新世紀ドイツ事情

関東学院大学
本間英夫

新生ドイツの政治・経済

9月の中旬に新生ドイツの約4分の3強を8日間バスで南北に縦断するという、ハードなスケジュールで企業および研究所視察をした。しかし、バス利用の場合、飛行機の利用に比べると、チェックイン、セキュリティーチェック、トランク待ちなどはまったく無い訳で、それらを考えるとほとんどがバス移動だった今回の旅は、それなりに正解だったともいえる。

ただ、会社訪問後に400㎞も移動するなどは行程的にかなりきつかったことも事実だった。今回ドイツの事情と題して雑感シリーズに紹介することにしたが、吉野電化工業の吉野さんがうまく纏めてくれたのでほとんど原文のまま皆様に紹介することにした。

 さて、ベルリンを訪問するのはこれで4、5回目になるが、ベルリンの壁がなくなる前に、化学薬品メーカーを訪問した時には、最上階の会議室から、その東西分断の壁が大変よく見えたことを思い出す。100m毎に築かれた東ドイツの監視塔にはマシンガンを持った監視兵がおり、コンクリートの壁は2重の有刺鉄線で守られていた。1989年11月9日、あの壁が一夜にして多数の民衆の力により、無血で崩壊してしまったのは、周知のとおりである。

 東西ドイツ統合後しばらくしてドイツを訪れる機会があったが、東側と西側では街の明るさ、交通量などから見ても格段の差があった。その後、経済的にはかなり一体化が進み、道路事情の悪かった東側の整備も進み、最近では東側の方がインフラ整備の面で整ってきているようであった。一方、2006年のサッカーワールドカップを期に、アウトバーンの拡幅工事などの関連事業に力を注いでいたために西側の整備が手薄となり、現在ではむしろ西側のほうの遅れが目立ち、それはバスの車窓からもよく確認できた。

 一方、東西ドイツの統合で人口が増え、また、過去の鉄鋼産業が活況を呈した時代には、トルコを初めとする大量の移民を受け入れたこともあって、複雑な人口問題を生じていた。現在もこのトルコ移民の二代目、三代目の人たちがドイツ人やドイツの社会環境となかなか融合できないという問題を抱えており、人種問題の火種となっている。こうした状況は将来の日本でも移民を受け入れた場合、起こりうることが予想され、ある意味でそのモデルとなっている。

 こうした問題を含め多くの課題を背負ってシュレーダー首相は解散総選挙に打って出たわけだが、我々がドイツを訪問していた9月18日の前倒し総選挙の結果は、現政権の大敗という予想に反して2大政党が大接戦となり、ドイツの政治・経済に大きな混乱をもたらすのではないかと危惧されている。連立政権がどうなるのか、フランス政治の不安定さやイギリス・ブレア政権との関係も含め、EU内の政治力学に影を落としている。

 各政党が掲げた経済政策、特に雇用に絡んだ問題は、今後のドイツの国際競争力と深く結びついていく問題であり、改革がどういう方向に進むのか、日本と同様気になるところである。

従業員にとって充実した社会保障制度が、高い労働コストを生み出しており、人件費は高騰し、単純な比較は出来ないものの、ポーランド、チェコ、ハンガリーなどの後進EU国と比較すれば、人件費が10倍にもなっているとも言われている。すでに現在の社会情勢下では、こうしたグローバリゼーション化の波にはドイツといえども逆らえない。

この傾向は最近さらに激しくなり、最も顕著な事例では、より賃金格差の大きさを求め、ロシアにまで進出をしているようであった。

新世紀の体制作り

こうした中で産業界がどのように対応しているかを、今回の視察では垣間見ることが出来た。

大きく目を引いたことは、

(1)産業の花形が電子機器産業から自動車産業に移行していること。

(2)研究機関と民間企業の連携がうまくいっていることの2点であった。

1.電子機器産業の苦悩と燃料電池車への期待

かつて大変鼻息の荒かった電子部品企業の代表格とも言える、O社を訪問したが、O社はかなり苦境に立たされているように見受けられた。

過去にもO社には数回訪問しているが、いつもこの会社は、溢れんばかりの仕事量と、機械の受注で賑わっており、常に工場中が活気にみちていた。しかし、今回は何か工場がうすら寂しく感じた。

社長の話によると、得意先からの仕事の話と言えば、コスト・コスト・コストとのことで、社長は世界中を飛び駆け巡り、今や中国にもポーランドにも進出しているという。しかしこれは行きたくて行ったのではなくて、行かざるを得なかったと語っていた。

 産業のフォーカスがエレクトロニクスから自動車に移行しつつある中、特に注目を集めているのは燃料電池車関連である。ドイツでも石油系燃料は高騰していて、ディーゼル用軽油が1リットルあたり1.1ユーロ(約150円)、レギュラーガソリンが1.2ユーロ(約163円)、ハイオクガソリンが1.3ユーロ(約177円)となっている。

水素ガス燃料電池車の燃費は、単純な比較は難しいが、エネルギー量換算で、1㎞あたり0.33リットルとのことで、ディーゼル車の0.4~0.5リットルに比べて4割ほど燃費が良いと考えられる。水素ガス燃料電池を積んだ「Nebus」はダイムラークライスラーが製造している燃料電池バスで、かつて欧州10カ国で30台ほどと聞いていたが、今回はいたるところで目にした。

運転手によると、今では数え切れないほどの台数だということだ。

 「Nebus」は、バスの屋根上に設置された7本の150リットルシリンダに貯蔵された、300バールに圧縮された水素を燃料にして走行する。燃料電池スタックには定格各25kwの燃料電池10個が収められており、このスタックが駆動装置に190kwの電力を供給する。

バス車両が1度の燃料補給で250㎞の走行が可能であること、および最高時速が80㎞であることが、必要条件として求められている。全体的エネルギー効率は37%。燃料電池の唯一の副産物は80℃の温水で、これは、バスの暖房装置で再利用できる。ドイツの技術検査協会(TUV)が、公共輸送機関としての「Nebus」使用をライセンス供与している。

日本は今ハイブリッド自動車で世界の先端を走っているが、燃料電池自動車に関してはEUに主導権を握られるのではないかと危惧される。日本では燃料電池自動車の実現性があまり論じられていないように思うが、ドイツでは現実問題として非常に良く論じられていた。

実用化に関する研究として、水素環境下に於ける材料の耐磨耗性、機械強度、耐食性が検討され、触媒としての白金めっきの研究もされていた。

また、ヒュンダイのワンボックス型タクシーを数都市で見かけたのも気になる。かつてホンダのオデッセイがニューヨークのイエローキャブに、一度に1,000台大量採用されたとして、米国で非常に大きなニュースになったが、価格・燃費・耐久性でタクシーに使えると認められるまでに日本の自動車産業が50~60年かかったと思われるのに対し、ヒュンダイはその半分ほどで自動車国ドイツのタクシーに採用されたということは、韓国の技術の進歩がかなり速く、近く日本車を脅かすのではないかと心配である。

2.横断的な産官学の連携

今回の視察を通して日本が学ぶべきことはいろいろあったが、中でも産官学連携のあり方には考えさせられた。

 訪問先の貴金属関連の研究所で、経済問題などを話し合うことが出来たが、「ドイツでは家を直すと、工賃として、時間あたり50~60ユーロを請求されるが誰もそんなに稼いではいない。労働集約型産業はすべてポーランド、チェコ、ハンガリーまたはロシアまで行ってしまうだろう。

ドイツの生き残る道は知的能力、創造能力集約型とでもいう産業しかないだろう」という話しで、まさに日本のこれからの行き方と同じだと感じた。

今回の訪問で、最先端分野に力を注ぎ、巧みに生きている企業を訪問することが出来た。

それは顕微鏡膜厚計や硬度計などを製造している会社では最先端技術を盛り込んだ製品を、内製化率60%以上で生産し高収益をあげていた。驚いたことに一般的には後進国で行うと想像されるアンプの巻き線から、ハーネスのはんだ付けまで全てドイツ国内の工場で内製しており、それものんびり・ゆったり・まったり行っていた。製造ノウハウはブラックボックス化しているので外部に漏れず、秘密防止にも適しているようだ。

続いて、大学の併設研究所および公的研究所を訪問して産官学の連携について実態を見聞できたが「連携は非常にうまくいっている。研究所、大学は学会へ発表するだけでなく企業が要求する現実的ニーズに近い研究を成果主義で行っている。ビーカースケールから1,000~3,000リットルレベルのベンチスケール、あるいは量産レベルまで検証している。」と語っていたが、我々も基礎、応用、実用化にいたる研究を行っており多くの点で意見が一致したし、これから益々日本でもこの種の連携を強める必要を感じた。

研究所の傾向として、"multidisciplinary"、つまり複数の専門分野に関連する一つの研究課題を、横断的な活動によって達成する体制ができていた。たとえば、化学工学、軽金属、表面工学、電気化学、物理、プラズマ工学、環境工学等の研究員達が、一つのチームを作って活動していた。

まとめに替えて

苦悩するドイツにあって、企業は今後どの方向に行こうとしているのか、それらを知ることでこれからの経営をどうするのか、視察を通して考えさせられた問題は多々あった。

また公的な研究機関においては、政府からの膨大な支援と企業からの委託研究で評価ツールは整備され研究を行う環境はうらやましいくらいであった。

しかし、研究所のトップは、基礎研究から応用にいたる研究過程においては、高度な機器分析をはじめとして付帯設備がどんどん増強されアクティビティーは飛躍的に上昇するが工業化のめどがたった段階で、これらはすべて博物館や展示場と化してしまうと嘆いていた。5月の中旬にザール州にある新材料研究所の所長と小生(本間)が講演をしたことがきっかけで今回は産学連携がドイツでどのように行われているか、表面処理以外の研究機関を中心に訪問した。さて、幕末の日本に、欧米の政治や文化、経済、社会などを「西洋事情」という書物で幅広く紹介した福澤諭吉先生にあやかり、「新世紀ドイツ事情」というタイトルで紹介したが、読者の参考になれば幸いである。