表面処理業界の再生

関東学院大学 
本間英夫

年の初めから、幾つかの賀詞交換会に表面技術協会の代表として出なければならなかった。本年の政財界の重鎮の挨拶には、ほとんど明るい未来を展望しているものが無かった。

確かに日本の製造業は疲弊しており、明るい話題は無い。今や大量生産の拠点は急速に中国へと移り、製造業は窮地にたたされている。既に2万社が中国に進出しているという。表面処理業界に限って言えば、全国で経営していた企業数は十年程前の6000社以上から2100社に激減している。

バブル絶頂期には不動産価値がうなぎ上りに上昇し、これからの経営を考え、多くの工場を閉鎖し、その工場跡地にマンションを建てた。しかし、現在はその不動産価値も大きく低下し、借入金だけが大きく膨らむ結果になっている。

さらには、現在経営を続けている工場においても、将来を展望すると決して明るくないと、多くの経営者は悲観的だ。やむなく工場を閉鎖し、その土地を売ろうとしても、今度はその土地の土壌汚染が問題となり、汚染が判明すると売り手側が完全に土壌を入れ替えねばならない。そうなるとその処理費用は億を超え、廃業も転業も出来ず、工場経営を続けねばならないようだ。このような八方塞の現状の下では、積極的な経営や新技術への展開など考えられないのであろう。

21世紀は他力から自力へと経営を転換しなければならないと、業界紙の依頼で年頭所感を表面技術協会の代表として書いたが、的外れではないかと皆様から批判されかねない。しかしながら、現状を打開するには果敢に攻めるしかないわけで、政府が痛みを伴う構造改革と訴えていた頃は皆了解していた。しかし、具体的なアクションが緩慢で、掛け声だけに終わっているようで、どんどん景気は悪化してきている。

国も都も県も借金は大幅に増加し、組合組織として陳情しても、もはや頼れる余力は残っていない。『国からの補助金はいりません、それよりも仕事をください』と悲痛な叫びを上げている経営者もいるが、陳情型の経営はもう成り立たない。いずれにしてもこの閉塞状態から脱却するには、守りに徹していてはどうにもならない。積極策しかない。

再生策は

20世紀の大量生産、大量消費、大量廃棄型の産業形態は今、大きな変化の兆しを見せている。それは環境に優しいエネルギー、製造プロセス、製品であり、リサイクル、リユースが製品開発、設計の段階から最優先課題として考えられるようになってきた。

地球規模で、人間の知恵として反省と見直しがなされてきている。それ故、産業構造はこれから大きく変わる。政府は産業再生策として、重点研究領域にIT、ナノテクノロジー、バイオ、環境を上げている。

表面処理関連の企業がどのように関わるか、又は関われるか。既存の製造業がなくなるわけではないが、じわじわとマスが縮小し、積極策に出ない企業は仕事を確保するために価格競争だけに堕して、どんどん利益の出ない体質になり、自滅の道を歩むことになりかねない。実際、過去十年を振り返ってみても、他の先進国は年率2~3%の成長であるが、日本では平均1%の低成長にとどまっている。

日本の製造業には匠の伝統があり、世界の製造業におけるノウハウは日本発が多い。エコロジーとエネルギー燃料電池乗用車の実用化では、トヨタとホンダが実用化レースで世界を一歩リードしている。

また、表面処理業界に関連の深いエレクトロニクス産業の中で、実装技術における配線の接続部のほとんどは、これまで鉛を含むはんだが使用されてきた。もう10年以上前だったと思うが、アメリカの議会で血液中の鉛イオンの濃度の上昇に伴い知能指数が低下するとの報告が提出され、それを契機にはんだの鉛レス化が緊急の課題となった。

先ずヨーロッパから規制が始まり、鉛を使ったエレクトロニクス製品は将来的には(2000年度)禁止すると宣言された。日本のエレクトロニクスメーカーは輸出依存度も高いので、早くからこの問題解決に注力してきた。今から2年前ヨーロッパの工場や研究所を視察し情報交換をしてきたが、結局は日本が真っ先にクリアーし、規制を提案したヨーロッパ自体の技術開発は、日本と比較して大幅に遅れをとっているようであった。このように規制がなされると、それに対してかなり早い段階で技術的に解決するポテンシャルは、日本が一番である。

優れた技術力を日本は持っているのであるから、自信を持って事にあたり、この閉塞状態から脱却しなければならない。ところが、この種の技術力というか知力というか知的な財産が現在は全く防衛されず、ほとんど無償で他国に持っていかれているところに問題がある。

技術力を生かす

以前にも紹介したが、日本の国際競争力は十数年前の世界第1位から既に総合ランクで30位に低下している。しかしながら、科学技術は米国についで2位を維持している。

技術力の代表例として、昨年はノーベル賞のダブル受賞があった。小泉首相は、日本は捨てたものではないとコメントしていたが、的外れ・認識不足と言わざるを得ない。日本の技術力の高さを政治家、製造業以外の民間の経営者は認識をかえるべきである。

NHKのプロジェクトX、又そのテーマーソングが大ヒットしているというが、それは団塊の世代が感銘を受けていたのであり、今の若者の多くはその番組を見ていなかった。しかしながら、紅白歌合戦でそのテーマーソングが熱唱され、若者の心にも大きな感動が伝わったと思う。

これまで戦後復興を支えてきた人たちは壮年期になり、特に技術の領域だけを捉えると、それらつわものの多くはリストラで職を失い、自分や家族の生活を維持するために技術を海外に持ち出している。中には売国奴のようなことをしていると自覚している人もいるが、生きていくためには責められない。個人を責めるのではない。技術の核として支えてきた有能な技術者を、短期的な経営再建の一貫として、これからはハードではなくソフトだとばっさり切るような大きなミスを、企業の経営者が犯しているのである。

確かに年功序列が日本では定着していたので、再就職となると賃金が大幅に低下する。日本労働研究機構の調査によると、男子の場合平均で離職前533万円であった年収が、再就職で387万円と、なんと27%の大幅な年収減になる。

当然年功序列であったから、年収の下がり具合は若年層に比べて中高年層ほど大きくなる。50歳以上60歳未満では、年収650万円が430万円になり、実に34%の大幅なダウンとなる。

したがって、能力の高い人は、これまでに培ってきた自分の技術力を、生活のためにと倫理観を無視して、外国に持って行かざるを得なかったのである。経営者は経営者で、人件費の削減と短期的な視点で捉え、他国の追い上げに曝される結果となっているのである。

実はその技術は個人のものではなく、その企業の大きな財産であり、きちっと知的所有権の管理をするようにこれからは整備しなければならない。

今年度の就職率

高卒の就職率は35~36%、短大卒40%、大卒は65%位であると云われている。しかも、大卒の場合、自分が専攻してきた専門領域には殆んど就職できないのが実情である。多くの学生の就職先はサービス業、ソフト関連、セールスエンジニア等である。大企業や中小企業の専門職には、殆んど大学院修了者にしか門戸が開かれなくなった。10年程度前までは、大学さえ出ていれば自分の希望する企業に就職できた。採用側は、どんな学生でもいい、我々が企業内で育てるといっていた。しかし、現在は企業内で教育するゆとりがなくなり、即戦力になる学生を要求してくる。したがって、当然学部を卒業し、更に2年間修士課程で学んだ学生を採用した方が、企業側にとってリスクが回避できる。

表面処理の業界も、先に記した様に下請産業から脱却し、高い技術力をもつ体質変換が迫られている。なかなか優秀な人材が集まらないと諦めていてはジリ貧である。大きく飛躍するには優れた学卒者を獲得し、その学生を大学院で専門的に力をつけさせるのも、21世紀型製造業の再生策の一つの解であると確信している。