豊かな感性と意欲を

関東学院大学
本間 英夫

 パスツールは「幸運の女神は準備したところに訪れる」と、またゲーテは「発見には幸運が、発明には知性が不可欠」と語っている。

 単なる理論の積み重ねでは発見や発明につながらない。また一心不乱になって実験をやっても、基礎的な素養と感性が豊かでないとすばらしい発見に遭遇していても逃してしまうし、また発明も出来ない。十分な科学的知識を持ち、大いなる意欲と感性が研究者には必要であると、最近の学生には語っている。

 あるとき、好奇心や豊かな感性が研究を進める上に必要だと話していたとき、ふと十数年前に世界的にベストセラーになった単行本、ノーベル物理学受賞者のファインマンの自叙伝風の「ご冗談でしょうファインマンさん」を思い出した。

 当時、研究室の学生の数だけ原書の単行本を購入し、英語の輪講に使った。偉大な物理学者ではあるが、茶目っ気、いたずら好き、好奇心の強さ、豊かな感性など自分は足元にも及ばないが、過去の自分の体験とダブらせながら、いくつかのエピソードの内容を鮮明に覚えていた。

 意欲と感性が大切だよと学生に説くよりも、この本が今でも発売されていたら人数分購入し、数ヶ月間輪講会用に使おうと思った。

 一人の学生に横浜の大きな書店に行って探してもらったが、一冊だけあるがまとめて購入するには時間がかかるという。そこでインターネットでの購入のほうが早いと、20冊くらい購入することにした。

 数週間後に本が届き、早速毎朝9時半からみんなで読むことにした。この1ヵ月半くらいでやっと三分の一読み終えた。自分の過去の話も入れながら輪読しているので少しテンポが遅い。この輪講の目的には二つあり、ひとつは先ず彼らの英語力を少しでも向上させること。それと、研究をやっていく上で、好奇心や感性の重要性を認識してもらうこと、および我々の研究室で行われてきた研究の内容を理解してもらうことである。

 このような機会を通して、学生が自ら考え、アイデアが出るような環境を作ることが大切であると、毎年いろいろやり方を変えてみている。先ずアイデアが出てきたら、それを実行してみることが肝心である。研究室の先輩がこれまでやってきたことを追実験し、実験の方法や内容を理解することは大切であるが、単にトレースするだけではつまらない。少しでも今までやったことのない、自分なりのアイデアをいれて自由に実験するようにその環境だけは整えるように努力している。

 この数年間、研究室で行われてきた学生主導型の研究内容をこれから数ヶ月紹介する予定である。

 短期間に結果を要求される企業では、この種の開発は不可能に近いだろう。実はこれから数回に分けて紹介する例は、本研究室のオリジナルなものと、企業が何年もかけて開発に注力したがうまくいかず研究室に依頼があったものである。

 委託研究をお受けするときは、大学での研究だから成果の発表はさせていただくよう理解していただいている。ところが大学との共同研究や委託研究を経験したことの少ない研究者には、こちらの考えをなかなか理解してもらえない。自分たちだけの成果にしたいとの気持ちが強い。実際何名もの学生がその実験に取り掛かり、それがまったく学会の発表も論文にも出来ないとなれば、どこにインセンティブがあるのだろうか。我々の意向が反映されない場合はきっぱりお断りしている。

 委託研究に関しては、今までは年間で7、8件受けてきているが、委託額はせいぜい一件あたり、年間50万円から100万円であった。だから、ほとんど研究の拘束条件なしに自由にやらせていただいた。

 昨年からは研究所が完成し、委託は全てそちらを通してもらっているが、上記の額ではまったく研究をやっていくことが出来ない。小さな研究室と研究所の両方を運営していくには、月に薬品代だけでも5、60万円はかかってしまう。解析に必要な機器を購入するとなると、少なくとも一台1千万円以上する。

 したがって、今までの委託額では運営できない。現在のところ一委託に数百万円以上でお願いするようにした。

 そういえば最近新聞に産学連携の記事が目立つようになってきた。本学が産学協同や連携の草分けであるとの自覚をもって研究所をさらに充実したい。10月の中旬頃までには研究所の拡張工事が終了しているだろう。少し大きめの実験室、有機関連の実験室、機器分析室、講義室が出来る予定である。

水でプラめっきのエッチング????

 プラめっきが世界に先駆けて工業化したのは本学であると、このシリーズでも述べてきた。一般にはプラスチックと析出した金属を密着させるためには、強力な酸化剤であるクロム酸や過マンガン酸が用いられ、樹脂の表面にミクロンオーダーの凹凸を形成させる。その凹凸にめっきを施すことによって、完全に凹凸が金属で埋まることによって機械的に金属と樹脂を接着させている。

 現在はめっきが可能な樹脂の種類も多くなり、これらの酸化剤のほかに強力なアルカリや酸でエッチングされる樹脂も開発されてきている。しかしながら、いずれにしても酸化剤や強力な酸や塩基が使われるので環境に優しくない。

 さらには、最近ではビルドアップ工法が携帯電話を初めとして各種の携帯機器に用いられているが、樹脂基材に過マンガン酸で数ミクロンの凹凸を形成させ、そこに金属を析出させる、いわゆるアンカー効果によって金属と樹脂を密着させている。したがって、これからますますファインになる回路形成に対してこの方法はそろそろ限界であり、低粗度で密着層が形成を可能にする樹脂やプロセスの開発が望まれている。

 我々の研究室では2年半前、紫外線で樹脂を改質できないか検討を進めた。これが、最近になっていろいろな樹脂に水と紫外線で処理するだけで、従来のような凹凸を形成させなくても、密着の良好な金属の成膜が実現した。現在、研究所の田代研究員と研究生および学生4人の計6名で研究を続けている。

このアイデアは今から25年位前にさかのぼる。当時PSMD(Photo Selective Metal Deposition)といわれる選択めっき法が研究されていた。オランダではすでにTiO2を用いて回路形成をすると発表されていた。

 しかし、当時は回路幅がせいぜい200ミクロンくらいであり、光を用いるには魅力がないと感じていた。そこで我々は、感受性化工程のあと紫外線を照射すればスズが酸化され、後続の活性化で用いられるパラジュムは置換されず、したがってマスクを用いて選択的に紫外線を照射すれば、選択めっきが可能であると考え実行してみた。

 初めは遊び心で、当時助手をしていた小林君と一緒に実験に取り掛かった。先ず、青焼きのコピーをとるときに使われたフイルム、そのフイルムにPSMDの論文のタイトルを焼き付け、それをマスクの代わりに用いて、うまく選択めっきが出来るか調べた。めっきが始まってしばらくすると、その論文のタイトルが鮮明に浮かび上がった。「やったぞ!!」と二人で喜んだのも束の間で、しばらくすると全体がめっきで覆われてしまった。その年は遊びで終わったが、翌年「よし!!これはやれるぞ」と、本格的に実験を行うことにした。石英上に200ミクロンから1ミクロンまでパターンが形成されているクロムマスクを、大手の光学メーカーで作成してもらうことにした。市販の殺菌灯を購入し、紫外線の照射装置を自作した。

 1ミクロンとなると、なかなかそこまで解像させるのは難しい。光をきちっと照射する必要があり、それには密着露光が最適である。ラーバーを上から被せ、下方から光を照射する装置を検討することにした。

 当時の工業高校出身の学生はセンスのいいのが多くて、お互いに意見を出し合い、出来上がった装置は自信作であった。我々の研究室では樹脂としてABSしかなかったので、手っ取り早く、この樹脂にパターンを形成させた。しかし、残念ながらクロム酸でエッチングすると、サブミクロンから数ミクロンの穴が開いてしまう。したがって普通のエッチングでは1ミクロンのパターンを形成することが出来ない。そこで、ほとんどエッチングせずに1、2分くらいクロム酸に浸漬し、ABSに濡れ性を出すだけにした。

 あとは、選択めっきを行ったわけだが、これまでの経験では1、2分の処理ではエッチング不足で、すぐにめっきがはがれてしまう。ところがちゃんと1ミクロン解像し、めっきがはがれてこない。これが今回の開発のヒントになっている。

発見、発明の心

1 常識にとらわれない

2 情報にうずもれず、無駄な情報は捨てる

3 お互いに自分を主張する

4 何が本質か追求する

5 豊かな感性、磨けば豊かになる

 Do and see, do not think too much. 下手な考え休みに似たり。先ず試みて、よく観察する。

技術に対して、追いつけ追い越せの追従型から、日本発の技術が望まれるようになってきた。少しでも多くの創造性豊かな人材を輩出できるように心がけている今日この頃である。