政局安定と景気対策
関東学院大学
本間英夫
政局が混迷する中で、国内総生産指標であるGDPは、ついにマイナスに転じた。急激な円高、原油・原材料の価格急騰、米国の低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題に端を発し、ほとんどの産業界にダメージを与え、世界的規模で景気が減速、更に追い討ちを掛けるようにリーマンブラザーズの破綻で、景気は完全に後退局面に入った。
政府は8月時点になっても「景気後退」という表現を極力避け、慎重な言い回しに終始してきていたが、GDPがマイナスに転じ、現実的な判断を下した。日本銀行も10年ぶりに景気判断を「停滞」に下方修正し、日本経済は本格的な不況に突入した。日本の実質GDP成長率は、内需が弱く外需依存なので、戦後最長の景気拡大と言われてきていたが、実感を伴わないのは当然である。しかも、投資資金は欧州や新興国にシフトしたが、欧州も景気が停滞し、新興国の経済成長率も低下してきている。従って、外需は更に落ちこみ、輸出が伸び悩む。このような状況を打開するためには内需を喚起せねばならない。
多くのエコノミストは景気を支える「輸出」「生産」「雇用」が悪化しているが、「落ち込みは小さく、来年には回復する」とコメントしてきたが、金融不安や政局の不安定化、流動化で、しばらくは凌ぎの時か。
最近の報道によると、景気浮揚策として財政出動を求める声は高まり、予算のばらまき復活への懸念も強い。政府は財政再建と景気回復をどう両立するのか。経済財政運営は厳しい局面に立たされている。
これまでは、インフレなき持続的な成長であったといわれる。その背景には、中国など人口の多い新興国で、規格工業製品や単純労働力を利用する製品が大量に安価に生産されてきたことがある。そのため、消費物価は長期にわたって安定していた。また、新興国の貿易黒字が先進国へ流れるシステムがうまく機能し、日本国内では低インフレ、低金利での持続的成長を可能にしてきた。
しかし、商品市場でのエネルギーや食料品はのきなみ暴騰。更に、このサブプライム問題の影響はまだまだ続き、世界同時の金融不安から世界的規模での景気減速で、業績の悪化→雇用低下→消費低迷と負の連鎖に繋がる。このように、世界的規模で景気が停滞すると各国で迅速な景気対策がとられる。中国はすでに低金利政策を打ち出している。日本はトップの顔が見えず、政党間での争いばかりに終始しているようでは、どんどん打つ手も後手になる。
今はまさに、これまでの成長システムの基本になっていた大量生産、大量消費、大量廃棄から有限の資源の無駄遣いを避けた少量生産、少量消費、少量廃棄へとのシステム変換に本腰を入れなければならない。
省エネ、省資源をテーマとして高付加価値を生む技術が、これからメインのテーマとなる。資源の少ない日本では、高付加価値製品の創出を中心とした技術が底流に流れている。
産業の活力をいかに回復させるか、従来どおりの延長線上では事はうまく運ばない。大きく産業構造を変革する時期が到来し、農産物の自給率を上げるための方策、公共事業の選択と集中、新規住宅着工やリフォームの優遇税制改革など。個人の持ち家率が高まれば、住宅関連の住環境、自動車、家電製品、その他波及効果は絶大である。
自動車業界の変調
トヨタ自動車の昨年第一四半期の連結決算によると、いずれも過去最高を更新し、世界に急拡大するトヨタを象徴していた。北米ではガソリン価格の高騰を背景に、ハイブリッド車をはじめとする燃費の良さなどが評価されて、販売台数は294万台と、前期比15%の大幅な伸びを示し、また、欧州も同20%の増と、欧米の先進市場で躍進が続いていた。このように、自動車業界は日本経済の牽引力の担い手になっていた。しかし、今年に入って、国内外ともに新車販売に変調が見られ、国内での新車販売は29年ぶりの低水準。登録車市場は低迷し、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている。
テレビのコマーシャルには軽自動車の宣伝が多くなってきている。また、実際走っている車を意識して観察してみると、確かにコンパクトカーやミニバンが多いのに気づく。このような軽自動車を加味しても、国内市場全体が収縮していることが鮮明になってきた。
自動車メーカーの経営のグローバル化は当然としても、国内市場で調子が振るわない企業の繁栄が長続きするはずはない。大型車や中型車の高級車は利益率が高いが、軽自動車は低価格で利益があまり出ない。ハイブリッド車は、開発コストの負担が大きく、利益率は低い。メーカーは、利益率の高い高級車に注力してきたが、世界的な景気後退、原油の高騰、新興国での乗用車購入の増加により、国内は勿論、世界的に軽自動車やハイブリッド車などにシフトしている。実際に北米などでは、それまで売れ筋だった大型車が、景気減速の影響で減産体制に入っている。小型車やハイブリッド車の販売で当面凌がざるを得ないのが、自動車メーカーの現況のようだ。
このように、大型車や中型車の売り上げは伸びず軽自動車にシフトしているということは、300万円から500万円くらいの大型、中型車から、100万円ちょっとの軽自動車への買い替えや新規購入で、トータルとしての売上総額が激減し、市場が大きく縮小することに繋がる。更に追い討ちをかけるように、最近の若者は「堅実・小規模な」暮らしを好み、車への関心が薄くなってきている。
厳しい自動車業界
以上のように、自動車業界全体が厳しい状況に追い込まれているが、その中でも特に「トヨタの不振」があげられるという。
これを裏付ける報道として、7月28日号の米ビジネスウィーク誌によると、北米における各自動車メーカーの販売台数(対前月比)はGM、フォード、トヨタ、日産がいずれもマイナスで、特にトヨタは激減。一方ホンダ、ヒュンダイ、マツダはプラスになっていた。世界の自動車業界は全体的に厳しい状況にあり、このような状況を見据えて、上手くブレーキを踏んで柔軟に対応できた企業とそうでない企業の間で明暗が分かれている。
ホンダやマツダが比較的好調を維持できていたのは、原油高の影響から米国市場が大型車を敬遠し始めたタイミングを見逃さず、素早くブレーキを踏むことができたからだと解釈されている。ブレーキを踏めず、苦戦の様相を見せていたのがトヨタ。先に記したように、国内市場では若者の車離れはもとより、景気停滞で乗用車は軽自動車にシフトし、買い替え需要は大きく落ち込でいる。
トヨタ自動車は、4人乗り乗用車では世界最小クラスの超小型車「iQ」を年内に発売する計画を打ち出した。更に、欧州日産は、10月2日に開幕するパリモーターショーで、新型「ピクソ」を世界初公開すると発表した。ピクソは「マーチ」よりもひと回り小さいコンパクトカーで、欧州における日産の入門車に位置づけ、新興国での販売も視野に入れた世界戦略車となるとのこと。消費者の「安くて燃費の良い車」に対するニーズから、低燃費コンパクトカーの投入が加速している。従って、自動車の高機能化、小型軽量化、長寿命化、多様化、燃費向上、省資源、省エネルギーなどの多様なニーズに対して、表面処理の役割は益々重要になってきている。
近年、地球環境問題が大きくクローズアップされている。自動車においても各種の環境対策が進められ、自動車の「生産→使用→廃棄」というサイクルを通し、生産段階においては、産業廃棄物の低減、低燃費、低エミッション、環境負荷物質の低減など、多くの課題に対する取り組みを積極的に展開せねばならない。
6月中旬に開催された表面処理の国際会議、その後7月に開催されたエレクトロニクス実装学会の分科会での技術講演で、プラめっきのクロム酸フリーエッチングとしての高濃度オゾン処理やUV処理の可能性、六価クロムめっきから三価のクロムめっきへの転換、低燃費対応のハイブリッドカー、燃料電池、電気自動車の開発状況、安全やナビゲーターシステムのための各種センサーの開発状況などが発表された。
表面処理業界は車の高性能化とともに、これらの高付加価値化した技術に対応する技術力を持たなければならなくなってきている。ピンチがチャンスといわれるように、八方塞で先行きを悲観するのと、今まさに技術力を高める絶好のチャンスとプラス思考で捉えるのとでは、大きな差がついてくる。
電動アシスト自転車
順調に販売が伸びている商品がある。「電動アシスト自転車」である。2000年以降、電動アシスト自転車の国内市場は右肩上がりで拡大しており、昨年の出荷台数は28万3000台で、5年前と比べると42%の増、2008年1~6月でも、前年比10%の増となった。
ヤマハ発動機が1993年に日本で初めて発売した電動アシスト自転車は、その後、車体の軽量化、電池の進化などで性能が大きく向上し、通勤・通学に使う人が増えてきているという。その背景には、健康や環境意識の高まり、そしてガソリン価格の高騰が後押ししている。さらに、欧州では日本以上の勢いで市場が急拡大している。
ドイツでは、2007年の販売台数が2005年の3倍の6万5000台に増加。2008年は、8~10万台という予測がなされている。
オランダの2007年販売台数は、前年比倍増の9万台で、2008年は12万台を予測。フランス、イタリアも前年比各66%増、33%増とのこと。背景には、日本国内以上に環境意識が高い事があり、追い風となっている。
欧州で販売されている電動アシスト自転車は、現地メーカー製や中国・台湾製が主で、日本メーカーは直接輸出していないが、電池、モーター、制御装置などの基幹部品は、性能やブランド力から日本の製品が注目されている。
私自身も自転車の性能が向上してきているので、たまの休日には近くの海岸や公園のあたりを散策したいのだが、残念ながら自転車道はヨーロッパ諸国と比較してほとんど整備されていない。オランダ、デンマーク、スウェーデンでは自転車道は完備に近く、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツといった諸国でも自転車道の整備が進んでいる。日本では自転車専用道路の総延長は、2006年4月1日現在で475キロメートルであり、「自転車道の整備等に関する法律」にいう自転車道の総延長7万8638キロメートルに占める割合は0.6パーセントに過ぎない。また、一般にサイクリングロードと称される自転車専用道路等として整備された道路5113キロメートルに限定しても、自転車専用道路は9パーセントで、残りの91パーセントは歩行者と共用する自転車歩行者専用道路である。公共事業としての道路整備を行う際に、もっとこのあたりを意識して整備が進むことを期待している。自転車の使い道は、通勤・通学、買い物、健康管理などである。若者の中では以前から何泊かの自転車旅行や自転車レースもある。
最近、政府も、いままでのクルマ中心の道路作りから、自転車のことも考える道路作りという方針に変えているとのことだが、その整備のスピードはきわめて遅い。