研究発表会の定例化

関東学院大学
本間 英夫

 例年十一月下旬、本学工学部主催の研究発表会が開催される。本学においては、この種の発表会は学生向けが主で、産業界にはそれほど宣伝はしてこなかったようである。しかし数年前から産学連携の重要性が大学、産業界、学会で論議されるようになり、新聞には連日のようにその関連記事が出るようになってきた。したがって実行委員の先生方は如何に地元産業界にアッピールするか腐心されていたようだ。

そこで、表面工学研究所の設立を契機に、この研究会に表面工学部門を特別に設けてもらうように要請したのが3年前である。実行委員の先生方の中で論議され、表面工学部門は協力という形で始まった。共催のほうが聞こえは良いが中身が充実していれば別に形式的などにはこだわらず、広く産業界の方々、OB諸君らが参加してくれればいいと思っていた。

結果は、初回および2回目も100名くらい収容できる教室が満席になり、産業界の方々の関心の深さを実感した。この発表会は、産業界の技術関連の方々と先生方、および学生と語り合ってもらうのには最適な場である。

これまでは要旨の作成費用、懇親会費用などは経理上の問題もあるようで、まったく表面工学部門として費用は負担してこなかった。それ故、懇親会に出るのには遠慮があった。そこで今回は事務方とも打ち合わせ、我々の部門から費用の一部を負担することにした。

したがって、講演終了時に皆さんに懇親会に参加するよう促した。その結果、懇親会場に出かけてみると八割くらいは表面工学部門の参加者になってしまい、これではやはり違和感があり、来年の発表会は形式をかなり変えなければならないと痛感した。

魅力的な運営方法

ともかく、本学の歴史と伝統、また本学の特徴のひとつである表面工学部門の研究と教育の発表の場としてさらに今後、充実した企画を考えていかねばならない。

この種の発表会は、公的な学術研究の場とは違い、産業界の方々およびOB諸君に参加いただいて、学生が主体として研究した内容を発表し、大いに論議することは何にもまして意義深い。

座長を決めてプログラムどおりには講演を進めるが、開会から閉会まで気配りし、的確なアドバイスを産業界の方々から頂けるよう誘導した。また研究のインテンションを理解してもらい、本学の表面工学の歴史的背景に関しても触れた。

今回は中村先生が他界されて7年になるので、そのことにも触れ、研究所のスタッフである山下先生にも、依頼講演者の人選には大いに協力いただいた。さらにはプログラム作り、発表会での的確なコメント、閉会に当たっての挨拶など、みんなで協力してすばらしい講演会が行えた。

特にプログラム運営に関してはザックバランで形式にとらわれないで…(とは言っても、きちっとプログラムにしたがって進めるのであるが、要は雰囲気を第一に考えている)スムーズに進めることが出来たと自負している。これもスタッフである山下先生、香西先生、豊田副研究所長、田代および杉本研究員のお陰である。

また、実質的には学生が研究し、その研究内容をいかに参加していただいた方々にアッピールするかが肝要であり、研究室のHPをご覧になってわかるように(ヤフーから「本間研究室」で検索できます)学生は海外を含めていくつかの学会で研究成果をあげてきている。

進捗報告会を初めとして、これらの過程で小生はかなり綿密に彼らと打ち合わせし、アドバイスしている。したがって、今回の発表や大学での最終発表の際は、ほとんどチェックする必要はない。このようにして、自分達で如何に魅力ある発表が出来るか考えさせるように仕向けている。

また実質的には当日の発表会に至るまでのプログラム編成、産業界の方々やOBへの連絡、当日の受付など、彼らが自ら積極的に参加し成功させるように、ほとんどは任せるようにした。

学生に対する意識付け

学生の中には、このような運営を雑用とか仕事と判断し、しぶしぶ協力する者もいるようだが、自らの過去の経験談を話し(中村先生からはいつも「やったか? まだか?」と急き立てられた)ハードルが高すぎ出来ないと思っていたことでも、出来るようになるとそれが自信につながるぞと。学生時代は何でも自分から積極的に買って出るようにと、彼らの意識を変えるように仕向けている。

小生が毎年彼らに語らなくても脈々と引き継がれていく体制が望ましいが、最近は学生数も多くなり、今まで以上に彼らと同じ目線に立って話すように努力している。これが研究室の伝統になり、これからも発表会の成功につながればいい。

実は一番大切なことは、なんといっても発表内容。中身が陳腐であったり、魅力がなければ、いくら外に向って声をかけても参加してもらえないであろう。今現在は注目されているからよいが、これからもこの歴史と伝統、本学のひとつの特徴を守り、さらに積極的に魅力作りに精を出さねばならない。

参加者からのコメント

閉会にあたって、参加された方々に、今回の発表に関して短くて良いからコメントをメールで送ってもらうように要請した。たくさんの方々からコメントが入った。その中で産業界と学会でも活躍されている方のコメントを紹介する。

本日は、ありがとうございました。とても勉強になりました。特に、感激した点について書かせていただきます。

1.電気銅めっき

 電気銅めっきの添加剤は、私の学生時代から盛んに研究されていたのを覚えております。しかし、その殆どが、「こうやったら、こうなった」と言うものであり、今回の報告のように、添加剤を自分で合成して、論理的に研究するというものは、無かったと思います。

もっと研究が進めば、いろいろ系統的な研究が可能になり、試行錯誤でなく、論理的に最も優れた添加剤を提案することができると思います。まさに、記憶力は限界がありますが、想像力は限界がないと感じました。

 最初の報告で、びっくりしました。作製した薄膜に固体物理的なアプローチをもっと加えると更に面白いと思いました。

2.一次電池用正極活物質NiOOHの新しい電解合成法

 これも、HOTなテーマであり、かつ、無駄の無い素晴らしい方法だと思います。聞けば、もっともだと思いますが、全然、発想しませんでした。

3.トレンチ内における無電解めっき反応の解析

 とても大学的で、興味深いと思いました。研究の進め方が論理的で、電気化学に馴染みの少ない方でも、分かりやすいと思いました。

4.近接場光学顕微鏡用プローブの作製

 これも、とても面白い研究だと思います。2種類のプローブを作る、作り方がとても興味深かったです。説明を受ければ、なるほどと思いますが、発想するのは難しいと思いました。

5.光触媒とUV照射

 完全に、愕然としました。お話は、伺っていましたが、改めてびっくりしました。私が、学生のときから、硫酸酸性のクロム酸液でエッチングするのが当たり前と思っていました。まさか、水でエッチング出来るなんて、思いもつきませんでした。この方法を使えば、いろいろなものに使えると思います。

他にも、招待講演はもちろんのこと、十分に楽しませていただきました。

ちなみに招待講演の一つはトレンディー十一月号に翻訳で掲載されているクエン酸をホウ酸の代わりに用いたニッケルめっきに関する研究成果を土井さんご本人に講演していただいた。解説調に研究内容を語られ参加者は一様に感心していたようである。

次のコメントも産業界の重鎮から

『先生のご指導で学生の発表内容は大変濃いもので、また、発表も堂々としたもので、若い方の精進には感心しました。小生にとりまして大変勉強になりました。各所に先生のアイデアがでていたように感じ、エレクトロニクスのめっきでは先端を行っていると思いました。途中、拙い質問をさせて頂きましたが、このような見方を入れて頂くと有り難いという気持ちで、させて頂きました。質問は苦手で表現に失礼の有ったことかと思いますがお許し下さい。(途中本件には関係のない箇所省略)』

これらのコメントに代表されるように、参加された方々が、本学のあの発表会は、毎年参加した方が良いぞと、定着することを願っている。そのためにも常に前進、発想、着眼、創造性豊かな積極的な技術者になれるように学生を育てるように努力する。

また、前者のコメントの中にまさに、記憶力は限界がありますが、想像力は限界がないと感じました。とあるが、これは小生が閉会の挨拶だったか、または講演中のコメントの際に言ったか失念したが、これまでの知的能力は記憶力で評価されてきており、本学の学生(本学出身の小生も含めて)は、その意味では評価されてこなかった。しかし、これからの21世紀は、むしろ創造性が大切であり、創造力(ご本人は想像力と書かれていますが小生としては創造力のつもり)には限界がないのだよと授業で言っていることを今回、記憶力には限界があるが創造力には限界がないと挨拶の中で述べたことが琴線にふれたのでしょう。

学生に対する質問

発表会ではたくさんのコメントや質問を頂いたが、中にはのっけから、かなり厳しい質問やコメントをする人もいた。学生は必死で何とか答えようとするが、まだまだ全てを理解するには時間がかかり、的確な答えが出来ない場合が圧倒的に多い。

質問する側は、かなりその領域に関しての関心が高く、また経験も豊富の方々である。しかし、学生はまだ1年か2年の経験しかなく、しかも懸命に実験を行い、データーを積み重ねてきて、自分なりに考察しているのである。

しかしながら、その質問者から見ると自分の知りたいところだけを短時間の中に集約しようとするから、とかく厳しい質問になるのは了解できる。しかしながら、多くの学生にとっては経験が乏しいから、この種の質問では学生を落ちこませるだけである。したがって、今回は会場で質問をするときに、まず彼らのやった実験をいろんな角度から、まず誉めてやってほしいとお願いした。こんなことをやったら良いとのアドバイスをいただきたいとお願いした。

通常の学会の発表でも同じである。学生の発表には、もうすこし彼らを鼓舞してやるような配慮が必要である。あらかじめ恥をかかないように質問対策をしている学生もいるが、そんなことはしなくとも、自分のやったことを理解しておけば、どのような質問が出ても何も問題はない、怖気づくことはない。解らなければ解らないと正直に答えれば良い。真剣にその道を極めた人は、必ずわからないことは解らないという。自分達は、まだ技術者の卵であり素直な気持ちでやればいいのである。学生には、常に素直で正直であり、実験には絶大な信頼の持てる結果を提供できるようになればいい。

質問をする人も、相手の立場になれば(自分が実験をやれば)その苦労がわかるから、どちらかというとアドバイス的な発言は学生もすんなり聞けるし、そのアドバイスによっては、次の日からでも実験に取り掛かり、究明をしたい衝動に駆られるであろう。その意味では学生が発表をした翌日からでも燃えて実験がしたくなる、またさらにその成果を発表したくなるような気持ちにさせてやれば良い。だが、どうも相手をけなすことに快感を感ずる人もいるようで困ってしまう。

その意味では最近取り入れられてきたポスターによる発表は、フェーストゥフェースで論議できる点ですばらしい。但し、知的所有権が最近かなり大学でも厳しく取り扱われるようになり、ノウハウ的な要素は隠さねばならないとする傾向になってきているのは残念である。

最近の学会で気づくことだが、学生が発表し、フロアーから質問が出ても「その点については、申し訳ございませんがお答えを控えさせていただきます」とか「現在特許申請中なので、それにはちょっとお答えできかねます」とか、学生らしからぬ答え方で、これでいいのかと落胆してしまう。

これでは何のための学会なのか、自由闊達に討論し、お互いの研究を活性化していくことに学会の本当の意義があるのに残念でならない。おそらく指導教授やスタッフからきつく口止めするように言われているのであろう。

以前の雑感にも書いたが企業によっては、機密事項が大学から洩れるので学生にも機密契約を結ぶようにしているようだ。小生はこの種の契約はしないし、もし企業がそのように要請した場合は、大学としての立場を理解してもらうように努力し、それでも埒が明かない場合はきっぱりお断りするようにしている。

学生と企業の技術者が真剣に研究について話合える環境を作りたい。