新たな気持ちで

関東学院大学
本間 英夫

約40年間の研究と教育を中心とした生活の中で、いわゆるイノベーションといわれる技術の革新的な域にまでは達していないまでも、技術開発に携わった一教育者、研究者としてそれぞれの開発内容を後世に伝える義務があると思う。 その手法としてこれまで学会発表や、学会誌への投稿、セミナーの講師をはじめとして積極的に関わってきたつもりである。大学内では学生と共に日夜研究中心の生活に没頭してきた。 昨年の春頃に「創造の軌跡」と題して毎週、研究室の学生に講演するつもりでいたが、一部の学生を除いて有難迷惑だったようだし、更には大学院の委員長職にあったので会議が多く、時間をうまく調整できなかったこともあり、結局は2回くらいでこの計画は頓挫してしまった。 この4月からは教授会への出席を始め役職もすべて免除され、時間に余裕が出てくるのでこれからは、研究所を中心に学生と接触する機会を大幅に増やし、実験に関してのディスカッションや、頓挫してしまっていた「創造の軌跡」と題するこれまで40年間の発表論文を中心にあせらず月一度のペースで発想の大切さ、研究の楽しさを学生諸君に伝えていこうと思っている。 研究のスタンス 日本の産業界の技術力が低下し、トップ集団から転落したとの危機感から「大学の知の活用」と産学の連携が強く叫ばれるようになってきた。大学や研究所で培った技術力を産業界につなげなければただの自己満足であり、大学における研究は産業界への貢献が無い限りは無駄であるとの考えが浸透してきている。 また、外部評価機関が教育力や研究力をチェックする。しかもその評価項目は画一的でどこの大学でも同じ対策に必死である。「各大学の特徴を出してもらうように指導している」と文科省や大学基準協会などはコメントするだろうが、現状は足元の対応に汲々とし、いずれの大学も大変な状況である。 世の中すべてが実績中心になり競争原理が働き心に余裕がなく殺伐としてきている。従って研究の内容は短期的な実現の可能性の高いテーマだけに集中するようになってきている。果たしてこのような傾向は本来の大学の使命なのか。 「大学の知の活用」が、このようにトレンドとか先端技術とかばかりに集中し、短期的な成果と実用化に重点が置かれすぎると、基礎力が大きく低下し、延いては技術力が大きく低下していくのではと危惧する。  更には、21世紀はIT社会と、携帯電話やパソコンなどを介した対話が増え、直接対話の機会が減り、感情の豊かさが欠落し、なんでもデジタルに判断しようとする傾向が強くなってきている。これは人と人とのふれあいの中で極めて大きな問題が潜んでいる。今、正に問われているのは精神的な豊かさではないのだろうか。 先日教員間で話しているときに情報化、情報化というが情報とは読んで字のごとく「情けに報いる」なのに、最近、特に若い先生方は冷たいと退職寸前の先生がこぼしていた。  そんな時代だからこそ、真の「教育」が喫緊の課題であり、豊かな人間性、きちっとした倫理観を持ち、これまでの記憶中心の評価から創造性豊かな人材を養成していく必要がある。これがこれからの大学の重要な使命だと確信している。  これまでも何度か取り上げたが、偏差値ですべてランク付けされ、その人の人生が決められている。真の教育が極端に捻じ曲げられ、評価が一元的に決められている。早い段階で矯正すべきである。 偏差値での評価よりも実社会では、精神力が強く、豊かな人間性が望まれているはずだが、今の教育評価制度の下ではますますひ弱な人間を育てることになるだろう。人を育てるには、愛をベースとして厳しさと継続した努力を強いる必要もある。   毎年週刊誌や月刊誌に大学の評価と題して教育力・就職力・研究力などでランク付けされている。しかしながら、これまでは本来の教育である「人を育てる」ことに関しての評価はまったく無い。評価項目としてぜひとも採用してもらいたいものだ。更にはこれまでの大学全体に対する評価に加えて研究室単位の評価も大切であろう。 今、正に建学の精神の内実化をアピールすべき時である。その意味では本学の建学の精神「人になれ奉仕せよ」を前面に押し出し、我々は次代を担う豊かな心と高い技術力を持った若者を育てているのであると強くアピールしていかねばならない。 新4年生がスタート台に立って 2月の中旬は入試、卒研の発表会、修士の発表会、博士の公聴会など学生の卒業や修了に当たり一番多忙な時期である。更には新年度に向けて新4年生が配属されてくる。卒業目前の大学院生や4年生が協力して新4年生に引継ぎ実験と称して実験の進め方の基本を教える期間でもある。今3月の原稿を書いているまさにそのときに新4年生の一人からメールが届いた。その内容を紹介する。 「引継ぎが始まってから今までの経過を報告させていただきます。 2月14日から4年生とともに朝9時半から夕方5時まで研究室の規則やしきたり、歴史などいろいろ教わっています。  14日は4年生からめっきのメカニズムを学び、簡単なテストも行いました。テストをやっている時わからないところを4年生の方々に聞き丁寧に教えていただきました。  最初、先輩方は厳しそうで怖いイメージがあったのですが接していくうちにそうではないという事に気が付きました。  15日も続いてめっきの事について学びました。この日は明日の実験の準備としてガラスを固定する治具の作り方を教わりました。そして実験の方法と、実験の注意点を教えていただきました。  16日は午前中にこの日の実験のための薬品の量を自分達で計算し、求めました。14日に行なったテストの内容と照らし合わせながら何とか求めることができました。午後からは実験で自分はガラスにニッケルめっきをしました。その時実験の基礎的なことをいろいろ注意していただきました。やはり、実際に実験をしていろいろおろそかだったところを指摘していただいたので、ものすごく勉強になりました。これからも自分の至らないところを補正していきたいと思います。  実験で出来たニッケルめっきを見て、ただただ感動しました。人生で初の無電解めっきだったので、不思議で興奮しました。ここまで綺麗にピカピカになるとは思ってもいませんでした。こういう実験を中学の時とか高校のときとかにやっていたらなぁ~と思いました。今までの実験でここまで興奮したのは無かったと思います。それゆえにもっと早く出会っておきたかったと思いました。」   このように引継ぎを通して、新4年生が実験に対する感動と興奮を語っているが、自分も40年以上も前に始めてプラめっきのフィルムを手にしたときに大きな感動を覚えたものである。教育問題が国家的に大きなテーマとして掲げられており、なかでも工学離れは深刻な状況である。また、工学離れは日本の製造業の衰退に繋がる。この学生が言っているように中学や高等学校時代から実験科目を増やして工学の興味が持てるようなカリキュラムを是非実行してもらいたい。