どう変わる製造業

関東学院大学
本間 英夫

 中国生産シェア急拡大、携帯電話アジアで首位、DVDプレーヤー世界の4割弱、日本後退目立つ、世界の工場にまで成長等、新聞の見出しにも現れているように、今や日本の製造業は大きな転機にさしかかっている。中国では、白物やAV機器等のこれまでの成熟製品の製造から今や最先端デジタル機器の生産が急増している。

 日米欧の部品メーカーが中国での生産を拡大、それに伴って組み立てメーカーも工場を中国に移す、いわゆる生産期間の短縮を計るサプライチェーンマネージメントがその背景にある。何しろ労働コストが日本の30分の一だから、この流れには抗しきれない。

 中国の世界貿易機関(WTO)加盟、オリンピックの開催に伴い、巨大な市場(内需)から今後ますます生産のシフトが加速するであろう。

 今、この原稿を書いているところにメールがいくつか入ってきた。その中の一つ、台湾からのメール、LCDのバンプに関する技術的な問い合わせである。

 Eメールが一般化して現在では世界のあちこちから、技術的な問い合わせが頻繁に入るようになってきた。

 今まではこの種の問い合わせに対して、ある程度、丁寧に回答していた。中には常識を疑うような、平気で素性も語らず、単刀直入にこの技術、あの技術について教えてくれ、組成と条件を全て教えてくれといってくる。

 基本的には大学は中立の立場にあり、すでに論文に発表していること、更には大学のモットーが「人になれ奉仕せよ」であり、これを実践しなければと面識が無くても問い合わせにも、答えてきた。

 中村先生がよく、おまえは人が良すぎると言われていたものだ。

しかし、先月号にも書いたが、これからは知的財産の防衛、再生産を意識していかなければならない。その知的財産の防衛および再生産の手段の一つが特許であろう。

特許について

 初めて特許というものに触れたのは、今から約35年前の大学院に入った頃、まさにその当時、大学の事業部でプラスチックスのめっきの研究が行われている時であった。

 事業部の研究員と大学の実験助手を兼務されていた先輩が、プラスチックス上のめっきに関する触媒の研究を手伝ってくれという。その際に手渡されたのがアメリカの特許2件のコピーであった。

 大学の卒業研究は、神奈川県の工業試験所でシアンの酸化分解に関して実験をしていたが、そのときは文献も特許も調査せず、単に与えられた実験をこなしているだけであった。

 したがって、これからが本来の研究が出来るのだろうと意気込んだものだ。その特許の一字一句を理解しながら読破し(ただし、特許独特の表現で理解するにはかなり骨が折れた。)その内容に応じて実験をしてみた。

 ところが全く上手くことが運ばない。特許の請求範囲が広く、実験をするための因子が多すぎる。その中のどこかに最適条件があるのであろうが、キーになるところは伏せてあるのか。

 この初めての特許との出会いが、こと化学に関しては、組成やその条件を請求するものが多いので、単に新しいアイデアを紹介しているものと理解するようになった。したがってそれ以来、積極的に自ら特許を検索することは全く無かった。

 研究を続けている中で、また、企業の方とのディスカッションを通して、新規なアイデアが出てきたり、新しいプロセスが思いつく。間髪をいれずに5年位前までは自分で先ず実験をやり、辺りをつけたものだ。

 今までに無い、面白いアイデアや結果が出てくると、わくわくするものだ。

 実際、従来の技術で出来なかったことが、ちょっとしたアイデアで、それが上手く出来るようになる。これが大きな知的財産になるらしい。従来は、大学ではよっぽど大きな発明でない限り、どちらかと言うと特許を取るより、研究論文を投稿することが先であった。

 それでも、この35年間で私の名前が発明人として名を連ねている特許が30件以上あるのではなかろうか。

 無責任な言い方だが、自分で申請したことが無いので、何件申請したのかあまり興味が無かった。中村先生の指導のもとに研究をしていた頃、特に中村先生が、大学の事業部の部長と教授を兼務されていた頃は、先ずプラめっきを世界に先駆けて工業化したにも関わらず、特許を取得していなかった。それは当時の学院長である坂田佑先生の教え「人になれ奉仕せよ」に基づいていた。

 なぜ、当時大学として特許をとらなかったかと、残念がる先生方が多かったが、そのようなコメントに対していつも私は大学の思想に沿ったものであり、また、パイが大きいものには特許で縛りをつけると世の中に広まるものも広まらなくなると、いい続けてきた。

 その後、中村先生が大学を離れ自分で業界に尽くすとコンサルタント業務にタッチされてからは、すこし特許に関する考えが変わったようであったが、基本的には、ほとんどが防衛特許で特許をとったから資金が入ってくるものではなかった。

 完全に私が研究室を任されてからも、研究を委託された関連企業が、私の名前と担当した学生の名前を発明人に入れるだけで、何の恩恵も無く、全ての権利を委譲する形をとることがほとんどであった。

 これでは何にもならない。大学が特許をとり、その権利を主張するようになればならないと考えていたが、当時の事務方は面倒だと相手にしてくれなかった。

そのようなわけで、現在までのところ、大学には特許を積極的に運用しようとの機運は出ていない。

 昨年暮れから提案してきた研究所設立構想がそろそろ具体化してきた。そうなると今度は、積極的にキラットしたアイデアは、先ず特許で権利を確保し、それから学会に発表するスタンスで臨むように考え方に切り替える。

 大学の設備、水光熱費と実験費を使っているのであるから、本来ならば大学の研究成果を、単に産業界や学会に広めるだけでなく、権利を確保し、そのアイデアを積極的に再投資に回せるような仕掛けを構築しておかねばならないのである。

 日本の産業界の状況を見るにつけ、果たしてこれまでの強みであった製造業が危うくなっている中で、我々もこれまでの考えを軌道修正することを余儀なくされている。

 これからの表面処理産業界は、ますますファインな技術力の粋を集積したもの作りが、主体になっていくであろう。

 その一環として掲載がのびのびになっていた3月の特別講演を掲載する。

講演要旨

 近年の携帯電話、パーソナルコンピューターに代表される電子機器の小型化、高性能化、高機能化に伴い、電子機器の中心的な役割を果たす半導体関連技術と、半導体素子を搭載するプリント配線板の製造技術および半導体素子を搭載するための実装技術に注目が集まっている。

これらのキーテクノロジーとして、各種金属による成膜技術が重要になっている。特に、1997年9月にIBMが発表した、硫酸銅めっきとCMP(Chemical Mechanical Polishing)技術を組み合わせたダマシンプロセスを用いた銅配線デバイスの発表を境に全世界の半導体業界に技術革新が起こり、これまでの乾式法による金属成膜技術が主流であった業界内に湿式法を取り入れる大きな契機となった。

 また、IT産業に代表される、光ファイバーによる超高速・大容量通信網構築に関しても、大きな役割を演じるのが金属成膜技術である。特に、光ファイバー同士の接続や各種光学部品との接合に、金属薄膜成膜技術は必要不可欠となっている。この場合も、湿式法による成膜技術は注目を集めている。

講演では湿式成膜法、いわゆるめっき技術の、エレクトロニクス分野における応用について、半導体配線形成技術、プリント配線板製造技術、実装技術および光ファイバー上への金属成膜についてそれぞれ解説した。

半導体配線形成におけるめっき技術の応用

 電子機器の頭脳的役割を担う半導体は、近年になってさらなる高密度化が要求されており、現在、半導体のデザインルールはサブミクロンオーダーにまで達している。従来、半導体配線はアルミニウム合金を乾式法のスパッタリングによって作製していた。

しかし、前述のIBMの発表を契機に半導体の微細回路の形成に、アルミニウムに比べて抵抗率が低く、エレクトロマイグレーション耐性に優れる銅を用いたデュアルダマシンプロセスが注目されるようになってきた。この技術は、硫酸銅による電気銅めっきとCMPを組み合わせた方法であり、めっき技術が重要な役割を担っている。

通常、電気銅めっきで微細回路を形成した場合、トレンチ内にしばしばボイドやシームを生じ、接続信頼性の点で問題となる。そこで、プリント配線板製造技術における、電気銅めっきによるビアフィリングを参考にして、硫酸銅めっき浴中に添加剤を添加することにより、埋め込み性の向上を図っている。また、トレンチ上にしばしば過剰析出が起こる、いわゆるオーバープレート現象も大きな問題となっている。この場合も、適当な添加剤を添加して制御することにより、埋め込み性が良好で平滑な銅皮膜が得られている。

 また、半導体デザインルールの微細化にともない、VLK(Very Low-k)膜と銅配線の組み合わせが重要になってきている。一般に、SiN膜は周囲の絶縁膜に比べて誘電率はK=7、8と非常に高いため、SiN膜中で銅のエレクトロマイグレーションが起こり、接続信頼性の低下を招く。

 そこで、エレクトロマイグレーション防止策として、独立化した微細銅パターン上に対してめっき技術を適用したところ、50nm程度のニッケル合金皮膜を選択的に成膜することが可能となっている。

プリント配線板製造におけるめっき技術の応用

プリント配線板もまた半導体製造技術と同様に高密度化、多層化が進んでおり、従来のスルーホール多層プリント配線板では対応が困難になってきている。そこで、さらなるファイン化に対応するためビルドアップ工法が注目されている。

 ビルドアップ工法では、絶縁層と導体層を交互に積層するため、層間接続としてビアホールを用いている。従来、無電解銅めっきによりビアホールを導電化した後、コンフォーマルに電気銅めっきを行ってきた。そして、絶縁樹脂や導電性ペーストを用いてビアホール内部を充填してきた。

 しかし、ビアホール内部でボイドや表面にくぼみができるといった問題が生じる。この場合、接続信頼性や配線の高密度化、高速化への対応といった点で問題となる。したがって、配線のさらなるファイン化、高速化に対応するため、ビアホール内部を完全に金属銅で充填するビアフィリング、さらにはビアの上にビアを形成するビアオンビアの層間接続が有効である。

 これまで、めっき技術を用いて、無電解めっき、直流電解法、パルス電解法、PR(Periodical Reverse)電解法によるビアフィリングについて検討したところ、無電解めっきおよびPR電解法によりフィリングが可能であった。

 しかし、無電解めっきにおいては、浴が強アルカリ性であるため、材料の侵食が起こる。また、めっき時間が長いという問題がある。一方、PR電解法では、析出皮膜の表面状態が粗く、めっき時間が長いという問題がある。

 そこで、直流電解法を用いて、一般にスルーホールめっきに用いる銅イオン濃度の低いハイスロー浴や装飾めっき用で銅イオン濃度の高い一般浴を用いた場合、添加剤(ブライトナー系、湿潤剤系、レベラー系)を制御することにより、ビア内部を銅で完全に充填することが可能であった。

実装技術におけるめっき技術の応用

 半導体素子をプリント配線板に実装するための実装技術もまた、より高密度な実装が要求されている。近年の半導体配線の小型化、高密度化に対応すべく、狭ピッチ化、多ピン化が要求されるようになり、従来からのリードフレームやワイヤーボンディング法に代わり、リード線を用いないTAB法(Tape Automated Bonding)、マイクロバンプ(突起状電極)を用いるフリップチップ法、および異方性導電微粒子を用いるマイクロメカニカル接続が用いられてきている。

さらに、最近の高密度実装技術の中で、CSP(Chip Size Package)技術として、1つのパッケージ内に複数のチップを実装するスタックドCSPの出現により、マイクロバンプの重要性がさらに高まっている。

 半導体の電極材料であるアルミニウム合金上にバンプを形成する際、密着性向上のために、クロムやチタン等のバリアメタルをスパッタ法により形成し、タングステン、銅、ニッケル等のバリアメタルを金属拡散防止層として形成している。そして、湿式法である電気めっきによってバンプが形成されている。

 また、直接無電解めっきでニッケルバンプを形成する方法として、一般的にジンケート処理を行う方法が知られている。しかし、ジンケート浴は高アルカリ性であるため材料の腐食や、レジストの使用が制限されるといった問題が生じる。一方、置換めっきを行わず、直接アルミニウム上にニッケルめっきを行う、直接めっき法によっても、均一性に優れたバンプが形成できることを見いだしている。

光ファイバー上へのめっき技術の応用

 IT産業の発展に伴い、光ファイバーを用いた超高速・大容量通信網によるインフラ整備が徐々に整ってきつつある。光ファイバー通信網構築には、光ファイバー同士の接続や各種光学部品との接合がキーテクノロジーとなる。

 この接合には、フェルールと呼ばれる精密円筒缶に光ファイバをを接着固定して用いられる。この際、接着剤として熱硬化型と光硬化型接着剤が用いられている。一方、光学接着剤を用いない方法として、はんだ接合法が注目を集めている。

 しかし、光ファイバーのクラッド層やプラスチックコーティングされた部分は、はんだ濡れ性に劣るため、はんだ濡れ性を向上させるための方法として、金属成膜法がある。

めっき技術を用いて、光ファイバーのクラッド層上にニッケル/金層を形成する場合、光ファイバーの前処理工程が重要となる。また、実験環境も大きな因子となる。特定の前処理を施して、ファイバー表面を清浄化し、めっき浴中の溶存酸素および微粒子数を制御することにより、均一で、密着性に優れた皮膜を作成することが可能であった。

 また、最近注目を集めている近接場光学顕微鏡に使用される光ファイバープローブ上へのめっき技術の適用として、微小開口部の形成を行ったところ、浴組成およびめっき条件を制御することにより、ナノオーダーの微小開口部を有する光ファイバープローブの作製が可能となっている。

 このように、めっき技術を用いた微細加工技術は、エレクトロニクス分野以外においても幅広く応用されている。

 おわりに

 エレクトロニクス分野におけるめっき技術の応用について解説した。これまで、エレクトロニクス分野における金属成膜法は乾式法が中心であったが、湿式法によるめっき技術が、これからのエレクトロニクス分野における技術革新において重要なキーテクノロジーとなることが期待されている。