技術者を育てましょう

関東学院大学
本間 英夫

 八月号から三回に分けて小生の研究室で行っている実験のいくつかを紹介してまいりました。お読みいただいた方の中には、めっきがこれほどまでに、最近のハイテク技術に深く関わっていたのかと、感心されている人もいたようです。日頃経営にタッチされている方々にとって、技術は技術屋に任せればよいと云っておれない状況が、目の前に迫ってきたのでしょうか。会員企業の一部経営サイドに近い方々から、いくつか問い合わせがありました。中には、今すぐに必要なので教えてくれと、学生自身がとまどってしまったようです。本誌で少し紹介をさせていただいただけなのに、これほどまでに反響があったのには驚いております。
 逆に、質問をされた方々に対しては、少々失礼な言い方かもしれませんが、ちょっと聞けば技術は簡単に入手できると、思われているような節があります。そんなに簡単に技術が自分たちのものになりません。長期にわたる地道な積み重ね、経験、鋭い洞察力なくしては、新しい技術は確立できないと思います。過去にも幾度となく、お教えした経験があります。我々がお教えすることが、教えてもらうのが当然なんだと考えられているのではないかと、疑いたくなることもあります。
 一つの技術が立ち上がるまでは、少なくとも三年から五年はかかります。その間の費用は誰が負担するのでしょうか。大学からの研究費は微々たるものです。当然自分で稼ぎ出した資金をはじめとして、委託研究、共同研究、サポートしていただいている企業があるわけです。ただし、その企業の方々には、今までずーとお願いしてきたことがあります。それは拘束されないで自由に研究をさせていただくこと。大学の中立機関として学会には発表させてもらうこと。自ずから各企業からの負担額は極力少なくお願いしています。こんなことが過去にありました。「二千万円で委託をお願いしたい。」「百万円で結構です。」相手の企業はびっくりしたようです。小生の考えを述べて、その企業には納得していただきました。
 経営にタッチされている方々に、この様なことを云うのは若干の抵抗がありますが、敢えてここに小生の技術に対する捉え方の一部を述べてみたいと思います。

 技術者を育てましょう
 皆様の会社で何人の技術者がいますか。その人は真の技術者ですか。毎日トラブルシューティングに追われていませんか。開発能力はありますか。無駄な会議ばかりやっていませんか。関連学会誌を購読していますか。学会の講演大会やセミナーに積極的に参加していますか。私の知る限りでは、会員企業でもほんの一部しか技術者が育っていないと思います。
 これからは、従来型の下請け的装置産業ではやっていけなくなるでしょう。淘汰が始まっています。こんなにも淘汰が進んでいるとは知りませんでした。十月の二八日から三〇日まで、韓国で日韓表面技術の講演大会が開催されました。その際、吉野電化の吉野社長が招待講演をしました。超多忙にも拘わらず、各種のデーターを集め、淘汰のことを始めとして、表面処理業界の現状と将来について講演をしました。日本の表面処理業に対する洞察力は、世界をいつも股に掛けて活躍しているだけあって、グローバルな視点で捉えられておりました。
 これからは従来型の体力勝負?の様な仕事だけではたちゆかなくなるでしょう。果たして皆様の会社に真の技術者がいるでしょうか。数の問題ではなくこれからの技術をキャッチアップできる人を養成しなければなりません。最近、御社ではこんな内容のことはできないか、こんな技術はないかと今までとは異なり、かなり高度の技術が要求されるようになってきているはずです。当然の成り行きです。成熟した労働集約型の仕事はすぐに他の国に移ってしまいます。日本に残された路は決して広くはないでしょう。従来の先進諸国の物まね、改良型から日本発の技術を作り上げていかなければならなくなってきています。今まではいつも欧米諸国の開発商品の改良でした。これからも改良型の技術は生き残るでしょう。日本の得意とする領域であり、又、改良こそがその技術を生かす上において、最も大切なことです。西欧の技術者はオリジナリティを大切にするあまり、改良には興味を示さないのか、国際分業の中で日本の得手とする領域として、今後とも改良研究は是非必要な領域です。しかし、それのみに堕してはいけないのではないでしょうか。特にエレクトロニクス関連の最近のめざましい開発商品の紹介にみられるように、日本発の技術が最近いくつかでてきています。
 当然、前述のように皆様の会社にも高度な技術の要求が来るようになるわけです。折角そのような要求が来ているにもかかわらず、真の技術者が育っていないので仕事を逃してしまっている会社が多いのではないでしょうか。是非皆様の会社で真の技術者を意識して育てるように努められますように。

 技術者の育て方
 こんな話があります。東大の物性研についての次のような記事を小生の知り合いの先生から送られてきました。
「物を創る、ということは物性研のように知能指数の高い集団では困難であって、内部に鈍才ながらひたむきな根気のある技術集団を持たないと出来ない。そしてそれを指導するヒラメキのあるボスが要る。物性研は近年、とくに高温超伝導発見後の新物質開発構想が今日までの所うまくいっていないのは、担当者が悪いのではなく場が悪いのである。物性研がそれをよく心得ておられるのは新物質科学研究センター構想に見られる。ここでは物を創るよりも評価に欠点がある。だれかが物を作るとしてともかく評価を最高にしよう、というのだから物性研の体質に適合しており、賛成である。」
 全くこの通りだと同感です。要はその技術をきちっと評価できる人が上にいるかで勝負は決まります。、地道に、こつこつ、しつこくやるのが部下にいなければなりません。その中で技術を通して、技術のおもしろさを発見しどんどん乗ってくる若い技術者がでてくるでしょう。しめたものです。徐々に開発力が上がってくるでしょう。
 今から二〇年くらい前までの関東化成がそうでした。皆生き生きしていました。当時いろいろ、新しい技術を開発したものです。最近やっと又、その気運が盛り上がってきました。要は皆やる気にならなければだめです。船頭多くして船山に登らず。この数ヶ月の様子を見ていますと、わくわくするような、よい兆しが一部の企業の中に湧いてきたような感じがします。
 経営者自らが意識改革をされ、技術中心の企業を再構築されないといけない状況が、まさに今着実に進行しているように感じます。

 打ち合わせ(会議)をするなら効率よく
 会社に電話をすると、いつも会議中ですとの返事が返って来る会社がいくつかあります。(外部の人に対しては会議中の方が聞こえがよいのか、打ち合わせ中ですとはあまり云わない)一週間のうちに何度打ち合わせをやっているのか、もう少し効率的に打ち合わせができないものかと思います。何時間も非効率的で部下も嫌気がさしてくるのではないでしょうか。研究の進捗や戦略会議なら大いにやるべきでしょう。日々の打ち合わせならほんの短時間で終わらせ、技術の進捗チェックは週一回、中間報告は月一回位にするのはどうでしょうか。単なる報告会ではなく大いに論議をすべきです。
 どうも私が知る限りでは、お互いに報告をルーティン業務のようにやっているだけで、そこからは何にも生まれてきていない様に感じます。そんな打ち合わせなら、とっとと切り上げましょう。朝の早い段階で効率よく打ち合わせを済ませましょう。ある程度人数を抱えている会社では、技術者集団で自発的に定期的な輪講会をやったほうがよいでしょう。自分の技術の位置づけが分かるし、又これだけグローバル化しているのに英語が道具として使えないようであれば、技術者失格です。技術に関する英語はなにも難しくはありません。ましてや自分の専門領域なんだから初めは抵抗があると思いますが、すいすいできるようになります。又できるようになると人に与えられるのではなく、自らいろいろ知識を広めたくなるものです。又自分の技術開発力、発想力、展開力などに弾みがついてきます。いい意味での競争心が高まります。英語くらい読み書きができ相手とも意見が交換できるようにならねば、真の技術者とはいえないでしょう。これからは特にそうです。意外と英語だけは苦手という人が多いですが、それを克服しないとだめです。皆様の企業の現状はどうか、冷静に考えてみてください。

 トラブルシューティング
 工程におけるトラブル不良の対策は技術者にとっては大切な業務です。しかしながら毎日がその連続であるとすれば問題です。技術者イコールトラブルシューターと化している会社が案外多いものです。又、技術者自身それが技術だと錯覚している場合も多いのも事実です。トラブルをシューティングすること自体は、技術開発能力向上に役立ちますが、それ一辺倒になってしまうと大きな問題です。
 これから益々、開発力が個々の企業で要求されるようになってきていますので、技術開発力を増強しなければなりません。なにを行うにも必ず、すんなりとうまくいくものではあり籐ません。むしろすんなりとうまくいってしまうと、後から問題が生じた場合大変です。観察力や洞察力は日頃訓練すれば高まってきます。それには、技術者がわくわくと仕事ができる環境を構築しなければなりません。トラブルの解決で終わりでなく、そこには新しい技術を構築する種が隠されている場合が多くあります。私自身、実験の内容を聞きトラブルの内容を聞いているときに、新しい発想がわいてきて、それが思いがけなく大きな技術に成長する場合が多々ありました。

 研究投資をやっていますか
 冒頭に、我々の研究に対する質問に対して、敢えてきついことを申し上げました。今までのような大量生産、大量消費、右肩上がりの成長の時代はこれでもよかったのでしょう。しかし、これからは様子が一変するでしょう。従来は装置と薬品を購入して他社と同じようにやっていれば、何とか利益がでていました。トラブルがあってもメーカーや誰かに聞けば解決する、あまり技術に力を入れなくても、何とかやってこれたのです。しかし、この種の仕事は、他社との技術格差がありませんので、同様の仕事が他社でもやられたり、または日本から海外にシフトしていきます。私の知ってる典型的な例は、プラめっきです。初めは量の拡大とともに、参入企業も多くなりました。需給バランスで徐々に価格は低下し、技術の成熟とともに生産拠点がほとんど海外にシフトしました。現在プラめっきの延長線上にあるのが電磁波シールドです。立体成型基板(三次元回路)もありますが、もし今後この技術が注目されたとしても、今までのような経営体質では、この技術を取り込むことは困難でしょう。
 十数年前にプラめっきの応用展開として、これからは電磁波シールドだ、立体成型基板もあるぞと、方向を変えたのは、私の知っている若い経営者数人でした。彼らは、当時はまだ経営のトップではありませんでしたが、思い切って方向を転換しました。企業規模がそれほど大きくなかったことと、彼らは決定権を持っていたからでしょう。ちなみに、お膝元の関東化成にも当時、これからはこの技術に注力されてはと進言したものですが、受け入れられませんでした。企業の規模が大きくなると保守的になり新しい技術の導入が遅れがちです。
 そのころから、彼らは研究に投資をするようになりました。初めは、私の研究室にある機器を買い揃えました。技術者も積極的に養成するようになりました。今ではいずれの会社も私の所とは比べものにならないほど充実した機器を揃え、又技術者も育っています。これからは、技術格差が益々拡大し淘汰が進んでいくように思えます。技術に注力されるとともに、効率のよい研究投資が必要になるでしょう。  
 次号でも少し技術者の養成について私見を述べることにいたします。