ホウ素フリー電気ニッケルめっきの進捗

関東学院大学
本間 英夫

今月号は前号に引き続き、環境に優しい研究テーマの進捗状況の解説と、昨年12月に行った神奈川県と財団法人神奈川科学技術アカデミー(KAST)が共同で実施している「なるほど!体験出前教室 (神奈川県研究者・技術者等学校派遣事業)」のボランティア講師として、県内の中学校でめっき体験授業を行ったので紹介する。

ホウ素フリー電気ニッケルめっきの進捗

ホウ素フリーが叫ばれ始めてからずいぶん時間が経っているが、その対策としては未だに悩んでいるメーカーが多いと思われる。当研究センターでもその問題を解決すべく多くの実験を試みてきた。しかしながら、これが真打と呼べる解決策のない状況で、研究員の田代君らがこの改善法を検討していた。

現状のワット浴があまりにも世の中に浸透しているため、その研究自体が無駄であるとさえ考える周囲の意見が多くあった。しかしながら、水質汚濁防止法では2001年に排水規制が10mg/Lで規制され、対応策が固まるまでとして、2010年まで暫定策でめっき業者への緩和策が示されていた。

現在では使用地域、排水場所(海洋投棄、下水道への排水基準、土壌浸透)、総量、業種によって細かく基準値が分れて規制され、以前とは異なり、ホウ素に対する排水管理を徹底しなければならない点で大きな変化がもたらされた。また、めっきは特殊工程であるがゆえに、工程や薬液などの変更は簡単には出来ず、どのメーカーもその対応には苦労をされていると推察できる。

ニッケルめっきはクロームめっきの下地としての耐食性、電化製品の筐体や半導体部品のはんだ付け性の確保に欠かせないものであり、工業的にも重要な役割を果たしている。90年以上前から使用されてきたワット浴に匹敵する、あるいはそれ以上の性能を示すホウ素フリーの電気ニッケルめっきは、スルファミン酸ニッケルと酢酸から見出された。この概要をめっきの開発姿勢という観点からしてみたい。

電気ニッケルめっきに有機酸を添加する、ホウ酸を代替とする提案は1990年代のホウ素規制の際に多く報告されたが、臭気の問題等により、その性能について深く検討されることが少なかったように思われる。本研究は酢酸のみならず、他の有機酸のクエン酸浴などの確認も並行して行い、実験を進めていった。その間に長年使われ安定しているワット浴を超えるものは早々考えられるものではない、先達の結果を無視するのかと、小生からも酢酸浴での開発は不適であると指摘したほどであった。しかし、スタッフの田代君は酢酸のバッファー性の良さから絶対に安定しためっき膜が得られるのではないかと信じ、諦めずにその研究を継続した結果、後述するようなワット浴では得られなかった優れた性能を見出したのである。

イエスマンだけを周囲に配していては、決して成し得なかったことだと思う。当研究センターのスタッフは、それぞれユニークな個性を持っている。その個性を見極め、生かすことが出来なければならない。

金属表面技術誌に載っていたベル研での金めっき添加剤の発見の経緯を沖中裕先生が情実たっぷりに書かれていた話は私を初めスタッフは大好きで、いつも素直な気持ちで前向きにことを進めなければいけないと思っている。ベル研のある研究者が金めっきの研究をしている際に、突如として良いものが出たり出なかったりした。どうしてもその原因が分らず、何度も何度も繰り返し研究していたところ、ビーカーに時計皿の蓋をした際に、結晶性の良くなることがあることに気付いた。その原因は時計皿に含まれる鉛であることが分り、鉛を添加することを試みたが安定せず、同様な性質を持つ金属を何種類も添加し、最終的にタリウムを添加し、安定且つ、良好な結晶性の金めっき膜を得ることに成功したという話だった。既にその文献と出会い、25年以上経っているが、ベル研の研究者が、そのような地道で前向きな研究により、物事を発見していった経緯を知った時、研究者は皆同じ感覚を持っているのだなと励みになったものである。

今回の酢酸浴の開発においても同じような研究心が良い結果を招いたのではないかと思う。採取が難しい松茸にちなみ、「キノコ(松茸)は千人の股をくぐる」という。新発見とされた事例は実は再発見であって、「発見とは、誰もが見ているものを見て、誰も考えなかったことを考えることである」と言われる。

先達が綿密に研究しているので、そこには新しい発見は最早、見いだせないと、決めてかかるのではなく、諦めずに虚心坦懐に、事にあたることが大切である。

エンジニアの方々には、前向きに技術開発に励まれるよう願っているし、スタッフ一同応援したいと思う。

ここで、今回開発した酢酸添加のニッケルめっきの優れた点についてご紹介したい。

一、浴pH緩衝性が優れている。
   (pH4での緩衝性はワット浴の二倍、水酸化ナトリウム溶液添加より換算) 
 二、めっき応力はワット浴と比較して低い。(ワット浴より50~80%。)
 三、ピット発生が極めて少ない。(ワット浴よりも優れたピット抑制力)
 四、均一電着性に優れる。(ワット浴よりも30%程度良好)
 五、高電流密度でのめっき析出性が優れている
   (撹拌、ニッケル濃度調整で200A/dm2以上でのめっきが可能)
 六、硬度はホウ酸浴、クエン錯浴と比較して低い。(200~350Hv)
 七、はんだ濡れ性が良好(ワット浴と同等)

ラインでの連続作業で評価頂いた中では、均一電着性、析出速度について従来のワット浴と比べ大きな改善効果のあることが報告されている。

「薬液の建浴例」
 スルファミン酸ニッケル四水和物 400g/L
 塩化ニッケル六水和物 5g/L
 酢酸 20g/L
 浴温 65℃

 
現在、めっき膜の応力や析出効率の点について継続的にテストを行っている。今後はレジストを使用して加工することを踏まえ、中温(30~50℃)での検証を進める予定である。

 
その評価項目としては、①超高速性、②均一電着性、③結晶安定性、④折り曲げ性、⑤はんだ付け後の恒温放置後の強度変化、⑥耐食性、⑦ボンディング性(金あるいはパラジュウム下地として)、⑧樹脂密着性等である。

 
今後も継続的に評価を続け、必ずやホウ素フリーで、均一電着性と高速めっきの更なる向上が実現されると確信している。

「なるほど!体験出前教室」

この事業は、優れた技術、経験、知識等を有する研究者、技術者等の方々を講師(ボランティア)として県内小中学校・特別支援学校に派遣することにより、未来の科学技術における人材育成を目指すプログラムです。生徒ひとりひとりが体験的な授業を受けることにより、科学技術やものづくりに対する興味・関心を喚起することを目的としています(講師用実施手引きより)。

昨年の12月中旬、神奈川県とKASTから依頼され、表題のめっき体験授業を平塚市のある公立中学校の2年生を対象に行った。生徒数は1クラス約40名で3クラス約120名である。当研究センターのスタッフ・研修生、学生達と山本鍍金試験器の山本渡氏、秋山氏、小岩さん(旧姓小山田さん)の合計18名で生徒達に対応した。

皆さんは、「ボランティア活動保険」をご存じだろうか。ボランティア活動中の様々な事故による怪我や損害賠償責任を補償するもので、社会福祉法人全国社会福祉協議会がとりまとめている。KASTより必ず加入する様に連絡を受けたが、僅か数百円で最長一年間の補償期間があるので、ボランティアグループに所属されている方はご検討頂ければと思う。

当日の授業は二時限分と休憩を入れて約100分。先ず、小生の小学校低学年の頃に科学に目覚めた事や、iPAD等を使用してのめっき技術の重要性を話し、スタッフのクリス君、山本鍍金試験器の小岩さんからも生徒達の前で自身のめっきとの出会い等の話をして頂いた。その後、教壇で銅・ニッケル・金めっきの実演を行い、各10班に分かれ、鉄上の銅置換めっき、ハルセル黄銅板上に自分の名前を書く筆めっき(銅めっき)、不導体のCOP上に無電解ニッケルめっきを体験してもらった。最近、草食系男子という言葉を耳にするが、この中学校も女子生徒の方が全体的に元気であった印象が強い。今回のこの体験授業により、一人でも多くの生徒が科学(めっき)に目覚めてくれることを祈っている。