雇用問題

関東学院大学
本間英夫

大企業を中心とした製造業の多くは生産拠点を海外にシフトし、大幅な人員削減、新規採用の抑制、派遣社員の採用などで人件費の削減が図られてきた。その結果、昨年から企業業績には明るい兆しが見え、さらには、この3月期は大きな増益となる見通しである。しかしながら、雇用が大きく失われ企業の雇用問題が大きくクローズアップされてきている。      

20世紀の工業化社会では、大規模な生産拠点を持ち多くの労働力を安定供給する形で、終身雇用が定着していたが、この雇用体系が大きく変わろうとしている。 

しかしながら、終身雇用、年功序列等による日本型経営が、80年代の日本の躍進につながっていたことを見逃してはいけない。なぜなら、これは従業員が会社に対して忠誠心を持ったことが競争力をもたらしてきた結果である。これまでは従業員を平等に扱うことが前提であったが、会社に対する貢献度から、平等に処遇することは、今の時代の流れには反していると多くの見直しがなされてきている。これからは、待遇の差別化と終身雇用から長期的雇用へと転換が図られる。 終身雇用から長期的雇用へ変わることによって、従業員の会社への忠誠心が損なわれることが危惧される。

 終身雇用は日本に独特なものである。従業員の企業への忠誠心をベースにした長期にわたる関わり方は他の国とかなり異なっている。また、従来は新規の学卒者を一括して採用する方式がとられてきた。それが現在は通年採用、中途採用と新卒者への就職の機会が大きく低下した。
 現在の状況を考えると、入社時から長期雇用と任期制のような短期雇用に分ける企業が増えることが予想され、結果として終身雇用で採用される従業員はこれまでと比べると減少する。

雇用の流動化

ここ10年以上、アメリカの表面処理の専業工場を視察していないが、70年代の後半から80年代の前半まで視察のたびに、必ず表面処理の専業工場を数ヶ所訪れたものである。

当時は工場団地を京浜島に作る前後であったので、公害対策の日米比較として、何でもアメリカの模倣という空気を少しでも払拭し、我々も技術的には対等に意見を交換することを意図して視察を企画していた。この考えは、表面処理の領域では世界に先駆けてプラめっきの工業化を手がけてきていたとの自負もあり、少なくとも小生を初めとして一部の参加者はその意識があったからである。

70年代の後半、視察したいくつかの大手の専業企業やケミカルサプライヤーでは経営者以外に、力がありそうな技術者が定着していた。また、既に単純作業や事務の効率化のために標準化が進められていた。しかし、その頃から大手の企業では終身雇用から雇用の流動化が進んでいったものと考えられる。

80年代に入り、日本を始めとして東南アジアで製造業の力がついてくるに伴い、アメリカは競争力を失い、さらに人員の削減、生産の規模の縮小を余儀なくされてきた。また、当時から知識労働者の価値は高く、常に挑戦的に仕事に取り組んでいたし、この傾向は現在さらに強まっている。したがって、技術者の企業に対する帰属意識は低く、流動性が高い。これまで20年以上を振り返ってみるとケミカルサプライヤーの技術者のうちで、10%も同じ企業に残っていない。

日本は島国で単一民族であるので、こんなに極端にはならないだろうが、今まさに日本はアメリカと同じ道をたどっているのである。海外シフト然り、生産規模の縮小然り、それに伴う人員削減。終身雇用の見直し、年俸制の導入、年功序列から能力給へのシフト等から、次代を担う学生の就職に対する意識も随分変わってきているようだ。

就職に対する学生の意識

経済社会構造の変化によって致し方ないことも多々あるが、大卒の70%程度しか、まともに就職できない。従って、就職に関して初めから希望がかなえられず、あきらめてしまう学生が多い。10社以上リクルート活動をしても、全て受け入れてもらえないとなると、その時点で自分が専攻してきた分野を捨てそれ以外の分野を探すか、またはフリーターにと安易な方向に走らざるをえない。また、就職をしても最近の統計によると大卒の約40%近くが3年間で転職し定着率は低い。

いずれの大学においても、特に文科系では、先生個人が就職の世話をするのには限界があり、就職科の窓口に任せている。したがって、各大学による取り組みにもよるが、学生が満足するような就職口を探すのは大変である。何でも良いから一応格好をつけるために卒業までに決めておこうということになり、実際に入ってから、こんなはずではなかったと失望する。

さらには、一度転職すると癖になり、なかなか自分にあった就職先が見つからない。しかも、企業は生産作業や事務の効率化のためにアウトソーシングやパートタイム社員を採用することが当たり前になってきた。 

年俸制が採用され、定期昇給、年功序列も大きく変わろうとしている。大手の企業では、現在もなお不採算部門を整理し、人員を適正規模にするべく早期退職を導入してきているし、中には給料半分で週2日か3日出勤する制度を公表した企業もあるくらいで従業員の企業に対する忠誠心は大きく低下してきている。学生もそのあたりを敏感に感知し、将来に対する失望感も大きい。

帰属意識の欠落

以上のように日本でも、80年代のアメリカのように製造業を中心としてコスト競争力の低下、生産規模の縮小、人員削減、単純事務や単純作業の効率化とマニュアル化、雇用の流動化の傾向が顕著に出てきている。

 経済や社会の構造が大きく変化したことによって、雇用の流動化や多様化は進んできたわけだが、雇用の流動化や多様化が、決して望ましいはずがない。人員削減のしわ寄せは、既に製造工場では帰属意識の欠落、歩留まりの低下、さらには安全性の低下につながり昨年、工場の爆発事故やその他の事故の原因調査で100件の事故のうち人為的なミスが80%以上である。今年に入ってからもいくつか爆発事故がおきている。

人員削減により安全管理体制が手薄になり、下請けの業者やアウトソーシングの人たちが犠牲になっている。

また、転勤になると、家族と離れ単身赴任を決断せざるを得ない。生活の基盤である家族と離れ、仕事が終わって家に帰っても誰もいない。食生活もいい加減になりコンビニその他で弁当を買ってくるか、または一人で簡単に料理をしている状態はどう考えても充実感に満ちた生活とは程遠い。

その人たちが上司でその下に意識の低い部下がいて、それでまともな仕事が出来るわけがない。超一流の技術立国から並みの国に転落と危機的な状況がじわじわボデーブローのように効いてきている。

ある工場では不良率が4~5%であったのが、最近になって10%近くに上昇し、対策を講じてもなかなか不良率が下がらないという。早期退職を初めとする人員削減により、中高年の技術者や技能者の数は極端に減りノウハウを伴った技術の伝承がスムーズになされていない。

さらには担当者の負担が大きくなったこと、また若手の従業員の能力と責任感は大きく低下し、アウトソーシングの質も都心部では低下しているようだ。仕事が決まって2、3日で辞める人も多いという。

フリーターは5年もやると、もう専門職にはもどれなくなるとも言われている。これでは歩留まりを上げようといくら努力しても埒があかないであろう。さらには開発業務に関してもこの様な環境ではいい発想が浮かぶわけがない。今まさに企業は人なりを再認識しなければならない。

学生に対する意識付けには、今までの高度成長期とは違い、誰でもどこでも自分の希望したところに入社できる時代は終わった。

これからは自分を売り込めるように、実力をきっちりつけていかねばならないと常に意識付けをしている。

l いい経営者の下では企業が発展する。

l いい監督の下ではいい成績が残る。

l いい指導者の下にはいい学生が育つ。

新4年生はすでに2月の初めに各研究室に配属された。自主性、主体性、問題の発見および解決能力を上げることの重要さに気づかせる環境を作ってやりたい。