研究室に入るにあたって

関東学院大学
本間 英夫

四月は新入社員がそれぞれの企業に入社します。私の研究室でも最後の一年間を研究室で学ぶ、新しい12名の学生が入ってきます。研究室に入るにあたっての心構、注意事項、研究の進め方について、学生に理解を求めています。新入社員教育にも通ずることがあると思いますので御一読願います。

 昨年は諸君の先輩たちの努力によって研究発表、研究論文、国際会議での発表等あわせて30報以上の成果を上げることが出来ました。また、回路実装学会の技術賞、表面技術協会から研究奨励賞を受賞いたしました。日頃の努力がこのように学会から評価されたことは非常に喜ばしいことです。また研究室から初めて博士が誕生いたしました。

さて、諸君はこの4月から本間研究室の一員になるわけですが、30年にわたって培ってきた研究室のルール、カラーについて、以下に述べます。

 生活のリズムが大切です。諸君は大学の三年間、このリズムが大幅に狂っています。早く、研究室のリズムに合わせるようにすること。朝は9時半から1時間程度、英語の輪講会を行います。国際化の中で、益々英語は国際語として重要になってきました。英語の能力を向上させるには、毎日の訓練が大切ですから、挫折せずに最後までやり通すよう。実際の指導は、院生があたります。私が指導しますと、院生の力がつきませんので、数年前からこの方式を採用しています。従って、実験は10時半から開始することになりますので、輪講会の前に実験の段取りをしておくように。いかに効率よく、無駄を省いて、研究に着手するか、要領よくプラニングをすることが大切です。実験の終了は、その実験の進捗状況によりますが、5時または6時頃に終了するように。マスター及びドクターの学生は、時には10時過ぎまで研究室にいます。彼らは既に目的意識がしっかりしていますし、研究を義務感からでなく、楽しく充実感をもって行動しているからです。又彼らは、研究の成果をいち早くまとめ学会で発表したり、学会誌に投稿しますので、その為に遅くまで残っていることが多いわけです。
 6~7年前に薬品による事故が起きています。高濃度の水酸化ナトリウムが、本人のケアレスミスから、目に入れてしまいました。当日は、私はアドバイザーキャンプで新入生と共に一泊で出かけており、ミーティングをしているときに、大学から電話があり、救急車で病院に運ばれたとの第一報が入りました。そのときは、瞬間的に本人は失明間違いなしで、私自身の責任、進退、保証について覚悟を決めました。勿論、学生全てが、強制保険に加入してはいますが、それだけですむものではありません。本人に全面的なミスがあったとしても、当然、私の管理不行き届きは免れません。数十分後に第2報が入り、大事には至らず、本人は研究室に戻ったとのことでした。本人は、幸運にもコンタクトレンズをしていたからでした。私は、毎年新しい卒研生を迎えたときの第一声は、実験を行うときは保護眼鏡を付けるようにと、言ってきました。実験を行うにあたっては、薬品の性質、反応性を理解し、慎重に扱うよう。諸君も徐々に実験になれてくると、そこに事故につながる落とし穴があります。あくまでも慎重に、しかし大胆に実験を進めるようにして下さい。薬品を怖がって扱っていると、危険度が上がってしまいます。実験中の事故に関しては、この他に、硫酸や硝酸による火傷、エーテルなど揮発性の高い有機物質の爆発やそれによる火傷、その他本学または他大学で発生した例が幾つかありますので、いずれこれらの例については話します。
 卒研生、大学院生とも、極力徹夜をすることは禁じています。徹夜で実験すると、研究が進んだと錯覚しますが、翌日に疲労が蓄積し、結果的には効果は上がりませんし、危険度も増大します。研究は、マラソンレースと同じで、焦っては良い結果をもたらしません。
実験には失敗はありません。そこにはその条件での結果が得られているのですから。失敗と思った結果から、思いもかけない新しい発見につながることが度々あります(セレンディピィティ)。諸君は、はじめから、自分の考えに基づいて、研究の方針を立てることは出来ません。アイデアも知識がなければ出るものではありません。はじめは、先輩のまとめた卒業研究や修士論文、博士論文、既に本研究室で外部に公表した論文、または、国内外の論文を参考にして、大学院生の指示に従って、研究を進めることになります。理解が進むにつれて、自分のアイデアをどんどん入れて研究を進めて下さい。それには常に目的意識を高くして、自分の行った実験について、同僚をはじめ先輩と討論したり、論文をよく読む習慣をつける必要があります。昨年までは、報告会を年4回程度のペースで行ってきましたが、本年からは週間報告、月間報告、春夏秋冬の報告をすることにしたいと思っています。
 「下手な考え休みににたり」といいますが、実験の計画を綿密に練ることに時間を割いてばかりいて、いざ実験となると、その計画に振り回され、臨機応変な判断が出来なくなる人がいます。時には愚鈍にさえ思えます。私の信条は、アイデアが出たり、とっさにひらめいたら、先ず実験をやってみる。その時の現象をじっくり観察する。考えてばかりいても前には進みません。
  DO and see ,don't think too much! 
 私を含め大学院の学生や諸君と論議していて、アイデアが浮かんだ時や外部からの依頼で、緊急にやらねばならないことがしばしばあります。極力、率先して手伝うようにして下さい。何にでも興味を持つことによって、知識が増え、発想も豊かになってきます。
 週間及び月間報告を行いますが、私は最近多忙で、毎回これらの報告会に、参加できないことがあると思います。しかし、大学院の学生が音頭をとって、必ず、このペースを守るようにして下さい。はじめは若干、きついかも知れませんが、これは研究を進める上で良い習慣ですので、途中で挫折すること無しに、このペースを守りましょう。又、同僚及び先輩とのディスカッションは、研究室のポテンシアルアップにつながります。そのときは、上下関係を意識しないで、皆平等にフランクに意見を交わすように。
 直接諸君に実験の進捗状況を聞くことがありますが、数分で簡単に答えれるように、これも訓練です。自分のやっていることを、簡潔に要領よく答える訓練になります。ディスカッションを行えるようになるには、先ず知識を深め広げる必要があります。今まで多用してきた学生用語に決別し、テクニカルタームを、文献から、専門書からマスターし、どんどん会話のなかで使っていくように。諸君のこれから行う研究は、これまでの実験と全く異なり、研究室で行われてきた多くの実績成果の上に成り立っています。人によっては、これからの一年の研究で、その成果が学会に発表され、又論文にする場合もあります。しかし、これは既に諸君の先輩達が、基礎を築いてきたから出来るので、一般に、数年から5年くらいの長い期間、地道に実験を積み上げてきたからこそ、そこまで完成できたのです。一年で簡単に成果が出るものではありません。
 常に研究に対する心構えが出来ていますと、私がこれまで講義でよく言ってきた、偶然にあっと思うことに遭遇するチャンスが増えるでしょう。それは当人は自覚していなくても、私や先輩達が実験のなかから見いだしてくれることが多いでしょう。勿論、諸君自らそのようなセンスが出ることを期待しています。
 正直言って、一年間では、研究の成果をまとめるのは至難の技でしょう。この一年間は研究の心を知ることだと、気楽な気持ちで着手しましょう。殆どの諸君は、将来研究職というよりも、もう少し広くとらえて、技術職に就くことになると思います。一年間の研究生活を通じて、工学的なものの考え方を知ることになります。営業職についてもこの考え方が必要です。
 実験ノートは必ずとるように!!! まとめは可能な限り一週間に一度はパソコンで整理しておくこと。これからは、毎月中間報告会を行います。又、他大学との研究交流会や、企業の技術者に集まってもらって、報告会もします。毎回まとめておくと、最後の卒論の作製が容易になります。
 研究室に、多くの企業の方々が見学にこられます。明るく挨拶をするように。他の研究室の先生方に対しても挨拶を忘れないように。
 企業及び公的研究機関との共同研究や委託研究を、幾つか行っており、そのテーマを諸君が担当します。なるべく均等にやってもらうように、配慮していますが、内容が基本的なものなら、応用的なものまであります。若干、人によっては負荷が異なると思います。いずれにしても、打ち合わせのときに、私の部屋にきて説明をしてもらいます。これは諸君にとっては、極めて良い訓練になります。できる限り実験の内容を理解し、簡潔に説明できるようにして下さい。はじめは緊張しますが、一年間、経験を積むことによって見違えるように表現力が豊かになります。とにかく、卒研を通じて、何でも興味を持つように。私や先輩たちが忙しく、諸君にいろいろ手伝いをしてもらうことがありますが、手伝うことによって、いろんなことが解り、一年間で大変な量の知識が蓄積されることになります。
 パソコンは一人に一台、使用できるようにしています。なるべく速く慣れるように。タッチキーを覚えると、後々スピードが速くなります。一週間程度訓練するとキーボードを見なくても打てるようになります。自己流はやめた方がいいと思います。
 研究室内での喫煙は、禁止にしています。既にアメリカでは、たばこ産業界が、たばこの発ガン性を認め、売上利益の20%をガンの治療費に充てることを了承しています。喫煙している人は、なるべくこの悪い習慣をやめるように努力して下さい。体には何も良いことがありません。唯一アルツハイマーに効果があるそうです。アメリカでは、喫煙者は自己をコントロールできない人であると評価が低くなるようになっています。
 また、食事の後の糖分の多い飲み物は摂らない方が良いと思います。酸性体質になり、全く良いことはありません。食事は栄養価に留意し、規則正しいリズムのある研究生活を送って下さい。遊ぶときは大いに遊んで下さい。明日の活力が出るような遊びをやって下さい。遊びは再生産です(recreation)。ただし、娯楽産業に遊ばれないように。ほとんどの人は遊ばれています。ずるずる怠惰な日々を送らないように、充実した毎日を送るよう。
 私はかなりきつく、生活面や道徳面について注意をしますが、社会に出たら、あまり同僚や上司から、仕事以外では注意をしてもらえません。はじめは諸君の気分を害することになると思いますが、教員と学生、いや本学の先輩と後輩の関係だから、きついことも本音で、ずばずば言えるのです。素直に受け取って下さい。私は、愛情と情熱を持って、諸君の指導にあたるつもりです。あまりにも単刀直入に諸君に言いますので、誤解されやすいのですが、そんな時、不満がある時、思い切って私に直接話して下さい。
 就職活動は、自分で積極的に動いてもいいですが、今までの経験から、あまり成果が出ないと思います。自信のある人は、自分でどんどん挑戦することも大切です。私がしばらくして諸君の希望を聞きます。就職協定が廃止されたことは、諸君にとっても、企業にとっても、我々にとっても、良い策ではなかったのではないだろうかと思います。なぜならば、諸君の適正、能力、分野など、判断できるのは10月くらいでしょう。現実はかなり早い時期に決めねばならないので、諸君の希望を4月から5月にかけて聞きます。また、大学院でさらに、もう少し自分のスキルを磨きたいと思っている人は、先輩の意見も参考にして、5月中に、ある程度決めるようにして下さい。