景気の底入れは

関東学院大学
本間 英夫

 99年くらいまで国内で生産していたエレクトロニクス関連部品や製品はどんどん海外、特に中国にシフトし国内の生産量は半分以下になってしまっている。一方、半導体産業が最悪期を脱したとのニュースで株価だけが踊っている。昨年12月、雅子さんご懐妊、景気浮揚策とばかりにデパートでは色々策を練ったが、その数日後に今度は青木建設の破綻と冷水を浴びせたような感じ。ゼネコンで不良債権を抱えている企業群の株は軒並み一夜にして半値。

 国会議員が4月から歳費をカットするという。新聞には民間企業のボーナス支給カット、年俸5%から10%カット、失業率の大幅アップ、相変わらずの中央線をはじめとするダイヤの乱れ(理由はここで触れるまでも無い)、アフガン戦争が終結に向かったと思ったら今度はイスラエルとパレスチナの争い。昨年のクリスマス商戦も消費が冷え込み前年比ダウンとか。

 最近、研究室を訪れる人たちも皆一様に明るさが無い。目先の実用化に向けた研究やトラブルシューティングをやっているのはまだいい方で、中には全く技術的なことが出来ないとか、早期退職制度に応募するか迷っているとか、減俸になったとか、暗い話題ばかりだ。

また、エレクトロニクス関連の技術者で構成している研究会の幹事役をやっているので、会議や研究会にはできる限り出席するようにしているが、いずれの企業も軒並み生産が大幅にダウン。日本が得意としてきた製造業は大きな岐路に立っているという。果たしてそうなのか。

なぜノウハウがリークするのか

 日本発のエレクトロニクス先端技術のノウハウが、日本の技術者を通じて海外に流出していると、昨年雑感シリーズにも一部書いた。やっと政府や企業がその対策に乗り出した。ハイテク製品はちょっとしたノウハウで、歩留まりが極端に変わる。卑近な例で恐縮だが今から十数年前、小生がまだ40代の前半であったが、大手メーカーの当時としてはハイテク製品。その製品の歩留まりが50%以下で、何とかして歩留まりを上げたい。藁をも掴む思いで小生に工程を見てくれという。

 当時としては、まだクリーンルームが半導体以外では使用されていなかった頃の話だ。

時の担当常務を初めとして、技術部の長から担当者に至るまで、切々と青二才の小生に説明をしてくれた。それからクリーンルームに担当者と小生だけが入り、工程を一応見た後、皆さんの前でおそらくこうすればよくなると思いますよと話した。それを実行に移すと、一挙に歩留まりが90%以上に上がった。

 また、これもある大手メーカーで製品が作業開始から数時間全く良品が出ないという。昼頃からやっと上手く製品が上がりだすという。一応工程を見せていただいて、おそらくこうすれば上手くいくと指摘した。

この場合も小生の助言を実行することによって、初めから良品が生産できるようになった。

 この種のトラブルシューティングのような話は、枚挙に遑が無い。ちょっとしたアドバイスで絶大な効果を上げたとしても、そのアドバイスに対しては、それがあたかも当たり前のことで余り感謝もされない。それによって研究費が増えたことも無いし、報奨金を研究室に頂いたことも無い。

 おそらく、企業内の技術屋に対しても全く処遇は同じで、技術者が対処するのが当たり前と経営者は考えているので、当の技術者は真剣にはやらなくなってしまう。

 NHKのプロジェクトXという番組で、技術者の飽くなき情熱が新しい製品開発に繋がったと紹介されているが、彼らは技術屋としてどのように評価されてきたのか。新しい製品開発をすること、その過程は難関が多いが、それをクリアーし成功に結びついた喜びは当事者でないと味わえない。企業内では、ほんの僅かな報奨金を頂くくらいであったのであろう。

成熟であろうがハイテク技術であろうが、今まで上手くいかなかったことをクリアーしたとしたら、その企業にとっては大きな利益とノウハウの蓄積になる。

 80年代半ばから90年代にかけて日本の半導体メーカーの技術者が週末を利用して海外の企業に技術指導(出稼ぎ)に出ていたという。

 各企業の保持しているノウハウが、講演や指導料の名目でほとんどフリーにリークされていたのである。

技術者を厚遇すべき

 ノウハウのリークは、日本の技術者が優遇されていない証である。しかも最近では液晶関連事業を初め、多くのハイテク領域が同じように海外に出ている。したがって、防止策として社員のパスポートを会社が管理したり、提示を求めるところも出てきているという。さらには昨年からの大型のリストラ策で、40代から50代の働き盛りの技術屋が個々人の能力に関係なく、ばっさりと切られている。

 個人としてはまだ十分に能力が発揮できるし、今までの経験を生かして、これからという時なのに生活もあるし、たまったものではない。この経済情勢を恨むとともに、企業に対しての忠誠心も残らない。

したがって、自分達がかかわってきた機密事項が忠誠心無しに、今後さらに漏洩していくのであろう。

 企業も技術者をリストラしたら、重要な機密事項が漏洩することは判らないのか。事務方は法整備をすれば、何とかなると思っているらしく、経済産業省が昨年10月に産業競争力と知的財産権を考える研究会を発足、国内法整備、不正競争防止法の改正、企業機密の漏洩にも刑事罰を導入する方向とのことである。

 この種の法整備だけが先走って、技術者がどんどん締め付けられているような感じがする。むしろ技術者としてのモラルの確立、技術者を優遇する仕掛けを構築することが大切なのである。

 もっと技術の重要性を認識し、新しい開発や、ノウハウを提案し確立した個人や、グループには手厚く思い切って高給を出す。特許やノウハウに関しては、その実績とインパクトに応じて、今までのような小額の奨励金ではなく、それ相応の報奨金を出す制度を確立する。その上で機密漏洩があった場合は厳罰をくわえるようにしないと、今のままでは日本のハイテク企業は無防備の状態である。

 米国企業はその点、契約の社会として必要以上にガードが固い。80年代コンピューターと半導体で、日本からの猛追を受けたアメリカは、多額の特許料と技術契約料を日本から徴収し、その間に事業構造の転換を図ってきている。

 これに対して日本は、生産現場のノウハウに強みを発揮して、大きくハイテク生産国として認知されてきたが、上述のようにノウハウが無防備で海外の追い上げにあっている。ソフト技術利益率30%、ハード技術利益率10%と言われる中で、これから日本は脱工業化社会に向けてソフト重視にシフトしていけるのか、ハード(製造業)中心でいくのか。日本はアメリカの景気に大きく依存してきた。これからも依存度は高いだろう。

 ソフトが無ければただの箱といわれるが、逆にハードが無ければただの紙、日本の強みは基本的には中小企業の底力、創造性豊かな国民性だ。これからは知的財産に対する、きちっとした評価システムを確立しなければならない。