節目の年

関東学院大学
本間 英夫

新年おめでとうございます。この3月で教員としての現役を退き、来期からは特約教授として大学院生を中心に指導育成することになります。

大学院を修了し、研究助手になった昭和43年頃は、学園紛争がくすぶりだしていました。助手になって半年後からだったと記憶していますが、紛争は全国的にも激しさを増し、事業部が大学のキャンパスにあった関係上、産学協同反対または粉砕と、私は学生から激しく攻撃されました。

初めの頃は「助手の陰険な策動に断固抗議する」と化学館の階段に大きく赤いペンキで落書きされたものです。私はいつも矢面に立ち彼らと真剣に話しました。結局、論議は平行線でしたが、化学科の学生を中心とした活動家?とは、まったく考え方は違うにしても、私の言うことには、納得してくれていました。彼らの行動はともかく、彼らは純粋で社会の矛盾を真剣に考えていたことは確かです。

この時の経験が私自身の研究のテーマ設定を含め、その後の生き方に影響をあたえています。また、この種の運動に積極的に関わっていた学生の多くは卒研生として私の研究室を志望してきました。 

学園紛争の一番激しかった2年間、授業らしい授業は無く、キャンパス内にバリケードが張られ、すべての授業が休講という時期が半年も続きました。その間、毎日のように先生方は会議や学生との団体交渉に明け暮れていました。

中村先生は表面処理分野では指導的な立場におられましたので、このままでは中途半端になると、俺は中小企業の育成のために尽力するが、お前は大学に残れと指示され、その後は一度も学校にはおいでにならず、もっぱら私が先生のオフィスに出かけるようになったわけです。従って、先生が退かれたあと、本学の伝統である表面工学の分野を絶やすことなく受け継いできて、本年で38年になるわけです。この間、すでに研究室を卒業した学生の数は350名を超えています。

このように昨年は、現役の教員(大学の教授会の出席や役職はすべて免除される)としての最後の年でしたので、節目として、いくつか積極的に展開してきました。

研究成果は環境づくり

先ず研究の成果ですが、これまでどおり研究環境を整備すれば自然に実績が積み上がってきます。

本年はこれまでの研究生活の中で投稿研究論文数が最多となりました。これは、現在ドクターコースの学生が5名、マスターコースの学生が10名在籍していることに大きく関係します。

何も私が一人で業績を出しているわけではありません。学生諸君が研究の意義を十分理解して積極的に研究に励んだからです。

また、小岩先生は本学にこられて2年が経過しました。これからは実装を中心として、ご自身の領域を構築されるようにお願いいたしました。これまで我々が築いてきた領域に更に幅と深みが出ることを期待しています。

工学博士の思考法の執筆

次に本の執筆です。一昨年10月ごろでしたか、出版社から雑感シリーズが一般の方々にも受けるのではと、おだてられ出版を決断しました。我々教員は研究と教育が本務ですので、あまり時間を注がなくても出来るように、これまでに書いたものをアレンジすればいいと、編集の方に選択してもらって200ページ以上の小冊子にまとめました。
 自費出版でなく、書店から販売するとのことで、売れるはずはないと躊躇したのですが、本学が産学協同のルーツであり、その内容もかなり含んでいますし、教育に関してこれまでの経験、更には日本の強みである物づくりの原点に関しても網羅しました。タイトルは「工学博士の思考法」と編集を担当された方が、一般受けを狙ったようです。工学系の先生方から、本間個人のことなのに、なぜこのようなタイトルにしたんだと、かなり批判されましたし、若干忸怩たるものがありましたが昨年の8月31日に日刊工業から発刊の運びとなったわけです。

すでに多くの方々にご一読いただき感謝しております。

図解・最先端表面処理技術の編纂

又、この本を執筆していた昨年6月の中旬、表面処理分野の展示会で研究所のブースを出していましたが、出版社の役員がこの分野に魅力を感じられたのでしょう、展示会終了後に電話があり一度是非面談したいとのことでした。

話の内容は、めっきの本を書いていただけないかとの要請でした。私は即座に、現在めっきを専業とする企業はどんどん淘汰されており、企業数は最高時の4千数百社から現在では転廃業された企業が多く、2000社を切っているので出版しても売れませんよとお断りしました。

しかし、その役員はこれまでいろいろな工学書を出版してこられ、感覚的に売れ筋は何かつかんでおられたようで「最近、実装とかめっきという用語が入っていると、売れ行きがいいんですよ」との話でした。

そこで参考にと見せられたのが、図解入りのナノテク関連の解説書でした。執筆者は80名以上で一人当たり2ページから4ページくらい分担執筆され、しかもすべてに図が挿入されており、わかりやすくこれなら売れるだろうと納得しました。

この図解入りシリーズで、実装や表面処理で最先端のトピックスを集め、編纂してほしいとの要請でした。

本の執筆のこれまでのスタンス

更にはもう一本、めっきの初級者向けの本の執筆をお願いしたいとの要請でした。これまでに私は、共同執筆で10本くらい執筆してきましたが、編集の責任者としてではなかったので、比較的気楽でしたが、今回は我々が主体とならねばなりません。

講師だった頃、すでに中村先生は大学を去られていましたが、当時化学科の教授の中で一番影響力があった先生から、工学部の若手の教員は本を執筆するものではない。若いときは研究に専念しなさい、執筆するのは歳をとってからにしなさいと言われていました。

私もその歳になりましたので、早速、山下先生に話し、斉藤先生に電話をしました。小岩先生は本学にこられて一年ちょっとでしたし、これから研究と教育に専念していただかねばならないのにと躊躇したのですが、実装関連の分野を入れる場合は、是非協力願わねばとお誘いしました。

図解入りのほうは、その道の第一人者にお願いせねばならないので、候補者を先ず4人で選定し、あとは編集者のほうで、執筆依頼から原稿の整理までやっていただいているものと思っておりました。ところが、小岩先生は執筆依頼から原稿の整理まで多くの時間を費やしていたようです。

やはり若い頃に大先生から忠告されたことが現実に起こっていたのです。小岩先生が研究や教育に専念しなければならない時間を、本の編纂に割いていたことを知り、それからは山下先生と協力するようにしました。そして、とにもかくにも、昨年の12月の19日に発刊する運びとなりました。本件に関しては小岩先生には深く感謝しております。また、最後のゲラを山下先生と出版社に出向きチェックしたのですが、その時点でこれはなかなかいい本になるぞと予感したのですが、確かに売れ行きはいいようです。

新めっき技術の共同執筆

またもう片方の、初級のめっきの本に関しては、斉藤先生は前々から上級講座向けにテキストをまとめておられましたし、又もう40年位前になりますが表面技術協会で出版された表面処理シリーズの中の一冊で「電気めっき」があります。斉藤先生はその中の一章を担当されており、それは初級者及び中級者にとってはわかりやすく、奥の深い内容でした。 

すでにその本は絶版になっていたので、斉藤先生と山下先生と私の間で、機会があれば執筆をと思っておりました。今回、小岩先生が我々の大学の教員の仲間になりましたので4人で担当分野を手分けし、執筆に取り掛かったのは7月頃からでした。夏休みが終わる9月中旬にはそれぞれ分担し、責任を持って脱稿することになっていました。

斉藤先生は好きなゴルフもやらずに、土日も会社に詰められ締切日までにはきちっとまとめられていました。ところが、あとの我々3人は、若干遅く脱稿した形で斉藤先生にはご迷惑をかける結果になりましたが、年末にはすべてのチェックが終わり1月17日発刊(予定)の運びとなりました。

ゲラの段階で斉藤先生は原稿を綿密にチェックされ、誤字脱字に始まり、図表の表題と本文中の不整合、本文と引用文献との不整合など多くの修正を加えていただきました。  

特に私の担当分は、大学院の委員長をやっていた関係上、集中できず学生に引用文献や図表の整理を手伝ってもらっていたのですが、厳密さに欠けていたようで斉藤先生にはご迷惑をおかけいたしました。

いずれ斉藤先生からこの本に関してのコメントが本誌に紹介されると思いますが「名は体をあらわす」でタイトルは斉藤先生が熟考され「初級・新めっき技術」としました。出版社はこれまで人気のある「はじめてシリーズ」の一環として200ページ程度の初級者向けを意図されていたのですが、350ページを超える力作になりました。

我々の業界は中小企業がほとんどです。これまでは装置産業的な要素が強く技術はどちらかというと、一部の意識の高い企業を除いておざなりでした。ところが多くの成熟した技術は海外に展開されるようになり、国内では高度な技術と高い品質の仕事しか残っていません。この技術についていけないと市場から去らねばならないような状況になってきました。

結局のところ「物づくりは人づくり」です。めっきに関する技術を高めるにあたり、今回斉藤先生が中心に著された「新めっき技術」は優れた指導書になると確信しております。是非、会社で一括購入されて技術関連の方はもちろん、営業・役員の方々にもお勧めいたします。一括購入される場合は著者割引で正価の20%割引になります。なお、売れ行きによりますが「工学博士の思考法」、「新めっき技術」の印税は、すべて大学で公式に認めていただいている表面工学奨学金にすべて寄付することにしております。