パレートの法則

関東学院大学
本間英夫

パレートの法則は、別名2:8の法則ともいわれる。

たとえば、不良の原因のうち上位の2つを解決すれば全体の不良の80%を抑えることが出来きる、全商品の20%が80%の売上を構成している、顧客の20%が売上の80%を占める、100匹の蟻の内、よく観察してみると働いているのは2割だけせっせと働いている、納税者の上位20%が税金総額の80%を負担しているなどいろいろこの法則が適合する。

特に製造業における品質管理の分野では、改良すべき項目を重要なものから順番に10項目あげると、上位の2項目を改良すれば、全体の80%を改良できる。すなわち重要な因子はそんなに多くあるわけではなくポイントを抑えれば意外と簡単に解決することを示している。このようにパレートの法則は、不良対策のみならず、いろんな事柄に対して改善点を絞込む上に大いに役立つ。

この法則はイタリアの経済学者であるパレートが所得分布から発見した経験則である。すなわち、全体の2割程度の高額所得者が社会全体の所得の約8割を占めるという法則を見出したものであり、現在では前述のようにさまざまな分野に適用されている。

最近企業の技術の方々が研究室や研究所に訪問される頻度が増えてきたが、その中でドタキャンが増えてきた。その理由は現場のラインでトラブルが発生しキャンセルをせざるをえないという。この2ヶ月の間でこの種のキャンセルが5回もあった。また、不良率が高くなると死活問題であり、現場を担当する技術者や開発に携わっている技術者も応援に出かけねばならないという。こちらも気になるのでトラブルの原因を挙げてみるように催促すると、たくさんの因子を取り上げる。パレートの法則に関して、彼らは重々知っているはずだが、うまく生かされていないようだ。また、先生は現場を知らないから、言ってもしょうがないと真剣には取り合ってくれない場合もある。また、一部始終を話すと私のほうから経営者に筒抜けになり自分達の立場が悪くなるといけないと警戒される場合もある。従って、「最近調子はどう」と気軽に聞いても、うまくいっていますとの返事が返ってくることが多い。

ところが実際は何ヶ月も対策に時間を費やし、利益の出ない体質から抜け出せないでいる。一生懸命みんなで、あーでもない、こうでもないと多大なエネルギーをかけているにもかかわらず、なかなか解決されないことが多いようだ。企業に余裕があり技術者を育てるには少しくらい失敗してもその失敗を通してノウハウが蓄積されるので自分達できっちり解決できるに越したことはない。

しかしながら、気軽に部外者かもしれないが相談に乗ってくれればスパーッと解決できる場合もある。過去に私が相談に乗り歩留まりが急に上がった例は枚挙に暇がない。余り最近の生々しい例を上げると問題があるのでここでは過去に経験した例を二つ紹介する。

ひとつは光ディスクに関すること。レコードから光ディスクに代わる頃の話である。レコードの原盤に刻まれているV字の溝は100ミクロン以上であり音の振動を記録している。それが光ディスクになると一挙にサブミクロンからミクロンのデジタル記録になるので初めは不良が多くその対策にものすごく苦労をしたようだ。プロセスを全て話す紙面の余裕はないので簡単に光ディスクが出来るまで説明する。先ずガラスの原盤にデジタル信号をレーザーで書き込む。そうするとガラスの表面に薄く塗布されたレジストの上にミクロンからサブミクロンの1か0の信号が書き込まれたことになる。この微細なピットの1か0の信号を、たとえば光の反射で検出すれば書き込んだ情報を読み取ることができる。

ところがこの原盤は一個しか出来ないのでさらに同じことを繰り返して作成したとしても操作は煩雑だし、出来上がった原盤はガラスに薄い有機膜がついているわけで劣化しやすい。したがって、実際はこのガラスの原盤を複製するために、ガラス原盤に無電解めっきやスパッタで薄い導電膜をつけて、さらにその上に電気ニッケルを200ミクロン程度つける(ニッケルマスター)。そうするとガラスの原盤に入れた情報の丁度反対の情報が、このマスターに記録されたことになる。電気めっきで鋳型を作る操作なので電鋳という。したがってこの鋳型にプラスチックスを流し込み、そのプラスチックをマスターからはずしてやれば、ガラスに刻まれたピットと同じ情報がプラスチックに記録されていることになる。しかしこの場合は、何度もプラスチックを用いて複製するとニッケルのマスターに傷がついてしまい、ピットが徐々に変形していく。したがって実際はこのマスターを用いてこの反転パターンを作り(ニッケルマザー)さらにもう一度このマザーを用いて電鋳する(ニッケルスタンパー)。したがって、このスタンパーにプラスチックを流し込んでやればガラスに記録したのと同じ情報が記録されたことになる。  

さらに、このプラスチックに反射性の高いアルミをスパッタしてやれば、そこに記録された情報を忠実に読み取ることが出来るわけだ。説明が長くなったが、このようにミクロンからサブミクロンの微細なピットを3度もニッケル電鋳により忠実に反転していくわけだから、当然欠陥が出やすい。

当初は歩留まりが20%くらいでほとんど良品が得られなかった。欠陥のほとんどはめっきに基づいており、忠実にピットが形成されていないという。会社としては最高クラスのクリーンルームを作り、万全の体制で生産しようとしていたが、これではどうにもならない。クリーンルームにしても製造プロセスにしても、当時は最高機密であったが良品が出来ないのに、そんなことも言っていられない。

そこで小生に一度会社まで来てくれという。半導体関連では既にクリーンルームが使われていたが、この種の電鋳技術には未だ使われていなかった。しかし、ミクロンからサブミクロンの情報を記録するとなると、作業環境は当然、今までのようなめっきの現場のようなわけにはいかない。防塵服に着替え、マスク、帽子、手袋をつけ、クリーンルームに入った。確かに説明があったように部屋はクリーンである。だが実際はいくら部屋の環境を良くしても、あくまでも、めっきを主体とした製造プロセスなので溶液の環境のほうが大切である。前処理からめっきまでの工程を見せていただき、これは溶液のクリーン度が大きく歩留まりに影響しているぞと直感的に気づいた。

当時はまだ精密ろ過がめっきに採用されていなかったが早速、半導体用のろ過システムを導入するよう提案した。その結果歩留まりは、20%前後から90%以上にあがった。それまでおよそ1年以上原因解析に10人以上の技術者があたっていた事を、なんとちょっとしたアドバイスですんなりと主要原因を見出したことになる。後はもう一つ、二つ原因をつぶせばほとんど不良は出なくなるだろうと踏んでいた。  

パレートの法則も不良の因子をうまく選択できなければ、研究費、人件費など多大な損失を引きずることになる。もうひとつ時効だから例を挙げるが(具体的に説明すると現在もそのプロセスはキーになっているので、ここでは若干ぼかして説明することを許していただきたい)いわゆるロールツーロールめっきに関するものであるとイメージしていただきたい。

ある会社で朝8時に装置を稼動させても実際良品が出てくるまでは半日くらいかかり、何百メートルのロールを犠牲にしていた。全てが電気めっき工程であればそんなことは滅多にないだろうが、その工程は先ず触媒化工程から始まる無電解めっきであった。実際に良品が出てくるまでの現象をつぶさに聞いてこれも直感的に判断できた。

触媒活性と溶存酸素のコントロールだ。彼らは藁をもつかむ気持ちであったので、早速小生の提案を採用したとの事。今まで半日不良を出していたのが、なんと数分後から連続的に良品が上がってきたという。この工程の対策にも確か5名くらいの技術者が担当していたようだ。彼らは、抜本的な解決を見ないまま半日は良品が出てくるまでのダミーだとあきらめていたのである。それを一言で解決できたわけだ。昨年地方の企業に行く機会があり、そのときたまたま十数年ぶりに、当時苦労をしていた技術者にでくわした。小生はいろんな人に会っているのでその技術者はまったく記憶から消えていた。しかし相手はしっかり覚えていた。あのときの一言のアドバイスで問題が全て解決し、今も問題なく稼動しているとのことであった。

以上2つの例を挙げたが、余りにも劇的で余りにも単純なことなので、まったくこれに関しては御礼も何もなかった。

もし小生がこの提案をしていなければ、さらに解決まで時間を費やすことになるので、試算してもおそらく何千万円から億のオーダーの貢献ではないかと思う。要はパレートの法則にあるように最も大きな因子を見つけることが出来なければ徒労に終わることになってしまう。

このほかにもトラブルシューティングの例はたくさんあるが、ここで言いたいのは皆さんが何でも機密にするのではなくザックバランに相談すれば一挙に解決することもあることを認識してもらいたい。

常識知らずの学生達

ある企業から小生が中国の学会に出かけている間に、直接学生に履歴書を郵送するようメールで指示があった。そのメールには、履歴書をこれこれの住所、部署の小職宛に送るよう書かれていたという。本人は早速履歴書を書き、その宛先に送ったという。ここまで書けば感のいい人はもう笑いがこみ上げてくると思うが、なんと本人は何々部の小職御中と書いて書類を送ったのだ。たまたま指示をしたのが、わが研究室のOBであったので事なきを得たが、これじゃ人事に直接郵送されれば即不合格だろう。しかしここで、常識がないとその学生をせめてもいけない。その学生は早速辞書で意味を調べ恥じ入っていた。ひょっとしてみんな常識がないのではと心配になり、その学生の了解の下に他の学生にコレコレとことの経緯を話した。しかし、くすくす笑い出したのはなんと5人中一人だけ。学生には、技術的な能力をつけることも大切だが、これだからこそいつも言っているように社会常識を身につけさせねばと痛感した。