学術連携のフロンティアに

関東学院大学
本間 英夫

科学技術振興のサイエンスライターが先日、表面工学研究所に来られインタビューを受けた。その記事がJSTニュースに掲載された。内容を見てみるとなかなか的確に表現されているので本号に若干の加筆およびコメントを加えて紹介することにした。

学術連携のフロンティアに

研究と経営は「クルマの両輪」。それを設立の計画段階から強く意識して実践し、初年度から黒字を連続計上。環境管理の国際規格ISO14001の認証も受け、3年目にして委託研究だけでなく入材教育や技術ライセンスの供与にも事業を拡大。順風満帆の船出をした関東学院大学表面工学研究所だが,この成功は一朝一夕で生み出されたものではなかった。その裏には産学連携に関する数十年におよぶ独自のノウハウの蓄積があった。

産学協同のルーツはここに

関東学院大といえば、めっきを中心とする表面処理技術の研究でわが国のリーディング大学として認知されている。現在その核となっている研究者は、表面工学研究所長で同大工業化学科の本間英夫教授である。本間教授は学生時代から独創的なめっき技術の研究開発とその事業化をつぶさに見てきた。「産学協同のルーツは本学にあります」との言葉に、苦楽を共にした先人への尊敬の念も込められている。

「関東学院大学は戦後の設立当初より学内に木工と表面処理の実習工場をもち、自動車のバンパーなどのめっきを手がけていました。1950年代に人って事業部として正式に収益事業が認可され、関東自動車およびトヨタ自動車向けの生産を開始。1962年には世界に先駆けてプラスチックへのめっき(プラめっき)の工業化に成功したことは非常に有名です。私も当時、専攻科生から大学院生となり、研究と工業化のお手伝いをしました」と本間教授。

プラスチック上のめっきについては、そのキーテクノロジーである無電解銅めっきの電気化学的プロセスを解明し、「混成電位論」と呼ぶ理論を提唱したことで同大の技術力は世界的に認められた。(この理論は現ハイテクノの社長である齋藤先生が事業部時代に提唱されたもの)

プラめっき工業化の成功から事業部の規模は拡大。それに伴って利益も出るようになり、一部は「工学部の研究費として還元された。「当時の実験の進め方、新しい技術の現場への適用はすさまじいもので、多くの失敗を繰り返しながら果敢にチャレンジし、最終的にはすべてが成功しました。優れた先生方の強力なリーダーシップのもと、すでに40年も前に産学協同のモデル事業が進められていたわけです」と振り返る。

大学内では手狭になったことから、工場移転を計画。京浜急行沿線の金沢八景・六浦のキャンパスから横須賀をこえて北久里浜に用地を求め、1960年代半ばに久里浜工場が稼働する。そして、折からの大学紛争のあおりを受け、1969年に関東学院から独立する形で関東化成工業株式会社が設立された。現在、トヨタ自動車の一次メーカーとして内外装部品をトヨタグループ各社に供給するなど、幅広い事業を展開している。

小さく産んで大きく育てる

大学の研究成果をもとにベンチャー起業を興す場合、研究者個人と既存の企業が出資するケースが多い。その点、関東学院大学表面工学研究所は、大学と関東化成工業(株)が「21世紀にふさわしい産学協同はいかにあるべきか」を模索して設立にいたった。大学発ベンチャーとしては例外的なケースといえるだろ。経営面での事業設計を任されたのが、副所長の豊田稔氏だ。同氏は関東化成の取締役・開発部部長でもある。

「関東化成の創立30周年の記念式典で当時の社長が関東学院との産学協同の推進を宣言されたのがきっかけです。私が具体案を練る役割を仰せつかったのですが、これは失敗できないぞ、という大きなプレッシャーをまず感じましたね」と笑う。

豊田副所長によると、大学に対しても各方面で活躍しているOB研究者、産業界に対しても、「最も説得力があり、最も成功を収める可能性が高い最適解は何か?」が難しかった。本間教授が研究所を作りたいという気持ちがあるのは分かっていたが、夢とロマンだけでは会社は立ちゆかない。といって他に手本がない。しかし、原点に返れば、自分たちは表面工学に関する研究と教育では国内外をリードする存在。この知的資源を最大限に活用する研究所組織としての経営プランを立て、大学のトップを交えて具体案を煮詰めていったが、それでも準備に1年半かかった。研究所設立にあたってはリスクを回避したいとの声も大きかった。そこで当初は有限会社とし、関東化成の事業所内で300平方メートルの分室から始めることとした。2002年7月に設立。「歴史ある関東学院のCOE(センター・オブ・エクセレンス=卓越した研究拠点)となるように、小さく産んで大きく育てる。その気概は大きかったですね」と豊田副所長。(なお7月25日に増資して株式会社になった)

早速、研究者に加えて、博士課程や学部卒研生を受け入れた、スタッフルーム、ミーティングルーム、クリーンルーム、一般実験室、機器分析室を完備。「各自で整理整頓、床帰除。企業でも通用するマナーも徹底させ、独立採算で初年度から黒字を計上した」という。

強力なリーダーシップと奉仕の精神

豊田副所長の尽力もあって、よりアクティブな研究活動ができるようになり、すでに多くの実績が上がっていると本間教授は語る。最近の成果では光触媒のプラめっきへの応用などが注目されている。「従来のプラスチック上へのめっきは、基材へのめっき被膜の密着性を高めるため、6価クロムや過マンガン酸など環境負荷の高い物質を使っていました。ところがこの技術は、光触媒である二酸化チタンを用いた水溶液中で、基材に紫外線を照射し、被膜の密着性を確保することに成功しました。自動車のエンブレムやラジエーターグリルなどの装飾めっきや、携帯電話などの微細な多層配線プリント基板にも応用できます。有害物質フリーで環境に優しいめっき技術として今後が楽しみですね」と本間教授は期待する。(なお、本技術については先月号で紹介しました)

光触媒といえば、〔財〕神奈川科学技術アカデミー理事長の藤嶋昭博士らによって原理が発見された日本発のオリジナル技術である。同財団は(財)神奈川高度技術支援財団の時代にJSTの地域研究開発促進拠点支援事業に参加しており、同研究所にも研究費を出し支援している。スタートして3年、同研究所は各企業からの委託研究に加えて、表面処理技術のライセンス供与事業、国内外の研究者を受け入れる、人材教育事業、表面処理の基礎および実習講座を開設する教育事業など、事業を拡大し確実に経営の実をあげている。

そこには本間教授と豊田副所長という強力なリーダーシップが「クルマの両輪」として機能している。本間教授は産学協同にはもうひとつ「奉仕の精神」も必要だという。かつて関東学院はプラめっきの研究成果をすべてオープンにした。これは同大学の校訓「人になれ奉仕せよ」を実践したものだ。海外の学会でこの話をすると「あなたの大学はスタンフォード大のミニチュア版だね」といわれるという。産業界と広く連携していくには、「奉仕の哲学」にも学ぶべし。多くの失敗と成功体験から得た本間教授の貴重な教訓だ。

以上はほとんど修正しないで原文を紹介しました。科学技術振興機構からはJST NEWSが数十冊送られてきたのですが部数が少ないので許可を得て転載する形式を取り皆様に紹介いたしました。