過去の雑感シリーズ

2006年

各月をクリックすると開閉します。

年のはじめにあたって
関東学院大学 
本間 英夫
 
明けましておめでとうございます。一昨年は学術フロンティア、昨年は念願のハイテクリサーチセンター構想が採択され、また新進気鋭の小岩先生を迎えることができ、研究体制が整ってきました。さらには、東洋経済によりますと「本当に強い大学」の28位にランクされ、まさにこの評価に値するよう、教育と研究に専念します。本年もよろしくお願いします。

以上が昨年暮れにしたためた年賀状の文章である。一昨年は学術フロンティア、それに続いて、昨年ハイテクリサーチセンター構想が採択されたことで、ようやく大学の中が活性化されてきた。

実はすでに数年前から特に工学系の大学ではこの種のプロジェクトがたくさん立ち上がり本学は大きく立ち遅れていた。

3年前、大学院委員長に選ばれた当時は、表面技術協会の会長でもあり、協会の定期的な役員会や委員会が終了すると、折角だからとみんなで会費を出し合って懇親会を行っていた。当時は、国立大学の独立法人化をはじめ、文科省の研究費に対する予算配分が重点配分にシフトし、他大学の積極的な取り組みの様子に直に触れることができ、大きな刺激になっていた。

したがって、なんとしても本学で大型のプロジェクトを立ち上げねばと、大学院の委員長になって直ぐ若手の先生方に集まってもらい、刺激をしたものだ。しかし、この種のプロジェクトの立ち上げは、長自らが陣頭指揮を執らないとうまくことが運ばないものである。実際、役職に就くと、あれもこれもと、やるべきことが見えてくる。

先ずは、大学院生のポテンシャルを上げるにはと、外部の学会で発表することを義務付ける内規を作成することから始めた。これくらいのことは大学院として当たり前のことであるが、それでもかなり先生方から反対の意見もあった。しかし、いかなる領域でも学会活動が重要であると強引に説得し押し切った。

続いて大型プロジェクトの立ち上げ、これに関しては、これまで話題には出ていたが、いつも頓挫していた。本学では、当時は建設土木系、機械系、電気電子系、材料化学系に大きく類別できた。それぞれの系の連携が出来るところは大いに連携してもらうことにして、意識の高い先生方を中心に構想を練ってもらうことにした。建設土木系で学術フロンティアに1件、ハイテクリサーチセンターでロボット工学と小生の関連領域の表面工学部門の2件が候補として上がった。

そこで初年度は、学術フロンティア1件とハイテクリサーチセンター構想として、ロボット工学部門を1件申請することになった。我々の部門はすでに表面工学研究所を設立していたこともあり、ほかの部門のポテンシャルも上げる必要があった。結果は、学術フロンティアが採択になったが、残念ながらロボット工学は不採択であった。そこで次の年に、それではと小生がプロジェクトリーダーになり表面工学を中心としたハイテクリサーチセンターを申請し、採択されたわけである。

学部教育も「少人数教育を」と改革が進行している。これらが評価されて、本当に強い大学28位にランクされたのであろう。その他、大学院に関しては、学生の受け入れ体制や、教員の人事に関するいくつかの複雑で面倒な規定を改正し、風穴を開けることが出来たと自負している。企業経営も大学経営も同じだと思うが変革期にはトップダウンでフットワークよく、事にあたることが重要である。





昨年の株式市場

昨年は銀行の不良債権処理がほぼ終了、地価は下げ止まり、積極的な設備投資、デフレ脱却と景気は拡大基調で、景気の先行指標である株価は急上昇、日経平均株価は1年間で40%上昇し、ミニバブルとの指摘もある。

このように株式市場は空前の活況を呈したが、その背景には、海外投資家の日本株への資金配分の増加、さらには、インターネットで売買する個人投資家の急激な増加によるといわれている。しかし、東証一部の年間売買高を上場株式数で割った、いわゆる売買回転率で見ると1.48倍であるから、全上場株式が一年間で1.5回売買されたことになる。しかも、浮動株が売買の対象になっているので実際の回転率はその数倍以上ということになり、個人の投資家がインターネットを介して一日に何度も売買していることになる。

ということは、延べ人数としては確かに個人投資家が増えているのであろうが、急激に増えたわけではない。

企業の将来性に対して投資するのが本来の投資家としての健全なスタンスであるとすれば、ディートレーダーと称する連中のやり方は、マネーゲーム的で本来の投資ではない。この種の投機的な方法は、市場の活性化に繋がるであろうが、株式投資イコールギャンブルのように捉えられているようで、どうもしっくりこない。

それにしても、昨年秋口までは日経平均で一万一千円から二千円を挟むボックス相場のような状態から、その後急速な上昇ピッチ。本格的な反騰相場に入ったとの声もある。したがって、市場環境の大きな変化に市場インフラが対応できず、東証システムの障害、株の誤発注などのトラブルが多発した。売買システムの増強と信頼性の向上は急務である。



投資スタンス

いずれの証券会社も、顧客の獲得にいろんな特典を用意するようになってきた。年末にある証券会社からポイントが貯まっていますよ、一昨年分が失効になるのでと、わざわざ連絡があった。子供だましのような感じだったので、そのまま放置しておいたら、再度電話があった。インターネットを開いてみると、確かにかなりのポイントが貯まっている。

投資は長期スタンスで、頻繁に取引はしていないのに、なぜポイントが貯まっているのかと思ったが、預かり株式の評価額もポイントになっている。

せっかくだからと、大納会の前日インターネットから手続きしようとしたが、アクセスが出来ない。ほかの証券会社のHPはいずれもアクセスが出来たため、インターネットそのものが繋がりにくくなったわけではない。その証券会社単独のシステム障害であった。午前中で回復したことが、当日のニュースでも翌日の新聞にも報道された。その日は午後から出かけたので、翌日の大納会の午前中にHPを開き、手続きすることにした。ところが、またもや個人口座にはアクセスが出来ない。HPには「現在、繋がりにくくなっておりますが、しばらくお待ちください」と、2日間連続のトラブルで1時間後にやっと繋がり、手続き完了。大量の売買注文でシステムの遅延が原因とのことであった。その後下記のようなお知らせがHPに掲載された。

「昨年末の障害発生後、全オンライントレードシステムの総点検を実施し、システムの最適化及び増強作業を下記日程で行う事といたしました。作業に伴い、オンライントレードシステムのサービス停止を行いますので、お知らせいたします。直前のお知らせとなり、お客様には大変ご迷惑をお掛けいたしますが、何卒、ご理解の程よろしくお願いいたします。
オンライントレードサービスの停止期間
平成18年1月2日(月)20:00から1月3日(火)12:00まで」

安定した信頼性の高い市場運営に向けて、この種のトラブル解消や先ごろの誤発注、銀行の統合、顧客サービス向上などから、情報システム企業は受注に追われていることであろう。銀行関連、証券会社は2007年をターゲットにシステム改善の強化を急いでいる。
 金融、流通に強いシステム開発会社は、これから伸びるぞと4、5年前に関連株を購入したが、株価を見ていない間に購入時の半値になっていた。したがって、難平買いをかなり入れていた。株価は昨年末から動き出し、平均購入価格を上回ってきている。購入時のタイミングが重要で状況を察知し、銘柄を選択し長期保有すれば、大きく資産を増やすことが出来る。

定期預金の金利はほとんどゼロに近く、株価が高騰しているので、今年から直接投資をと思っている方もおられるであろう。すでに昨年の段階で、これまで低迷していた株価が平均で50%くらい上昇しているし、中には数倍になった企業も数多い。

投資のスタンスとしては、将来を予測、機敏に判断して銘柄を選ぶ、各領域のトップ企業を選ぶ、未だ殆ど注目されていない出遅れ株を選ぶ、資産株や株主優待制度の充実している企業を選ぶなどいろいろある。優待制度では、これまで経験したものに、ジャガイモ、新巻鮭、新米、自社の化粧品や自社製品セットが送られてきたのを始め、航空会社からの割引チケット、電鉄ではチケットおよび無料定期、ホテルの割引チケットなどバリエーションに富んでいる。
 

所得格差
関東学院大学 
本間英夫
 
賃金やボーナスが伸び悩み、さらには高齢化が進んで貯蓄を取り崩して生活費に充てる世帯が増えている。したがって、可処分所得から貯蓄に回した割合(家計貯蓄率)は7年連続で低下し、ピークであった1975年度(23・1%)の8分の1以下に減っているという。また、最近は年収が年齢×10万で上昇志向が希薄な下流層に甘んずる若者が増加し、ニートやフリーターの数は450万人近くとも言われ、所得の格差はさらに拡大している。

景気は昨年後半から上向いてきたが、07年から始まる団塊世代の大量退職で家計貯蓄率はさらに低下すると経済学者は観測しているが、どうもよくわからない。家計貯蓄に関しては素人考えであるが、どう考えても団塊の世代の退職で、一時的に大量の退職金が支払われ、これまでの日本人の習性としてこれらの退職金はとりあえず貯蓄に回されるので貯蓄率は大幅に上がるはずである。したがって、高齢化社会の到来とともに、お金は60歳以上の退職組に集中することになる。すでに国の借金は750兆円を超え、地方自治体との借金と合わせると1200兆円以上になるという。その借金分が個人の貯蓄に回っているといわれている。この多額の貯蓄に目をつけ、退職後の豊かな第二の人生をといろんな仕掛けが紹介されている。たとえば豪華客船による世界一周旅行などは募集とともに満杯とか。



フリーター対策

確かにこれからは少子高齢化社会に入り、しかも正社員をあきらめたニートやフリーターの増加により所得格差は、ますます拡大し、不安定な社会構造になる。

フリーター人口が増加している背景には、フリーターとして働いていた方が短期的には新入社員より収入が多いとか、また、多くの企業ではこれまで正社員採用を大きく絞り、派遣社員でまかなってきたからである。

フリーターは労働力の提供だけが求められ、スキルが向上しないため、フリーターを長く続けても職歴だと認められない。また、企業側は正社員を金銭的に雇えないため、フリーターで代替している。フリーターは賃金を安く雇えるニーズがあるけれど、これらのことが悪循環に陥り、究極的には日本の技能、技術力が大きく低下する。

多くの若者はフリーターがいいとは思っていないはずだ。今後、新卒の採用枠の増加が望まれる。

生き方再発見

昨年暮れの耐震構造疑惑に始まり、年が明けると証券市場に激震が走った。両事件とも内容が明らかになるにつれて、人間の醜悪な欲望と心の脆弱さ、倫理観欠如が浮き彫りになってきた。心の豊かさを欠いた物質至上主義、拝金主義に誰もがそれを是とはしていないのだが、それぞれに人生を振り返ってみると、多くの人は、いつの間にか無自覚的に物の豊かさを追求するようになってきたように思える。

20年くらい前、ある著名な先生が学会の懇親会で「あなたたちは働いているのではなく、動いているだけだ」と仰ったことを思い出す。

何から何までテンポが速く、結果的には充実感のない生活を送っているのではないか。倫理観も含めて、この種の事件が続くと学生の指導も含めクオリティーの高い生き方とは、と考えさせられる。

ヒアリング試験のトラブル

大学入試センター試験の英語リスニング試験でICプレーヤーのトラブルが原因で457人もの多くの学生が再試験を受けた。これだけのトラブルが発生した問題のプレーヤーは、どこが製造したのかと知りたくなるが、詳細はほとんど公表されなかった。その後、報道によると製造・管理費で総額約16億円をかけ、約61万台を準備したとのこと。しかしながら、メーカー名については試験問題の秘密を守るため明らかにできないと説明した。
 トラブルが発生した翌日だったか、インターネットを開いたら配布されたICプレーヤーの使用方法が出ていた。それによると受験生は先ず、試験問題の音声が記録されたメモリーを入れて再生する。プレーヤーとメモリーのセキュリティーが一致しないと再生できない仕組みで、いずれも同じメーカーによって製造された。

再試験の受験者は、全受験者(49万2596人)の0.09%強で04年実施の試行テスト(3万5365人受験)での不具合発生率0.05%(18件)を大きく上回った。
 入試センターは来年度も、今年と同じメーカーに機器を発注することを決めており、不具合の原因などについてメーカー側から報告を受けたうえで、来年度からは安心して受験できるよう改善策を検討するという。この種のヒアリングを採用したのは全国校長会の要請に基づいているとの事である。国際化の中で、英語を道具として使いこなせるようになるためには、ヒアリング能力はきわめて大切なので、趣旨には大賛成である。しかし、なぜICプレーヤーにこだわるのだろうか。TOEICなどの全国試験と同様、教室にスピーカーから音声を流せばみんな公平でトラブルもほとんどないであろう。

おそらく全国統一で教室の環境、設備がまちまちで公平性に問題があるだろうからと、この種のICプレーヤーを使用することになったのであろう。しかし、このやり方では、機器に起因するトラブルのほかに、聞こえなかったとか、ノイズが多いとか、教室全体に聞こえるわけではないので受験生からクレームが発生しやすい。視聴覚設備が会場によって異なるので、この種の方法しか取れないと判断したのであろうが、16億円もかけるのであればこんな方法よりもCDプレーヤーを用意してCDに試験問題を焼き付けておけば、この種のトラブルは避けられるし、コストも安くなる。TOEICやそのほかのヒアリング試験のやり方も参考にされたい。



新造語ベジタリアンならぬデジタリアン

ネットの最新サービスや技術動向に敏感で興味を抱いたサービスにはすぐに飛びつく人を示す造語。仕事を創造的かつ効率的に進め、また暮らしを豊かにする手段としてネットを自由に使いこなす人。しかしながら、ネットからの情報には限界があり直接、先達からの知恵と経験を学ぶ必要がある。ネットで調べればいいとネットに没頭することは危険で時間の無駄使いになりかねないので注意が必要。





12月号にてセレンディピティーの具体例を1月号から紹介するといっておきながら延び延びになっていることをご容赦ください。
 

高度化する技術への対応
関東学院大学
本間 英夫
 
2月下旬、日経産業新聞のビジネス欄に『中小企業のナノテク熱』という記事が掲載された。その内容を要約し紹介する。経済産業省の統計によると2005年の電子顕微鏡の国内生産台数が前年度比39%増で2528台、生産額にすると19%増の420億円強で三年連続の増加。

増加の最大の理由は大手企業のナノテクノロジーへの取り組みの拡大による高倍率の顕微鏡の引き合い、さらには中堅、中小企業からの1000万円台の汎用タイプの顕微鏡の引き合い、しかも、めっきの製造現場など思いがけない分野にまで電子顕微鏡の用途が広がっており物づくりにかける熱意が高まっている。

ざっとこのような内容であったが、めっきの様な思いがけない分野にまでとの表現にはいささか抵抗を感じたが、逆に電子顕微鏡の新規購入リストの中にめっき専業工場の名前が出るということは、ハイテクや微細加工の取り組みが着実に進められていることを示している証である。

十年以上前からこれからの産業構造、技術開発を想定して、トップを走るめっき専業の工場では電子顕微鏡を始めとして表面解析や分析装置が導入されてきている。今回の新聞記事は新品の製品購入リストデーターからの調査であるが、製造業では生産に直結する設備は導入するが表面解析のツールにまではなかなか手が届かなかったことから、かなり将来技術に力点をおいている意識の高いめっき工場である。また、この調査には載っていないが、新古品や中古品でツールを揃えるめっき工場も多い。

個人的には車の中古市場と同じく、この種の中古品が積極的に低廉に導入できるインフラを整備することによって、企業の技術力や解析力を底支えする手段になるであろうと考えている。

また、高度の解析ツールの購入手段としては中小企業の場合は国や県などの公的資金援助を受ける。これは特に地方の工場では有利であり、10億円以上の助成を受けている企業もある。ただし、この申請書の作成が極めて厄介であり、さらには助成を受けた後も中間および最終報告書の作成も煩雑である。

このような訳で、せっかく良い道具を入れても書類作成に追われ、本来の目的が十分に達成されないことが多い。

これは大学も同じで文部科学省の申請は煩雑で専門のスタッフを何人も養成して注力しなければならない。これまでも何度か記しているように国立大学の独立法人化および助成金の重点領域配分、競争型の資金援助にウエイトが置かれ、ポテンシャルの高い大学が益々伸びるようになるなど、大学間の二極化がどんどん進んでいる。

さらには、この種の評価道具は高価な上に汎用性が低く、目的とする研究が終了すると施設全体が展示場と化す場合が多い。

最近、いくつかの関連企業の経営者からの「こんな道具を買いたいので、国の申請をしたいがどのようにすればいいのか」といった問い合わせが多くなってきた。私の考えとしては、汎用性の高い必要最低限の評価道具は、ぜひとも自社内に揃えていただき、数千万円以上の高価な評価・解析道具は公的研究機関や大学とコラボレートするようにされればいい。

要は道具ばかり揃えても、それを有効に活用できる体制を整えないと意味がないのである。大学でも公的研究機関でもたくさんの高価な道具を誇示しているが、それぞれの分野で有機的に有効に使う方策を考えねばならない。めっき技術は自動車、家電、エレクトロニクス製品、精密機器、最近ではナノテク、燃料電池、バイオセンサーにいたるまで重要な要素技術になってきているので、先ず各企業では技術担当の人たちが厚く情熱を持って技術開発が出来る環境の整備が必要である。



表面処理とセレンディピティー

12月号にこれからのシリーズでセレンディピティーの具体例を紹介すると約束しながら延び延びになっていたが、今月からしばらく自分の過去の経験談をベースにいくつか紹介したい。この種の経験は後の発想の豊かさに繋がるし、高度な技術にはぜひとも必要なセンスである。

新規分野の取り込みをはじめとして、技術の高度化に伴い研究者、技術者を更に確保増強していかねばならない。中国を中心としたアジア諸国の技術のキャッチアップ、これまで蓄積してきたノウハウを含めて技術移転が急速に進んでおり、大きな焦燥感にさいなまれている経営者も多いのではないだろうか。

皆さんは欧州の教会などに見られる、ロマネスク様式とゴシック様式の違いをご存知だろうか。ロマネスク様式では屋根の重さを壁全体で支えているため、壁を厚く窓も極力小さく作らなければならない。しかしながらゴシック様式では、壁でなく柱で屋根全体の重さを支える構造になっている。会社経営において、柱となる仕事を持つことが重要であるといわれ、特に、三本の矢とか三本柱とよく言われるが3という数字は安定を保つ工学分野では根本原理であり、企業の場合でも3つの柱が理想とされる。

しかしながら、これまでも私の知り合いで、3本から2本に最後は1点集中と展開して、結局は失敗に繋がった会社をいくつも知っている。前述した建築様式ではゴシック様式を用いることで屋根をより強固に高く、また壁には大きな窓を作ることができるようになり、建物を大きく明るく美しくすることができた。こちらはビジネスの専門家ではないが、企業においても、もう少し積極的にあきらめずに技術を高め、営業努力を惜しまなければその後大きな展開が約束され、会社を明るい未来へ導くのではないかと考える。



小学校での手品との出会い

50年以上前にさかのぼるが自宅から小学生の低学年でも徒歩で5分くらいのところに6階建てのデパートがあった。当時は屋上が遊園地になっており、いつも一階の食品売り場、お菓子売り場をジグザグに見てから2階の婦人服は素通りして3階のおもちゃ売り場、文房具、本の売り場などを見ながら屋上に向かったものだ。

おもちゃ売り場の一角にトランプを始め手品道具の売り場があり、一週間に一度だったか手品のデモンストレーションが決まった時間に行われていた。当時のセールスマンは今のように巧みな話術ではなかっただろうが、その売り場で手品のしぐさを見て魅了されたものである。

デモンストレーションが終了すると、何人かの大人はすぐに種明かしつきの道具のセットを購入していた。皆がいなくなってからショウウインドーを覗き込むと、中には何種類もの手品セットが値段の表示とともに陳列されていた。

まだ小学生の4年くらいだったので、当時はふんだんに小遣いをもらえるわけではなかったが、親にねだってセットのいくつかを2回から3回に分けて購入した。

手品の種類としては、大きく分けるとトランプに関するものと、小道具を使うものの2種類であった。早速、自宅に帰ってわくわくしながら中身を開けてみると、ほとんどが小道具を巧みに利用し錯覚させる類のもので、実際の小道具は原価にすると手品のセットの売値の何十分の一くらいであろう。ちょっと落胆したが、それとは裏腹に実際「種」を知らない人にしてみると不思議で、その魅力のとりこになるわけである。

この手品の「種」は、我々が進めている技術のノウハウにも繋がる。また、「種」と同時に一枚の紙切れに、絶対に他人には教えないようにとの注意書きがあった。

技術内容を教えてくださいと、研究所に来る方々にはオープンにノウハウをお教えしているが、手品の種明かしと同じで内容がわかってしまうと「なーんだ、それだけのことなんですか」といった価値をあまり認めないような人に出会うと、小学生時代に見た紙切れの絶対に手品の種明かしはしないようにとの言葉が思い起こされる。

我々は技術を蓄積し、ちょっとした発想から、かなりインパクトのある技術につなげているのだが、今後は新しく確立した技術に対しての価値に対する評価を上げる努力をしていかねばならない。

また、これからの技術の再生産のためにもある程度の費用を負担してもらったり、あるいはビジネスになった場合は売り上げの何パーセントかを提供していただき、その資金を更なる新規な発想と技術開発に供していくべきであろう。

これから何回かのシリーズでめっきとセレンディピティーについて紹介するが、まず自分自身が科学的な現象や発想が豊かになった背景から語ることにした。
 

特別講演で
関東学院大学
本間 英夫
 
表面技術協会の春の学会が3月中旬に開催された。この大会では論文賞や技術賞の講演に先立って1時間の特別講演が例年春の大会で行われている。この特別講演の依頼が正式に来たのは3、4ヶ月前であった。これまで何度か特別講演を聴講したが、表面処理で実績を上げてきた著名な先生方の講演が主であったので自分が適格者であるか疑った。しかしながら、2年前まで当協会の会長をしていた関係上、是非お願いしたいとの事であった。

たまたまこの雑感シリーズでセレンディピティーについてストーリーの構想を練っていたときであったので、タイトルは「創造とセレンディピティー」サブタイトルとして「表面処理における偶然の発見」と題して講演する旨、事務局の了解を得た。

講演に先立ってストーリーをどのようにもっていくかをかなり考えた。これまで40年近く経験してきた話をすべて1時間の中に押し込むのは到底不可能で総花的になってしまう。まずはこれまでのデータから主要なものを選び、更に偶然との出会いについての解説をいれることにした。

いつも講演するに当たって、与えられた講演の時間をきちっと守ることにチャレンジしている。これは生前に中村先生がよく時間は守るようにと、実際、先生はいつも時間内にきちっとスマートにまとめられていた。それ以来、自分は先生の教えを守って講演は時間を守っている。

また、最近は大学内でも学会でもいくつかの役職をする立場になったので、自分が進行役をする会議は絶対決められた時間に終了するように努めている。

さて講演当日は、鞄も何も持たず小さなチップ(USB)だけをポケットに入れて出かけた。一昔前にビジネスマン向けのTV宣伝で「これだけ手帳」が流行ったことがあるが、現在はそのUSBという小さなチップが1ギガもあり多くの実験データの情報、講演のスライドを入れている。したがって重いOHPを鞄に入れて持ち歩くこともなく便利になったものだ。

講演に先立って受賞者の表彰式、新会長の挨拶があり、それから私の講演に入ったが、その時点で時間が10分遅れていた。ということは50分に短縮しなければならない。時計と睨めっこしながら、格調は高くないが参加されていた方々には肩のこらない話として聞いていただいたと確信している。

夕方から開催された懇親会でも多くの実績を持っておられる先生が「なぜあんなに色々発想できるの?」「常にわくわく楽しく好奇心をもっているからですよ」と談笑が弾んだ。

技術追求の面白さ

先月号では発想の豊かさの自分のルーツについて、語ったがそういえばと思い起こしたことが、一つ二つあるのでそれも表面処理における偶然との遭遇に関して語る前に付け加えたい。

手品の話の追加になるが、中学3年でそろそろ卒業を迎える頃であったが謝恩会か何かのときに400名以上の生徒の前で舞台に立ち化学手品をやった。それはワインに見立てた赤紫色の溶液を瞬時に透明な溶液に変えるもので、種を明かせばヨード澱粉反応を利用したものでみんなを驚かせた。

また、催眠術にも中学3年の頃興味を持ち、本屋で数冊探し勉強などそっちのけで、むさぼるように読んだものだ。小学生の頃からまったく勉強などせず、劣等生で人を笑わせることが得意というか人気者だったので、催眠術になると、ひょうきん者ではまったく通用しない。

せっかく施術方法をマスターしたのにと、自分を絶対的に信頼していた友達に試したら見事に術にはまってしまった。高校生になると株の取引をやらせてもらい、大学では心理学に興味を持ち、ギルフォード、ロールシャッハテストの参考書をいくつか図書館にこもって読み漁った。

このように、興味のあることには徹底的に取り組む性質なのだろう。また大学3年のときに一度だけデパートでアルバイトをしたが、その際まったく売れていなかった商品を、全部売りつくしたので評判になり、売り場の店員、それから事務職員まで、どんな人なんだと興味をもたれたようで、それがきっかけで何人かの女性と交際するきっかけにもなった。

大学4年のときも卒業研究に専念していたが、時々サボってデートをしたものだ。中村先生から「あいつはバンカラプレーボーイだ」といわれた所以である。

前書きがずいぶん長くなってしまったが、何にでも興味を持ちわくわく楽しみ取り組んできたことが、これまでいろんな偶然に遭遇できたのであろう。



人生の分岐点

ABS上のめっきが、本学の事業部で40年以上前に世界に先駆けて工業化したことはあまりにも有名で、読者には語る必要はないが、もうすでに半世紀近く経過しているので、語部(かたりべ)として外部の講演では枕に必ず話すようにしている。

さて、私が実際にかかわったのは大学を卒業してからで、卒業研究は県の工業試験所の今井先生の下でシアン分解における金属イオンの妨害作用であった。毎日10個以上のサンプルを特殊なシアンの蒸留器にかけてシアンを遊離させ、その濃度を分光光度計で分析するものであったが、操作法が煩雑で自分なりにいくつかの操作に関して先生に改善を提案した。

今井先生はJISの規格委員を担当されていたので、私の提案がJIS規格の操作法に採用されたと聞いたときは、嬉しかったし自分もやれるぞとの自信になった。その後、卒研は企業で行うことになったが、そのときの研究員がなかなか能力のある方々で、大学院に進学しようと心に決めたのをはじめとして、その後の自分の進路に大きな影響を与えることになった。

本学には大学院がなかったので、同じキリスト教主義に基づく同志社の大学院に進学した。しかし、指導教授の先生は60を過ぎておられ、情熱が感じられなかったので、これでは積極的に研究に励めないぞと、本学に戻る相談を中村先生の下に手紙でお願いした。

ちょうど5月の連休に入るところで、先生の返事を待たずに連休を利用して先生のオフィスを訪ねた。開口一番「実力をつけたいのか、肩書きがほしいのか」そのような問いかけに誰だって肩書きがほしいなどとは言わないだろう。即座に「実力をつけたいです」といったら先生は「それならこちらにもどれ」ということで6月から戻ることになった。

実は、京都の下宿に帰ってみると中村先生からの一通の手紙があり、早速開封して読んでみたら、同志社にせっかく入ったのだから、さらには肩書きというのは人生において大切だから、2年間自分なりにベストを尽くすようにと、先生の過去の経験談も入れながら面々と説得するような手紙であった。だから自分が先生のオフィスに入ったときに、ぶしつけに実力をつけたいのか肩書きがほしいいのかと聞かれたことが納得できた。手紙を読み終えたときは若干気持ちが揺らいだが、一度決めたものを翻すわけに行かない。自分についていた4人の卒研生に「俺は元の大学に戻るが」と了解を得た。


次号に続きます。
 

関東学院大学での1年間と先端めっき技術
関東学院大学
小岩 一郎
 
関東学院大学での1年間

早いもので、関東学院にお世話になってから1年間が経過しました。その間、皆様にご指導をいただき深謝いたしております。多くの皆様と知り合うことができ、1年で800枚弱の名刺交換をさせていただきました。図1には、間に合わせで作成したVer.0の次のVer.1の名刺と、現在使用しているVer.5の名刺を示します。200枚単位で名刺を発注する際に、徐々に、ホームページのアドレス、校訓、そして似顔絵まで入れました。名刺の内容が充実しているように、私の関東学院での教育や研究が充実していくように努力していく所存でございますので、皆様のご指導ご鞭撻の程、よろしく御願いいたします。現在、株式会社化した関東学院大学表面工学研究所とハイテクリサーチセンターの両方が走っており、活気にあふれた1年でした。今年も、5月には研究所のめっきとプリント基板の講習会、6月3日(土)にはハイテクリサーチセンターの成果報告会が予定されております。詳細はお問い合わせいただくか、ホームページなどをご参照いただきたく御願いします。

 
図1

先端めっき技術

めっき産業は、すべての産業に関係していると言っても過言ではありません。多くの産業分野に必要不可欠な技術です。今回は、その中で、実装技術に関する先端めっき技術を紹介させていただきます。先ず、実装技術についてですが、この技術は、「半導体のチップの能力をすべて引き出し、さらにデバイスを小型化するための技術」ということができます。チップだけでは、何もできません。チップ間やチップと他の部品とを接続する技術が必要です。そのための実装技術は、以前は、「繋ぐだけ、載せるだけ」といわれ、デバイスを作製する際にも重要視されず、すべての仕様が決まってから実装技術の出番でした。しかし、近年の携帯機器の小型化・多機能化は高度の実装技術無くしては達成することができず、デバイスの企画段階から実装技術が登場します。近年、実装技術では再配線、ポスト形成、貫通ビアなどがめっき技術を用いて形成されています。このような新しい先端めっき技術を紹介します。

半導体産業とめっき技術

以前は、半導体は前工程(ウエハ工程)を終了し、個片化する前に、めっき技術を使用することはありませんでした。しかし、配線抵抗を低減する必要性からスパッタリング法などで形成したアルミニウム配線からめっき法による銅配線への移行が行われてきました。これにより、半導体産業とめっき技術が密接な関係を持つようになってきました。特に、20世紀の終盤からのIT革命による情報化社会は、携帯電話を筆頭に多くの電子デバイスを携帯化・小型化・多機能化へと導いています。従って、今後は、半導体の微細化とともに半導体の性能を劣化させることなく、小型のシステムに組み上げる実装技術の重要性が高まっています。実装技術では接続と配線が重要な要素ですが、その両者においてめっき技術が使用されています。

新しい実装技術 ―チップサイズパッケージー

図2に示すように、一般的に用いられる半導体チップは、ウエハプロセス終了後に個片化され、外部との接続のためにパッケージングされてからプリント基板などに実装されます。従って、実装されたパッケージは半導体チップよりも大きくなってしまいますが、限られた面積に多くの部品を実装するには、実装面積がより小さい方が望ましいので、理想的にはチップと同じ大きさであることが望まれます。この問題の解決がチップサイズパッケージで、ウエハ状態でパッケージしてから個片化するウエハレベルチップサイズパッケージ(Wafer Level Chip Size Package、以下W‐CSP)が開発され、多くの電子デバイスに適用されている。この方法においても、再配線とポスト形成に銅めっき法が使用されています。

貫通電極を用いた実装方法

上述のW‐CSPで実装面積をチップと同じにしても、さらに高密度に実装することが必要になります。その解決策の一つがチップを積層することです。図3には、貫通電極を用いた場合のチップの積層例をしめします。チップ間は貫通電極により接続され最後にインターポーザーを介してバンプを用いたフリップチップ実装を行っています。この方法であれば、半導体チップの両面にパッドができることになるので、積層が容易になるとともに、配線長も短くなるという利点もあります。 図4には、貫通電極の作製方法を示します。最初にシリコンウエハにホールを空けます。具体的には直径35μm、深さ、70μm程度が一般的です。そのホールの上に酸化膜(SiO2)を形成し、その上にめっきのための導電層と、銅の拡散防止のバリア層としてTiN、TaN、Taなどを形成します。その後、銅を電気めっきしホールを埋めます。ホールの上にはハンダを搭載し、ウエハ全体を補強するために樹脂層などを形成します。その後、ウエハを裏面から研磨して銅ホールに達するまで、例えば、厚さが50μmまで研磨します。ホールの深さが70μmであるので、半導体チップの両面に銅が現れることになります。従って、半導体チップを積層することが容易になるのです。

 
図2
図3
図4

プリント基板の微細化

半導体チップやパッケージの小型化にともないプリント基板においても微細化は必要条件になります。半導体の配線でも同様ですが、微細な配線を形成するためには、基板の平坦性が高いことが必要条件になります。一般的にプリント基板は、エポキシ樹脂にフィラーを分散させたものを用いていますが、その基板上に形成する銅配線との密着性を得るために、過マンガン酸溶液などを用いて基板表面を粗化し、基板と金属膜が混合する層を形成し(投錨硬化、アンカー効果)、十分な密着力を得ています。しかし、この方法での今後の改良には下記の2点の問題点があります。①配線が微細化するので、基板の粗化が大きく正確なパターンが形成できない。②今後の高周波対応では、表皮効果が大きくなるので、粗化は小さくする必要があるが、それでは、十分な密着力が得られない。 上記の2点の問題点を解決するために新しい基板の処理方法が求められています。著者らは光触媒である酸化チタン(TiO2)粉末を水中に分散し紫外線を照射することにより樹脂基板表面に改質層を形成する方法を検討してきました。この方法では過マンガン酸溶液などの環境負荷の大きい物質も用いないというメリットもあります。 全く粗化していない基板、従来の過マンガン酸溶液でエッチングした基板、著者らが光触媒とUV照射により処理した基板の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果、未処理のものと著者らの改質処理を行った基板の表面には、ほぼ同様ですが、従来の過マンガン酸によってエッチングされた表面は他の2基板とは全く異なっており、明らかなエッチング痕が認められます。この結果を裏付けるように表面粗さRaは未処理のものと新しい改質処理では同様の0.093μmであるのに対し、従来のエッチング処理を施したものでは0.933μmと10倍の値を示しています。一方、この3種の基板の上に無電解銅めっきを施し、密着力を測定した結果、未処理の基板上では均一なめっき膜は形成できません。従来の処理では、1.07kgf/cmと1kgf/cm以上の高い値を示しています。さらに、著者らの新しい表面改質法を施した基板では1.17kgf/cmとより高い密着力をえることができました。従って、著者らが開発した方法では、基板の表面粗さを増すことなく十分な密着力が得られることが明らかとなりました。以下、そのメカニズムについて考察します。 接着のメカニズムについても検討を加え、光触媒とUV照射を組み合わせて表面改質した基板に20~50nmの厚さの改質層が生じ、めっき皮膜が入り込んでいることによるナノレベルアンカー効果によることが明らかになってきています。上述のように樹脂基板とめっき膜が存在する混合層の形成がアンカー効果には必要不可欠ですが、従来のアンカー効果がμmオーダーの粗化による混合層を形成していたのに対して、新しく開発した表面改質法ではナノレベルでの混合層が形成されているために十分な密着力が得られると推察されます。 図5には、過マンガン酸による従来の方法と新しい表面改質を行った基板上に、10μm幅の銅配線をセミアディティブ法によって形成した場合を示します。両者ともラインとラインの間隔は10μmです。図中より従来法では、ラフネスの大きな基板にラインを形成していますが、新しい表面改質法では平坦な基板にラインを形成しています。ここからも明らかなように上述の②の観点からは今後の高周波対応として新しい表面改質法が有利だと言えます。

 
図5

皆様への御願い

これまでもエレクトロニクス産業を支えてきためっき技術は、ますます重要性を増してきます。特に、実装技術ではキーテクノロジーとしての発展が期待されています。今後とも皆様のご支援、ご教授をいただきながら表面工学の発展に尽力していきたいと思います。

 

4月号の続き
関東学院大学
本間英夫

 
結局、同志社には2ヶ月しかいなかったことになる。本学には大学院が設置されていなかったので専攻科に入り、一年後には地元に帰り、親にも迷惑をかけたので、アルマイト工場を経営していた親戚の世話になろうと思っていた。先生に進路について自分の考えを話したら「それよりもお前は残れ」と言われ、素直に従った。現在その工場は、地元ではかなり認知度が上がり、知らない人はいない規模になっている。もし先生の考えに従わず田舎に帰っていたら、今は経営者の一角に座っていたであろう。 

実は、その年に大学院の申請が行われており、(先生は自分には申請中であることは同志社から戻る際に何も言われなかった)認可が下りて、しばらくして大学院の入学試験が行われた。

各科で数名ずつ受験者がいたが機械科、建築科、それと自分の所属する工業化学科でそれぞれ一名が合格した。先生の話では一期生だから厳格に合否を決めたという。この3人の一期生は大学院修了後、大学に残り教員の道を歩むことになる。人それぞれに人生の岐路があるが、その選択は運否天賦なのだろう。



ABS上のめっきからポリプロピレン上のめっき

さて専攻科から大学院に入った当初の主要研究テーマは、ABS上のめっきの前処理に使うクロム酸によるABS樹脂のエッチングの解明であった。

当時、研究室には自分の背丈より大きなガスクロ一台、紫外可視分光光度計と赤外分光光度計がおかれていた。ABS樹脂がクロム酸でどのようにエッチングされるかに関しては、電子顕微鏡を用いて表面がどのように粗化されているか外国で報告されていた。

ABSは当時プラスチックの合金と称して、それぞれのプラスチックの特性を保持した優れものと紹介されていた。しかも、この樹脂がプラめっきとして、これまでの樹脂に比較して優れた密着を得られるのは、一番化学的に弱いB成分だけがエッチングされ、複雑な粗化が行われるのだと中村先生から教わっていたし、すでに論文にも出ていた。

それ以上の情報はなかったので、実際AとBとSのそれぞれ単体、およびAとSの成分からなる樹脂を、中村先生を介して化学メーカーから入手し、それぞれ実際どのようにクロム酸で侵されるのかを調べることにした。

今考えるとよくも強引に危険な実験をやったかと、しかもそれはまったく先生にはどのような手法で実験をやるか、またやっているかは報告もしていなかった。先生は当時多忙でほとんど事業部のこと、および取り巻きのめっき工場の育成に腐心されていたようである。

エッチングの解明と称して何をやったかというと、エッチングによってクロム酸の中にそれぞれの樹脂成分がどのように酸化分解するか調べたのである。

ガス成分はガスクロで、表面の酸化は赤外分光で測定できることは誰でも予測できる。しかしクロム酸の中に樹脂がどのように溶解するか誰も未だ検討しておらず、現在でも自分以外は検討していない。

その方法とは次のような強引な方法である。すなわち、高濃度のクロム酸と硫酸とから構成された60度以上の溶液の中にそれぞれの樹脂成分のパウダーを添加し、1時間くらい反応させ、その後ガラスフイルターを介して未反応の樹脂パウダーをろ過し、樹脂が溶解しただろうその溶液を分液漏斗に移す。

次いで一定量のベンゼンをその分液漏斗に添加して、よく何度も攪拌するのである。

温度はまだ50度以上で、しかも当時は自動の振盪機などなかった時代なので、熱いベンゼンとクロム酸と硫酸の溶液を何度も振盪し、適当な時間にベンゼンのガス圧が高まるので栓を開く、この操作を数回繰り返す。今思うと極めて危険な実験をやっていたものだ。誰もやらない実験だから逆に成果は大きく評価された。人のやらないことをあえてやったのである。その後も誰もやらないからこの論文が評価され、20代で表面技術の便覧の一部を執筆することになる。このようにABS樹脂上のめっきが専攻科から大学院への研究の原点になる。

ABSを用いたプラめっきが工業化されていた同じ時期に、ポリプロピレン(PP)が夢の繊維と騒がれて登場した。しかし当初PPは染色性が悪く、成形性にも問題があったようで、せっかく日本の大手化学工場がアメリカからプラントを導入したのに応用に制約があり、当時のその企業の役員は何かいい応用はないものかと探していた。

そこでPPにめっきが出来ないかと白羽の矢が当たったわけだ。それは丁度、私が大学院一年生の半ば頃だったと思う。中村先生に連れられて四日市のプラントに出かけ、打ち合わせが始まった。アメリカからたくさんの技術者がきてPPの製造プラントが作られたので、会議室は当時としてはモダンで食堂もずいぶん豪華だった。

応接室で洋食のフルコースが振舞われたが、当時はまだフォークやナイフで食事をする習慣はなく、ましてや学生時代は寮生活をしていたので、正式な洋食など経験はなかった。いわゆる「ヨコメシ」と同じで、外国の技術者がそこにいるわけではなかったが、せっかくのおいしそうな料理も緊張して砂をかむようなものであった。

中村先生と相手のトップの技術者が打ち合わせをされ、先ずサンプルとしていくつか成型条件を変えたPPが大学の研究室に送られてくることになった。先ずはこれまで蓄積してきたABSでの密着機構から、同じプロセスで密着性に優れたPP上のめっきが出来るかの検討からスタートしたわけだ。

早速、大学に帰って実験を進めたが、せっかちな中村先生はいつも「やったかまだか」の連続であった。当時は5センチ×10センチのテストピースが入った段ボール箱が何個も送られてきた。片っ端からABSのプロセスで実験したが芳しい結果は得られなかった。

はじめは先生がこうやってみるように、ああやってみるようにとの連続であったが、ことごとく良い結果は得られなかった。その後、PPはABSと異なり選択的なエッチングが出来ないので、ABSを模擬するような形でB成分であるブタジエンを入れれば解決できると先生は提案された。

2週間後くらいに、数%から数十%まで添加量を変えたサンプルが送られてきたが、かろうじて1キロ以上の密着は取れるようになった。しかし当時ブレンドしたブタジエンは数ミクロンと大きく、めっき後の表面は光沢がなかった。しかもPPの性質が大きく低下してしまった。そこで選択的にエッチングされるようなフィラーを入れようということになり、まずセライト、タルクが候補に挙がった。比率をいくつか変えたサンプルを用いて評価したが、やはりあまりいい密着が得られない。相手の企業はかなり焦っているようであった。

あるとき、送られてきたサンプルの密着がABS以上で自分自身飛んで喜んだが、なぜなのかわからない。同じプロセス、同じ浴組成、同じ条件で何も変えていないのに。

なんと!成型時の金型が常時使用されていなかったので錆つき、そのまま成型したサンプルに鉄の微粒子が混在し、密着が上がっていたのである。

いわゆる偶然の発見である。その後、微粒子としていくつか試したが、中でも硫酸バリュウムは効果が抜群で、しかもABS以上の高い密着強度を得ることが出来た。この一連の実験は一年くらいにわたって進めたが、徐々に自分のアイデアも入れながら実験を進めることが出来るようになってきた。

相手企業からはフィラーの入っていないナチュラルポリマーにも成膜出来ればとの要請があり、このころからは先生はあまり「やったかまだか」を連呼しなくなった。

ABSとPP上のめっきが自分の修士論文のテーマであったので、その頃からようやく本格的に参考書や文献を見るようになった。

まず考えたのは、ナチュラルのPPは球晶から出来ているので、非晶質部分を選択的に溶解すればいいはずだと思いついた。それが後の一連のプレエッチング剤に繋がっている。また、フィラーの入った樹脂の場合も、このプレエッチ工程を導入すれば、成型性にも優れ、良好な密着を得るプロセスの開発に繋がっている。

これらの結果は表面技術協会の1969年の7月号に掲載されており、今でもそのときのアイデアを参考に研究所のスタッフが実装向けおよび装飾向けの有機材料のメタライジングの研究に勤しんでいる。
 

広がる貧富の格差
関東学院大学
本間英夫
 
10年ほど前までは、一億総中流と言われていたが最近、貧富の格差が広がっている。年功序列制度が崩壊し、フリーター、ニート、失業者が増え、平均的には収入が減少した人が多くなり、無貯蓄層がこの10年で十人に一人から四人に一人に上昇したといわれている。
 ゼロ金利政策を続ける中で企業の体質が強化され、景気は踊り場から脱して上向いたといわれても、働く人々にとっては実感が伴わない。

ホリエモンや村上ファンドに見られるように虚業といえば言い過ぎかもしれないが、お金を動かすだけでしかもフェアーな運用ならまだしも、巧妙な方法で巨万の富を得ている連中、日本の経済政策のキーになる金利政策を担っている日銀総裁のうかつな資金運用、大学教授による公的資金の運用不正事件など、うんざりする事件の多発、さらには富裕層を狙った誘拐事件など最近は金にまつわる事件が多発している。

誰しもお金に余裕があることに越したことはないが、それにしても人間の欲望があらわになる事件の連続である。

雑感シリーズで株の運用方法に関して私見を述べてきたが、この種の事件が多発すると話題を提供することがいけないように思えてきて残念である。

格差が拡大化する中で、富裕層をターゲットにした銀行や証券会社、さらには乗用車の販売。その一方で100円ショップをはじめとした大型量販店の台頭。貧富の差は確実に増大している。

その富裕層をターゲットにしている乗用車を購入しようと思っていたのだが、販売会社が相手をくすぐるような形で何度もダイレクトメールを出したり、電話をかけてきたり、うんざりしている。

こちらとしては、この車種の前のバージョンの車に乗っていたので、性能がよく、乗り心地がいいし、遠出をしても疲れないし、ハイブリッドにすれば燃費もいいと考えているのに、これでは買う気になれない。

いいものは放っておいても自然に売れるし、じわじわと人気が出てくるものなので、販売の戦略は間違っていると思う。実際、新聞などの記事によると、当初の予測の半分くらいしか売れていないという。









貧富の指数

本論に戻ろう。貧富の差を数字で表すのには、従来から収入に対する食費の割合を示すいわゆるエンゲル係数が使われてきた。しかしながら、生活様式や生活習慣の違い、諸外国との比較が難しくなったということで、最近イタリアの統計学者がジニ係数という指標を提案し、新聞などによく紹介されている。これはすべての世帯の所得が完全に平等な場合を0、1人だけが富を独占する場合を1として、その間の数字を格差として示す指標である。
 内閣府によると、1979年には0.271であったが、2002年には0.308と、格差が広がっているとしている。また、経済協力開発機構(OECD)が2004年に発表した統計によると、欧州諸国では0.3以下であるのに対し、日本は0.314で、貧富の格差は確実に広がっている。この係数が限りなく0に近くなると、完全に平等になることになり、働く意欲や向上心が低下するが、逆にこの係数が大きくなると、格差が広がりすぎて、不平や不満が強まり社会不安の原因になる。0.3を超えた日本では格差が顕著に現れてきて、税金対策や福祉政策が大きな課題である。しかし、この係数はエンゲル係数のように個人では算出できないので、あまりピンとこないし説得力がない。最近ではこの種の係数で表さなくても年収で生活がほぼ決まってしまう。



就学援助

このように、格差が広がる中で子供たちへの就学にも影響が及んでいる。

先ごろ、就学援助35万人増と大きな見出しで報道されたが、2004年度に経済的理由で国や市町村から給食費、学用品代、修学旅行費などの就学援助を受けた小中学生は、全体の一割を超える133万7000人で、2000年度と比較すると約36%も増加している。企業の倒産やリストラ、更には両親の離婚などが原因という。

調査によると就学援助を受けた児童生徒数の内訳は、生活保護世帯の子供が13万1000人、生活保護世帯に準ずると判断した子供が120万6000人で受給率は全国平均で12.8%にものぼる。

また、大阪府の受給率が27.9%、東京都が24.8%である。我々が子供の頃は給食費だったのであろうが、毎月封筒袋に入れたものを持っていったと記憶している。お金を払えなかった生徒は、確かクラス五十人中一人くらいで、生徒の中にはうすうす知っているものもいたが、誰も差別はしないし、本人も僻むことはなく、クラス全体は暖かい雰囲気であった。

ところが、生徒の四人中一人が受けているとなると、純粋で無垢な子供たちの中で貧富を意識させることになるだろうし、差別やいじめの原因になるだろう。

さらには将来、少子高齢化と共に、現状のままで対策を打たない状態が続くと確実に格差社会は増幅されるだろう。

5月中旬の新聞記事に「教育」に関する全国世論調査(面接方式)が発表されていたが、親の経済力の差によって子供の学力格差も広がっていると感じている人が75%に上っている。
 格差社会の拡大が指摘されている中で、所得の格差が教育環境を左右し、子供の学力格差につながっていると意識している人が多くなっていることを示している。また、最近の子供の学力が以前に比べ低下していると思う人は6割以上に上り、小学校からの英語教育必修化に賛成する人は67%である。

「家庭の経済力によって子供の学力の格差が広がっている」との指摘について、「そう思う」が「どちらかといえば」を含め計75%で、「そうは思わない」21%を大きく上回った。



教育環境整備

一番ベースにあるのは次代を担う児童に対する真の教育であり、これまでの点数だけで評価する偏差値教育から人間性豊かで、きらきら輝く児童の育成に力を入れてもらいたい。それには教員の地位を上げねばならないし、児童や父兄からもすばらしい先生だと評価されるようになる必要がある。将来を担う児童の育成にと、志を高く持ち小中高の先生になろうとしている人はどれくらいいるのであろうか。

サラリーマン化した先生から、尊敬される教育者のプロとしての先生へと変わるためには思い切って給料を上げ、生活が安定し専念できる環境づくりが急務である。

子供ながらに自分の将来を考えると、なかには親の助言がかなりある子供もいるだろうが、誰もが安定した生活をしたいと望み、それではたくさんお金が稼げる医者や、弁護士にということになる。

したがって、現時点では、はじめから教員志望の数は少ないだろう。もし教員の給与が2倍、いや3倍になれば児童の教育のために自分は貢献すると志望者が大幅に増えるだろう。

さらには、児童の理科離れに端を発して工業立国としての日本の将来が危ぶまれているが、団塊の世代で教育に自信の持てる人がボランティアで将来を担う児童生徒、学生の指導に当たるのも大切である。大学の教育研究においても産業界と連携し力のある人には特別講師として指導してもらうのは極めて効果がある。

それにしても国も借金漬けでなかなか対策が取れないであろうが、その中でも将来の日本の技術力を上げることを前面に出して、これからの重点分野とIT、バイオ、ナノテク、環境、福祉を掲げ、大学に対して競争型の研究資金の配分を何兆円もおこなってきた。

果たしてこのやり方がどれだけ効果を発揮してきたのか大きな疑問である。不正問題を契機にスーパーCOEやCOEをはじめとした競争型プロジェクトの経理および業績のチェックが厳しくなり今後3年目の中間審査を厳しくして三分の一から半分のプロジェクトをストップさせるという。厳しくするのはいいがこの間研究を推進するに当たり多くのポスドクを各大学が採用してきた。

現在ポスドクの数は12000人、しかも彼等は5年程度の契約になっており、生活を保障するために30代の後半で給料が600万円以上も支払うようになっているようだ。この給料はプロジェクトのリーダーの教授が決めることが出来るので、どんどん実績を上げるために給料も上げてきたらしい。

したがって、なかには30代後半で、800万円の給料をもらっている人もいるという。これらの人はプロジェクトが終了したらどうなるのだろうか。民間企業は30代後半では500万円以下だろうし、一度自分の生活が600万円以上の生活をしたら、果たして500万円以下の生活が出来るのだろうか。我々のように戦中派および戦後派はどんな生活でも出来るが最近の若い人達は難しいだろう。これらの12000人のポスドクは将来どうなるのであろうか。彼等は研究活動で実績を上げているというが、科学のほんの狭い領域の研究を深く追求しているので、民間企業ではかなり専門性が近い場合は別だが大きな社会問題になるのではと危惧する。

国にはこれまでの資金流用問題の起こる体質を解析し、資金を集中させる競争型を減らし、むしろ、申請方式から厳正な評価機関を作って実績の上がった大学の研究者をノミネートして配分する方法に切り替えてもらいたい。

我々は民間ベースでほとんど大型の資金援助なしにここまでやってきた。これからもこのスタンスを保ちながら、地道だが着実に研究活動を続けていく。
 

本年度のリクルート
関東学院大学
本間 英夫
 
景気回復および団塊の世代の大量退職に伴って、これまで採用を控えてきていた大手の企業が本年度、軒並み採用を大幅に増やすと報道されていた。したがって、学生は就職活動には苦労しないのだと思っていた。

しかしながら新卒者の採用が大幅に増加したわけではないらしい。採用の形態がかなり変わってきたことが原因のようだ。すなわちバブルの後遺症のようなもので、企業は短期的に利益を上げるためと、大量のリストラ、正社員から派遣社員への転換を余儀なくされた。このことから人件費を削減することによって利益を生み出せる体質になったと経営者は大きな勘違いをしたと思う。

あまりにも近視眼的であり、これまで高い次元にまで技術力や技能を高めてきた正社員がリストラにあい、派遣社員が多くなることによって、特に我々の関連する製造業では不良の山を増産するようになってきている工場が多い。

しかもその不良対策に追われて、数少ない正社員は生活にゆとりがなく、仕事に対する充実感がない。本来は力を持っていても、この荒んだ状況と環境の中では能力を発揮できない。

それにしても、最近の経営者は近視眼的すぎる。村上さんが提起した株主優先の考え方の浸透なのだろうか?

長期的な展望に立って技術に力を入れないとこれでは完全に回復は見込めない。特に、一つの製品寿命が短くなってきているので、技術力を高めておかないと取り残されてしまう。このような事情から企業の採用は新卒だけではなく即戦力になる経験者の採用を通年で行うようになってきた。

我々が直接責任を持ってあたらねばならない新卒者の採用の話題に戻るが、例年、学生が未だ卒研に着手していない3年生の後半あたりからリクルート活動が始まっている。

大学における指導体制をあまり理解しないで、単に早く決めたいと企業が動き回るのは学生に対しても指導する我々に対してもよくない。

最近では企業が新卒者を社内で教育するゆとりはなくなってきているので即戦力になるような学生を望むようになってきた。

本来、工学部を修了する学生にはある程度産業界に出ても戸惑うことのないように、工学の基礎的な力をつけて産業界に送り出すのが我々の責務である。

しかしながら、これまでは多くの先生方はその意識が低かったと断言できる。単に自分のやっている研究の下働きをさせるようなやり方は、これからは改めねばならないだろう。

長期的で地道な将来の科学領域の研究は理学部が担い、我々工学部では工学的な研究や技術に関して中長期的な基礎研究から、ある程度短期の応用研究にいたるまで、幅広い内容をこなし、学生ともども研究を行う姿勢であれば、彼等は産業界に出ても戸惑うことなく自信を持って巣立っていけるはずである。

やっと産学協同、産学協同!と声高々にいずれの地方でも積極的に推進するようになってきた。

独立法人化した地方大学も国の援助に頼らなくても民間ベースで活力と魅力のある研究活動は何だろうといつも考えながら行動していけば、自然と企業からも特別枠で学生を受け入れてもらえるしコントロールされない研究をしていけるのではないか。

また、そのような方向に持っていくべきであると思う。

それにしても本年は大企業が大幅に採用枠を広げたということで、我々の研究室以外の多くの学生は大企業に志願しているようである。

大企業の場合は人事課が主導で採用までにおおよそ5段階の面接と試験を課している。したがって採用にいたるまでに時間がかかり、その間学生は拘束されている。

更に、学生は大学受験と同じように複数受験しており、実際に数社から内定をもらう学生がいるようだ。

ある化学系の大手の企業の例であるが、昨年は採用した学生の十分の一しか誓約書を出さず10月過ぎに再募集したと言っていた。

「昨年までは100名以上の学生が押し寄せていたが、本年は昨年の十分の一くらいしか応募者がいない」とある中小企業の社長が嘆いていたが、あまり心配しなくてもいいですよと言っておいた。全体枠では大企業に集中するわけがないし、更には最近の傾向として工学系では学卒から修士修了者にシフトしている。

したがって学卒者を採用するのはそんなに困難を伴わないと思う。また我々の研究室では就職に当たり、あまり企業の規模を考えず、自分にとってやりがいのある企業を選ぶように学生には常に言い聞かせている。

それが研究室の伝統となり表面工学領域では一定の評価を得られるようになってきている。これからもこのスタンスを崩さないように企業との信頼関係を大切にしながら行動していく。



製造業の原動力

昨年の終わり頃からサポインと称して中小企業、とりわけめっきを中心とした11業種の高度化を推進するにあたって論議され、本年6月中旬から支援事業が公募された。

国がこの法案を作成するに当たり準備段階から有識者の一人として関わってきていたため、中立的な立場であるので公表されるまでは表立ってのコメントは控えてきたが、6月の内閣府のテレビ番組を契機に小生なりにまじめに考えてみた。

審議委員会などでは、これまで株主総会と同じでシャンシャンで終わっていたようであるが、自分なりに意見を述べてきた。議長からは「たくさんの建設的な論議ありがとうございました」「この種の委員会でこのように活発に論議されたのは自分の経験では始めてです」とのコメントがあったくらいである。

確か20年位前の40代の頃、当時の通産省のある委員会のメンバーになっていたときも、かなりざっくばらんに意見を述べていた。その内容を当時中村先生に話したら「俺と同じことをやったな!まもなく首になるぞ!」と言われた。案の定、次回の委員会からは声がかからなかった。

その経験もあったので、今回は少しトーンダウンして、あまり批判的なことは言わずに、建設的なことをコメントすることに集中した。

それはさておいて本論に戻ろう。中小企業と大企業の数の比率はどれくらいなのか、一般的にどれくらい皆さんが知っているのか興味があり6月以降、人と会う度に質問をしてみた。

中小企業は資本金3億円以下で従業員300人以下と定義されている。多くの方々に質問したが、案外わかっているような人でも1割が大企業で9割が中小企業と答えた。

学生にいたっては産業界の状況を知らないので2割から3割が大企業と答えるのが多かった。同じ質問を中小企業の経営者にすると1%が大企業で後は中小ですと正解を即座に答えてくれた。

日本の製造業はこれらの中小企業が担い手であり、しかも全体の99%を占めているのである。その領域に今回約70億円近くを支援するというものである。



中小企業の研究支援の増額を

金額的には文科省のナショナルプロジェクトと比較してあまりにも少ない。文科省は数年前から重点科学領域の育成として3兆円以上の税金をつぎ込んでいる。それが6月に大きな問題として取り上げられた公的資金の不正利用に繋がっている。

数年前にこのプロジェクトが推進されてからは、従来の均等配分から競争型の配分に変わったので方々の大学で死活問題だと申請に躍起になっていた。

なかにはいい加減な申請もあったようで、結局は実績が出ないからと途中で辞退が出る始末であった。

確か数年前からアカデミックバブルとかといわれ、これらのナショナルプロジェクトに採択された大学では、高価な評価道具を購入し、実績を上げるのに多くのポスドク、客員教授、客員研究員をそろえ、論文の本数稼ぎに奔走していた。

しかもこれらの大型プロジェクトは、ほとんどが3年から5年で完結するので、一度抱えたポスドクや客員教授、大型の機器のメンテナンスには莫大な費用がかかる。

したがって、それを維持するために更に複数の大型プロジェクトを申請しなければならなくなる。

それ故、本来の研究というよりも費用を捻出することにそのチームのリーダーである教授は奔走せねばならない。しかも強力なサポート体制が構築されていないと、どうしても経理が杜撰なものになってしまいがちである。

競争型の申請による採択比率は将来を担う基幹技術に集中させ、科研費やその他すべて申請制度を撤廃または簡略化して選定する制度を導入してもらいたいものだ。

現在の申請手続きは面倒で専任の事務をつけないとなかなか採択までこぎつけない。これまで私の研究室では科研費を2度採択されているがA4用紙で5枚以上の書類を書かねばならないし、更には振り込まれた研究費は一円まで管理しなければならない。したがって事務処理が複雑で、研究に専念することが困難になってくる。

しかも我々のような弱小私学ではせいぜい専任の事務官が2人くらいしかついていないので、結局はすべて自分がやらねばならない。

もうこんな制度はやめにして申請手続きをしなくても、個人やチームの研究実績はインターネットでわかるのであるからそれらの実績をレビューし、産業界からの意見を聞けば個々の領域でどこの大学の、どの教授にサポートすればいいのかは即座に判断できるはずである。

従業員が1000人以上の大企業では90%以上が研究開発費を投入している。300人から1000人までの企業ではその数が70%、一方ものづくりの担い手である中小企業の中で何らかの研究開発費を捻出している企業はたったの10%であるという調査結果も出ている。

中小企業が日本の物づくりの担い手であるのだから、技術力を高めるには文科省と経産省の相互が乗り入れて技術に対する援助額をたった70億円くらいでなく、文科省が重点的に科学領域に使用している3兆円の一部をまわし、更に大学の研究者とのリンクを取れるようになれば中小企業の体質は強化されるし、大学と産業界の連携はもっと効率よく、しかも実効を伴うであろう。
 

企業の遺伝子
関東学院大学
本間 英夫
 
ずいぶん前になるが、人間の能力や行動は氏か、育ちかの対立軸で論議するのは意味が無いと書いたと思う。

マットリドレーの「やわらかな遺伝子」中村桂子、斉藤隆央訳によると遺伝子は母親の胎内で子供の体の臓器や脳を作る命令を下すが、誕生後は環境によって柔軟に自己改造していくという。遺伝子は環境に柔軟に対応していくからこそ進化がある。環境や経験が人間を大きく変え、社会に対して素晴らしい実績や貢献がなされた例は枚挙に暇が無い。

この考え方は企業の経営にも当てはまる。多くの企業で創始者は企業理念を掲げ社会に貢献してきた。更には、遺伝子としての創始者の考えに固執するのではなく、先行きに危機感を持ち大胆に経営環境に応じて迅速かつ敏感、そして柔軟に形を変えてきている企業は、その後もしっかり地のついた経営がなされている。

どの産業領域でも同じだが、われわれの表面処理関連の企業でも大きな技術格差が顕在化してきた。

昭和40年代、神奈川県で始まった企業の巡回指導を通して、たくさんの現場を見てきたが企業の技術力が高まり高度成長期に入ると、県としての指導の役割を終え、ほとんどの企業はケミカルサプライヤーの指導を仰ぐようになり、その後は滅多に企業の現場を見る機会がなかった。

というよりも故意に私の方から見なかったと言う方が的確かもしれない。特に、貴金属関連や電子部品関連の工場は機密が多いのだろうと自分の方から見学はほとんどしなかった。多くの企業は大学の教員に見せても的確なサジェッションをしてもらえないだろうし、機密事項もあるからとの考えであったのであろう。

ところが最近めっき製品も高い品質が要求されるようになり、わらをもつかむ気持ちからか、相談が増えてきた。果たして技術の遺伝子は、この間の高度成長期に変身し大きく成長してきたのだろうか。最近いくつか工場現場を見て「どうもそうではないらしいぞ!」と思うようになってきた。



海外展開による技術力の低下

ひところのものづくり大国といわれた日本の製造業の活気が乏しくなった。中国が世界の生産拠点と、多くの日本企業が工場を移転している。更にはBRICsとの造語に見られるように、ブラジル、ロシア、インド、中国の4か国の人口の合計は世界人口の4割強、約26億人にもなっている。 全世界のGDPに占める割合は8%程度であるが、最近の平均成長率は6%を超えており、成長が著しい。
 こういった背景から、今後BRICsは世界経済に大きな影響力を与えるような国家群へと成長していくのではないかと考えられている。BRICsの名付け親である米国大手投資銀行ゴールドマンサックスのシミュレーションによると、2040年にはBRICsのGDPがG6のGDPを超えると予測されている。
 果たしてその予測は当たるのか?GDPはその予測を超えて成長するかもしれない。

日本は今後も技術の積極的な海外展開を進めるだろうが、それにより日本国内のスプロール化が促進されていくようで心配である。

小生の研究室を巣立ったOBはすでに300名以上になるが、中堅技術者として活躍しているOBが多い。しかし、メールのやり取りをすると、活躍している連中は海外出張中ですと返事が来る確率が高い。

したがって、彼らの所属する国内の研究所は手薄状態で新しい研究開発はおざなりになっている場合が多いようだ。このままでは技術力の低下が憂慮される。これまで日本のものづくりは優位性が保たれてきたが、価格競争力の維持から海外展開を余儀なくされている。

しかしながら、いずれは価格競争に巻き込まれないような高い技術力に重点を置いた開発がなされていかねばならない。

いずれは経営者も技術のトップも、国内回帰が技術大国日本を維持していくためには必要なことであると気づくであろう。



夢から遠ざかった技術者

いくつかの会社を見学して最初に気づくことは、現場を管理している技術者が暗く目の輝きが無いことである。成長期と比較すると現場の様子がガラッと変わったのに気づく。先ず、派遣社員の多さに驚いた。価格競争から人件費の削減が真っ先にターゲットになったのであろう。

ルーチンでそれほど高度の知識が無くてもやれる仕事は致し方ないが、こと化学の領域になるとそんな訳にはいかない。もし省人化と効率化を実行するのであれば、それなりの対策と対応をしてからでないと、結局は無責任体制になり不良の山を作ることになってしまう。不良が出るとその原因を究明せよと上司はがみがみ怒ってばかりいて、中堅技術者は連日連夜対策に追われて対症療法的になる。

結局は悪循環に追い込まれ不良対策にはならない。最近の中堅技術者はゆとりが無く、いつも頭を下げ目が死んでいる。夢が無いのである。人減らしを責めているのではない。大いに人をかけなくていい箇所は減らせばいい。そのための対策がなっていないから苦言を呈するのである。

たとえば、化学反応を基にしているのであるからセンサーを駆使する、そのセンサーの開発をする。また不良の出る原因を徹底的に洗い出す。

以前にパレートの法則でも話したが不良の原因究明の的がずれていて、対策を見ていると、もぐらたたきのようで根本的な対策にはなっていない。基本をみんな忘れている。

技術や技能がうまく伝承されていない、ゆとりが無い、夢が無いなどが不良の山を作る大きな原因になっているように思えてならない。

ケミカルサプライヤーにとっては薬品を納めている製造工場のサービスと技術を提供するのは良いが、どうもそちらのほうも最近は若返りで技術ノウハウが先達からうまく伝承されていないようだ。このままでは八方塞で抜け道がなくなってしまう。今後さらに高品質製品が要求されるのだから、経営者は思い切って技術に重点を置いた対策をとる必要がある。



人材不足

 日本の生産人口は95年をピークに減少している。企業はこの間不況の嵐の中で人員を削減してきており、この事実を意識してこなかったようである。

先ごろの人口調査によると、本年から全人口もマイナスになってきた。90年代以降の製造業大手の海外移転に伴い、下請け型産業は縮小傾向にある。専門分野ではテレビで紹介されているように東京の太田区を中心に大企業を上回る技術力の中小企業が現れている。

大企業と中小企業の数の比率が1%と99%であると先月号で紹介したが「ものづくり」が得意な中小企業と大学が連携する、いわゆる産学連携モデルの確立が製造業の復権にも繋がると期待されている。それには大学が実学志向に転換せねばならない。これまで先生方はみんな一匹狼のような存在で、その意識変革はかなり困難を伴うだろうが。



雑感シリーズのまとめ

8月の末に日刊工業新聞社から工学博士の思考法と題して単行本を出版しました。これまで8年間にわたって書き続けてきた雑感の中から編集にあたられた方が選んでくれました。まとめて通読してみると、なかなか良いことも言っているなと自画自賛になります。

是非興味のある方は書店でお買い求めください。日刊工業の書籍のHPには下記のように書かれてありました。

「著者は、関東学院大学を代表する〝名物教授〟の一人。表面処理の分野では日本を代表する研究者でもある。本書は、本間氏が書きためてきたエッセイをまとめたもの。混沌としている社会現象、経済動向も、工学的思考から俯瞰すると、的確に予測や解決策が見えてくる!」
 

日本の人口、自然減が確定
関東学院大学
本間英夫
 
厚生労働省は2005年人口動態統計(確定数)を発表した。

出生数と死亡数の差である人口の自然増加数はマイナス2万1266人となり、明治32年の人口動態統計開始以来、初の人口自然減に転じたことになる。
 2005年の出生数は106万2530人と前年比4万8191人の減少で出生数は5年連続の減少である。一方、死亡数は108万3796人と5万5194人増加した。

インターネットで厚生労働省のページを開いてみると平成15年度のデーターでは死因の1位は、がんで死亡総数の30%であった。2位は心疾患の15%、次いで脳血管疾患13%、肺炎9%、不慮の事故4%、自殺3%、老衰2,3%と続いている。

天寿を全うしている人は、たったの2%弱で、しかもなんと上位の3位までの疾患で亡くなる人がほぼ60%である。

ということは、もしこれらの疾病を予防したり、抑えたりするなど、死亡原因にならないよう医療が更に充実すれば、人口の自然減少は大きく抑制できることになる。

それにしても、最近の出生数が100万人程度、団塊の世代およびそのジュニアの時代の半分以下であり、このままでは着実に少子高齢化社会に突入することになる。

ところで、出生率を人為的にコントロールできたデーターとして昭和41年(1966年)の丙午の年があげられる。

丙午は、江戸時代の大火災を引き起こした八百屋お七が丙午の生まれということで「男を喰らう」「災害をもたらす」などとして嫌われたことに由来しているという。
 丙午前年の昭和40年は1,785(千人)生まれているが、丙午の年である昭和41年は1,386(千人)と約40万人も激減、次の年は1,726(千人)と回復している。

このように丙午の昭和41年には出生人口が20%強も少ない。このことから人為的にコントロールがなされたことは歴然としている。

したがって、逆に言えば現在の社会情勢では出産適齢期になっても経済的、また将来の人生設計においても明るさが見えないので、出産を控える傾向が強い。特に若い世代に対して企業が雇用環境を整備し、出産から幼児教育も含めて優遇措置を講じ、国や地方自治体のサポート体制が充実すれば、丙午と逆の現象が起こることになる。したがって一挙に自然減は解消し、年金問題をはじめとした少子高齢化でのいろいろな問題は解決できることになる。

しかし、現実は着実に少子高齢化が進んでいる。一般的に65歳以上の人口比率が7~14%を高齢化社会、14~20%を高齢社会、20%以上を超高齢化社会と呼ぶようだが、日本はスウェーデンを追い抜いて65歳以上が21%くらいで超高齢化社会になった。
 このままではどんどん人口が減少し、年金は破綻すると、年金不払いや未納者がかなりの数に上り、事実上は破綻の坂を転がり落ちている。

問題は年金だけではなく為政者は強力な指導力の下に、日本の将来をどのように導くか、夢のあるグラウンドデザインを描いてもらいたいものである。



がんと喫煙

さて次に健康問題に絞って話を進める。このように、がんでの死亡率がダントツであることは新聞などの報道で知っていたが、インターネットで開いたグラフを眺めていると、更に男女間に顕著な差異があることに気づいた。

すなわち女性は55歳あたり、男性では65歳あたりに、がん死亡率のピークがあり、この違いは女性の更年期すなわちホルモンと、がんの発症と大いに関係があることを意味している。また、このグラフを見るまでは、がんは年齢と共に増加するものと思っていた。

そういえば加齢と共にがん細胞の活性度は低下するので老年になると、むしろ肺炎やほかの病気で亡くなる比率が上昇するのである。

また、2位の心疾患と3位の脳血管疾患、これは肥満に大いに関係しているし、しかも1位から3位までの死亡原因は大いに食生活を中心とした生活習慣に関係が深いが、先ず喫煙とがんの関係について述べてみたい。

なぜこれをテーマーとしたかというと、研究所を設立してからは企業を訪問する機会が増え、しばしば講演を依頼される。

休憩時間が来ると我先に喫煙場所に真っ先に走る経営者、技術のトップを見るにつけ、この種のテーマーを扱う必要を感じたからである。

喫煙とがんに関しては米国を中心として、これまで動物実験や疫学研究など、さまざまな研究が行われ、世界各国で数多くの総括報告書が出版され、肺がんをはじめ呼吸器・消化器系のがんと喫煙との間に因果関係があることがわかっている。それでも依然として日本のタバコのパックの側面には「吸いすぎ注意」と書いてあるだけ。米国のタバコには喫煙はがんの原因になると医師が判定したと書いてある。
 また、世界保健機構(WHO)の国際がん研究機関(IARC)も、喫煙とたばこ煙のヒトに対する発がん性を分析し、その中で、喫煙とたばこ煙はヒトに対し発がん性があると認めている。
 喫煙とがんの因果関係は肺がんだけと思われるが実は、肺がんのほかに、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん(扁平上皮がん)、膵臓がん、膀胱がん、腎臓がん(腎盂)、鼻腔・副鼻腔がん、食道がん(腺がん)、胃がん、肝臓がん、腎臓(腎細胞)がん、子宮頸部がん、骨髄性白血病を喫煙との間に因果関係があると報告されている。またこれらのがんでは、喫煙者におけるリスクが非喫煙者に比べて20倍以上のリスクのものをはじめ、おおむね2~3倍のリスク上昇が観察されているとのことである。
 胃がん、肝臓がん、子宮頸部がんは、それぞれ、ピロリ菌、肝炎ウイルス、パピローマウイルスという微生物感染との関係が高いが、それらの感染の影響を除いても喫煙と関連があるとされている。
 鼻腔・副鼻腔がんや腎細胞がんなどは、他のがんに比べて症例が少ないようだが、喫煙年数や喫煙本数によるリスクの上昇傾向が報告されている。

このようにがんの発症と喫煙の関係が極めて高いにもかかわらず習慣となってしまった喫煙をやめられない人が多い。

長々このテーマーについて書いているのは、意外と経営者や技術のトップ連中にヘビースモーカーが多いのでそれを意識しているわけである。

自分自身30代の後半まではヘビースモーカーで授業のときも学生にもタバコ吸っていいぞと促しながら授業をしたくらいであった。それをぴたっとやめた理由は、先ずは喫煙中の煙にどれくらいシアンが含有しているかの実験をやったことに端を発している。当時は表面処理のシアンの処理やクロムの処理がテーマーであったのでついでに分析してみようということになったわけだ。

河川からシアンが1ppm検出されたら大問題になる。ところがなんとタバコの煙を分析してみると何百ppmも検出される。これは紙巻タバコの紙にはニトロ化合物がコーティングしてあり一度火をつけたら消えないようになっている。それがタバコの葉の中の炭素と反応してシアンガスが発生するわけである。

また当時は、防疫の観点からバナナの燻蒸処理にシアンガスが使われていたようであり、バナナの皮を分析してシアンの多さに驚いたものである。それを契機に自分をはじめとして当時の研究室の学生の多くはタバコをやめた。

タバコの副流煙では2.5μm、フィルターを通った主煙流では100nm‐1μmと小さな粒子になる。この粒子は小麦粉の百分の一、花粉の十分の一であり、このように細かい粒子は肺胞の奥底まで到達してしまう。

一般に、粒径が10μmより大きい粒子は、呼吸により鼻から入っても大部分は鼻腔の粘膜に吸着され、肺に到達しない。しかし、10μm以下の浮遊粒子状物質は、気管に入りやすく、特に粒径が1μm以下の粒子は、気道や肺胞に沈着しやすく、呼吸器疾患の原因になる。

我々は最近ナノテク分野の研究にも注力し、たとえば微粒子を用いたコンポジットをはじめ、いろいろな検討に着手しているが、先ずは粒子の爆発性の有無をチェックし、更には吸い込んだり、大気中に拡散したりしないように細心の注意を払っている。

アスベストはあれだけ注意を呼びかけ綿密な管理の下に処理されているのにタバコの害は株の投資と同じく自己責任でということか?!

このように、三大疾患を克服できれば寿命が大きく伸びることになるのだが、たまたま1ヶ月ほど前にある企業の社長といろんな話をしている中で「病気にならない生き方」というタイトルの本がベストセラーになっているので是非読んでみたらと進められた。

早速インターネットでその本を購入した。帯には100万部突破、一年で32版をかさねている。著者は胃腸の内視鏡のパイオニアとして米国および日本で活躍されている。日本ではがん患者が数百万人もいるのでそれらの多くの方々は読まれたものと思われる。

来月号にはその本の感想をはじめとして太く、長く生きる方法について我々の業界の長老の生き方もヒアリングし、まとめてみる予定である。
 

病気にならない生き方
関東学院大学
本間 英夫

 
先月号で「病気にならない生き方」というタイトルのベストセラーの本の感想、及び我々の業界の長老の生き方をヒアリングすると約束したので、先ずそのことから書き出すことにした。しかし、この本を読んですでに一ヶ月が経過したので印象の強かった内容以外はほとんど忘れてしまった。

書かれていたことは、「なるほど」、「即座に実行してみよう」と思い立ったこと、また反対に「待てよ!それでは息苦しくて生きていけないぞ」という2つの思いが交錯する内容であった。

著者は内視鏡の権威で、これまでに25万例以上の胃腸を観察しているという。本の内容は、これらの観察結果から生活習慣病にならないための食生活の指導書のようなものであった。

先ずは朝起きたら水を500ミリリットルくらい飲む。その水も水道水ではなく、アルカリイオン水がいいという。それから30分後に新鮮な果物を食べ、しばらくしてから食事に入る。食事は肉類を極力避け、蛋白源は魚から取る。牛乳は飲まない。ヨーグルトは効果が無い。バターやマーガリンは良くない。米は白米ではなく、五穀米がいい。コーヒーは飲まない。揚げ物は良くない。新鮮な野菜を食べる。特に繊維質の野菜を摂る。

このように食生活の改善を提唱しているが、これではあまりにも制限が多く食事も味気なくなってくるように感じた。

同じような内容をインターネットで検索してみると、健康を維持する秘訣のようなブログを見つけた。



健康の秘訣

そのブログの内容を要約すると、インスタントコーヒーを飲まない。夕食に肉類を食べない。 肉はおなかの中で腐り易いので、極力魚を食べる。就寝前にコップ1杯の水を飲む。すると通じが良くなる。その他、家庭では浄水器を設置する。水道水には塩素が含まれているので、トリハロメタンが形成され発ガン物質の元になるし、この塩素は善玉菌に作用して腸内細菌にも影響を与えるので浄水器で塩素を取り除いた水を飲む。良いと思われる事は、先ずやってみる。(そういえば長生きする人はみんな体に良いことは何でもやる。中村先生も心臓を患われてからは、体に良いと思うことは何でも実行されていた。)また一日の食事の配分を変え、太り過ぎ対策として、夕食を主とする食事から、朝食を主として朝昼夕の割合を、4:4:2が理想という。
 夕食に満腹になるまで食べるのは脂肪を貯える主要因なので、「茶粥」くらいにしておく。食べた時にある程度の満腹感が得られて、しかも大半が水分だから目覚めた朝には、空腹状態になる。また、野菜果物ベースのサプリメントを摂るようにする。複数の野菜果物に含まれるファイトケミカルは、かなりの効果があるという。



果物の健康効果が注目

果物や野菜に含まれているポリフェノールやカロチノイドは、栄養素以外の成分で非栄養素=機能性成分であり、これらはファイトケミカルと命名されている。ファイトというのはギリシャ語で植物のこと、ケミカルは化学物質、すなわちファイトケミカルとは植物の持つ化学物質でこれらが複合的に作用し、活性酸素の除去や免疫力の増強といった優れた効果を発揮することが、各種の臨床実験で明らかになってきている。

また、ファイトケミカルは健康増進や生活習慣病、ガン、脳卒中などを予防する働きがあるといわれている。「病気にならない生き方」の内容とかなり一致していることが多く、出来る限り実行されたらいいと思う。



万病は腸の不調から

風邪は万病の元といわれるが、健康と長寿について調査をしていくと、腸の異常は万病の元であることに気づいた。

腸の異常として、リーキーガット症候群というのがある。腸壁の粘膜が破れ、腸内で発生した毒素や腸内の細菌が体内に漏れ出すという。このため体内で自家中毒を起こしたり、肝臓や腸の解毒機能が低下し、様々な病気が誘発されるというものである。腸の異常を正常に回復させるのは、腸内の善玉菌を増やすのが一番だとのこと。それにはヨーグルトを食べるのがいいという。

そういえば最近特にヨーグルトは体に良いとか、コーカサス地方の人々はヨーグルトを常食としているので長寿が多いとか、善玉菌を増やそうとか、そのような宣伝や記事を頻繁に見るようになってきた。スーパーやデパートの食品売り場でも、おびただしい種類のヨーグルトが売られている。

腸が原因と推測されている病気は万病に及び、腸の不調が病を引き起こすことは間違いない。したがって、善玉中心の「腸内細菌」を増やせばいいことになる。
 腸内細菌は、人間にとっての善玉菌、悪玉菌、中間菌に分けられる。善玉菌は、ビタミンや酪酸、アミノ酸など体に有益なものを作る。その代表例はビフィズス菌である。悪玉菌は逆に、「腐敗」を促進して有害物質を作る。その代表例はウェルシュ菌である。中間菌は体には良くも悪くも無いので、このように呼ばれている。
 健康なときはこれらの菌が一定のバランスを維持しているが、ストレスや食生活の乱れにより、これらの菌のバランスが崩れる。バランスが崩れだすと、悪玉菌が増え毒素をまき散らし、病気を引き起こすことになる。

育児は一切家内に任せていたので、実感が無いが、赤ちゃんのときは善玉菌ばかりなのか排泄物には悪臭が無いという。
 ところが年をとると、腸内細菌のバランスが崩れてくる。特に肉食を中心とすると悪玉菌が多くなり、加齢臭もこれが原因となる。
 悪玉菌は腸内の腐敗を進行させ、発ガン物質が形成される。それが大腸がん、乳がんをはじめとして、いろんな病気の原因になるのである。したがって腸内の菌のバランスを良くするためには、食生活を見直す必要がある。

たとえば、米国で、乳ガン検診の検査結果と便通頻度の関係を調べたところ、便通が週に2回以下の人からは、乳ガンとその予備軍であるとの結果が報告されている。また、日本では、食生活の西欧化が進んで腸内細菌が乱れているため、ガンの発症率が高くなってきていることは統計結果から明らかである。
 善玉菌には免疫力を強くする作用があるため、免疫を担う細胞の活性が高くなり、がん細胞を死滅させる効果もあるといわれている。すでに読者の皆さんはこの種のことは知っておられるだろうが、毎日の習慣となると、長続きしない方が多いのではと思う。しかし、健康で天寿を全うするには自分で無理のない健康づくりをする必要がある。

健康を害するもうひとつの大きな要因である喫煙に関して、企業の役員や技術のトップの方々には、その習慣をやめる傾向が強まってきた。しかし、まだまだそれでもやめる気配を見せていないトップも多い。いろんな健康に関する情報から喫煙は絶対に良くないことがわかっているのに、意志が弱い。企業のトップは健康で、エネルギッシュな即断即決の判断力を持たねばならないのに、喫煙を習慣としているようでは、不健康ですべての行動が鈍くなって、経営にもマイナス面がたくさん出てくるだろう。



長老のコメント

今までは業界や学会の長老に会っても長寿の秘訣を聞くようなことは無かったが、今回初めて80歳以上の4、5名の長老のコメントを聞くことが出来た。

そのコメントを要約すると、長生きには目標を持つこと、頭を使うこと、好奇心を旺盛にすること、散歩程度の適度の運動をすること、何でも良く食べること、らっきょうやにんにくの酢漬けを食べること、ストレスをためないこと、朗らかに明るく生きること、中には鍼灸を数十年続けている学会の重鎮がおられた。鍼灸は東洋医学の最たるもので経絡の刺激で活性化されるし免疫力を上げる。

そういえば一昨年アズマの現会長である大朏さんは脳梗塞で生死の境から生還された。初めは半身不随のような状態であったが、今ではほとんど回復されている。その回復力の速さは鍼灸治療が大きく寄与しているといわれていた。

私の父は旧制中学を卒業後、明治鍼灸大学の前身の高校を出ているが、当時はまだ東洋医学としての評価は高くなかった。父は教員の道を選択するように要請されたが私とは逆で、断ったという。

現代では、100歳以上の人が急速に増えている。1963年に100歳以上の女性は153人、1981年同じく1072人、1996年同じく7373人であった。それから10年後の本年は女性が2万4245人と急速に増加している。また、男性は4150人が100歳の仲間入りをしており、医療を始めとして生活環境も大幅に改善され、寿命の上昇傾向は続いている。

NHKで「100歳万歳」という番組があると聞くが、いたって元気な100歳を目の当たりにすると、どのように生きてこられたのか、そのあたりは番組で詳しく紹介されているのだろう。 

長寿は遺伝的な要因が大きいといわれているが、この十年間のデータから生活習慣や環境が重要であることは間違いが無い。昨年の統計によると女性の平均寿命は21年連続して世界1位である。

しかしながら、男性は32年ぶりにトップ3から4位に転落した。男性はストレスの多い社会で活動しているので、このストレスが寿命に大きく関係していることは明らかである。ストレスを感じやすい人、ためやすい人は明るく楽しく生きるコツをつかんでもっと長生きを!
 

深刻な工学離れ
関東学院大学
本間 英夫
 
日本の科学技術を支える大学工学部の志願者がこの10年で半減し、下げ止まらない。大げさな言い方かもしれないが多くの大学の工学部は存亡の危機的な状況に立たされている。延いては日本の産業界に決定的なダメージを与えることになる。

1995年57万4000人であった工学部志願者が、2005年では33万2000人に減少、ところが、医・歯・薬学部の志願者は同23万9000人から28万5000人に、看護・医療・保健学部では理学療法士をはじめとして資格取得が出来るので、5万人から11万人に増加している。
 工学部がこのように不人気なのは、資格取得に直接結び付かず就職には不利、みっちり座学や実験をやらねばならないので文科系と比較しロードが多く割に合わない、生涯賃金が文科系、特に銀行や証券業と比較してかなり低いなどが理由に挙げられる。したがって、工学が好きで将来その分野で活躍しようと考える高校生以外、安定志向の強い生徒や父兄は敬遠するようだ。

各大学ではその対応策として「時代の変化への対応と受験生にアピールできる学部に」と名称変更や再編に取り組んでいる。しかしながら、名称を変えてイメージ戦略で臨んでも長続きはしないだろう。

最近の学科名称は何をする学科なのか見えてこない。もう4年前になるが、本学でも名称変更をと教授会で論議を重ねた。工業化学科を物質生命科学科へ名称変更するとの提案に最後まで反対したのは私で、せめて化学だけは学科名称の中に残すように訴えたが、結局は多勢に無勢押し切られてしまった。



その対策

しかしながらこれだけ工学離れの傾向が強くなってきているので、最近では工学部全体をアピールする手段として工学に興味をもつ高校生を対象に、実験を通してその重要性を理解してもらう活動が各大学で展開されるようになってきている。

すでに10年位前から化学領域では学会が音頭をとり各大学で「夢化学」と称して夏休みなどに実験講座を開催している。この種の地道な活動がボディーブローのように後々ジワーッと効いてくるだろう。

更には高等学校へ出張講座と称して我々が工学の面白さを生徒に知らせる方法もそれぞれの大学で実施されている。私は「笑うセールスマンとしてどこにでも行きますよ。」と言っているのだが遠慮があるのか形式的にこの種の講座が立ち上がったと高校に案内しているだけのようだ。これでは何のインパクトも無い。

要は社会に出る前段階として、「工学」の目的が「もの」を作るための科学と技術を研究することであり、その重要性と必要性を高校生や高校までの教員に理解してもらう積極的な手段を構築せねばならない。

「工学」は最も基本的な自然科学と直結しており、新しい知見を取り込むことによって「もの」作りの範囲が拡大していることの認識、更には「工学」はダイナミックで、魅力の溢れていることを広くアピールせねばならない。

学科名称を現代の若者にアピールできるようにと横文字を並べたり、または我々でさえよく理解できないような学科編成をしても1,2年は付和雷同的ムードで受験生が増えるだろうが、いずれ化けの皮がはがれる。

本来の工学部での学びの楽しさ、将来エンジニアとして活躍するという夢と希望と確実に将来が保証されないと、このままではジリ貧だ。科学技術を背負うのは工学系であることの認識を高等学校の進路指導の先生、更には小中学校時代から工学の重要性と楽しさを教える先生にも理解してもらわねばならない。しかしながら、前にも記したことがあるが教育プロパーの先生方のほとんどは、文科系の出身者で占められており「工学離れ」はこのままではまだまだ続くことになる。

世界史の履修漏れに端を発してこれまでの受験偏重型の教育を見直す機運が出てきているので、この機会にぜひとも技術立国日本の再生のために本質的な論議をしてもらいたい。特に企業で活躍されたエンジニアを中心に民間人の中から教育に情熱を持つ人の採用枠を増やすよう、早い段階でアクションをとってもらいたい。

深刻な現象だが、工学系の学部や大学院終了時に、メーカーへ就職せず、銀行や証券会社などへ就職する事例は10数年前のバブル時に見られた現象であったが、最近また同じ現象が見られるという。さらには、本年は景気が回復したとして大手企業の採用枠をこれまでの倍近くに増やした企業が多い。したがって、昨年まで積極的に採用をしていた中小企業では本年の志願者が激減で人材を確保できないという。

したがって、これらの企業が人材不足となれば、技術力の低下を招き、結局は日本全体の工業界の競争力、開発力に致命的な影響を及ぼすことになる。工学離れが上記のように深刻さを増してきているので、今後は技術者不足につながり負のスパイラルに落ち込んでいくことになる。



教育改革

そういえば先日政府の教育に関する広報によれば戦国時代にヨーロッパから来日した宣教師ザビエルは、日本人を「私が遭遇した国民のなかで一番傑出しており、生活ぶりには節度がある。」などと高く評していたそうである。このように、世界の人々から、日本人は勤勉で規律正しく、他人に迷惑をかけるような恥ずかしいことはしない、困った人がいればみんなで助けていくという「恥」と「共生」の文化などの伝統的規範を大切にしてきた国民である。
 戦後、大きく復興しその原動力になっていた世代がどんどんリタイアする状況の中で、技術がうまく伝承されてきていない現状を見ると、若い技術者の教育の重要性をひしひしと感じる。経営者はそのあたりには敏感で、昨年からハイテクノで開催されている上級講座には受講者が殺到している。
 文部大臣が教育改革に関して下記のように述べている。主要部分を抜粋させていただいた。    

「拝金主義の蔓延、仕事があるのに働こうとしない(働けない)若者の出現、家庭で子どもをしつけ、先祖が守ってきた社会規範を教え込みながら地域社会で温かく子どもをくるむという雰囲気も、核家族化と共働きという自然な変化のなかで、やむをえずなくなっている現実等々。  

教育は、効率や利益だけでは評価できない価値にかかわるものです。私は、戦後教育のよかった点は引き続き尊重しつつ、教育の中で日本がかつて大切にしてきた伝統的社会規範の価値をもう一度見直すことが大切だと考えています。  

それが、よき日本人を育て、自己抑制できる品格ある日本、すなわち、総理の言う「美しい国、日本」づくりにつながるものと考えています。

国と地方合わせて教育について約20兆円以上の血税をいただいています。教育は成果が出るのに時間がかかりますが、日本の将来のために、今こそ手を打たなければなりません。」

我々の世代の多くは、ほぼ同じ考えを持っていると思われるが、いかがであろうか。