ここにも根深い景気低迷の影が

関東学院大学
本間 英夫

 三月中旬、横浜のホテルで日頃お世話になっている講師の方々に対する、年度末の慰労会がありました。五時から開催されることはすでに通知をもらって知っていたのですが、その日はサッカーの練習試合と重なってしまいました。以前に書きましたように、私はサッカーのことは何も知りませんが、部長をしています。練習試合を他校で行う場合は、立場上挨拶をする必要があり、学生だけに任せるわけには行きません。登戸周辺の設備が完備された大学(関東二部リーグ上位校)で一時頃から試合が始まり、三時過ぎに終了しました。
 講師の先生を招いた慰労会に五時までに入らねばならなかったのですが、車で出かけていた関係で、時間に間に合わないことははっきりしていました。 それでも極力早くつきたいので、我々の大学の駅近くにある大型スーパーの駐車場に車を置き、電車で横浜に向かうことにしました。土曜日の夕方、今までの経験から店の中はごった返していると思っていましたが、客はまばら駐車場もがらがらでした。
 実は、半年くらい前に隣の駅近くに大型スーパーが開店した影響を受け、客を取られてしまったのでしょう。このスーパーは、例の有利子負債が何十兆にも膨れ上がった会社で、最近大鉈を振るリストラ計画を発表しています。すでに私が駐車に利用した店舗も店じまいの対象になっているそうです。お客の心理としてそのような店はもう用無しなのでしょう。
 七時に横浜のホテルで慰労会を済ませ、金沢八景駅についたのが七時半頃でした。三月は学会シーズンです。未だ何人かの学生が研究室でデーターの整理や発表のためのOHP作りをしているだろうと思い、果物や寿司を差し入れるために地下の売場に向かいました。
 この時間帯にスーパーの食料品売場に出掛けることは滅多にありません。その時間帯になると生鮮食料品が三〇%から五割引きになるのです。なんとそれを狙って、表現が悪いようですがあちらこちらに蟻が集るように群が出来ていました。主婦の生活の知恵なのでしょう。以外に若い主婦の方が多かったように記憶しています。景気低迷の中で生活費をこのような形でやりくりしている人が意外と多いのには少し驚きました。

表面技術協会の講演大会

第九十九回の学術講演大会が、三月十七日から十九日まで本学のキャンパスで開催されました。十八年前にも本学で開催されていますが、そのときは私も山下先生も駆け出しで、お手伝いをすることで精一杯でした。今回は我々が責任を持って遂行しなければならず、色々大所高所から判断しなければならないことが多かったように思います。関連学会のエレクトロニクス学会と同一日に開催されたので、当初は発表件数参加者の減少を心配しましたが、それほど大きな影響はなかったようです。
 参加者はのべで二〇〇〇名以上、一日の参加者を会員数で割って見ますと、二〇%でかなり多くの方々が関心を持っておいでになったのではないかと、主催校としてほっとしています。表面技術協会は十年くらい前に金属をとって間口を開いた格好になっています。中身はめっきに代表されるウエット、真空蒸着やスパッタに代表されるドライ、それとアルマイト関連の3つに分けることが出来ます。めっき関連の発表は本学会の主流であり、会場もほぼ満員でした。内容はエレクトロニクス関連技術に集中していました。
 今回、私の研究室の発表で本間研究室らしからぬ発表が三件、また、ポスター発表でも答えに窮するものが何人もいたと、お叱りを受けました。言い訳になりますが、確かに今までの発表と比較すると準備不足、発表者の理解不足は否めなかったと反省しています。研究室の人数は小生を含めて二〇名、本年から更に増えて二二名になります。そろそろ今までのマネージメントでは通用しなくなってきています。
 そのような反省の中で一つ良いことがありました。それは、学会終了後の反省会で事務局、他大学の先生方から学会の手伝いをしてくれた学生がきびきび積極的で、よく気がつき、仕事も的確では早いと云うお褒めの言葉でした。小生にとってはこのことが、何よりも大きな収穫だったと思っています。卒業式の日、学生を連れて中華街に出かけましたが、宴会の始まる前に彼らにそのことを伝え、楽しいパーティになりました。

今春も新卒者にとっては厳しい就職環境

 今三月期の上場企業の業績集計結果によると、アジア向け輸出の減速、消費の冷え込み、デフレ圧力等により経常利益が大きく落ち込み、全産業の最終損益は二年連続の赤字。今期の特徴は不採算部門や子会社整理、人員削減等に見られるように大幅なリストラです。このような厳しい状況ですが、私の研究室から巣立っていった後輩たちの中で、人員削減の対象になったのは今のところほとんどいないようです。十年くらい前までは、会社に入ってしばらくすると不平不満を言ってくる学生が十人に一人くらいいたのですが、今や一企業の問題でなく、産業界全体の問題ですので我慢の時期であること、不満を言っているような状況ではないことを誰もが認識しておりいます。逆に、この種の話題を出さないことが暗黙の了解事項になっています。
 このような状況下、すでに三月の初め頃から来春の新卒大学生を対象としたリクルート活動がスタートしているようです。私の所属する工業化学科で、すでに三月二〇日の時点で六〇社くらい応募があります。マイナス成長が避けられない経済情勢の下では、量より質が一段と加速するとともに、本年は更に採用が早期化、長期化、多様化が進むようです。 人事担当の方が果たしてこの雑誌をご覧になっているか分かりませんが、学生が四年生になってすぐに自己発見出来ると思いますか?特に工学を専攻している学生の能力や適正を、ある程度判断できるのは少なくとも研究生活に入って半年は必要でしょう。そのような大事な期間をリクルート活動に奔走しなければならない現状は、学生にとっても採用側の企業にとっても無益と云うよりむしろ有害であるとさえ断言できます。就職協定の廃止は更に青田買いを煽っている結果になりました。  
 前にも同じ様なことを提案しましたが、採用側が九月か十月以降に採用に乗り出すようになれば、学生はじっくり真剣に自分の専攻した領域の研究や知識の蓄積、人間としての深みが出てくるのにと残念に思います。現状の採用方法では、特に学部生の場合は何社も掛け持ちし、しかも採用側の常識試験、幾度にもわたる面接試験で数ヶ月を浪費し、内定と同時に大学受験の時の感覚でホット安堵し、卒研には力が入らず形だけを整える結果になります。 
 二月頃から各企業で入社前に常識問題集の回答の義務付け、又、企業によっては更に追い打ちをかけるように入社前の研修と称し、全新入社員に招集をかけ画一的な精神修業が行われています。この種の精神教育はルーズな学生時代を送ってきた学生には意味はあるでしょうが、画一的に行うのは如何なものでしょうか?おそらく三月から四月の第一週までは学会が目白押しです。特に大学院の学生にとっては学生時代最後の檜舞台である学会での発表と、その研修がぶつかります。学生は立場上会社の方針に従わねばならないので嫌々ながらその研修に参加しました。
 案の定発表に対する準備不足、研修で強制的に大声を張り上げさせられ、学会では満足に声が出ず、さぞかし悔しい思いをしたことでしょう。企業に入る前にその企業に対する信頼が薄れてしまいます。若いエネルギー、能力を多いに磨くときに、なんと無駄なことをと悔やまれます。
 企業に入る前の一連の研修は、必要なこととは思いますが、きつい言い方になりますけれども、大量採用時にはいい方法であったのでしょう。しかし採用を絞り、優秀な技術者の卵を採用されるようになってきているにもかかわらず、見直しがなされていないのではないでしょうか?分野ごとにもう少しきめ細やかな研修プログラムを作られるよう要望いたします。
 大卒業種別の調査によりますと採用の抑制、特に製造業は十四・七%の大幅削減、学生の危機感をあおるキーワードが、毎日のように新聞や雑誌で目に留まります。
 学生の自宅には、例によって各企業からの就職説明会のはがきや手紙がどっさり送付され、ほとんどがジャンクメールになっているようです。彼らにとっては就職を早く決めねばならないと、焦燥感だけが植え付けられているようにさえ思えます。
 新卒者の採用は、その企業の将来を大きく左右しますので財務、人事、製造プロセスの見直し等と同様、もっと厳密に採用方法を検討する必要があります。実際いくつかの大手企業では、ピンポイント的な採用方式をとるようになってきました。
 バブル絶頂期は卒業さえ出来ればどんな学生でもいいですよと、学生も教える立場の教員も甘えがあったことは確かです。このピンポイント採用方式は、我々にとっては大歓迎でやりがいがあります。結果がすぐに出るわけではありません。長期にわたる研究室の伝統が、研究室の研究能力が、個々の学生の能力が決め手になります。
 昨年の本誌四月号に研究室に入るにあたっての心構えを紹介しましたが、何人かの経営者から参考になった、新卒者の訓辞に使わせてもらいましたとのことでした。企業においてはその企業のカラー、各部門間のカラー、大学においては大学間のカラー(画一的であまり特徴が見られなくなっていますが)、更には教授を中心としたゼミや研究室のカラーがあります。
 昨年春、工学博士の学位を取得した藤波君が、本学工業化学科の同窓会誌に研究室に学んでと題して寄稿してくれました。小生の研究室のカラーを伺い知る上で、又学生サイドの見方を知る上で参考になると思います。皆様にもその文を紹介します。

本間研究室で学んだこと
藤波知之
 昨年三月、工業化学専攻としては第一号で博士の学位を取らせていただきました。改めて直接ご指導いただきました本間先生には感謝を申し上げると共に、工業化学科の歴史を築いた諸先輩、ならびに共に頑張った同輩の方々にもお礼を申し上げたいと思います。
 私は、荏原ユージライト株式会社という表面処理薬品、いわゆるめっき薬品の製造会社に在籍しながら、平成元年四月から平成三年三月まで、また平成七年四月から平成十年三月までの合計五年間、本学大学院に派遣されておりました。"プラスチック上の無電解めっき法"を世界に先駆けて開発した本間研究室で、無電解めっきの基礎研究を行うよう命ぜられたためです。大学院へ社員を派遣することは、会社としても初めての試みで、どれだけ成果が得られるか未知数だったため、派遣することに対して賛否両論だったことと思います。しかしながら五年間の研究成果は、会社に大きな利益をもたらす結果となり、会社も成功だったと評価しております。自分にとっても、学位を得たことと共に、本間先生の真の教育に接して様々なことを学び、今後の貴重な財産となりました。
 本学全体がそうなのかもしれませんが、本間先生の教育方針は、知識を詰め込むのではなく、経験を通して身に付けさせることが特徴です。本間先生は、日頃から「本学の学生は、経験で身につけた知恵とやる気で勝負しないと頭では東大生には太刀打ちできない。特に化学の領域では、シミュレーションより実際やった方が勝つんだ。」とおっしゃられていました。それゆえ本間研究室では、毎年三月のうちに新旧四年生の引き継ぎを完了してしまい、四月の早いうちに実験漬けの毎日をスタートさせます。卒業生でも来学すると参加させられるのですが、"輪講会"と称して最新の英語文献を用いた技術動向の勉強もこの頃から毎朝行われます。
 基本的には、本間先生が大学院生を指導し、大学院生が四年生を指導いたします。そして、実験の進捗状況は、企業の第一線の方々を本学に招いた中間発表会の中でチェックされます。中間発表会は、年数回実施されますが、このときばかりは発表する四年生と共に中間発表会を運営する大学院生も緊張いたします。四年生への指導が問われるからです。大学院生は、もはや企業で言うと中間管理職といったところで、結構大変な任務を背負っています。大学院生は、こういったところからも自主性が芽生えてくるんだと思います。多少の人間関係のトラブルなどはありますが、こういったときも最終的には本間先生がケアには入りますが、通常は大学院生で解決しなければなりません。
 本間研究室の研究目的は、表面技術協会と回路実装学会などを中心とした学会活動により、幅広く社会に貢献することです。講演発表や論文投稿は、ある程度ノルマ化され、年に数回開催される講演大会へは、それこそ毎回参加となります。そのため、年々発表技術、資料作成のレベルが向上しているように感じます。最近の講演発表では、口頭原稿を持つ学生はほとんどいなくなりました。自分が理解していないことには、人には伝えられないと学生自身が判断しているからです。講演大会は社会人が中心、そんな中でも学生が堂々と渡り合って来ます。機会があれば、海外での講演発表も行うよう指示されます。実験に必要な器具や分析機器で不自由することが全くないので、実験で障害になるものは何もないのです。学生は、目的に向かって尽き進むだけです。講演大会が近づけば、学生自身も徹夜であろうが、早朝であろうが、情熱を燃やして研究活動に没頭しています。本間研究室がこういう環境になったのも、本間先生が長年の試行錯誤を繰り返して培ったものだと思います。
 最後に、本間先生の好きな言葉に、大学の校訓である「人になれ、奉仕せよ」という言葉があります。本間先生自らが今実践しているように感じます。多くの人と知り合い、多くの人から学び、そして社会に貢献していくことこそが、本間研究室で学んだ一番大切なことだったのではないかと信じております。