高度化する技術への対応
関東学院大学
本間 英夫
2月下旬、日経産業新聞のビジネス欄に『中小企業のナノテク熱』という記事が掲載された。その内容を要約し紹介する。経済産業省の統計によると2005年の電子顕微鏡の国内生産台数が前年度比39%増で2528台、生産額にすると19%増の420億円強で三年連続の増加。
増加の最大の理由は大手企業のナノテクノロジーへの取り組みの拡大による高倍率の顕微鏡の引き合い、さらには中堅、中小企業からの1000万円台の汎用タイプの顕微鏡の引き合い、しかも、めっきの製造現場など思いがけない分野にまで電子顕微鏡の用途が広がっており物づくりにかける熱意が高まっている。
ざっとこのような内容であったが、めっきの様な思いがけない分野にまでとの表現にはいささか抵抗を感じたが、逆に電子顕微鏡の新規購入リストの中にめっき専業工場の名前が出るということは、ハイテクや微細加工の取り組みが着実に進められていることを示している証である。
十年以上前からこれからの産業構造、技術開発を想定して、トップを走るめっき専業の工場では電子顕微鏡を始めとして表面解析や分析装置が導入されてきている。今回の新聞記事は新品の製品購入リストデーターからの調査であるが、製造業では生産に直結する設備は導入するが表面解析のツールにまではなかなか手が届かなかったことから、かなり将来技術に力点をおいている意識の高いめっき工場である。また、この調査には載っていないが、新古品や中古品でツールを揃えるめっき工場も多い。
個人的には車の中古市場と同じく、この種の中古品が積極的に低廉に導入できるインフラを整備することによって、企業の技術力や解析力を底支えする手段になるであろうと考えている。
また、高度の解析ツールの購入手段としては中小企業の場合は国や県などの公的資金援助を受ける。これは特に地方の工場では有利であり、10億円以上の助成を受けている企業もある。ただし、この申請書の作成が極めて厄介であり、さらには助成を受けた後も中間および最終報告書の作成も煩雑である。
このような訳で、せっかく良い道具を入れても書類作成に追われ、本来の目的が十分に達成されないことが多い。
これは大学も同じで文部科学省の申請は煩雑で専門のスタッフを何人も養成して注力しなければならない。これまでも何度か記しているように国立大学の独立法人化および助成金の重点領域配分、競争型の資金援助にウエイトが置かれ、ポテンシャルの高い大学が益々伸びるようになるなど、大学間の二極化がどんどん進んでいる。
さらには、この種の評価道具は高価な上に汎用性が低く、目的とする研究が終了すると施設全体が展示場と化す場合が多い。
最近、いくつかの関連企業の経営者からの「こんな道具を買いたいので、国の申請をしたいがどのようにすればいいのか」といった問い合わせが多くなってきた。私の考えとしては、汎用性の高い必要最低限の評価道具は、ぜひとも自社内に揃えていただき、数千万円以上の高価な評価・解析道具は公的研究機関や大学とコラボレートするようにされればいい。
要は道具ばかり揃えても、それを有効に活用できる体制を整えないと意味がないのである。大学でも公的研究機関でもたくさんの高価な道具を誇示しているが、それぞれの分野で有機的に有効に使う方策を考えねばならない。めっき技術は自動車、家電、エレクトロニクス製品、精密機器、最近ではナノテク、燃料電池、バイオセンサーにいたるまで重要な要素技術になってきているので、先ず各企業では技術担当の人たちが厚く情熱を持って技術開発が出来る環境の整備が必要である。
表面処理とセレンディピティー
12月号にこれからのシリーズでセレンディピティーの具体例を紹介すると約束しながら延び延びになっていたが、今月からしばらく自分の過去の経験談をベースにいくつか紹介したい。この種の経験は後の発想の豊かさに繋がるし、高度な技術にはぜひとも必要なセンスである。
新規分野の取り込みをはじめとして、技術の高度化に伴い研究者、技術者を更に確保増強していかねばならない。中国を中心としたアジア諸国の技術のキャッチアップ、これまで蓄積してきたノウハウを含めて技術移転が急速に進んでおり、大きな焦燥感にさいなまれている経営者も多いのではないだろうか。
皆さんは欧州の教会などに見られる、ロマネスク様式とゴシック様式の違いをご存知だろうか。ロマネスク様式では屋根の重さを壁全体で支えているため、壁を厚く窓も極力小さく作らなければならない。しかしながらゴシック様式では、壁でなく柱で屋根全体の重さを支える構造になっている。会社経営において、柱となる仕事を持つことが重要であるといわれ、特に、三本の矢とか三本柱とよく言われるが3という数字は安定を保つ工学分野では根本原理であり、企業の場合でも3つの柱が理想とされる。
しかしながら、これまでも私の知り合いで、3本から2本に最後は1点集中と展開して、結局は失敗に繋がった会社をいくつも知っている。前述した建築様式ではゴシック様式を用いることで屋根をより強固に高く、また壁には大きな窓を作ることができるようになり、建物を大きく明るく美しくすることができた。こちらはビジネスの専門家ではないが、企業においても、もう少し積極的にあきらめずに技術を高め、営業努力を惜しまなければその後大きな展開が約束され、会社を明るい未来へ導くのではないかと考える。
小学校での手品との出会い
50年以上前にさかのぼるが自宅から小学生の低学年でも徒歩で5分くらいのところに6階建てのデパートがあった。当時は屋上が遊園地になっており、いつも一階の食品売り場、お菓子売り場をジグザグに見てから2階の婦人服は素通りして3階のおもちゃ売り場、文房具、本の売り場などを見ながら屋上に向かったものだ。
おもちゃ売り場の一角にトランプを始め手品道具の売り場があり、一週間に一度だったか手品のデモンストレーションが決まった時間に行われていた。当時のセールスマンは今のように巧みな話術ではなかっただろうが、その売り場で手品のしぐさを見て魅了されたものである。
デモンストレーションが終了すると、何人かの大人はすぐに種明かしつきの道具のセットを購入していた。皆がいなくなってからショウウインドーを覗き込むと、中には何種類もの手品セットが値段の表示とともに陳列されていた。
まだ小学生の4年くらいだったので、当時はふんだんに小遣いをもらえるわけではなかったが、親にねだってセットのいくつかを2回から3回に分けて購入した。
手品の種類としては、大きく分けるとトランプに関するものと、小道具を使うものの2種類であった。早速、自宅に帰ってわくわくしながら中身を開けてみると、ほとんどが小道具を巧みに利用し錯覚させる類のもので、実際の小道具は原価にすると手品のセットの売値の何十分の一くらいであろう。ちょっと落胆したが、それとは裏腹に実際「種」を知らない人にしてみると不思議で、その魅力のとりこになるわけである。
この手品の「種」は、我々が進めている技術のノウハウにも繋がる。また、「種」と同時に一枚の紙切れに、絶対に他人には教えないようにとの注意書きがあった。
技術内容を教えてくださいと、研究所に来る方々にはオープンにノウハウをお教えしているが、手品の種明かしと同じで内容がわかってしまうと「なーんだ、それだけのことなんですか」といった価値をあまり認めないような人に出会うと、小学生時代に見た紙切れの絶対に手品の種明かしはしないようにとの言葉が思い起こされる。
我々は技術を蓄積し、ちょっとした発想から、かなりインパクトのある技術につなげているのだが、今後は新しく確立した技術に対しての価値に対する評価を上げる努力をしていかねばならない。
また、これからの技術の再生産のためにもある程度の費用を負担してもらったり、あるいはビジネスになった場合は売り上げの何パーセントかを提供していただき、その資金を更なる新規な発想と技術開発に供していくべきであろう。
これから何回かのシリーズでめっきとセレンディピティーについて紹介するが、まず自分自身が科学的な現象や発想が豊かになった背景から語ることにした。