山下研究室のアクティビィティ

関東学院大学
山下 嗣人

山下嗣人研究室は昭和54年4月に発足し、電極反応の基礎と応用、エネルギー変換化学(電池)、機能性薄膜の創製と表面改質、工業電解プロセス、腐食・防食などの研究を行っている。卒業生は約200名(大学院修了生64名)を数えているが、最近では表面技術業界で活躍する卒業生が増えている。2011年度の研究室は研究員3名(博士研究員2名、修士研究員1名)、大学院博士後期課程2名(社会人)、博士前期課程6名、卒論生4名から構成されている。社会人学生が在籍しているので、研究室の雰囲気は学究的、厳格である。

電気化学の理論に基づく、電極反応・速度論、電極/水溶液界面特性などの基礎的研究を、応用研究としては、二酸化炭素を排出しない酸素-水素燃料電池、ニッケル-水素電池、リチウムイオン電池、殺菌および抗菌用触媒電極の開発など、クリーンエネルギーや環境に関わる研究を進めている。また、電気化学的手法によるナノメートルスケールの機能性薄膜を作製し、その構造解析、特性評価と機能発現機構を解析している。さらには、最新の走査型電気化学顕微鏡を用いて、ビアフィリング用添加剤の微小凹凸部における吸着・作用機構を解明している。

白金プローブ電極をカソード凹凸表面の30マイクロメートルに近接させて、電析電位を測定し、その挙動から、PEG+Cl-は凸部の電析を抑制し、一方、SPSは凹部の電析を促進させることを明らかにしている。本手法を電析に適用したのは、山下研究室が初めてである。今後は、材料・表面工学研究センターにて、各種めっき浴への展開を図る予定である。

 本間先生を代表者とした「次世代高密度電子回路技術を視野に入れたナノスケール構造体の創製技術の開発」の研究が、平成17年度(平成17年~21年度)文部科学省私立大学学術研究高度化事業(ハイテク・リサーチ・センター整備事業)に採択され、山下研究室は「電気化学的手法によるマイクロからナノスケールの構造体の作製と超高密度配線への応用」を担当し、以下の6テーマについて研究を行った。

1)銅の電析反応過程における添加剤作用機構の解明、2)平滑な銅箔と配線板樹脂基材との接着機構、3)電気化学的手法によるニッケル-リン結晶質/非晶質系多層膜の創製と特性、4)パラジウム-コバルト合金系ナノ多層膜の創製と機能発現機構、5)レーザー照射による表面改質と電子デバイスへの応用(防衛大学との共同研究)、6)活性炭を用いた高性能電気二重層キャパシタの開発(横浜国立大学との共同研究)。

最新の電気化学ならびに構造解析機器を利用して研究を展開することができ、著書、研究論文、解説、研究報告、執筆、国際会議、国内学会など、平成17年度~22年度の6年間に312件発表している。これらの成果として、表面技術協会賞、日本材料科学会論文賞(平成19年、22年)、日本材料科学会若手研究者討論会優秀賞(博士後期課程学生2回)、表面技術協会進歩賞(博士後期課程修了生)など受賞している。

ハイテク・リサーチ・センター事業での研究に恵まれたこと、研鑽・努力された卒業生にも深く感謝する次第である。

学位論文への道

 学位論文のご指導をしていただくことになった外島先生からは、東北大学では、研究指導を受けて完成させるのであって、学位論文の審査のみはしない、将来は学位を与える立場になるので審査は特別厳しいこと、学位論文内には審査付学術論文が10報含まれる(1報は外国雑誌)ことが基準であるといわれた。学位を早く取得したいのら、○○大学の○○教授、○○大学の○○教授を紹介します。しかし、「本当に勉強したいのなら、東北大学には、いろんな専門分野の先生がおられるのでいいですよ」、とも言われた。私は迷わず、外島先生にお願いすることにしたが、この選択に間違いはなかった。

 亜鉛を二次電池へ利用する場合の課題であった「充電時の樹枝状晶・放電時の不動態化防止」に関する研究論文は、すでに日本化学会誌や金属表面技術誌などに9報掲載済みであったが、電池は休止(使われていない)状態におかれる期間が長いので、このときの電極/溶液界面における挙動と、休止電位近傍における浅い充放電特性を解析することになった。

休止電位近傍とは、そのプラスマイナス数mV範囲であったが、幸運にも電位を1mVずつ制御できる「ポテンシャルスイーパー」が発売された。この装置を使用して、カソード・アノード分極特性を休止電位を含めて正確に求めることができた。電極の前処理、基板の形態と構造、溶液のアニオン種、溶存ガス、光などの影響を詳細、かつ精度を高めて解析し、電気化学的平衡論、電極反応の安定性という基礎電気化学分野の課題をクリヤーすることができ、外島先生の信頼を得ることができた。

次に、交流インピーダンス法を用いて電極反応機構を解析することになったが、当時インピーダンス測定装置は国内では販売されておらず、たまたま回路に詳しい大学院生が文献を参照しながら組み立てた「アドミッタンス(インピーダンスの逆数)測定装置」を用い、電極電位をパラメータとして、アニオン種の異なる亜鉛水溶液における電極反応過程および速度論、電極/水溶液界面特性を解析することができた。そして、通産省ムーンライト計画の新型電池電力貯蔵システムのテーマであった亜鉛-ハロゲン電池への応用を含めた「亜鉛の電極反応に関する工学的研究」と題する学位論文が完成し、「Doctor Zinc」が誕生した。東北新幹線が開通する以前のことである。

学位論文の本審査会は、応用化学科・化学工学科・非水溶液研究所・応用物理教室教授の前で1時間発表(プラスマイナス1分以内であることは、当日主査から教えられた)して、質疑応答を受ける形式であった。公聴会の雰囲気ではなく、「審査を受けている」という厳しさを体験した。学位論文の成果は、電力貯蔵用電池をはじめ、水銀を使用しない一次電池用亜鉛負極の開発や本四連絡橋内斜張橋ケーブル(亜鉛めっき鉄筋)の防食へと展開されたのである。

亜鉛の研究は、横浜国立大学教授の鶴岡先生が東大冶金教室の小川芳樹教授(湯川秀樹先生のお兄さん)からいただいた大切なテーマであり、先生は高純度亜鉛の電解製錬、私がそれを電池へ応用する研究で学位取得ができたことに対し、「小川先生も草葉の陰で喜んで下さるであろう」との鶴岡先生のお言葉を思い出す。

「幸運をつかむチャンスは誰にもある」と、2010年ノーベル化学賞の鈴木 章教授は、おっしゃっている。その機会を活かせるかどうかは、「日頃の努力と謙虚さ、注意深さで、真面目に努力すること」であるという。フェライトの研究で文化勲章を受賞された著名な先生のお話を拝聴したことがあった。「人生には数回のチャンスが誰にも平等にあります。手を伸ばせば届く頭の上にまできています。これを掴むことができるか否かによって、その人の人生が変わります。それには常に研鑽・努力することが大切です」という内容であった。また、社会で成功するには、「運が良くて楽観的な人である。悲観的で自己猜疑心の強い人は絶対に成功しない」と、松下幸之助社長は語っている。

私の約40年間の研究生活を総括してみると、恩師や指導教授、同僚、学会・社会活動を通しての友人、研究室の学生にも恵まれて、まさしく「運が良かった」の一言に尽きる。

若者よ!外に目を向けよう

 英国の教育専門誌が発表した2010年度の世界大学ランキングによると、日本の大学の凋落が顕著である。前年度は上位200位までに11大学が入っていたのが、わずか5大学に減少している。一方、中国本土6大学、香港、韓国、台湾など、アジアの他大学が躍進している。凋落の背景には「ゆとり教育」の影響や海外への留学生の減少が挙げられ、教育界、社会全体の「内向き志向」が一要因といわれる。

米国への留学生は1997年以降右肩下がりで、2010年には3万人を割っている。この数値は前年比14%減である。海外旅行に出かける日本の若者も10年間で34%も減少している。対照的に中国・インドの留学生は10.5~12.5万人、韓国のそれは7万人を超えており、前年比10~20%増である。

才能を伸ばすためには、若い頃に様々な経験を積むことが不可欠である。帰国後の就職活動が心配で、海外留学を避ける若者が多いという。年々前倒しとなる就職戦線に乗り遅れることへの危惧が最大の理由である。就活に追われる学生には海外へ目を向ける余裕がないのである。しかし、留学経験者によると、いろいろな国の人たちとの出会いが視野を広め、大学生活を豊かにしている。また、日本と比較にならないほど厳しい教育を受けた経験が財産になっているという。米国では大学院へ進学する場合、さらなる成長と見聞を広めるために他大学へ行くケースが多く、実際に成長する確立が極めて高い。中国からの留学生は、「もっと付加価値の高い仕事をしたい」と意識が高く、意欲的である。企業は国際的に通用する人材を求めている。次世代を担う若者に、「外に飛び出そう」と言いたい。

米国のリベラルアーツ大学に留学する学生のために返済なしの給付型奨学金を出してきた「グルー・バンクロフト基金」が高校教員を対象にした初の米国大学視察ツアーを昨年末に実施している。海外に長期留学する学生が減る中で、まず、留学の意義を高校教員に肌で感じて、理解してほしいのだという。

東大数物連携宇宙研究機構では、午後3時から1時間恒例の「ティータイム」が始まる。約70名の研究者の半数が外国人で専門も様々だという。村山機構長は、「研究は一つの見方やアプローチだけでは行き詰る。異分野の研究者と交じり合い、新鮮な視点、手法を持ち込み合ってこそ活性化する」と述べている。異質な者が交われば、従来にない発想が生まれるのである。

就活時期見直しの動きが経済界内部から提案され、大手商社は2013年春入社の新卒から、採用試験の開始を4年生の夏以降に遅らせる方向で検討を始めているが、教育者の立場からは歓迎すべきことである。就活に備えて業種や職種を絞り、目標に向かって勉強した人は就活で成功している。隠れた名企業を探す努力も必要である。企業は社会人として望まれる「諸問題を解決する能力」をもった質の高い学生を採用してほしいものである。  

偏差値による評価が導入される以前の大学には、いろんなタイプの学生が全国的規模で集まってきた。情報量が少ない時代であったので、地域独特の文化や歴史、習慣・考え方の違いを学ぶことができた。目的を抱いて進学してきたその頃の学生は、意欲を持って勉強し、また、学部や学科の垣根を超えての部活、サークル、研究会活動により、人格形成のみならず心身ともに健康な学生生活を送ることができたと思う。「知育・徳育・体育」が実践された良き時代であった。

大学には「大学にしかできない深い教養や幅広い視野をもって自己を確立する」大学本来の役割が求められている。大学進学率が50%を超えた今、専門分野の高度な教育・研究は大学院に移行することになろう。関東学院大学でも学部と大学院の改革が模索されている。