光触媒との出会い

関東学院大学
本間英夫

大学での研究室と研究所では、学生が主体となって研究開発を進めている。先月号では水でエッチング??とセンセーショナルな副題をつけて説明したが、その後の進捗も含めてさらに詳しく説明してみたい。

光触媒との出会い

わが研究室で注力してきている研究における無電解めっき液には、有機錯化剤が主要成分として含まれている。多くの読者がご存知のように、この成分は金属イオンと強力に結合し、安定な状態でめっきが進行するためには必須の成分である。        

逆に言えば、このままの状態では普通の中和沈降処理では金属イオンを所定濃度まで低下することが困難である。すでに十年以上前になるが、光触媒の先駆者である藤嶋先生から「めっき液には多くの錯化剤が含まれているが、その分解に光触媒が使えないか検討してみないか」と提案をいただいた。

当時は無電解ニッケルめっき液の開発を手がけていたので早速、各種の有機物の分解に対する効果を調べることにした。高圧、低圧、超低圧水銀灯は前号で説明したPSMD用に持っていたが、すでに当時から二十年以上経過しおり、使えなくなっていたので新しくそれぞれのランプを購入し、どれくらいの効率で分解が進行するか着手した。無電解ニッケルめっきの廃液を想定して500ml程度の液に光触媒100ppmの存在下で処理してみた。

確かに分解はするがめっきの廃液は大量に出るので、それをUV(紫外線)のもとで光触媒を用いて処理する方法は、効率的ではなかった。せっかく着手したテーマであったのでその後、光の感度を上げる(増感)方法として光触媒の二酸化チタン粒子に金属を坦持する方法を初め、いろいろ試み、さらに効率を5倍くらいまで伸ばすことに成功した。  

しかし、これでも500ml処理するのに1時間程度かかるので、大量に排出される一般的なめっきの廃水処理には不適であると判断し、この処理プロセスはお蔵入りしていたわけだ。

ビルドアップ工法との出会い

3年位前から配線板の作成工程として、特にビルドアップ工法における、さらなるファインな回路形成が望まれるようになって来た。ビルドアップ工法は日本発の技術であり、そのルーツは三十年以上前にさかのぼる。元富士通の高木さんによると、すでに1968年頃にアビオトロニクスの夏目さんによってビルドアップのアイデアや用語が使われていたとのことである。しかし、当時は機が熟しておらず二十年くらい経過した段階で、元日本IBMの塚田さんが中心となり、この工法の開発に着手された。JPCAショウーでその技術が紹介された後は、多くの企業が興味を示し開発に取り組んだ。先に述べた通り、この技術は日本発の技術であり、大きく進展させるためには規格化をはじめ、さらにいろいろな技術開発が望まれた。

たまたま、小生が回路実装学会の配線板委員会の長に就いていた関係で、小生がビルドアップ研究会の委員長、塚田さんが主査、それとこの工法の開発を進めている企業や関心を持っている企業を二十社くらい選び、早速活動が開始された。この研究会は、小生が今なお委員長として(すでに後進に譲ると2年前からお願いしているが)活発な活動を続けている。この工法は、絶縁層と導体層を交互に積み上げていく工法であるので、無電解めっきと電気めっきがきわめて重要な要素技術になってきている。

ところが、導体層と絶縁層形成の密着をつかさどるアンカー効果(絶縁層を酸化剤で粗化し導電層との物理的密着を得る)による方法では、絶縁層表面は開発当初、大きいもので確か4から5ミクロンくらいの穴が開いていた。これでは将来ますます微細化する回路形成に問題が残る。   

ABSへのめっきでは、表面にサブミクロンからせいぜい1ミクロンくらいの粗化で密着が得られている。したがって、さらに低粗度に出来るはずだし、そうすべきであると訴えてきた。究極的には無粗化で絶縁層と導体が密着してくれればそれに越したことはない。高木さんも当初から無粗化で密着層が形成できればとわれわれの研究室のテーマに入れるよう促されたものだ。

研究会や学会発表があるたびに、この考えをみんなに訴えてきたものである。したがって、ただ開発の方向を示すだけでなく自ら実証する責任があった。

アイデアから確信へ

先月号で少し触れたようにPSMDの方法で1ミクロンの配線を作成していたときにABSの表面をほとんどエッチングしていないのに、UV(紫外線)を照射したあとの表面は金属と良好に密着していた。この現象が頭の片隅にあり、また上述したように無電解ニッケルめっき液中の有機物がUVによる光触媒で分解するので、ABS樹脂もビルドアップの絶縁層として用いられている有機膜も、UVとさらに光触媒反応を用いれば、表面を化学的に修飾できるはずであると確信のようなものを感じた。

早速、文部科学省の科研費の申請を行い、それが採択された。3年前は、まだ手探り状態であり、ビルドアップに一般に用いられている絶縁材料をメーカーにお願いし提供してもらった。学生が自分たちで材料を練り合わせ、スクリーン印刷機を用いてエポキシ樹脂の上に塗布する作業が続いた。材料の配合比率と塗布方法が決め手であり、上手に塗布するにはかなり時間を要した。当時はまだ研究所が設立されておらずクリーンな環境ではなかったので、かなり塗布面の表面状態は良くなかった。だが、ひとまず光触媒の効果を検討するには十分であった。

先ず、密着性がどれくらいでるか、3年前は3人の学生でこのテーマに取り組んだ。約一年がかりで現在用いられているビルドアップ用の基板に対して、過マンガン酸で処理した場合と同じくらいの密着が得られるようになった。実際のプロセスと結果を、今回学生が学会で発表した内容を下記に示す。結果だけを見ると簡単なように思えるが、ここまで到達するには三年の歳月が経過している。現在は各メーカーから十数種のサンプルが提供され、本格的にプロセスの確立に向けて6人から7人体制で実験を続けている。

今回の発表は、表面技術協会 第108回講演大会(宇都宮大学)にて行ったものである。

実験プロセスとしては、二酸化チタン(アナターゼ型)0.005g/dm3を分散させた水溶液(以後、分散液)中にビルドアップ用基板(エポキシ樹脂)を浸漬し、(光源―基板間距離7mm)よりUV(主波長254nm)を照射して、表面改質処理とした。本改質処理を施した後、触媒付与工程を経て、無電解銅めっきにより、導電膜形成を行った。次いで電気めっきにより銅膜厚を約30ミクロンとしてから、皮膜と基板の密着強度測定を行った。

同基板を用い、本改質処理において、約1kgf/cmの密着強度を確認し、従来法である過マンガン酸処理を施した場合に匹敵する密着が得られている。また、過マンガン酸処理によるエッチング痕および本改質処理処前後の表面形態をSEMにより観察した結果、過マンガン酸による処理では、直径1から3ミクロンのエッチング痕が形成されるのに対し、本改質処理では全くエッチングされなかった。 

以上の結果より、光触媒である二酸化チタンとUVを用いて基板表面の改質を行い、平滑面に対し密着性に優れた銅皮膜形成が可能となった。

現在は、本改質処理を用いることで、従来のようなエッチングによる凹凸が生じないので、GHz領域での表皮効果による電気信号遅延を防止でき、さらにファインな回路形成が可能であり引き続き、他の種類の基板への適応について検討を続けている。