入試シーズン

関東学院大学
本間英夫

2月は入試シーズンで私学のほとんどはすでに入試を終えている。本年はいわゆる2007年問題といわれ受験生と大学の定員はほぼ同数となった。

現在は完全に偏差値輪切りで教員、受験生、父兄は勿論のこと、社会全体がこの数値に左右されている。高校生は模擬試験などの結果を元に、担任や進路指導の先生との間で自分が受験できる大学、学部、学科を少なくても3つくらいは選んでいるようだ。複数の大学から合格通知が来ると、偏差値のランクの高い大学に入学手続きをするのがごく当たり前になっている。このように自分がやってみたい興味のある領域や自分の適性から学部、学科を選ぶのではなく、偏差値が自分の将来を大きく左右している。

したがって、偏差値の低い大学は定員割れを起こし、経営に行き詰まる。昨年は確か数校が廃校に追い込まれた。本年はもっとたくさんの大学が、廃校および学部・学科での大幅な定員割れを来たすことになり社会問題になるだろう。

特に最近の傾向として、工学離れが著しいので各大学の工学部はかなり厳しい状況になってきている。12月号にもコメントしたように、数年前から各大学では高校生を惹きつけるように学科名称を変更してきたが中身が同じであれば、結局は「入り口3年、出口2年」といずれは人気が持続せず、志願者数は元の状態かそれより下がってしまうのが現状である。

こんなことをやっていても、付焼刃的で抜本的な解決にはならない。しかも全入時代が来ているにもかかわらず毎年文科省が新学部、新学科の新設、増設を認可している。当然、魅力の無いところは市場原理から去れということである。

偏差値教育の弊害

偏差値は単に座学の試験成績だけで決めているわけで、高校生が自分の進路を決めるにあたり、この指標だけで進路を決めることの弊害は大きい。記憶力や短期的な暗記力に抜きんでている生徒が、成績優秀者と評価されているが実生活で求められるのは、問題解決能力、発想や着想をベースにした創造性、持続力、忍耐力、更には社会生活を送っていくための高い倫理観、道徳観であるはずだが、これらはまったく評価の対象にはなっていない。

先ずは、これまでのこのような偏差値一辺倒の評価システムを抜本的に見直すべきである。この偏差値に日本の社会全体が洗脳されている現状を改善していかねばならないことは多くの人は気づいているはずだが。

偏差値教育の是正は産業界から

この偏差値のみによる評価の是正は、教育界での論議を待つよりは、産業界から始まるように思える。産業界では団塊世代の大量退職が始まり、技術の伝承が大きな問題になっているし、倫理観の欠如が蔓延しており、いろんな不正が起きている。

企業では優秀な人材を確保するために、成績優秀といわれてきた学生を採用してきたが、そのような学生が企業に入って力が発揮できるかというと、意外と期待はずれが多いのが現状のようだ。特に最近の傾向として、職業意識が希薄で、飽きっぽく、短期に会社を辞めてしまう学生が多くなってきているという。

企業では偏差値の高い大学の成績優秀者から順番に選ぶより、実学に力を入れてきた学生や、人間性豊かな学生の採用が大切だと気づき始めている。

本学の低学年の学生に自分の将来に関しての考えを聞いてみたが、ほとんどの学生は将来計画がない。夢を持つ学生は少なく、将来に対して不安を持っている。

従って、これらの学生の意識を変えるのにはかなりの時間が必要であり、現状では自分の研究室に配属された学生には本当の意味での実力をつけて実社会に送り出すように努力している。

学生の就職

一般的に大学の就職支援はキャリア支援と称して面接の仕方、就職模擬試験、履歴書の書き方など就職テクニックの支援であった。私の研究室の学生はまったくこの種の大学での支援プログラムを受けていないので、企業によっては特別採用枠を取っていただいていても、他の学生と一緒に就職試験や面接を受けなければならない。一般常識といわれる問題集は解いたことはないし、面接の訓練も受けていない。従ってこの種の試験の成績はあまりよくないし、面接でも受け答えがどちらかというとぎこちなくなるようだ。

しかしながら、各大学で行っている就職支援は弊害のほうが大きい。本来は就職活動の期間は、卒業研究で自分の力を磨く大切な時期のはずであるが、毎日のように就職課に出向き、更にはリクルートスタイルで連日会社訪問、これでは彼らの実力はまったく向上しない。

結局は企業も間違って、饒舌で、身のこなしにそつが無く、就職問題のよく解ける学生を採用している。採用してみると、無気力で指示待ち型で、問題解決能力に欠如し、その分野に関してはまったく知識や能力の欠如した学生が多いようだ。

しかし最近、一部の企業の経営者や人事部がこれまでの採用方法の間違いを是正してきているし、我々の学生への指導方法を理解してくれるようになってきた。 これからは学生が企業で活躍するには、各大学でその大学に応じた特色のあるキャリア教育が必要になってきている。

企業と大学の連携の時代が

産学連携と声高々に叫ばれ工学系を中心とした大学では、最近包括的な企業との連携が行われ、より多くの技術革新や具体的な成果を生み出されると期待されているが、このプログラムはスムーズに進まないように思える。

学園紛争が終結してすでに40年近くになるが、先生方の多くは、これまではどちらかというと産学連携に関しては冷ややかな目で見ていて、産業界と連携して研究と教育に反映させようと努力している教員は批判的に捉えられてきた。

確かに法人化した国立や公立大学では学長の権限が強化され、また国や地方自治体からの助成が少なくなるので、かなり改善がすすんでいる。

しかし多くの私学では未だこの期に及んでも、一般社会の常識は通用しない生ぬるい体質である。また、積極的に産学連携を推進している大学では、これまで量の拡大に力を注いできたが、これからは質の向上へと転換を図る必要があり、日本の産学連携の真価が問われ始めている。

文部科学省が先ごろ大学と企業との共同研究数をまとめたが、約一万件の共同研究で比率では大企業は70%、中小企業は30%である。私は神奈川県および経産省の中小企業の育成に関する委員をしているが、中小の企業への助成は未だ数の上では少ないようだ。全国で製造業だけでも30万に近い中小企業の数と比べると低水準にとどまっているのが現状である。

すそ野が広がらないのは、共同研究に求めるものが大企業と異なるためと分析されている。また研究開発部門をもつ大企業は、長い時間をかけて産学連携の成果を出す余裕があるが、経営資源に乏しい中小企業は、短期間で成果を求めがちだと一般的にコメントされている。

しかし、私どもが関係している表面処理の分野に限っては、この考え方は間違っている。私はこれまで産学連携で短期的な成果を求めるよりも、研究開発は長期的なマラソンレースのようなものだから、出来れば長くお付き合いをしてほしいとお願いしてきた。大企業のほうが、どちらかというと短期的な契約になる。しかもその多くは当然、短期でそれなりの成果を期待しようとするのが常であるので、我々の考えに賛同された企業とだけ連携するようにしている。

実際これまでに短期の契約の場合は契約が終了してから大きな成果に繋がることが多く、従って信頼関係にのっとった長期的な連携が大切である。

90年代以降の製造業の海外移転に伴い、下請け型の企業は市場から去らねばならなくなってきている。

表面処理業界でも4千数百社から2千社を切るところまで企業数が減っているが、表面処理分野をはじめとして専門分野では高い技術力の中小企業が現れている。日本は得意分野としてこれからも物づくりを前面に押し出していく必要がある。

ドイツをはじめとして北欧では産学連携が積極的に進められている。これからは各大学で物づくりを担っている中小企業と更に連携を深めていく必要がある。