者の評価に特許を加味することで、研究者の特許への関心を高め新産業の創生の足がかりとなると期待されている。

 我が大学の先生方の多くは、この動きに対して戸惑ったに違いない。今までは、特許は全く昇格人事の審査対象にもならなかったし、無関心であった。さらには、特許をとることによって金儲けしているとの誤解もあり、その誤解を取り除くにはすこし時間がかかるだろう。


特許重視


 政府が国立大学などの研究者に対して特許重視の方針を打ち出したが、産業界とのかかわりが多かった経験から特許に関しての考えを少し述べてみたい。

 特許に初めて遭遇したのは、今から37、8年前である。当時、関東学院の事業部の技術及び、大学の実験助手を担当されていた一級先輩の春日さんが、これを参考に検討しろと、単語一つ一つが焦点ボケしているような青焼きの特許のコピーを持ってこられた。

 事業部ではプラめっきを事業化すべく、盛んに研究がなされていた。スズとパラジュウムを2段階で処理する活性化から、一段で活性化をする手法の検討であった。既に、アメリカではその方法が使用されているようであり、特許を参考にして活性化溶液を作成してみろということになったのである。

 未だ学部を卒業してまもなくの学生であったので、研究とはすべからく文献を参考に追試し、それから自分なりに改良するものと思っていた。その文献の中の一つが特許文献ということなのであろう。特許を見たのはその時が最初であり、しかも、英語で書かれた、訳の分からぬ言い回しの難解な文章。一生懸命、誰に教わる事も無く、自分で必死に意味を理解し、それを頼りに液を調整し実験する日々が続いた。

 上手くいかない。ややこしい言い回しを理解しながら、ほぼ完璧にその特許の事例にしたがって液を調整。しかも、その事例に載っているそれぞれの成分は広範囲だ。かなり綿密に広範囲に液を調整し、チャレンジするが上手くいかない。特許というものは、その実施例に従えば簡単に上手くいくものと思い込んでいた。来る日も来る日も、失敗の連続である。ある日、活性化されたパラジュウムが上手く作用したのだろう、ほんの少々無電解の反応が起こり出した。これだなと、組成を更に色々変えてみる。しまいには、全く事例とは似ても似つかぬ組成と建浴プロセスで、始めてうまくいくことが分かる。それからは、特許はどこかキーになるところは伏せてあるとの認識に立つようになった。したがって、特許を参考にして何か新しい表面処理のプロセスを開発するのは、効率は悪いし、模倣をベースにしていることになるから、研究者としては面白味が無いと判断。それからというものは、特許は自分から積極的には見ることはなかった。


特許に対するスタンス(アンチパテントから)


 技術者の多くは、かなり特許を読んで参考にしているようだが、私は、たまに項目を見るくらいで、積極的にそれを参考にすることはしなかった。

三十数年前、研究らしきことをやらされていた頃、毎日のように中村先生から、あれやれこれやれ、あれはできたか、これはできたかと、ノイローゼになりそうな毎日が続いたものだ。

 実際、愚鈍で鈍重であった私だけが、最後まで先生から離れなかったが、ほかの優秀な先輩や同僚は先生から去っていった。日々の気ぜわしい実験の中で、たまにはキラッと輝くアイデアが出ることもあった。そのアイデアを先生にぶつけ、やってみろよということになると積極的に時間を忘れて実験に没頭したものである。それからは、先生は私の好きにやれる領域を入れてくれるようになった。何か新しいことがわかると特許申請はせずに、ほとんど即座に学会で発表していた。当時、先生は特許をとるよりも、実用化して世に広める立場にたっておられた。ちなみに、世界初のプラめっきの工業化に際して、特許は一つも取得していないのである。もし特許を申請しようと思ったら、かなりの数の特許を申請し、取得できたはずである。当時の技術に関するスタンスは、学院のモットーである「人になれ奉仕せよ」であった。


プロパテントへの転換


 その後、先生が大学をおやめになり、工場団地の計画に着手された。それからは、少しずつ特許に関する考えが変わられたようだ。先生からテーマをいただき、大学で小生を中心に研究した中で、これは使い物になると判断されると、特許申請の手続きがなされた。おそらく10件程度、申請したであろう。それからは、先生はお前に任せると、その後は若手の企業経営者をはじめ、委託研究を大学で受けるようになり、30件以上特許を申請しているのではないかと思う。

「思う」というのは、自分から積極的に特許を取得しなければならないとの自覚がなかったからである。申請してくださいとお願いがあるときは、相手の立場も考え、それではそちらで申請してくださいと、初めは発明者の中に小生や学生の名前が入るだけで、全て権利は譲渡する形で特許がとられていた。

その後、各大学の先生をはじめ企業の技術者、外国の技術者の色々な考えを聞いたり、関連の書物を読んだりしているうちに、特許をとらずに「人になれ奉仕せよ」の校訓のもとに、すべて公知の事実とすることは、必ずしも皆のためにならないという考えも理解できるようになってきた。逆にその技術が生かされず、代替技術が出てくるのである。しかしながら、依然として大学内で特許を取るシステムが構築されてなかったので、大学の事務方から、こんな面倒なもの、あんただけのためにやっておれないと、不平を言われたこともあって、大学をベースにした特許をとることは断念せざるを得なかった。したがって、関係のあるメーカーの技術者が、我々のやってきた研究の新規性と特許性を判断し、是非申請と、要請されたものに関して特許を申請してきたのである。

しかし、研究所の設立が具体化してからは、先ず特許を取得してから発表する考えに、完全に切り替えた。委託研究での成果として、企業側の技術者は、その研究が上手くいけば必ず特許をとりたいといってくる。今までは上述のように、発明者の中に名前が載っているだけであったが、それ以来、申請者に全て名前を入れるようにしている。前述のように大学には特許をとるための仕掛けが無かったので、申請は個人の住所になっているが、研究所の設立を契機に全ての個人の名前を、全て研究所に名義を変更することにした。


特許に関する誤解


特許をとれば、金儲けができると思っている人が圧倒的に多いが、特に文科系の先生方、企業の事務系の人はその傾向が強い。「たわしを作ったのとは違うのですよ。」と、喩え話をするが納得してもらうまでには時間がかかる。説明が面倒になってしまう。次号では、そのあたりの事に触れてみたい。
 

特許の誤解
関東学院大学
本間 英夫

 
先月号で紹介したように、中村先生は大学の事業部でプラめっきを成功に導かれ、産業界に広めるには特許は関係ないとの考えにたたれていた。その時代は西欧諸国に追いつけ追い越せの時代であったし、学院のモットーが「人になれ奉仕せよ」で、私もその考えが当然と思っていた。それと、大学の先生方は今でもそうだが、知的所有権は企業に帰属するもので、大学には関係ないとの認識であったのであろう。

 私の記憶をたどると、大学院に入る前、先生からプラめっきの前処理の、スズの分析法を確立するように指示された。このテーマーには小生と1級後輩の佐藤君が担当した。このスズの分析は曲者で、今なら原子吸光や発光プラズマなどがあり簡単に分析が可能である。しかし当時、機器は手動の吸光分析と、既に壊れたポーラログラフがあるだけであった。

 分析の便覧を見て、この薬品を購入すれば可能性があるだろうと早速、神田の薬品問屋へ今でも忘れはしない、ヘマトキシリンという名前の薬品を自腹で購入にいったものだ(実験室に無い薬品は自分で購入するものだと思っていた。先輩諸氏がもう少しケアしてくれれば、こんなことはしなくても入手できたのに。でも、当時、事業部は超多忙で、学生のことなど誰もあてにしていなかったのだろう)。

いずれにしても、与えられたテーマーは結局1年かけても成功とまではいかなかった。一緒に実験を担当していた佐藤君は、頭の切れる後輩であったが、あまりにも実験が上手くいかないので、半年くらいしてから急に情熱を失ってしまった。小生はいつも本人を元気付けるように努力し、最終的には一応分析方法を確立したが、精度はあまり高くは無かった。

 このとき実験が上手くいかず自暴自棄になる学生を如何に意識づけるか、いい勉強になった。

それに続いて、先生からアルミニウム上にめっきする際のジンケート溶液を検討してくれと、分厚い表面技術の便覧が手渡された。その中にほんの数行の説明と組成が表になっているだけであった。一緒に検討にあたったのが2級後輩の庄野崎君である。この実験は私にとっては極めてチャレンジングな実験であった。亜鉛がアルミニウムと置換して表面がねずみ色になる。この場合は置換の亜鉛層が厚く、その上に電気めっきしても密着が得られない。めっき後基板に切込みを入れるとペロッと剥離してしまう。アルミの表面には酸化膜があるのでそれを先ず除去し、そこに薄い亜鉛層をつければいいのである。これには2つのアプローチがあり、先ずアルミのエッチング処理液の検討、それとジンケート処理液そのものの検討であった。私がジンケート液の検討を担当し、庄野崎君にはふっ酸をベースとしたエッチング液の検討を担当してもらった。

 このときも文献はほとんど無く、唯一あったプロダクトフィニシングという商業誌に近い紹介記事は、ヒントにはならなかった。要はエッチング時の電位のコントロールとジンケート液の置換速度のコントロールが決め手であると、半年くらい朝から晩まで実験をやった。

 ついにペンチでも剥離しない(そのときの喜びと触感は忘れない)密着が得られた。検討したジンケート浴の組成は今でも我々の実験室で使われている。

 当時としては特許性が十分に高い技術であったと思っている(このときの色々な検討がベースになって、20年後のアルミニウム上の直接無電解ニッケルめっきのヒントになっている)。

 その次のテーマーがポリプロピレン上のめっきである。これには4期生と5期生といっしょに研究をした。当時ポリプロピレン樹脂は、夢の繊維と騒がれたが、実は染色性が悪く用途が制限されていた。そこでめっきをしてはどうか、ということになったのである。このときが、小生としては大手の企業の技術者との初めての交流であった。

 最初の半年は全く上手くいかなかった。ABS樹脂と比較して同じか、それ以上の密着が要求された。文献はポリプロピレンに関する一般的なめっきとは全く関係のない解説書しかない。我々が世界で最初にチャレンジしているのであるとの自負から、猛烈に実験に没頭した。自分で言うのもおこがましいが、観察眼とひらめきはあるほうだと思う。とにかく2年あまりで、基礎的には実際にものになるまでこぎつけた。その後は私の手を離れ企業で検討がなされた。

 先生からはほとんど指示が無く、出来たか?未だか?の連続であった。後年分かったことだが、その会社とめっき薬品メーカーが我々の実験をベースに幾つかの特許を出していたのである。勿論、私の名前はどこにも載っていなかった。その反動で、私が研究室を任されるようになってからは、論文や特許には実験を担当した学生の名前は必ず入れるようにしている。

 30歳を過ぎた頃から、アイデアを自分で出した研究成果には発明人として名前が載るようになった。特許申請者は中村先生のオフィスであったり、関東化成であったり、委託先の企業であったりした。特許の発明人の中に名前が出ていると、金儲けしていると思うだろうが、全くの誤解である。もしその特許が実用化された場合は、特許料は申請者に入るのであり、発明者には入らないのである。しかも、申請した特許の中で特許料を獲得できるのは、おそらく百に一つであろう。ほとんどが防衛特許といわれるもので、特許を取っておかないと、その技術が相手に使われてしまう。先にその技術を開発していても、相手が特許を取っていれば、その技術は使用料を払わないと使えなくなる。だから、いい技術が出てくると先を競って特許をとるのが、企業では当たり前なのである。したがって、企業からの委託や産業界に直結したテーマーの研究の場合は、新しいプロセスを考えたり、新しい液の組成が見出されたりしたら、即座に特許をとろうということになるのである。

 「たわし」のようなアイデア特許や実用新案の場合は、個人で申請し大きな利益を上げる場合があるだろう。しかし、我々の場合は全く金儲けとは縁が無い。一般企業の場合は、発明した本人には一件の特許に対して、2から3万円が報奨金として支払われるだけであった。

 それがつい最近、青色レーザーに関して中村修二さんが問題提起してから様子が大分変わってきた。研究者への報酬基準は大幅に見直されるようになってきている。


特許の申請と維持費


自分で特許を申請したことはないので正確には分からないが、一件の特許を申請するのに特許事務所への支払いと申請料で、およそ20万円程度かかる。更に海外にもと主要国全部をカバーすると、概算500万円くらいの支払いが発生する。又、特許を維持するためには毎年維持費を支払わねばならない。それが一件5万円程度であり、主要国全部カバーすると50万円程度かかる。したがって、その特許がすぐに使える場合は別だが、個人で維持できるものではない。

 又、日本の大学では、特許料を収入源にして運営していこうとの考えは、全くと言ってなかった。

アメリカではスタンフォード大学に代表されるように、年間の特許件数が数千件であり、その特許料収入で大学運営の一部を賄っている。

我々の大学では、企業と共同出願する場合の特許に関するシステムが出来ていなかった。たとえその発明が、全く我々が考え、我々の成果であったとしても、企業が申請し発明者に名前を連ねるだけであったのである。私としては、ひょっとして発明の中にいずれは日の目を見る技術もあると思い、大学にそのシステムを構築できないかお願いしたことがあるが、一人では犬の遠吠えになってしまっていた。

 数年前から大手の大学でTLOを設立している。自前で出来ない場合は幾つかの大学が集まり、地域ごとにTLOを構築している。これも、我々の大学ではあまり話題にならなかった。したがって私のスタンスとしては、数年前から発明者に名前を載せるだけでなく、個人名で申請者のなかに入れていただき、研究所の設立を待ったのである。

 研究所が設立されて既に4ヶ月が過ぎたので、研究所への名義変更は全て終わっていると思う。20件くらい申請者の中に私の名前が入っていたので、これらは全て研究所へ移管したことになる。

先にも触れたが、我々の特許のほとんどは防衛特許であり、特許料収入が入る場合はごくまれである。
 

これからの製造業
関東学院大学
本間 英夫
 
 戦後、農業から工業へ、地方から都心へと産業構造と雇用形態が大きく変化し、生活も豊かになってきた。

 土木建築、食品、繊維、紙パルプ、化学工業、医薬品工業、ゴム、ガラス、セメント、非鉄金属、鉄鋼材料、各種機械製品、電気製品、石油製品、自動車、金融業、各種サービス業、不動産業、航空産業、運輸業、海運業、ガス、電気、通信等株式欄の各ポストから拾い上げると数多く類別されている。これらの中でなんと言っても、大規模な製造工場が安定な雇用を確保してきた。しかしながら、現在製造業を中心に雇用が急速に減少し、大転換期にさらされている。

 ちなみに先進諸国の製造業の生産量は、2020年に現在の倍以上になるが、雇用は就業者人口の10から12%に縮小するといわれている。現在、既にヨーロッパ、特にドイツ、フランスでは失業率が二ケタ台に入り、大きな社会不安を抱えている。

 先進諸国の中で日本だけが特異で、製造業は全体の就業人口の約25%の最高の水準にある。日本は、1980年代から90年代にかけて、製造業の力によって経済大国の地位を獲得してきた。これからは知識産業と流通産業が主役で、製造業は経済発展の主役にはなれないといわれている。果たして日本は、得意とする製造業、特に高度な技術を要求される分野で、その活路を見出すことができるのだろうか。

特許とブランド
 

 21世紀の日本の産業界の浮沈は、価値の高い特許やブランドの活用にかかっているといわれている。特許に関して見てみると、出願件数は伸びているが海外への出願は極端に少ない。西欧諸国では外国への出願件数が多い。これは外国から特許料収入を得ようとする戦略の現れである。日本では、どちらかと言うとずば抜けて優れた特許は少なく、改良型が8割を占めている。この点からも独創性や創造性に劣っていると見られても致し方ない。バイオ関連の特許競争が熾烈を極めているが、日本に出願されている特許を国籍別に見ると、日本人による特許は45%に過ぎないという。しかもバイオに関する日本の特許はほとんど活用されていない。

 又、日本のブランドはというと、トヨタ、ソニーがブランドランキング20位以内に入っているが、百位以内ではあとホンダ、任天堂、キャノン、パナソニックしかない。世界戦略で捉えた場合、特許から多額のライセンス収入を稼ぐ、また強力なブランドから多額のプレミアムを稼ぐという戦略が、日本の企業に欠けているのではないだろうか。今後の日本の企業の浮沈は、研究開発をベースにした特許やブランドなどの知的財産を如何に生み出し、如何に活用するかにかかっている。


特許法について


 研究者の給料、研究費、実験器具も装置も全て所属している機関が負担しているのだから、職務上の発明の成果は当然、その機関に属すると思える。しかし、私自身最近まで無関心で知らなかったが、特許法によると成果は基本的には個人に属すると明記されているのである。 いくら沢山の研究者が集まっても、いくら時間を費やしても、いくら研究費を投じても、基本的には個人のひらめきが無い限り、新しい成果は得られないので、このように個人の権利を認めているのであろう。

もっとも日本では、企業の就業規則又はそれに類する規則に、職務発明は企業に譲渡するよう、出願時に権利の譲渡書類を義務付けてきている。一般には、発明者には特許一件に数万円の報奨金が出るようにしてきたようだ。

 しかしながら、特許によっては莫大な利益をその企業にもたらすので、90年代に特許報奨制度が拡充されてきた。中には報奨金を最高一億円支払う企業も出てきている。

 また、政府系機関の産業技術総合研究所では、特許料収入の四分の一を研究者に還元する動きがある。文科省では、特許が実用化された場合今まで発明者への報酬を一人年間六百万円が上限としてきたがこれを撤廃、年間一億円の実施料収入を得た場合には25%程度を報酬とする案を軸に検討されている。

 このように、発明者への還元比率は高まってくるであろう。お金だけが目当てではないが、社会的なステータスとか豊かさが実感できるようにならねばならない。一般大衆を相手にした歌手やスポーツ選手が膨大な収入を得ているのと比較すると、如何に研究者が恵まれていないか。成功者にはもっと報酬を上げるべきであると常々思っていた。

 報酬の使途は、当人に任せればいいことで、中には寄付の形で社会に還元する人もいれば、自分の生活をもう少し豊かにする人もいれば、各人各様でいいのではないだろうか。



大学ランク


 大学評価で先に文科省が分野ごとに優秀な大学を選び予算を重点配分する「21世紀COEプログラム」を本年度から開始した。応募大学は163大学で、博士課程を持つ私立大学も26%応募したと報道された。応募期間の締め切りが迫った頃は、学会の理事会、委員会等でいつもその話で持ちっきりであった。

 小生は大きな焦りを感じて、大学の内部の幾つかの会議で、この件に関して少しでもチャレンジできる体制にしないと、市場から撤退せざるを得ない状況がきますよと、熱く語った。しかし、多くの先生方は真剣にこの問題に立ち向かおうとはしていないように見受けられた。

 先ず、教育と研究の環境を整備しなければならない。大学は教育と研究の両面から評価されるのであるが、教育に関しては定量的な評価法が多岐にわたるし、個人の資質よりもむしろ大学全体の環境整備が主になるので、大学間のランク付けにはそれほど大きな開きは無い。

 ところが研究に関しては、教員個人の研究論文数や特許の申請数から定量的に判断できるので、厳然とその開きがでてくる。各教員の研究実績に対して、競争原理を導入することには、いささか異論があるのかもしれないが、逆に無競争になると、全く研究をしない教員が出てくる。研究をしなくても、ある年数が来たら昇格するような人事をやっていると、研究能力がどんどん低下する。教員一人一人が、当たり前のことだが教育と研究が表裏一体であることを認識し、地道な努力を積み上げてもらいたいものだ。