遺伝子組み替え食品

関東学院大学
本間英夫

 遺伝子組み替えの研究は、バイオテクノロジーの一分野として、着々と研究が進められています。例えば、病害虫に強い、成長が早い、収穫量が多い、収穫後腐りにくい(長持ちする)、うまみの増加、新規な野菜や果物の開発等々、製造業者側から見れば、これらの開発は大歓迎、ごく当然の事です。しかしながら、一般の消費者側から見ると、果たして、この種の遺伝子組み替え食品の安全性はどうか、不安な報道もされています。
 蝶の幼虫に、遺伝子組み替え作物の葉っぱを食べさせたところ、半数しか成虫にまで育たなかったとの報告がなされ、問題は大きくなってきました。特に、遺伝子組み替え食品の表示義務についての論議が、活発化しています。すでに、ヨーロッパや米国では、遺伝子組み替え食品の表示がされていますが、日本でも二〇〇一年から表示が義務化されます。
 有機農薬を主体にした自然食品を買うか、今までの食品を買うか、遺伝子組み替え食品を買うかは、消費者の自己責任で購入することになると云います。不安だけを煽っておいて、自己責任とは一体どうなっているのでしょうか。食品売場を覗いてみると、現在は未だ、遺伝子組み替えの表示はされていませんので、野菜を中心とした食品には有機野菜、農薬散布頻度を低下させた野菜、一般野菜のように表示されていました。有機農業野菜は、当然の事ながら一般の品物と比較して一・五倍から二倍の価格が設定されていました。
 したがって、遺伝子組み替えの表示がされるようになると、どのような現象が起こるでしょうか。
 先日、BBCのニュースを見ていたら、反対運動を推進するグループが早朝、遺伝子組み替えで育てられているトウモロコシ畑に入り、トラクターですべての苗をなぎ倒しているシーンを映し出していました。このこと事態は、幾分突出した出来事ですが、ヨーロッパを中心とした先進諸国では、衣食住の環境を初めとして、現在では地球規模で環境の保護対策運動が盛んです。
 食品の問題、特に遺伝子組み替えに限って云えば、一次産業から二次、三次産業と産業構造の変化に伴う農作業従事者の激減、当然の事ながら収穫量の増加を意図した、手の掛からない食物栽培方式の研究が盛んになります。
 上述の蝶の話、幼虫が遺伝子組み替えの葉っぱを食べて半数が死亡、因果関係を調べないうちに、ただ現象だけを捉えて、一般市民に対して恐怖心を煽るのも如何なものでしょうか。素人だから分かりませんが、組み替えにより野菜の葉っぱに毒素が過剰に生成され、それが原因で幼虫が死んだと云われています。植物は発芽から成長期に大量のアルカロイドやシアン配糖体を作り、害虫から身を防御する仕掛けが何億年もかけて出来上がってきています。
 報道されている毒素とは何なのか、それがアルカロイドやシアン配糖体であれば、自然の摂理であり問題は少ないです。現在の報道は万人に理解させようとするために、現象だけを取り上げ、解説が少ないので、かえって不安を煽るだけになることが多いようです。新聞を初めとした日々のニュースメディアは、もう少しインテリジェント化する必要があります。
 話は少し横道にそれますが、シアン配糖体に関して二五年くらい前に、たばこや植物内のシアンの分析をやっていたことを思い出します。当時、中村先生を中心として、めっき団地建設の最終段階のところであったと記憶しています。先生の意図は、めっき工場から排出されるシアンが、果たして問題なのかを問いかけるものでありました。まず、我々は片っ端からたばこを燃焼させ(たばこを吸っている状態をシミュレート)、それを水酸化ナトリウム溶液に送り込み、シアンの量を分析してみました。なんと一本のたばこあたり、確か数百PPMのシアンが検出されて驚いたものです。河川への規制排出量が一PPMの値に対して、べらぼうに高い値でありました。また、たばこの種類によって検出量が異なっていました。
 次に、実際喫煙している人、そうでない人の唾液を採取しその中のシアン量を調べました。一〇〇PPMに近い値が喫煙者の唾から検出されました。これまた驚きましたが、たばこを吸わない人でも、唾液から数十PPMのシアンが検出されました。たばこ、特に紙巻きたばこの紙には、硝酸塩が含浸されており、燃焼時にシアンが生成するものと思われます。唾液中のシアンは、シアン配糖体であり、殺菌作用を司っているのでしょう。我々が子供の頃、裸足でどろんこになって遊んだあと、家に帰ると手足の擦り傷に、母親が唾を付けてくれたものです。
 たばこのシアンの分析をやっていたのは春先でしたので、次に青梅のシアン(大正時代までは青梅からシアンが製造されていました)について調べようと、梅酒を製造する過程でシアンの経時変化を追ってみました。焼酎の中に溶出したシアンは、十日間くらいで全部消失したと記憶しています。また、大学のキャンパス内の雑草を始め、いろいろな発芽期から成長期にある葉っぱの中のシアンを分析してみました。発芽期には、特にシアンの含有量が多いことが分かりました。おそらく、この種のシアンの検出については、微量分析が現在のように進んでいなかったので、当時としては貴重なデーターであったろうと、今になって思います。
 植物は前述したように成長期に、シアン配糖体を作り、外敵から自分を守るのです。遺伝子組み替えの葉っぱを食んだ、蝶の幼虫の半数が死んでしまったのは、遺伝子を組み替えによって成長が促されシアン配糖体が、普通の葉っぱより多く生成されたのか、害虫を防御するための毒素(アルカロイドなのか?)が多量に形成されたのかなど、食品科学に携わる研究者が、この種の研究に着手するとか、あるいはすでに検討されているならば、一般の消費者に公開すべきです。
 二〇〇一年から、遺伝子組み替えの表示を義務化することで、後は消費者の判断にゆだねるなどもってのほかであり、自己責任にも限界があります。
 私自身は、遺伝子組み替えの野菜や食品の細胞レベルの成長過程や、生成物が昆虫に影響があっても人体に影響がなければ、おおいにこちらの商品を購入します。むやみやたらに幼虫が死んだから、人間にも害があるかも知れないと煽るのにも、学問的に根拠を示してからにして欲しいです。

ダイオキシンおよび環境ホルモン問題

 埼玉県の農家が大打撃を受けたダイオキシンもしかり、葉っぱもんとか、学者としては、あまりにも定義に対して曖昧な表現をし、しかも、その報道により消費者の過剰反応、分からないから、判断できないからこそ、過剰反応にならざるを得ないのです。ダイオキシンや環境問題について、興味本位で報道するのではなく、解説を交え我々が、今後どのように対処しなければならないか、真剣に考える必要があります。
 我々は、日々の状況に関して自分自身の考えを構築するには、これらの報道機関だけに依存していてはいけません。現在の報道機関はどうもモノトーンで、どれもほとんど同じ記事、同じ報道であります。これからは自己責任の時代だと云うのなら、小学校から大学まで教育機関は時の話題、例えば、現代社会学と銘打って、環境問題や時事問題を多いに取り入れたカリキュラムを再構築し、自分で考える能力を育てるような対策が必要です。最早、受験対策用の詰め込み主義的な勉強方法を取っているようであれば、日本は本当にただの国に堕してしまうでしょう。
 また、報道機関は他社との競争からどうしても吟味を怠り、速報性から的確な報道が出来ない場合があるように思います。テレビや新聞などの報道は、流れを知る上において大変貴重ですが、問題が大きくなればなるほど、もう少し流れを幅の広いスパンで観察している雑誌や専門誌にゆだねざるを得ないのでしょうか。
 新聞には時々、解説調の記事が出ていますが、広告欄を削り、もう少し強化しても良いのでは、と思います。一面全部を使って何を訴えたいのか、その意図がよく分からない宣伝広告が、最近特に目立ちます。広告の中には、見ていて楽しくなるもの、買いたくなるもの、心理をうまくつかむもの、なかなかやるなこの広告は、と感心する広告はあまり見られません。広告業を専門としている大学の学部、専門業者の中にもう少し革新的な、楽しめる広告は如何にすべきか、を実践する努力が足りないように思います。
 唯一、産業経済に関して、ある程度満足のいく解説がなされている新聞があり、子供の頃から、ずっとその新聞を一貫して読まされてきました。
 さて、ダイオキシンの問題に話を戻しますが、分析の精度が上がりピコグラムのオーダーまで、分析が出来るようになってきました。ダイオキシンの毒性は、これまで人間が作り出した化合物の中で最も毒性が高く、猛毒と言われた物質よりも毒性が数桁も高いのです。極微量で人体に影響を与えてしまいます。
 ダイオキシン類は一般ゴミと産業廃棄物の焼却により最も多く発生します。一般家庭ゴミを焼却したときに発生するメカニズムは、ゴミの中のリグニンやセルロース、ポリエチレンなどが焼却場で燃焼中に、様々な過程を経て、ベンゼン環をもつ有機化合物が生成します。また、ポリスチレンなどのプラスチックスも、不完全燃焼でベンゼン環を持った化合物を生成します。これらの有機化合物が、ゴミや塩素と反応するとクロロフェノールやクロロベンゼンが生成し、最終的にはポリ塩化ベンゾパラダイオキシン(PCDD)やポリ塩化ベンゾフラン(PCDF)のダイオキシン類が生成します。
 リグニンはフェノール化合物であるので不完全燃焼により、そのままでダイオキシンになると言われています。こうなると、喫煙している人は真剣にたばこを止めることを考えた方がいいでしょう。たばこの葉は、リグニンもセルロースも含んでいます。このようにダイオキシンは化学構造的に見ると分解しにくい構造ですが、高温酸化すればすべて無毒化されることは分かっているのに、初めは全国の焼却場の煙突から出るダイオキシン量を分析し、規制値をオーバーする施設は取り壊すと、べらぼうな判断をしていたと記憶しています。アフターバーニングで完全燃焼をすれば、全く問題がないのに、なぜそのようなばかな対策をするのか納得ができませんでした。
 その当時から、焼却炉の構造を少し変え、高周波炉のようにプラズマ状態にして処理すれば問題が解決するのにと思っていました。所轄の環境および衛生局が、市民を納得させるために、新しい設備と取り替えたのが多いようです。公共投資の大幅補正予算の執行は、このようなところにも回ったのではないでしょうか。スクラップアンドビルド型の対応が、今でも官庁主導で生き続けているようです。これらのツケは最終的には住民に回ってくるのに。我々自身、自己責任の延長線上で賢くならねばならないようです。
 また、環境ホルモンの問題も同様に、市民に大きな不安を与えました。学校給食の食器類に使っている、ポリカーボネート樹脂等に含まれているビスフェノールAが大きくクローズアップされました。そのきっかけは、日本近海の貝類の雌から雄への性転換、精子の減少等です。いくつかの小学校では、プラスチックスの食器がすべて回収されました。その後、環境ホルモン問題は、更に深刻さを増しています。環境ホルモンは疑似ホルモンとも呼ばれ、生体の反応を司るホルモンと骨格構造が類似しており、したがって、食物の中に溶出し、これが体液と共に体内を循環し、特定の組織の機能に対してほんの微量でも、変化を与えてしまいます。
 生体反応や生物のホルモンに基づく反応は、発酵、醸造、バイオテクノロジーとして広く利用されています。これは人間が人工的に特定の疑似ホルモンを作り応用しているのです。逆に、我々が作り出したいろいろな化学物質が、極微量溶出して、これが我々の生態系を害するようになってしまったのは、まことに皮肉です。