過去の雑感シリーズ

2019年

各月をクリックすると開閉します。

新年のご挨拶
関東学院大学材料・表面工学研究所
所長 高井 治


明けましておめでとうございます。

小田原への研究所移設2 年目になりました。
皆さまには色々ご協力いただき、ありがとうございました。
お陰さまで、表面処理全般にわたって基礎から応用、実用化までの
研究開発を行う環境が整い、今年から表面処理関連のコンソーシアムを
再構築し展開してまいります。
教育面では、小田原を就学地とした博士前期課程(マスターコース)、
博士後期課程(ドクターコース)、高度職業人育成プログラム(BP)が
2 年目に入り、充実した研究・教育ができるようになりました。
本年度は6 名が、ドクターの学位を取得予定です。
1月15日(火)午前10 時から、関内メディアセンターにて、
公開説明会を開催いたします。詳細は別途案内しておりますので、
ご参加ください。
また、文部科学省認定BP プログラムは2 年度目を迎え、今年度は16 名が
この3月に修了となります。来年度の募集が近日中に始まりますので、
技術者の再教育およびドクターコースへの準備として是非ご検討ください。
本年もよろしくお願いいたします。

2019 年 元旦


新社会人誕生の季節にあたり...
関東学院大学材料・表面工学研究所
副所長 
渡邊 充広


 雑感シリーズの執筆依頼があり、さて何を書こうか…咲き始めた自宅の庭の源平桃を眺め、鳴き方がまだ上手でない鶯の声にちょっとやきもきしつつ、幾つかのテーマが浮かんでくる。自身が取り組んでいるIoT関連、電子回路、表面処理技術等々はどうかと思いめぐらせた末、季節柄、今春、新社会人としてデビューする方々に当てた私感的な内容にすることにしました。内容に賛否両論はあるかと思いますがその点はご容赦下さい。

今年は六十年に一度の大チャンス
 2019年も四分の一が過ぎました。亥年ということもあり、猪突猛進のごとく新入社員の方にとってはあっという間に一年が過ぎてしまうことでしょう。ところで、今年の干支は 己亥(つちのとい)で、「正しい場所で挑戦する年」というのが謂れです。己亥という年は、六十年に一度巡ってくる年で、謂れとマッチさせると、六十年に一度の大挑戦にでるビッグチャンス到来というようにも受け取れます。皆さんがこんな思いで何かに挑戦したら、近い将来、元気な日本を取り戻せるかもしれません。さて、六十年前(1959年)の同じ己亥の出来事を調べてみると、岩戸景気の中にあって景気は絶好調な高度経済成長の時代にあり、そして、この年を代表する出来事が、皇太子様と美智子様のご成婚でした。六十年前に結婚された当時の皇太子が、六十年後の2019年、天皇を退位される。元号も変わり、新時代の幕開けとなる年が2019年ということになります。偶然?とはいえ、今年は期待が持てそうな年になりそうです。しかしながら、“なりそうな”では他力本願的ですので、やはり自ら行動、挑戦せねばと思います。自信も己を鼓舞(?)しテーマに取り組んでいます。やはり技術屋たるもの自ら手を汚し、汗をかく、コメンテーターであってはならないというのが信念です。趣味の世界でも目標をもってチャレンジ中です。

理工学系新社会人へのアドバイス
 2015年春まで、自身は産業界で三十有余年、技術者、管理職、経営者として過ごしてきました。幸いにも多くの開発品を世に送り出すことが出来きました。実力を考えれば、単にタイミングがよかったに過ぎなかったと振り返っています。
春は新社会人として多くの若者が職に就く時期です。理工学系を卒業した学生の中には研究・開発職に就く方も多いのではと思います。しかしながら、いきなりこの職に就くのは如何かなと自身は考えます。現場でしっかりものづくりを覚え、品質保証やできれば営業も経験し品質、ニーズ、フォーキャスト、原価などを理解したうえで、研究、開発職に就くことが望ましいと考えています。学業時代は、表現は適切ではないですが、論文の為の研究が多かったのではないかと感じます。しかしながら、学業時代は研究を通じ知識、技量を養うことが必要ですので、それも重要と思います。ところが、企業での研究は利益に繋がる研究、開発となります。期待成果に対し見込みのないテーマや研究、開発はバッサバッサと削られます。これが現実です。必然的に、いつまでに成果をあげねばならないというマイルストーンが設定されます。その為、効率よく作業を進め、結果を出すことが必要になります。研究でいえば学んできた実験計画法が役立ちます。上手くいかないときは、FTA(Fault Tree Analysis)解析法を用いて要因を潰しにかかるなどが有効です。学業時代に期限を定めて取り組んでこなかった方々にとっては、期限を定めて取り組むという点に大きなプレッシャーを感じるかもしれません。少々脅し気味な記述となり、反対意見もあるかとは思いますが、あくまで経験を基にした私感ですのでご勘弁を。
企業側にも望みたい点が…将来性のある研究、開発においては短中期的な成果で見極めをせずに望んで欲しいと思います。営業主導的の場合、どうしても目先の売り上げ、利益に目が向いてしまいがちで、成果がなかなか出ない研究、開発は窓際に追いやられる傾向があります。エンジニアが一番やる気をなくす状況です。いずれ企業の成長もなくなると感じます。そのような企業を幾つも見てきました。是非、将来性のある研究・開発は、フォーキャストで見立てた時期までは最低限継続をと思います。勿論、目的、目標が時代とそぐわない状況となれば見直しは必要です。

技術者にとって必要なセンス
 技術者(技術屋)にとって大切なことは、専門知識を有し、且つ、ものづくりができること、そして、発想力、問題解決力、突破力を有することと思います。
基礎知識や専門知識があることは鬼に金棒であることに間違いはありません。しかしながら、それがかえって邪魔をしてしまうこともあります。専門知識豊富なために、その蚊帳から抜け出せず新たな思想が湧いてくることなく無駄な作業の繰り返しで時間だけが過ぎていくなんてことも。そんなジレンマに陥った時、リフレッシュは欠かせません。以外にもすんなりとアイディアが湧いてきたりします。また雑学も結構役立ちます。知識の引き出しは多いことに越したことはなく、専門分野以外、異業種にも幅広く興味や関心を持つことは大切と思っています。それは趣味の分野でもいいと思います。まったく別の視点からアイディアが湧いてくることや、研究成果(失敗も成果)が異業種で応用できることに気が付くことも多々あります。広範囲な分野に関心を持つことは決して無駄ではなく、人生も豊かになるのではと思います。
加えて、“気づきの能力”を養うことも重要で、例えば何らかの研究や開発中に、目の前の事象をみて、いつもと違う様子や特異的な現象に気が付く、付かないでは成果に大きな差を生むことがあります。日常生活でも役立つ“気づきの能力”を養うよう努めることをお勧めします。

基礎基本の大切さ
 「何事も基本が大事」なんて言葉をよく耳にします。何かを成そうと思ったときに意識していることは何と聞かれると、大抵の方は「あきらめないこと」とか「やり続けること」と答える方が殆どです。勿論、とても大事なことと思います。継続は力なりって言いますから。ただ、「あきらめないこと」や「やり続ける」こと以上に大切なことがあると思います。それは「基礎基本」ということではと思っています。「そんなのわかってるよ!」という声が聞こえてきそうですが。それでは「基礎基本」って何ですか?と尋ねると意外と正確に答えることは難しいと思います。分かっているつもり、習得したつもりでいて錯覚しているに過ぎないかもしれません。言い換えれば「基礎基本」というものをそんなに重要視していないのかも。さて、基礎と基本とは? 調べてみると、基礎は①物事が成立する際に基本となるもの ②建築物の重量を支え、安定させるために設ける建物の最下部の構造、基本は、物事が成り立つためのよりどころとなるおおもと。基礎。(参照:大辞林 第三版)とあります。簡潔に言えば基礎基本は、ものごとを成り立たされるための元となるものであり、土台であるということです。この土台がいい加減だったらどうなるかはお察しのとおりです。家で例えれば土台がいい加減であればいずれ家は傾き、場合によって崩壊なんてことにも成りかねます。これを私どもが身を置く表面処理業界に当ててみると、様々な工程、品質トラブルの点で垣間見ることができます。仕事柄、多くの企業から相談が毎日のように来ます。その殆どは品質問題です。工程管理の状況やトラブルが発生した経緯を伺ったり、現地現物をみたりすると、基本的なことがおろそかになっていることが多いのです。おそらく当初は出来ていたんだろうと思いますが、いつしかお座成りになり基本が忘れられているというのが実態ではと思います。故に、基礎基本的な知識、技術、技能は定期的な反復学習や研修を行うことが大切ではと思います。自身も恥ずかしながら分かっているつもりで、実は分かっていなかった、忘れていたってこともあります。どれだけ基礎や基本が大事だとわかっても、だんだんと重要視しなくなってしまうのはなぜなのか。私の経験で言えば①習得したつもりでいる、②時間がなく焦るがあまり、すぐに取り掛かれるテクニックやノウハウ的なものに意識がいってしまうところかと思います。
 何事も基礎基本をしっかり反復し、世に役立つもの、喜ばれるものを創出できるエンジニアに成長することを理工学系新社会人の方々に期待致します。
 最後になりますが、数年前、ツーリングがてら成田山に参拝したときの事です。前に並んでいた親子の会話の中で、父親が小学低学年くらい子供に「中途半端は無に等しい」と語っていました。今でも耳に残る一言です。


材料・表面工学研究所 入所の心構え
関東学院大学材料・表面工学研究所
顧問・特別栄誉教授 本間 英夫



 新年度を迎え、材料・表面工学研究所にも新しい所員の方々が入所しました。
そこで、20年前の雑感シリーズ4月号の「研究室に入るにあたって」と題した記事が今も通用するので少しアレンジして再録しました。
また、雑感シリーズをお読みの企業の皆様方には、この心構えが、新入社員教育にも通ずることがあると思いますので、ご参考にしていただければ幸いです。

 諸君はこの4月から材料・表面工学研究所の一員になるわけですが、研究所のルール、カラーについて、以下に述べます。
 大学の三年間、生活のリズムが大幅に狂っていた学生が多いと思います。早く、研究室のリズムに合わせるようにすること。
朝は9時半から1時間程度、英語の輪講会を行います。国際化の中で、益々英語は国際語として重要になってきました。英語の能力を向上させるには、毎日の訓練が大切ですから、挫折せずに最後までやり通すように。実際の指導は、スタッフの先生と院生があたります。従って、実験は10時半から開始することになりますので、輪講会の前に実験の段取りをしておくように。いかに効率よく、無駄を省いて、研究に着手するか、要領よくプラニングをすることが大切です。
実験の終了は、その実験の進捗状況によりますが、5時または6時頃に終了するように。マスター及びドクターの学生は、時には10時過ぎまで研究室にいます。彼らは既に目的意識がしっかりしていますし、研究を義務感からでなく、楽しく充実感をもって行動しているからです。又、彼らは、研究の成果をいち早くまとめ学会で発表したり、学会誌に投稿しますので、その為に遅くまで残っていることが多いわけです。
 使用薬品の性質をよく理解してください。薬品による事故が起きています。
以前に、高濃度の水酸化ナトリウムが、本人のケアレスミスから、目に入ってしまったことがありました。私がアドバイザーキャンプで新入生と共に一泊で出かけており、ミーティングをしているときに、大学から電話があり、救急車で病院に運ばれたとの第一報が入りました。
 そのときは、瞬間的に本人は失明間違いなしで、私自身の責任、進退、保証について覚悟を決めました。勿論、学生全てが、強制保険に加入してはいますが、それだけで済むものではありません。本人に全面的なミスがあったとしても、当然、私の管理不行き届きは免れません。
数十分後に第2報が入り、大事には至らず、本人は研究室に戻ったとのことでした。本人は、幸運にもコンタクトレンズをしていたからでした。
 私は、毎年新しい卒研生を迎えたときの第一声は、実験を行うときは保護眼鏡を付けるようにと、言ってきました。実験を行うにあたっては、薬品の性質、反応性を理解し、慎重に扱うよう。諸君も徐々に実験になれてくると、そこに事故につながる落とし穴があります。あくまでも慎重に、しかし大胆に実験を進めるようにして下さい。薬品を怖がって扱っていると、危険度が上がってしまいます。
 実験中の事故に関しては、この他に、硫酸や硝酸による火傷、エーテルなど揮発性の高い有機物質の爆発やそれによる火傷、その他本学または他大学で発生した例が幾つかありますので、いずれこれらの例については話します。
 卒研生、大学院生とも、極力徹夜をすることは禁じています。徹夜で実験すると、研究が進んだと錯覚しますが、翌日に疲労が蓄積し、結果的には効果は上がりませんし、危険度も増大します。研究は、マラソンレースと同じで、焦っては良い結果をもたらしません。
 実験には失敗はありません。そこにはその条件での結果が得られているのですから。失敗と思った結果から、思いもかけない新しい発見につながることが度々あります(セレンディピィティ)。諸君は、はじめから、自分の考えに基づいて、研究の方針を立てることは出来ません。アイデアも知識がなければ出るものではありません。はじめは、先輩のまとめた卒業研究や修士論文、博士論文、既に本研究室で外部に公表した論文、または、国内外の論文を参考にして、大学院生の指示に従って、研究を進めることになります。理解が進むにつれて、自分のアイデアをどんどん入れて研究を進めて下さい。それには常に目的意識を高くして、自分の行った実験について、同僚をはじめ先輩と討論したり、論文をよく読む習慣をつける必要があります。進捗報告会として週間報告、月間報告、春夏秋冬の報告をすることにしたいと思っています。
 「下手な考え休みに似たり」といいますが、実験の計画を綿密に練ることに時間を割いてばかりいて、いざ実験となると、その計画に振り回され、臨機応変な判断が出来なくなる人がいます。
私の信条は、アイデアが出たり、とっさにひらめいたら、先ず実験をやってみる。その時の現象をじっくり観察する。考えてばかりいても前には進みません。
  “Do and see ,don't think too much!”
 私を含め大学院の学生や諸君と論議していて、アイデアが浮かんだ時や外部からの依頼で、緊急にやらねばならないことがしばしばあります。極力、率先して手伝うようにして下さい。何にでも興味を持つことによって、知識が増え、発想も豊かになってきます。
 週間及び月間報告を行いますが、私を最近多忙で、毎回これらの報告会に、参加できないことがあると思います。しかし、スタッフの先生や大学院の学生が音頭をとって、必ず、このペースを守るようにして下さい。はじめは若干、きついかも知れませんが、これは研究を進める上で良い習慣ですので、途中で挫折すること無しに、このペースを守りましょう。又、同僚及び先輩とのディスカッションは、研究室のポテンシアルアップにつながります。そのときは、上下関係を意識しないで、皆平等にフランクに意見を交わすように。
 直接諸君に実験の進捗状況を聞くことがありますが、数分で簡単に答えられるように、これも訓練です。自分のやっていることを、簡潔に要領よく答える訓練になります。
ディスカッションを行えるようになるには、先ず知識を深め広げる必要があります。今まで多用してきた学生用語に決別し、テクニカルタームを、文献から、専門書からマスターし、どんどん会話のなかで使っていくようにして下さい。
 諸君のこれから行う研究は、これまでの実験と全く異なり、研究室で行われてきた多くの実績成果の上に成り立っています。人によっては、これからの一年の研究で、その成果が学会に発表され、又論文にする場合もあります。しかし、これは既に諸君の先輩達が、基礎を築いてきたから出来るので、一般に、数年から5年くらいの長い期間、地道に実験を積み上げてきたからこそ、そこまで完成できたのです。一年で簡単に成果が出るものではありません。
 常に研究に対する心構えが出来ていますと、私がこれまで講義でよく言ってきた、偶然にあっと思うことに遭遇するチャンスが増えるでしょう。それは当人は自覚していなくても、私や先輩達が実験の中から見いだしてくれることが多いでしょう。勿論、諸君自らそのようなセンスが出ることを期待しています。
 正直言って、一年間では、研究の成果をまとめるのは至難の技でしょう。この一年間は研究の心を知ることだと、気楽な気持ちで着手しましょう。殆どの諸君は、将来研究職というよりも、もう少し広くとらえて、技術職に就くことになると思います。一年間の研究生活を通じて、工学的なものの考え方を知ることになります。営業職についてもこの考え方が必要です。
 実験ノートは必ずとるように!!!
 まとめは可能な限り一週間に一度はパソコンで整理しておくこと。これからは、毎月中間報告会を行います。又、他大学との研究交流会や、企業の技術者に集まってもらって、報告会もします。毎回まとめておくと、最後の卒論の作製が容易になります。
 研究室に、多くの企業の方々が見学にこられます。明るく挨拶をするように。他の研究室の先生方に対しても挨拶を忘れないように。
 企業及び公的研究機関との共同研究や委託研究を、幾つか行っており、そのテーマを諸君が担当します。なるべく均等にやってもらうように、配慮していますが、内容が基本的なものなら、応用的なものまであります。若干、人によっては負荷が異なると思います。
いずれにしても、打ち合わせのときに、私の部屋にきて説明をしてもらいます。これは諸君にとっては、極めて良い訓練になります。できる限り実験の内容を理解し、簡潔に説明できるようにして下さい。はじめは緊張しますが、一年間、経験を積むことによって見違えるように表現力が豊かになります。
とにかく、卒研を通じて、何でも興味を持つように。私や先輩たちが忙しく、諸君にいろいろ手伝いをしてもらうことがありますが、手伝うことによって、いろんなことが解り、一年間で大変な量の知識が蓄積されることになります。
 研究室内での喫煙は、禁止にしています。既にアメリカでは、たばこ産業界が、たばこの発ガン性を認め、売上利益の20%をガンの治療費に充てることを了承しています。喫煙している人は、なるべくこの悪い習慣をやめるように努力して下さい。体には何も良いことがありません。唯一アルツハイマーに効果があるそうです。アメリカでは、喫煙者は自己をコントロールできない人であると評価が低くなるようになっています。
 また、食事の後の糖分の多い飲み物は摂らない方が良いと思います。酸性体質になり、全く良いことはありません。食事は栄養価に留意し、規則正しいリズムのある研究生活を送って下さい。遊ぶときは大いに遊んで下さい。明日の活力が出るような遊びをやって下さい。遊びは再生産です(recreation)。ただし、娯楽産業に遊ばれないように。ほとんどの人は遊ばれています。ずるずる怠惰な日々を送らないように、充実した毎日を送るよう心掛けてください。
 私は、かなりきつく、生活面や道徳面について注意をしますが、社会に出たら、あまり同僚や上司から、仕事以外では注意をしてもらえません。はじめは諸君の気分を害することになると思いますが、教員と学生、いや本学の先輩と後輩の関係だから、きついことも本音で、ずばずば言えるのです。素直に受け取って下さい。
私は、愛情と情熱を持って、諸君の指導にあたるつもりです。あまりにも単刀直入に諸君に言いますので、誤解されやすいのですが、そんな時、不満がある時、思い切って私に直接話して下さい。
 就職活動は、自分で積極的に動いてもいいですが、今までの経験から、あまり成果が出ないと思います。自信のある人は、自分でどんどん挑戦することも大切です。私がしばらくして諸君の希望を聞きます。
就職協定が廃止されたことは、諸君にとっても、企業にとっても、我々にとっても、良い策ではなかったのではないだろうかと思います。なぜならば、諸君の適正、能力、分野など、判断できるのは10月くらいでしょう。
現実はかなり早い時期に決めねばならないので、諸君の希望を4月から5月にかけて聞きます。また、大学院でさらに、もう少し自分のスキルを磨きたいと思っている人は、先輩の意見も参考にして、5月中に、ある程度決めるようにして下さい。

理科の授業はどのようにすればいいのか
関東学院大学 教授
材料・表面工学研究所 副所長
香西 博明(こうざいひろあき)


 高校理科を考えるにあたって見過ごしてならないのは、高校生の7割程度が文系志望であるという事実である。話を高分子に限れば、文系の高校生は高校では高分子を学ばない。そうすると、小学校で環境学習(総合学習)のときに、プラスチックのことを調べて、「高分子は大きな分子」という高分子の本質を理解せずに、高分子とは燃やすとダイオキシンの出るものということだけを覚えた子供は、そのまま成人してしまうことになる。高分子科学の成果がこれだけ人々の幸せに役立っている世の中で、高分子を環境の敵と考える人たちを増やさないための工夫がいる。小学校の先生の8割近くは文系である。ところが、小学生の抱く疑問や興味の対象は自然科学に関するものが多い。これでは折角の子供の好奇心を萎ませてしまいかねない。教育大学における小学校教員の養成の仕方を根本的に考え直す必要があろう。それは小学生時代の自然現象への強い好奇心を、自然以外も対象にして、いつまでももち続けられる土台をつくって欲しいと思うからである。
学校では事象や物についての知識を教えるだけでなく、それが出現するまでのプロセスと社会とのかかわりを子供によく学ばせることが大切である。先人の生活の工夫をその過程を想像しつつ学ぶことは、単なる知識とその応用力の学習のみならず、物事の根本を考える力を身につけることになる。また、プロセスを学ぶことは、それによって物をつくった人への感謝の気持ちと「もったいない」の心の養成にも役立つだろう。「有難う」の心なしには教育は成り立たないのではないだろうか。理科教育の大切なことは、知識とその応用の仕方を詰め込むことではなく、物事の根本を考える想像力を養わせ、それを創造力につないでいくことである。


1、高等学校の化学教育(高分子教育)の現状を眺めてみよう
 昨今の高分子材料研究の発展は目覚ましく、その成果はわれわれの日常生活の衣食住や医療の現場などで幅広く利用されている。しかし、高分子材料研究の先端的分野に高校生の興味、関心が十分にひきつけられているとは必ずしも言いがたい。学習指導要領における高分子の扱いは、教科書・化学基礎では、序章化学と人間生活の①人間生活の中の化学の項目内に、教科書・化学においては第5章高分子化合物の第1節合成高分子化合物、第2節天然高分子化合物、第3節高分子化合物と人間生活に大別されている((株)第一学習社より)。高分子化合物は、日常生活の中で、とくに物質として意識されることなしに、便利なモノとして利用され、廃棄されてきた。石油埋蔵量の限界が指摘され、省資源や資源リサイクルが話題となっている。材料として人類が手にしたから日の浅い高分子についての知識が市民に行き渡っていないのは、歴史が新しいだけではなく、高分子化合物の成り立つについて高校までの学校教育の中で取り上げるには、内容が難解過ぎるためである。しかし、高分子といえども、その結合の種類は普通に低分子と同じであることを、構成単位を単離して確認する生徒実験で理解させることができることだろう。構成単位が何千何万も連なると、まったく新しい性質を示すようになることを学習させることにより、リサイクルの中でも原料に分解して再利用するケミカルリサイクルが、従来の製品リサイクルとは違った高品質の高分子を再生できるリサイクルであることを容易に納得させることができる。ところが、生徒の受験が不利にならぬよう、生徒実験(実験項目数5以上)を展開することができるどころか、授業時数不足で困っているのが現状である。

2、現場での授業に期待すること

 今や生活のあらゆる分野に材料として利用されるようになった高分子である。合成高分子の歴史は、自然を調べてまねるところから始まった。絹の成分フィブロインの構造をまねて、カロザースが1935年に、アジピン酸とヘキサメチレンジアミンからナイロン6,6の合成に成功したこと。同じカローザスが天然の生ゴムの構造をまねて1931年に合成ゴムのクロロプレンをつくったことなど、分子構造に着目しながら歴史的な発明を紹介し、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸ジクロリドからナイロン6,6をつくる生徒実験を行うべきである。高分子の研究によって新しい素材が生まれ、科学の進歩を生み出している。身のまわりにあふれる高分子がまさに生活を変えている。次世代を担う高校生に、高分子をはじめとするさまざまな物質をミクロな分子の視点でとらえてマクロな物質の性質と結びつけて欲しいと願っている。先端的な分野に高校生の興味、関心をひきつけて欲しい。生徒に、現在の、多くの高分子の機能の応用例を、実物を用いて具体的に示す機会があれば、その便利な機能を化学的に探求しようとする姿勢や、その機能を理解するための化学的概念等を学びたいという欲求への契機となることだろう。実際に生活に役立つ高分子の機能を目の当たりにすることは興味深い。自然そのものを探求する能力や態度を得てしてより具体的なものから啓発されやすいともいえる。
近年の「グリーンケミストリー」といった言葉に代表されるように、環境問題への意識が高まるなか、高校教科書や図説資料などにおいても、「生分解性プラスチック」が単元として取り上げられてきている。授業を進めていく中で生徒は、「生分解性プラスチックとはどういった物質なのか」「最近よく耳にするが通常のプラスチックとは何が異なるのか」などと非常に大きな興味・関心を示している。そこで、新素材を通して化学に対する動機づけを行い、環境問題への意識向上を図ることも大切であり、代表的な生分解性プラスチックであるポリ乳酸の教材化について研究を行うことも必要ではないか。今後も、生徒が興味・関心をもつような新素材を取り入れた実験の教材化について研究を重ねながら、さまざまな進路希望をもった生徒にも対応できる取り組みを目指して努力してほしい。また、生徒・児童の化学教育への援助を我々が所属する大学、もちろん企業、各種学会と連携しながら行えれば効果的であると考えている。
理科教育の重視が、科学の知識と探究の方法を学ぶことに加え、すべての生徒を対象として科学的素養を培うものとなることを望みたい。

自己紹介
材料・表面工学研究所
田代 雄彦


 今回、研究所の雑感シリーズの担当に任ぜられ、何を書こうかと思案した結果、やはり自己紹介からが良いかな?と思い、過去にハイテクノに掲載された内容を大幅に加筆修正しました。

 私は静岡県東部の沼津市で生まれ育ちました。私の通った小学校と中学校は、道路一つ隔て隣接した学校で、周りは全て田んぼという立地でした。そんな自然のある中、子供の頃は学校の宿題はそっちのけで、川に海に山に遊びまわっており、廊下に立たされたり、正座させられたりと、今でいう問題児だった様な気がします。現在と違い当時は、鉄拳制裁は当たり前で、先生に物差しでビンタをされた友達も居ましたが、校内暴力は一切なく、伸び伸びと育ったと思います。

 そんな私が一大決心をした出来事がありました。それは中学入学直後の実力テストでした。一学年三クラスと少ない生徒数(約120名)でしたが、その順位は下から十番くらいの三桁だったと記憶しています。「このままでは駄目だ!」と思った私は、宿題の時間を除いて、毎日七時から十二時の五時間勉強することに決めました。当時は家内の父の権限は絶大で、小さい頃からテレビは夜七時までしか見せて貰えませんでした。
 しかし、勉強自体ほとんどしたことが無かったので、何をどうしていいのか分からない。取り敢えず、教科書を読むことにしたのですが、知らないことだらけで、当時流行の蛍光マーカーでチェックすると、各ページ全てに多彩な色が付く有り様でした。
 そんな当時の座右の銘は、「ローマは一日にしてならず」、「努力に勝る天才なし」という言葉でした。自分は馬鹿だから努力するしかない!そう自分に言い聞かせて日々勉強を続けました。その甲斐あってか、一学期末の成績は学年の上位三十名に手が届くところまでになりました。また、勉強を習慣付けることで、自然に集中力が養われ、授業を良く聞く様にもなりました。面白いことに、運動能力も養われたようで、小学6年時のスポーツテストの走り幅跳びの記録が4mに満たなかったのに、中一で4m60cm、中二で5mは優に超え、集中力と運動能力のアップを実感した頃でした。中学時代は機械体操部に入っていたので、全身の筋力が付いたことも要因と思います。
 この毎日五時間勉強法を一年続けたのですが、二学年になると授業中にある程度理解でき、集中力も増した分、勉強時間は二時間程度に減り、成績も一桁と二桁程度に安定しました。この頃、各授業の宿題は休み時間中に終わらせることを習慣付け、より家での勉強を効率的に行う様になりました。元読売巨人軍の王貞治氏の言葉に「努力が報われないことなどあるのだろうか。報われない努力があるとすれば、それはまだ努力と呼べない」と世界の本塁打王が語った様に、やはり努力は必ず報われるのです。

 私の朝は、四時半に起き、洗顔後、タンクリーナーで舌の掃除をします。その後、無調整の牛乳と豆乳をコップに一杯ずつ飲みます。胃に水分が入って大腸を刺激し、この刺激が腸を動かすので、副交感神経を活性化し、自律神経のバランスが良くなり、一日を快適に過ごせるそうで、毎日実践しています。その後、様々なサプリメントを白湯で取り、冷えたお腹を温めます。基本的に水分は財宝温泉水で一日に2リッター程度飲みます。
 次に、カーテンを開け、愛犬用のお水を交換し、仏壇に新しい飲み物とお線香をあげ、コップ等の洗い物を済ませたら、階下で歯磨きや髭を剃り、出掛ける準備をします。
 自宅から小田原の研究所まではドアドアで約2時間弱です。電車とバスで移動し、乗車中は趣味の読書をしています。だいたい週に1冊、年間約60冊読破しています。
 朝食は具が梅干しの玄米おにぎり1個、茹で玉子2個とチーズ一片、無糖のコーヒーを研究所に着いてから頂きます。玄米は一日に必要なミネラルが摂取でき、コーヒーのカフェインはアルツハイマー予防に効果的です。但し、朝および昼は体内の免疫力が上がる時間帯であるため、カフェインの摂取タイミングには注意が必要です。私は起床から8時半まで、昼の12時から13時にコーヒーは飲まない様に気を付けています。
 そして、週末は半日ファスティングを時々行います。近年、長寿に体内のミトコンドリアの量が関係していることが解明され、この量を増やすのにもファスティングは有効です。この様な生活を習慣化した結果、若い頃は重度の便秘症で、冬は膝から下の感覚が無くなる程の冷え症だったのですが、現在それらの症状は全くありません。また、高コレステロールの体質だったのですが、毎日玉子を3個以上食べる様になってから、数値が激変し、今では正常値になっています。

 当時の私の家庭は裕福とは言えず、姉が私立高校に入学したこともあり、私立高校進学は絶対駄目だと両親に言われていました。そこで、国立高専と公立高校を受験したのですが、国立高専は見事不合格、公立高校に通うことになりました。高校受験での挫折、努力が未だ足りなったのです。次の挫折は大学受験、国立大学をまたも不合格、浪人することになりました。翌年、希望の大学を受験も失敗、滑り止めで受けた関東学院大学の特待生試験の一般で引っ掛りました。私立は金銭面で苦しかった筈ですが、それでも両親と姉のお蔭で、大学を無事に卒業することができ、とても感謝しています。今考えると、これらの挫折が無ければ、私は本間先生や高井先生と出会っていなかったのですから、人生は「七転び八起き」、不思議な縁を感じます。その後、本間先生のご紹介でメルテックスという表面処理薬品メーカーに入社し、研究部に配属され、私の「めっき」とのご縁が始まりました。
 入社当時の直属の上司は、与えられた仕事の他、アンダーザテーブルでの研究を承認して頂けたので、無電解ニッケルめっきの基礎研究を始めました。数年後、技術顧問として福田豊氏が研究部に配属され、氏の紹介で金材研の分析装置を使用できる機会に恵まれました。また、当時、都立大学の渡辺徹先生をご紹介頂き、その研究室に一年間研究生として通えたのも貴重な体験でした。メルテックス在籍時に研究論文をファーストで二報、北海道大学の安住和久先生の研究論文三報の連名に入れて頂けたお蔭で、関東学院大学大学院工学研究科博士後期課程工業化学専攻に社会人として飛び級で入学出来ました。人間とは「人」の「間」と書きますが、私は様々な方々と出逢い、良い人間関係に恵まれたと思います。
 入学後二年間は、社会人と二足の草鞋を履いていましたが、諸事情により十三年勤めた会社を辞め、会社から授業料を七割負担して頂いていたので、大学も辞めるつもりでした。しかし、当時の下郡社長は「そのまま続けて学位をとりなさい」と仰って下さいました。私はそのお言葉に感激したことを今でも覚えています。そして、本間先生や当時の学生達に多大なご迷惑をお掛けしながら、無事三年で学位を取得出来ました。これも本間先生はじめ当時の学生達、社長や上司、同僚のご理解とご指導の賜物と感謝しています。

 産学協同で新しい研究所を設立するとの事から、関東化成工業に入社し、関東学院大学表面工学研究所に出向することになりました。ここでは、前職と異なり、常に学生達と一緒に研究をしなければなりません。学生の生活面や研究の指導など不慣れなことばかりでとても大変でした。中には素直でない学生もおり、人間関係の難しさを痛感したものでした。ちょうどこの時期に家を購入、結婚し、妻と愛犬との生活が始まり、私の生活環境は大きく変わりました。

 周りを変えることが出来なくても、自分は変わることが出来る。そんな出来事がありました。それは母親の死です。そして、その直後の父親の癌発症です。それまで親はいつまでも居ると勝手に妄想していたのですが、現実を突き付けられました。私も親も年をとるのです。私は50前にして、両親を亡くし、親孝行をする事無く、両親を見送ることになりました。親孝行出来なかった事が、私の最大の後悔です。その時、「命」とは何だろうか?と真剣に考えました。私の結論は、「命とはエネルギーの盛衰」ではないかと考えました。赤ちゃんは何もしゃべらなくても、周りの人に幸福感を与える正のエネルギーを持っています。それが次第に、少年、青年、壮年、老年という様にエネルギーの色が赤色、青色、灰色、白色と変わっていきます。私も灰色掛かった歳になりましたが(今年55歳)、もうひと踏ん張りします!
 人の感情を表す「喜怒哀楽」という言葉がありますが、この中で一番エネルギーを使うのが「怒」です。一生涯のエネルギー量が決まっているのであれば、「怒ること」は命を縮めることに繋がると思います。そこで、私はなるべく怒らない様に、汚い言葉も使わないように気を付けています。また、「忙しい」とは「心」を「亡くす」と書きます。ですから、極力この言葉も使わない様に気を付けています。言葉には力があります。昔から「言霊」と言われている所以です。

 当研究所の契約企業に「学びに引退なし」というスローガンを掲げている会社があります。この言葉を目にした時、私は衝撃を受けました。戦前、戦後を通して日本教育界の最大の人物と云われた森信三氏の「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず一瞬遅すぎない時に。」という言葉を思い出しました。人間だけでなく言葉も同じではないかと思います。ちょうど個人的に色々と悩んでいた時に、この言葉に出逢ったので、精神的に救われた思いでした。
 人は生涯学び続けるべきで、時々休んでも、前に進むべきであると気付いたのです。そこで、約九年勤めた関東化成工業を辞め、本間先生のご指導を仰ぐことを決心しました。当初は自己都合で退職届を提出したのですが、当時の福原会長、田中社長のお計らいにより、会社都合で退職出来ることになりました。私はつくづく周りの人達に恵まれていると感じました。その後、本間先生と高井先生のご尽力のお蔭様で、本学に採用され、今の私があります。

 表面工学とは、非常に広範な分野であり、私も未だ未だ分からないことばかりですが、本間先生や高井先生はじめ、スタッフや学協会や契約企業の方々、学生達のご指導を仰ぎながら、日々成長して行けたらと思います。最後に私の敬愛する福沢諭吉翁の「心訓」という言葉を紹介したいと思います。当たり前の事ですが、人間として常に意識し、決して忘れてはならない大事なことだと思います。そして、この七つの心訓には順番がありません。この全てを優先させることが重要です。

一、世の中で一番楽しく立派な事は
  一生涯を貫く仕事を持つという事です。
一、世の中で一番みじめな事は
  人間としての教養のない事です。
一、世の中で一番さびしい事は
  する仕事のない事です。
一、世の中で一番みにくい事は
  他人の生活をうらやむ事です。
一、世の中で一番尊い事は
  人の為に奉仕し決して恩にきせない事です。
一、世の中で一番美しい事は
  すべての者に愛情を持つという事です。
一、世の中で一番悲しい事はうそをつく事です。


(了)