Y2K問題で混乱は?
関東学院大学
本間 英夫
十一月中旬から主婦を対象としたテレビ番組に、連日Y2K問題が話題に上るようになった。この問題に関しては、以前本誌で紹介したが、いよいよ年の瀬、さてどうなるのか。最悪の場合を想定して、銀行も証券会社も保険会社も、データーのバックアップは取っている。しかし、これだけマスコミが煽ると、銀行や証券会社の窓口、キャッシュサービスコーナーは長蛇の列が予測される。更には、年末年始の海外旅行の極端な減少、電気、水道が止まったらと、数日間の飲料水の買いだめ、暖をとるためのストーブ(石油ストーブ)やサーバイバル商品の確保に、かなりの混乱が予測される。
米国では、数年前から対策が進んでおり、ほとんど決定的な問題は生じないと、政府が宣言している。日本政府の国民に対する対策はどうだろうか。国家的な規模で、深刻にこの問題を捉え、予測される事態とその対策に関して、もう少し国民全体が理解できるように知らせると共に、マスコミの異常なまでの煽動に対しては、冷静に対処するよう呼びかける必要があった。特に、ライフラインに直結する事業に関しては、各自治体は万全の対策と体制で臨まねばならないが、どうだったのだろうか。新聞によると、群馬県の桐生市では、停電になっても自家発電で供給できる体制を整え、また、横須賀市も二ヶ月分の供給が可能であるという。しかしながら、すべての地方自治体で、情報開示が十分であったとはいえない。
外資系企業および輸出関連企業では、今年の初めから徹底的に対策が進んでいた。企業によっては、停電に備えて、自家発電はどうなっているかの調査もあるとのこと。また、最悪の場合を想定して、数ヶ月分の在庫を確保しているとも云われている。いろんな製品が九月頃からどんどん生産され、ちょっとした特需?だったそうである。実際には、マイナーなトラブルが起こることは確実だが、致命的なことは起こらない事を願う。
事態は先進諸国だけで対策がなされればよいのではない。石油産油国を始め、旧ロシア、中国、東南アジア、アフリカ、すべての国々の問題である。米国や日本に対して、この秋これらの国々が援助を求めてきていた。しかし、時すでに遅し。時間切れで新年を迎えることになるようである。ここらあたりから、連鎖的に問題が広がる可能性も否定できない。すでに対策費は全世界で、何十兆円にもなるといわれている。生活の基幹になる電力、水道、運輸交通を初めとして、あらゆる領域で、年末年始を不測の事態に備え、監視体制が強化され、ゆっくりと正月気分に浸れない人がたくさん出るだろう。本当に大きな問題が起こらないことを願うしかない。
一人勝ちか情報通信
この数ヶ月間、株価を見ていると分かるが、建築、紙パルプ、繊維、化学、電線、セメント、鉄鋼、造船、車、商社、電力ガス、運輸などほとんどすべての領域で、十一月に最安値をつける銘柄が続出した。また、大型株で百円以下の銘柄も多い。その中でNTT三社を初めとして、ソニーやその他、情報通信に関わっている企業、店頭ではソフト関連銘柄が、新高値を更新している。あたかも、一時は仕手戦の様相を呈していた。
最近の投信は、これらの関連銘柄を組み入れたものが圧倒的に多いとのこと。また、十月から始まったインターネット取引、日本では米国のようには普及しないと思っていたが、どうやらそうでもないらしいようである。自分で注文を出して、ものの数十秒で取引が成立するのを目の当たりにすると、その虜になってしまうのではないだろうか。何か末恐ろしい感じがする。数ヶ月前、米国でディトレーダーが殺人事件を起こしたニュースが流れた。一般の人が、いとも簡単に自分の判断?で取引が成立してしまう。あっという間である。特に最近、預金金利が異常に低いことから、投資には余り慣れていない人が、のめり込んだら大変なことになるのではと心配である。魔の手はどこからでも伸びてきて自制心を失い、命取りになってしまうだろう。
また、証券会社の係員は、相変わらずの手数料稼ぎで回転を早くし、健全な投資家を育てる雰囲気は、未だに整っていないのが現状である。
その後、そろそろ景気も底打ちだとか、設備投資が若干上向いてきたとのことで、十一月下旬には日経平均が最高値をつけている。株価の動きは、今迄以上に荒っぽくなってくるのが予想される。本報を読んでいる方々は長年、投資経験の豊富な方が多いと思うが、長期的展望にたっての投資が得策である。
携帯機器の売り上げ
景気回復の足取りが鈍い中、一人気を吐いているのが通信分野である。特に、携帯電話はインターネットの普及と共に、すさまじい勢いで普及を続けている。過去三年間を見てみると、約一千万台ずつ増えており、現在の加入者は五千万台に近い。何ヶ月か前に本誌で試算したことがあるが、携帯電話の一ヶ月の平均使用量は一人あたり平均一万円とすると、年間で十二万円、すなわち毎年一兆二千億程度の新規市場が創生されていることになる。
移動電話全体の市場は、現在約六兆円、九二年には五千億円程度であったことから、この間の不況にも関わらず、急峻に市場が拡大してきている。これからの成長はどうだろうか。もうそろそろ飽和状態になるのではないだろうか……。いや、そうはならないらしい。最近の新聞の広告や、若者が購読する情報誌にも出ているように、音声通信以外の用途が期待されている。現在、iモードと称して、携帯電話からインターネットにアクセスできるサービスが話題になってきた。すでに四百万台以上の、加入契約がされているとのこと。もう数年もすると、更に、動画やその他、インテリジェントな携帯端末が市場に現れてくることは確実である。この領域では、日本よりもスウェーデンやフィンランドが先を走っている。今年の九月の中旬、北欧の企業と大学および研究機関を訪ねたが、特にノキア、エリクソンの世界戦略はすさまじいものであった。
日本の市場だけに絞っても二〇〇五年には、十兆円を超える市場になっているとの予測も出ている。長期的には、携帯電話の他、無線内蔵パソコン、自動車電話と一人三台、その他、チップ状にして老人の徘徊防止、子供の迷子防止、その他の予測もしないような用途が出現するだろう。
したがって、この領域のめっきを初めとした表面処理は、絶対に見逃せない。仕事はこれから益々増える。しかしながら、高度の技術が要求されるので、益々技術格差がはっきり出てくる。
技術の伝承
日本の先端技術の命運をかけた、宇宙事業団のH-2型ロケットの打ち上げが失敗に終わった。前回の失敗に加えて、連続の失敗である。日本全体の先端技術に対する世界からの信用の失墜につながり、科学技術庁を初めとして、コア技術を担った企業は面目丸つぶれである。
十一月中旬、その後の原因究明のニュースによると、四回にわたる試験運転時に一度、水素漏れの可能性があったとのこと。危険が予測されたのであれば原因を究明しないまま、ゴーのサインを出したというのだろうか。更にお粗末なことに、打ち上げ失敗が確認された時点で、危険防止の意味から爆破指令を出したにもかかわらず、一段目のロケットは爆破されなかったようである。皮肉にもそれを回収して原因究明が行われたとのこと。
もう日本の宇宙開発事業の失地回復は到底見込めないのだろうか。なぜ水素漏れの危険がありながら、徹底的に調査究明をしなかったのだろうか。
ロケット打ち上げで同じ様な間違いはNASAで一九八六年に経験済みである。随分前のことになるが、ファインマン博士がオーリングが原因であったと、指摘した事件である。
スペースセンターでは、翌朝の打ち上げに向けて秒読みに入っていた。ブースターロケット(固体燃料の塊)の責任を担っている企業の技術トップが、NASAとのテレビ会議で、オーリングの低温でのシール性に問題があると、中止を要請した。
オーリングは、ブースターロケットのシール機構の部品であり、低温で弾性を失うとシール性が低下してしまう。その結果、高熱ガスが漏洩し、爆発の直接的な原因となる。技術的な証拠は不十分であったそうだが、温度と弾性の間には相関関係があることは、技術者なら誰でも予測がつく。
それまでの過去の漏れは、十二度(摂氏)で起きていたとのこと。打ち上げ当日はマイナス三.三度、オーリング周辺温度はマイナス一.七度くらいになると推定された。これは過去に打ち上げられた、いずれの場合よりも、極端に低い温度である。問題が起こる可能性は高いが決定的な証拠がない。NASAは飛行を予定通りに成功させたい。また契約をしている企業にとっては、これからも新しい契約を獲得したい。
当日、経営のトップがその技術者集団のトップに対して「技術者の帽子を脱いで経営者の帽子をかぶりたまえ」と。打ち上げ中止の要請は逆転され、発射後七十三秒で爆発し、六人の宇宙飛行士と一人の高校教師の命を奪う結果となった。今回の爆発事故も原因は異なるとしても、背景には同じ問題があったのではないだろうか。
これは技術の伝承と、科学技術者および経営者の倫理観の問題である。
本年度に起きたそのほかの事故に、東海村の事故、タンクローリー爆発、新幹線コンクリート崩落、高速道路での標識事故などあげられる。
東海村の事故は、技術の伝承を云々する以前の問題で、あきれてものもいえない。いや、あのようなことが、実際には放射性物質でない危険な物質を扱っている領域で、無自覚にぞんざいに取り扱われている例は、枚挙にいとまがないであろう。いわゆる3K、外国人労働者やアルバイトが、それにあたっている例は、皆様の会社でもあるのではないだろうか。
事が起こる前に改善すべきところは、早いうちに改善して欲しいものである。新聞には余り大きく報道されなかったが、ある大手の企業で、以前から従業員が危険個所の改善を、経営者に要求していた。最近その個所で、大爆発を起こしてしまった。不幸中の幸いと言うか、たまたま、作業をしている人が現場にいなかったので、火災だけで死者や負傷者が出なかった。この事件も他山の石ではないことを、経営者の方々は認識すべきである。大事故が起きてからでは、本当にこれからは命取りになる。
タンクローリーの爆発事故は、化学をかじったことのある人であれば、すぐに原因が分かる。事故後の朝刊には、何らかの原因と新聞記者が控えめであったのだろうか、化学を知らなかったのだろうか。我々はすぐに金属の触媒反応だと分かった。安全工学と云う科目もあるが、事例を聞くだけではなく、実際に色々実験を行う過程で、化学薬品の安全な取り扱いをマスターしなければならない。
とかく最近の技術者は、頭だけで考えるようで現象を完全には知らず、それが大事故につながる原因にもなっている。新幹線のコンクリート崩落は、高度成長期のツケが現在明るみになってきたようであり、これからは更に、色々困難な問題が現れてくるだろう。
道路標識の継ぎ目が折れ一般道路に落ちた事件、あれは原因が単に継ぎ目の腐食であると有識者が述べていたようだが、正にあの研究をやっている技術者が日本にはいないのかも知れない。十年以上前に、イギリスのバーミンガム大学出身でその道で博士号を取得した技術者が、私の研究室に三ヶ月くらい滞在していた。彼に、フレッチングコロージョンの話を聞くことが出来た。その話は、ハイテクノの技術講演として、私が通訳をして皆様に聞いて頂いた。当時、関心を持つ方は多くなかったように記憶している。私自身は通訳をした関係上、内容は分かっていた。
それが、例の高速道路での標識の事故に関係がある。フレッチングコロージョンとは、連続的な微震動の発生する場所で、連続的なストレスがかかり腐食が加速される。いわゆる応力腐食に関係している。何れ機会を改めてこれらの問題、特に技術の伝承について述べたいと思う。