過去の雑感シリーズ

2013年

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大学の現状
関東学院大学
本間 英夫 
 
大学の知を活用しようと1998年に大学等技術移転促進法(TLO法)が施行されて、産学官連携が推進されてきたが、十数年経過した今、果たしてその実効性はあったのか。産業界のニーズと大学の研究機関とのシーズがうまく合致し成功した例は極めて少ないようだ。さらに2009年、21世紀は「知の時代」、「大学の知の創造と承継」を担うという観点から国立大学は法人化された。法人化の理由として、これまでの国立大学は文部科学省の内部組織であったため、大学が新しい取組をしようとする場合に制限が多かった。例えば、学科名称変更の場合は、省令の改正が必要であり、また、不要になったポストを新たに必要となるポストに替えるだけでも、そのつど文部科学省に要請し、総務省や財務省との調整が必要であった。これでは、大学が改革しようと思っても迅速に実行できない。人件費、施設費、研究費など大半が国の税金から予算編成されているので、詳細な規定や規則、項目にしたがって使用せねばならず煩雑な手続きが必要で硬直化していた。
欧米諸国においては、国により大学制度は異なるが、国立大学や州立大学は法人格で、しかも日本の国立大学に比べて自由な運営ができる形態になっている。日本の国立大学についても、以上のような不都合な点を解消し、優れた教育や特色ある研究に各大学が工夫を凝らせるようにして、より個性豊かな魅力のある大学になっていけるようにするために、国の組織から独立した「国立大学法人」にすることになったのである。2009年に法人化された国立大学では、独自性を出すことが出来るようになったが、引き続き予算の多くは国民の税金に支えられている。しかし、国は1000兆円近くの負債を抱え財務がひっ迫しているので毎年大学への予算を削減せざるを得ない。また、国立大学法人制度では、大学外部の人が大学運営に参加するなど、大学運営の透明性を確保するための仕組みが導入され各大学が自己責任をきちんと認識して、積極的に情報を発信し、国民の理解と信頼を得られるような国立大学になっていくことが期待されると文科省は法人化の意義を説明している。
しかしながら、国立大学の法人化で大学が独自性を出せるようになったと言っても、国から交付される運営費交付金が、毎年、前年度比1%削減という効率化係数が適用されて、漸減することとなっている。したがって、必要な人数の教員や職員を確保できない事態が発生している。これは、国立大学の特徴である少人数教育を年々困難にしつつあることになる。また、研究費調達は各大学の自助努力が求められるようになったため、寄付を募るなど運営が私立大学に近いものになってきている。ある有名な国立大学でも最近では一講座の研究費が年間200万円程度という。さらには地方大学になると年間100万円にも満たないという。したがってその予算では研究はほとんどできず、学会への出張もままならない。一部の活躍している教授のみが外部資金としての文科省の競争型資金を獲得したり、企業からの委託研究費を獲得し、益々教授間での研究能力の格差が開いてきている。切実な問題なのだろうが、先生方のかばんの中には外部資金を稼ぐための委託研究や共同研究のパンフを常に携帯しているという。大学トータルとしては、教育に対するカリキュラムに歪みが発生し、研究能力は大きく低下し、一部では専攻閉鎖等も危ぶまれている。また、法人化に伴い、すでに事務の統合や大学の統合が進んでおりさらに今後はこの傾向が加速化されるであろう。
私学はさらに現実を直視すると深刻な問題であり、少子高齢化に伴い18歳の受験人口は大幅に低下し、多くの私学では定員割れ、募集停止、廃校が起こり、半数は赤字経営になっているようだ。 

表面処理関連産業界への貢献

我々の研究所は、表面処理関連の研究実績において国内外で高い評価を得ており、特に湿式製膜の代表であるめっきを中心とした表面処理分野のリーディング研究所として認知されている。さらに、近年のエレクトロニクス部品の高機能化にかかわる研究実績には、産業界および学会から注目されており、産官学連携の中立で公正な新研究機構の構想を一昨年公表してからは表面処理業に携わる企業から次世代のデバイス・センサー、その他新技術の研究開発に協力したいとの要請のもと本学の特色を生かした研究が推進できる体制が整ってきた。
また、一昨年3月に終了したハイテクリサーチプロジェクトでは5年間にわたりマイクロからナノ構造創製の技術開発を構築し、さらに基本となる個々の構造と機能性の関連を解明してきた。これらの要素技術をベースに応用を実現化することは、次世代の電子回路・デバイス・センサー技術分野に大きく貢献できる。また、コストパフォーマンスの高い湿式に自己組織化の手法を組み合わせた生産技術化に成功すれば、高度なインテリジェント機能を有する材料の低コストによる次世代の分野の産業界への大きな貢献となりえる。よって、国内初の表面処理専門の研究所としてトップクラスになることを目指し、国内外に向けさらにアピールできることは過言ではない。

研究題目及び研究概要
環境調和型微細配線形成技術の開発

一般的に用いられる絶縁樹脂材料および次世代絶縁材料に対し、UV照射単独、もしくはUV照射と光触媒を併用することで、最表面 30~50nm 部分にのみ改質層を形成し、従来法と同程度の約 1.0 kN/m の密着強度を得ることを目標としている。これまでの研究からL/S=10μm以下の回路形成が可能となり、今後の高速伝送に大きく寄与することが期待されセンター内にその設備が整ってきている。

微小領域への導電層形成および埋め込み

プリント配線板の層間接続に用いられるスルーホール、特に高アスペクト比のスルーホール内部に均一な導電層形成を行うこと、さらにはスルーホールに対しては、新規添加剤を合成し、ボイドやシームの無い埋め込みを行うことで高密度実装に適した配線板の形成が可能となる。これまで電析条件によるスルーホール内部での析出挙動を精査し、埋め込み可能な電析条件が絞り込まれてきている。本年度からは、溶液攪拌、電気波形制御、新規添加剤の使用によって、スルーホール内部の段階的な析出形状制御および埋め込み挙動の解明、更には、新規添加剤の合成をセンター内で実施できる体制が整ってきた。

硫酸銅めっき浴における添加剤分解挙動の
解析および新規添加剤開発による
銅めっき浴の長寿命化

銅めっき液の長寿命化および単純化を視野に入れ、添加剤の分解挙動について解析している。さらに、浴の長寿命化に適した種々の添加剤の設計および合成をおこなったが、その中でもトリアジンジチオールのトリアジン環を簡素化させ、吸着力のあるチオール基のみでの導入を試み、電気化学手法による解析が進んでいる。

ビアフィリング用銅添加剤作用機構の解明

微小凹凸部における銅電析を促進、制御する添加剤の吸着について電気化学顕微鏡を用いて解析し、この手法は世界的に注目されるに解析手法になりつつある。

高耐食性Ni-Sn-PおよびNi-P-W系多層膜の作製と物性

ナノ多層膜を作成し、その微細構造を解析し機能発現機構を明らかにするとともに電気化学的手法による高機能化薄膜作製技術を確立に向けて注力している。薄膜化と多層膜界面近傍の合金組成、結晶の配向性・形態、内部応力などの関連性について検討を行い、さらに各種センサーへの応用を試みている。

自己組織化単分子膜(SAM)を用いた機能性表面の開発

気相法および液相法により作成した自己組織化単分子膜(SAM;Self-Assembled Monolayer)を、各種材料の表面機能化に応用する.パターニング、超はっ水・超親水処理、表面安定性など機能化の基礎を開発する。

プラズマプロセスによる機能性表面の開発

スパッタリング、イオンプレーティング、プラズマCVDなどのプラズマプロセスにより各種材料の表面機能化をはかる。耐擦傷性にすぐれたプラスチック表面、耐摩耗性・潤滑性に優れた金属表面、超はっ水膜、ガスバリアー膜などの開発を進める。
 

安倍政権で日本は再生するか
関東学院大学
本間英夫

 
昨年末、政党が乱立し衆議院選挙の結果3年間の民主党政権から自民党政権に代わった。政権交代によりアベノミクスと称する経済対策が打ち出されてから円安が進み、景気の先行指標としての株価が大きく回復し1月初めには震災前の株価になった。政府が1月11日に緊急経済対策の全容を発表し経済対策の全貌が明らかになってきたが、それによると成長による富の創出など、重点3分野が設定されると同時に富裕層からの課税拡大など、アベノミクス税制も明らかになってきた。
安倍首相は「政府・与党一体となって、長引くデフレ・円高から脱却し、雇用を拡大し、国民の所得の拡大をしていきたい」と述べた。
政府が1月中旬に閣議決定した緊急経済対策の中身は復興・防災対策、成長による富の創出、暮らしの安心・地域活性化の3つを重点分野である。
財源には、建設国債をおよそ5兆円発行するなどして充て、事業規模で20兆円を超える大型補正予算を編成するとしている。
甘利経済再生相によれば、従来型とは視点を変えた新しい切り口で、全て見直すとしており デフレ脱却へ向けてアクションがとられる。
また、自民党の自動車議連は、2014年4月に予定されている消費税率の引き上げまでに、自動車取得税と自動車重量税を撤廃するよう政府に求めている。
自動車取得税は、新車購入時だけでなく、中古車を購入する時や車検のたびに車両の重量に応じてかかる自動車重量税である。実際、この取得税が撤廃された場合、車がどれくらい安く購入できるのか、インターネットに紹介されていたが ある標準的な乗用車の車体本体と消費税や諸費用あわせて、253万7,855円のかかったものが、これらの税金が撤廃されると6万3,900円負担が安く車が買いやすくなる。
一方、消費税率が引き上げられた場合、低・中所得者に配慮しながら、政府は、所得税と相続税で、富裕層への課税を拡大する方向である。
所得税については、最高税率を現在の40%から45%に引き上げ、相続税については、基礎控除を減らして、納税する人とその額を増やす方向で進んでいる。
しかし、政府内で富裕層から税金をもっととればいいとする意見と、取りすぎると消費意欲が減退するのではないかと意見が相半ばしている。
また、政権党である自民党内にも、所得税など富裕層への課税強化は富裕層の消費を抑えることになり景気への悪影響が出ることに危惧し慎重論が根強いようだ。
エコノミストによると税制強化により高額消費について、影響は大きいと。特に富裕層は、高額な買い物をする場合が多いが、マイナスが大きくなる可能性がある。
景気への影響を抑えるために、アベノミクスが一定の成果を上げるであろうが、景気が良くなれば、その後、税率が上がった負担増分と、景気が良くなって所得が上がったという面が相殺されるし、また所得が上がったと実感するまでには2,3年はかかるので 安倍首相が最優先課題に掲げる経済の再生は功をするか。
個人金融資産の有効活用は
不況から脱却し、自律的に経済復興するには、輸出産業の復興に加えて如何に内需拡大をするかが最も重要な課題である。個人金融資産1500兆円は、まさに日本の「内需拡大」の鍵となる。1500兆円の金融資産に対して、その利子1%分でも15兆円。これは一年間の個人消費総額の5%にあたる。つまり、資産をもつ人が、元本は全く使わず利子分だけ使ってくれて、日本の個人消費は5%増える勘定になる。また、貯蓄の元本は全く減らすことなく、この利子だけによる個人消費額でGDPを2%以上押し上げることになる。老後は貯金を取り崩し元本が減ってくれば不安なので貯蓄したままということになるが、そのムードを大きく変える必要がある。私の記憶では40年くらい前、これまでの最高利子は8.894%であった。少し余裕のある家庭では利子だけで生活が出来たものである。
現在は利子が大幅に低下し、1%の利子もついてないが、個人貯蓄の中には保険や年金商品など超長期の商品の割合が高く、それらの中には2%から5%もの予定利率の商品も含まれており、これらは長期国債で運用されて1%で10年くらいまわっている。また、投資信託や株に以前から投資している人は、この20年間の経済低成長時代、さらにはリーマンショックにより資産を大幅に減らしており、なかなかお金を持っている高齢者層の消費は上向かない。しかも多くの保険は分配型ではないので、それがいくらで回っているのか、わかるのは本人が死亡した時で、その財産は息子に相続され、息子がまた老後のためにと貯金する。従って、この1500兆円の大半は塩漬けにされ、経済に全く貢献しないことになり、政府はおカネを吐き出させる方法として相続に関する基礎控除額を下げ、相続税率もあげて対応しようとしているようだが、これら高齢者の子供たちは、すでに30代から40代で一番お金のかかる年代であり、思い切って子供たちや孫に相続税をゼロにすれば、いろんなところに消費が回るのではないだろうか。また、急激に高齢者が増えてきているので、一定の資産のある金持ち高齢者向けのビジネスは、大きな可能性がありそこにターゲットを絞ったビジネスが最近出てきている。政府は、2000年代前半には「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げていたが、リーマンショックを過ぎたあたりからはほとんど聞かれなくなった。
「貯蓄から投資へ」は、より多くの資金を投資へ向かわせることにより経済を活性化させ、新しい産業や企業を資金調達面で支援することにも繋がる。
一方で、日本の財政は1000兆円もの国及び地方の長期債務残高(国債等)を国内の資金で調達することにより賄っている。すなわち、日本の財政は、個人の財産の多くが預貯金として、ゆうちょや銀行に入っており、ゆうちょや銀行が多額の国債を引き受けていることにより、国債金利は10年国債で1%を切る水準となってきている。日本国債のリスク・リターンを冷静に考えると日本国債をたくさん持つことは合理的かどうか疑問だが、銀行にとっては、自己資本比率規制から国債を購入しておけばリスクがないことになる。
バブル崩壊から再生へ
安倍内閣は「経済再生」「復興」「危機管理」に全力で取り組むとし、国民一丸となって強い日本を取り戻していこうと呼びかけている。直近の課題としては、「デフレと円高からの脱却による経済の再生」を強調し、これが大きく前述のように円安、株価の上昇につながった。 日本経済の低迷が始まったのはバブル崩壊の1989年で、すでに23年が経過している。
この23年間の低迷期間の90%は自民党が政権を担ってきているので、強い日本を取り戻そうとのアピールには懐疑的にみている評論家が多い。一つの顕著な例だが、私自身もこの間の大店舗法が施行されてから、自分の故郷に帰るたびに、寂れ活気を失った駅前通りや学生時代の混雑していたアーケード街が閑散としている現状を見るたびに、また地方都市に講演で出かけた際、ほとんどの駅前が昔のような活気がない現状を垣間見ると、寂しくなってくる。また、100円ショップ、牛丼戦争、ハンバーグ戦争、衣料品店の価格戦争など、商品の価格がどんどん低下してきた現状を見るにつけ、競争型の資本主義でいいのか疑問になってくる。アメリカ型の手法だけに頼るのではなく日本の良さを維持した、町づくり、都市づくりなど経済の発展手法を強いリーダシップのもとに改革してもらいたいと願っている。今回の安倍政権下での経済再生プランが報道されてから、これまで経済再生で日本の経済学者の言う通りにしていても上手くいかないと、冷ややかに批評しているコメンテータもいる。冷静に将来を展望しながら、暮らしをよく観察し、どのようにお金が廻って行くかを考える出発点から経済政策を考えるべきで、従来型の公共事業をやれば良いというわけではない。
また昨年、2012年はパナソニック、シャープ、ソニーといった日本を代表する電機メーカーが苦境に立たされた1年だった。中でも韓国・中国勢の台頭するテレビ事業での不振が目立ち、再建策が大きな課題となっている。特に中国では尖閣諸島問題も加わり、日系メーカーの競争力低下が著しい。中国のインターネット消費調査研究センターが発表した2012年の液晶テレビ注目度ランキングでは、韓国のサムスン電子が18.4%の注目度を獲得し、首位に浮上。中国の海信(ハイセンス)が2位となった。一方、一昨年トップだったソニーとシャープは3位、4位に転落。注目度はそれぞれ12.6%、11.9%となった。
今年の中国の液晶テレビ市場について、3Dテレビやスマートテレビなど高付加価値製品への注目度が高まっていくと予測している。この流れで言えば、「4K」など高画質商品に注力する日系メーカーの戦略は市場動向に沿ったものになるだろうと予測されている。ただし、中国はこれまでの価格競争力だけでなく技術力もついてきており、成長力は大きな脅威となってきている。
工業製品の競争力は常に切磋琢磨され、新興国が日本に代わって活躍することは否めない。そこで日本が再び技術立国、ものづくり大国になるには何度も同じことを言うようだが我々の表面処理の業界も下請け型から提案型に転換していかねばならない。
明治時代に日本の生糸の生産で、安い中国産に押され産業がダメージを受けそうになったが、自動化によりその難を逃れたこともあったが最終的にはほとんどが中国製になってしまっている。しかし化学繊維でそれ以上に良いものが出来次の世代の産業となり、その産業も衰退し、その技術を使ったカーボン繊維の技術が高強度シャフトや自動車、航空機の ボディーとして使われるようになっている。
大きな視点で考えれば既存製品で他国の台頭により、国内産業の競争力がなくなってきた場合は、今迄の技術を使い新しい製品をひねり出す以外にその産業を変革しながらでも残す方法はないのであろう。
そのためにも携わるエンジニアは自分たちの製造している工程の強みを熟知し、常にその技術の応用を編み出すことに注力していかなければならない。
職場は常に風通しを良くし、生産の中で出てくるアイデアを漏らすことなく活用できるよう担当者、管理者、経営者の区別なく良いアイデアを出した際の評価を出来なければいけないのだ。
関東学院のめっき技術は成功の歴史だけではなく多くの失敗も経験したがその都度解決を諦めず続けることができた。
これからもこの歴史が脈々と続くようにしたいと思っているが、他国との関係に右往左往することなく、常に新しい時代に向けて進んで行く努力を続けて行きたい。
今年は高速伝送回路向け実装技術確立元年とした。
今迄築いてきたプラスチック上のめっき技術を進化させ、ガラス基板、セラミックの上にも表面を大きく粗化することなく微細であり、かつ密着性のある回路が形成できるようになってきている。この技術を世界に先駆けて開発したが実用化に向けて弾みをつけ、日本の産業の礎になって行きたい。

悩んでいるあなたへ
関東学院大学材料表面工学研究所
山田忠昭
 
日本を再活性すべく自民党政権に代わってからアベノミックスを打ち出し、明るい兆しが見えて来た様に思えます。しかしながら、負の二十年間と揶揄される様に、この間、国際的競争力、技術力、教育力が低下し、格差が広がりつつあるのが現状です。特に、弱電企業を中心に早期退職、若い人達の就職難で現状はこれまでの就職氷河期よりも厳しい状況です。したがって、鬱社会になりつつあります。そこで、本号では研究所のスタッフに声をかけまして、以前、雑感シリーズを執筆いただいた山田さんに自分の人生を振り返ってもらいました。(本間)
悩んでいるあなたへ
我が家から5分程急坂を下ると江ノ電の七里ヶ浜駅があります。踏切を越すとすぐに相模湾が見えます。私は広々とした相模湾を見ているのが好きで、ときどき、稲村ヶ崎に続く遊歩道脇の椅子に腰掛けてぼんやりと海辺に押し寄せる波を見ています。
思えば、半世紀前、浪人生のときにも隣町の逗子浪子不動前の岩場に腰掛けて一日中波を見つめていました。波は、地球に海というものができてからこれまで、一時も休まず、岩に打ちつけては、砕け散り、また、押し寄せているのでしょう。
柔らかな日差しに包まれて、私はぼんやりと海を見ながら「幸せとは何だろう・・時間とは何だろう・・宇宙の果てはあるのかな・・」などを考え一日を過ごしました。
浪人生なのに勉強もしないで、海を見つめていた私が、半世紀後の今日に辿り着くまでのことを思い返すと、人生は本当に偶然の巡り合わせで成り立っていることが判ります。
人生を振り返ると
これまでの人生を振り返るとき、まずはじめに、私を生み育ててくれた父母に対して、こんなにすばらしい人生を与えてくれたことに感謝します。
現代では核家族時代ですのでおじいさんやおばあさんと一緒に生活することが少なくなりましたが、私の育った家には九十五歳まで生きたしっかりものの祖母がおりました。家は貧乏でも三人の息子は全て東大を卒業しました。
そんな祖母から子供の頃よく聞いた話は「お天道様と飯の粒はついてまわる」と言い聞かされて育ったものです。人は生きるだけならどんなことをしてでも生きていけます。その精神さえあれば、どんなに落ち込んでも、「なるようになるさ」と気楽に構えていられます。
また、親父からもらった言葉で思い出すのは「GRASP」です。言い変えれば、小事にこだわらず、大局を見て行動しろということをいいたかったのでしょう。 私の支えになった言葉は「意志あるところに道あり」です。この言葉を支えに三年間浪人生活を過ごしました。自分で何かをしようと思わなければ、何も始まらないことも実感しました。
浪人生時代は精神的にも苦しいことが多かったのですが、特に、受験勉強で無理を重ねて肺炎になりました。そのときはビックリするほどの熱を出し、死の間際まで行き、幽体離脱まで体験しました。そして、治るまで六ヶ月を要しました。
しかし、世の中はうまくできているもので、捨てる神があれば、救う神もあります。三浪後、私を面接してくれた金属工学科を創設された三原教授が、「君は本当に国語ができないね」と言っていたように合格点は取れていなかったのでしょうが、三浪している私を哀れみ大学に入れてくれた人情のある時代だったことが思い出されます。
学校を出た昭和四十四年に神戸のある会社の研究所に入社しましたが、四十七年に無理を言って神戸から逗子に帰ってきました。そのとき、研究所長から頂いた色紙に「誠意と努力」という言葉が書かれておりました。この言葉は現在も大切にしている言葉で、全て、誠意を持って事にあたり、自己研鑽する努力を怠るなという戒めです。
会社人生で遭遇したピンチは幾つもありますが、その中でも、絶望の淵に立ち、会社も捨てて新聞配達でもしようかと悩んだ時期がありました。そんなとき、私に声を掛けていただいた先輩がおりました。その先輩は「山田さん、私はあなたに何もしてあげられません。しかし、話だけは聞きますよ。」といってくれました。本当に、絶望している人間にとってなんと優しい響きだったでしょうか!奇跡的にその場を切り抜けることができましたが、あの一言がなかったなら、私の人生はどうなっていたでしょうか?また、妻の支えがなければ現在の私は存在していないでしょう。
また、出向時代には、たまたま江ノ電で通勤中、出向元の会社の重役と乗り合わせました。その時、「どうかね?」と声を掛けられ、実情をいったところ、「人事に相談しておくよ」と言っていただきました。そして、身も心もボロボロになっていた私を別の会社に移してくれたのです。正に神はこの世にいると思える出来事でした。
最近では、十三年勤めた会社を退職し、ブラブラと十一ヶ月を過ごしました。私は趣味も多く持っておりますので、退社当初は時間の拘束も無く最高と思っていました。しかし、だんだん張り合いのないものになってきました。そんな折、たまたま、友達に会いに行ったことがきっかけで、友達が私を本間先生に会わせてくれました。これもまったくの偶然の出来事です。また、私を拾い上げてくれた先生に感謝いたします。やはり、人は働くことに喜びを感じるものなのです。 そして、去年、弓道仲間の忘年会で話題になったのがサムウエル・ウルマンの詩歌「青春とは、心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気に満ちて、日々新たなる活動を続ける限り、青春は永遠に、その人のものである」(松下幸之助訳)です。この言葉は弓道仲間全員が大切にしており、私もこの言葉に励まされたいと思っております。
ほんの一瞬の人生
さて、海を見ていると考えさせられることがあります。それは、人間はいかに小さなものかと言うことです。人は生きても高々百年程度です。それに引き換え地球は四十六億年も経っており、その地球さえも宇宙と比較すれば、ちっぽけなものです。その地球に住む人間は本当に小さな生き物で、ほんの一瞬地球に存在するだけなのです。
ですから、ほんの一瞬命をいただき、そして、瞬く間に消えていく身なのですから、悩む必要なんかないし、悩んでいる時間もないのではないでしょうか? ですから、生きている時にこそ、自分を磨き、少しでも他人の役に立てれば素晴らしい人生を送ったことになると思います。
事がうまく運ばない時
目標を立てて邁進しても、万事がうまく運ばないのが世の常でしょう。 事がうまく運ばなかった時の救いの言葉は「人生万事塞翁が馬」です。たとえ、あなたに不運が襲ってきても、それは次の幸運のための準備と思ってください。経験したことは全て役に立ちます。無駄な経験なんてなに一つないと思います。
幸せになるために
そして、あなたが確実に幸せになれる方法を伝授いたします。
私は半世紀前に座禅に集中し、山岡鉄舟、鈴木大拙、夏目漱石などが参禅した鎌倉円学寺の居士林で座り続け、「人の幸せとはなにか?」を考え続けました。そして、たどり着いたのが、「吾唯足るを知る」という言葉でした。
普段、働いているとき、人は健康であることを当たり前のことと思いがちです。ところが、一旦、健康を害すると、健康になるのであればなんでもしたいと思います。
わたしの先輩であり、釣友達の方が五十五歳で肺がんになり一年の闘病生活後、亡くなりました。小田原の病院にお見舞いに行ったとき、その方は「山田よ!健康だけは注意しろ」といった言葉が今も思い返されます。たとえ、お金がない、会社で充分な待遇を受けていないと感じても、「上を見ればきりが無いし、また、下を見ても切りがない」のです。今、生きていることに感謝しましょう。
一生一度、自分流に
かといって、現状に甘んじていては人間として進歩がありません。人は一生懸命、自分の才能に応じた目標を立て、それに邁進していく過程が、生きるということではないかと思います。
さて、あなたはどのような目標を立てて日々を過ごしていますでしょうか?,br> なにせどんな状況でも怖くないことをこれまでに述べました。すなわち、「お天道様と飯の粒はついてまわる」のですから、自分に忠実に、生きてみてください。そして、自分が幸せであると思うには「吾唯足るを知る」ことを心に浮かべれば、幸せはやってきます。どうか、一生一度の人生ですから、思いのままに生きてみてください。
趣味で友達作り
また、私流に一言付け加えれば、仕事以外にも趣味を持って幅広い人間になって欲しいとも思っております。
特に、定年後の人生を豊かにするのは趣味を持つことです。趣味のない人は、会社の定年を迎えると、暇になり、それから、「では趣味でも持つか?」と囲碁に取組んだりしますが、囲碁で言えば、勝負事ですから負けてばかりいるとつまらなくなって挫折するのをよくみます。ですから、若い時から、人より優れた趣味を持っていると生き生きとした人生が送れる気がいたします。
幸い私は妻にも恵まれ、巡りあった多くの方々に助けられながら、最高の人生を送ってきたと思っております。
あなたも一生一度しか生きられない人生です。悔いのない人生を過ごしてください。

運命的な選択
材料表面工学研究所
本間英夫
 
はじめに
カリフォルニアアーバイン校(UCI)との共同研究がスタートして約一年が経過した。研究を進めるにあたり当初から二人の技術者を派遣することにした。一人は、当時大学院博士前期課程二年生の堀内君、もう一人は後期課程を経てドクターを取得し、照明器具や水晶振動子の部品製造メーカに就職した井上君が志願してくれた。 彼らがUCIで研究を始めてほぼ一年になるので、井上君にアメリカでの生活状況を中心にこの一年を振り返ってもらった。原文をほぼ無修正で掲載した。
運命的な選択
私が本間先生の元に配属されたのは2003年の2月のことだったと記憶しております。当時は学生の間では『本間先生の研究室は厳しい上に、成績優秀者しか入れない』との噂がありました。私は学部生時代の成績が非常に優秀?(87人中86位)でしたので、私のようなダメ学生にも非常に丁寧に御指導下さっていた藤波先生の研究室を第一希望にしようと考えておりました。
しかしながら、最後の最後で「最後の一年くらい勉強しよう。駄目で元々」と研究室配属希望用紙を提出する箱の横で、第一希望を本間研究室に書き直しいたしました。結局、ダメで元々が通るわけですが、それがはたして本間先生や後々関わる皆様にとって良いことであったのか?については少々疑問が残る次第ではございます…。が、少なくとも私にとっては、人生の大きな転換点であったと思います。それからちょうど10年を迎える区切りの年に、このように雑感シリーズの原稿を書かせていただくことになるとは当時は思ってもおりませんでした。普段、書き慣れず稚拙な文章かとは思いますが、少々お付き合いいただければと思います。
初めての会社訪問
まず、私と先生の思い出を語る上で、外せないのが私の遅刻癖でしょうか。こちらの癖に関しては、その後も度々、先生にご迷惑をお掛けすることになります。そんな厄介な遅刻癖ですが、先生との初めての会社訪問においても見事に発揮されることになります。 当時、大学院一年生の四月であった私は、先生と博士課程に在籍中の先輩、配属されたばかりの4年生の後輩とで新木場の近くにあっためっき薬品メーカを訪ねる予定でありました。 前日から先輩方にプレッシャーを掛けられ緊張していた私は、待ち合わせの2時間以上前に起き、30分ほどで準備を済ませました。待ち合わせの場所までは30分程度、どうやっても遅刻のしようがありません。しかしながら、その安心が逆にそれが良くなかったのでしょう。コーヒーなど飲みながらゆっくりと新聞を読んでいて、ふと気づくと待ち合わせ時間が迫っており、先輩方の予想のとおり見事に遅刻してしまいました。 さらに、今となれば考えられないことなのですが、当時の私は遅刻した照れ隠しから謝るどころか、何を思ったのか第一声で冗談を言いながら戯けてしまいました。その時、一緒に出掛けた先輩にのちに聞いた話ですと、先生は激怒されていたようです。しかしながら、普段先生は大きな声で学生や他の先生方、会社からいらっしゃった方々に声を掛けるのですが、本当に怒ると逆に怒鳴ることなく静かに怒りを身の中に沈めます。ですが、もちろん当時の私はそんな先生の変化に気付くはずもなく、終日いつもの調子で過ごし、私の先生との初めてのお出掛けは先生に散々な印象を持たせる最悪の形で終わりました。
アメリカ派遣の契機
私の大学院生活は最悪の形でスタートを切った訳ですが、その後は本間先生や諸先輩・後輩方、各企業の方々の助けのお陰で、なんとか卒業することができ、さらには本間先生と弊社社長のお陰で博士号の学位まで取らせていただく機会に恵まれました。ちなみに、私が博士課程に進学するにあたって先生からは「お前をいま社会に出すのは忍びないから、あと3年留年な」と激励(?)の言葉をいただきました(笑)
まあ、とにかく思い返しても出来の悪い学生であったのだと思います。卒業後は会社に戻り、なんとかかんとか業務をこなしておりましたが、帰社後4年目の昨年6月に材料表面工学研究所とカルフォルニア州立大学アーバイン校(以降、UCI)との提携に伴い、現地に派遣する技術スタッフの一人として出向することとなりました。
いざアメリカへ
さて昨年の6月より始まったアメリカ滞在ですが、いかんせん土地勘もなく右も左も分かりません。なによりも英検4級しか持っていない程度の英語力しかありませんから、住宅、UCIへの受け入れ登録などの諸手配が終了し、自分ともう一人の関東学院から同じように派遣された大学院生だけ残して、先生方が帰国してしまった後は非常に不安でしょうがありませんでした。
しかしながら、実際にUCI側の教授、スタッフ、学生達と会話をしてみると、全員が留学生慣れをしているせいか、優しい言葉でゆっくりと何度でも違う表現で分かるまで言い直してくれるので、思っていた以上にコミュニケーションを取ることは可能でした。その点では一緒に派遣されてきた本学の大学院生と胸をなで下ろしました。
アメリカ滞在記:ロケーション
私が滞在ずるUCIはカリフォルニア州アーバイン市にあり、この辺り一帯はオレンジカウンティ郡(OC)と呼ばれ、全米でも非常に治安の良い街として知られております。気温は温暖で、冬も日中はジャケットを羽織る程度で出歩けます。街自体も1970年代から開発の始まった地域であり、非常に計画的に整備された街並みとなっております。自動車で20分ほど走るとビーチに出られ、今の時期はホエールウォッチングを楽しむことも可能です。ロサンゼルスやサンディエゴなどの大都市までも1時間ちょっとの距離にあります。
人口比率に関しては、UCIの生徒は5割弱がアジア系(特に中国・韓国系)が多く、続いて白人系が3割程度、アラブ系、スパニッシュ系と続き、黒人系は1割以下でしょうか。街自体の人口比率もそれに続くように4割程度はアジア系の人々で占められます。したがって、アジア系・日系スーパーも多く、日本人が生活するには非常に良い環境ではないかと思います。
アメリカの人々
こちらに来て色々と不安もありましたが、UCIのスタッフや学生の方たちと出会って、その不安が多少なりとも和らぎました。こちらのスタッフや特に学生たちと会ってみて強く感じたのは、新しい知識への欲求や興味が非常に強いこと。初めて出会った学生やスタッフに対して自己紹介をすると、必ず私の持っている技術に対して質問され、疑問があると必ず質問してきます。それはもしかしたら、自分の仕事に対して何かヒントにならないだろうか、どうやったら応用が出来るのかを常に考えているせいかもしれません。 またUCIや市街の店など問わず、非常に前向きな人が多く、こちらから何か頼み事をした際にも誰一人として否定的なことは言わず「of course」や、こちらが申し訳なさそうにしていると「No problem」と笑い掛けてきます。日本で生活していて頼まれごとをすると、どうしても“面倒くさい”や“意味ない”と言う気持ちが先立つのか、非常に嫌そうな顔をする人々が多い中、こちらのそう言った受け答えはお互いのモチベーションを上げるうえで非常に好ましい雰囲気だと思います。
こちらにきて、現地のアメリカ人と話していると、日本から見たアメリカ像と全く違う印象を受けることが多々あります。日本で考えられているアメリカとまるっきり反対のこともあります。根っこのところは同じ人間で、日本人と変わらないと感じる部分も多々あります。
上述した話と多少齟齬が出ますが、会議をしていても、やはり最初は皆発言して間違うのが怖く誰も手を上げないことが多々あるようです。ただ、それを直して少しずつでも発言していくような教育、練習をする。例えばUCIの院生のTeaching assistantは学部生数人のグループをそれぞれが受け持ち、実験や実技の翌週にグループ内でディスカッションを行うようです。そうした授業を行うことで、学部生は意見を出すこと、大学院生は意見の引き出し方や取りまとめ方を学んで行くのだと思います。
気質の違い
こちらに来て生活をしてみて、まだ一年未満ではありますが、前項のようにアメリカは素晴らしいと感じる反面、日本の方が素晴らしいと感じることも多々あります。仕事に対する考え方も違うようで、それぞれが個人の仕事が決まっていて、その領分以上の仕事は一切興味がないことが多い。仕事のルールで決まっていることは一切融通をきかさない。そのくせ、自分の領分内の仕事では日本以上に気を効かせてくれる。その背景には月並みな表現ですが「個人の仕事の裁量内は、当人が責任をすべて持つ」という考え方があるのかと思います。 例えば、友人のアパートメントには1ヶ月に一度、管理会社の人間が室内の見回りに来るそうです。室内が土足禁止だと伝えても「ルールで決まっているから」と決して靴を脱がない。スリッパもダメ。靴の上から袋を被せるように頼んでもダメ。その代わり、気を使ってゆっくりと静かに室内を歩くそうです。
UCIの学生やスタッフでもその傾向が強く、自分の仕事や研究に対しては一生懸命行うが、他人の仕事や研究に関してはあまり興味がない。前項で書いたような質問も、あくまで自分の研究に対して、自分が知識を得るために、という意味合いが強い気がします。
それに対して、日本の良いところは、横の情報共有をしようとするところ。ある程度、集団ですすめて行こうとするところではないかと思います。一人が抜けても、ある程度周りの人間がフォローできる。裁量の境界線が曖昧で、ある程度融通を効かせられる。逆にそれが悪く働くと、会議するのが仕事。誰も責任を取らない。などと、日本の会社について批判されることになるのですが…。
ある会社では、ワールドスタンダードだ!と、すべて欧米に合わせようと社内の共通語はすべて英語にするなどと頑張っている会社もあるようですが、必ずしも欧米が日本より優れているという図式が成り立つわけではなく、それぞれに良いところがあるのではないかと思います。
古くから日本人は、外から入ってきたモノを全否定せず、日本人用にカスタマイズして自分たちの文化に取り入れ運用してきました。それは言葉に始まり、宗教、芸術、技術、風習に至るまで、ありとあらゆる分野で行われてきました。その寛容さと柔軟性が日本人の良いところであり、強みだと思います。ただ、最近は日本人の悪い癖である「他人の顔の色を伺う。」が出すぎて、海外の顔色を伺いすぎ、変に揃えようとして、本来持っているはずの柔軟性を失っているのでは無いかと思います。日本の携帯電話がガラパゴスと揶揄されていましたが、ガラパゴスでも良いのではないでしょうか?だって、それでも当時の日本の携帯は世界一の性能だったでしょう。
もちろん、欧米の良いところを見習うことは大切なことであるとは思います。しかしながら、だからと言って無条件にすべて欧米に右にならうという事とはイコールでは無いのではないでしょうか。もうちょっと自信を持って、日本の良いところも見てあげる。見落とさないように気を付けていくことも大切なのではないでしょうか。
日本って、思っていたい以上に良い国だと思います。
以上ほとんど原文のまま掲載したが井上君はUCIに行く前は、殆ど英語での会話が出来なかった。しかし、この10カ月位の間で相手の意図していることがなんとなくつかめるようになってきたという。また、英語で相手と話しする際も怖気ないで自分の語彙力の中で答えるようになってきており大きな進歩である。なお本人の学部での成績は極めて劣悪であったようだが、私は成績で学生を選ぶのではなく本人のやる気で選んできている。

日本の不況をどう乗り越えて行くか
関東学院大学材料・表面工学研究所
所長 本間英夫
梅田 泰
 
日本の不況をどう乗り越えて行くか
―受注競争に堕しているようでは乗り越えられないー
日本のものづくりの見直しと、最近テレビ東京の和風総本家、朝日テレビのカンブリア宮殿、TBSの夢の扉などで数多くの元気あるメーカーとして中小でも大きく飛躍している会社が紹介されていた。
その特徴としてはどのメーカーも他社とは一味違う事で成功を収めている。
他方相も変わらず、多くの中小メーカーはドックレースのごとく未だに、今迄の下請け的発想から、目先の受注に奔走している。機会損失を減らすためには経営上は仕方のない事なのかもしれないが、ジャパンアズ№1と持て囃された1980年代が今では夢のようである。
当時鉄鋼はアメリカよりも生産が上向きとなり、自動車の輸出も絶好調であった。中小各社は三交代勤務で寝る間も惜しんで休日すらなかった。
下請けメーカーは「寄らば大樹の陰」と、ひたすら客先の要求に答えながら大量に生産する毎日であった。しかしながら、1990年から不動産バブルにより地上げ問題などが浮上し、不動産会社が叩かれるようになり、結局は全ての分野の産業が急激に落ち込んで行った。
バブルがはじけた時点で、産業の構造を大きく見直す必要があったが、「溺れるものは藁を掴む」が如く、仕事量が減ったため自社のラインを充足させようと、どんどん価格を下げコストに見合わない過当競争の時代に入って行った。日日の生産が精一杯で、新規開発の余裕はなくなり、徐々に体力は衰えて行ってしまった。現在このようなメーカーが多くを占めているのではないだろうか。
今、アベノミクスで勢いを増し、実体の経済とは少しかけ離れた部分で景気回復が叫ばれ、雰囲気としては上向きの経済が見えてきた。ここで日本の今迄の産業の形態を見直し、競争だけでなく、各社が協調しながら経済を発展させていく方向を見出し、新たに世界に貢献出来る道を見出す時が来ているのではないだろうか。
株価高騰から勝ち組、負け組の線引きがなされてしまう可能性があるが、特徴ある技術を駆使し、日本復活をしなければならない。
ニューヨーク証券取引所では年間100社以上、多い年には150社を超える企業が上場しているのに比べ、日本では、かつてはアメリカと同じく年間新規上場企業が150社を数えていたが2008年以降50社を切り、2009年19社、2010年22社、2011年36社の状況である。
5月中旬の土曜日、日曜日NHKスペシャルメイドインジャパン(1)、(2)と二夜連続で放映していた。この内容を見ていて近々感じていたことが映像で明確に示されていたので、今回この話題を提供することにした。
この番組によると、大手企業は開発の方向が見いだせないまま、過去の栄光を追いかけることとなり、思い切った転換を計れない状態に陥り、中小企業は固有の技術は持っているが、一つの製品として作り上げることが出来ない。大企業はリストラの連続で新規の技術を評価する体力が無くなり、バラバラになっている技術を積み上げる力さえ残っていない。
この歪んだ状態の日本が飛躍できなくなっている大きな要因ではないだろうか。
番組の中では数例の中小企業の技術を大企業が活用し、大きな成果を上げた話が紹介されていた。細かい内容までは紹介されていなかったが、一例は京都の京都試作産業プラットフォームが紹介されていた。
数十の会社が集まり、電子機器開発、ソフト開発、設計、産業機器、メカトロ、試験、データ計測、金型、治工具、機械金属加工、プラスチック成型、プラスチック加工、技術調査、マーケティング、工業デザイン、繊維加工、表面処理、ガラス加工、設計支援、伝統工芸、修理・修復、オーダーメイドをネットワークでまとめ、テーマが与えられ全ての開発をそのユニットで仕上げ、製品として大企業に製品として提案すると言うものである。
これまで異業種交流というシステムが地方自治体で形成され、活用されている例はあるがユニットとして各会社が協力し合い、開発の仕事をまとめて行くシステムを作り上げていた。商売となると、他社には仕事を取られてなるものかという心理がどこも強い様な気がする。
しかし、これからは「大学の知」を活用しながら、中小企業同士がアイデアを持ち寄り、一つの製品を作り上げて行く方式を数多く立ち上げられないものだろうか。
中小は比較的経営者が細かい技術内容も把握しやすく、対応への決断が大企業に比べて速い。製品としてのマーケティングも含めて作業を進めて行けば将来大きく発展していくはずである。自分たちで将来を見据えることが出来れば、成長にも大きな力となるはずである。
但し、今迄の大企業と下請けと言うシステムを今後もうまく残していくには、高度経済成長の際の関係を続けていたので駄目であろう。
昭和の三十年代からオイルショックまでは大企業が下請けを育てると言う気風があったが、オイルショック以降は下請けの良い技術があれば、言葉は悪いが盗み取るかのようなことが行われていた。新規技術を開発しても特許で優位性を出そうとすると、発注を止めるなどの嫌がらせをし、優位性を出させまいとしたことさえあった。
一部にはこの様な大企業の仕打ちから、下請けの技術力、経済力アップにはつながらず、現在の状況に陥った原因にも繋がっている。
自動車関連や、事務機などはリーマンショックまでは計画生産が行われ、毎月の中で生産調整に一喜一憂することは無かったように感じているが、近年落ち込みが激しい白物家電、映像機器、半導体などはアップダウンが激しく、常に下請けはアクセルとブレーキの掛けどうしで体力の消耗が激しかったと推察する。
この状況を打破する提案
中小企業は大企業が受け入れやすい形まで仕上げ、提案するような環境を作り出す。
また、提案された側の企業は下請けという位置付けでなく、パートナーと考え、提案された内容に付加価値を見出す努力をすることで、次々に新しい提案を引き出す。この様にして、お互いに信頼をベースにした環境が出来ることにより両社が技術、売り上げがともに伸びる。
提案しておいて掠め取られてしまう環境が発生すると、技術内容の開示が十分にされないことで、お互いの理解度が深いところに至らず最終的な製品への展開が出来ない場合も発生してしまう。技術はお互いに秘密にしてしまうと、お互いの理解度が生まれず、最終的に両者が満足することが出来ない。
企業内ですべて開発するのではなく、大学研究機関の知の活用として、原理や基礎技術について情報を得ることも必要である。大学は自由に発想出来るので、新しいアイデアが生まれやすい。
(大学は学生が若い発想で今迄には考え付かなかったような荒削りではあるが斬新なアイデアが出て来ることが多々ある。また、事業と直接繋がっていないことで自由な発想が出てきやすい環境がある。)
失敗を恐れずに新製品の開発をして行く。
イノベーションの源泉としては定性的で主観的に判断し、熱き意欲を持って開発を進めることで成功の可能性が出て来る。現在は定量的、さらに客観的に問題ないと判断できないと先に進めない。これは開発にとっては大きなネックで、良いと分っているものは、既に他社が開発を進めており、新しい技術とならないことが多い。二番煎じとなれば新規開発とはならない。直観的に成功の可能性を見抜く力、成功へ導く継続的な努力を惜しまないことが重要である。我々は材料・表面工学の研究所として活動しているが、今後、中小企業と大企業との技術の橋渡しや、何事にも積極果敢に攻める、かつ周囲とのバランスにも気配りできる人材を輩出する様に心掛けて行かなければならない。
また、これまでの日本は技術への評価が低く、べンチャー企業が育ちにくかったが、この点についても技術の評価が高くなるように各方面に働き掛けていきたい。

カリフォルニア大学との共同研究 
関東学院大学材料・表面工学研究所
本間英夫
 
カリフォルニア大学(アーバイン校)との共同研究の概要
1. はじめに
2年前の大震災の一カ月後カリフォルニア大学(アーバイン校)(以下UCI)の教授2人が我々の研究所にこられて協同研究をしたいとの要請があった。協同研究を始めるに当たって契約に至るまで綿密な打ち合わせに半年以上かかったが、本格的に研究が始まってほぼ一年になる。協同研究内容の詳細はサポートしていただいている企業の優位性を考慮し、ここではこれまでの進捗状況について簡単に説明し参考に供したい。
UCI内で行われている研究はMEMS及び医療分野への応用であり、特に身体モニタリングや医療診断を目的としたセンサ、マイクロスピーカーやマイクロスイッチなどである。したがって、我々もMEMSや医療分野への応用に注力するようにしてきている。
2. 求められる技術について
UCIにおいて求められるめっき技術のキーワードは『パターニングができること』であり、この一点について強く要求されることが多い。また、密着性については実用に耐える程度の密着強度(例えば、屈曲試験やテープ剥離に耐える程度)で十分である。
2-1. 材料
 ①シクロオレフィンポリマー(COP)
 その優れた透明性、電気特性、屈曲性から医療用センサ部品や基板としての応用を考えている。
 ②シリコーンポリマー(PDMS)
 カテーテルにも用いられているような生体適合性から体内に挿入するようなセンサや治療器具として医療部品として、またその柔軟性、離型性からMEMS用の型としての応用を考えている。
 ③アクリル(PMMA) 安価かつ優れた加工性から、めっき後に有機溶剤などで溶解剥離するMEMS型としての活用が考えられている。
 ④ポリピロール
 圧電素子であるポリピロール上に配線形成することで、医療用センサやタッチパネルとしての活用を考えている。
 ⑤ナイロン(PA)
 化学繊維であるナイロンの布上に配線形成することで衣服に直接取り付ける(縫い付ける)ことが可能なセンサの活用について考えている。
2-2. 新たなめっき技術
 ①選択めっき
 各種素材上に直接金属回路形成が可能となる技術が強く求められており、現状では幅50um、膜厚10um以下の配線形成が要求されている。
 ②シアンフリー各種貴金属めっき
 生体適合性の観点から、体内に挿入する部品には特定の金属のみ使用が可能となる。具体的には、Au、Pt、Ti(条件によってのみPd)。また、下地にNiやCuを使用することも不可となる。したがって、素材上に直接的にめっき可能な無電解Auめっき、無電解Ptめっきなどの開発が要求されている。加えて、医療用部品に使用するためシアン浴の使用は非常に嫌われる。
 ③ ZnOめっき
 半導体、透明電極材料として用いることが可能なZnOを不動態上に直接めっきを行う無電解ZnOめっきおよび電気ZnOめっきの開発が求められている。
3. 研究内容
3-1. L-MEMS(ラミネートメムス)
 L-MEMSと呼ばれるビルドアップ多層基板に似た技術により、多段にめっきと樹脂露光を繰り返すことで、超小型のマイクロフォンやマイクロスイッチを作製している。特にマイクロスイッチについては応用の範囲が広い。動作電力が非常に小さく、サイズも非常に小さいため、多数のマイクロスイッチの導入による軍事用の多周波数型アンテナレーダーの周波数走査、オフィス全体の消費電力を低減するsmart gridの分野での活用も期待されている。
さらなる小型の構造体を作製するために、塗布した樹脂材料の表面を粗さずに金属層を形成する技術の開発が求められている。
3-2. Body worn sensor network (BWSN)
 繊維もしくは布上に回路形成および圧力や音センサを作製し、グローブや衣服に縫い付けることで、障害者のリハビリ器具や常態的に身体モニタリングを行うシステムの開発が行われている。特に、圧力センサだけでなく、関節の動きや血流の流れを音によってもモニタリングする(Acoustic Intra body communication)ことで、身体内部の動きについても管理することができることが期待される。
 現在は別の化学繊維上にエッチングにより作製した回路基板(布)を衣服に縫い付けているが、今後は衣服の上に直接選択的に回路形成が可能なめっき技術の開発が求められている。
3-3. Micro Fluidic cell
血液検査用マイクロ流路チップの開発を行われている。この場合は、血液と薬剤を流路内にて一定割合で混合し、末端のカップ部分で結果を確認する方式となっている。しかしながら、より高度な検査のためには材料が現在の不透明なエポキシ材料から、光学特性に優れた材料に置き換えることが求められている。また、その他にも流路の両脇から伸びた流路末端から電荷をかけることで電気泳動によってガン細胞と正常な細胞を選り分けるガン検査用チップの開発も同時に行っている。
 透明材料(COP、Glassなど)の流路形成法としてのめっき技術の応用や、より安価かつ優れたガン検査用チップの電極形成技術の開発が求められている。
3-4 Cancer test chip
ガラス板上にフォトリソグラフィーにより約50um程度のピラー構造体を作製し、上部より血液などの細胞を含んだ溶液を乗せることで、ピラー上部に細胞を付着させ、続いてピラーを折って付着した細胞を回収、培養することで、ガン細胞などの検査を行う。ピラー間の空間には空気の層がバリアーとなり、ピラー上部にのみ溶液が触れず、細胞が付着しない。
 今後は、より高確率で細胞を吸着させるために、ピラー表面の表面処理が必要となる可能性がある。
4. 実験進捗状況
4-1. MEMS用PDMSテンプレート上へのめっき
 MEMSテンプレートを目的としたPDMS上に無電解めっきおよび電気めっきを行い型を取る。
【仕様】
めっきの仕様:E.L.Ni / E.Cu (0.6um/20um)
(本来は電気Niめっきによる厚付けが求められるが、今回は都合上、電気Cuめっきにて代用した)
UV法を用いることで、PDMSの3次元構造に追随する形で金属膜の形成が可能となった。さらに形成した金属膜を引き剥がした結果、PDMSの型が残ることなく容易に剥離することが可能となった
4-2. COP上へのダイレクトパターニングによる医療用両面基板の作製
 COP上へUVを用いた選択めっき法により、医療用センサ用両面基板を作製する。
UV照射時に石英マスク、もしくはペーパーマスクを石英板で挟んだものを用いることで、スルーホール内および基板表面に選択的に回路形成をすることが可能となった。Ni膜厚が2.0 um以上になると屈曲試験で配線にクラックが入ることが確認されたので、Ni膜厚は0.6 umとした。また、E.L.Cuめっき後に熱処理を行うことで、テープテストにも耐えられる密着強度を得ることが可能となった。 現在は、本処理において作製した基板を用いて、UCI側でアッセンブリを行い、センサとしての動作試験を行う予定である。
5. まとめ
 UCIとの共同研究プロジェクトが始まり、ちょうど一年が経過した。これらの研究以外にもSiウェハ関連の応用についても研究が進んでいる。今後はさらに共同研究を深化させより多くの新しい技術に挑戦していくことが非常に重要であると実感している。

安倍政権になり
関東学院大学材料・表面工学研究所
本間英夫
 
  安倍政権になり景気刺激策が打ち出されており先行指標としての株価は政権発足後50%以上も上昇し、さらには実態経済を反映する指標も上向いてきているようだが全体的には、まだまだ明るさが見えて来ていない。GDPから1990年以降日本は低成長に入ったが、以前プラス成長をしており、2012年現在のIMFデータから、アメリカ15,684億ドル、中国8,227億ドル、で3位に日本5,963億ドルとなっている。一人あたりのGDPを見た場合トップ3がルクセンブルグ107,206億ドル、カタール99,731億ドル、ノルウェー99,461億ドル、11位アメリカ49,922億ドル日本は13位46,142億ドル、韓国34位23,112億ドル、中国87位6,075億ドルとなっており、日本はトップグループの約半分程度の位置付けとなっており、世界的な水準からは決して高いとは言えない。 
今回我々の研究所で企業の経営者、技術系中間管理職のメンバーを中心に勉強会を開催した。 その際にほとんどのメンバーから出てきた言葉が製造業の海外移転は避けられないのではないかという意見であった。したがって当然国内が空洞化すれば雇用が減り、国内で働ける機会が失われるが、既に海外移転してしまったものや、移転しようとしているものに対する阻止は出来ないと認識していた。この様な状況下で技術者は開発は国内を拠点として注力すれば、雇用が確保されると考えている。 

研修内のディスカッションでは以降の内容が国内製造業活性化の為に提案された。 
① 海外ニーズに合わせた製品開発をする。過剰品質であると価格が合わず販売の機会を失う。販売地域に合わせてコンセプト明確にする。 
② 海外への製品については現地スタッフを活用し、要望を的確に把握する。 
③ 日本に学びたいと思われるような技術の開発。日本語を学びたいと思われるような魅力ある国にして行かなければいけない。
④ 中小企業1社ではなかなか出来ないような技術を数社が集まり、大学などの知を活用し、海外に有用な技術開発を模索する。(新しい技術だけでなく、ニッチな技術の活用も重要) 
⑤ 社内での技術開発への協力体制を十分に発揮し、円滑な開発を実施する。 
⑥ 新しい技術開発のために人材教育を実施し、今後に備える。 
⑦ 国策で新しい日本を創るための教育を行う。 
⑧ 新規開発商品はアイデアだけでなく、製品化までを国内で実施し、生産についてはコストが安い海外で行う。 
ここでみずほ総合研究所が2011年に発表したリポートからの日本の空洞化の内容と今回の提案を比較してみたいと思う。
① 海外への製造業のシフトはGDP比で5%程度であるが今後歯止めが掛からなければ、さらに大きくなる可能性はあるが現在のところ生産額では限定的である。 
② 製造現場の人材の能力は新興国に比べ優秀であり、付加価値の高い製品であれば十分に海外との競争力がある。新興国での製造は事業コストが安いため、現地で使用するものの生産は日本国内で製造することは困難である。 
製造コストは事業税、電気料金、人件費、その他でどれをとっても国内は高い。 
③ 海外の現地で使用するものは仕様変更など現地スタッフで行い、スピーディーな対応が必要である。 
このリポートからすると海外への製造移管金額ベースは少額であるとされるが、業種によって違いがあり、自動車、機械生産などは30%以上が移行しており、現地で使用される分については現地生産がさらに加速される。しかし、国内への再輸出については多くならないという見解が示されている。 
この内容からも分かるように成熟した製品については海外シフトし、新しい技術が必要な医療分野、宇宙航空分野など高品質を維持しなければならない製造は日本で強みが発揮出来る。また、ソフトウエアと互換を持たせたゲーム機器や、映像、音響機器などの高級品については、日本の強みが発揮できるが、すぐに後を追われてしまう可能性があり、思い切った変革が必要であろう。 
朝日新聞の7月24日の朝刊金融情報欄に「ゾンビ企業への退出論への疑問」という内容が載っていたが、現状赤字の会社は存続していても、経済の発展に寄与しないということでつぶしてしまえと言う事に対する反論が載っていた。政府主導で残すか残さないかの判断をした場合、正確な判断が出来ずに本当は将来大きな発展の芽があるのにも拘わらず、気が付かない内に、繊維業界は新興国に押され以前からの衣料関連の繊維については大きく落ち込んだが、カーボン繊維分野では大きな展開を見せ、なくてはならない事業に変革している。このような判断は政府ではなく、市場が判断しなくてはいけないものなのだろう。 
しかし、1990年代以降、中小企業の経営は大きく落ち込み、さらには、大企業を中心とした半導体分野ではほとんどのメーカーが利益を出せず、開発技術を含め、台湾やシンガポールのメーカーに丸投げし、利益確定が出来ないものは作らないという新製品開発にあるまじき行為を続けている。したがって、開発を依頼された海外のメーカーは年々力を付け、日本勢が追い付けない状態になったことで価格を吊り上げ売上のみならず、利益を拡大している。 
近年、日本の企業のプロセスの開発担当者が部材の開発品をメーカーから供給を受ける際に「この製品は実績があるか、なければ評価しない」と、言われることがよくあると言う。 
結局、開発商品を日本で立ち上げるのが非常に難しいため、韓国、台湾、中国で先んじて評価してもらうと言うのである。このような状態では世界に先んじた製品は生まれないのではないだろうか。 
今後日本の製造業の中心となる素材以外の自動車、テレビ、スーパーコンピューター、については市場と政府が連動し、より良い未来の日本を創造すべきなのだろう。 
今回の一泊研修では新規事業向けの教育が必要と言う事の要望が出されていた。 
勉強は強制されてはかえって意欲を喪失するために、私は上からの押しつけについては反対だが、小学校、中学校での教育でしっかり基本を教えることは重要である。 
最近は、小中学校はもとより大学の教育現場に至るまでパワハラを意識し過ぎ、厳しく育てる仕組みが崩壊しているように思える。
自分の過ちや考え方を正してくれ、間違った方向に行かないように指導してくれる先生の存在は大きい。愛情をベースにした厳しい教育ではパワハラなどの問題が起きるようなことはないのだろう。 
日本の国内が空洞化することへの対策として、国内で使用する製品については引き続き、国内に製造を残すことが出来るかもしれないが、海外で既に生産されているものについて国内に引き戻すようなことは不可能であるし、それができたとしても過当な競争がさらに激しくなるだけで、問題の解決にはならないであろう。 
これまで、世の中に存在しなかったが、あったらいいなと思われるものを国を挙げて研究し、他国では今の所は作る意欲もないものを創造することで、これからの日本の産業の活性化が可能なのだろう。 
そのためにも企業は大学の知の活用や、異業種他社とのお互いの得意分野を出し合い、一つのものを作り上げるような取り組みも必要だと思う。
その際にも自分の領域だけで利益を上げることを考えるのではなく、周辺の協力者が同様に利益が出せる様に努力することで、お互いの企業が強くなり、さらなる新規事業への活力が生まれ、良い循環となるはずである。 
 我々の研究所ではこれまでに何度も述べているように、環境に優しいめっき技術が主要テーマであり、特にプラスチックやエレクトロニクス実装の回路形成への新規プロセス開発に注力している。 
今回の研修でほとんどの技術メンバーが国内の産業空洞化について危機を感じながらも技術開発には自信を持っている今この時が変革の時期であろう。

電力事情
関東学院大学材料・表面工学研究所
所長 本間 英夫
 
  今年は節水のキャンペーンは聞かれたが、この夏は「節電」という言葉を耳にする機会が少なかった。例年のことだが政府や、電力会社から7月1日から9月末の3か月間、家庭や企業に節電を求められていた。しかしながら、原発停止から昨年までの電力不足を煽りたてていた節電キャンペーンは一体どこに。昨年は、特に大飯原発3,4号機(福井)の再稼働を巡って激しい論争。
 昨年テレビで頻繁に報道されていたが、大阪府合同庁舎の壁には「この夏、節電待ったなし!」の垂れ幕がかかり、関電社員や大阪府職員が街頭に立って「節電」PRに躍起だった。関電は関西広域連合と連携し、電気使用量を前年夏から15%削減を達成した世帯を対象に節電イベントとして景品を出すなど、あの手この手で節電を訴えていた。しかしながら、そのキャンペーンは完全に姿を消した。同社は、今年は節電イベントも一切行なわないという。理由としては、昨夏とは異なり、大飯原発も再稼働しており、電力需給の見通しも立っているというものである
政府が求める節電も無理のない範囲でとトーンダウンしており、昨年までの数値目標はない。昨年の大騒ぎは一体何だったのか。昨年9月、大飯原発の再稼働がなくても、火力発電所を動かせば、電力には余裕があったのだという。今年の政府の検討会合でも、節電の数値目標を設定しなくても、今夏の電力は需要が供給を上回るとしている。 このように、大飯原発は再稼働されたが、節電の根拠となった需給予測そのものがオーバーに見積もられていたのであろう。本年は観測史上最高温度を記録し、猛暑が続いたが、今年の夏も節電に取り組む家庭は多かったのではないだろうか。熱中症で亡くなった方も多い。
原発再稼働問題、現時点で大飯原発3,4号機が昨年夏から稼働しているだけで、後の48基は定期点検中止中である。
 自民党資源エネルギー戦略調査会が8月中旬使用済み核燃料の最終処分法が確立されるまでは原発の新規建設を見送るべきと提言しているし、さらに自民新議員は、核燃料サイクルは破たんしているとして、50年ころには原子炉をすべて廃炉にすべきとの提案をしている。原発は火力や水力などのこれまでの発電と比較するとエネルギー効率は著しく高いが、一度事故が起こると取り返しがつかない。
3次元プリンター
パソコンからプリンタに印刷したら、立体物が出来てしまうという「3Dプリンタ」がにわかに注目を集めている。もともと自動車部品の試作品や医療を目的とした人体の模型の作成などに使われていたが、低価格化が進んでおり、手軽に手が出せるようになってきた。私自身は20年以上前になるが、紫外線硬化樹脂を用いて人体を立体的に造形している筑波の研究所見学させていただいている。
3Dプリンタとは、通常の紙に平面的に印刷するプリンタと異なり、三次元CADのデータを元に立体物を造形する。3次元造形もツールは小型化、低価格が進んでおり、コンピュータ上で作った3Dデータを設計図として、断面形状を積層していくことで立体物を作成する。液状の樹脂に紫外線などを照射し少しずつ硬化させ、熱で融解した樹脂を積み重ねていく方法、粉末のセラミックスや樹脂に接着剤を吹きつけていく方法がある。
現在、製造業を中心に建築・医療・教育・先端研究など、幅広い分野で普及している。用途は業界によって様々であるが、製造分野では製品や部品などのデザインや機能の検討などの試作やモックアップ、建築分野ではプレゼン用の建築模型の作成に利用されている。特にこれから注目される領域は、医療分野で特にコンピュータ断層撮影や核磁気共鳴画像法などのデータを元にした手術前の検討用モデルとして利用されている。また、教育分野ではモノづくり教育のツールとして、先端研究分野ではそれぞれの研究用途に合わせたテストパーツなどの作成用途で使用されている。
3Dプリンタを用いて、製品を作る前にそれぞれの部品を3Dプリンタで出力できるサイズに縮小して、デザインや試作品として使われている。また、最近では、大手建設会社では建物模型を3Dプリンタで出力し、顧客の説明用に使われている。これまでは安くても数百万円するため、ビジネス用途に限られていたが、上述のように数万円~数十万円のものが発売され始め、個人や家庭でも導入されつつある。今までパソコンの画面上バーチャルでしかイメージできなかったものが、模型として実際に手に取ることができるため、完成したときイメージしやすくなり、作業効率の向上にも繋がる。最近大手企業の販売促進やイベント用のキャラクター制作などに使っている3Dプリンタは、石膏を、フルカラーで出力できるという特徴を持っている。
パソコンから写真を印刷するにはプリンタのほかに、デジタルカメラで撮った写真のデータが必要であるのと同様、3Dプリンタもある形を“印刷”するには、その形体のデータが必要で、歯医者でX線をスキャンして立体像を撮るのと同じように、構造物を360度から撮影して、そのデータをパソコンで処理し、プリンタに出力する。出力が始まると同時にプリンタから突出する石膏や樹脂を0,1ミリ程度の厚さに薄く広げ、この上に接着剤入りのインクで普通のインクジェットプリンタと同じ要領で輪切りデータを印刷する。
これを1時間に2から3センチというスピードで繰り返し積み重ねていく。印刷したところ以外は固まっていないので、それを除去すれば、接着剤で固くなった箇所だけが浮かび上がるという仕組みで、さらに硬化剤を染み込ませて乾燥させると望む形を作成できる。3Dのデータを作るには専用のスキャナーや熟練の技術が必要でありまだまだ専門的な熟練度が必要である。
したがって、3Dプリンタが普及するにはプリンタの低価格化だけでなく、如何に3Dをデータ化するかが重要である。アメリカですでにデーターが公開されているようだがさらにネットで共有される様になれば、それを組み合わせて普及が進むであろう。
 

日本での留学生生活
関東学院大学材料・表面工学研究所
盧(ノ) 柱亨(ジュヒョン) 
  今年で私が日本に来てから、ちょうど二十年目を迎えた。一寸の光陰のような二十年という年月を振り返ってみると、長いようで短い時間であったが、私の人生において、もっとも大事なことをもたらしてくれたと思う。
《私が日本での留学を決めた理由》
期待半分‥心配半分‥で始めた身寄りのない外国、日本での留学生生活は、毎日が新しいことへの挑戦であり、悟りでもあり、感謝に満ちた日々であった。
 その私が日本での留学を決めたのは、ある日、学生会館の掲示板に貼られていた『冬季日本語特別講義』を知らせる一枚のポスターだった。『あなたも冬休みの最後には自由に日本語が話せる』との宣伝文句は、英語だけではなく日本語の材料工学の専門書を読まなければならない私にとっては福音のようなものであった。それから始まった冬休みの毎日午前中四時間の日本語の講義は、日本語だけではなく、日本の文化や社会を知りたくもなり、翌年夏休みに大学で実施する熊本県芦北郡でのホームステイ・プログラムに参加することになった。
 しかし、熊本空港に着き、ホストファミリーと初めて対面した際には、生まれて初めて外国に出て緊張したせいなのか、何日前から準備してきた挨拶や自己紹介を全て忘れてしまい『はじめまして、盧と申します』と言った以外、頭の中が真っ白になってしまった。冬休みの間、一所懸命日本語を勉強したから日本人と会話ができると自信満々だった自分がどれほど大きな誤算をしていたのかがわかったその時の挫折感は今にも鮮明に覚えている。幸いにも私がお世話になったホストファミリーは、外国からの学生を受け入れた経験が多い家族であり、できるだけ初歩的な単語を使いながらゆっくり話してくださったのにもかかわらず、ホームステイの最初の一週間は、『すみません。ありがとうございます。お腹すいた。』以外はほとんど話せなく、何も耳に入ってこない状態が続き、日本語での会話よりは『笑ってごまかす技』を習得してしまった。
 日本語の習得よりは日本の文化や習慣に慣れてきた十五日間のホームステイも終わり、韓国に帰る前日の夕食後、どうしても感謝の気持ちを伝えたかったので、夜遅くまで辞書を引きながら一所懸命準備したメモを見ながら身振り手振りで感謝の気持ちを伝えることがやっと出来るようになったが、その悔しさと恥ずかしさのあまり、韓国に帰って来てからは、日本語の勉強にもっと励むようになった。
《日本での大学院生活》
それから三年後、大阪大学の大学院に進学することになり、半導体デバイスの基盤技術であるエピタキシャル成長(Epitaxial Growth)を中心に量子ナノ構造の形成や分析を専門としてきた。化合物半導体ウェハの上に、Ⅲ族とⅤ族の元素を分子線として供給し、ある機能を持つ半導体薄膜を成長させる分子線エピタキシ(MBE ; Molecular Beam Epitaxy)法と原子レベルまで観測が可能な走査型トンネル顕微鏡(STM/STS ; Scanning Tunneling Microscopy /Spectroscopy)技術を用いて、Displayや光通信などに応用できる光デバイスについて学んだ。
 大学院での研究は、学術的な勉強はもちろんのこと、一つのテーマを持つ二人の大学院生が研究の進め方から始め、実験計画に沿ったスケジュール管理を円滑にしながら一つ一つの問題解決していく能力も身に着けるような一般の大学の研究室とは思えない厳しい指導を受け、不満も多く自分は運が悪い奴と考えたこともあった。 しかし、その大学院時代の厳しさは一人前の研究者としての身になり、社会人になってからは自分から積極的に外部との技術や情報を交換しながら時代の流れに応じた研究を進めて行けるような能力の試金石になったことに大変感謝している。
《社会人になってからの成功と失敗》
学位取得後、五年間の横浜国立大学での助手時代には、大学本来の学生指導だけではなく自分の力でも研究費を獲得しなければならない状況でもあったが、大学院時代に受けた先生の厳しい指導が非常に役に立つものであった。そして、工学部全体で唯一、科研費・若手研究を二回も連続して獲得することができたことや周りの先生達にも恵まれ、科研費特定領域の総括班のメンバーとして大型研究プロジェクトの企画からスケジュール作成、実行、成果報告まで研究推進の力とノウハウを得ることもできた。
 共同研究先であった横河電気に転職してからは、世界最高速の光通信モジュール開発プロジェクトの一員となり、今までほぼ難しいと言われていた量産型MBEシステムを導入し、より高性能・高品質の半導体デバイスの大量生産を可能とする成果を上げて来た。また、40Gbps光通信用Photo diodeモジュールの高周波線路・回路の設計や製造工程の自動化に対応できる材料選定や設計にも主導的に行い、自分が設計・開発した製品が国内外通信ベンダーに採用される達成の喜びを感じたこともある。しかし、当時の成功に安住してしまい次世代技術開発のチャンスを逃してしまった経営陣の判断ミスにより多くのメンバー達も痛い失敗を経験することになった。
《大学院時代からの夢への挑戦と失敗》
その後、大学院時代から交流のあった先生より量子ドット・レーザを製品化するプロジェクトへの誘いがあり、内閣府から約七〇億円の支援を受け、東京大学の研究室で生まれた量子ドットと言う新しい理論と技術を富士通研究所のノウハウと資本で実際の製品に繋ぐためのベンチャーをスピンアウトさせるメンバーとなった。もちろんベンチャーと言うリスクを背負うことになるが、大学院時代から研究してきた技術を世界で初めて製品化に繋げる夢を実現できるチャンスと思い、挑戦することに決心した。
 量子ドットは、ナノレベルの三次元構造を持っており、優れたエネルギー閉じ込め効果により低消費電力、高速発振、高温動作が可能な発光デバイス作製への道が開ける夢のデバイスでもある。まずは、量子ドットウェハの大量生産のハードルを乗り越えるために量産型MBE装置の導入し、事前に何の操作もなく平坦なウェハの上にある条件で分子線を当てることにより分子と分子との間に伸び縮みの力で量子ドットが自己形成できるウェハの生産体制を整った。次なる小型化・高出力化のハードルを乗り越えるためには、3D-CADで設計したデータから解析可能なモデルを作り、いろんな材料や形状を組み合わせたケースを解析し、その中から最適なものを見出す設計・解析システム構築に挑んだ。更に、一つのモデルを解析するためには長時間を要することが多く、サーバーと離れた場所からもシミュレータの状況をチェックしながら、その場での新しい条件の反映も可能とする遠隔管理システムを構築することによる効率向上も図った。このCAD/CAEシステムを用いた伝熱・構造解析結果をモジュールの材料選定や設計にフィードバックさせることにより、三パターンのサンプルを試作するだけで量子ドット・レーザ モジュールの小型化や放熱効率向上と共に、高安定性・高出力化など性能改善の成果があった。
 しかし、ここでまた更なる試練と失敗が訪れてきた。リーマンショックから始まった世界的な不況と日本の半導体業界の低迷などによる価格低下とコスト削減の失敗などが主な原因であった。
《成功と失敗の科学》
このように、成功と失敗を繰り返すローラーコースター人生の中で得られた教訓は、三つの『にん』である。
 ある組織を構成する『人』は、その組織の未来を左右するもっとも大事な決め手であり、部下は上司を、上司は部下を『認』める強い信頼関係を築けば、どんな逆境に遭遇しても『忍』ぶ(我慢)ことが出来ると考えている。
 更に、大学と企業の研究所の両方での経験からは、基礎的な学問を中心とする大学での研究・教育の観点からもっと視野を広げ、自分の専門分野のみならず様々な分野の知識または技術を探求・融合し、急激に変化していくIT社会のニーズに瞬時適応しながら社会に貢献できる研究者としての思考と姿勢が必要であることを切実に感じた。
 また、大学の研究室で生まれた理論や研究成果が学術的な範囲だけにとどまることなく、実際の我々の生活や産業分野に応用することができるように企業や外部機関との親密な連携・共同研究開発を活発に行うことにより、社会貢献や大学の役割を広げていくことにも大きく貢献できるようにしたい。即ち、自分が研究してきたことを応用するためには、その知識だけではなく、製品として世の中に出すためのコスト、材料の選定などを考慮した設計技術やシミュレーションなどによる予測と更なる高効率化を実現できるスキルを持つ人材を教育することにも重点を置きたい。
 大学・大学院での教育と研究に従事することは、学生時代から持っている夢と情熱であるから、いつも「科学する目」を持ち「研究する姿勢と良識」を兼備した若者を養成することに一生懸命努力したい。   更に日本と韓国、両国間の先端技術交流のため韓国の大学や研究機関や産業界を問わず、互いに親密な関係を保ちながら積極的な情報交換・学術交流などを通して、電子材料と表面工学分野の未来を拓いて行く創造的な基礎技術の発展や国際化にも一層大きな役割を担いたいと考えている。

 以上、今月号では6月から研究所のスタッフになっていただいた盧さんに執筆いただいた。お読みいただいてお分かりいただけたと思いますが、極めて研究開発能力に優れた方で我々の仲間として今後大いに貢献いただけるものと確信している。盧さんは1990年代後半のポスドク1万人計画の申し子のような存在である。現在ポスドクは16000人程度になり極めて能力の高い方々が迷える子羊のように安定雇用が確保できない現状は忌々しきことである。
 90年代当時から大学院の定員を増やし、研究予算を増やし、博士号取得者を増やした政策であった。戦後、1960年代~80年代、高度成長とバブルにのって、西洋のものまねをしながら、急成長をとげた大学・研究業界が当面の規模とレベルを維持したまま生き残り、社会に定着していくために打ち出された政策であった。
 その後のポスドク問題、これらは、文科行政の大失策であるという言い方もされる。また、さらには成果主義・効率主義に偏った評価による予算配分、成果欲しさの無理矢理な産学官連携が叫ばれだした。我々はこれまでも何度も述べているように半世紀以上の産学連携の実績を持っているので、これから大いに特色ある研究所として仕えていきたい。-本間
 

最新の樹脂めっき技術
関東学院大学材料・表面工学研究所
田代雄彦
本間英夫
 
  今年で私が日本に来てから、ちょうど二十年目を迎えた。一寸の光陰のような二十年という年月を振り返ってみると、長いようで短い時間であったが、私の人生において、もっとも大事なことをもたらしてくれたと思う。
最新の樹脂めっき技術 「環境に優しい表面改質法」
はじめに
今日の樹脂めっきの発展は、1962年に米国でABS樹脂が工業化されたことに端を発する。 ABS樹脂とは、三つの原料であるアクリロニトリル(Acrylonitrile)、ブタジエン(Butadiene)、スチレン(Styrene)を主成分とし、ASマトリックス中にBが分散した海島構造の三元ポリマーで、その名称は、原料の頭文字に由来する。
代表的な汎用性プラスチックのABS樹脂は、寸法安定性などに優れているが、耐候性が悪いことから、外装品には塗装やめっきが施されるのが一般的である。
特に、めっきの容易な樹脂として知られる様になった背景は、中村先生がこの樹脂に注目され世界に先駆けて工業化に成功したことに端を発する。
現在プラスチックめっきされている樹脂材料の約9割以上は、この樹脂が使用されている。樹脂へのめっきは、機械的性質、耐候性、耐熱性の向上や吸湿性の低下等の機能性改善が大きな目的であるが、めっきによる高級感や重量感の感応性付与、更には、軽量化による金属材料の代替に伴う電磁波シールドの効果も併せ持つ。このめっきを施す工程中で、最も重要な処理がエッチング(表面の粗化)であり、そのエッチング液には現在も、有害物質の6価クロムを含んだ高濃度液が広く使用されている。
しかしながら、近年,「グリーンテクノロジー」、「eco」、「環境に優しい」といったフレーズが、新聞や雑誌などに見受けられるようになり、WEEE指令、RoHS指令、欧州ELV指令や京都議定書などに代表される様に、環境問題に対する取り組みは世界的に重要なテーマとなっており、この「クロム酸・硫酸エッチング法」に替り、6価クロムなどの有害物質を使用しない環境に優しい表面改質法に変更する必要性に迫られるであろう。
これまでクロム酸を用いるエッチング処理から、代替法として「過マンガン酸処理法」や「高濃度オゾン水処理法」が検討されてきたが、さらには我々は有害な6価クロムを使用しない画期的な「光触媒およびUV処理法」、「大気UV処理法」、「ラジカル水処理法」および「マイクロ・ナノバブルオゾン水処理法」について検討をしている。ABS樹脂に現行法の「クロム酸・硫酸エッチング法」と「光触媒およびUV処理法」で改質処理を比較してみると「クロム酸・硫酸エッチング法」ではABS樹脂表面のB成分が溶出し、数ミクロンの凹部が観察されるが、「光触媒およびUV処理法」では、全く凹部が形成されておらず、極めて平滑な表面上にめっきが析出しており、密着強度も同等以上の特性を示す。
これまでクロム酸に代わる方法として、キーになるTiO2光触媒の適用を10年くらい前から検討してきたが、その際に光化学の法則、UVランプの種類と特徴などと樹脂と金属の密着性について検討を進めてきたがその過程で、さらにはラジカル水やマイクロ・ナノバブルオゾン水の適用にたどり着いた。
TiO2光触媒の特徴
1972年に本田・藤嶋効果の水を分解する反応が見出されて以来、酸化チタン(以下,TiO2)光触媒に関する研究は飛躍的に増加した。そのTiO2は,化学的に安定で無害な物質で,化粧品や白色塗料などに広く使用されている。
さらにUVの作用により有機物の分解や濡れ性が向上するなどの特性を持ち、抗菌、殺菌、セルフクリーニング(防汚)、防曇、空気浄化などの様々な性能を発揮するので、医療用材料や器具、環境浄化材料として注目されている。例えば、数十年前、自動車の白色ボディは、経年で黒っぽく変色したが、現在の自動車はTiO2含有白色塗料を使用しているため、セルフクリーニング効果でほとんど変色しない。また、浴室の鏡などへの防曇効果もTiO2の働きによるものが見受けられる。
TiO2の結晶種にはブルッカイト型、ルチル型およびアナターゼ型の3種類が知られており、前二者のバンドギャップエネルギーが3.0 eVであるのに対し、最も光触媒能が高いとされるアナターゼ型のそれは3.2 eVである。そのため,波長380nm以下のUVを照射すると光電効果により,電子正孔対が生成する。それらはTiO2の粒子表面に拡散し,電子は吸着酸素に,正孔は吸着水に移行し,活性酸素のスーパーオキシドアニオン(・O2-)およびヒドロキシルラジカル(・OH)を生成する。さらに,前者は水の存在下ではプロトン(H+)と結合し,ヒドロペルオキシルラジカル(HO2・)を生成する。これらのラジカルは,塩素や過酸化水素にも勝る著しく強い酸化力を示し、有機物を最終的に水と二酸化炭素にまで分解する。最近の研究では、波長380 nm以下のUVだけでなく、400~600 nmの可視光で作用する光触媒が開発されており、今後の応用範囲の拡大が期待される。
光化学の法則
光化学は,反応が起るためには被対象物に光が吸収され,しかも,反応の起こり易さは光の波長で異なる。さらに,反応速度は吸収した光の強度により変化し(光化学第一法則),また,励起される分子数は,吸収される光量子数に等しい(光化学第二法則)とする法則に支配されている。すなわち,溶媒にTiO2を懸濁させた溶液中のTiO2微粒子に光が(1分子あたり光量子1個)吸収され,励起状態の反応で前述のヒドロペルオキシルラジカルやヒドロキシルラジカルが生成する。しかしながら,この反応は気相中とは異なり,解離の効率が低く,光反応の効率を表す量子収率は液相中では低くなる。さらに,生成したラジカルはそれらを取り囲む溶媒分子の籠効果(ケージ効果)により,速やかに再結合し,著しく解離の効率は低下すると考えられる。したがって,樹脂成型品の表面直上および極近傍に存在するTiO2微粒子のみが,光触媒反応に関与すると考えられる。
UVランプの種類と特徴
「光触媒およびUV処理法」および「大気UV処理法」で使用するUVランプは、184.9および253.7 nmの波長が主成分で透過率の安定した合成石英ランプを使用する。
各波長の特徴として、184.9 nmの波長のUV光は,酸素に吸収され易いため,大気下では約50 mm以上,水中では約10 mm以上光源から離れると,著しく減衰し、樹脂表面にはUV光がほとんど到達しない。一方,253.7 nmの波長のUV光は,オゾンに吸収され易い特性を示す。密着性にはオゾンの濃度が大きく関与することが分かりこれがライジカル水やオゾンのナノバブルの発想に繋がっている。
ラジカル水の特徴
「光触媒およびUV処理法」や「大気UV処理法」はUVランプを使用することを特徴とした新たなエッチング処理技術であるが、より複雑な形状を有する材料へのUV光の適用は陰影を生じ、樹脂表面の改質状態を不安定にする可能性がある。そこで、環境対応型で且つ強力な酸化力を持つヒドロキシルラジカル(・OH)を含む水(以下,ラジカル水)に着目した。
ラジカル水は経時的に安全な水に戻り、液体の特性を活かし、複雑な形状や微細孔内も安定な改質が可能となる。このラジカル水製造装置(倉敷紡績製,AQUA Station SA-100)は、水中に溶存し難いオゾンを数10µmの超微細気泡(マイクロバブル)にすることで、高効率に溶解させている。更に、独自の紫外線反応塔を組み合わせ、溶存オゾンの全量を最適量の紫外線エネルギーと反応させ、酸化力の強いヒドロキシラジカルへ効率よく変化させる。この・OH自体の寿命は一般的にμ秒と大変短いが、本製品では数分オーダーで連鎖反応を持続する。したがって、化学薬品を使用せず、排水の水質レベルは一般的な水洗工程と同等の低環境負荷技術である。,br>現状の使用例としては、染色廃液の脱色やダイオキシン類など難分解性有機物の酸化分解などに工業化されている。また、ラジカル水は経時的に安全な水に戻るため、スーパーやコンビニで販売されているカット野菜などの洗浄工程にも応用されている。
マイクロ・ナノバブルオゾン水の特徴
「高濃度オゾン水処理法」による改質処理は、三次元立体形状品に適用可能であり、ABS樹脂、AS樹脂、ポリイミド樹脂等に対して比較的短時間で密着強度の高い皮膜を得られるが、オゾン濃度が40から100PPMと高いため、作業環境面から低濃度での適用が望まれていた。 そこで、マイクロからナノサイズの1PPM程度の低濃度のオゾンガスを水中に停留させる手法に着目した。バブルをマイクロからナノサイズにすると、水中での停滞時間が長く安定して存在する。そのため、オゾンガスの微細バブルを水中で使用すると安定的なオゾン供給源となる。このことから、低濃度のオゾンをマイクロからナノバブル化することにより、効果的に改質されると考え、マイクロ・ナノバブルオゾン水処理の検討を行った。 また、マイクロからナノサイズのオゾンバブルは、微細クラックの入ったフィルムに加圧したオゾンを通すことにより生成した。この手法により3次元の立体成型物にも簡単に適用でき現在実用化一歩手前に来ている。
おわりに
各種の樹脂のエッチング処理に有害物質のクロム酸や過マンガン酸を使用しない「光触媒およびUV処理法」、「大気UV処理法」、「ラジカル水処理法」および「マイクロ・ナノバブルオゾン水処理法」を適用することにより,有害物質フリーで、平滑面に対し良好な密着性を示す表面処理が可能となる。
また,本手法は環境調和型のメタライジング技術であり、従来法の数ミクロンオーダーのアンカー効果による良好な密着性と大きく異なり,触媒浸透層を起点とする物理的なnmオーダーのアンカー効果により,良好な密着性を示すと考えられる。
本稿で述べたように、樹脂めっきを初めとして、これから高周波帯域の回路形成など、これまでのミクロンオーダーのエッチング法では対応できなかった領域に、これらの表面修飾法を用いることにより、今後益々必要不可欠な技術としていろんな分野で幅広く用いられるだろう。  また、今後のめっき技術の更なる発展のためには、これらの新規の表面改質法を積極的に利用した、環境に優しい技術の開発と実用化が期待される。 

「感動」が創造の原点
関東学院大学材料・表面工学研究所
本間英夫
 
「感動」が創造の原点

 自分の脳を活性化させ創造を生むには、「感動する」ということが大切である。三浦雄一郎さんが80歳になってエベレストの登頂に成功されたのも達成感と感動する強い意気込みを持ち続けられたからだ。
三浦さんの脳の状態をMRIで調べた結果、普通は歳とともに脳は縮小していくのに殆ど縮小しておらず60歳程度の脳だったとのこと。一時は糖尿病から高血圧を併発し心臓の機能が低下し山登りは断念しなければならない状態であった。ところが強い精神力で健康管理、筋力アップでそれを克服され登頂に成功されている。常に生き生きとし、強い精神力、目的意識、達成感を持って積極的にチャレンジされたからである。
私自身はそのような体力もないが、表面処理関連の研究分野での実績を振り返ってみると、学生とともに、幸いにも多くの成功体験に遭遇してきている。生きている限りこれからも、その体験を若者のような感覚で次世代の担い手とともに、新規技術の構築に貢献していきたい。 
これまで40年以上に渡る研究生活を通して、いくつかの発想、セレンディピティーから大発明とは言わないがパイオニア的に多くの新規技術を開発してきた。幾つかの例をこれまでも雑感リシーズで紹介してきたし、直近では先月号で紹介している。いつも言っているがセレンディイテーを伴い多くの成功体験はあくなき努力と、感動する情熱を持ち、常に観察眼とイメージを豊かにして学生と実験経過を見ながらディスカッションし、彼らに刺激を与え、また与えられる結果である。このことが彼らにも自分自身にも能力が引き出されてきたのであろう。私自身は何事にも感動するほうで、Do and See do not think too muchと言い続けてきたが新しい発想の原点は、常に化学現象を良く観察し、その中から思いもかけないような現象に遭遇したり、想像を豊かにしたり、また、それを見逃さず常にイメージすることが大切であった。ところが、現在の教育ではこのセンスは培われない。教育者を初め父母、学生自身までが偏差値に毒され、大学でいい成績を上げて出世コースに乗らねばと競争心と対抗心にあくせくしているような精神状態からは新しい発想は生まれてこない。
我々の周りでの新規のアイデアについてはこれからも紹介していくが十一月の下旬、下記のような記事が紹介された。その記事の内容をそのままここに掲載するが、それはクリス君がJR東海で研究していた技術がもとになっている。彼が2年前に研究所に来てから、学生と共に研究を続け、本人自身まさかというような大きな進展が、学生によってなされてきている。企業では、研究期間やそれぞれの技術者の役割が決められており、研究に対してもゆとりが無く、近視眼的なアプローチになってきており大学のような自由な環境が与えられていないので新しい発見には繋がりにくい。

透過率と導電性両立透明電極材料を開発

[横浜]関東学院大学の本間英夫名誉教授らは、高い透過率と導電性を両立させた新たな透明電極材料を開発した。無電解のメッキ技術を活用し、銅パターンの幅を0.4マイクロメートル(マイクロは100万分の1)に微細化することに成功。透過率90%、抵抗値0.5オームを達成した。透明電極は主にタッチパネルに使用される。高感度で高精細な大型スクリーンの製品化につながる。樹脂などの絶縁材料や複雑形状の部品に金属を施せる無電解のメッキ技術を応用した。メッキを成長させることでパターンを形成(配線)する。低抵抗性能に優れる銅パターンを微細配線するため、透過率と導電性能が高い。タッチパネルに一般的に使用されているインジウム・スズ酸化物(ITO)電極に比べて抵抗値は200分の1となる。また、希少金属(レアメタル)のインジウムが不要。既存の設備でパターニングできることから、真空装置を用いるITOのスパッタリング加工よりも製造コストを抑えられる。ITO電極は抵抗値が高いため、大画面のディスプレーには適していないとされている。
一方、銀ペーストを使った電極は抵抗を下げられるものの微細化が難しいため、透過率で課題があった。現在、複数の民間企業とコンソーシアムを結成し、タッチパネルや有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)、半導体をプリント基板に接続するための「ガラスインターポーザー」などへの応用を検討中。ディスプレー用のタッチパネルは大画面化、屋内外での高精細画像の再現性の向上など求められている。この記事が日刊工業の一面に紹介されたが、早速、日本の関連企業大手7社、韓国の大手二社、中国の企業一社から問い合わせが殺到した。この技術は、まだまだ開発初期でこれから実用化にあたっては死の谷を越えねばならないが、これまでの表面処理関係の実用化実験で、多くの成功を収めてきているので広い範囲に応用できるので領域によっては実用化にこぎつけるであろう。研究を進めるにあたり、感動やあくなき情熱が大切と、これまで自分の言葉で語ってきたが皆さんはむしろ有名人の言葉に納得するので今回はその一例を紹介する。
脳学者の茂木一郎が、ある雑誌で述べていたがそれを引用すると、一つはライアル・ワトソンという動物行動学者の感動のストーリーである。世界各地へ出かけていって、その自然や文化を見て、美しい文章を表現できるようになった人である。それは、ライアル・ワトソソがまだ若かった頃に、インドネシアのある島に行って、夜、ボートで海に漕ぎ出した。すると、海の底のほうから、小さな明かりが上がってきて、気づいたら、そのボートが光で取り囲まれていた。ホタルイカが発光しながら、集まってきたのである。ボートが揺らぐと、ホタルイカたちの光も揺らぎ、ボートの端をたたくと、その光も同期した。 その感動的な体験が、ワトソンの人生を決定づけたのである。私自身は、富山県出身で滑川あたりの海岸ではシーズンになると同じ経験をする。ワトソンはそのとき、ホタルイカは非常に精巧な眼球を持っていて、この眼球は、中枢神経系では処理しきれないくらいの情報を扱っている。なぜ、イカはこんな精巧な眼球を持っているのか。ワトソンはそこで、イカは自分のためではなく、何かもっと大きなもののために世界を見ているのに違いない、という直観を得る。その体験が、自然科学の『水の惑星』や『風の博物誌』など、一連の仕事につながっていく。ワトソンが「あれはイカだ」とか「生物発光現象で光っている」という風に片付けてしまう人だったら、感動的なメッセージは得られないだろう。こういうものを見たときに、感動し何を感じるかで、その人の人生は決まってくるのではないだろうか。もう一例、茂木さんは例を挙げているが、生命を人工的につくろうという「人工生命」という分野がある。そのパイオニアになった、クリストファー・ラングトンという人の話。
ラングトンがある夜、一人研究室で仕事をしていたら、フッと後ろに誰かがいる気配がして、「何だろう」と思って振り返る。しかし、そこにあったのは、コンピュータのスクリーンに、白と黒がシミュレーション・パターンで点滅するライフゲームだった。普通の人だったら、「なんだ、ライフゲームか……」と思うだけである。しかしラングトンは、「このライフゲームは、確かに生きている!」という、強い直観を得てそれが、人工生命という研究分野を立ち上げる決定的なきっかけとなったという。
脳の中には、ドーパミン、グルタミン酸、ギャバ、ベータエンドルフン、セロトニンなど百種類以上の神経伝達物質がある。これらの神経伝達物質がわれわれの脳の中で、一千億の神経細胞の間を、走り回っているような状態なのだという。その神経伝達物質は、脳が自分で分泌する化学物質であり、外から入ってくるものではない。したがって、どういう化学物質が、どういうタイミングで分泌されるかは、体験している現象に対して、われわれがどれくらい脳を共鳴させているかによって、変わってくるという。感動して、心の底で、何かが動く、そういうときに冷めた反応をする人は発想しないし、何事にも積極的ではない。茂木さんはいろいろな人を観察してきているが、冷めた人は、自分の中に何か弱いものがあるか、あるいは、何か自分を守ろうとしている人が多いという。
強い人ほど表面は柔らかく、揺れ動くことができる。そして、そういう人のほうが新しい発想をし、素晴らしい発見や発明につながってくるのであろうと述べている。
なぜなら、それだけ、自分を変えるきっかけがあるからである。芯が弱い人は、表面を取り繕い、それを守ろうとしてしまう。せっかく変わることができるチャンスがあるのに、それを逃してしまう。実にもったいないことだ。
変わるためにどうしても必要なことは、自分の心を開くこと、そしてなるべく恐れず、その状況の中に飛び込むことであると結んでいる。
この内容は(PHP文庫『脳が変わる生き方』に述べられていたものを少しだけ自分流に書き換え紹介した)