ナノテクノロジー

関東学院大学
本間英夫

リチャード・ファインマン教授がアメリカ物理学会で「ナノスケール領域にはたくさんの興味深いことがある」と題された講演で、原子数個というナノスケール領域では、マクロな世界とは全く違う性質が現れるだろう。将来は原子を1つずつ配置して思い通りの物質を作れるようになるだろうと予言したのは、今から半世紀くらい前の1959年のことである。これがナノテクノロジーの始まりと考えられている。

ファインマン教授に関しては過去の雑感シリーズにも紹介したことがあるが、現在も学生に「ご冗談でしょう!ファインマン先生」を読ませて発想が豊かで好奇心が強くダイナミックな生き方を紹介している。

さて、本格的にナノテクノロジーがクローズアップされたのは、7年前アメリカの大統領が科学技術の研究開発として「ナノテクノロジー」を主力とする国家戦略を発表してからである。日本もナノテクを始めとしてバイオ、IT、環境、福祉を5大重点領域と位置づけた。従ってほとんどの工学系の大学ではナノテク領域を研究の柱にするようになってきた。

ナノテクノロジーとは、ナノメートル(nm:1メートルの10億分の1)の大きさの物質を創製またはそのサイズの物質を組み合わせて、コンピューターや通信装置、微小機械などを創製する技術と定義されている。半導体産業が出現すると、装置や部品の精度としてマイクロメートルのオーダーが要求されるようになり、高度情報化社会が構築されてきた。更にこれが最近ではナノメートルオーダーになってきたわけである。
 1nmとは原子3個を並べたほどの大きさで、ウィルス1個の大きさは数十nmである。すなわち、ナノテクノロジーとは原子や分子を操作して、人工的にウィルス程度の大きさの構造の物質を作製し、その構造を組立てて、あらたな部品や装置を創出する技術である。

実際にはナノテクノロジーのアプローチには3つの手法がある。大きい物をナノ寸法まで微細化するトップダウンのナノテクノロジー。原子・分子を積み重ねてナノ構造体を作成するボトムアップのナノテクノロジー。ナノの世界で工学と生物学との融合を図るバイオナノテクノロジーである。   

現在は研究者がこぞって原子・分子を操作してナノの構造体を創製する手法に注力しているようだが、果たして原子や分子を操作して構造体を作成するとなると純粋な研究レベルでは重要な課題だろうが、実際にこの手法で大量の構造物を作るとなると煩雑で時間のかかる方法で現実性があるか疑問である。

一方、トップダウンからのアプローチは、これまでの技術を如何にナノオーダーまで追い込むかにかかっており、意外と簡単に大量に作れるであろう。従って微細加工技術において、電析法とリソグラフィー技術を組み合わせて微細な機能性デバイスを作製するMEMS(Micro Electro Mechanical System)などナノテクノロジーとしてめっき技術は大きな注目を集めるようになってきた。

半導体へのナノオーダーのめっきを皮切りに現在の電子機器を初めとしてあらゆる分野でめっき技術が採用されるようになってきているが、中村先生が言っておられた「ハイテック、めっきが無ければローテック」正にその時代に突入した訳である。

ナノ構造までは行かないが先月号で我々の研究所で現在進めている技術の一部を紹介したが本号でも紹介する。

放熱基板の作製

電子機器の発達に伴い電子部品からの発熱が大きな問題となっており、プリント回路基板においても同様な熱問題を抱えている。

放熱板付きプリント回路基板においては、一般的にアルミニウム板が多く利用されている。基板構造としては①放熱板上に絶縁樹脂層を介し導体形成するタイプ、②プリント回路基板と放熱板を絶縁樹脂で接合するタイプ、③プリント回路基板内に放熱板を入れるタイプなどに大別できる。  

ここで熱伝導の障害となるのは絶縁樹脂である。絶縁層の熱伝導率を高める為に樹脂内に熱伝導性の高いフィラーを入れたりもするが、フィラーの量が増加するにつれ熱伝導は向上する反面、脆さが増し加工し難くなる。また、樹脂層部分の熱伝導を高める策として層間を薄くする方策もあるが、耐電圧との兼ね合いから限界がある。非常に高い放熱を要求される製品では、アルミナセラミックスなどの素材上に回路形成するものもあるが、高価になってしまうという問題点がある。

そこでアルマイトと樹脂を複合利用した放熱構造をもつ製品を開発した。アルマイトの熱伝導率はアルミの約1/3であるが、樹脂と比較し約60W/mKという高い熱伝導を有し、耐電圧は30V/μmといった性能を有している。

本来、アルマイトを絶縁層として用いた際、素材との熱膨張率の差からクラックが入り絶縁信頼性の低下に繋がることなどから、排除する事が望まれていた。

しかしながら、我々はアルミニウム表面にクラックの発生しにくい特殊アルマイトを施した後、そのアルマイトに故意にクラックを入れ、更に、このクラック底部のアルミニウム部分に再アルマイト処理を施すことで絶縁信頼性を向上させる事に成功した。

以降は従来工程と同様にアルマイト上に必要最低限厚みの絶縁樹脂形成を行うことで絶縁信頼性を確保した。今後、放熱性により優れた高熱伝導プリント配線基板への展開が期待される

常温金属結合を用いた高放熱大電流基板

電子機器の高機能化に伴い、電子部品から発生する熱が機器の動作や開発の障害となっている。多くの電子部品を搭載するプリント配線板においては、高い放熱効果を有する製品が求められ開発が進められている。

素子の高密度化が熱との戦いであるといわれるように、機器の小型化高密度化において鍵を握るのがプリント回路板を核とした放熱技術である。

具体的には ①放熱効果の高いプリント配線板基材の採用(メタルコア) ②放熱効果の高い導体パターンの設計 ③放熱効果の高い部品の配置 ④放熱効果の高いプリント回路基板の配置などが重要なポイントになる。

そこで我々が開発したユニークな構造を有する高放熱、大電流プリント配線基板を紹介する。

開発した製品の特長は異なる厚さの導体金属を金属結合により一体化した構造を有している点である。

例えば厚銅部側は銅金属の高い熱伝導率を利用し部品からの熱を効率よく吸収し、部品の温度上昇に歯止めをかける事ができる。また、大電流を流す事も可能である。一方、薄銅部は動作回路として利用できる。双方は直接接合の形態がとれるのでスルーホールを介する必要がない。

今後、高放熱プリント配線基板、大電流回路配線基板などへの展開が期待される。

樹脂との接着性に優れた新規アルミニウム表面改質

昨今、電子機器の高機能・高性能化に伴い、部品からの発熱が大きな問題となってきており、プリント配線基板においては、搭載される電子部品から発生する熱を逃がすために、金属板をプリント回路基板に絶縁樹脂を介し接着し、放熱効果を向上させる手法が多く用いられている。

放熱板として用いられる金属板は、軽量・高熱伝導性の点からアルミニウムが多く用いられているが、アルミニウムは離形性を有する金属である為、樹脂と接着するにはアルミニウムの表面を改質処理する必要があり、機械的処理(ブラシ研磨やバフ研磨など)、物理的処理(サンドブラストなど)、化学的処理(アルマイト処理やエッチング処理など)などが一般的に行われている。

しかしながら、機械加工時や熱処理工程時にアルミニウム板と絶縁樹脂との接着界面で層間剥離が発生する。これは樹脂とアルミニウムとの間で十分な接着強度が得られていない事に起因している。 

そこで、樹脂とアルミニウムとの接着性改善を目的とし、エッチングによるアルミニウム表面の改質方法を検討したところ、アルミニウム表面に異種金属を置換析出させ、その置換金属を選択エッチングする事で理想的なアンカー効果が得られる粗化表面を得ることが出来た。

得られた改質面と樹脂との接着性は従来処理に比較し数倍の高さを示し、耐熱性向上も大幅に改善され、また、機械的衝撃、耐熱評価においても剥離発生は皆無となった。

本手法によるアルミニウム表面改質は今後、放熱プリント配線板はじめアルミニウムと樹脂との接着が必要なアイテムへの展開が期待される。また、アルミニウム上へのめっき下地処理としても有効である事を確認している。